はてなキーワード: 鼻血とは
発泡酒500缶2本、栄養ドリンクみたいなサイズのシャンパン1本、既に十分酩酊していた。
過去の失敗やこれからの不安が次々浮かんできて、アルコールの作用で思考が鈍っているはずなのに何だか冷めた、すっきりした気持ちだ。ふと、素晴らしい考えが頭の中に浮かぶ。
処方された二週間分の睡眠薬、残りを全て飲んだらどうなるだろう。
もちろん、死ねないことなど分かっていた。自殺企図を繰り返し、夜は気持ちが乱れて寝付けないことを精神科医に打ち明けるとそんな患者には薬は出せないと断られた。しかしでは、毎日苦しみ続ければ良いのかと食い下がると渋々といった風に安定剤と睡眠導入剤、レンドルミンを処方してくれた。
言っておくけど、と鼻で笑いながら彼は忠告した。この薬をいくら飲もうとせいぜい2日くらい目が覚めないで糞尿を垂れ流して眠るだけだ。変な気は起こすなとのことだった。
糞尿の処理をするのは嫌なので、オムツの代わりに夜用のナプキンをつけ、フローリングの床に枕だけ用意する。
レンドルミンをシートからプチプチ取り出して、酒のつまみみたいに飲み下していく。2日間眠るだけ。苦痛がスキップされるなら望ましいことだ。それとも、過剰摂取によって頭の中をシンプルにしてくれやしないだろうか。既にアルコールによる酔いでは多幸感も、離人感も得られなくなっているから。
吸収されるまでは時間がかかるので、急に様子がおかしくなることはなかった。心配していた、吐き戻してしまうこともない。同じ体験者がいないかネットで調べていた。記憶があるのはこの辺りまでだ。
粗相があってもいいように床で眠るはずが、気付くとベッドで目が覚めた。今では記憶が曖昧なのだが、恐らくこのときか、眠るとき転倒したらしい。人差し指に血がついている。トイレに向かおうにも真っ直ぐあるけない。便座に座り、下着を下ろすはずが体の制御がうまく行かずズボンを履いたまま用を足してしまった。
これはマズい、と考える力はあった。浴室に行って汚れた服を投げ捨てる。そこで洗面所の鏡を見ると、鼻の回りから出血していた。これが指についていた血の原因か。もう乾きかけているものの、まぁまぁな量だ。何だか面白くなって写真を取り、元彼に送る。
時刻を見ると午後2時、薬を飲んだのが深夜1時だったから、昏睡と呼べるような時間は経過していない。なんだ。こんなもんか、というのが正直な感想だった。顔を洗うと出血はほとんど鼻血だったのか、傷は小鼻の横の小さなものだった。その後も2時間ほどふらつきは残り、2度ほど転倒したが頭ははっきりしたので怪我には至らなかった。
顔の小さな傷と、転倒した際の痣だけが残り、気分も変わらず晴れない。こんな下らないことを繰り返すのも、死ぬ勇気がないからだ。たった一つの勇気さえあれば。
「『最高でした』の一言でも感想もらえたら嬉しい」という主張をTwitterなどでたまに見かける。
「感想ほしい」系の話題になったとき、「シンプルに『読みました、良かったです』だけでもめちゃくちゃありがたい」とツイートしているフォロワーもいた。
私はそう思わない。
「最高でした」とか「良かったです」とか、ほんの一言しかコメントがこなかったら、がっかりする。
2015年から2017年ごろ、私はpixivで小説を書いていた。漫画もたまに描いた。
覇権というほどではないけど、その時期放映していたアニメの中ではかなり人気のあるジャンルだった。
流行のさなか、投稿した小説は最高5,000、漫画は4,000程度のブックマークがついた。
もちろん流行ジャンルの力があってこそだけど、それにしても、かなり読んでもらえていた方だと思う。
目にとめてもらえるだけでもありがたいのに、気に入ってブックマークまでしてもらえるなんて、書き手冥利に尽きる。
ただその多くが
「最高でした」
「良かった…」
「尊い…」
いやぁ……
これがねぇ、驚くほど嬉しくない。
オタクならわかってくれると思うけど、アニメで好きなキャラ達が動いて喋っているのを見ると、うおああああ…と悶絶してしまう。
愛しさとか憧憬とかいじらしさとか切なさとか、ありていに言えば萌えとか、いろんな感情が胸にきて、どうしようもなくなる。
うんうん頭をひねって、自分の中のあらゆる引き出しを開けて、ぴったりくる表現を探しながら書く。
ああでもない、こうでもないと試行錯誤する。思うように表現できずに苦しい時もある。
「なんで私、苦しんでまでこんなことしてるんだろ…」と冷静になりそうな自分を「好きだからだろ!」と激励して書く。
書いているうちに「死ぬほどつまんないな」と思って、ダーーーッと文章を消して、また1から書き直したりする。
時には3万文字だったり5万文字だったり7万文字だったり、本が出せるほどの長文になった(本も出した)。
「最高でした」
「良かった…」
「尊い…」
…………。
なんていうのかな、肩透かしって言ったらいいのかな?
ワクワクしながら確認したら、安っぽいコメントが、たった一言しか書き込まれてない。
えっ?それだけ??? と思う。
もっとこう…あったでしょ? って。
何も400字詰め原稿用紙3枚以上の感想文をよこせって言ってるんじゃない。
長文感想以外認めない!ってわけでもない。
ただ、もう少し具体的に
「あのシーンの〇〇のセリフにこれまでのすべてが詰まっていて最高でした」とか。
「ハッピーエンドで良かった…最後に2人が結ばれて本当に良かった…」とか。
「読み終わった今、胸がいっぱいで言葉にならないです…。尊い…」とか。
せめてそれくらいほしい。
マジの一言しかないと、「あんなに必死で書いたのにそれだけかい」と思う。
(さらにひどい場合pixivのコメント欄で使えるスタンプだけポンと送って来られたりする。
一時期本当にスタンプしか送ってもらえない時があって、ゾウが鼻血出してる絵を見ると未だにげんなりする)
「神」「最高オブ最高」「てえてえ(尊いを崩した言い方らしい)」など、オタクが使いがちなネットスラングが便利なのはわかる。
あちこちで使われすぎて手垢まみれだし、薄っぺらくて陳腐だし。
オタク各位、創作物を読んで抱いたご自身のお気持ちは、もっと大切にされた方が良いかと思います。
感想を送ろうと思い立った際には、そのお気持ちを、もう少しだけ丁寧に言語化していただけないでしょうか。
「気持ちを言語化するのが苦手」という人もたくさんいるだろう。
「言語化はできるけど、情熱込めた感想送って、気持ち悪いと思われたら嫌」って人もいるはずだ。
でも、使い古された脳死コメントや、pixiv運営が万人向けに用意したスタンプを送られるくらいなら、
Twitterに作品リンク張って「これ最高だった!読んで!」って宣伝してもらえる方が、私はずっとずっと嬉しい。
「感想もらえるだけありがたいと思え」と言われればその通り。
世の中、一言のコメントどころかスタンプさえもらえない創作者がいるのはわかってる。
だけどやっぱり、
1万文字まで送信できるメッセージ欄からビッシリ長文で感想を送ってもらったり、
イベント会場で感想がつづられた手書きのお手紙を対面で渡してもらったりして、贅沢を覚えた身としては、
一言コメントを送られると「それだけかよ…」と思ってしまうわけだ。
しかし「一言しか感想もらえないとがっかりする」なんて発言したら普通に引かれるだろう。
こいつ性格悪っ!誰が感想なんて送ってやるかよ!となって、一言コメントさえもらえなくなるだろう。
あまつさえ「陳腐なコメントよりしっかりした感想送ってくれ」「スタンプ送るくらいならTwitterで宣伝してくれ」なんて言おうもんなら学級会案件になってしまう。
拡散力のある人が拡散してつるし上げられたら大炎上して、ジャンルにいられなくなるかもしれない。
インターネットを使い慣れたオタクの皆さんなら承知の上と思いますが、念のために言っておきますと、この記事に記した内容はすべて個人的な意見です。
冒頭に書いたとおり、たった一言のコメントでも嬉しいという創作者さんの方が多数派だと思われます。
こんな贅沢でワガママなヤツもいるんだな~くらいの気持ちで受け取ってください。
ここまで読んでくださってありがとうございました。
~以下余談~
そのジャンルでの二次創作には区切りをつけて、2018年~現在、別のジャンルで活動している。
2010~2013年ごろ流行していたけれど、今はピークを過ぎており、公式からの情報が途切れて久しい。
ストレートにいうと斜陽ジャンル(そのためか年齢層もやや高めに感じる)。
このジャンルで小説を投稿すると、驚くほど濃密な感想文が送られてくる。
「〇〇の場面で××が△△したのは伏線だったんですね」とか
「この行動には□□に対する作者の皮肉が込められていると思う」とか
「ラストシーンを安易に〇〇にしなかったのが逆に感動的だった」とか。
感想だけじゃなく、考察や評論がコメント欄で交わされていて、とても面白い。
ブックマークは多くても300~400程度だけど、コメント率がとても高い。こうなると書き甲斐が段違いだ。
人生で一度だけ死のうとした時がある。
もともと母親には鼻血が出るまで顔を叩かれることも、アザができるまで蹴られることも日常だった
高校生になって体が大きくなると
分かりやすい暴力よりも言葉や、陰湿な嫌がらせを毎日毎日されるようになった。
妹には朝ごはんが用意されていて、私の朝ごはんはいつも前夜の残り物が一緒くたに混ぜて器に盛られていた
学校から帰ってくるとカゴの中から自分の洗濯物だけ選別されて捨てられていて
酔って家に帰ってきては、こんなブスに生まれて可哀想とケラケラ笑われた
優しい祖母が買ってくれた洋服は、一週間くらいするとなくなった
「最近は節約のためにあなたの服を売ったお金でコーヒーを飲むことにしてるの!今日は120円で売れた!」と楽しそうに言われた
夜中、怒鳴り声をあげて寝ている部屋に押し入ってくることもあった
首をしめられて、それ以来怖くて毎晩箪笥をドアの前に移動させて寝ていた
そんな毎日だったけど、私は母のことが大好きだった
16歳にとって、ほんの数年前まで優しくて笑顔だった母親が忘れられず
毎日「頼むから死んでくれ」「10秒以内に死んで」と怒鳴り散らす母親に
母のことが大好きで
母を笑顔にしたいのに、自分が生きているせいで母は不幸なんだと
その日、箪笥をどけて部屋を出ると
ついに私の朝ごはんは用意されていなかった
「食費の節約」とのことだった
その日は何も感じなかった
そのまま学校に行ってぼんやりと1時間目の授業を受けているときに
「あ、死ねばいいんだ」
と思った瞬間、心の中が晴れ渡り、うきうきして興奮した
そうだ死ねばいいんだ!こんな素敵なアイディア、知ってたはずなのになんでもっと早く思いつかなかったんだろう!
私は私の大好きな母親を喜ばせてあげる方法を知ってる、私は私を苦しみから解放できる方法を知ってる!
そうだ死ねばいいんだ!
興奮して、ものすごく素晴らしいアイディアを思いついた気持ちになって、体は軽やかだった
授業が終わってすぐにうわばきを履いたまま、最近祖母に買ってもらった新品のダウンジャケットを手にとって学校を出た
最寄り駅まで行って、電車に飛び込もう
なんでもっと早く死ななかったんだろう!
あぁ、でもこのダウンジャケット
せっかくおばあちゃんが買ってくれたのに、3回しか着なかったな
悲しむかな?
そう思った瞬間、正気に戻った
私がどんな目に逢おうと見て見ぬふりをする妹と父と
度々電話をしてくれて、ご飯を作って食べさせてくれて、服を買ってくれる祖母が私にはいたのを思い出した
その後は、死のうと学校を飛び出すところまで行動してしまったこととか
心が苦しくて悲しくて涙が出たけど、同時に「死にたくない」とも思った
苦しいはずなのに苦しさを感じなくなった時
死ぬ事がとても素晴らしい救済に思える時
どうか、そうなる前に誰かに助けを求めてほしい
今思い出しても、あれはとても恐ろしい経験だったと思う
脳がバグを起こしてしまうというのか、限界の末に自分を守る方法を思考してしまうのか
死ぬことがとても楽しい素晴らしいことに思えて、その目標を達成するのに今まで無気力だった体が突然元気になって、死ぬために走って行動するたびにワクワクして多幸感に包まれる
そこから、手に持っていたダウンジャケットが脳を正常な状態に戻してくれた
あの時、学校に着て行ったのが別のコートだったら、あのまま電車に飛び込んでいたかもしれない
30歳を迎えることも
できなかった
もうそのダウンは羽が抜けてぺしゃんこになってるけど
まだ捨ててない
母は、今はどこに住んでるのかもわからないけど
どこかで別の人の奥さんをやっているらしい
私の場合は、耐え抜いて、大人になって家を出て名前も変わって結果オーライ。
でも、負った傷が深すぎて未だに思い出して苦しくなる
どうか明日も生きて
最近子どもを産んだ。人並みに色々不安なことはあるけれど、絵に描いたような幸せな生活だ。子どもはイラッとすることもあるし、疲れたな~と思うこともあるけど、とても可愛い。「尊いなぁ…」と思いながら子育てしている。
で、たまに自分の子どもの頃を思い出しては、つまんなかったな~と思う。というか、辛かった。楽しくなったのは比較的最近。
私はよく死にたいと言っている子どもだった。兄が大っ嫌いで(今も疎遠)よくケンカしてた。父親は手が早くて自分の気に入らないことがあるとすぐ暴力だったし。寝てるところにゴミ箱投げつけられたこともあったな。ケンカの絶えない家だったな~
親になってみてわかるけど、寝てる子どもにゴミ箱はふつう投げないよね?私鼻血出してすごい泣いたよ。
もし、わが子が「死にたい」とか「生まれてこなきゃよかった」みたいなこと言ったら、まずは私は産んで良かったと思ってること、妊娠中しんどくてお母さんになるのは早かったのでは?と思ったり、産むのが怖いなーって思ったけど、あなたの顔を見たら可愛い宝物をありがとうって思ったことをめいっぱい説明する。
それからなんで死にたいと思ったのかをゆっくり聞いてみる。学校?友だち?きょうだい?それともなんとなく?
誰かになんか言われたとかだったら、そんな人の言うことよりパパママを信じてって言う。
あと、今は辛いかもしれないけど、大人になったら楽しくなるよっていう。
うまく言えないけど、全力で子どもを守る。
ネット見てたら成分献血は2週間開けて年24回までできるって話だったのになんで???
って調べたら、血小板献血は2回と数えて、血漿献血は1回扱いだそうな。だから年24回やるには血小板献血はしてはいけないみたい。献血の種類は自分で選んだことはほぼなくて、献血ルームの人に言われるがままいつもやってきた。それが一番必要とされてるんだろうという判断からだ。多くやればポイントとか貯まるけどそういうのを第一目的にするのはなんか違うと思うので、これからもこの方針でやって行こうと思ってる。
献血する第一目的が何かと言われると自分の偽善心を満たす事というのが偽らざる本当のところだろう。なかなか気分いいよ。検査採血の針はともかく、成分献血の針ってちょっと痛いしね。
血を見るのは制御されている環境下では割と好き。制御されてない環境では(事故とか)まだ見たことが無いのでどう感じるか正直わからんところはある。鼻血やちょっとした怪我くらいならどうってことないんだけど。
今この瞬間だけを切り取って見るなら、抑えられてるように見えるだろうね。
韓国医療スタッフ、バーンアウトの危機…だるさに鼻血、パニック障害まで(1)
終わりの見えない新型コロナウイルス感染症(新型肺炎)との闘いで、医療スタッフの疲労も限界に近づいている。最初の感染者が出てから2カ月が流れたが、依然として4500人以上の人々が治療を受けていて、毎日100人前後の新規患者が報告されている。コロナ戦闘の第一線で戦っている医療スタッフのバーンアウト(Burnout、燃え尽き症候群)を懸念する声があがっている。
短時間に押し寄せる感染者の治療に奔走しなければならなかった大邱(テグ)地域の医療スタッフは脱力状態だ。29日、疾病管理本部中央防疫対策本部によると、この日基準の大邱地域累積感染者は6610人に達する。新天地発の大量感染局面がやや落ち着いてきたようにみえるが、精神病院など高危険集団で感染者が絶えない。
啓明(ケミョン)大学大邱東山病院のソ・ヨンソン院長は、先月21日に同院が新型コロナの拠点病院に指定されて以来、1カ月以上にわたってほぼ休みなしで働いている。すでに何度かモムサル(疲労などによる発熱・だるさ)にかかったが、週末だからといって休んだ日はなかった。ソ院長は「超過勤務が連続して職員の疲労も相当溜まっている。一歩間違えれば注意散漫となり、(医療スタッフへの)感染リスクが高まるのではないか心配」と話した。重度の業務疲労と重圧感に耐えることができず、辞表を出すケースも出ている。ソ院長は「業務量の多さによる健康状態を理由に辞める医療スタッフもいる」と話した。同院には、現在350人以上のコロナ感染者が入院している。
鼻血がでそうでこわいけど思い切って奥まで指をつっこめば、ぼろっとでてくるよ。