はてなキーワード: 現実逃避とは
越えるのが困難なハードルを越えて恋愛を成就させる物語が読みたいからって人(旧JUNE派)と
多い感じ
もっと詳しく書くと
前者は、現実だと親による反対とか身分違いとかがハードルになるんだけど
そういった理由だと現実的すぎて嫌、あるいは自分で実際に起こっているのでお腹いっぱい、
後者は男性向けエロだとコンドームしてるかが気になっちゃったり、
なかだしで気持ちよがる女性の神経が信じられなかったりするようなパターン。
vtuberに現実逃避したり趣味にするのは勝手だけど、リアルの会話でvtuberの話を出した上で演者について話が及んだりしたら「魂の話をするな」とか意味不明なルールを持ち出してキレる奴らが多すぎる。
加えてどう考えても演者が悪い事例でも無茶苦茶な理屈で庇うのが全く理解できない。本当にファンであるなら叱咤すべきであって、無理に庇うのはもはやカルトの信者ですよ。
しかもリアルでこういう奴を見たのは今まで一人や二人ではない。
現実逃避先の謎ルールをリアル知人に押し付けたりして巻き込むから叩かれる側面も大いにあるでしょ。これをやられる側はめちゃくちゃ迷惑なんよ。
そもそもいくら「バーチャル」と言ったって全て現実世界で人間がやってる事だし、傍から見てたら誤魔化しが多すぎて不気味な界隈にしか見えない。
それでも放っておいて欲しいと言うなら、興味なかったり理解できない人は必ず一定数いるんだから、そもそもリアルの人間関係にコンテンツを無遠慮に持ち込まない方がいいんじゃないですかね。
増田「美人やイケメンやエリートの真似して情報も盗み生活も真似すれば良くなるはず、情報感度も高くして手に入れれば生活も良くなるはず」
→生活が良くなる情報を手に入れたのに無職のプー太郎やこどおじこどおば、日雇いの肉体労働派遣で自己破産か障害者手帳でナマポ貰おうと必死に醜く足掻く毎日
増田が現実逃避して言い訳すればするほどボクチンは悪くないするほど、こいつはどうしようもないクズだと社会は周りは判断するんですよ
本人たちは凄まじい現実逃避でまだ大丈夫ってバイアスかかっているけど
つまり馬鹿が死に追いやられたり気が狂ったり貧困に追いやられるのは自業自得というのである
もう勝負はとっくに着いていて後はどうこれから飢えない程度に食っていくか考えないといけないフェーズに人生入ってるのに
なのに増田ってまだチャンスはあると思っているんだよね
まぁ最終的には統合失調症だよね
本人の頭の中にしかない可能性に縋りそれが現実だと思い込んで認知がさらに歪んで世間に合わせられなくなっていく
あれは私のベンツですけど?
って言われてそうな増田だな
既に統失だろ
今まで食べないっていう痩せ方しかしてこなかったから食事制限とかそういうのもわかんないけど
毎日晩御飯作っているけど昼はめんどいから食べない週間になってるけど〜
なかなか痩せないっていうかめちゃくちゃ努力してまで痩せてえ〜だからやる気もそこまでで
本当に楽して痩せたいな〜と考えてたら攻殻機動隊のことばかり考えてしまう
電脳化したらスキンとか変えちゃえばいい体手に入るかもしれないけど、私が電脳社会に行ったらお金なくて絶対まともなスキン手に入れられなくて
楽して痩せたーいが電脳社会に行くと楽してお金稼いでかわいいスキンほし〜って言いながら電脳社会じゃないドラマとかみて現実逃避するんだろうなとしみじみ思った、社会が分かっても私がかわんないとどこ行ってもおんなじだよね〜
元から運動週間とか食生活週間が自分にあれば今は楽かもしれないけど今まで見た目に気を使ってなかったのでもちろんだるんだるん
習慣をすぐ変えるのは長続きしないとわかってるので少しずつ習慣変えてるけど
お菓子って1日我慢すると食べたい欲求が100%から70%ぐらいまで減るんだな
でもまだまだお菓子食べたい〜
俺へ
明日面接を控えてるのに結局「やる気出ね~!w」とか言いながらスマホをポチポチしていましたね。
俺は俺との付き合いが長いから、今ここで責めたところで残された時間に頑張れるとは思っていません。
やるべき事がある時に遊ぶゲームは楽しいですよね。わかります。
今こうしている間にも他にやるべき事が山ほどあるけどなんかもう嫌なんですよね。わかります。
でもこうしてやる気出ね~!wと言って遊び惚けながら将来への漠然とした不安を抱えて突然起業とか投資とか調べ始めるの、
俺が大嫌いな生産性のない無駄な時間って感じがすごいするんですよね。
今からでもできることを一つずつやっていけば多少はマシな未来にたどり着くと思います。多分。
たどり着けなくても、少しは努力できた自分を褒めてやれるのではないでしょうか。
俺より
書いててちょっとやる気でてきました がんばるぞ~
少なくともレイアースはなろうの対極だな。
レイアースのヒロインたちは全員文部両道の優等生で将来はエリートになるだろう子たちだ。
勉強ができて武道も嗜んでるってやべーな。ついでに金持ちの子なんだっけ?東大行くんだろうな。
2022年の年明けからパフォーマンスが極端に落ちてクビを切られそう。
外資系のプレイイングマネージャーポジション。部下はいない。年収は8桁。
育休は複数回取得して、育児や家事は生活の一部として妻と二人でこなしている。
パフォーマンスが落ちた理由は複数あるが、まず2021年に転職して力を入れすぎて燃え尽きた。
継続的に結果を出すためのプレッシャーに負けた。年末年始の休暇の後に気持ちを戻せなくなった。
そして同じようなことを8年くらいやっているので飽きた。
解決すべき問題は次々に立ち現れるのだが、学びや評価が減ってきて面白さを感じられなくなってきた。
他の国にいる同じチームのメンバーが今までに比べて群を抜いて優秀なので、自分の存在意義が薄くなった。
とあることがきっかけで今後の人生をかけて何がしたいのか考え始めた。
ひとつの目標としていた年収とポジションを獲得できたところで次の目標を見失った。
今まで楽しいと感じていた仕事が急に色褪せて面倒に思えるようになってしまった。
矢継ぎ早に進んでいく周りの仕事が他人事のように思えるようになってしまった。
人生の折返しを意識したことで、焦りやもどかしさをよく感じるようになった。
とにかく何か情報を収集しないと落ち着かず、結果として現実逃避することが増えた。
保育園の送り迎えや食事の支度をしたり、子どもと過ごしていたりすると無心になれる。
その代わり時間があっという間に過ぎて、毎日がただ始まって終わるだけの感覚が強くなる。
子どもが寝静まった後にゲームをしたりして過ごすのだが、満たされない欲求みたいなものが残る。
表現は好きだ。文章を書くのも、絵を描くのも、映像を作るのも、身体表現も好きだし得意な方だ。
それを仕事にしている人が羨ましい。しかし、それを仕事にするためのコミットがどうしてもできなかった。
生活や待遇への打算、プライドが最終的に自己実現よりも優先された結果、ここまできて何か焦りを感じている。
仕事の専門領域はとてもニッチで、日本の中ではある程度来るところまでは来たと思う。
ゆっくり解説で人生が好転した増田のようにアウトプットを始めるのもいいなと思うが時間も目標も今はない。
年齢特有の悩みなのかもしれないが、クビになるリスクと隣合わせのところまで来ている今、なんとかしたい。
誰かアドバイスください。
いい加減に自分が思ったように冴えないからってさらに下の人間叩きにくるのやめてほしい
そうやって人を見下して利用しないとストレス発散出来ず
環境のせいにするなとか人のせいにするなとか自己責任とか恰好つけながら
友達とかにも話しにくいし、かといってインターネットにおいてでさえ友達が作れないコミュ弱なのでたまに見かけるここに。
中退して半引きこもりになって二年が経って、やっと感情の成長を感じた。というよりも、それまでデフォルトだった厭な気持が消えたというか。
こうなる前は、ずっとゲームに打ち込んでた。食事もしなくなって、数キロ減ってBMI16切りかけて、それでも飯が食えなかった。ひたすらにゲームだけをしてた。多分現実逃避だった。
親の怒鳴り声もいつからか止んで、それでもたまに幻聴みたいにしてゲームのSEが親の声に聞こえては心臓を冷やしてた。ただ親のせいにしすぎだなって思うしそれなりに罪悪感はちゃんと覚えているのであんまり家族のことは言わないほうがいいのかもしれない。
布団の中でゲーム実況見ながら夜を明かして、エナジーバーのパッケを布団の外に捨てては窓の外を通る小学生の元気そうな声に頭痛がしてた。それから数日後、ふっとゲームをしなくなった。
課金もしてた。過去の貯金でズンパスも買ってたし、スキンも課金して取ってたし、レベル上げもしないと課金が無駄になると思ってた。でも、すうと興味が消えた。代わりに学校に通えなかった悔しさと、今はもう大学に進学して授業の話をしている友人が酷く羨ましいという思いがあふれた。ついでに劣等感と孤独感で吐くぐらい泣いた。勉強は好きだとずっと嘘をついてきてたと思ってきたけど、噓から出たまことか本当に好きだったのか、あの勉強がしたいこれがしたい、それがしたいから大学に行きたい。でも学費が足りない。友達はみんな、大学に行っている。成人式の服を見繕っていた。教授が。課題が。今まではゲーム漬けで麻痺してたのかもしれないってぐらい泣いた。惨めだし、本当に本当に悔しかった。中退の理由は、カッコよく言えば理想と現実のギャップで病んで死にそうになったから。繕わずに言えば宿題ができなかったから。勉強はそこそこできたし模試も良い点とれたけど、家で勉強できなかったから。「君たちは要領がよかっただけ」という昔通っていた塾の講師の言葉が今更ながら身に染みる。
泣いて、泣いて、それでも編み物かと言わんレベルのメンタルは数か月かけて多分それを乗り越えた。「中退して、こんなに惨めで泣くのだって、それで諦めてないだけ強さじゃん」って思えるようになった。無根拠な自信だって、それで物事を始められるなら良いじゃないかと思えるようになった。周りからの意見はそもそも聞いちゃいないし、じゃあ自分の心の内で決めようって。身だしなみにも少しずつ気を遣えるようになった。まだ途中だけど、バイトも再開して学費をためつつ勉強も再開した。相変わらず楽しくはなかったけど、自分の歩みで進む、自分だけの解説ブックを作るのはとんでもなく楽しいことに気が付いた。推しの配信を見れるように英語以外も勉強し始めた。
多分、時間が必要だったんだと思う。それにしては失ったものが大きいし失いすぎたと思うけど、そんな自分でも友人はまだ繋がっていてくれてるし、自分に無根拠でも自信を持っていいことに気が付いた。噓からでさえ実が生まれるなら信心から生まれるのは極自然だし。
オチがないな~~って思ったけどまあ日記ならこれでいいし、とにかく自分はよく頑張ったしこれから始められるというのを脳内で捏ねる以外の方法で吐き出したかったからいいや。履歴書的には絶対に無駄な二年間だったけど、メンタルも編み物からアルミ缶ぐらいにはなったしやりたいことの見極めもできたからいい二年だったんじゃないかな。今でこうなら多分将来は笑い飛ばせると思う。なんなら二年で済んだのが早いじゃんぐらい。
頑張るぞ~~~~~~~!!!!!
最近Netflixで一人で恋愛もののアニメを見て癒されている。
自分は恋愛とは無縁な中学・高校時代だった。青春コンプレックスほどは拗らせていないが、憧れはある。青春時代に戻れるわけでもないのにいい年こいて本当にキモい。
ただ、何故か癒される。自分が経験できなかった青春をアニメを通じて経験しているような気持になる。
こんなキモい現実逃避(逃避しているつもりはないが・・・)はやめた方がいいのかもしれない。アニメ見る時間があったら、今とこれからの人生を有意義にするようなことに時間を費やすべきなのかもしれない。
ただ、ただのキモいおっさんが恋愛アニメ見てキュンキュンしてるのを想像してみてくれ。もうキモくて仕方がない。
もう嫌になるぐらいキモい。
3年で25キロどころではない
焦って極端な食事制限をして過食気味になる負のスパイラルに陥ってしまった
ここ一週間は開き直ってもうどうにでもなーれって感じでダイエット辞めてたけどまた焦ってきた
だめだもう私も捨てられるんだあ
もうだめ
自分を大切にできない
好き放題食べて何いってんだ怠惰なだけだろって思われるかもしれない
自分でもそう思う
でもなんか駄目なんだ、自分ではどうも食欲を止められない
食べたらだめだと思うと更に食べたくなる
満腹で吐きそうなのに食べたくなる
怠惰でゴミみたいな自分から現実逃避するために食べてるのかもしれない
食べてる間は無心になれるから
私はもう終わり
彼氏も痩せてる方が好みってずっと言ってたし早くなんとかしないと別れ話を切り出されちゃう
今から頑張ろう
でもどう頑張ったらいい?次過食に走ったら私はもう本当に自分のこと見捨てたくなる
2021年は例年より多くの本を読んだ年だった。
本に手を伸ばす理由は、過ぎる時間の虚無を埋めてくれるからだ。
暇な時間にふと、理由のない虚無感や今まで自分の行ってきたことがふと無意味だったのではないだろうかという思いに襲われる。
そんな中、以前では現実逃避や問題の先送りが悪と捉えてきたものを、積極的に物事を放置、物語や文章に没頭することが心地よくなってきた。
恐らく、以前はもっと人生とは自分の思うように舵を切って、自身に起こりうる出来事は自分次第で制御できると考えていたのだ。
もちろん、突拍子のない願望や生まれ持った環境など、制御しようがないことが存在することはわかっていた。
しかし、心の奥で、自分の願望は全て叶えられる、変化できると思い込んでいたのだ。
そんな気持ちで日々を制御しようとしていた10代、20代、さぞかし理想と現実の差に苦しみ続けてきただろうと考える。
どこまで求めて、手に入れても満ち足りない日々は確かに何かを手に入れて、成長したこともあったのだろう。
けれども、取り組んできた物事の難易度が時間と共に上がり、自身の行動の影響する範囲が大きくなるにつれて、自分の能力では制御しきれない領域もあることを徐々に感じ始める。
精神が一気に崩れ落ちて、自身を鼓舞していた心のどこかにあっただましだまし、綱渡りのスイッチで稼働していた力の源泉から何も沸いてこなくなりついには割れてなくなってしまった。
この虚無感はいったい何なのか?答えを本の中に求めて、小説、エッセイ、ドキュメント、啓発など色々読んだ。
なるべく同年代の主人公で人が死なない日常の物語を最初は求めていたのだけれど、いつしかその縛りは忘れて、自由なジャンルのものを読み始めて没頭していた。
自分は何している時が満たされているのだろう?とふと考えた時にパソコンのキーボードを打ち込んでいる時と思った。
仕事柄キーボードは毎日叩くのだけれど、キーボードを打ち込むそれ自体の行為が好きなのではなく、打ち込んでできた成果物が完成した時に満足している。
のだと思っていたが、単純に今キーボードを叩いて文章を書く行為が気持ちいい。
そして、今さっきまだ読み途中なのだが、「中年の本棚」という本を読んでいた。
その中には超おおざっぱにいうといわゆる中年あるあると中年の虚無感を古今東西の本から該当する要素を抜粋してそれに対する思案を述べているものである。
当初自分が求めていた内容が書いてある本にようやく出合えたと謎の手ごたえを感じた。
その本の中で「隠居」について掘り下げて書いてあった。
では何も思い浮かばないが、
では真っ先に「隠居」がしたいと筆者は語っている。
自分も同じ考えだ。
そこから、「隠居」について書かれている本をピックアップしている。
その中で、「日曜〇〇家」というキーワードがでてくる。
要は、「日曜〇〇家」で社会人生活を60歳まで過ごし、以降は「日曜」ではなく「〇〇」を毎日やるのだ。
例として、そのような小説家を何人か取り上げている。
医師を平行して、小説を書き、定年後は本業、ないし隠居しながら小説を書くというものだ。
エッセイやら随筆やら小説やら、結局は自分のために書きたいものを書けばいいというメッセージがふと強く突き刺さった。
自分には教養も知識もないが、キーボードをひたすら打ち込むと心地がよいという属性がわかったので、これから何かしら文章を書きたいと思っている。
タイピングソフトでもやればいいのでは?という問いには、自分が何かしらの成果物を作り上げているという達成感がなければ意味がないと答える。
というわけで、なにかカタカタ打つからには、自分か他人に何かしら意味のあるものを書こうと思っている。
また自分の思考を整理する過程も好きなので、一石二鳥ということで。
難しいことはわからないし、無理に着飾ってもしょうがないので、自分が面白いと思うものをひたすら書こうと思う。
趣味は「キーボードをひたすら打ち込んでなにかしら成果物を作ること」にしたい。
一言でいうとなにになるのだろう。
作文かな