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はてなキーワード: 登場人物とは

2021-08-02

anond:20210802004450

しか冗長さも感じはしたなあ

最近、『リトル・ミスサンシャイン』という問題を抱える家族が一代の車に乗ってミスコン会場を目指すっていうロードムービーものを見たんだけど、

冒頭2分くらいで大した会話もなしに6人分の登場人物の癖ある感じをさらっと紹介していて、見ていてなんか気持ちよかったことを思い出した。

2021-08-01

登場人物が多い物語ヴィジュアルがあるととっつきやす

三国志はよくわからない漢字人物が多数出てくるが、漫画ゲームから入ると顔と名前が結びつくのでわかりやすくなる。

外国登場人物が多い文学アニメ化すればきっと理解できるようになると思う。

2021-07-29

anond:20210729191155

俺のBLに対する解像度が低くて理解できていなかっただけなら申し訳ないんだけど、金田氏は受けが喜ばないガチレイプBLでも絶対NGという人なの?

それならまあ、主張としての一貫性ギリギリ保てている……か?

(それとは別に「じゃあレイプ以外の犯罪ならどうか?」みたいな問題も出てくるけど)

自分金田氏の呟きを全て追っている訳では無いので断言しかねるけど…

今取り上げられている発言を見るに「本当は受けも火照ったカラダを路地裏のモブにもてなして欲しかたから実質和姦」という理屈を持ち出しているので、自分の愛するキャラガチレイプNGって人、なのではないか

う~ん、でもやっぱり「結果的に受けが喜んでるからOKです!」が通るなら、勇次郎レイプされた登山家は「その雪辱があったから男を磨くことに繋がり充実した人生を送っているかOKです!」もアリになっちゃわないか

それとも氏の言うところの問題のないレイプは受けがレイプされてぇされてぇされてぇヒャッホーッ!」くらいのノリで喜んでレイプされていて、結果的に喜んだレイプも氏的にはNGなのか?

その辺りの氏の認識が分からないと正確なところは分からないけど、増田引用した氏の発言を見た範囲じゃ『BLに甘い人』というのが素直な感想なっちゃうかなぁ。

結果的に喜んだレイプ」は「レイプされる前は本気で嫌がっていたのにレイプされている内に段々気持ち良くなって満足してしまった」という男性向けでよくある文法だしなぁ…

そういう「レイプだろうと結果的気持ち良くなったんだから良いだろ?」という考えはありとあらゆる女性が忌み嫌っている男性特有の思い込みって事はもっと広まるべきだと思う

BLに甘い人という認識ズバリ正しいと思う。金田氏はBLが好きでBLに救われている人だから、どうしてもBLの肩を持って擁護してしまうんじゃないかと。

あと、流石に

刃牙男性作者が描く男性読者の多い作品で「過去に性暴力を受けた男性」への影響を危惧するのも分かるけど

金田氏のBL妄想金田氏の同好の士女性の目にしか入らないし、金田氏のBL妄想を読みに来て傷付くBL好きの女性というのも考え難い存在だし

これはないわ。

この程度のふんわり予測が成り立つなら「バキは弱い者は喰われる世界観だと読書認識して読んでいるか大丈夫」とか「興味本意で金田氏のBL妄想を見てあまりのエグさに女性不信になる男性いるかも」とか「過去寂しさから複数人に体を許してしまい、そのことを後悔している女性が、性別は違えど受け男性自分を重ねてしまって傷心になった」とかそういう真逆想像だって容易にできるよ。

そういう中で自分に都合の良い予測だけを切り取る態度を"恣意的"というんだ。

その可能性は十分あり得るね…ちょっと金田氏に都合が良すぎるあまりにも楽観的な想像だったかもしれない

BLを読む女性自分登場人物を切り離して客観的に見れるというのは40年以上前BLがまだ少年愛物と呼ばれていた頃からある傾向だけども

2021-07-27

anond:20210727162354

ある面では事実だと思うよ。京都アニメーションはどちらかと言えば健全イメージがあるが、たとえば全体的に叙情的なバイオレットエヴァーガーデンを見ていても、登場人物服装であったり、在り方という部分で、男性的な視線目線での快楽性、要は「都合の良さ」みたいなものが見え隠れしていると思う。あまりアニメを見ない家族も、評判を聞いて見たときにそれを感じた、と言っていた。

京アニ特にそうなのではなく、京アニ「ですら」そうなのだということ。これらは多分、後の時代では明確に指摘、反省される点なんだと思う。

今のモヤモヤした気分はなんだろう

これ以上になく上手くやれたというのに、疲労感がすごい

そして嫌悪感がある

舞台物語の大嫌いな登場人物の役を上手く演れたというような感じだろうか

自分自身でない誰か別物の何かを上手く表現したことには満足しているが

同時に大嫌いなので捨ててしまいたい記憶

2021-07-26

女性作家の描く漫画に出てくる性暴力描写って

田村由美のBASARAやよしながふみ大奥なんかが思いつくけれど

どれも過酷世界観登場人物の不遇といった物語上の必然性があって描写されていると思うし

読み飛ばしても物語が成り立つとは思わない

まり、敢えてそういう描写を入れたくせに読み飛ばしても物語に影響はないとか言いやがったとんがり帽子アトリエ9巻の注意書きは

読者に対してはなはだ不誠実だとしか思えないんだよね

2021-07-25

現実逃避にはめふらを見るのが止まらない

きれいな画面の色合い、素敵な音楽、耳触りのいい声に乗せられた耳触りの良い言葉たち、男女ともに若く美しく、人格のできた登場人物たち、小さな成功の積み重ねしかほぼ存在しないストーリー

現実人生はうまく行かないことばかりで考えたくないから、現実逃避にこればかり見てしまう。

ルックバックの登場人物マンガ制作につかってるコンピュータってMacじゃないんだな。

漫画家先生PCのほうが使用率高いのかな?

最近ではアシさんとのやり取りもデータなんだろ?互換性とかどうなってるんじゃろ。

2021-07-24

anond:20210723232937

追記

 地の文主人公一人称モノローグ形式物語で、主人公内面と作者による主人公性格設定・他の登場人物から主人公に対する人物評価が解離していることの何が悪いのか、ということについて追記

 これは地の文主人公の真の性格が出ているというよりは、おそらく作者の主観視点)が混ざっている。それが良くない。主人公視点物語を書くならば、あくま主人公から見た世界を書くべきだと私は思う。それは外の世界だけでなく主人公本人の内面世界を描くとき主人公の目から見た内面を描くべきだということ。

 気立てのよくて親切で気の利く人間が、内心では物事他人言動を斜に構えた目で見て一々底意地の悪いジャッジをするだろうか? まあ、現実にはそういう人もいるかもしれないし、そういう人物像を狙って書いているならばそれはそれで構わないのだが、そうではなく、ただ視点というものに関して注意が足りないゆえに無自覚やらかしている失敗であることが多い。

 その斜に構えた視線、というのが誰のものなのかといえば、主人公ではなく作者のものである俯瞰的視点人間関係をシニカルに観察することは、今現在渦中にいる人間主人公)にはなかなかできない芸当だ。そういう、神の視点ともいうべき視点物語を書きたいのならば、いくら書きやすくても主人公一人称文で書くのはよして、三人称で書くべきだ。

 でも、三人称文ってなんか偉そうな感じがするから文章に親しみを持たせたくて、一人称で書いちゃうんだろうな。

 それでも一人称で書きたいならどうすればいいのかというと、物語過去のものとして、主人公が当時を振り返るかたちで書けばいいのだ。その場合、当時の自分現在自分で、そのとき起きた物事他人言動に対する感想が違ってくる。要は当時の自分と今の自分という二つの視点が入るという難しさがあるけれど、冷静な目で当時のことを分析できるという利点がある。

 また、当時の自分と今の自分地の文)の雰囲気が違っていても、おかしくはない。過去自分もっと世界ピュアな目で見ていたが、人生経験を積んだ今となってはだいぶ皮肉的な目線世界を見るようになった、というのはあり得る。

30歳は大人

この連休中にドラマモテキを一気見した。放送されてた頃、僕は大学生大人恋愛だなぁ、大人の話だなぁと思っていたのだが、改めて見直すと、登場人物精神年齢幼さにびっくりした。

正社員として働いている登場人物が少ないということ。

そして皆、仕事より恋愛に夢中な事。

30歳になれば、恋愛は落ち着いて、皆結婚したりもしくは仕事に打ち込んだりしてるね。

https://note.com/tamakisaito/n/nbeac7a25626b

「ただし1点だけ。やむを得ないとは思うけれど通り魔描写だけネガティブステレオタイプ、つまりスティグマ的になっている。単行本化に際してはご配慮いただければ。」

って、本当に漫画を読んだのかって感想なんだよなあ…

他の登場人物が端役に至るまでイキイキと内面を描かれていて、その上で通り魔「だけ」がネガティブステレオタイプに描かれているのなら

こういう批判も分からないではないけれど。

クラスメイト藤野の描く漫画を持ち上げていたくせに年頃になるとオタクキモがる底の浅いミーハーバカだし

藤野家族漫画への反対をやめて彼女高卒漫画家をやるのを認めるに至った過程だって描かれていない。

京本家族に至っては登場すらしない。

この漫画一人称の、それも決して性格が良いとは言えない一人の人間の目を通した、主観的漫画という構成になっているでしょ。

ステレオタイプなのはメインの二人以外みんなそう。

それなのに主人公と深く関わりも無い通り魔けがそこから免れるとしたら却って自然でしょ。

2021-07-23

性格とは他人が決めるもの

 たとえば、「私は優しい人間だ。何故なら私がそう思うから」というのは通用しない。他人に対して優しくない行動を繰り返していれば他人から「優しくない人」と決めつけられる。 

 それは現実だけではなく、創作においてもそうなのだが、現実とは違い、創作物の登場人物性格はたいていまず最初に作者が設定する。設定がまずあって、それからその登場人物の優しさを表現する小さいエピソードの積み重ねにより、登場人物のその性格証明してゆくのだ。

 ところが、プロアマわず登場人物性格を「この人は優しい人なの。何故なら私が優しいと決めたから」とでもいうような、設定とは異なる人物像を書いて平気な作家がけっこういる。

 私がとくに気になるのは、地の文主人公一人称モノローグになっている物語で、主人公性格設定・他の登場人物から主人公人物評が地の文から読み取れる主人公人物像と大きくかけ離れている場合である

 よくあるのが、主人公が何らかのポジティブ性格を有していると、作者も物語のその他の登場人物も認めているが、主人公モノローグが糞ひねくれていて物事他人を酷く意地悪で斜に構えた態度で見てはネガティブジャッジを繰り返している、というもの

 それは、根は腐れているが表面的にはいい人そうに見えるキャラクターだというのとは違っている。糞ひねくれた地の文に引き摺られるように、言動もやはり糞ひねくれており、しかし何か物語が動くポイントで形だけ良いことっぽいこと(これも深く考えてみるとなかなか怪しい)をしているだけなのだ

 物語を書くとき登場人物人物描写をするときというのは哲学時間だと私は思う。優しいとは何か、意地悪であるとは何か、残酷だというのは何か。そういうことを突き詰めて考える時間だ。

 と、思うんだけど、世の中には設定と実際の性格がちぐはぐの登場人物を書いて平気な作家はいくらでもいるし、そこらへんを一々つつく読者も滅多にいないので、「このキャラは優しいんです!」と言い切ったもん勝ちなのかな。

 ちなみに私は、『鬼滅の刃』の竈門炭治郎の「頭が固い」という性格と、鬼舞辻無惨の身勝手ワガママ性格が、徹底的に首尾一貫としていてすごく良かったと思う。

三国志演義登場人物にそれぞれ専用の装備品が用意されてるのが能力ものっぽい

関羽青龍偃月刀、赤兎馬

張飛+蛇矛

呂布+方天画戟、赤兎馬

劉備+的盧

曹操+倚天の剣

趙雲+青釭の剣

昔の中国人も1人1能力能力もののように専用の装備で個性を付ける設定が好きだったのか

ルックバック問題R指定みたいなので解決するべき

世間が姦しくなっており、このまま放置するとどんどん創作物漂白が進みそうなので、一応提言

傷つく人がいるのは理解するが、それを理由創作物制限されるのは反対だし、より深刻な問題として、過去作品まで添削対象になってるのは看過できないので、誰かの琴線に触れそうな要素は全部表示するようにすれば良い。

『この作品不謹慎です』とか『この作品中国批判が含まれます』とか『この作品偏見助長する可能性のある表現が含まれます』とか『この作品暴力物事解決する内容が含まれます』とか『この作品鉤十字マークが出てきます』とか『この作品海賊を美化しています』とか『この作品には差別用語が含まれます』とか『この作品には妊娠出産して幸せな家庭を築く展開が含まれます』とか『この作品登場人物の数に対して黒人比率が著しく低いです』とか『この作品に出てくる殺人者精神疾患を患ってます』とか『この作品レイプされて感じる表現が含まれます』とか『この作品は男らしさ女らしさに関する言及が含まれます』とか。

アレルギー表記みたいに全部書いて、『用法用量を守ってお楽しみください』ってやれば良い。

少々窮屈だが、存在丸ごと否定されるよりよほどマシだ。

有難いけど面倒くさいフォロワー

ただの愚痴

Twitterで細々と二次創作をやってて、毎回感想リプライ送ってくれる奴がいる

それ自体は嬉しい事なんだが

ある時から何故か俺の創作物への感想リプライに、毎回俺の創作関係ない自作イラストを添付してくるようになった

例としては

@俺アカウント

この(登場人物)最高です!○○が△△してるとか超可愛いw

[同ジャンルだけど俺の創作には関係ないイラスト]

みたいな感じ…

初めて絵を添付して来た時は「いやなんでリプライ投稿するんだよ!自分タイムラインでやれ!」と思いつつ

まあ、いつも褒めてくれてる人なのでスルーするのも失礼かと思ってしま

無難に「可愛いですね」と済ませたら、以来毎回絵を送ってきたので完全に失敗した

初回の絵は実際可愛さはあったんだけど、最近のはハッキリ言って1mmも褒めようのないヘッタクソな絵でつらい

最近は謎にスタイリッシュ方面を目指しているようで「可愛い」も使えんし

かと言って格好良くもないのでマジで面倒くさい

描いてるキャラの見分け付かないから、連想ゲーム的な返し方も地雷を踏みそう

とはいえ、そんな失礼な事を本人の目に付く所で書けるはずもない

ここ数日、相手の絵に触れないように感想部分にだけ返信してたら

さっき空リプで明らかに俺だと分かるように具体的に文句言ってて(リプ絵の問題以外は面白い人だったので一応相互フォローしてる)

あっ、これヤベー奴に捕まったわと思った

なんていうか自分容姿スキルを褒めて欲しくて無理やり相手を褒めてマッチポンプする奴みたいな不快感がある

鋼の心で添付絵をスルーし続ければそのうち諦めるのかもしれないけど

こんな聞こえるような陰口みたいな事されてまで見てもらう必要あんのかな…という気持ちもあるし

とはいえ、今までずっと感想くれてた数少ない有難い一人なのは確かだし

同じように創作をやっている身としては切り捨てにくい気持ちもあって

ブロックするかは悩みどころである

いっそ最初から感想無視的なスタンスでやれば良かったのかもな…

もうオリンピックGoogleで公開してる猫のアニメゲームでいいだろ

オープニングのアニメもいいし、登場人物可愛い

https://www.google.co.jp/?fpdoodle=1&doodle=144867217&hl=ja&nord=1

 

カッパ カッパ 言っていて意味がわからなかったので

カッパチームに所属しました

2021-07-22

お笑いのようにゲラゲラ笑える小説文章

ってあるのだろうか

お笑いのこと詳しくないが

最近注意してみた感じ

お笑い大事な要素は

間、テンポ、表情、口調、動き、場の雰囲気

などではないかと思う

何を言っているかネタ重要ではあろうが

前記の要素を満たしていなければ笑えなかったりする

で、文章というやつはそれらを全く満たしていない

間やテンポは読む人間に委ねられるし

登場人物の表情はわからない

描写されることはあるがテンポが悪くて笑えない

見るのと、読んで頭で想像するのではステップ数が違う

同じように、口調も、動きも見て理解できない

からお笑いのようにはゲラゲラ笑うことはできないのではないかと思うのだが

昔のテキストサイトゲラゲラ笑っていたように思う

アレはなんで笑えていたのだろう

先行者画像で笑ったが

フォントいじりや内輪ネタ的な面白さもあったのかなあ

何にしてもゲラゲラ笑える文章作品はないだろうか

anond:20210722125143

母がスヌーピー 好きなんだけど4コマ日本語訳付きの文庫本シリーズ全巻持ってて私も全部読んだ。多分40冊くらいあったかな。

初期の方の絵柄のやつは無かったから連載全てを網羅してたわけではないと思うけど。

スヌーピーアニメもあって母が買ったビデオテープ子供の頃何回も見たよ。

10年くらい前に六本木ヒルズでやってたスヌーピー原画展に行ったけどめちゃくちゃ混んでた。全員が漫画を一通り読んでるとは思わないけどファンはたくさんいる。

どこから来たムーブメントなのかなぁ、母が若い頃にアメリカ文化ってことで多少流行ってたのかな?

登場人物子供動物のみで、大人存在するけど描かれることはない。

何も良いところはないけど心優しいチャーリー・ブラウン

その妹で勉強嫌いなサリー

チャーリー・ブラウンの友人のライナスは「ライナスの毛布」で有名、

ライナスの姉でよくチャーリー・ブラウンからかって遊んでいる意地悪なルーシー

等々他にも沢山いる登場人物達が子供のくせに落ち着いたトーンの会話とユーモアクスリと笑わせてくれるんだ。

チャーリー・ブラウンはやることなすこと上手くいかないけどのび太みたいに一々大騒ぎしない。

「僕っていつもこうなんだ…」みたいな感じ。

諦念というか受容というかそんな感じ。

チャーリー・ブラウンの飼い犬のスヌーピー は犬なのに二足歩行だけど声を出して喋るわけではない。

でも思考はめちゃくちゃしていて哲学的だし、弁護士作家パイロット等にもよくなりきっている。

バイタリティ妄想力に溢れるスヌーピー とそれに振り回されるチャーリー・ブラウン、という構図がよく繰り広げられている。

「あのおかしな犬をなんとかしなさいよ!チャーリー・ブラウン!!」とかよくルーシーに叫ばれている。

そんなスヌーピーキャッチコピーは「 The World's Most Famous Beagle(世界で1番有名なビーグル犬)」

宇宙にも行ったことあるんだよ。(ぬいぐるみがね)

アレ、ワシらは「攻めた表現www」とかゆうてたんやで

でもさ、

灰谷健次郎著作登場人物にさ、

「いま生きている自分たちはいままで死んだひとたちの命をたべて生きている」

って書いてたのはさ、

やっぱ慧眼だったよな

ホロコーストを笑っているんじゃないんだよ

ホロコーストごっこ鬼ごっこ感覚でやっている狂人」を笑っているんだよ

小林賢太郎片桐仁も観客もホロコースト悲劇だということは理解している

理解しているからこそNHKの『できるかな』を模した一見すると牧歌的キャラクター

残酷発言をするというギャップ理解してそのギャップを笑っているんだ

決してホロコースト自体を笑っているわけじゃないんだよ

つーかこんなの説明させるなよ

フィクション登場人物架空人物であり作者の思想がそのまま反映された発言をしているとは限りません」

なんて言われなくてもわかっとけよ

お前らみたいなアホがいるから取扱説明書が無限に長くなっていってるってこと理解しとけ

犯人名前に印がついたミステリー小説の山

彼は独自ミステリー研究していて、2周目から犯人名前キーになるセンテンスに線を引いたり丸で囲んだりする。

一緒に住み始めて本を貸してもらおうと思った時に知った。

曰く作家時代ごとに伏線の貼り方の傾向があるそうな。さりげなくも印象に残る仕掛けはピンクのマーカーを使っていた。

ネタバレ覚悟でその解説を聞いたことがあるが、主人公以外で何番目にセリフがある人がどうとか、この作家最初名前だけ誰かに言わせるキャラ犯人にしないとか、なるほど一貫性があり、ネットで調べてもそういう考察をしてない話もあって関心していた。

彼は去年亡くなった。

心不全だった。不摂生が祟ってのことで本当に急死だった。

救急車に乗る前に亡くなったそうで、受け入れ先がなくとかじゃなく、無駄に何かを恨まなくて良いのが救いだった。

落ち込んで誰にも言えなかった。

彼の話を聞かれた時はいつも犯人名前に印をつけるから読めないんだよという話で笑いを取った。そうすれば帰った時にいてくれそうな気がしていた。

家には本しかないので読み始めた。

ネタバレを食らうのも癪なので、既読かつベタそして誰もいなくなったを手に取る。登場人物紹介のところから丸をつけてあって吹き出ししまった。

笑っても泣いても、彼と共有したかったという気持ちは消えないけど、私にとっての彼の生き方を示すものがあるのはホッとする。

一部のレア本は共通の知人のマニアの方に譲った。

その方も「読みたかったけど印を見るの怖いです」と言っていて笑った。

タイトルが思い出せない映画がある

何年か前に軽く炎上していたアメリカ映画があるんだけど、タイトルが思い出せない

かなりうろ覚えで間違ったこと書いてるかもしれないけど、

その映画登場人物広島長崎原爆投下を笑うような発言をしていたそうで、

ネットでは「原爆投下を笑うなんて許せない!」みたいな流れになって軽く炎上していた

自分はその映画自体は見ていないんだけど、その一連の流れを紹介するニュース記事

記者被爆者遺族の会的なところの人にインタビューをしたらそのインタビューを受けた人が

「その発言あくまでも登場人物発言であり、製作者に被爆者を笑う意図があったとは判断できない」

というような冷静なコメントをしているのを見て感心したのを覚えている

そんなことをふと思い出してその記事を読み返したくなったのだけど、タイトルが思い出せなくて見つけられない

誰かこの映画タイトルがわかる人はいないだろうか

できればこのニュース記事自体URLもわかるとたすかる

念のため繰り返すけど、かなりうろ覚えなんで全然内容違うかもしれないです

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