はてなキーワード: 自動車事故とは
Tバックを履いた女と付き合うべし。
へそだしギャルならなおよい。
スーパー高校生tehuくんはダサいパンツを履いた女と付き合うと運気が下がる星に生まれているので、要注意。
小中高校教員と自動車免許センターの教官は、えばりたいだけの糞ジジイの巣窟だ。
飲まずに、女の尻をじろじろ見ると運気up。
・代返
顔が知られてて体も大きいので代返すると高確率で教員にバレる。
有名税だ、仕事と学業の両立は大変かもしれない、持ち前の頭の良さで頑張ってください。
・退学/中退後
退学・中退せずに、
驚異的な人生を送れるだろう。
【ポストホリエモン速報】茂木健一郎絶賛・灘高首席tehu、慶應SFC入学。
http://www.youtube.com/watch?v=00SFUFaUEuo
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【速報】灘首席tehu、二階堂ふみ、竹内美宥、慶應入学、SFC2014は伝説世代か。
http://matome.naver.jp/odai/2139323587714055001
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よし、死のう。と思ったのは二・三週間前。ホームセンターでロープを買い、酒を買い、じいちゃんのオムツを拝借し、睡眠薬を少しずつ貯めた。ロープ以外は脇役にすぎない。中々タイミングがとれずにいたが、精神的に限界を超えた。実行あるのみ。そこで、貯めておいた睡眠薬をベッドの上にザラザラとひろげ、赤ワインで飲み下していった。
が、
記憶はここで途切れる。目をさましたら、いつもの布団の上。そして、肝心の縄がない。薬もない。オムツは穿いている。時計は10時なのに外が真っ暗だ。意味が解らない。ベッドから立ち上がろうにも、がくがくして立ち上がれない。オカンに話しかけようにも、うまく舌がまわらなくて、「おえのおーういあん?」(俺のロープ知らん?)というようになってしまった。なんじゃこりゃ!
オカンの話から、私は健忘を起こしていたみたいだ。そう、睡眠薬だ。マイスリーた。こいつのおかげでボヤ騒ぎも、自動車事故もやらかした。そしてその時の記憶はないのだ。話をきくところによると、私は自室の隣の部屋で蝋燭を使って遊んでいたという。私はローソクが好きだ。そしてそのあと、あらかじめ結んでおいたロープをもって階下にいこうとしたところオカンとでくわし、オヤジとオカンで取り押さえたらしい。その時私は泣いていたり怒っていたりしたらしい。しきりに「ロープ返せ!」と言っていたらしい。そして、私が目覚めたのは朝10時ではなく夜10時だった。割とたくさん飲んでいたみたいで、まだ足のふらつき、頭のぼんやりさ、手の違和感がある。
今思うのは、この一件によって、さらに自殺しにくい環境になってしまったなあという遺憾の意。
この先、良いことも悪いこともある。そんなことを全て捨て切って臨んだ、初めての試みが、こんな無様に終わってしまった。
自分で言うのもなんだけど、私を必要としてくれる人や、私がいなくなったらきついだろうなあと思う人はたくさんいると思う。だけど、もう限界。というか、数年前に限界を突破していて、ゾンビ状態なんだ。私は。いくら承認されていて、必要とされていても、うつの鬱蒼とした暗い森の中では、山彦のようにしかその人たちの声は聴こえない。死は怖くない。怖いのは、苦痛だ。
いくらなんでも1ヶ月2ヶ月の入金で飛ぶなんてレベルは知らん。さすがにそれは自転車操業すぎる。
妊娠じゃなくても自動車事故でも飛んでるだろ。さすがにこの業界の仕事で、1ヶ月2ヶ月の延期を想定していないというのはいくらなんでも考えにくい。
可能な限り素早く現金化出来るようにというのは元請けとしては考えても、納品もされてないのに支払いはできないだろ。
つか普通にデスマか何かで遅れても飛ぶじゃないか。さすがに、それは労働者のせいじゃない。
1年や2年ならともかく、1ヶ月2ヶ月遅れることが有るのを労働者のせいにするのはあんまりだ。この業界よくあるふつうのコトでしか無い。
これは私が小学生のころ見た自動車事故で、犯人が語った理由だった。
詳細は覚えていないけれど、その犯人は自動車に飛び込み、たぶん骨折程度の事故だったと思う。
死ぬかもしれないのに、そこまでしてテレビにでたかったのかと子供ながら不思議に思った。
ただ大人になってからある理論に出会い、ようやくこの不可解なニュースに腑におちる説明ができるようになった。
人間は不死ではない。しかし、子作りを通して、自分の分身を作り永遠に生きようとする。
だからこそ、自分の子供を見たときよりも、孫に会った時の方が喜びが大きいのだ。自分の分身が生き続けていることがわかるから。
この理論は日々の生活でも適用できる。例えば、人間は議論が好きだ。議論に打ち勝つことで、相手の頭のなかに自分の思想が生き続けると信じている。
たとえば、創作活動だって、豪華な墓をつくることだって、足利義満が作った鹿苑寺だって。
綺麗な言葉で言えば、人間は自分の生きた証を作ることに執着している。
たぶん、ツイッターで炎上している人たちは、日々の人生に味気がなくて、「俺の人生ってこんなもんかあ」と心の奥で軽く絶望しているんではないかと思う。
そうして、いけないことだとわかっているけど、あんなことになったんじゃないかなあ。
これが自動車事故なら、万が一事故に巻き込まれてしまっても、地上だからそこから脱出して逃げるとか、何かしら自分の意思でのリスクヘッジが決定できるじゃん。
自動車事故って、事故の態様によっては即死しちゃうリスクがあると思うんだけど、でも自動車には乗るんだ?
僕は必ず不測の事態というものを考える。
そして必ず、それに対しての解決案を2〜3個は用意しておく。
ところで僕は、スカイダイビングや飛行機、気球、パラシュートといった類いが大嫌いだ。
だって飛行機は墜落するとなったら、もう自分の意思じゃどうしようもないじゃないか。
これが自動車事故なら、万が一事故に巻き込まれてしまっても、地上だからそこから脱出して逃げるとか、何かしら自分の意思でのリスクヘッジが決定できるじゃん。
でも飛行機とかって、墜落するとなったら、もうどうしようもないじゃん。そこから逃げられないし。
自分の意思でどうにもできないことを選択できるのってすごいと思うよ。
あんなのロープが切れたら終わりじゃん。
不測の事態もなにも対応できないじゃん。
可能性の問題でしょ。
確率はとてつもなく低いにしても原発では5千万人とか死ぬ可能性があるわけ。短期間(例えば半年とか)で。しかも土地が何十年も使い物にならなくなるという。
一方、自動車事故や自殺で、同期間で5千万人とかはむりっしょ。半年で5千万死ぬ可能性は「ゼロ」といっていい。
お手数で申し訳ないですが、「半年で5千万人死ぬ」可能性があると書いている記事がもしあれば
URLを紹介してもらえないでしょうか?
可能性の問題でしょ。
確率はとてつもなく低いにしても原発では5千万人とか死ぬ可能性があるわけ。短期間(例えば半年とか)で。しかも土地が何十年も使い物にならなくなるという。
一方、自動車事故や自殺で、同期間で5千万人とかはむりっしょ。半年で5千万死ぬ可能性は「ゼロ」といっていい。
去年の福島の原発の件で、実際放射能を浴びて死んだ人いないですよね?
現段階で放射能汚染で健康被害にあったという人もいないですよね?
※自己申告なら多分いっぱいいるけど、国から認定された人なんていないでしょ?
「誰も死んでない」 「誰の健康も害してない」
のに、どうしてそこまで騒ぐのか分からないす。
止めて欲しいなんて全く思ってないのにも関わらず、なぜか東電から「電気代値上げのお願い」・・・・。
何でだよ!原子力発電使ってくれて構わないよ。って思ってる人だっているんだよ!
どうも腑に落ちないな・・・・。
だってさ、単純に死んだ人の数でいうなら自動車の交通事故死者は毎年25000人に1人は死んでんだ。
自分の住んでる市で比べたらどうなの?
ウチの市は18万人弱だから、おおむね毎年7人は轢かれるか自分で運転中に自爆して死ぬわけだ。
※これが、軽微なケガで済んだ、とか「死ぬかと思った..」ぐらいのヒヤリ体験だとその30倍?ぐらい起こってる。
(ハインリッヒの法則ね)
あんなどこの馬の骨が運転してるのか分からない凶器がバンバン走ってるトコの脇を歩いてるなんて。
以上が、原発なんかより自動車走行禁止にしたほう方がいいと書いてる根拠。
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もう1つは自殺。
日本は毎年おおむね3万人弱の自殺者がいる。人口あたりだと4000人に1人。
自分の住んでる市で比べたらどうなの?
ウチの市は18万人弱だから、おおむね毎年45人は自分の意思で死んでいる。45人・・・。
※この数字って子供はほとんど含まれてないよ!自殺者のうち、十代は2%しかいないからね!
(=ほぼ大人だけで市内に毎年45人は自殺する)
駅から自分の家まで帰るときに、素通りする家とかマンションに人は何人住んでいるんでしょう?
7・8軒通れば大人の住んでる数は裕に50人超えるよね。その内だいたい1人は自ら命を絶ってる。。。
・・・。いやまぁこれらは統計をそのまま割った数だから、実際どうかは知らない。
でもあまりにも死が身近すぎるでしょ。交通事故と自殺のほうが。
んで、交通事故は「自動車走行前面禁止」すれば死者はほぼ0になる。
(※とは言っても実際「健康問題」を理由に死ぬ人が一番多いから強く主張できないけど)
(※※とは言え、たとえば「ちょっと健康を害しているだけで経済的に充足している人が自殺するか?」
という質問には答えられないので、健康問題単独で自殺する人もいないのはすぐに理解すると思う)
だったら、原発みたいなどうでもいい話は置いといて、優先的にやんなきゃいけないことはあるだろ
私は刑法には疎いということを承知の上で読んでください。
さて、私の常識では、日本の刑法は「法を犯した者」と「法を犯させた者」、前者の側が槍玉に挙げられるケースが多いと感じます。
と言うよりかは、日本の刑法のほとんどは、前者のケースばかりではないでしょうか。
教唆犯のようなケースぐらいしか後者には当てはまるものはないのではないか、とも思います。
ここ最近、自動車事故の厳罰化を求める主張が増えてきたように思います。
それに対して批判をしている人は、概ね構造に目を向けています。
その主張、私は概ね、いや、間違いなく正しいと言い切れますが、それだと、かなり大変なことになるように思えるのです。
まず、軽犯罪を例に取りましょう。
窃盗を犯したものが補導、逮捕されたとして、では、その店に責任はないのか、ということです。
万引きされやすいところに商品を陳列させていないか、売り場に一人しか人間がいなくて、目の届かないような態勢になっていないか、商品を盗まれないような工夫がされていないか、
などなど、店側の問題も考えられます。また、万引きをスリルで楽しんでしまうような学生は、その生活環境はどうなのか、など、構造に目を向けると枚挙に暇がないと思います。また、最近の店は、たぶん窃盗ごときに対策してられないほどに経費を削減していると思われます。
まあ、これは軽犯罪の例ですから、今回の自動車で人を轢き殺してしまったような事例とは比べるべきではないという人もいるでしょう。
でも、私は構造に目を向けるとは結局こういうことなのだと思います。
構造に目を向けるのは、はっきり言ってキリがありません。どこまで、という線引きが出来ますか?無理でしょう?
だからこそ、始末をわかりやすくするために「やった人とやりそうな人だけ」が責められるような状態になっているのだと思います。
ところで、構造と言えば、先の震災で東電管轄の原発整備が杜撰だったことがいろいろ暴かれましたが、彼らが逮捕されないのは多くの人から批判されようと、原発が爆発しなかったから一線は越えてない、ということでいいんでしょうか。
ブラック企業で過労死した人が外食チェーンにいましたが、企業経営者が罪に問われないのはやはり一線は越えてないから、ということでいいんでしょうか。
構造が変われば、彼らは裁きを受けるのでしょうか。
参照サイトは主に以下の2つ。
ドル・自国通貨のスワップが300億ドル新たに締結され以前からのものとあわせて400億ドルになる、円ウォンスワップが30億ドル相当から300億ドル相当に拡大されるとある。日本で余ってるドルを400億ドル準備する、これはまだいい。だが、今すぐにでも国内興伸のために使える円が、ウォンとのスワップのために300億ドル相当分準備されることになる。円での融通額とドルでの融通額の比率は、今までは3:13だったのにこれからは3:4になる。これは金額の規模としても意味合いとしても納得がいかない。塩漬けドルの半額近い『生きている円』も投入されるのだ。300億ドルは現レートで約2.3兆円になる。塩漬けドルの添え物としてはあまりに豪華すぎないか?
対韓貿易は黒字だから日本企業を救う意味があるという意見があるが、この700億ドルがちゃんと帰って来る可能性についてどれだけ比較検討がされたのか?また、現行の話だとチャイナリスクならぬコリアリスクをきちんとコントロール出来なかった企業だけを救済するということになることをどう考えているのか。
第3者機関であるIMFを通せば通貨スワップがいつどの額で行われたのかがはっきりとし、取引が円滑に進むはず。自動車事故でのお互いの弁償がドライバー間での口約束ではなく保険会社の仲介で行われるのと同じ。IMFを通さないことによる日本へのメリットは全くないとしか思えない。
以前から議論されていたが周知が徹底されていなかっただけなのか?野田首相の外交カードの中身を誰も知らなかったということなのか?どちらにせよ、少なくとも私にとっては青天の霹靂。もっと国民の方を向いてくれ。
のが、すごく気になった。
http://masuda.livedoor.biz/archives/51732367.html
私もID:VPkKHv1t0みたいな事考えた事あるわ。
私も車が嫌い。私は徒歩か自転車・電車で移動するのが生活の大半を占めてるから車が邪魔で邪魔で仕方ない。
大体一人二人しか乗らないのに道路の8割くらいを独占し、動くのにガソリンという地球の資源を消費し、あまつさえ排気ガスをまきちらして地球環境や人体に被害を及ぼしている。
それに自動車事故。自動車が無ければ死なないですんだ人は自動車が作られてから一体何人居たんだろう。
煙草が「直接の原因になって」(煙草の煙で、ではなく煙草で、ってことね)死んだ人は聞いた事はないけど、自動車事故で死んだ人は毎年世界で何万人と居るはずだ。
自動車なんてなくなればいい。
煙草が悪なら自動車も悪。はやく自動車の製造会社や販売会社は潰れろ。
っと、まあここまで妄想を広げていったところで気付いたんです。
もちろん↑の文章の「自動車」の部分が「煙草」になるわけじゃない。
何が言いたいかというと、何かに対し理屈をこね、悪者に仕立て批判し消えろ無くなれ
と考えるのがすっっっっっっっっっっごく楽しいという事。
もちろん「そんなん楽しいはずないだろ」と思う人も居ると思う。
でも私は楽しい。愉快。
歪んでるのは重々承知してるけど(じゃなきゃこんな記事書かないし)嫌煙家の皆さんもぶっちゃけ楽しいから叩いてる人も居るんじゃないかな?
まあ居るんじゃないかなと思っただけ。
原発に対する拒否反応はそれに賛成するにせよ反対であるにせよ普通に理解できる
むしろ理解できないのは自動車事故や飛行機の事故に対する反応の方
交通事故を起こした車種は最低限販売禁止にしなければならないと思うけどそれも全くない
ひとりの人間がちょっと過失したくらいで多くの人が死ぬものを堂々と売るのか
なんなんだと思う
鉄道の脱線事故なんて何回も起こってるけど、鉄道を取り外せという主張は受け入れられなかった
自動車事故で何万人も死んでるけど、自動車を廃止しようというのは余りに少数派だ
全日空123便が墜落したけど、平成に入ってからも空港は日本各地にどんどん作られた
それなのに、当面の生活に絶対必要な原子力発電所は廃止するような論調が盛んだ
放射線も放射性物質も眼に見えないから。今そこにあるかもしれないから
多くの人間にとってこの世の事故のほとんどが無関係なものだったけど、眼に見えないものが漏れたという話で大パニックになっている
自分がその被害に合うかもしれない、自分のところに飛んで来るかもしれない、と
確かに子供のことを考えると、放射性物質が漏れるのはとってもよくないことなんだけれども、今廃止してすぐにそれを阻止できるものでもない
仮に福島第一原子力発電所が震災時すでに廃止されていたものだとしても、結局放射性物質の漏れはあっただろう
また、廃止されていなくても、ちゃんとディーゼルが動いていれば問題なかったわけだ
ディーゼルが動いていれば、今原発廃止を唱えている市民の大半が(元から廃止を唱えていた政治家や識者は別にして)、原発の存在に疑問を持たなかっただろう
相手が広範囲で見えないというだけで、勝手に怯えて廃止論に走っているだけの人はとっても自分勝手だと思う
チェルノブイリやスリーマイル島のときにすでに何かあったときの危険性は知られていたはずだ
それらを踏まえて、原子力発電所に常に反対していたんじゃなくて、自分の身に迫った現実を見て勝手にキレている
今までどんな危険なことがあっても「自分だけは大丈夫」と思って反対してこなかった人が、いざ危険な目に遭うと必死にキレている
安全意識がそもそも足りていなさ過ぎる
いや、受け入れていると思うよ。たとえ火力発電所に大事故があったとしても、「火力発電所の建設を中止しろ!」という動きにはならないと思う。
はい?
歴史知らなさ過ぎるだろ。
そういったものが発生したから、国は原子力発電へ舵を切ったんだぞ?
避難地域ですら、現状100mSv/Y付近の値で除洗すれば確実に下がるんだよ。
政治的問題と疫学的問題をごっちゃにして、未だに疫学的に問題があると思い込んでいるのが精神衛生の問題になると、
だから、IAEAは日本の原発事故の後処理は大変すばらしいとかわざわざコメント出してるんだよ。
それでも、「自動車事故による死者をゼロにするために、自動車をなくせ!」という意見が通っていないのは、社会が自動車事故の死者を織り込んだ上で利便を受け入れているから。
高齢者の免許返還制度とか、普通免許での中型車の運転が禁止されたりとか、制限は厳しくなっていってますけど?
1つの事故で何百万人単位で健康被害に対する不安を与え、経済被害が国家予算規模になり、諸外国から輸入制限をくらってしまうような事態を引き起こすのは、現状、原発くらいしか考えられないので、特別扱いは当然だろう。
はい?
1つの事故で何百万人単位で健康被害に対する不安を与え、経済被害が国家予算規模になり、諸外国から輸入制限をくらってしまうような事態を引き起こす
事態になっていたと思うんだけどね?
そんな、ほんの数年前のことすら忘却の彼方で考えられないとか。
現状すでに、事態は疫学的問題より政治問題であるため、人的・経済的被害は算出不可能だろ。
疫学的問題だけで行くのなら、避難地域の除洗と低レベル放射線廃棄物の処理で事が足り、震災復興費用の数%振り分けるだけで済む。
食品の輸出・生産も避難地域外のものはモニタリングにより安全に行われており、そのための宣伝費用は必要かもしれないが、国内広告業界に資本が流れるのであれば問題は無い。
どのみち、震災の被害に比べたら被害は相当少ないんだよ。
「何十年かに1回大規模な事故が起こったとしても、経済的にペイできるからいいか」と国民が納得すれば、国も原発と共存できるでしょ。
そして、重要なことだが、今回と同レベルの事故の発生を防ぐために最大限の注力を払うことだ。
スリーマイル、チェルノブイリ、福島第一と事故発生時の共通する要因として「完熟した作業員の不足・不在」が挙げられるため、
原子力事業において作業をするものは全て一定の有資格者とすることが望ましく、そのための組織・設備を作るとか。
発電設備の電源規格の統一を政府(保安院)主導で行うとか、打てる手はまだまだある。
ここまでやって何故原子力に固執するのか?
だから、火力・水力・原子力に電力ソースを分散させることにしたんだよ。
自然エネルギーに転換といっても、高緯度のために風雪被害や四季があり気性が安定しない日本では限界がある。
予想される最悪の状況を受け入れられるか否か
それこそどの発電システムでも最悪の状況なんて到底受け入れられないだろ。
水力なんてダム決壊したら相当の被害が出るぞ?
「放射線」の有無で全ては決まり、量的問題ではないという事か?
自動車事故やガスコンロ爆発事故については、「ゼロにしなければならない」という社会的コンセンサスはないが、原発事故については「ゼロにしなければならない」という社会的コンセンサスが働く。
いや、自動車事故やガスコンロ爆発事故もゼロにするために努力している人々が居るんだが?
カセットコンロだって、圧力感知安全装置とか研究/実装されてる。
「放射線」の有無で社会的コンセンサスとやらは醸成されていると?
結局、お前さんが「放射線」を気に食わないかって話であって、なんら実の無い話なのな。
言い訳も何も、東電を擁護してるつもりなんてないけどね。単に「狼少年」は自分の首を絞めているということを指摘したかっただけ。自衛隊だの公務員だの原発だの医者だのを、批判するだけ批判して褒めるところは全く褒めないという態度は結局自分の身に降りかかってくるということだ。批判するなら正しく批判しろということ。はっきりいって反原発派の99%の原発批判は2chのネトウヨのコピペレベルの知識だ(例のもんじゅデマや「原発がどんなものか知って欲しい」が一番わかりやすいだろう)。ああいうことを言っていては聞く耳を持たれるわけがない。
別の例を出せば、第二次大戦の歴史認識問題がある。はっきり言ってこの件に対する欧米リベラルの日本批判には随分おかしなものが多い。しかしそういう連中がのさばることを許しているかなり多くの原因は日本の歴史修正主義者にもある。そういう奴らのせいで、例えば南京大虐殺の死者数を、笠原あたりの説を引用して「30万は過大評価、10万-20万程度だ」と言っただけで右翼扱いされてしまう。
原発についても同じことが起こっているんだよ。
俺が言った「村」は日本か世界全体のことだから「壊滅する」ってのは余りにも大袈裟だね。正確には、村の出入り口付近の家が襲われて、住人は何とか逃げたがそこには住めなくなった、とでもいうべき。
屁理屈もへったくれもない。世の中にあるものすべてそういうもんです。「新幹線は安全です」というのと同じことだ。誰も「新幹線は絶対安全」なんて思うまい。責められるべきは東電が新幹線なみの意識で安全対策をしていなかったこと。それ以上でも以下でもない。福知山線事故を見て「鉄道は危険」なんていう奴はいまいよ。「JR西日本は安全文化を全面的に考え直せ!」というのが妥当な線。今回も同じこと。
こういうと「原子力は新幹線より一度の事故あたり被害が大きい」というかもしれないけど、言っとくけど、時速300km=分速5kmなんてものが5分間隔で走ってたり、あるいはガソリンなんて危ないものを燃料にした乗り物が道や空に溢れかえってたりするのも、核反応ほどのセンセーショナルさはないかもしれないけど、素人目には「神業」的な技術だと思うよ?
そして「数」のことも考えるべき。飛行機事故は自動車事故より派手だけど飛行機が自動車より危険かといわれるとそうとも言いがたいのと同じことが、原子力技術と他の技術の関係でも言えると思うよ。
要するに、あなたは「他に行き場所なんか無いんだ、だから、泣き言言う前にここで狼守ってる俺ら番人の足引っ張んじゃねえ」って思ってるということか。「原子力を利用できなければ、いずれにせよ人類は滅ぶ」と思ってるんだよね、おそらく。
俺自身は「番人」ではないが、ある程度その立場が理解できる者として、そう思ってる。元の記事に
自然エネルギーが「これから」の技術である現状、チェルノブイリよりずっと恐ろしい温暖化を確実に引き起こす火力よりマシだという考えは変わらん
と書いたとおり。温暖化や化石燃料枯渇は世界人口の短期間での激減というような壊滅的な被害を引き起こす可能性が現実のものとしてある。原発事故で人類が滅亡の危機に直面するすることはあり得ないことを考えれば、どう考えても火力より原子力が「マシ」であることは否定できまい。少なくとも、再生可能エネルギーやCO2の固定・回収技術の技術がもう一段階進歩したりするまではね(その間に原子力技術も進歩することはお忘れなく)。
そのことは「前提」だと思うんだけどね。「脱原発」を唱える人でさえ、最低でも四半世紀は先のことだというのは合意できてるはず。実際、四半世紀なんてのは現状の再生可能エネルギー技術でなんとかできる、という非常に楽観的な想定(原発の「安全神話」よりもよっぽど悪質だと思うけどね)に立って、ようやく成り立つぐらいのレベル。実際には半世紀かそこらは必要。つまり今後さらに原子炉寿命一世代分ぐらいは原子力が必要。即ち新設ストップなんてのは自殺行為だ。
となれば、現状の選択肢は「安全性を総点検・強化して原子力を利用」しかあるまい。それ以外何があるというんだ?
それは、科学的にそうなの?それとも漠然と政治・経済など専門外の「専門家」の人が言うことを聞いてそう思ってるということなの?
ご自身が仰るこの部分が、ブラックスワンの一端を説明されています。
>もちろん過去と将来で状況が大きく変われば過去のデータに基づいた予測は難しいですが.
Wikipedia によくまとまっているのでどうぞ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Black_swan_theory
仰るとおり、確率分布を推測し活用できるケースは多々あります。そして同時に推測/活用できないケースもあります。原発の安全性は後者であると今回の事故ではっきりしました。
仮に原発が致命的な事故を起こす確率が推測できて、それに何の意味があるのでしょうか?
(発生確率)x(損害)=期待損失という考え方は、ある時点のスタティックな数値を示しているだけで、「安全性」を考えるときには全く意味がありません。確率的に100年に一度の地震や津波は、100年経ってみればほぼ2/3の確率で起きているのです。「想定外はいつか起こるもの」と考え、最悪の最悪ではどのような状況になるかを推定し、その水準をコントロールするしかないのです。そして最悪の最悪をカバーできないならば、手を出すべきでない。自動車事故はカバーできるが、原発事故はカバーできないでしょう、おそらく。