2012-11-06

公教育のあり方

国家が優秀な人間無償あるいは低償で教育する、ということは、普通に考えてとてもいいことのように思える。

若者は国の礎、優秀な若者投資することは、国の繁栄につながる。

と僕は考える。

でも、その一方で、なんか違うんじゃねーかなっとも思ってる。

優秀な若者投資すれば、国が豊かになれるのならば、教育水準が高いフィリピンとかアルゼンチンとか経済負け組にいちゃいけない気がするし、社会主義国が軒並み倒れたのも納得がいかない。

まあ、中国はうまく立ち回って勝ち組な気がするけど、教育の果たした役割ってあるのかないのか今ひとつ

あるとしても、アカデミックエンジニアリングに優れた人材を育てたためっていうより、商才に優れた人がチャンスを掴みやすくしたためっていう印象が強い。

アメリカのように国公立は職業学校的な色合いを強くして、社会福祉として割り切るのもありなのかもしれない。

国公立が先端研究、基礎研究から撤退したところで、あんがいと私学がその後を継ぐような気がしなくもない。

金にならない研究国家がしないとというのは思い込みのような。

アイビーだって研究はやってるわけで。

というかメチャクチャ強いし。

別の話、教育で人を育てることはどこまで可能なのだろうか。

ホリエモン東大だけど、東大カリキュラムであんなビジネスアカギみたいなモンスターを作れる気がしない。

ま、とうの昔に大学なんて卒業しちゃった俺には関係ないけど。

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