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はてなキーワード: 自責の念とは

2023-10-16

性懲りも無くまた人を好きになる

20代後半男なんだが好きな女性から親友ポジ認定されることが多い。

告白すると大体フリーズしたのち苦笑いからの『友達しか見れない』『男に生まれればよかった』『親友だと思ってたのに』等々思い思いに悲しみや落胆の感想を伝えられてきた。

しかし性懲りも無くまた人を好きになってしまう。

積み重なった上記のようなエピソードが、自分好意相手を傷つけると訴えてくるせいでなんで好きになってしまったのかと自責の念に囚われる。むずかしいね

2023-10-11

会議発言すると、家帰った後1人反省会してまた適当な事を言い切ってしまったなあって自責の念かられる

本当に適当な事を口走っている

2023-10-01

引っ越しの時にしまいっきりだったダンボール箱を開けた

有象無象つっこんである

引っ越し当時に急ぎ箱に入れないと、とかき集めて入れたのと、重さを偏らないためにと紙ものは分けて入れたのと、引越し後に夫が荷物を減らそうと、単純に容量だけで詰め直したのと

そんなこんなで、開けた瞬間、本当に有象無象荷物が出てくる

洗濯掃除消耗品、身だしなみ系の消耗品、医薬関連の消耗品、文具、雑貨趣味のもの100均や300均で買ったようなあれこれ…

消費期限が切れててもう使えないサプリなんかも多い

箱買いした胃薬、胃腸薬

半年分はあるであろう貧血治療

これらはまるっと捨てる

どちらもそれなりに値段がしたはずで

自責の念を感じつつもしょうがない

それにしても当時の自分の体調が思いやられる

胃腸薬肝臓薬なんかを常備するような状況だったわけだ 今はまったく飲まずに済んでいるのに

貧血については別件の治療タンパク質鉄分サプリでほぼ完治したのだった たくさんの赤い錠剤を食事後に何年も飲んで治らなかったもの半年改善した

血が足りずフラフラで氷をガリガリと噛み胃薬肝臓薬飲みながら仕事してた当時の自分を思うと、哀れになる

湿布の類も大量に出てくる

使い捨てカイロも大量に出てくる

どれも期限切れだ

自分のため込んだ荷物を紐解くと、その時の恐怖や苦痛なんかが思い出されるなあとしみじみ

私の買い物依存とため込みは、そういう不安や執着を和らげようとしているもの

そういうものがあるうちは捨てられないんだな

とはいえ期限切れが多いのでこれらはまとめて捨てることにする

2023-09-13

anond:20230913104045

いや良くないだろ

法整備では密猟を防ぎきれないから手をこまねいてる。買う側が、密猟うなぎが混ざってても安くて美味けりゃ気にしないから、密猟利益出せるので密猟増えるんだよね。お前みたいなやつのことね。

結局、買う側のリテラシーが低いか密猟減らないってこと。買う側のリテラシーが高いと密猟防止政策がばつぐんに効くので、すぐ保全されるんだよね


天然ウナギは減ってるし漁獲高は減少してるし、その原因が取りすぎ密猟なんですよ?

生物資源保全意識の低い人間の国だと自責の念が薄くてすげえな。確実にお前らのせいだよ

日本社会が壊れてるのは、日本人たちの頭が足りてないせいだという事実をよく認識しろ

2023-08-24

5人くらい産んで育てたい

増田は育休中の母

子は二人いる。

育児とても楽しい長男は拙い言葉一生懸命何か言おうとしてる姿がとても愛らしいし、次男は首も座っていないエケチェンだけどフガフガ言っててかわいい。なんでこんな可愛い存在世界から減っているのか理解できない。

とはいえ気になるのはお金である子ども一人育てるのに3000万かかるなんてよく言われるが、子育て世帯には年収1000万超えると所得制限がかかる。

我が家所得制限かかってないけど、いつこのラインが下がってもおかしくないと思うと、あまり他人事とは思えない。

そして子どもが増えないのにも納得してしまう。そりゃそうだ、子を貧しくしたい親なんかいないし、増やすことでむしろネグレクトだの何だの言われたり自責の念に駆られたりするくらいなら、ひとりを大事に育てようってなる。わかる。

でもさーなんかさー、そうやって縮こまるのってさー、資本主義への敗北って感じで増田は嫌なんですよ。

人類は豊かになるために資本主義を産み出したはずなのに、資本主義によって人類が衰退する。なんか馬鹿みたいじゃないか

から増田子ども産めるだけ産むし、でも教育資金足りなかったら困るからまぁ頑張って働くけど、正直言うと産んで育てるのに専念したい。

働きながら産むのって政治家の偉い人が考えるよりずっとハードモードなので、選ばれし人間しかできないんだよ。

そもそも育児休暇、一人ならいいけど二人目三人目を考えた時に全然まともに機能する制度じゃないのよ。そりゃ少子化になる。

具体的に言うと大学費用タダにしてほしいし、それが難しいならせめて大学には理由の乏しい値上げを禁止してほしい。

あと児童手当もっと増やして欲しいし所得制限撤廃してほしい。

別に産むのは全然いかもっと産みたくなるような政策やってほしい。産みたくない女は増えてるみたいだけど、それが総意だと言われるとちょっと困る。

2023-08-18

女は正論パンチをするなというが

Twitterトレンドに「結婚相手」というワードが上がってきた。

正論を振りかざさないとか正論パンチしないとかいうのが散見されたが、怒りたくなるようなことが起こったときに「それはいけない」と諭すより「オメーふざけんな」って言って腹パンするほうが女は喜ぶってことか。

幼稚な理由クリスマスデートドタキャンしても謝らなかったくらいには自責の念がなかった元彼女には「正論パンチやめて」と何度も言われたが、そうであればそうしてやるべきだった。

女を殴る男のほうがモテるっていうのは本当だったんだな。

俺が悪かったよ。すまんな。

2023-08-12

死にたさが出てきたとき処方箋としての思想

はじめに

ある人間に「死にたさ」が上がってきたときに、それを打ち払う便利な思想自分人生経験から編み出したので、それを紹介したいと思う。

これは自分リアルでたくさん言っているのだがなかなか言うべき機会も少なく、普及しないので増田にも書いておく。

いってみよう!

仮に10億円あっても死ぬテスト

これはもっと重要テストだ。80%程度はこれで解決する。

「仮に10億円あってもまだ死にたいか?」と自らに問うてみて、直感的に出てきたその答えについて分析する手法だ。

「死にたさ」が上がっているときは「そんな夢みたいな荒唐無稽な話を聞かせてくれるな」などと言い出す人が多いが、それはすなわち「それが叶うなら生きてもいい」という証である

ほとんどの問題はこれに帰着する。金があっても死のうとする場合衝動的なものか、金持ち道楽のようなものである

「もし10億円あるなら死なない」という答えになった場合、そこから「5億あったら死なないか?」「1億あったら死なないか?」「2000万あったら死なないか?」などのように逆算する。

ここでたとえば「200万あったら死なない」のような結論が出た場合、死にたさの答えは明らかである。金がないことが問題であり、その金を稼げないこと、どのようにして稼げばいいのかを知らないことが問題である

金があるなら仕事を辞めることもできるし、一時的に1年休むだとか、転職活動をすることもできるし、広い家にも住めて生活にゆとりとハリが出て、喧嘩も減り、やりたいことにも挑戦できる。

以上によって、死にたさの問題は金に帰着した。あとは這いずり回って稼げばよい。守銭奴のように金を求めれば救われる。

生死の問題だと思っていた人に「あなた問題は200万円の問題ですよ」と示したとき、衝撃を受けたその人の顔を見るのはなんとも痛快である

死にたいのではなくて、弱者から殺されつつあるという認識

死にたい」という思考が出てきたとき、通常は「望んで死にたい!!!!!!!」という朗らかポジティブるんるん思考ではないはずだ。

自分は生きることは全然余裕綽々なんだけれども、でも、自分絶対に死ななきゃならないんだ!!!!!自分死ぬために生まれてきたんだから!!!!!死にたい!!!!!!!!!今すぐに死にたい!!!!!!!高らかに!!!

のような気分ではなく、たいていは「死にたい…………(絶望)」のような気分になっているものだ。

重要なことは「本当は生きたいのだけれど、なんかうまくいかなくてめちゃくちゃ苦しくてもう無理……せや!! 生きるよりも死ぬことの方がマシなのでは????」という消極的選択をしているという事実認識することである

「叶うことなら、本当はハッピーにしあわせに生きていきたいのだ」という自分の心を解放すると、周りの環境から「お前はハッピーでいてはいけない」「苦しみに耐えればいつか幸せになれるよ」などと教化されて、いつしか「苦しむことこそが自分幸せなのだ!」という信念が強固になってゆく。

冷静に考えてみると何かおかしくないだろうか。

「なぜこの俺様がこんなに我慢を強いられているのか???俺様をお前らは殺そうとしているのではないか。鞭を打てて、かつ虐げることができる生贄として、ギリギリ生かされているだけなのではないか?」などという外に向ける凶暴で凶悪な怒りが実はあるはずなのだ

死にたいのではなく、「周りの環境からの抑圧によって殺されつつある」という自覚がただひたすらに重要である

ただ弱い、ただ無力、ただザコなのである。弱いか死にたいという気持ちがあがってくる。無力だから虐げられる。ザコだから一方的攻撃される。

その怒りを生きる力へとポジティブに変換するべきなのだ

仮に健康的で体力があって笑顔だったなら死ぬテスト

「仮に健康的で体力があって自分笑顔るんるんでもまだ死にたいか?」と自らに問うてみて、直感的に出てきたその答えについて分析する手法だ。

そのような気分にはなれないかもしれない。いや、そのような気分に、なりたくないのである

なぜならそのような気分になっていた場合、周りから不審な目を向けられるからだ。

「お前には人の心というものが無いのか」「悲しまなければならないときになぜお前は悲しんでいないのか?」「絶望すべきときに、なぜ絶望しない?」「お前は人間ではなく、化け物だ」と扱われることの甚大なる恐怖によって、お前の感情規定されている。

さて、通常、肉体が健康的な状態になっているならば死のうという気持ちが起こることはない。

まり死にたさがあがったとき、そのような肉体を保持していることに原因がある。これは運動睡眠食事などの、肉体的なもの解決する問題である。したがって頭でこねくり回しても無意味である

まり外に出れば良い。

また、外見によって人は態度を大幅に変える。病的な人間には人は苛烈対応する。とてもか弱い歯向かってこないひよわな人間に、人は優しくなどしないものだ。一見味方のフリをして、本当は支配したい人間も寄ってくる。支配したいのに「あなたの味方ですよ」という顔をするからたちが悪い。

所詮、手のひらの上で転がされているだけなのだ。飛び立とうとしてみろ。奴らは足を引っ張り出す。いつまで籠の中の鳥の気分でいるつもりだ。お前はインコか。

「苦しんでいる自分が大好きで、苦しみがとっても快楽!」というズルい自己認識の受容

人生不公平ものであり、なかなか思うようにうまくいかないものだ。どんなに言葉を取り繕ったとて、自分より明らかに楽をしていい思いをしている人々が多くいる。

自分は苦しい思いをしていて、呪縛され、どうにもならない、人生とはそんなものだという無力感を持っている。

「こんなにやったのに」「こんなに頑張ったのに」「でも自分はだめな人間だ」「もうどうしようもない」という自責の念・罪悪感を持っている。

「だから自分など、苦しんだほうがよいのだ」というふうに考えているのだ。仏教的、儒教的アジア的、日本的価値観である

これは苦しんでいるようでいて、実は楽をしており、快楽を得ている。「苦しめばおっけ〜!」という甘いスイーツに酔いしれているのだ。

お前は簡単に苦しんではならない。もっと、より、高度に苦しまなければならない。お前の苦しみなど苦しみではない。せいぜい最大でも1人分の苦しみだ。

より苦しめば楽になるのである

にもかかわらず、楽になろうとすると恐怖が湧く。見えている苦しみ、どうせ人生トータルでいうとこれぐらいの苦しみだろうという予測以上の苦しみを得ることに恐怖を感じているから、現状の苦しみで安定する。

自分が苦しみさえすればいいんでしょ?」「自分が全部悪いんだよね」という攻撃性をうまく覆い隠して、悲劇のヒロインを演じている。男も女も変わらない。お前はシンデレラか。

より苦しむべきである

「誰も自分に無条件に優しくなどしないのだ」と諦める

この世に期待などするな。それでももし諦めたくないのであれば、自分がその希望になる他ない。お前が無条件に他者に愛を注げ。

お前が他者に愛を注ぐような利他で無私の心で、その一部を証明せよ。愛はお前が与えなければこの世に存在しない。

だいたい、他人も生きていて、他人もその人の人生で手一杯である。どうしてお前を救えようか。

愛を求めるから不幸なのだ。これを求不得苦という。

死にたいなどと思っているうちは、お前は利己的で自己中心的でわがままなのである死にたい人間に生を与えろ。誰かの希死念慮を打ち払え。

追記: この記事攻撃できる人間幸福である

人の価値金銭で考えるべきではないといううぶな考え方を抱いている人が多いが、人命は金と交換可能である

建前上、人命は金に変えられない高価なものだとされている。もちろん、この精神自体は素晴らしいものだ。理想として、そうあるべきだ。

しかし、現実はそうなっていない。200万円が無いことで死にたさが湧いて、そして実際死んでしまうというのは、命の値段が200万円であるということだ。

金を誰かがくれるわけではない。なぜ俺が赤の他人の、しかも俺に攻撃を仕掛けてくるような精神性の持ち主に金をやらねばならないのか?

お前の人生責任をなぜ俺に押し付ける?

お前の人生だろう。俺の人生ではない。なぜ俺だけがお前を一方的に助けなければならない?お前だけが生きているのではない。

世の中は金である。実際戦争で一山いくらで死んでいる。

誰も無償で助けてはくれないのだ。お前が助けてくれとヘルプを出さなければ誰も助けることはできないし、ヘルプを出したからといって必ず助けてもらえるとは限らない。

自分自分を助けるしかない。他人に縋るな。絶望が足りない。だからシンデレラ思考だと言っているのだ。

世の中は不平等だ。それを改善しようとする動きもあるが、全然追いついていない。

なぜそれを待つのか。待って待って待って、待って耐えれば満足か?そんな日は来ない。だからシンデレラ思考だと言っているのだ。

日本はクソだ。なのにクソな日本に頼ってどうする。頼るな。

優しくがんばれがんばれと言われたらそれで満足か?それがお前の人生か?そいつはお前の人生責任など持たないぞ。

まずは自分自分鼓舞しろ。なぜ他人に身をまかせるのか。「どうにかしてくれ」ではない。お前がお前でどうにかしろ

お前は死にたいのではない。生きたいのだから生きればいい。努力してもしても無理だったんだろうが、まだまだ絶対的に足りないのである。全く足りない。やってないのだ。

他人比較してどうとかではない。

俺がお前のことを何もわかってないことが憎いか?殺したいか?怒りがこみあげたか万能薬でないことに絶望たか

逆にお前は俺の何を知ってるんだ?

クソザコに生きる術を伝えてるんだ。お前の無知範疇理解した気になるな。ちゃんと全部読めてんのか?眺めてるだけでは何一つとして読めんぞ。これはそういう文章だ。ありがたく精読して頂戴しろカス

2023-07-26

anond:20230726000708

結局学歴収入勝ち組になれても、人徳が備わってないと正しく子供徳育できなくてこうなるんだよな

それにしても一人の人間を生み出し不登校引きこもりなんかに育ててしまった時点でものすごい自責の念に駆られたっていいはずなのにこの言い草って相当なクズ

2023-07-17

anond:20230628094712

コメントありがとうございます

よほど合いそうな会社でなければ転職はせず、大企業でだらだら生きていこうかなと思っています。これといったスキルがないのは、将来は不安ですし、仕事やりがいはないですが、、

ソフトウェアWEBフルスタックエンジニアほどではないですが、VRARハードウェアが絡んだプロトタイプくらいは作れるくらいの広くもあるけど偏った分野のエンジニアです。研究インターンはそれなりにやってきていて、機械学習で国際会議に昔論文投稿しています、そちらの技術もそれなりにわかるつもりです。

ですが、どれも中途半端なのでプロジェクト管理に回るのも一つかもしれませんね。アドバイスありがとうございます

から見るとメンタルもやしかもしれません。強いノルマや強いパワハラさらされているわけでもありませんし。ただ人よりプロジェクト達成への目標意識が高く、そこで病んでしまたことが根本的な原因と認識しています

プロジェクトを進める中で、周りのサポートが得られず炎上をなんとか鎮火させることしかできなかった。体力を削られたのと、自責の念が強くやられた感じです。

もっと鈍感力というか必要な時は他責にする思考を持たないといけないなと思います

なにはともあれ、まずは体調を直そうと思います。年齢もそこそこいってきて怖いですが、体調がよくなってコンディションが上がらない限り、前には進めないですね。

だらだら働くことは本来苦手で、向上心や達成感が満たされるよう成果を求めたい気持ちはあります。ですが、数年は我慢しようと思います

愚痴を聞いていただきありがとうございます

anond:20230628094712

コメントありがとうございます

よほど合いそうな会社でなければ転職はせず、大企業でだらだら生きていこうかなと思っています。これといったスキルがないのは、将来は不安ですし、仕事やりがいはないですが、、

ソフトウェアWEBフルスタックエンジニアほどではないですが、VRARハードウェアが絡んだプロトタイプくらいは作れるくらいの偏ったエンジニアです。研究インターンはそれなりにやってきていて、機械学習で国際会議に昔論文投稿しています、そちらの技術もそれなりにわかるつもりです。

ですが、どれも中途半端なのでプロジェクト管理に回るのも一つかもしれませんね。アドバイスありがとうございます

から見るとメンタルもやしかもしれません。強いノルマや強いパワハラさらされているわけでもありませんし。ただ人よりプロジェクト達成への目標意識が高く、そこで病んでしまたことが根本的な原因と認識しています

プロジェクトを進める中で、周りのサポートが得られず炎上をなんとか鎮火させることしかできなかった。体力を削られたのと、自責の念が強くやられた感じです。

もっと鈍感力というか必要な時は他責にする思考を持たないといけないなと思います

なにはともあれ、まずは体調を直そうと思います。年齢もそこそこいってきて怖いですが、体調がよくなってコンディションが上がらない限り、前には進めないですね。

だらだら働くことは本来苦手で、向上心や達成感が満たされるよう成果を求めたい気持ちはあります。ですが、数年は我慢しようと思います

愚痴を聞いていただきありがとうございます

2023-06-23

anond:20230623182045

アザできるほどやったゲームに関しては全国大会出場したぐらい実際は強かったけどね

羽生善治も言ってたけど負けて悔しくならないやつは強くならないってこういうこと言うんだよね

まぁ俺は負けたとき自己嫌悪が激しくなる(このゲームを選んだことに対する自責の念からゲームじゃなくもっと実のあるもの勝負したいけど

2023-06-10

AIイラストで抜いてる

最近pixivにアップされてる、絵師さんたちがAIに出力させた作品群で抜いてるんですよ。

AVだと局部が見えちゃってるのと、男優が映ってて没入できないので、グラビアアイドルIVで抜く生活をずっと続けてきたんですよね。アニメとかイラストでも没入感がなくてだめ。もう10代の頃からずっと。

それでも、性癖にビシッと合う作品なんてないものから最大公約数的な性的興奮で対処してきたわけですよ。

それが、最近AI技術進歩で、ありとあらゆる性癖に向けた、レベル解像度も高い作品が次々にアップされるようになってきたんですよね。

自分は体格のいい女性物理的にも精神的にも見下されるのが最高に興奮する性癖なんですけど、それを満たしてくれるAVIVもなかったんですよ。あったとしても、「う~んもう少しこういう女性だったらな…」とか「こういうシチュが欲しいんだよな…」みたいな些細な不満があって、まあそんなに理想作品なんて無いわけで、ある程度興奮できればよしとしてきたんです。みなさんそうですよね。

ところが、AIの出力したイラストだと、性癖ドンピシャのものゴロゴロ出てくる。しかもぱっと見リアルと見紛うような解像度リアル度だから、もう迷うことな絶頂を迎えることができるんです。

妥協した作品で抜いてしまうと、事後に「どうしてこんなもので興奮してしまったのか…」と自責の念が湧き上がってくるのに対して、性癖にぴたり合ったものだと、事後でも「いやこれは興奮するでしょ…」となって、全然落ち込まないから、気分が全然違うんですよね。まるで、パートナーとS○Xした後のような、心身ともに満たされる感覚

しかも、子どもは二人までにしようと妻と話し合っていて、二人目の子どもが2月に生まれて、その子育児真っ最中なので、言ってみたら自分生殖機能はもうあってもなくてもみたいなものなので、「精子無駄にしちゃった…」という背徳感にも襲われないのも大きいと思う。

ここまで来たら、後は自分プロンプトを書けるようになれば好みのイラストを出力できるわけだからさらにこの道を究められるかもしれない。そのためだけにPythonプロンプトエンジニアリング勉強してみようかとも思ってる。

2023-05-30

あの花』を見たけど統合失調症に見えて集中できなかった

あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない』というアニメの話。泣けるアニメといえば、と聞かれて『あの花』を挙げる人も多いだろう。最近見た。増田がひねくているのか創作物を見すぎたのか知らないが100%は楽しめなかった。疑念が払えないというか、雑念が混じってしまった。


まず知らない人に『あの花』のあらすじを説明する。小学生のころに仲良しグループの1人がケンカでギクシャクしたまま転落死、高校生になっても後悔を引きずり引きこもりとなった主人公の前にその子幽霊が現れる。未練が何かわからいから色々試して成仏しよう、と主人公幽霊の子自然消滅した仲良しグループの人たちと連絡をとって奮闘する、という物語だ。



増田は「紆余曲折ののち和解友情確認をして成仏するストーリーだろうな」と思いつつ見ていたが、「もしかたらこういうどんでん返しが待っているのかもしれないから気をつけなくては」とも思ってしまって集中できなかった。

主人公は引きこもっているうちに統合失調症になっていて、トラウマから幻覚が見えているだけでした

グループの皆からおかしなっちゃった人にしか見えていないけど、「あの子の死は辛かったもんな」という同情や、「こうなった一因は俺にも……」といった自責の念で付き合ってくれていました

〇でも皆にもそれぞれ後悔や思うところはあったので、成仏を手伝ったり途中で言い合いをしたりして気持ちの整理ができました

主人公ももうあの子はいないということを受け入れて前を向けるようになりました、めでたしめでたし


いつ急に落とされるのかわからないのが怖くて、ずっと身構えて視聴していた。終盤、ノート文字が書かれてみんなが「本当にここにいるんだ!」みたいになったとき、ようやく安堵した。幽霊がいる世界でいいのね!いて、訣別する物語なんだね!とやっと座って見られる感じがした。もし統合失調症を扱ってたら泣ける作品以外のところでも名前を見ていただろうし当たり前と言えば当たり前なんだけど。

ビューティフル・マインドとかがっこうぐらし!とかウルフ・オブ・ウォールストリートドラッグをキメた後運転するシーンとか、「主人公イカれてて視聴者はその視点を借りてるだけでした、実は周りからたらこうです」という驚きを食らいすぎて構えてしまう。普段アニメを見ない人にも見られるような人気作品はそこまでは捻られていない。


それではまた今度。次回は「男女バディものを見るとき安直恋愛に発展させないか作者を疑い続けてしまう」をお送りします。

anond:20230530125753

救護もしない、立ち去りもしない奴は野次馬って言うんやで

野次馬自責の念かんじるかいな?

2023-05-20

追記 / 子供は産まなくても良かった

今のところ自分は産まなくても十分幸せだっただろうなーと思う。

子供はすくすく育ち、5歳になった。

共働きで、メインの稼ぎ手は私であり、夫とは仕事家事育児のすべてを分担している。

それでもとにかく、いくら分担したところで、母親業ってやつに心が馴染まない。

「面倒くさ〜」「疲れるな〜」とか、そういう感情が先立つ。親であるデメリット毎日感じる。とくに自分体調不良の時は本当に勘弁してくれと思う。

自分リソースをここまで削られることに対して、育児って狂ってんなーとしみじみ思う。

常に睡眠不足だし、外に出りゃ私たちちゃんとした親かどうかを逐一社会がチェックしてくるし、保育園から持って帰ってきた体調不良は家全体に蔓延するし、お金バカほどかかるし、家の中は汚されるし散らかるし、ずっと騒々しいし、何かやろうと思えば体感20秒ごとにストップが入る。自分のことをする時間は本当にゼロになる。育児の裏でなにかに集中できることなんてひとつもない。デメリットを挙げだしたらキリがない。

ときどき夫が子供を連れ出してくれる時だけ、久しぶりの趣味感覚を取り戻そうとしてみたり、家をいつもよりきれいにしたり、読書したり、仕事に関する勉強をしたり、お菓子を焼いたり、お風呂にゆっくり入ったり、はたまた好きに出かけたりできる。

この時間永遠に続けばいいのになぁ、子供がいない人は休みごとにこんな風に動けるのか、羨ましいなぁ…と思う。実際自分独身・子なし夫婦時代を楽しく過ごした。

自由な日の終わりに子供が帰ってくると、あーあ…と思う。次は一体いつ自由な身になれるんだろうなと凹む。

仕事終わりに保育園に向かう時も、自転車を漕ぎながら「これからまた明日の始業までしんどいな…」と毎日思う。仕事の方が自分計画で動けるのでストレスを感じずに済む。

ゆえに金曜日は気分が沈む。

「ああやってしまった、産むんじゃなかった。」という感覚がずっとある。もう産む前には戻れないことに対しても、最初の数年は発狂しそうだったけど、ある程度心の中で折り合いはついたと思うのに。

もう巻き戻せないんだからちゃんとやらねばと思って、できる限り子供に関わって、仕事主体的にこなすことを心掛けながら、気を遣ってくれている夫と子供理由関係が悪くならないように努力しつつ、自分の体調も崩さないように気を付けて来たけど、もう本当にマジで疲れたな。

楽になりたい。

子供を持つことの良いところってなんだろう。

子供がかわいらしいこと、その子供に好かれていて駆け寄ってくること、パートナー子供がいて幸せだと思っているらしいこと、社会的子供がいるというステータスが「まとも」と見られる時もあること(とはいえ、子がいるという事実だけでまともと捉えるようなコミュニティに身を置くべきではないと私は考えている)、子持ちにしか縁のない場所に堂々と出入り出来ること、「子供を産めば良かった」という後悔をすることはなくなったこと、このぐらいか

他にあるのか?子どもを産むメリット

(ここに「自分が完全になった気になれた」「かけがえのない存在がいる」とかを一緒に挙げる人もいそうだが、それに関しては私は夫と結婚することですでに感じられていたので除外した。

同じように「子を産む」ことに付随する神秘めいた説明のつかない部分を体験できることに関しては、私がそれについて懐疑的なので除外した)

いや、これだけで頑張るには毎日キツすぎる。

それでもやりたいと思うならぜひやってみたらいいとおもうけど、全く他人にはお勧めできない。

特にリミットを感じて周りにも子を産めと圧をかけられ迷いが生じている人には本当にお勧めできない。産んだら元には戻れない。

子供はいいよ、産みなよ、とか簡単に言う奴は、自分の苦しみを他人にも感じさせて分かち合える人間の母数を増やしたいのかな?とすら思う。

現状を知った上で産むかどうか選べるなら産まない。誰もこんなことしない方がいいとすら思う。

本当に何も知らなさすぎた。バカだったなと思う。

「こうなる」ことをもし全部知った状態で産む前に戻れるなら、子供が欲しいという夫を説得して、共働き子なしで一生余裕のある暮らしをしようと言ったと思う。それでも子どもが欲しいなら別れよう!と言ったと思う。別れたいわけではないけど、子供が欲しい夫に後悔が残るのはかわいそうだから

不可逆な選択を間違えたので、もう粛々とやっていくしかないと思って、時間お金を湯水のように消費して毎日育児している。

自分時間が吸われ続けて、やりたかたことは出来ず、このまま老いていくんだなあ。

あ〜、人生もっと楽しみたかった。これが正解なんだとしたら狂ってる。

若く楽しい時間犠牲にして、一つの命を「人間にする」行為をしている。楽しめる人もいると思うけど、私はそうではなかった。

もちろん2人目は産まない。

子供を産んだ自分が詳細に想像がつかないまま子供を持ったのは本当にバカだったなぁと思う。

「こんなことを言う母親子供がかわいそう」と言われる声が自分の中から聞こえてくる。

いくら子供に関わって心を砕いて、自分の持てるリソース殆ど全て明け渡しても、母親の内心がこんなふうなら「子供がかわいそうと言われてしまいそうだ」と考えてしまうぐらい、育児現場には内心どう思うかすら自由がない。

後悔してますと大っぴらに言うことは出来ない。子供を傷付けたいわけでもないので、胸にしまっている。これから現実ではそうし続けると思う。

若い子は半数以上が子供を持ちたくないらしい。賢い!そうした方がいい!と思う。

産む前には絶対戻れない。私は知らなかったか子供を持ったけど。

もう一度言いたい、産む前には絶対戻れないって。何もかも元に戻らない。


[ 追記1:養子はどう?というコメントに対するレス以外、増田コメント返信していません ]


[ 追記2:

疲れ果ててろくに推敲もせず書いたものが人に読まれていろいろコメントまでついていて驚いた。

子供の目に入ったらどうする」「子供がかわいくないのか」「こんなものを人の目の触れる場所に書くな」というコメント散見されたけど、「日々なんとかやっていて、子供ちゃんと関わっている」と想像がつくであろう情報を添えてもこんな意見が返ってくることこそ、子を持ったからにはこうあるべきという強い思想があることを浮き彫りにしていると思う。

(おすすめしている人もいたけど『母親になって後悔してる』はすでに読んでいるので、ブックマークが伸び始めた時点で私のことを人非人扱いするだろう意見が出てくることは想像がついた。むしろ思ったより共感が多いなと思ったほど。)

そして「子供を持つことで、人生選択ミスをしたと思っている」という意見が見えてきづらい理由もなんとなく分かった。

こんなことを書く人間はすでに心が疲れているので、余計なことを言って他人から責められるなら辛くても大丈夫なふりをしてやり過ごす方がまだマシだし、こうやって文章にすることで子供に対する罪悪感から自責の念を強めてしまって投稿しづらいんだろうな。

匿名エントリでさえこんな反応が返ってくるなら、そりゃ誰も言わないし、書いて残したりしないだろう。

「昨今、『子育て疲れた』みたいな情報なんかいくらでも見かけるだろ」と言う人もいたが、少なくとも私は死ぬ方法をいくつかブックマークしておき、最悪こうすれば良いと思って日々をやり過ごすほど子を持ったことを後悔するとは思っていなかった。もともと子供が不得意というわけでもなく、苦手意識もなかった。自分の感じた絶望感が自分のしていた想像よりも深刻だった。(これはn1の話だから、逆のパターン絶対にある。)

とはいえ、これは私の心にとっての事実であり、「表明する人が少なく、アクセスしづらい情報となっている」と思われるので、とりあえず消さずに置いておくことにした。

大した文章でもなんでもないんだけど、私は産む前に見ることが出来なかった情報だったので。

自分の子供だけはやっぱり違う」とか、「人類がみんなやってきたことなんだからあなたにも出来ないわけがない」とかだいたいそんなことを言われたし。もちろんそれは悪意があった言葉ではなく、その人にとっての事実だったんだとは思っているけど。

でも、私はあまりにも不可逆な選択で間違えてしまったと思っている。もう戻ることは絶対に出来ないので、毎日やり過ごしている。後悔している。疲れた。この投稿にそれ以上の意味はない。 ]


[ 追記3:

Twitterでいろいろとシェアされていることにたまたま気づいた。

こういう文章引用した人間の持つ思想お気持ち棒として振るわれるのは仕方ないことだが、引用した人の主張のバイアスがかかった状態で読まれて内容を勘違いされるのも本意ではないので、仕方なく補足として追記する。

あと、そもそもここまで読まれると想定して書いた文章ではないので、「自分排泄物がやたらと批評されている」みたいな違和感があることも書いておく。

上記文章は私にとっての事実であり、ただただ嘘のない気持ちを列挙したらこうなった。

とはいえいつまでも現状に文句たらたらでふてくされたまま人生無為に過ごすつもりは全くない。

母親になって後悔してる」と結びつけてシェアされたのが大きく伸びたせいかからないが、私が今後一生ずっと子を持ったことを後悔し続け、後ろ向きに暮らす惨めで不幸な女だと決めつけてかかる人がいるが、それは違う。

(そもそも、同書に出てくる母親たちもそんな人ばかりではない。戻れるなら産まないというだけで、その人を幸福になれない人間と決めつけるのは早計だと思う。「母親になって後悔してる」の本の事例だと考えてシェアした人もそんなつもりは無いと思う。)

こんな生活になると想像しきれず、人生はめちゃくちゃになってしまった。戻れるなら私は産まない。今現在、後悔している。それは本当にそう。でも不幸とイコールでは無い。

の子供はすでにそこに存在していて、それならば子供自身が思う自分人生を送れるようにできる限り手助けしたいと思っている。

現在自分がこんな心境であるにしても、自分含め家族全員が幸せ人生を送れたら良いと思っている。

「誰もこんなしんどいことしない方がいい」とついつい思ってしまとはいえ、私は反出生主義者ではない。どんな派閥肯定する気はない。

他人にまったくおすすめできない行為ではあるし、後悔しているのも事実であるため、どうやら読む人によっては「この状態を不幸としない」ことに矛盾を感じるのかもしれない。

(※0か1かでしか考えられない人もいると思うので一応書いておくが、これは「だから子供を産んで後悔はしてるけど、やっぱり私は幸福です」と言っているわけでない。)

こんな人間はどうせ産まずともグダグダ言っているだろうという意見もまあ確かにそうだな、と思った。というか、それの何が悪いのか全く分からない。

子供を産まなかった別世界線の私が後悔したとして、子供を産めば良かったと後悔している、と表明することの何が悪いのか?

その時その時のその人にとっての真実を書いて、ネットの海に放流することはなんの罪もない。

いろんな人が好き勝手書いて、それをいろんな人が参照して、取捨選択に使えばいいと思う。

(人の言葉尻を捕えて揶揄することで主張をする人たちも、私からすればイラッとするが好きにするといいと思う。匿名ツールなんてそうやって使われるものだと思うし)

もはや自分で読むのも面倒臭いほど長文になってしまった。これ以上追記はしないので、あとは自由解釈してもらえたらと思う。 ]

2023-05-16

不倫略奪婚で生まれた姪に会いたくない

1年ぐらい前に妹が産んだ姪に、何だかんだ理由をつけて会ってない。

姪は、不倫略奪婚で生まれた。

もちろん、姪自体に罪はないんだけど、「誰かの不幸の上に成り立っている幸福」の象徴のように感じられて、写真を見るだけでも正直キツい。成長していく度にキツい。

旦那は、妹と知り合った時はすでに嫁と2人の子供がいた。一軒家も建てていた。

出会いきっかけは、妹が新卒で入った会社上司だったこと。

採用面接の時に旦那が妹に一目惚れして採用した、というのが出会いエピソードらしい。(そもそもこのエピソード結構キモいだって旦那20歳年上の妻子持ちだぞ……?)

どういう経緯か分からんが妹はそいつセフレになった。

俺は元々妹とサシ飲みする程度には仲が良かった。妹から会社上司不倫をしてると言われた時は、全力で止めた。そいつを略奪するために計画的妊娠して、それをダシに離婚させるつもりだ、と言われた時は、さらにキツい言葉で止めた。でも妹は言ったんだよね、「正直彼も私も、妻子に申し訳ない気持ちはこれっぽっちもない」って。

そして妹は妊娠した。計画通り当時の嫁と離婚させ、妻子が出ていった家に住むことになった。姪が生まれた。

俺の会社にさ、旦那不倫を苦に自殺した人がいたんだよ。かつてその人が座ってた席の前を通ると気が重たくなる。自分の身内から加害者が出ることを止められなかったことに、自責の念を感じている。

ていうか世の中の上手いことやってるように見える家族の何%かも、不倫略奪婚だったりするのかな。

そんなことを考えていると、もう人間不信になりそうだ。

2023-05-04

AIイラストで抜いてる

最近ピクシブにアップされてる、AIが生成した作品群で抜いてるんですよ。

AVだと局部が見えちゃってるのと、男優が映ってて没入できないので、グラビアアイドルIVで抜く生活をずっと続けてきた。アニメとかイラストでも没入感がなくてだめ。もう10代の頃からずっと。

それでも、性癖にビシッと合う作品なんてないものから最大公約数的な性的興奮で対処してきたわけですよ。

それが、最近AI技術進歩で、ありとあらゆる性癖に向けた、レベル解像度も高い作品が次々にアップされるようになってきたんですよね。

自分は体格のいい女性物理的にも精神的にも見下されるのが最高に興奮する性癖なんですけど、それを満たしてくれるAVIVもなかったんですよ。あったとしても、「う~んもう少しこういう女性だったらな…」とか「こういうシチュが欲しいんだよな…」みたいな些細な不満があって、まあそんなに理想作品なんて無いわけで、ある程度興奮できればよしとしてきたんです。みなさんそうですよね。

ところが、AIの出力したイラストだと、性癖ドンピシャのものゴロゴロ出てくる。しかもぱっと見リアルと見紛うような解像度リアル度だから、もう迷うことな絶頂を迎えることができるんです。

妥協した作品で抜いてしまうと、事後に「どうしてこんなもので興奮してしまったのか…」と自責の念が湧き上がってくるのに対して、性癖にぴたり合ったものだと、事後でも「いやこれは興奮するでしょ…」となって、全然落ち込まないから、気分が全然違うんですよね。まるで、パートナーとS○Xした後のような、心身ともに満たされる感覚

しかも、子どもは二人までにしようと妻と話し合っていて、二人目の子どもが2月に生まれて、その子育児真っ最中なので、言ってみたら自分生殖機能はもうあってもなくてもみたいなものなので、「精子無駄にしちゃった…」という背徳感にも襲われないのも大きいと思う。

ここまで来たら、後は自分プロンプトを書けるようになれば好みのイラストを出力できるわけだからさらにこの道を究められるかもしれない。そのためだけにPythonプロンプトエンジニアリング勉強してみようかとも思ってる。

2023-05-03

GWに外出たら幸せそうな健常兼正常人しかいなくて劣等感自責の念で狂うから自室でインターネットに引きこもってるのにインターネットにも人生正解人間侵入してきてるじゃないすかーーやだーー!!!!!

2023-03-11

早大生と小6が同レベルってそんなことある

小学校6年生 女子

私は、ささいな事で、「死にたい。」「自殺したい。」と軽々しく言う人は、心が弱いんだと思います最近は、ネットなどでそのような事を発信している人をよく見かけますが、見ていると、不可解に思います理由は、ふたつあり、ひとつは、本気で思っている訳でもないのに、そのような発言をする事、もうひとつは、命をムダにしようとする事に対してです。今までに、テレビや、本などを読んで、生きたくても生きる事のできなかった人達を、数々見てきました。しかし、それとうらはらに、自ら命をたとうとする人も、数々見てきました。なぜ、生きたいと思っている人が生きれず、死にたいと思っている人が生きているのか、簡単に命をたとうとする人に、イラときます

私の考えでは、どんな時でも生きる事をあきらめようとしない人は、心が強い人。何かあったらすぐに、生きる事をあきらめてしまう人は、心が弱い人だと思います。だから、命が減ることを防ぐには、まず、ひとりひとりが強い心を育てていく事からだと思いました。

早稲田大学3年生 女子

「二〇一一年五月十二日、タレント上原美優さん自殺

このニュースを見て、私は怒りを感じていた。自殺する人の気持ちなんてわからないし、死ぬ気を出せばどんな辛いことも頑張れるものだと思っていた。授かった命を「粗末にする」することが、私には理解ができなかった。しかし、その一ヶ月後の、二〇一一年六月、私は姉を亡くした。死因は投身自殺だった。その事が起こった当時、私は、もちろん悲しんだしとても辛かったけれど、心の一番奥にあったものは、姉への恨みだった。それは、他人である上原美優さんが亡くなったときよりも強く感じられた。きっと、事故が急であったこと、姉を助けられなかったという自責の念を感じていたこと、姉妹なのに理解できない部分があったこと、そして、自殺という死に方を選んだことに対する怒りが私をそう思わせた。今思えばあのとき、私は自ら死を選んだ姉を軽蔑していた。自殺「そのもの」に対してと、自殺を選んだ「姉」に対して、である

https://sys.amsstudio.jp/region/baggage_ace/tokyo/0000002725/doc/00005.pdf

早稲田みたいな賢い大学生でもこんな素朴な自己責任論・自助論を盲信してたりするんだなぁ

しろいからこそ努力でなんとでもなると思ってしまうのか

2023-02-14

anond:20230214190136

増田はあまり弟さんを好きじゃなかったのかな

自分なら救えたのでは?」と自責の念に駆られ続けることも考えられるが、10年前だから今は落ち着いたのだろうか

弟の日記を読んで弟の殺意に驚くより、「こんなふうに心を病んでいたのか」と弟の気持ちに寄り添うこともできると思うのだが

2023-01-18

許可制

ハイ!356787番!人として誕生する許可を求めます

許可する

ハイ!356787番!産声を上げる許可を求めます

許可する

ハイ!356787番!自由に動かぬ四肢不明瞭な視覚意味を解せぬ音、未体験連続世界への不安と不満が溢れ、今ひとたび怯えの咆哮をする許可を求めます

許可する

…………

ハイ!356787番!増田を開いたものの、特別書きたいものもなければ長文を読む気力もなく、とはいえ生産性の無く終わる毎日のむなしさから適当に文を書きだしてみたものの、特にオチが思いつきません!

ここに自身に起因するすべての義務感、過去の罪、自責の念恩赦を与える許可を求め、ならびに、何もかもどうでもいいやと思いながらあったかくして寝て起きた朝の寝覚めがよいことを欲します!

許可する

おやすみ

2022-12-25

出産予定日死産がつらかったので書く(男性視点

 タイトルそのままの内容なので閲覧には注意されたい。一部の人にはつらい記憶を思い出させてしまうかもしれない。女性視点体験記は数多くある一方で、男性視点のものは少ない。妻が妊娠すると男性覚悟を決める。しかし、(過去自分も含めて)何が起こり得るかはぼんやりしか想像できない。稚拙ながらも自分体験と後悔を書き残しておけば、その解像度が上がるかもしれない。そう思い投稿する。

 分娩室。妻につながれた医療モニタが歪なサインカーブを描いていた。正確にはサイン波の絶対値のような概形でゼロ区間が長い。波形がピークに近づくにつれて妻のうめき声が大きくなる。これが陣痛発作だ。間欠的な小休止を挟みつつ、数分おきに発作が起こる。モニタの値が妻の痛みを表している。全力で妻をサポートしたいなら、助産師の動きを脳裏に焼き付けて、完全に模倣すればよい。一挙手一投足に意味がある。プロの動きを邪魔しないように、分娩室の俯瞰映像想像して立ち振る舞う男性は手が大きいので、より効果的にさすることができる。胎児心臓が止まっていると分かったのは、6時間前のことだった。

 妻がついに妊娠した。待望の我が子で、出産月のコントロールなどとうに諦めていた。妊娠後の検査は全て正常、胎児推定体重は発育曲線のど真ん中。妊娠週数を横軸としたグラフ推定体重書き込み、発育曲線なる2本の曲線の間にあれば正常とされる。何も定量的説明はなかったが、胎児体重はおそらく正規分布に従うので、上下の発育曲線は平均±数σを表しているのだろう。曲線の離れ具合から、発育が進むにつれて分散が大きくなると読み取れる。ちょうどそのど真ん中で、初めての我が子は順調に育っていた。早々に名前をつけて、膨れ上がった妻のお腹毎日のように話しかけた。

 無痛分娩に興味があった。背骨脊髄の間にあるわずかな空間麻酔薬を注入して分娩にともなう母体苦痛を軽減する。一定リスクはあるが、メリットが大きく上回る。無痛分娩のためには麻酔科医の予定を抑える必要がある(※後で知ったがこれは産院によるらしい)。出産予定日は3月末だった。つまり無痛分娩選択することで子の早生まれが確定する。ひょっとしたら4月まれになる可能性もある。そんな淡い期待を胸に、私たち自然分娩を選択した。

 私は3月まれであることがずっとコンプレックスだった。早産の早生まれ、背の順は常に先頭、鬼ごっこはいつも鬼、50m走のタイム肥満児より遅く、ドッジボールではただの的、組体操ピラミッドでは頂上から落ちて何度も死ぬ思い。身体的・精神的な発達の遅れに由来する傾向は「相対年齢効果」と呼ばれ、特に男子場合生涯賃金観点で一生の足枷となる。これは歴然たる統計的事実として知られている(ちなみに、女子もしくは学力上位の男子ならばこの呪い例外となる。興味があればGoogle Scholar検索してみてほしい)。子の幸せを願う親として、自分と同じ思いをさせてはならないという使命感が、自然分娩の選択を後押しした。

 出産予定日に陣痛が起こり、病院に着いてから胎児心臓が止まっていると分かった。1週間前の検診では何も異常がなかったため、その間のどこかで突然死したことになる。我が子の突然死。目の前の現実を受け入れられず、ただただ夫婦二人でむせび泣いた。

 分娩室。妻から我が子が押し出されてきて、一瞬の静寂が広がる。子はすぐに医師がどこかに連れて行ってしまった。分娩室は静まりかえっている。蘇生可能性はゼロ。突然、遠くから赤ちゃんの元気な泣き声が聞こえてきた。我が子の声ではない。不快な、怒りに近い感情が湧き上がる。元気な泣き声がナイフのように心に突き刺さる。どうしてうちの子は。心に深い闇が広がる。妻の一言で、自分が強い嫉妬感情を抱いていることに気づかされた。「向こうの子は無事に生まれて良かったね」妻はいつの間にか、すべてを受け入れていた。

 妻と私、そして布で丁寧に包まれた我が子。一晩を一緒に過ごすことになった。「かわいいお顔を見せてくれてありがとう」口ではそう言いつつ、顔が明らかに赤黒く変色し、傷ついた皮膚から血が流れているのに言葉を失った。病室に来る助産師達はしきりにスキンシップ沐浴を勧めてくる。私はこれが全く理解できなかった。腐敗防止のために徹底的に冷やされている我が子を触り、その金属的な冷たさを感じるだけで心が締め付けられる。おくるみの下にはきっとドライアイスがあるのだろう。定期的に交換してくれている。なぜ進んで苦しい思いをする必要があるのか。言語化できない恐怖感があった。あまりにも触らないためか、助産師手形と足形を取ってくださった。このとき抱いていたのは恐怖感ではなく、エゴ由来のただの現実逃避であったと後に気づく。

 役所での手続き事務的には簡単で、精神的には苦痛しかない。病院で受け取った死産届に記入し、役所に提出すると火葬許可証が発行される。予め出生届の記入方法を調べていた。死産届の様式出生届とほぼ同じであるのに気づきスムーズに記入できたが、子の名前を書く欄はない。様式から現実を突き付けられた。火葬業者によっては、代理で届けを出してくれるらしい。

 火葬場では地獄のような時間を過ごした。大人と違って赤ちゃんの棺はとても小さい。100サイズ段ボール箱とちょうど同じくらいの大きさだ。棺は私が運んだ。今でも100サイズの同じくらいの重さの段ボール箱を持つと当時の記憶フラッシュバックして涙が出る。火葬後のお骨上げはただただ拷問のようだった。赤ちゃんの骨は割り箸のように細く脆い。頭蓋骨割れプラスチックの破片のようだ。「産道を通るために赤ちゃんの頭は形が変わるようになっている」という知識が目の前の現実と急に結びつく。赤ちゃん用の骨壺はすぐには入手できない。仕方なく、急ぎホームセンターで入れ物を購入した。「こんなのでごめんね」

 我が国における年間の自然死産数は約8000程度で推移している。その他、新生児死亡や乳児死亡も含めると、毎年約1万人を超える赤ちゃんが旅立っている。これほどまでにつらく悲しいことがあるのかと、絶望に打ちひしがれていたが、同様の絶望人知れずそこら中で起こり、大きな悲しみを背負っている人達がたくさんいることを知った。死産を繰り返した人、出産で妻と子を同時に失った人。つらい経験をした家族達が集まって語り合う自助グループが数多くあり、「グリーフケア」という名称で様々な取り組みやビジネスがなされている。関連書籍も多く(「産声のない天使たち」「誕生死」等)、図書館には必ずあるだろう。供養の方法複数あり、水子供養場合はずらりと並んだ小さな骨壷を目にすることになる。「天国友達たくさんできるかな?」

 ポジティブに捉えると、妻と一緒に同じ苦難を乗り越えたことで、お互いの心の結びつきが一層強くなったように思う。妻との関係性が、これまでにない、かけがえのないものに変化した。妻の人柄や屈強なメンタルに、改めて敬意を抱いた。

 後悔は二つある。

 第一に、無痛分娩を選ぶべきだった。出産が遅れるほど分娩リスクは高くなる。無痛分娩であれば、出産予定日よりも前に強制的に分娩させられるため、リスク相対的に低いのではないか(正確には医師相談されたい)。本事例では、出産予定日の1週間前には無事であったため、無痛分娩であれば死産を避けられていた可能性がある。「4月まれになるかも」などという勝手わがままで我が子を間接的に殺したのでは、という自責の念に駆られている。

 第二に、我が子ともっと向き合うべきだった。完全に冷え切った子に触れるのには勇気がいる。スキンシップ沐浴を勧めてくる助産師サイコパスのようにさえ思えた。これは完全に誤りである夫婦水入らずで、最後の姿をまともに見られるのは、このタイミングしか残されていない。火葬したら骨になってしまう。家族写真手形・足形・遺骨だけでいいのか。せめてスキンシップだけでも、精一杯向き合って、家族の思い出を作るべきだった。

追記

 皆さん、心優しいコメントをどうもありがとうございます。お察しのとおり、子が旅立ったのはコロナ禍前です。ちゃん言葉にできるようになるまで、事実客観視できるようになるまで約2年半かかり、同時に、受容が進むにつれて記憶が薄れるのに気づき、一気に書き出しました。的確なご指摘が多く、勉強になると同時に、自分自身の認知の歪みにも気づかされ、励まされました。

 本記事へのトップコメントこちからご覧になれます。つらい思いをしている方が、少しでも前向きに、励まされることを願っていますhttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20221225220743

2022-12-22

マイカーに関する勘違い

駐車場代が高い

田舎だろうが都会だろうが駐車場を借りたら高い

田舎でも意外と高い(クソ田舎だとそもそも貸し駐車場という概念がない)

じゃぁなぜ田舎の人は車を持つか、っていうと持ち家で駐車場があるから

都会でもそうだけど基本的に戸建てには駐車場がある

駐車場無しの戸建ても建てられないわけじゃないが、住宅地区は建蔽率が決まっている場合が多く

どうせ空いてる土地にするなら駐車場を作れば良い

というわけで都会でも戸建てに住んでる人は車持ってることが多い

逆に出かけた先で駐車場代がかかるが、これは意外と安い

都会の駅前で1日止めて3000円とかだったりすると家族4,5人の往復電車賃より安くなったりする

おまけに荷物は詰め放題だしストレスフリー

まぁ、たまに小さい字で「土日は上限なし」って書いてあるので注意が必要

自分が殺す・殺されるのが嫌

これがよく分からないんだが、こういう人は自転車にも乗らないのだろうか?

乗っていたタクシーが人を轢いたとき

自分が乗らなければ人を轢くことは無かった」

とか自責の念に苛まれるのだろうか?

包丁を買うとき

「俺は気が狂って人を刺すかもしれない」

とか考えてしまうのだろうか?(そういう人は車買わない方が良いと思うが)

事故に巻き込まれ可能性もあるが、歩行者として事故に巻き込まれるよりは車に乗っている方が安全である

単に「自分の力以上のものを動かすのが怖い」っていうのなら分かる

そもそもマイカー必要ない

都会でマイカーを持たない理由は単に「必要無い」というだけ

お金が無いとか高いとかはほぼ嘘で、安く買ったり維持費を抑えることはできる

田舎人間は歩かない」と良く言うけれどまさにこの辺が理由

都会の人は歩くことに抵抗がないので車が必要無い

加えて郊外のどこかに行こうとか、そういうことがほとんどない

旅行基本的には公共交通機関で行ける場所しか行かない

「え?バス出てないの?」

って平気で言うぐらい、交通手段は用意されていると思っている

旅行先でレンタカー借りてどこかに行こうとする奴はワンチャンマイカー欲しいと思ってる

まぁ欲しいとは思ってるけれどお金とのバランスを考えてカーシェアにしたりしてる

こういう人は戸建てを買うと車を買うし、そのために戸建てを欲しいとすら思ってる

ただ都会に住む大半の人は「そもそも必要いかマイカーなんて買わない」っていう人が多い

車が欲しい理由は車が欲しいか

田舎に限らず自動車を買う人の理由は「自動車が欲しいから」というだけ

別に便利だからとかコスパとか人混みが嫌いとか、後付けの理由しかない

鉄の塊にゴチャゴチャとしたいろんな装置が付いていて

キラキラしたエンブレムが付いていていろんなところが光ったり勝手に動いたりして

ドライバーの指示に従順に「ドゥルルン」とか音を立てて動いてくれる

そんな従順ペットのような馬のような奴隷のようなものが欲しい人が車を買う

撮るもの無いのに一眼レフ買って名前も知らない花を撮りに公園に行ったり

GPUPC買ってからゲームを探すけどよく分からいかベンチマークひたすら回したり

そういう行為とほぼ同じでとりあえず自動車が欲しいからそれを買って

せっかくだから遠出しよう、ってことでアウトレット温泉に行ったりする

そういう人にコスパタイパの話をしても無駄

2022-12-20

俺は人に頼るのが下手すぎる

anond:20221218214048かい増田です。

まず最初上記記事に反応してくれた人ありがとう

今日とりあえず実家のある地域包括支援センターに連絡をいれてみた。

そうしたらさ「うちでも様子をみてみたいけれど、ご家族に了承とかって難しいですか?」とか確認取られ、

やや両親との関係がギクシャクしている私は、口ごもってしまい「難しいかもしれない」と答えてしまった。

こうなると向こう側も手が出しづらくなってしまったみたいで、物忘れ外来とかかかりつけ医受診を進められたりして今日のところは終わってしまった。

今は、どうしてこうも俺は役に立たないんだろうという自責の念がすごい。助けてほしいときに、具体的にどう助けてほしいかということができない。

から未だにアルバイトで食いつなぐぐらいしかできないんだなと、こんなときに親のために金銭的でもなんでも行動することができないのだなと落ち込んでしまった。

まず何をすればいいのかをもっと聞けばよかった。俺は本当にダメだ。

2022-12-09

anond:20221209153621

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