はてなキーワード: ブリキとは
勝手に続きを作った
ブリキンホテルの予約はパパがテレビに寝ぼけて行ったことなのでトランクは届く
のび太はトランクのゲートを通じてブリキンホテルに行くが、サピオには単なる小学生と思われブリキン星に行くことなく終わる
ブリキン星はナポギストラー三世によって人類は奴隷として扱われるようになるが
人間の管理がロボットより難しく奴隷としての価値もない事に気づき、ブリキン星の人々は全員処分される
感情を持たぬロボットを感情のあるロボットが支配する平和が訪れる
ドラえもんがいないので気ままに夢見る機が無く、何も始まらない
のび太は良い夢を見るためとりあえず寝る
創世セットが無いので何も始まらない
自由研究に翼と羽だけ付けたおもちゃのおまけの戦闘機を提出してのび太が笑われる
宇宙の果てではヤドリによる宇宙侵略が進行、銀河エクスプレスを通じて未来の地球にまで脅威が及ぶ
Mr.キャッシュが17世紀で時空犯罪を犯すが、タイムパトロールのルフィンが自力で基地を発見し逮捕
アンゴルモアによって洗脳されたリーベルトが独立軍による地球侵略を企むが
船団同士の内戦が勃発し、キバヤシが喜ぶような展開にはならない
アンゴルモアは船団員によって正体を暴かれ、宇宙を漂う藻屑となる
マヤナ国はティオ王子に悩まされつつも成長したティオ王に統治される
グースケはバードピアに戻る時空の穴に飛び込む事も無く国に保護され生涯を終える
のちの民主化が早まる
台風一過の後にのび太はフー子に会うが、崖の不思議な洞窟の前の広い草原で遊ぶことは無いので風の村には行かない
風の村の嵐族がマフーガを復活させて風の民は滅びる
その際に発生した大型台風が日本に向かうが、原作の話同様フー子が野比家から飛び出し台風と衝突して両方とも消滅する
マフーガが不思議な洞窟からこちらの世界に来る頃には気象コントロールセンターができており、自然の力のマフーガは力を失う
■のび太のワンニャン時空伝
のび太は川でおぼれていた犬を助けイチと名付けるが、ママに反対され家では飼えず、引き取り先を探して手放す
イチが過去に行くことが無いためそれ以上のことは起こらない
帰ってきたその足でPlayStationVRを受け取って
若干の気落ち感はゲームの本編が始まってすぐに吹き飛んだ。
近い、近い、近い、近い、近い。
顔が近い。目が近い。声が近い。
動かないでねと右耳に差し込んでくれた彼女とイヤフォンを分かち合いながらE3イベントのPVで流れた音楽を一緒に聞いた。
ブラックホールのように吸い寄せられるが、
目を合わせてくる彼女に咎められそうで
視線を落とすことができず、
首を動かさずことも目線を動かすこともできず、
ここだけはゲームの白い壁をじっと見ていた。
いつの間にかエロを通じてキョドる己を取り戻す作業になっていて。
人と目を合わすのってこんなに辛い作業だっけっ?と思ったら
ここ3日間会社の同僚とSlackでしか話してなかったことを思い出す。
この近さに慣れた後、久々に知人に会った時の距離感が
掴めなさそうで正直怖い。
移転前の会社によく「道にある案内地図に会社の名前を載せて下さい。」という身体障害者の営業がよく来た。
道端にたまに見かけるブリキでできた住居表示板の地図に会社の名前を入れてくれるのだという。
不審に思い、雑居ビルに入居していたので弊社の一存だけでは決められません、ビルの管理会社に聞いて欲しいと丁重にお断りした。
しかし、私以外の人がその後対応したら「町内会絡みで載せることになっている。」と強制されたようで掲載料20,000円を立て替えてしまっていた。
慌てて領収証にある会社に電話したら増田の電話相手のように要領を得ない言語不明瞭な相手が出て紋切り型の返答しかもらえず結局諦めたことがあった。
●起きるの章
猫を背負って町を出て、何かでっかいことをしたいんだと思う中流ドロシー(少年・トゥーナイヴス)。
猫(型マスコット、喋れる魔法少年のしもべという設定)のトト。
◆◆◆
●承るの章
台風がやってきた。暴風警報が発令され、休校になった。少年ドロシーは退屈だった。
飼い猫トトとバタフライナイフとカッターナイフとLEDのライトとかたく焼きしめたパンをリュックに詰めこんで家を出た。
書き置きには「パパママごめんね僕はヤンキー とても口じゃ言えないくらいの 退屈な大人になんかなりたくないんだ ドロシー」
街で遭遇した交通事故。台風の所為かやじ馬はいなかった。少年ドロシーと同年代の被害者。
即死だったのだろう。
足元のナイキのエアマックスは雨に濡れているがとてもきれいだった(状態が良かった)ので、ドロシーは盗って履いてみるとぴったりだった。
背負ったリュックからトトが姫姉さまの声で死んだ人のものをとるのはやめなさいって言った。ドロシーにだけ聞こえる声で。
◆◆◆
●転がるの章
道すがら出会うのは
過剰な知識が人格を破たんさせたのか、博士はラブドールで腹上死。しかし、そのとき奇跡が……。
自称マッドサイエンティストにして非科学的存在、メガネと白衣のDr.スケア=クロウ。
ブリキとは武力。労働13号(レイバー13orロボット13)という林業用自立歩行作業用機械にして、見た目はゴスロリ美少女。
あまりにも勇敢過ぎて、腰抜け呼ばわりされただけでプッツンきちゃうんです。
「誰にも腰抜けなんて言わせないぞ"Nobody calls me (man)chicken"」が口癖。
僕に踏まれた町にして僕が踏まれた町のルビータウンから出るために1人の少年と3人の美少女(非人間)と1匹の猫がたんけんぼくのまち。
町を徘徊する一行の邪魔をする暇人、「XA(イクサ)の戦士」が送り込む刺客たち。基本的に少女たちが勝手に倒してくれた。
だいたいそういう展開がワンクール続いた。最終回直前。中ボス的存在が登場。
少年ドロシーは両手にナイヴスを握りしめ、エアマックスで大地を踏みしめ、町を駆け抜けた(逃げ出した)。
◆◆◆
●結ぶの章
町から逃げ出した(逃げ出せた)、少女たちからも逃げ出した少年ドロシーと飼い猫トト。
辿り着くのは最果ての街トウキョウ。
だけど、本当は全部に認められたかっただけと10年後に気付きそうになるけど、そのうちドロシーは考えるのをやめた。
トトはもう死んだ。
私の働いている職場では年に2回、6月と12月にちょっとしたパーティーがある。パーティーと言ってもドレスコードは必要なくて、ホテルのホールに200人くらい集まって食事をする会で、いつもよりはちょっと綺麗めの洋服を着ていくくらいのフランクなパーティーなんだけど。
私はこれが嫌で嫌でたまらない。だいたい1か月前くらいに出欠を取られるが、もちろんこれも仕事のうちなので行きたくないから不参加、という訳にもいかなくて痛い胃をごまかしながら参加をしている。なのでこの時期になると「あ~また今年もか...」なんて全部低気圧のせいにしたいくらい心が落ち込む。外は快晴なのに。
参加者は同業者がほとんどなので、年齢層は高め。参加者の中でも私くらいの年代の人は今までほとんど見たことがなくて、母くらいの世代の人がしきりに話しかけてくれる。きっと気を遣ってくれているんだと思うし、その気持ちはとても有難いから、表情筋がつりそうなくらいの愛想笑いを顔に張り付けていることが気づかれていなければいいな、と思う。
ただ、年に2回のこのパーティーは2時間、と時間がはっきり決まっているところだけは好き。そうじゃない職場の飲み会は何時に終わるか分からない中、ダメだと思いながらもなんどもこっそり時計を確認している。帰りは経費でタクシーを使わせてくれるので「電車の時間が...」なんて常套句は通用しないのがつらいところ。
私はお酒を飲むことが好きだけど、仕事関係の飲みの席ではお酒の味が全部まずく感じる。ご飯も味がしない。喉を異物が通り過ぎるのをまずいアルコールで流し込みながら、心が死んでいくのを感じる。この数時間だけでもブリキの心になればいいのにと念じながら、飲み会がお開きになるのをひたすら待つ時間が永遠に感じられるほど長い。父ほどの世代の人からベタベタとボディタッチをされることも、プライベートな質問をされることも吐き気がするほど嫌で仕方ない。
セクハラに耐えるのも仕事のうちだと言い聞かせないとやってられないけど当然給料が発生するわけじゃないから、職場の飲み会なんてサービス残業の一種だと思ってる。時給が発生すればいいのに、なんてこと言ったら「これだからゆとりは」なんて言われるんだろうか。
自宅に帰ってからふっと涙腺が切れたようにわんわん泣いたこともあった。それでも仕事は続けるしかないし、飲み会が嫌だというだけで辞めるほど浅はかじゃない。結局は自分が社会的に弱い立場にいることをひしと実感するだけだ。
ぼっちでクソみたいな話題で吐き出す場所がないからROMしていた増田ではじめて書く。
俺はゲームが好きだ。
人生ゲームとか格闘ゲームみたいに優劣がつくのも面白いけど、みんなでクリアを目指して難しいミッションを達成するゲームが好きだ。
そして協力プレイが楽しいスマホゲーの白猫プロジェクトにハマった。
以前は協力募集のアプリなどを使えば簡単に縛りプレイでも募集ができた。
他にも神気前のダグラス+ウッドソードで魔障に挑戦したり、ブリキ職被りなしで墓標にチャレンジしたりするのは興奮した。
縛りプレイをする人は決して多いわけではないから、縛り募集をすると同じ人とプレイすることもたまにあって、絶妙なコンビネーションでクリアできたときは数分はニヤけたりする。
ハンターハンターでビンビンになったヒソカの気持ちがわかる瞬間だ。
知らない人とインターネットを通じて、ロクにコミュニケーションもとっていないのに、こういう体験ができるのは凄い。
でも今の協力プレイは楽しくない。
ランダムマッチングという簡単にユーザー募集ができる機能が協力の世界を変えてしまった。
今までは掲示板なり、アプリなり、TwitterやLINEのコミュニティ(?)なりで番号を見つけた人に協力クエストに参加してもらう必要があった。
それがボタン一つで協力に参加できるようになった。
今までは電話するのに電話交換手が必要だったのに、それが要らなくなったようなものだ。
このイノベーションによって、協力募集アプリと掲示板に過疎化した。
ランダムマッチングでは強いキャラで無双した人や弱いキャラで無双したい人など様々で以前の遊び方は到底できない。
出来る時もあるけどとても稀でそれをもとめてランダムマッチングをするのは馬鹿げている。
今のCMでは友達とやる楽しさを謳っているが、匿名での繋がりを失った自分はあれをみると悲しい。
こういうことを書けば、友達やTwitterや募集掲示板とかで縛り募集をすればいいじゃないかと思うポジティブで行動的なアドバイスをする人がでるだろう。
悪いが俺には友達もいなければ、Twitterで慣れ合う気力もない。
Twitterは頑張ったんだけど無理だった。あとLINEは未知の領域だ。
募集掲示板やアプリはもう過疎がすごい。賑わっている場所があったら教えてほしい。ほんと。
最近ニコ生で縛りプレイ放送をする人がいるのを知って運良く放送がされているときは参加したりする。
でもパソコンでニコ生を見ながらじゃないと縛りができないのはもどかしい。
白猫プロジェクトは公式ツイッターは70万人がフォローしている巨大なプロジェクトだ。
今の協力は多くのステージがあって、色んな縛りで挑戦すると凄い面白さがあるのはやらないでもわかる。
最高難易度はわからないが、かなり弱いキャラでもプレイヤーの腕次第でクリアできてしまうのが白猫の良さの一つだ。
それなのに、それを気軽に楽しむことができないのが凄くもったいない。
一生懸命開発者が作った協力ステージも、強キャラによって蹂躙されるのがほとんどなんてもったいない。
協力なのに狩る敵を奪い合う展開になることも多々ある。
戦国無双みたいな敵をバッタバッタなぎ倒していくが好きな人には楽しめるゲームなんだろう。
ああ、白猫プロジェクト。
改変がそれなりにあるがまぁまぁいい出来だった
監督はタケコプターは十分にスペクタクルであるというようなことを言ったらしいが、
それを表現したかったのであればよりリアルな3DCGにしたことは成功だったろう
とてもよく表現できていた
異論のある成し遂げプログラム、もちろん原作には出てこないのでオリジナル設定だが、
短い時間の中でそこにいさせることと帰ることを同時にえがかなければならないので仕方ないとも言えよう
ただ、他に何も考えつかなかったから仕方なくつけた設定を、監督が自慢するのはいただけない
決していいシステムではない
藤子F不二雄ならやらないという意見も少なからずあるが、F先生はドラえもん自身を人扱いすることはないのでこの程度ならあり得ると思う
雲の王国やブリキの迷宮で機能停止になるシーンがあるが、シリアス回でこういった事をのび太たちにすることはない。ドラえもんになら許される
あと、地味に改変されて気になったシーンでは
ドラえもんが来て早々どら焼きを食べるが、あそこはおもちでなければと思う
でなければのび太とおもちを取り合ってけんかするシーンが描けないだろう
それから、しずちゃんが結婚前夜に父親に挨拶するシーンがあるが、なぜ寝る前なのにイヤリングをしているのか
これはおかしすぎる、なにを考えて付け足したのかまったくわからない
アスペの人はすごくニッチなところで力を発揮できることもありますね、
独善的で、他人の感情に無関心というか、共感性がまるで無かったりする反面で、
地図や図形・数式やグラフを視覚的・直観的に把握・思考できたりするので、
科学や芸術系で活躍している人にはアスペっぽい人が多い気がします
ただ環境の変化が異常に苦手で、些細なことでパニックになったりすることがあり、
(自分は二律背反的な情報が与えられると頭がフリーズして止まってしまいます)
彼がどんなタイプのアスペ(案山子?ブリキ男?ライオン?)で、
どんな能力を持っていて、何ができて何が出来ないのかを何なのかをよく知れば、
魔法など使わなくとも二人の願いが叶うかもしれません?
微妙な回答しかできないが、しばらく独りになってみると諦めも付くかも知れないぞ。
愚かで醜い人間は多いが、彼らも好んで醜く、そして愚かに成ったわけではない。彼らは人生の中で環境に適応した結果、醜く愚かになったのだ。彼らが人間としてのより好ましい一面に背を向けざる得なかったことは、悲しい事だが、彼らの弱さを攻めたとしても、得るものは何もない。
私も若い時は周りの人間に多くを求めたが、今では人間の過半数は壊れたブリキの人形と変わりない、決められたパターを繰り返すだけのボットの様なものだと思うようになった(自分も含めて)。
もう死んでしまった人達、醜く老いてしまった人達、取り返しの付かない所に足を踏み入れてしまった人達は、あまり熱心に見るものではないと思う。大抵救ってやることは出来ないし、見れば見るだけ悲しくなる。
家族は何処までも家族で、見て見ない振りをする事は難しいだろう。俺達の頭の中には俺達が幼い子供の頃に見た愛に満ちた母や父の記憶がこびり付いていて、心の何処かで昔と同じように愛し、尊敬できる人達であって欲しいと願っている。お前が母親に苛立つのは、母親が肉親で今でも心の何処かでお前にとって大切な人間だからだ。
だが、愛やら何やらが誰かを救えるのはフィクションの中だけだ。年寄りに多くを求めても時間の無駄だ。もうお前は両親を愛する必要も、尊敬する必要もないのだから、何も求めず自分の目標に専念しろ。決して得ることの出来ないものを求めても、苦しむだけだぞ。