はてなキーワード: クローン人間とは
はてな匿名ダイアリーだけでもそうだけど、
幸せを持たざるものは、どうやっても救われないで地獄絵図を作るキャストでしかない
一方、幸せな人生を送る側は地獄絵図なんてほぼ視界の外にして生きている
簡単に言えばアフリカの飢餓孤児をお茶の間のテレビで眺めながらホットケーキにメープルシロップかけて食ってる構図だ
もし真横に異常に腹の出た飢餓孤児がいれば内心穏やかでなく満足に食事も取れずに、
自分が食べる予定だった食べ物を分け与えるか、もう少し頭が良ければ救急車を呼んで入院させ点滴させるだろう
ところがどっこい、これは起こり得ない
何故なら遠いから
ただ遠いから、自分の生活と関わりがないからという理由で平然と無関心になれるしご褒美スイーツを食っても心を痛めない
今30歳、当時中学生1年の頃にアフリカの飢餓孤児をTVで見たときはフーンと思っていた
しばらくそんな国もあるんだと思っていたがふとしたとき気づいた
「俺と孤児のどこが違うの?」
肌の色とか民族とかDNAとかそういうのは割とどうでもいい話で
もしアフリカの民と日本の民がそっくりそのまま場所を入れ替えたら、
俺が飢餓孤児になってアフリカの子どもが食卓で目玉焼きを食いながら俺をTVで見ていたんじゃないかと
人によっては「日本にアフリカ人が住んでもアフリカのようになるだけだ!」みたいなことを言う人もいるかもしれない
じゃあアフリカ人が日本列島にたどり着いて日本人がアフリカ大陸に残った別の歴史世界の話でもいい
それとも俺の魂がアフリカの子どもで、アフリカの子どもの魂が日本人の体の中で入れ替わって産まれてきた世界でもいい
とにかく、完全に、運なのだ
運なのだ
こればっかりはどれだけ取り繕ったところで人生は運に支配されている
努力すれば変えられるという人も勿論いる
だが努力が公平であればあるほど、天才の努力に凡人の努力は勝てなくなっていく
甲子園に出場した甲子園球児が全員プロ野球選手になれないのと同じ理屈だ
プロ野球選手は圧倒的に眼の才能によって大きく分けられる
ドーピングは単純な筋肉量ではなくこういった鍛えにくい部位の筋力を増強させている
こうすることで恐ろしく早い速度のボールを肉眼でとらえることができヒット率が上がるのだ
結局、ボールをバットに当てる才能は天から授かりしものであり、
凡人はドーピングを使った「努力」をしなければそこまで到達できないのである。
しかしその努力はスポーツ界では認められていない、ただし公には。
では逆説的にすべての人間が同じ能力を持つクローン人間だったとしたらどうだろう?
発想も発明もファッションも日々の生活も何もかもどこを見ても似たり寄ったり。
嫌いなものはこの世から消え去り、自分の好きなものしか残らない。
ベースとなる人格がよほど凶暴でない、疫病が流行らない限りは一見、平和な世界に見える。
異文化があり自分と違う価値観があり、日々体験を更新していく方が個人の人生において充実しているのではないか?
自分が作った映画や小説など、所詮自分の想像以上の産物にはならないだろう
娯楽に頼ろうとしても自分の日記を振り返って読む感覚しか得られないだろう
なぜならその経験の解釈でさえも彼らは同じような解答しかできないからだ
明日も明後日も「この世は地獄だ」という日記を見かけるであろう
俺たちがそう思ったタイミングが別々に訪れ、別々のタイミングで同じ投稿をするだろう
そしてそこには同意のトラバさえつかず、なぜなら自分が分かり切ったことだから、自分の独り言に反応する必要性すらなく
ただ独り言が流れ続ける暗闇へと変わるだろう
ここで理想的解決としては運の最低の期待値をせめて飢餓孤児や産まれた瞬間殺される子どもでないように世界を作り替えることだろう
重大な疾患を抱える子どもを遺伝的コーディネイトしても良いかどうかは倫理観が問われるところだが
個人的には行ってもよいと考える
人間原理的に生存と繁栄は肯定され、そこに疑問の余地を挟まないのが当然だと思われている
絶滅しようがどうなろうが知ったこっちゃないというのが至極当然の感想だろう
この広い宇宙に知的生命体が人間しかいないという考えも妄信的で霊を信じるよりも俺にとってはオカルト的思想だ
また宇宙から寵愛を受けているから人間が誕生したというのもまた妄信的で人間原理によりすぎた思想だ
人間は宇宙から無関心であることに感謝しつつ、人間の選択そのものによって理想的な世界を手にするべきだ
理想的社会を手に入れるためならば人間は産まれる必要性があるかないかを選択することができ
恵まれた知能と肉体を一定以上備えた状態の子孫を望んだっていいのだ
関心があれば産まれたときから不幸な孤児をこの世に産むわけがなく、何らかの救済を宇宙の法則として残しているはずである
仏教には輪廻転生という言葉があり罪を減らすために現世に産み落とされるという
では産まれた瞬間からコンビニ袋に入れられ、トイレに捨てられ死んだ赤子はどこに罪を減らすチャンスがあった?
全く宗教が信じられないのはどれも神は人間に寵愛を与えているという観点である
俺は全く信じられない
俺が安心してホットケーキを食うことができるのは飢餓孤児が地球から存在しなくなった瞬間だ
それ以外では頭の隅から追い出して生活する逃避行動を取る以外にない
もしくは俺が自分の行動に矛盾性を排除するためには隣に飢餓孤児がいても無視して締めパフェを食う神経を身に着けるしかない
俺がどうしても神を信じて感謝することができないことはその1点だけでも十分すぎることだ
故に神や宇宙が人間にそもそも無関心であるという解釈を俺は信じている
そしてその上で神や宇宙が人間にとって安全装置として機能しないのであれば
人間にそれを作る選択権があることを人間自身が認める権利があるということだ
法について話をするのは、また別の機会にしよう
可能性の隙間があってそこを通り抜けたから存在しているのであって
寵愛を受けたわけでもなければ選ばれた存在でもない
宇宙・天体・この世の物理法則は自分らの隙間に入り込んだ生命に対しては無関心であり
故に生命は神や宇宙に頼らずに自分たちで選択しなければならない
もっと具体的に言えば俺が真に幸福にホットケーキを食べる瞬間は未来永劫来ないことになる
この世は地獄だ
人生には選択を迫られる場面が多い、そして選択によっては人生を大きく左右することにもなりかねない。
そういう大きな決断には情報が必要で、特にネット検索を駆使する人は多いと思う。
本当はソースの確かな情報を複数得て、自分で精査していくためにネットを使うべきなのに、某知恵袋等のエセ人生相談みたいなのを見てしまうとすごい思考が引っ張られてしまう。
質問をしている奴も答えている奴も何者かわからないのになんだか問題集の問題と解答のように一問一答で最善の答えがあるかのような錯覚に陥ってしまう気がする。
私自身は知恵袋で質問しないが、質問する人は自分の選択を知らない人に託していいのだろうか、よくわからないけどそういう人生相談みたいなのって知恵袋に多くある、お前自身で決めろや!っていつも思うけど
なんか判断を他人に任せたほうがラクっていう心理だったりするのかな
アフィリエイトつけまくりの「こう生きると勝ち組、負け組」みたいなライフハック?サイトもやっぱり見てしまうしアクセス数も多いっぽい。
インターネットの普及で人生が多様化したとみせかけて実は思考が同じようなクローン人間たちを生み出してしまっているような気も・・・する・・・。
知らんけど
「6日目 神は獣と家畜をつくり、神に似せた人をつくられた。」
宗教というのは神の信仰云々はわりとどうでもいい表面的なことにすぎない
宗教の本質は「人がなるべく効率よく社会生活を営むためのシステム」なのだ
宗教というシステムは、ごく基本的な思考のベクトルや価値のベクトルを決める
これによって、多くの人が行動、つまり人生を生きるためのベクトルがきまる
もちろんゆらぎは個人であるが、そのゆらぎですら宗教システムの掌の上のできごとでしかない
とりあえず宗教観は置いといて、そのキリスト教的観念によって人は人のクローンを作る事を合法化するのに歯止めがかかる
クローン人間を作る事を止める事はできない
そう、世界で一番最初にクローン人間を合法化するのは日本しかないのだ
それでも20年、30年後になると予想しているが、きっとやる
錆びついた理屈だと言い切ってしまえるほどは、人間って進化してないんだけどね…。単性生殖もできないしクローン人間もまだ開発されていないし。
100年ぐらい前までは、シンプルに生殖=結婚だったのが、結婚が恋愛をへて市場化してしまったこととかね。
一生を「生」ではなく「情報化」しつつあるぐらいには進化してきたけれど、生殖行為を完全に「生」と切り離せるほどは、まだ進化していない、というぐらいの場所にいるのかも。
もしくは、子供を持つのが生の自然だということが「錆びついた理屈」なのではなく、「錆びついた理屈だと思い込んでいる負け組が増えた」=富の偏在が進んでいる、ということかもしれないし。
これまでに得た情報
・登場人物:「おしゃれ」でない女子A、「おしゃれ」な女子B、セクハラメガネ
・「変わる」話である。
・「おしゃれ」でない女子と、「おしゃれ」な女子は同一の役者が演じている
http://pokonan.hatenablog.com/entry/2015/03/20/000637
これだけの情報が揃えば、第二話を予測するなどアメリカのドラマの展開を予測するより簡単である。
[駅のプラットフォーム]
アナウンス「ハクスリー駅〜ハクスリー駅〜お降りの際はお忘れ物がございませんよう〜……」
人影のない構内で彼女がぼんやりと乗り継ぎの電車を待っていると、
少し離れたところで彼女に背を見せ、泣きながら衣服やハイヒールを脱いでいる茶髪の女性を見かける。
同僚の女子B……? なぜこんなところに……? でももしかしたら違う人かも……。
振り返った茶髪女性を見て、女子Aはおどろく。髪がざんばらになり、化粧が落ちてうつろになったその女の顔は――
言葉もなく見つめ合ったのち、謎の茶髪女性はぷいとそっぽを向き、列車の迫る線路へと歩み出す。
騒然とする構内。飛び交う駅員の怒号。
彼女はとっさの判断で、謎の茶髪女性が残したハンドバッグを掴み、プラットフォームから走り去る。
ハンドバッグから出てきた免許証によると、やはりあの茶髪女性は同僚の女子Bであったらしい。
いつもはまともに相手しないのだが……。
女子A「セクメさん、女子Bさんのことですが……私と似てるな、って思ったことありません?」
質問の仕方がわるかったか……女子Aはきゅうに恥ずかしくなる。
女子A「すいません、ごめんなさい、なんでもな……」
女子A「え?」
野暮ったいメガネをかっこ良く外すセクハラメガネ。その素顔はイケメンだ。
地下四階行きのボタンを押すセクハラメガネあらためセクハラ慎太郎。
女子A「地下四階……一般社員は出入りが禁じられているはずでは?」
メガネをテイクオフしたセクハラはいつもの軽い調子ではなく、どこか威厳ようなものを発していた。
セクハラ慎太郎「いつか言ったことがあったよな。『君と彼女では需要が違う』と。どういう意味だかわかるか」
女子A「それはあのコが職場の華で、わたしは単なる仕事仲間…‥」
セクハラ慎太郎「違う。『需要』とは、ふつう、商品や消費物に対して使う言葉だ。つまり、そういうことなんだよ」
そういうことと言われても…‥
女子A「あの、なにをおっしゃっているのかさっぱり……」
エレベータが地下四階に到着する。重い鉄の扉が開く。
女子A「こ、これは――」
会社地下四階。多数のポッドのようなものが敷き詰められており、その内部には緑の液体のなかでチューブに繋がれた……
女子A「"わたし"が……こんなに……」
セクハラ慎太郎「そのとおり。『君たち』は、いわゆる、『クローン人間』だ」
女子A「なんで……どうして……」
セクハラ慎太郎「君も知っての通り、我が社はバイオ医療技術の開発に力を注いでいる。『臓器倉庫』という単語はご存知かな? なんらかの病気や事故で損傷したり、老化で弱った内臓を、クローンで作った『若いころの自分』の健康なそれと入れ替える」
女子A「なんかそれ、アメリカのダメなSF映画でいっぱい観た」
セクハラ慎太郎「これは現実だよ、君。某大型百貨店のイメージキャラクター、ルミ姉さんが二十歳から年をとらないのを不思議に思ったことがないかね」
あのゾンビめいた声が脳内に蘇る。今なら10%、オフッフッフッフッ……
セクハラ慎太郎「正解を言ってしまえば、彼女は五十六歳だ。移植は内臓だけでなく、皮膚や頭髪も可能だからな」
女子A「私も、クライアントのための臓器倉庫ってわけなんですね」
セクハラ慎太郎「いいや。さっきも言ったろ。『需要が違う』と。君は『製造』されたときから臓器の内部に疾患を抱えていた」
たしかにそうだ。そのせいで低血圧がひきおこされ、いつも朝に元気が出なかった……。
セクハラ慎太郎「商品としては不適格だったわけだ。欠陥に気づいた研究員たちは君を即刻処分しようとしたよ。……だが、私はアウトレット品が好きでね。このメガネもtwitterで宣伝されていたレイバンの激安品だ」
セクハラメガネ「私は独自のプロジェクトチームを立ち上げ、君を実験材料にすることにした。教育を施し、記憶を捏造し、うちに社員として迎え入れ、セクハラをはじめとした様々な負荷をかける……」
女子A「その記録を撮る……いつも私にまとわりついていたこのカメラはそのためだったんですね」
セクハラメガネ「察しがいいな。だが、ストレステストは会社をだますための方便にすぎない。私の目的はもっと別のところ、高い次元にある」
セクハラメガネ「革命だよ、君。変わりたいなら、変わらなければ」
飢えにあえぐ子どもたち。泣きながら子供を死体を抱く母親。すべてを警戒するめつきの男たち。何もかもが絶望に塗りつぶされている。
女子A完全体「セクハラさん……これがあなたの望んだ世界ですか……?」
女子A完全体「まさか……わたしの願いがあんなことを引き起こすなんて……」
セクハラメカメガネ「後悔しているのかい? でも、これで宇宙の寿命は延長された。人間という種はよりよく改良された。きみは正しいことをなしたんだよ」
女子A完全体「でも、そのせいでルミ姉さんは……」
セクハラメカメガネ「彼女のことは忘れろ。必要な犠牲だった。革命には常に英雄を必要とするものさ。人間は物語を欲するんだよ」
女子A完全体「でも私達は……人間以上の存在になってしまった」
セクハラメカメガネ「君は自分が望むところへ、望む時代へ、いつでも行くことができる。君はその能力がある」
女子A完全体「そうね……わたし、昔から行きたい場所があったんです。新宿にある大きな百貨店で……名前はLUMINE」
セクハラメカメガネ「ほう。1976年3月10日に開業し。地下2階・地上8階の建物。8階にはたかの友梨ビューティクリニックをはじめとする美容関連が中心のフロア。7階から6階はカフェ・レストラン、5階は雑貨と書店、4階から地下1階まではアパレル店が大半を占め、地下2階はスイーツ・レストランのフロアになっていて、連結するルミネ2の七階にはお笑いの聖堂ルミネよしもとがある、カップルから家族づれまで、休日を過ごすにはうってつけの文化の発信地、あのルミネ新宿か」
女子A完全体「いっしょに来てくれますか、セクハラメガネさん」
セクハラメカメガネ「もうセクハラメカメガネだけどね。いいだろう、行こう。行って、一緒にこの終末を楽しもう。ルミネは、とてもすばらしい場所だから――」
たまに考えるんだけど、もし自分がもう一人居たら、どうなるのかな。
長所も短所も同じな人間だったら、まったく合わなくて反発し合う?磁石みたいに。
もしそれが同性ではなく男と女だったら?
多分、神経質過ぎるし、人の気持ちをさぐるようなところがイラつくかもしれない。
きっと、異性として惹かれるなんてことは、無いな。人間がくっつくのは、お互いの足りないものを埋め合わせるためだからってどこかで聞いたことあるし。足りないものが同じだったら、埋め合わせることもできない。
だけど、ここまで書いて何だけど、まったく同じ人間なんて存在するわけがないな。
ちょっとずつ違うだろう。例えば、交通事故で怪我が残っているとか、片親が死んでるとか、影響していることも違うし。
双子がちょっとずつ違うのも同じかな。一卵性とか二卵性とか、よく分からないけど。
自分がもう一人居たら、多分愛することはできると思う。上手くは行かなくても、受け入れるというのかな。ただ、その関係性ってどこに落ち着くのかな。友達とか。
きっと興味本位で近づいてみる。もしかしたら、助け合えるかもしれないって思ったりして。でも、最初から分かってるのは、そんなのは絶対にうまくは行かないっていうことだ。俺を救ってくれるのは、俺自身。君じゃなくて。君はやっぱり他人だから、他人として出合ったら、また少し違うのかもしれない。