はてなキーワード: 早慶とは
さっきニュース見てたら前科有りの小学校教師が児童に猥褻とかやってたけど実際の性犯罪で逮捕される犯罪者ってやっぱ教師、会社役員、映画監督、意識高い系、早慶、ってイメージだよなあ。
ジェンダー平等主義者的には、「性犯罪を連想させる漫画広告を掲載するのは性犯罪を容認する社会を作る」ということらしいがこいつらが漫画やらアニメやらに影響されてるようには全く見えない訳だが、人は分かりやすいモノを叩くという哀しい習性があることを鑑みればそう不思議でもないね。まあ広告を幾ら叩いたところで教師は教え子に猥褻行為をするし、会社役員は満員電車で痴漢するし、映画監督は枕を強要するし、意識高い系や早慶は金で引っ叩くんだろうから世の中は何も変わらないのが実に哀しい。
以前から旧帝大と早慶MARCHはどっちがえらいのか?という話があって、昔はそれはただの学歴厨同士のプロレスにすぎなかったのだが、
最近はどうも東京一極集中のせいか早慶MARCHのほうが本気で優れているという認識があるようだ。
東京一極集中というか、東京の私大文系的な感覚が社会のメインストリームになりすぎているというべきか。最近総理大臣も東京の私大文系の人ばっかりだし。
例に挙げられているTwitterでの創作で表現されているのは田舎ディスりではなく、勉強することが階級上昇に寄与しなくなってきたことに対する怒りではないかと思う。
勉強して地方を抜け出して東京の大学に入ったはいいが、東京育ちの人たちが地の利と親の経済力で自分よりも遥かに豊かな文化的資本を享受しているのを目の当たりにするのまでは昔から繰り返されている話ではあるが、
昨今は地方都市の衰退が進んで、一生懸命勉強した人が(特に文系で)まっとうな就職をしようとしたら東京に向かわざるを得ないところまで来ているようだ。
公平な開かれた競争で一生懸命がんばって勝ち抜いたつもりが、ゴールについてみたら全然違うコースを楽々走ってきた人たちがいたらそりゃ腹も立つというものである。
田舎というと国道沿いのイオンが出てくるというのが、まずだいぶ解像度の悪い話で、ひょっとしたら創作したのは北関東の田舎の人ではないのかな。
関東には「田舎」と「地方都市」の区別がついていない人が結構いるのだ。
特に北関東の人たちは東京までの物理的距離が都会と田舎を分けると思ってるみたいで、地方都市の真ん中らへんに住んでいた人を捕まえて「俺たち田舎の人間は」みたいなことを言って自分の不見識を晒したりする。(これは自分の実体験)
地方都市で旧制中学の流れを組むトップ公立高校→旧帝大というのは非常に輝かしいコースで、その中で暮らすことをよしとするかどうかは別として地方都市の親孝行なエリートコースとして機能しているのだが、
問題は地方都市の衰退によってそのヒエラルキーを上り詰めて得られる果実がどんどん小さくなっていることではないかと思う。
東京育ちで早慶MARCHに行くのがなによりも就職に有利だというのは実に由々しき問題で、出自によらず個人に栄達の機会を与えるという明治以来のシステムが壊れ始めているということで、とても不健康なことだと思っている。
真面目に勉強して日本の司法試験を受けるのではなく、もってうまれたハンサムな顔を生かして人から金を引っ張ってアメリカに留学して弁護士になるやつが日の当たる社会でいいのか、ということだ。
何がいいたいかっていうと日本の社会が少しでも公平な機会を若者に与え続けるなら、常に地方旧帝(+駅弁とは呼ばれないレベルの国公立)は早慶MARCHなんかより優れているとされるべきなんだよ。
ちゃんと勉強した人たちは投票に行け。このままでは安倍晋三が東大に行く社会が来るぞ(それに近いことはすでに起きてしまったが)
以前から旧帝大と早慶MARCHはどっちがえらいのか?という話があって、昔はそれはただの学歴厨同士のプロレスにすぎなかったのだが、
最近はどうも東京一極集中のせいか早慶MARCHのほうが本気で優れているという認識があるようだ。
東京一極集中というか、東京の私大文系的な感覚が社会のメインストリームになりすぎているというべきか。最近総理大臣も東京の私大文系の人ばっかりだし。
例に挙げられているTwitterでの創作で表現されているのは田舎ディスりではなく、勉強することが階級上昇に寄与しなくなってきたことに対する怒りではないかと思う。
勉強して地方を抜け出して東京の大学に入ったはいいが、東京育ちの人たちが地の利と親の経済力で自分よりも遥かに豊かな文化的資本を享受しているのを目の当たりにするのまでは昔から繰り返されている話ではあるが、
昨今は地方都市の衰退が進んで、一生懸命勉強した人が(特に文系で)まっとうな就職をしようとしたら東京に向かわざるを得ないところまで来ているようだ。
公平な開かれた競争で一生懸命がんばって勝ち抜いたつもりが、ゴールについてみたら全然違うコースを楽々走ってきた人たちがいたらそりゃ腹も立つというものである。
田舎というと国道沿いのイオンが出てくるというのが、まずだいぶ解像度の悪い話で、ひょっとしたら創作したのは北関東の田舎の人ではないのかな。
関東には「田舎」と「地方都市」の区別がついていない人が結構いるのだ。
特に北関東の人たちは東京までの物理的距離が都会と田舎を分けると思ってるみたいで、地方都市の真ん中らへんに住んでいた人を捕まえて「俺たち田舎の人間は」みたいなことを言って自分の不見識を晒したりする。(これは自分の実体験)
地方都市で旧制中学の流れを組むトップ公立高校→旧帝大というのは非常に輝かしいコースで、その中で暮らすことをよしとするかどうかは別として地方都市の親孝行なエリートコースとして機能しているのだが、
問題は地方都市の衰退によってそのヒエラルキーを上り詰めて得られる果実がどんどん小さくなっていることではないかと思う。
東京育ちで早慶MARCHに行くのがなによりも就職に有利だというのは実に由々しき問題で、出自によらず個人に栄達の機会を与えるという明治以来のシステムが壊れ始めているということで、とても不健康なことだと思っている。
真面目に勉強して日本の司法試験を受けるのではなく、もってうまれたハンサムな顔を生かして人から金を引っ張ってアメリカに留学して弁護士になるやつが日の当たる社会でいいのか、ということだ。
何がいいたいかっていうと日本の社会が少しでも公平な機会を若者に与え続けるなら、常に地方旧帝(+駅弁とは呼ばれないレベルの国公立)は早慶MARCHなんかより優れているとされるべきなんだよ。
ちゃんと勉強した人たちは投票に行け。このままでは安倍晋三が東大に行く社会が来るぞ(それに近いことはすでに起きてしまったが)
自分語りが強いところも許してほしい
傍から見ればすごいことなのかもしれないが俺は素直にそうは思えなかった。
なのにそいつは現役でうちの大学に来て、遊んで彼女まで作って勉強してるそぶりはあまりなかったのに仮面に成功していた。
うちの高校は自称進学校ってやつで年に5人くらい早慶が出るって感じだった。(そう考えると自称進学校としては微妙かもしれない)
俺は現役の時にニッコマレベルに受かったが、仲のいい友達がみんなMARCHに行ったもんだから悔しくて浪人した。
明らかに俺よりも勉強してないやつがMARCHに行ったりしていた。それも悔しかった。
一年と100万以上をつぎ込んで駿台で浪人して結局現役で受かった大学と偏差値は5しかかわらない成成明学にいった。
ほんとに一年間真剣にやったし、遊んだのは模試のあとくらいなもんで、それ以外は開館から閉館までいる毎日だった。
ストーリーに「課題が終わらない」とあげているMARCHのやつと本気で代わってやりたいと思った。金払ってでもいいからその課題やらせろ。そのかわりMARCH行かせてくれって
模試もある程度うまくいっていたし、MARCHくらい受かるだろうと思っていた。なんなら早慶もワンちゃんみたいな
一年間みてくれた社員の人にも「正直もうちょっと受かると思ってた」と言われた
「努力は必ず報われる」って言葉をどこか信じていたが、そんなのは所詮成功者が言っているだけの話なのだと気が付いた。
もちろん落ちた原因はあったし、今思えばあそこをああすればよかったなって思うとこもある。勉強は量と同じくらい質が大切だということも知っている。
普段、俺の決断に干渉してこない父に「二浪はやめとけ」と言われた。
まあそんな気力はなかった
お笑いの賞レースで決勝まで行ったけど優勝できなかった芸人が「優勝できなくて悔しいというよりも、もう一年予選から勝ち上がる大変さを考えると絶望する。」と言っていた。
まさにそんな感じだった。
コロナではあったが友達もできたりして楽しくは生活を送っていた。
人間えいらいもんで時が過ぎることで少しずつ浪人の失敗の悔しさなんか忘れてしまっていた。
いつも行動を共にする友達の一人がその仮面浪人に成功した彼だった。
夏くらいだったか、一人暮らしをしている家に行くと新しい赤本があった。
親から送られてきたと言っていたが一応受けるつもりらしい。
その時から嫌な予感はしていた。「意外とこーゆー奴が受かっていくんだよなぁ」って
けれど大学の授業にもそこそこ来ていたし、単位もある程度取っていた。
彼女作ったり、バイトしたり、遊んだり、一人暮らしだから監視されてるわけでもないし、本気で勉強しているようには見えなかった
年が明けても遊んでいるストーリーがインスタに上がったりしていて、仲間内では「受けないんじゃね」って言いわれてた。(なんとなくみんな本人には聞けなかった)
けれどこの間、MARCHに受かってそっちに入りなおすって告げられた。
何とも言えない気持ちだった。俺が金と時間をつぎ込んで頑張った一年間は何だったのか。
別に彼が悪いわけではないが、行き場のない怒りというか表現できない気持ちだった。
おめでとうとは言えなかった。
よく推薦で受かったやつを下に見る風潮があるけれど要するに
「自分はこんなにつらいを思いをしたのに何であいつはあんな楽に入学できるんだ」
っていう感情だと思う。
大学の授業で、人は他人の結果に対するそれ相応の努力が見られないときに、頭の中で合理性が取れないからそれを才能や不正と認定するっていう話を聞いた気がする。
人って努力量に対する成果が正当に支払われることを願っている気がするけど、現実ってそんな甘くないって気づかされた。
※この話はフィクションです
橋下徹さんといえば、とりあえず「学者は現実を知らない」「私に文句を言うやつは現場を知らない」と言っておけばなんでも自分が正しいことになるとでも思っているのではないかというくらいとにかく学者叩きが大好きな人です。論理的に思考ができる人は彼のことを馬鹿だとしか思わないでしょうが、政治家を辞めた後TVとかネット中心で生きていく戦略としてはあながち間違いではないと思います。なぜなら、私の身近でも「学歴」コンプレックスをこじらせて学者嫌いになった人が大阪維新を支持するようになってしまったからです。
私の知り合いにものすごい学歴コンプレックスの強い人がいます。自称Fラン大の経済学部卒を名乗っており、今でも自分は本来なら慶応大学に合格してたはずなんだとずっと言ってます。本当は慶応大学に行って親に認めてもらいたかったんでしょうね。でも現実はそうなってないせいか、早慶大に対してものすごいルサンチマンを抱えています。何か不祥事があればとりあえず早慶を叩かないと気が済まないみたいで、彼が一生懸命早慶を叩いているのを見るたびに学歴社会が一人の人間をここまで傷つけてしまったのかという現実の残酷さを知らされます。学歴コンプレックスなんてだいたい社会人になってから数年経てば癒されるものなんですが不幸にも彼は就職活動に失敗しブラック企業で病んでしまい、10年近く就職どころかバイトで働くことすらしてないのでいまでも学歴コンプレックスが温存されてしまってるんですね。そんな彼は、インテリが大嫌い。なぜなら彼の学歴コンプレックスを最大限に刺激する存在だからです。彼は学者の言ってることを理解することができないのです。学者が、いろんな可能性を考慮しながら慎重に意見を述べるのですがそういう紆余曲折の部分を理解することができません。学歴コンプレックスが強い彼は、自分がわかるように説明してくれない学者を憎いと感じてしまうのですね。
わかりやすい説明をすると「結論を理解する労力」が「その結論を導き出した労力」と誤解されるときがある|柴田史郎|note
最初は中田大学あたりを見てて危ないなと思っていたんですが、案の定そこからさらに信頼度の低い政治系YouTuberに流れていきました。ご存じの通りYouTuberは一本道の理論でわかりやすく結論を断言してくれるので、彼のような人間でも言ってることが理解できます。ただYouTuberは「わかりやすさ」の代償として必要な情報までそぎ落としまくった非常に危険な情報提供をする人も多いんですけどね……。そして彼はまんまとそういう系統にハマってしまいました。彼がハマった政治系YouTuberは大阪維新の会の支持者でした。(なぜこの人が大阪維新支持だったのかはわかりません。憶測ですが「学者」の意見に反する言動をとることが多いからかもしれません。ニュースでは専門家の意見がベースになりますが、それだとYouTuberはおまんまおくいあげ。そこで政治系YouTuberは大阪維新の人たちの意見を隠れ蓑にしながら、学者の語ることを否定し、独自色を打ち出そうとするのかもしれません。知事自体がイソジンとか言ってるような政党ですからね。とにかく他の人とは違ったことをして目立ちたいのでしょう。)
とにかく、彼は大阪維新にのめりこむようになってしまいました。学者を叩き、他の人とは違ったことをしてる政党を応援してる自分が好きなのでしょう。YouTubeで政治を学ぼうとするような彼のような単細胞人間にはこちらの方がウケがよいのでしょう。YouTubeが主な情報源である彼のTwitterを見ていると、半可通な政治語りが多数を占めているのですがかれは大真面目に学者より自分の方が現実を正しくとらえていると思っているのですね。彼は「自分が理解できたものが真実」だと思ってしまうようで、彼にとってはYouTuberの語る内容こそが真実なのです。
今の彼は大阪維新の会を支持することで幸せそうにしています。学者を叩くような発言を喜んでRTしたりしています。多分、なぜ自分が大阪維新を支持しているのか彼自身もよくわかってないでしょう。情報源が政治系YouTubeだから、それ以外の情報がない以上、他の政党のことはわからんというのが事実じゃないでしょうか。それでも、彼は大阪維新を支持することで救われているのです。彼のように学歴コンプレックスを抱えた人間を癒してくれるのは大阪維新しかなかったのです。最近の彼は部分的に陰謀論を支持するようなことも口にするようになってきました。もうちょっとであっちの世界に旅立ってしまうのかもしれません。さよならだよ……
柞刈湯葉(いすかり・ゆば)@yubais
学部三大誤解
3. 経済学部は儲かる
https://twitter.com/yubais/status/1493145912666771457
このツイートに対して、
小説家になることを目指して文学部に行って小説家になってベストセラー連発しているヤツは確実にいるし、
東大京大一橋阪大レベルの法学部だと、1年生の前半は、みんな司法試験を意識しているよね。
お前は私大文系だから、早慶やMARCHの学部をかたっぱしから受けて、合格したところに進学して、
文系の勉強は将来の仕事とは関係ないとか言い訳して、大学での学習もあんまりせずに、
世の中には、将来の職業を見据えて、学部選びをしている高校生は大勢いるし、
大学で学んだことを活かした専門職に就いている人間も大勢いるわけ。
で、お前みたいな学習性無気力の私大文系営業マンよりも、遥かに高所得で社会的も高いわけよ。
お前らは大学で勉強してきた人間をTwitterでバカにするかしかない私大文系営業マン脳なわけ。
かわいそ~~~
大学で勉強や研究をするためなら、高校の教科書をしっかり完璧に理解できていれば、十分だと思う。
指定校推薦やAO入試で一流大学に入った人の、大学時代の成績が良いのも、彼らが高校の教科書レベルをしっかり身に付けているからだろう。
しかし、高校の教科書レベルを完璧に理解したとしても、かつてのセンター試験では90%以上の得点は取れるが、
センター9割の学力では、旧帝大や早慶の入試問題はまったく歯が立たないのだ。
東大や京大など日本トップレベルの大学は入試問題自体がとても難しい。
だからトップレベルの大学に一般入試で入るには、教科書レベルのことは早めに終えて、
中高一貫校では高2にまでに教科書を終えて、高3は演習をするのが普通。
成績上位者の受験勉強とは、教科書を理解するための勉強ではなく、難しい入試問題を解くための訓練なのだ。
そういう訓練を最低でも1年間はしないといけない。
しかし、上でも述べたように、そういう訓練をしてない推薦組のほうが大学での成績が良かったりする。
一流大学に入るための受験勉強は、大学入試以外では役に立っていないのが現実。
東大行ってる友達でも、バイトも勉強もせずに女子大とのテニスサークルで東大ブランドで女侍らせてるどうしようもないやつもいた。一方、正直偏差値低くてどこ?みたいな大学でも、特待生になって奨学金で海外に行って、英語ペラペラになって国際的な活動して、アクティブな友達もいた。
わたしはまだ素直だったので、このときは人間は学歴じゃないって思った。大学じゃなくて、生き方で決まると。
でも実際就活になったら、大学時代の過ごし方なんて関係ない。学歴が高いやつからいい企業に決まる(何を持っていい企業かと論じ始めるとめんどいので、普通に給料がいい知名度のある入りづらい企業です)。
〜蛇足〜
指定校推薦は逃げで、早慶国公立の指定校を立った人は、直接は言われないけど逃げたやつって空気があった。
そういうところで過ごしてると学歴至上主義になるけど、それは間違ってるようでただしい。
いい企業に入ることが幸せではないことは間違いないが、いい企業に入れば名前だけですごいと言われ、守られ、人よりいい生活が送れる(一部のハラスメント事例は除く)