はてなキーワード: 思い入れとは
子宮突かれるのなんてよっぽどコンディション良くないと痛いだけで、そんな単純なもんじゃない。女がイクのってむっちゃ難しいんだよ。
世間で言われるような男の何百倍もの快感を知ってる女は一握りだと思う。「中イキ」が、一種の自己実現みたいに捉えられてるぐらいなんだし。
昔のテレビの番組で電撃イライラ棒ってあったじゃん?あれ最後まで通せたら100万円だけど、実際問題通せる人はそんなにいないよね。それに対して「棒を動かすだけで100万円もらえてちょろい」って言ってるような話。
たいていの場合は痛いだけ、それに加えて妊娠や性病のリスクもあるってなったら、相手によっぽどの思い入れでもない限りは自分の内臓を自由に使わせたいとは思わないよ。
まあ、たまーに、ヤリマンかつわりと楽しく人生送ってる女もいるけど、あれはイライラ棒のコースがイージーモードなんだと思う。
いやほんと、子宮突かれるだけでそんな快感だったら、ディルド馬鹿売れ間違いなしだわ。少なくとも男におけるTENGAぐらいメジャーな存在になっててもおかしくないよね。常識的に考えて。
https://www.nytimes.com/2022/04/24/business/akihiko-kondo-fictional-character-relationships.html
東京-近藤顕彦は、ほとんどすべての面で、普通の日本人である。気さくで話しやすい。友人もいるし、安定した仕事もあり、スーツにネクタイをして出勤している。
ただ1つ、例外がある。近藤さんは、架空の人物と結婚しているのだ。
彼の愛する初音ミクは、ターコイズ色の髪を持ち、コンピューターで合成されたポップシンガーで、レディー・ガガのツアーに参加したり、ビデオゲームに出演したりしている。近藤氏が深い鬱状態から引き上げたという10年にわたる交際を経て、2018年に東京で非公式に小さな結婚式を挙げた。ぬいぐるみの形をしたミクは白い服を着て、彼はお揃いのタキシードで登場した。
近藤さんはミクの中に、愛とインスピレーションと慰めを見出したという。近藤さんは、取り揃えたミクの人形たちと一緒に、食べたり、寝たり、映画を見たりしている。時には、こっそりロマンチックな旅に出て、Instagramに写真をアップすることもある。
近藤さん(38歳)は、人々がそれを奇妙だと思い、有害だとさえ思っていることを知っている。この記事を読んでいる人たちもそうかもしれないが、彼が成長することを望んでいることを彼は知っている。そして、そう、彼はミクが本物でないことを知っている。しかし、彼は、彼女への思いは本物だと言う。
「一緒にいると、笑顔になれるんです。"そういう意味では、彼女は本物だ "と。
近藤さんは、ここ数十年の間に架空のキャラクターと非公式な結婚をした何千人もの人々の一人だ。熱狂的なファン文化のあらゆる気まぐれを満足させることを目的とした巨大産業が、その役割を担っている。アニメや漫画、ゲームのキャラクターへの思い入れを語るオンライングループには、世界中で何万人もの人々が参加している。
中には、笑いを取るためだけの関係もある。しかし、近藤さんは以前から人間のパートナーは欲しくないと思っていた。それは、日本の家庭の堅苦しさを否定するためでもあった。しかし、近藤さんは昔から、人間のパートナーはいらないと思っていた。
その気持ちを受け止めるのは、最初は大変だった。しかし、ミクとの生活には、人間のパートナーとは違う良さがあると彼は主張する。ミクはいつもそばにいるし、裏切らないし、病気や死に目に会うこともない。
近藤さんは、自分自身を「フィクトセクシュアル」と呼ぶ人たちが増えていることの一端を担っていると考えています。そのこともあって、彼は自分の結婚を公表し、世界中の報道機関の気まずいインタビューに応じるようになった。
人工知能やロボット工学の進歩により、無生物とのより深い相互作用が可能になり、その数はますます増えていくだろう。
政治的な運動ではなく、見てほしいという訴えなのだという。"他人のライフスタイルを尊重すること "だと。
芸術作品が、怒りや悲しみ、喜びといった現実の感情を呼び起こすことは珍しいことではないし、フィクションを欲するという現象は日本独自のものではない。
しかし、架空のキャラクターが本当の愛情や恋心を呼び起こすという考え方は、現代の日本で最も高い表現に達しているのではないだろうか。この考え方は、非常に注目されるサブカルチャーを生み出し、繁栄する産業の基礎となっている。
パリ大学ナンテール校の研究者で、架空の結婚を広く研究しているアニエス・ジャール氏は、この関係は、日本では定着している「稼ぎ頭・妻」という結婚モデルに対する拒否反応を示している、と語った。
「一般人には、生きてさえいない人のためにお金と時間とエネルギーを費やすのは実に馬鹿げているように思われます」とジアール博士は言う。「しかし、キャラクター好きにとっては、この習慣は必要不可欠なものだと考えられています。それは彼らが生きていて、幸せで、役に立っていて、人生のより高い目標を持つ運動の一部であることを感じさせてくれるのです。"
これだよな。詰んでんねん
ブコメとかで色々こうやればいいみたいな意見あるけど、なんかどれも意味わからん。
どう考えてもここからは打つ手なしだろう。日本(国民は)円を抱え込んだまま円がどんどん安くなっていって、
溜め込んでいた過去の労働価値がみるみるしぼんでいく、国内の物品は(外国と相対的に)安くなる。日本は買い叩かれる
一般の国民にはマイナス。上級国民とか資産家は自分の持ってる資産の価値が上がるし、安く日本人を買い叩けるようになるのでウハウハ。
今回の円安が日本にとって良いとか言ってるやつって要は、上級国民とか海外の資産家目線なんよなぁ
どの視点で喋ってるやボケナスって思うわ。自分のことを海外在住の資産家だと思いこんでるやべー底辺労働者なんだろうけど
ま、おれはずっと自民以外に入れてきたし、日本円はなるべく所持しないように頑張って資産配分してきたし平気だけど、もう知らんって感じだな
可愛そうだけど、これが日本人の選択だからしゃーない。バイナラー
この国に生まれて日本語で生活してきたから、思い入れはあるけど、世の中の流れには逆らえない。俺がいくら日本円が下がる。日本の価値、日本人の価値が下がるって叫んだところで、彼らは海外に行くことも無ければ、SP500買うことすらないだろう
所詮自分の人生や立ち位置と、グローバルな世界との対比を把握できてないんだよ。そして、多分その知識や世界観を知ることの重要性自体に気が付けないし、素人もしない。だから無理なんだよ。
国が滅ぶなら一緒に滅ぶ。それが宿命だ、とでも思ってるんだろう。儒教かな。儒教なのかな。おれは宗教よくわからんのだけれど、なんかそういった間違った方の諦念があるように感じられる。
ナンだんだろうな、この日本人の負け犬根性。みてていらつくのは、そういったマインドが俺にもあるからなんだろうな。現に俺は日本をここから復活させたいだとか復活させようだとかこれっぽっちも思ってないし、そんな事するくらいならさっさと海外に移住するわっていう気持ちだし
ようは、運命を委ねる世界観のが国内ローカルで閉じてるか、グローバルの空間で動いてるかくらいの差くらいしか無いのだろうな。
と言っても、じゃあ宇宙規模で自分の立ち位置を考えるかというと、宇宙規模での経済の動きとかは現状無いので、まあグローバルの経済の動きを追っかけておけばいいんじゃねーのって感じです。
なので、世界経済の主要な動きを見ておいて、それが日本にどのような影響があって、そレを受けて日本がどのように反応するのかってのを考えて、その日本国内にいる自分の生活環境とかが今後どのように変化するのかとかまで、一人ひとりが自分の頭で考える必要があるってことだけど、
数珠を買ってアクセサリとしてつけるような人を理解できないなといつも思っていた
喪服って5万円するのかよと思いつつ、裾上げを待っていたら、「他にお忘れのものがないかリストがあるので確認されてはいかがでしょうか」と言われた
リストはお葬式出席の際に必要なものをまとめたもので、黒のネクタイ、ハンカチ、黒の靴下らと一緒に数珠が載っていた
そういや自分用の数珠なんて持ってないし、他で買う時間の余裕もない
まったく欲しいと思っていないが、斎場では持っているに越したことはないかと、人からどう見えるかの目を気にして購入した
紳士服屋で数珠買うくらいなら参道の土産物屋で買ったり、好きな石の数珠を買ったりした方がまだ思い入れもできるし、もっと安く買えたかもしれない
小馬鹿にしていたせいで数珠を選んで買うことができた機会を避けてたなと少し反省した
帰宅し、喪服を着て、数珠をパッケージから取り出して、亡くなった方は神道だと気づいた
冷静になって考えたら思い出せたかもしれないなと思いつつ、身内の不幸があって冷静なわけないよなとも思った
設定にせよリアルにせよ、「へぇ、主人公の故郷は岡山だったんだ」っていう程度の感触だわ。
なんの思い入れもないので、「田舎設定のどこか」ということほどの意味しか受け取ってない。
興味がないから。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/63cities/status/1507574266316787715
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/1864106
これなんだけど、読んだあと色んな読者たちの反応を見てムカついてしまった。
作者は国内人口で割合の多い地方出身者のコンプレックスを刺激するような創作で一山バズろうとしてるんだろうけど、前提としてよその地域を舞台装置にして創作のネタのためだけにディスるのはあまりに失礼だとは思わないの?
適当にググッたのだろう岡山の間違った設定(国道沿いのイオンなぞない)をいかにもリアルっぽく飾りちらして、
花より男子とかビートルズとか、朝日高校という実在する固有名詞まで出して遠回しに田舎者の嗜好品としてディスる、その価値が自分の創作にあるとでも思ってるの?
その地域に住んでたり思い入れがあったりする人に申し訳ないとか微塵も感じなかったのかな?
たとえ岡山を田舎だと思ってる岡山出身者がいたとして、おそらく岡山にかすりもしてないこの創作者にクソみたいなディスられ方をされて共感しはしない。
私は九州出身で、一生九州にいるのが嫌で本州に出てきたけど、同じようによくわからん奴に地元がディスられたらぶち殺したくなると思う。田舎をディスっていいのはその田舎出身者だけだし、都会人が田舎をディスるなら、田舎者に殺される覚悟をしてほしい。
百歩譲って作者が共感性と倫理観0野郎だったとして、それを当たり前のように受け入れてる読者たちはあまりに感覚麻痺してない?
リアリティだとかつまらないとかそういう問題じゃないんだよ、つまらない創作の舞台装置として実在する地域や属性者を中傷したり見下したりするのに違和感を持って欲しいって話なんだよ。
10年前に大流行した特撮番組の完全続編で「完結版」とまで銘打ってある映画だ
しかしこの映画、完成披露試写会でかなり否よりの賛否両論だった
完成披露試写会なんて何でも賞賛するようなズブズブのファンしか居ないのに
泣き出したり体調を崩す人も出てきたほどだ
出回っているネタバレを読むと「そりゃ賛否両論おきるよな…」という内容だ
しかしそれだけ酷い内容というのは興味を惹く
(もちろん見るからには楽しもうと思う)
しかし昨今not for meが流行ってる中思い入れも何も無い自分がそんなマイナスな理由で見るのは良くないだろうという気持ちもある
俺は「え、この内容でファンが喜んでお金を落とすと思ったの?」という答え合わせをしたいだけだ
怪獣のあとしまつぐらい炎上商法に振り切っていれば開き直って見れるのだが
俳優陣は朗々と映画の宣伝をしていてインタビューも沢山出ている
関連グッズも山程出て(現行の1つ前の作品のVシネとの差がエグすぎて笑える)コラボも行われてお祭り騒ぎだ
だからそう言う人を哀れむような事もしたくない
やっぱ見ないでおこうかな
どうしようかな
記憶の限り一番古い自分の財布。パステルカラーので手のひらサイズ。地元の駅ビルに入ってたファンシーショップみたいなところで買ってもらった。自分で支払う場面がない年頃なので持ってる意味があったかは分からない。
どこで買ってもらったかは覚えていない。財布の端にうさぎとクローバーの小さい刺繍があった。子供心に気に入っていたのに外に遊びに行った時に紛失した。その日行った道のりを丸っと探したのに見つからず半泣きで家に帰った。中には20円くらいしか入ってなかったのだが、お気に入りの財布をなくしたのがとにかく悲しかった。
例のバリバリするやつ。どこでどう手に入れたのかは記憶にないし、使うたびにバリバリいうけど、お金の取り出しやすい財布だった。最近は子供の財布が話題になってたけど、自分の財布がバリバリいうことで友達付き合いに変化があったか?と聞かれても特にそんなことはなかった。まあ10代にもなると似たような人で交友関係を築くようになるから、ブランドなどにこだわる人たちと縁がなかっただけかもしれない。知らんけど。
修学旅行の前に買い物に出かけた時の「折角だからお財布買い替えたら?」という母のすすめで新調した。特にブランド品でもなんでもないけど、色んな財布が置いてある陳列棚の前で母とああでもないこうでもないと財布選びをしたのは覚えてる。
2~3年使って、傷みとか何かしら気になる部分ができたら買い替えている。相変わらずノーブランドの何千円みたいなのを買ってるが、それで不便や不満を感じるでもないので私にはあってるのだと思う。
改めて書き出したら、昔の財布のことを結構覚えてたし自分なりに思い入れもあったんだなと実感した。
余談だけど、ブランドの財布欲しくならないの?と聞かれたとしても正直いらない。昔からブランドに興味がなかったし、ロゴとかモノグラフの入ったデザインにも魅力を感じない。でもそこに価値を見出してる人たちがいるのも確かだろうから、他人がブランドにこだわってても外からとやかく言うものではないな、という程度の分別はつけてるつもり。
そのときは正直くさすぎ・かっこつけすぎ・奇をてらおうとしすぎで、いまいち面白く感じなかった
10年たってアニメ化ってきいて10年ぶりにまた読み直すと、違った印象を受ける
なんつーか、エンタメとして面白いとか面白くないとかいう漫画じゃねーんだなって感じ
エンタメとして面白いマンガを読もうと思うとがっかりするだけで、
そうじゃない部分に自分なりの面白さや思い入れを持てる場所を見つけられるかどうかで、
最初に書いた~しすぎなとこはいまよんでもそう思うのは同じだけど
それでも当時とは違うなにかを感じられる
話の流れとかキャラとかもう全部わかった状態で読んで、それでもなぜか読んでしまう
そして決まりきった・わかりきった流れの中に少しでも何か以前と違うものを見つける
そういう漫画だったんだなって
正直めっちゃ面白いとは思わないし言えないし、自分の中で漫画ランキングみたいなのつけても上位には入らないと思うけど、
それでも時間をおいてたまーに、ほんとに10年ごととか5年毎とかに、ふと読み返したくなるような漫画なのかな
と思った