はてなキーワード: 品種とは
なんか仕事も今年入って半年以上疲れちゃって、コロナでコンサートは行けないし、好きな人とは終わっちゃったしで、何かしらもっと社会情勢とか人間関係に左右されない、安定した趣味が欲しいな〜と思ったのがきっかけ。
庭に以前ローズマリーとかハーブをボーボーに生やしてたスペースがあって、そこに薔薇が好きだから植えたら素敵じゃん!って思ったの。
ネットで「庭 薔薇」で調べたら体験記みたいなのがあって、ますますやる気に。その日のお昼には祖母に電話して、次の日薔薇の苗を買いに行く約束をした。
ちょうどその日から大苗の半額セールがやってて、色んな種類の薔薇をお得に買えるラッキーなタイミングでした。
薔薇ってほんとに色んな種類があって、名前もウエディングベルとかかぐや姫とか可愛いよねぇ。親切にそれぞれの品種で初心者にも育てやすいやつには、若葉マークを着けてくれてて、選びやすくて良かった。
最初は2.3株?くらいでいいかな〜と思ってたのに、赤と白とピンクとオレンジと紫…って選んでたら6株も買ってしまった。でも半額だから一万ちょっと!ラッキー!
お店の人が園芸相談もやってて、おじいさんに植え方を教えてもらった。庭上なら根さえついちゃってあとは病気にさえ気をつければ、意外と思ってるほど難しくはないんだって!説明が丁寧で判りやすくて、最後に図付きのメモを貰えた。
帰りは家に着くのが16時くらいだったから、植えるのは翌日に。前に植えてたハーブとか、近くの金木犀の根っことかが蔓延ってて、先ずはそれを取り除かなきゃ行けないから、植えるのに一週間はかかると思ってねっておばあちゃんに言われた。へー。
次の日朝8時くらいから祖父母が来てくれた。大っきくて思いスコップみたいな道具で、祖父が根っこを断ち切りながら、土をおこしてくれる。それをわたしと祖母で熊手を使って、ドクダミとかハーブの根を取り除く。2時間くらいかかったかなー?おじいちゃんは80過ぎなのに、元気でいつも助けてくれてありがたい。
ある程度根っことか邪魔なものがなくなってから、6箇所穴を掘って、そこに腐葉土と牛フンを入れる。これが元肥ですって。あとおじいちゃん手作りの赤玉?もかけてくれた。土を煮て黒蜜をかけて作ったんだって。知らない世界が沢山あるや〜。手でザックリかき混ぜてから、水をかける。なんで水かけるんだろう。そこまでやってお昼休憩で一旦終わり。
昨日のドライブ中コンビニのカフェラテをおばあちゃんにご馳走したら喜んでくれたので、また3人分買ってきて庭で飲んだ。
芝生とか他の根っこが入ってこないように、おじいちゃんがレンガで囲ってくれたから、すごく花壇ぽくなって嬉しい。
お昼を食べたら午後はおばあちゃんと二人で作業。6つの元肥を入れたスペースに、いよいよ苗を植える位置を決めていく。どこにどの色を置くかは前日に決めてあった。
場所が決まったら植える位置にパラパラと白い振りかけみたいな薬?を撒く。あとで水と蒸発して虫除けになるんたって〜。すごいや。
元肥は根っこが触らないくらい下にって園芸相談のお爺さんに言われてたけど、今回元肥な入れたのは化学肥料とかじゃない優しいやつだからいいんだって〜。
すごい仕事のことで鬱々としてたのが、土いじりをしてすごく楽しかったし浄化された気がする!
これへのブクマでTwitterより5chの方がマシと言ってる連中は本当に今の5chのこと知ってるのかな?
ワッチョイによる強制IP表示が行われて完全な半匿名となってる今の5chの現状を。
Q.半匿名になってアフィまとめによる介入は減ったのか?
A.増えている。悪化している。最悪へと近づいている。
前提として知るべきなのは、アフィまとめってのはヤクザ組織とかがバックにいて、あいつらは大量の捨てIPを用意できるってこと。
それらを駆使して自分たちに都合の悪いワッチョイIP、つまりはアフィと戦おうとしている人達を道連れにしていく。
自力で検証したデータが一瞬でアフィWIKIに奪われて起源を主張されたり、アフィにとって都合が悪いように改竄された上で自分のせいにされるうちに、まともな検証班は5chを去った。
今の5chって、アフィによって作られる見せかけの世論と、それに踊らされる愚民で構成されてる。
昔からインターネットってのは一皮むけばそういう側面が合ったのは事実だけど、その濃度が来る所まで来てる。
泥水で遊ぶことが出来る魚も、猛毒のヘドロの中では生きていけない。
暮らしてるのはそこが毒まみれという事を知らない無知な連中か、そこに適応できるように改造された品種だけ。
今の5chは完全に壊れてるよ。
もう無理だよ。
民度ってのは実名>半匿名>匿名の順で高くなっていると思われていたけど、実際は違う。
匿名は誰だって思い立った日に荒らし放題ではあるけど、半匿名は明確な意思と準備をした奴が荒らし放題になる。
これが本当に最悪で、半匿名で荒らしが行われだすともう完全にコミュニティが崩壊してしまう。
しかも、方向性のある疑心暗鬼は方向性のない疑心暗鬼よりも過激化しやすく揮発時間も長というのが最悪に拍車をかける。
半匿名ならば匿名よりは民度が高いっていう錯覚は世の中を完全におかしくしてる。
半匿名こそが最も民度が下がるということを皆が共有しないとどうしようもない。
そして、すでに5chはソレをやった所で復活はできない。
ヤクザってのは鳩やゴキブリのようなもので、住み着かれるのを防いでても潜り込んでくるけど、そこで戦うことを諦めると完全にその家を乗っ取ってしまうから戦わなきゃいけない相手なんだ。
5chはそのタイミングを完全に間違えて、今はもう完全にアフィで稼ぐヤクザ連中の餌場として認識されてしまった。
骨が燃え尽きた後の灰までしゃぶろうと奴らが認識してしまった以上、もうアソコは復活することはないよ。
Twitterはね、なんだかんだいってまだ戦おうとしている方だと思うよ。
5chと比べればね
ITエンジニア。とある商材を扱う会社に勤めている。面倒なので仮にりんごを販売していることとする。
入社するときは仕事なくて焦ってたし、りんごにも人並みに興味があったので楽しく出来るかな、と上司の不潔さなどには目をつぶって入社してしまったが後悔している。
ジョナゴールドしか食べた事ないらしい。ジョナゴールドて。久しぶりに聞いたわ。
元々りんごの仕事を企画したのはずいぶん前に辞めてしまった人で、この人も特にりんごが好きとかりんご農家の出身ってわけでもない。今はシャインマスカットで結構儲けてるらしい。すごいな。
その人とは別にりんご農家の息子を連れてきたまでは良かったけど、その人も結局実家でもっとガッツリ作りたいってことで辞めちゃった。だから今は素人しかいない。
俺もガキの頃はりんご農家に憧れていたので、割と品種とか日照時間とかには色々詳しい。一口かじらせてもらえば売れるりんごかどうかはわかると自負している。しかし社長以下営業(顔採用)が全員味オンチなのでどこからかマイナー品種の腐ったりんごを連れてきて安かったんだけどこれどう?なんていってきたりする。そうかと思えば一時期、一世を風靡した大人気品種を知らないと言って農家さんに恥かかせたり…。顔採用に好きなりんごは?と聞けば朝食りんごヨーグルトです!と返ってくる。うーん。俺もたまには食うけど、それってりんごなのか?
平常心、平常心と自分に言い聞かせてはいるけど、ついついそんなの売れませんよ、とかこの品種はジュースにするのが普通なんですよ、とか口出したくなってしまう。お前らちょっとは食べてみてお客さんの気持ちとか考えたらどうなんだよ!あー腹立つ。販路もむちゃくちゃ。寂れたスキー場なんかで売れるわけねーだろっ。歯が折れるわ。もっとこうYouTuberに甘〜いとか言わせて宅配するとか、色々あんだろ流行りの方法がよ。
一番許せないのが、「今時りんご食べてるなんて終わってるよねー」とナチュラルにバカにする雰囲気があること。お前ら全員りんごに食わせてもらってるくせになんなんだよ。毎日農家と顔あわせてるくせに、なんなんだよ…。羨ましい。
これを読んでる人はうまく立ち回って評価を上げればいいと思ってるんだろ?もうとっくに営業やれって言われてる。興味がないわけじゃないけど、やっぱり俺は趣味のりんごよりこの仕事が好きなんだ。俺は俺の技術でりんご業界に貢献したかったし(もうやる気なくなった)、りんごのためとはいえスーツ着て農家回るなんて言語道断。なんなんだこの苗木は!とか騒ぎ出してトラブル起こすのが目に見えてる。生半可な知識でフイにしたくない。
あんなに毎朝食べて、大好きだったりんごももう見かけるだけで吐き気がするようになってきた。農協の汚さとかも段々わかってきた。ずっといちファンとして好きなままでいたかった。あーりんごの会社なんか入るんじゃなかったよ。給料も安いし。
今気づいたが書いてるうちに単に興味があったりんごが大好きになってる。そうだな、この会社で気づいたよ。俺はりんごが大好きだったんだな。
俺に無断で俺を含めたみんなの物事を勝手に決めるんじゃない______。
学校でよくある話だが、声のデカい奴らの意見がクラスの総意のように扱われることがある。
わかったわかった。お前らが団結したのはわかった。B組の絆もわかった。だけど、それを俺にも押し付けるな。
とにかく、私には嫌いなことがある。
1つは、花言葉を“語られる”こと。
もう1つは、今日は〇〇の日だという“話題を振られる”ことだ。
だが、さも当然、私もそれに納得するものだという前提を持ったまま、その話題を振られるのがなによりも嫌いだ。
例えば、日本の園芸協会みたいな、とにかく花言葉を管理している団体(知らんけど)が、バラの花言葉が“愛”や“美”であると決める。そうか。勝手にやっていてくれ。
だが、誰かが私に対して「バラの花言葉は“愛”なんだよ」と話しかけてくる。
私はそれに同意していないし、私がバラに対して持っている権利、否、すべての人間がバラに対して等しく持っている権利を、団体という一部の人間によって侵害された気分になる。
私にそれを押し付けるな。
〇〇の日も同様だ。例えば2月22日をネコの日として盛り上がる。いいじゃないか。
だが、私に対して「今日はネコの日なんだよ」と2月22日に話しかけてくる。馬鹿言え。私がネコに対して持っている権利を侵害するな。私はそれを認めていない。
「みんなのもの」に対して「一部」が定めたルールを「みんな」に適用することが、非常に苦手なのである。
前置きが長かった。本題に入る。
私は塾でアルバイト講師をしていたことがあった。基本的になんでも教えるのだが、特に国語の授業を担当することが多かった。
そうすると生徒に漢字に関するアレコレを言われることがある。
答えは、“生”もしくは“下”だ。純粋な質問なら答えるし、自慢したい風ならば、わざと知らないふりをして生徒に言わせる。
だが、それは限定的な話だ。
そして常用漢字表の“生”の音読みは「ショウ」と「セイ」が、“下”の音読みは「カ」と「ゲ」が載っているだけであり、ほかの漢字と大差ない。
つまり、こいつらは「訓読みで読みの数を稼いでいる」のである。
例えば“生”は、「苔生(む)す」と読めるが、これは常用漢字表にはないし、“下”は「ひく(し)」など、おおよそ“低”のような感じで読むことがしばしばある。
そして“生”や“下”以外にもそのように色々な読み方(特に訓読み)をできる漢字は無数にあるわけである。
訓読みは「漢字の日本語での意味」を出発点としているから、どこまでが訓読みでどこからが意読かは判然としない。
したがって、どの字が一番読み方が多いか、などというのは、そもそも成立しない質問なのである。
多様な読み方ができるはずの漢字に対して、「文科省が設定した常用漢字」が、唯一絶対の真実かのように、私に向かってくる。
これが嫌なのである。
また、筆順の話もしておきたい。
筆順なんてものは文部省(当時)が設定したものであり、しかも、文部省ですら、参考であって絶対の基準でないと明言している。
そもそも、現代の筆順があるのは、単に「そういう順番で書くと伝わってきた」からである。
字というよりも図のニュアンスが強い甲骨文や金文などから当時の筆順を判別することは難しく、また、仮に史料から筆順を解析できたとしても、一定の基準があったかもわからない。
完全に推測なので根拠はないが、当時の人は特定の筆順を持たずに、その場その場で書き(描き)やすい順番で書いていたのではなかろうか。
日本において文部省(当時)が国語を教える上での筆順を策定する際には、流派によって筆順が違う字も多く論争があったというし、日中で筆順が違う漢字も多い。
また、常用漢字以外には筆順が設定されていないという現実もある。
もちろん、私は筆順が不要という論者ではない。
漢字を書く際の大原則(上から下、左から右、など)を理論でなく体で体得することは非常に重要で、それこそ教育漢字の筆順を習得することでその後の漢字も自然な筆順で書くようになることができると思うし、
しかし、筆順の問題を出題するような学校や塾のテスト、特に、テレビのクイズ番組は本末転倒であり、無意味と言わざるを得ない。
多様であるはずの筆順に対して、「文科省が設定した基準」が、唯一絶対の真実かのように、私に向かってくる。
これが嫌なのである。
いわゆる異体字というやつで、現代の活字文化で目にすることは少なくなってしまったが、手書きではよく見られるものである。
当然だが、文字の絶対的に必要な要件は、“意味を伝えること”である。私たちは本質的に意味を伝えたくて文字を紡いでいるはずである。
したがって、字形も当然“同じ字として認識できる範囲で”揺れていいはずである。
もちろん、学校の漢字の書き取りで異体字を書くのは勘弁してほしい。そこは国の定めた基準に従ってほしい。しかし、それ以外の場面で漢字が基準と違ったとしても、とやかく言うのはどうにかしてほしい。
伝わることに意義があり、伝わったから正しい字形を指摘できるのだろう。じゃあいいじゃないか。
当然だが漢字は漢字を使う皆のものであり、文科省が完全に管轄できる存在ではない。
しかし、子供たち(否、塾で対面するのが子供というだけで、大人の大部分もそうだろう)はそれを唯一絶対の真理として内面化している。
子供のうちはそれでいいだろう。一度型に嵌めて教えたほうが色々考えやすい(それでも筆順を徒に問うようなテストには反対だが)。
しょーもない漢字の雑学本やら、漢字のクイズやら、最近だと特にバラエティ系Youtuberのクイズ企画/学力テスト企画に顕著だが、大人たちが無意識的にこの基準を唯一絶対の真理かのように誤解しているさまは、見ていて虫唾が走る。
11月11日はポッキーの日。これはいい。ポッキーはグリコが完全に管轄しているから。
ながらくイライラしてるだけで理由について考えたことなかったけど、花言葉とか〇〇の日と同じなんだなって気づいた、だいたいそういうお話。
ーーー追記あれこれーーー
〇その1
当たり前だが私は瞬間湯沸かし器ではないので、他人に花言葉/〇〇の日の話題を振られたからと言ってブチ切れるわけがないし、たぶん不愉快な表情一つせず、無難な会話を続けることができる。
〇その2
誤読してほしくないが、常用漢字や教育漢字の否定をしたいわけではない。それが必要だから存在していることはわかっている。ただ、それを“ただ一つの真実”かのようにすること、
つまり“それ以外を誤りである”とするような態度に対して非常にイラついているのである。多数の正解を認められないことにうんざりしているのだ。
〇その3
花言葉は例が悪かった。バラが美の象徴であることは(記事と矛盾しているが)私は実は了承している。漢字という伝統を受け継ごうという意欲を見せている私がバラの花言葉(というか花のもつイメージ)に反対しているわけがない。
もっとこう、バラがn本の時はこれこれこういう意味で~、とか、〇〇は色によって意味が変わってX色では~、とか、明らかにその品種“伝統”がないよな?みたいな花とか、そういうタイプの花言葉を私は了承していないのである。
了承していないだけなら問題がないが、そうした“話題を振ってくる”のが苦手なのだ。
〇その4
この話題は、誰もが経験したことがある「お前の普通を俺に押し付けるな」という話題に決着する。
子供に顕著だが、自分の常識は他人にとっても常識だと思ってしまうことがある。子供は平気で友達の名前に代表される固有名詞を説明なしに会話にぶち込んでくる。
これには理由がある。ピアジェの発達理論に従えば2~7歳の子供は自他の認識の区別がつかないらしい。
だからかくれんぼで目をつむれば他人から自分の姿が見えていないと思うし、自分の知っている友達は当然会話の相手も知っていると思っている。
子供ならかわいらしいが、大人にこれをやられると「自分への配慮を蔑ろにされた」気がして腹が立つだろう。
ウニ、ホヤ、牡蠣、白子等々、魚介系は値段というより鮮度で全然味が違うので、もう仕方ないところがある。
自分は魚介好きだが、そこらへんを産地と遠い場所ではホイホイと食わない。
茗荷やパクチーなどはやり過ぎ注意。やたら入れるのが正義みたいなのは納得いかない。香草系は分量も大事だ。
アワビは刺身がチヤホヤされるが、蒸されてるのが一番ウマいと思う。
カリフラワーは癖があるので、嫌うのも分かる。
自分もオレンジ色のカリフラワーを食って、意外と美味いなと思うようになったし。
あと、ロマネスコは癖がなくていい。
だがこれが、品種の問題なのかそうでないのかちゃんと検討したことはないので本当のところはわからん。
「オレンジソースやクランベリーソース、白味噌の甘い味噌汁、ぬたが理解できない」の、「白味噌の甘い味噌汁」がどういうものかちょっとよくわからないが、「オレンジソースやクランベリーソース」にうへぇって思ってたことはあるから理解できる。ぬたも、実家の酸っぱい味は大丈夫だが、外食の甘ったるいのはダメだったので。
だが、「オレンジソースやクランベリーソース」に関しては美味いと思うようになった。
何か夏らしいことしたかしら?って思い出したら、
もう8月31日に夏休み全日の絵日記を1日で描き上げなくちゃいけない作家先生大忙しよね。
華麗にもコピーアンドペーストで、
もちろん、
そのままコピペしたらアウトなので、
ほどよく自分のマイルドな考えを1行ぐらいは付け加えたらオリジナル!
これで決まりね!
どうやって書いていいか分かんないわ。
気のない本を読んだって
中身入ってこないのよね。
あの夏の自由研究も
私やる気無かったわー
何やったかもどうかも忘れちゃったぐらいよ。
でも朝顔育てたのは
でもやっぱり花だけじゃなくて、
喜びも感じあえれるELTみたいな夏休みの研究ができると思うんだけど、
やっぱりそれはそれで花より団子なのかしら。
実がならないとやる気が無いし
ぜひちびっ子にも収穫の楽しさを知らしめるばっきばきのべきべきよね。
そうあるべきだと思うわ。
上手に育たなくたって、
きっとたぶん。
うふふ。
私の好きなのが無かったけど、
とても食べきれないので、
いくら何でもそのままが美味しいと言っても、
1玉は多すぎるわ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!