はてなキーワード: カリキュラムとは
「グローバル社会に伍して行けるマルチ人間に仕立てなきゃならない」という強迫観念があるのでは?
だから、政府自民党内の議論で「大学生全員にTOEIC義務付け」とか、「文系大学生にも数学入試義務付け」とか、
「いや、理系学生にも、国際社会に出ても恥ずかしくないよう、日本史や古典を学ばせるべきだ」
と、とかく科目の積上げに議論が流れてしまう。
「文系大学生が、原子の崩壊方程式(って言うのですか?)を知らないのはオカシイ、義務付けるべきだ」と
吼えていたそうだが、文系の自分は、その意味がわかりません、ええスミません。
まあ曽野綾子は「文系に方程式を教育するのは不要」と語ったそうだが。
「自分の専門分野は、全学生、全日本人が知っておくべきだ」と視野狭窄に陥りがち。
こんな専門家の意見を真に受けて、学習科目を積上げていけば、日本の小学生中学生高校生は
「どのレベルの学習が、理系大学生には必須か?」という「積上げ方式」で設計すると、必ずパンクする。
無理やり詰め込みすぎると、消化不良を起こして、後々の躓きになる。
こういうのは、積上げ以上に「捨てる技術」「仕分ける技術」が欠かせないと思う。
「ここまでのレベルの学習が、理系大学生には不要では?」という引き算も定期的に行って、
あと、日経朝刊に
「大学を出たが就職できない日韓と比べ、ドイツは大学を目指さない若者が専門学校に進み、
それがドイツのグローバルニッチな中小企業に入って、ドイツ技術のレベルアップを支えている」という記事があった。
言われて見れば、ドイツには「オックスフォード、ケンブリッジ」「ソルボンヌ」
「ハーバード、スタンフォード」のようなビッグネームの大学は乏しい。
しかし、超名門大学は乏しいのに、ドイツの技術水準は高く維持されている。
そもそも、よくよくLinkedListクラスのインターフェースを眺めてみると、これは連結リストのノードを表現するクラスではなく、連結リストそのものを表現するクラスのようですね。こんなものをいくらネストしたところで多次元配列の構造しか作ることができないのは自明でした。現段階では、元記事の文章は不適切であると言わざるを得ません。
ところで、Lispの真似事をC/C++でさせたいのであれば、タプルを定義するのが先だと思いますが、いずれにしても教育カリキュラムや人材の選別過程でこのようなコードを組ませる方針は私はあまり感心しません。あれは一種のハックであって、木構造のアルゴリズムをコードで表現する際に必須の、本質的な概念ではないからです。仮に知らなくとも、それは「その人が育ってきた文化が違う」だけの話です。例えばB木を実装するにもRadix Treeの実装にしても知らないままで全く困らないでしょう。
ほかにも、計算量の評価に触れていないなど、気がかりな点はありますが、元増田氏からのコメントもないようですので、ひとまずこのへんで。
>医薬品の取り扱い(ハンドリング)とは、保存と運搬と秤量と混合と包装である。
間違い。
小さい病棟なら存在自体知らないかもしれないが、大学病院など大きい病棟では「院内製剤」と呼ばれる医薬品の合成、有機化学反応を行っている。その際、有機化学の知識、実験の手技が必要となる。勿論現場での研修は入るだろうが下地となる化学の知識が当然必要となる。この知識は当学部のカリキュラムでは座学のみで30単位以上必要であり、更に実験の手技となると上乗せしないといけない。
とあるが、医師の彼らはカラムクロマトグラフィー等の有機化学実験が出来るのであろうか。
>医師の薬理学関係の知識をいくぶん増やし、~、添付文書や業界雑誌や文献を読むだけなのだから、医師でもできる。
多忙な医師は「添付文書や業界雑誌や文献を読」んだり、「薬理学関係の知識をいくぶん増や」そうとしない。
もっともこれは、薬剤師の有無とは異なり心がけてほしいものであるが。
出来るだろうが、「病棟薬剤師を専従で配置すると、最低でも、毎年、500万円」以上のコストが必要となるだろう。単純なアルゴリズムで明らかに過剰量の投与は弾くことが出来るだろうが、薬の飲み合わせによる薬物相互作用等、処方に関して判断材料となる情報は多岐に渡る。
また、そのハードルをクリアしたとしても、医療情報の進歩性という問題もある。医療情報は日々進歩しており、一か月前に使えた薬が新しい見解により使えなくなった、同成分だが新しい剤形の薬剤が発売された、ということも頻繁にある。その際、勿論薬剤のデータベースのアップデートが必要であろうが、前半の多岐に渡る情報(最低、相互作用で繋がっている全薬剤)も同時に矛盾が生じなくなるよう判断・調節しなくてはいけない。恐らくコストは年間500万は軽く突破すると思われる。
私もヒューマンエラーが無くなるためコンピュータを用いた処方箋のチェックには大賛成だが、システムの構築・維持のために国の援助が必要になるだろう。
>薬剤師国家試験受験資格を全国民に開放し、国家試験合格者に、半年か1年程度の実務実習を公費で提供することを提案する。
開放はいいかもしれないが、現在でも薬剤師資格の取得には独学では少々厳しすぎる量の勉学が必要である。
薬科専門課程は残しておくのが妥当であろう。但し、従来の四年制で十分である。
そのことが
>教育費用が安くなれば、資格取得コストが低下するため、競争率は高まり、薬剤師の質は向上する。
に繋がるだろう。
オープン系のデスクトップアプリ開発、Webプログラミング、システムプログラミングを仕事にする人向けとして考えてみた。
学習環境はUbuntu Linuxで、デスクトップ上のターミナルか、WindowsからTeraTermでsshログインして行うことを想定。
なので前提知識としてLinuxのabcくらいは教えておくとして、もし来年度やるならこんなもんかな。
結構分量多めだけど、これでも基礎の基礎に絞った感じ。
おまけ:Pythonで学ぶ関数型プログラミング
なお、上述のカリキュラムでやらない言語(VB、javascript、C++、Objective-C、C#、PHP、Rubyなど)やWebフレームワーク(Django、Ruby on Railsなど)は、全てこれらの応用で覚えられると思うので、基礎教育終了後に各現場にてOJTで習得してもらう。
IDEも使わないけど、はじめの一歩で軽量エディタ+コマンドラインをやり込んでいれば正直どうにでもなるので省略。
あと最後がおまけ扱いな上にLISPで学ばないのは、要するに「リストすげー!超すげー!!」という感動を胸に今後も頑張ってもらうのが狙いなので(だって現状使う機会殆ど無いし)、最初にやって一番手に馴染んでいるツールで、理解のコアになる部分にサクッと触れて欲しいということ。
たとえば、俺が好きだった、だれにでも優しくしてくれる可愛いバトミントン部の子がさ、どーーーーーーーでもいいような、クソみたいなバスケ部のやつとセックスしてたよ。今、そのバスケ部の男は生産性のない貧しい仕事をしているから、どーーーーーーーでもいいけどね。だいたいバスケ部なんて、日本トップクラスの選手になっても、サラリーマン以下の年収しか稼げない非生産的なスポーツを中学で教えるなよ。カリキュラムからはずせよ。ディフェンスに定評があっても一銭も稼げないよ。
本当はどうでもよくないんやな(´;ω;`)
ずっとひきずってるんやな(´;ω;`)
悲劇やな(´;ω;`)
だって、いまさら処女性を求めても、可愛い子はアイドルになるずっと前にセックスしてるんだから。教室思いだせよ、可愛い子はみんなセックスしてたろ。
たとえば、俺が好きだった、だれにでも優しくしてくれる可愛いバトミントン部の子がさ、どーーーーーーーでもいいような、クソみたいなバスケ部のやつとセックスしてたよ。今、そのバスケ部の男は生産性のない貧しい仕事をしているから、どーーーーーーーでもいいけどね。だいたいバスケ部なんて、日本トップクラスの選手になっても、サラリーマン以下の年収しか稼げない非生産的なスポーツを中学で教えるなよ。カリキュラムからはずせよ。ディフェンスに定評があっても一銭も稼げないよ。
でも、あの子とセックスしてるんだよなぁ、あいつは。怒張した亀頭をぬれそぼるアタゴヤマに挿入してたんだよなぁ。俺がちょっと話しかけられただけでさ、ドキドキしてしまった彼女の声の、裏側の裏側を、俺が一生近づけない距離で聴いてたんだよなぁ。
結局、アイドルもやってるんだよ!やってる!やってる!ファックしている。むしろ早めに中学二年生くらいで、フライングゲット。ヤルことしか頭にない中学生の、安いブリーチでプリン頭の襟足の長い彼氏と、下からも横からも上からも彼女のマリコにヘビーローテションしているわけでしょ。
僕は、そんな彼女と、もし地球上に俺と彼女以外存在しなくなったという仮定なら、チャンスの順番が回ってくると思って、Everyday、俺のポニーテールをシュシュしてたわけですよ。あと、「シュシュ」という言葉から包茎のイメージが想起されるかもしれないけど、僕は包茎ではないよ。
あぁ、そうだよなぁと。やっぱりアイドルも、俺が好きだっただれにでも優しくしてくれる、童貞キラーの、クラスで中くらいのポジションに居る女の子と同じように、バスケ部のどーーーーーーーでもいい、ズル剥けだけが取り柄の男を選ぶんだよなぁ…結局、そうなんだよね。人生のピークをかぎりなく早期に迎えるタイプの男を選ぶ。そう。あぁ、ちなみに僕は包茎ではないけどね。
でも、アイドルがそういう人生早漏男のことが好きでも、俺は君のことが好きだっていう。それが愛ですよ。見返りを求めるのは愛じゃないって。
いいか、見返りを求めるのは愛じゃないよ。ビジネスだよ!取引だよ。
お前、ビジネスでアイドルが好きなのか。違うだろ、それでもその子が好きなんだろ。アイドルに頑張って欲しいんだろ。それがファンだろ。
つまり、「やってても好き」なのがアイドルの真のファンだよ。ファンだよ。それがファンだよ。
だから、どうやら僕は峯岸みなみのファンをやめなければならないらしい。「それでも君が好き」なんて偽善の皮をかぶって、自分を騙すことはできないから。
あと、僕は包茎ではない。
窃盗をしたら、『3年以下の懲役又は50万円以下の罰金』 というのは バツではあるが問題にはならない。
なぜか?
事前にルールが決められており、公平にそれが実行され、皆が納得しているから。
一般的に体罰とみなされるのは
・ルールが不明確。
・個人の裁量に任されている。
・攻撃されるのがいつも固定された個人
※ほんらい、個人が固定されるなら、それは個別問題が発生しているということなので個別カリキュラムを走らせなければいけない=教える側の問題を個人に転嫁している
というところが問題なんだろ。
次の試合に勝ったら アイス奢ってやる 無理だったら 全員で グランド10周 なら いわゆる体罰じゃないだろうが
負けた後にたるんでる。 それはキャプテンのせいだ 故に キャプテンが グランド10周 なら 体罰とみなされてもしかたがないだろ。
小6の娘から「お母さん、仕事辞めて」 働く母親のジレンマ〈AERA〉
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20121112-00000006-sasahi-soci
これに対しid:kobeni_08がブクマ。
そもそも「成績で決まる塾の席順」がかなりカルチャーショックなんですけど… あと、受験勉強って母親が監修できるもんなのか?そんなことできる人のリソースが、もんすごい勢いで一家庭に投下されてるってのも…
いわゆるNバッグを背負っていた小学生として思うところがあるのでキーボードを打ち込むことにする。
毎週土曜日にカリキュラムテストという出題範囲の決まったテストが実施され、
総合得点の上位20人と算数、国語、理科、社会の各科目は上位5人はその結果が廊下に掲示される。
で、算数の授業では算数の、国語の授業では国語の成績に応じて、席順が教室の前のドアの横に貼り出される。
自分の教室では2人用の机が3列あり、黒板に一番近い真ん中の机の左から1位から順番に座る。
つまり黒板に近い生徒は成績がよく、教室の後ろにいる生徒は成績が悪いことが一目でわかるわけだ。
個人の成績表と全国ランキングもテストのたびに配られ、競争心を煽るあらゆる手段が取られていたと思う。
ただ自分たちはあんまりこの席順には執着していなかった。むしろ何ヶ月かに一度実施される公開模試、
この公開模試の結果によって席順ではなくクラス替えが行われるのだ。
自分の教室では成績がいい順に栄冠組、3組、2組、1組の四クラスあって、栄冠組とそれ以外では授業時間、内容と宿題がかなり違う。
親としては同じ学費を払っているのだからよりよい授業を受けさせたいから気合が入る、
自分としてはクラスが変わると友人や好きだった子と一緒にいられなくなるから気合が入っていたと記憶している。
学校での人間関係や親との関係が決して順調ではなかった自分にとって、塾でできた友人たちと休み時間や行き帰りに一緒にいられないのは想像するだけで恐ろしかった。
2,3週間くらい前からカリキュラムテストの勉強と同時進行で過去の公開模試や問題集をひたすら解いていた。
そのおかげもあってか自分は小学4年の時から小学6年を通じて栄冠から落ちることはなかった。
そういえば今でも好きだった子は年に一度くらいは夢に出る。
まあ初恋だったんだろう。元気にしているだろうか。
山のような宿題が課されるんです。ほんとに山のような。
中学受験が終わった時に今まで解いた問題集とプリントを縦に並べたら当時の自分の身長ぐらいあった。こんな量を小学生に管理させるのは無理。
そうなると母親が監督になるしかない。母親が監督になるしかないのだが、母親が中学受験の経験がないと、上位校にいくのは厳しいのではないか。
実際母親の”受験ママ友”の学歴とその子供の受験結果を思い出すと相関はあると感じる。
ノウハウの蓄積の差や、子供に指導するときの説得力の差は大きい。
母親が今までの人生でやったことがないことををやれ、というよりも自分もできたことだからお前もやれ、という方がまだ納得しやすい。
それとママ友は共働きより専業主婦の人が多かったはずだ。共働きだと遊びたい盛りの小学生を週4、一回3時間近くの塾通いをさせ、宿題とプリントを管理し、
最も集中して勉強する金、土、日につきっきりで教えるのは難しい。この上家事もやるわけで…
この娘はそんなに勉強して将来どうするの。
↓
↓
収入と家庭の安定はそれなりに相関する
↓
家庭の安定は家庭の幸福にそれなりに相関する
と自身は思っている。
中学受験はあくまで通過点だと言うことはわかっている。上の相関だって絶対ではない。ただ何もしないよりかはマシではあると思う。
2月1日まであと3ヶ月を切っている。がんばれ受験生。
いや、割とマジで。
予備校がやってるみたいに、オンラインなり衛星放送なりで同じ講義を全員が受講出来ることは技術的に可能でしょ。
教養課程の英語とか数学とかなんて、大学ごとに授業してテストするなんて経費の無駄でしょ。
よい講義は数多くの学生に聴かせることが、学生の基礎能力アップにつながるし、同じ試験受けさせて同じ合格ラインで単位認定することで、質を担保できるっていう具合だ。
企業が募集だしたりするときにさ、どういう人材を探してるかを言えば、
「どこどこ大学の○○研究室がその分野で強いですね。就職希望の学生がいたら連絡しますよ。」
って具合に出来ればお互いWinWinじゃん。
なんか、協力できない理由でもあるの?
ICUみたいに独特なカリキュラムだと、他校と協調しにくいとかあるだろうけどさ、国公立にそんなものないでしょ。
建前上はポリシーとか建学の理念とかあってもさ、実際のところは放任主義か超放任主義か超超放任主義かくらいの違いしかないでしょ。
国家が優秀な人間を無償あるいは低償で教育する、ということは、普通に考えてとてもいいことのように思える。
若者は国の礎、優秀な若者に投資することは、国の繁栄につながる。
と僕は考える。
でも、その一方で、なんか違うんじゃねーかなっとも思ってる。
優秀な若者に投資すれば、国が豊かになれるのならば、教育水準が高いフィリピンとかアルゼンチンとか経済の負け組にいちゃいけない気がするし、社会主義国が軒並み倒れたのも納得がいかない。
まあ、中国はうまく立ち回って勝ち組な気がするけど、教育の果たした役割ってあるのかないのか今ひとつ。
あるとしても、アカデミック、エンジニアリングに優れた人材を育てたためっていうより、商才に優れた人がチャンスを掴みやすくしたためっていう印象が強い。
アメリカのように国公立は職業学校的な色合いを強くして、社会福祉として割り切るのもありなのかもしれない。
国公立が先端研究、基礎研究から撤退したところで、あんがいと私学がその後を継ぐような気がしなくもない。
金にならない研究は国家がしないとというのは思い込みのような。
というかメチャクチャ強いし。
褒める必要ある?
色んな話すればいいと思うよ。
(自分はFランではないけどこれといって専攻した気がしない)
専攻がないからといってバカにするのはやめてくれると助かる。
資格の取得は、自らを規格品にするという作業で、学校で決められたカリキュラムに縛られるのがストレス、という人は、効率がどうこうという以前に、資格を取るということがどういうことなのかを把握できてない。
なるほど…。
確かに、資格は会社にとれと言われたものしか取ってないし、TOEICも「TOEIC対策とかやってられるか馬鹿」みたいなスタンスで受けてたな…。
言っても信じないと思うけど、そういう意図は全く無いよ。
で、「読み」「書き」の設問はまあわかるが、「この画は何画目ですか?」という
数十年前の日本であれば、漢字は「書くもの」だったから、書き順はそれなりに意味があったかもしれないが、
今は漢字は「読む、又はPC/スマホで打つもの」だから、書き順にあまり意味が出てこない。
それでも、「他に学ぶべきものがない」のであれば、書き順を学習指導要領に入れる意味も多少はあろうが、
教育を取り巻く人間が、どんどんカリキュラムを膨らませている状況で、果たして書き順を
「礼節を叩き込むために、武道を必修にしよう」
各関係者(法務関係者、薬物関係者、証券関係者、等々)は「子供の時間は有限だ」
だなんて思ってもいないから、
「自分が関与する部門を義務教育に組み込んでもらえるハズだ、組み込むべきだ」と
安易に考えているが、子供の時間は(当然のことながら)有限だ。
だから、法教育も薬物教育も投資教育も武道もダンスも教えたいのなら、
どこかの教育過程を「スクラップ」しないと、「ビルド」が出来ない。
で、仮に国語で「スクラップ」する部分を捻出しないといけないなら、それは「書き順」じゃないかと思う。
(私見では、国語の一部スクラップの前に、音楽を全面スクラップ(=義務教育から外す)するのが先決とは思うが)