はてなキーワード: 中日本とは
中日本があってもいいじゃない
xで仲良くなった人がネトウヨで関係悪くなったんだけど、やっぱ無理だなぁ
そりゃネトウヨの話は聞いてて自尊心くすぐられるけどさ、そんな話信じて痛い目みても誰も責任とってくれないよ
リアルで日本すごい韓国カスいとか言ってたし、なんなら一時期滞在したマレーシアの英会話教室でも言っちゃってたよ
みんな困った顔してた
うちの母はそれを真に受けてまだ時々バカチョンが、とか言ってるよ。本当にごめん
ネトウヨの困ったところは、ネトウヨ側の主張が自分をつよく補完してくれるのに対して反論側はそのモチベーションがないことなんだよね
そんなこと言ったら外国人に失礼だよ… みたいな、動機が弱いから積極的に論戦しようという気にならない。
子持ち VS 独身とかとは違う。
外国人の他人が失礼こうむろうがべつに気にならんもんね。英語のSNSだったら違ったんだろうけど。
別のFFさんは旦那さんが突然ネトウヨになって、四六時中日本がどうだそれ以外はどうだと言ってくるようになったからノイローゼになって離婚したって言ってた
無理すぎる
ネトウヨにならない人と仲良くなったほうがいいのか
きちー
「児童を性的に見る」という価値観が問題、という前提が成立してないから個人的に嫌いだし悪影響な気がするから排除していいんじゃね、にしかなってないように思う。
性加害が「児童を性的にみる価値観が肯定されてるから」おこるというほど単純なものではなく、支配欲などの影響が大きいといわれたり複雑なものなのは明白だし、
そもそも「児童を性的にみる価値観が肯定されてなければ児童を性的にみない」なんてことはありえない。
影響しだいでどちらでもいいライト層、カジュアル層みたいなのはいるかもだが強い動機は持たないし、自暴自棄になった結果選択された犯罪だとしてもそうなるまでの状況や犯人が主観的に思い描く成功率などのファクターが大きい。
(児童を)性的にみない価値観が絶対的に教育されてる聖職者でも性犯罪の件数が問題になってるのだから、「ある価値観を社会全体が否定/肯定すれば解決する」というのは戦中日本の精神論のようなファンタジーでしかない。
悪いフィードバックの可能性をいうならば、良いフィードバックの可能性に言及しないのは片手落ちだし、
「実際に事件がおこってる」から価値観の肯定が悪いと結ぶのも極めて非論理的。
お餅などの死因との因果関係が明確なものですら規制されてないのに、因果関係が極めて不明瞭なものが軽々しく扱われるのは異常。
「日本に教育格差がない」なんて台詞を、一体どのくらい教育現場を見た上で言っているのかはなはだ興味がある。(皮肉)
すげー適当に記事をあさっても、こんな状況くらいポンポン出てくるので、「教育費保護者負担」とか、せめて「教育格差」でググるくらいのことはしてほしい。
〇子どもの教育費への保護者負担の割合は、先進国中日本がトップ(=保護者の貧富が子供の教育に直結する)
https://www.smtam.jp/report_column/pdf/cat_10/HPVol.620191030.pdf
〇日本に存在する教育格差は主に相対的貧困から生じ、その割合は6人に1人
https://www.worldvision.jp/children/education_12.html#d0e9d87eb78fa54e47cd213ca7606442
まあ、こーゆーのって、大体さほど教育崩壊していない公立学校出身で「努力して」それなりの学歴を得た中流家庭出身者なんかにありがちな誤解だけどさ、
・さほど教育崩壊していない公立学校に通える場所に住んでいること
・図書館など公的な文化的施設が充実しそこへのアクセスに費用が掛からないこと
・「みんなと同じようにふつーに」塾など通わせてもらえること
・自室や自分の机など学習に集中できる環境が用意してもらえること
・参考書などを購入できること
・PCの使い方など身近に手本を見せたり教えたりしてくれる大人がいること
・学力をつけて進学しそれなりに成功したモデルが身近にいること
……なんて、どれひとつとっても全く「ふつー」ではねーんだわ。6人に1人いる相対的貧困な状況の子は、このうちの複数もしくはほとんど全ての状況を奪われてるのが現状で、そんな状況で「ふつー」の家庭出身者が「俺らも『努力』しんだしさー、受験てフェアな競争だよね」みたいに言うのは、ちょっとね。
とりあえず、「教育格差の有無」なんて大きな問題、個人の印象やお気持ちで軽々しく口にできるよーなことかどうか、そうやって妙なムードをつくることが下手したら多くの人々の一生に関わるかもしれないって意識をもった上でもう少し考えてみた方がいい。
国家の豊かさを表すほかの統計的な指標がないからGDPを基準にまずは考えるべきだろうと思うよ。
30年結果を出せてない以前の成功体験に固執した仕組みでやってく理由が無いでしょ。
爆発的経済成長を遂げた中韓にしろ、圧倒的強者である米独にしろ、時価総額のトップをコンピューター関連企業が占めてるわけだ、そんな中日本は30年重厚長大を保護し続けて、コンピューター関連も親方日の丸でやってきたせいで海外でろくに戦える新興企業が出なかった。
日本でのスタートアップの資金調達の難しさや、工業中心で変革から程遠い税制、その他いろんな経済政策が今までの体制の維持にコストを支払うものになってる、このまま沈むことが分かってる方針続けるより別の方針を打ち出す方が圧倒的に理があると思うんだが。
「ロシアによるウクライナ侵攻に関して、ウクライナ側を責めている国内の著名人」に対してみんな何を思いついたんだろう?
いや、思うんだけど、確かに事情ろくに知らないとウクライナ側のNATO入りでロシアを刺激したのが原因って言えるかもしれないけどさ
まあ、こう言うのは個人の意見なんで、変にこの考えを弾圧する事自体が意見の封殺とか極右化に繋がるとかまあ色々言われるからなんとも言い難いんだけどさ
ただ、ロシア援護側を責める人ってなんか、ロシア援護人にある種の確信を抱いているような気がする。
「いきなりなんでこんなこと言い出したの?」とか
それまでの言動鑑みても急におかしなことを言い出したとか、普通こんなこと言う人ではないとか。なんでしゃしゃり出てきたのかとか。
それまでのキャリア潰しかねないようなおかしなことを言っている。これを単なる陰謀論YouTuberに染まり過ぎたせいとか思うことも可能だけど、もしかしたらこう言う時のためにロシア側から世論操作のために送り込まれた工作員って可能性もあるよね。
いや連中日本人だけど、工作員というか、現地での工作を行うために買収か見返りと支援を約束した協力者として雇われたって可能性もあるよね。
――ヒトラーは金融緩和を行っていた。金融緩和を行う日銀はナチスと同じだ。
――男女平等は共産主義者が言い始めた。男女平等を掲げる政治家は共産主義者だ。
――戦中日本は優良多子家庭を奨励していた。少子化対策は戦時体制に回帰している徴だ。
これらが全体的に例証として荒唐無稽なのは言うまでもないでしょう。これは特定の主張と同じ主張をしている別のグループを持ってきて「お前は〇〇だ」と対人論証を行うもので、「連座の誤謬」や「関連付けの誤謬」と呼ばれています。その中でも国際的にも有無を言わさず巨悪とされるナチスは何かを批判する際に引き合いに出されることが多く、些末な共通点だけで同一視するような詭弁が蔓延ったため特に「ヒトラーに例える論証」と特別に名前がついているわけです。本来のヒトラーに例える論証とはそういうものでした。なおこれは論証として不成立であることを批判するもので、侮辱か否かとは少しまた別のレイヤーの議論であることを留意しなければなりません。
そしてヒトラーが持ち出されることが多いのを皮肉ったのが「ゴドウィンの法則」です。議論中にこうなったら大抵建設的でないレッテル貼りになりがちですよね。
しかしつくづく思うのですが、ナチス関連の例えを出した時に”機械的”にゴドウィンの法則を持ち出して論難し始めるのはどうなんでしょうか。元来、「誤謬」に名前を付け「法則」という諧謔を作ったのは非論理的な議論を排し建設的な議論を行うための道しるべを示すためではないのでしょうか。相手の失点を指摘することで点数を稼ぐゲームを行うためのルールなのであれば私の不見識ですが、そういうものではないですよね?現代人が好きな”建設的”な議論をしたいのであれば、紋切り型に言うのではなく相手の論証が不十分である根拠を滔々と説く必要があります。そうすると必然的に根拠を示すだけで議論は成立するので特段誤謬や法則の名前を持ち出す必要も無いものです。
そもそものところ、ヒトラーを出した即ち誤謬・詭弁とするのはあまりに乱暴ではないでしょうか。いや菅直人元首相の発言が連座の誤謬に該当しないと言うつもりはありません。連座の誤謬だと言い切れる自信も自分にはありませんが…。例えばナチスが抱えていた論理的誤謬と同じ誤謬を抱えていると指摘しそれが危険な帰結を導出しかねないと論証できれば連座の誤謬とまでは言えないのではないですか。話を変えて最初に挙げた例に移れば、少子化政策として子供が多い家庭を表彰するという話が出たら戦中の優良多子家庭表彰政策を持ち出し問題点を指摘する程度であれば連座の誤謬とは言えないでしょう。もしくは少子化対策に前のめりになるあまり子供が多い家庭を理想モデルにすることの危険性に注意を促す程度に留まれば個人的には問題無いようにも思います。
こうした区別の判断は「ヒトラーに例える論証」とか「ゴドウィンの法則」とか言って即座に議論を終わらせるのではなく丁寧に反証をしようとすれば、相手の主張が誤謬と言えるものかどうかが見えてきてできるものではないでしょうか。ヒトラーと言うだけで機械的にゴドウィンの法則に該当してお仕舞の世界よりは判断基準が主観的で曖昧になりますが議論とはそういうものではないでしょうか。もちろんそんなに労力をかけられないという意見は分かるのですけれども。
正直なところ、ナチスに関連できることを見つけてすぐヒトラーだと言い出す人とナチス関連の話を持ち出したのを見てすぐゴドウィンの法則だと言い出す人の思考回路は同じようなものじゃないですかね。
と匿名の人間が書いても意味がないでしょうから、権威に訴える論証(詭弁)をしましょう。何を隠そうゴドウィンの法則の発明者であるゴドウィンはオルトライトについてナチスと比較するのを奨励しています。
By all means, compare these shitheads to Nazis. Again and again. I'm with you.― Mike Godwin (@sfmnemonic) August 14, 2017
Since it was released into the wilds of the internet in 1991, Godwin’s Law (which I nowadays abbreviate to “GL”) has been frequently reduced to a blurrier notion: that whenever someone compares anything current to Nazis or Hitler it means the discussion is over, or that that person lost the argument. It’s also sometimes used (reflexively, lazily) to suggest that anyone who invokes a comparison to Nazis or Hitler has somehow “broken” the Law, and thus demonstrated their failure to grasp what made the Holocaust uniquely horrific.
[抄訳]
ゴドウィンの法則はしばしば次のようにまとめられている。ある人が現在の何かをナチスやヒトラーと比較したら議論が終わったか負けたことを意味するのだ、と。またはその人が法を『破った』とされ、ホローコーストの比類ない恐ろしさを理解できてないということを示唆するとして(反射的に、怠惰に)使われている。
反射的に(reflexively)怠惰に(lazily)という修辞句を使うゴドウィン氏の心情を慮りつつ…。いわゆるトランプ政権のゼロ・トレランス政策をヒトラーになぞらえて批判した議員がいたことについてこのように記述されます。
The response has been predictable: Debate for some people has been derailed by the trivial objection that, even if it is terrible to separate children from their parents (and sometimes lose track of them, or make it impossible for their parents contact them, or even deprive them of the comfort of human touch), it’s not as awful as what the Nazis did.
[抄訳]
「ナチスの行いを矮小化しているからこの比較は不適切だ」という反論したことはないですか?それがいつもつまらない反論でしかも議論を脱線させるような非建設的な意見かは知りませんが、この時なされたその類の反論はゴドウィンからすればここまで大上段に切り捨てられて当然のもののようです。辛辣ですね。この後、こうした時にゴドウィンの法則の名前が出てくるという話もしています。
But I do want to stress that the question of evil, understood historically, is bigger than party politics. GL is about remembering history well enough to draw parallels — sometimes with Hitler or with Nazis, sure — that are deeply considered. That matter. Sometimes those comparisons are going to be appropriate, and on those occasions GL should function less as a conversation ender and more as a conversation starter.
[抄訳]
ナチスの問題は政党政治より大きなものであることを強調したい。ゴドウィンの法則は深く考察される類似性(ヒトラーやナチスとのを含む)を描くのに十分なくらいよく歴史を記憶することに関するものだ。時にそうした比較は適切であり、その場合、ゴドウィンの法則は会話の終止符ではなく会話の第一歩となるのである。
要するにナチスが現代の政党政治と比べるべくもないヤバい奴なのは前提ではありつつも、ナチスとの比較は適切な時もあるから「ゴドウィンの法則に該当するからアウト」みたいな単純な使い方はするなよってことです。もちろんゴドウィンの法則の発明者だからと言ってゴドウィンの言うことが全てではありませんが。ただ、ヒトラーに例えることで議論が脱線し行き詰まるのを防ぐためのゴドウィンの法則という言葉が議論を脱線させる一因となるのであればミイラ取りがミイラではないですか。
ネット上では新しい概念が日夜発明されています。大抵の場合は既にある概念が再発見されて流行してるだけなんですけどね。そうするととかく流行概念に合致してると言えれば即何かしらの結論を得られるという思考に陥りがちです。しかも政治においては用語や見方という枠の解釈合戦(フレーミング)が起こるものです。しかし政治家や活動家でなければ必ずしもそういった方向に行かなくてもいいでしょう。結論と同じようにもしくはそれ以上に過程こそが議論にとって重要であるという基本に立ち返りませんか。その時、数多の概念は思考を論理的に展開する際の補助輪になってくれるはずです。そう、概念は結論に直行するものではなくあくまで思考の補助線なのだと考えた方が良いのではないでしょうか。概念に振り回されず、連座の誤謬もヒトラーに例える論証もゴドウィンの法則も上手に付き合えば落とし穴に嵌らないようにしてくれるはずですから。
竹槍なんかで勝てるか!とかいうけど、竹槍の訓練をしていたのは
脱出したパイロット→逃げるさなかに民間人を銃撃→死亡したので自警団用の装備としての竹槍です。
民間防護の一環として竹槍での訓練をしていただけです。
何故竹槍だったのかってあんなもんそこら中に生えていて簡単に作れるからです。
また、B-29を撃墜とかってはなしも竹を使ったロケット弾なんかの話とごちゃ混ぜになっているだけです。
なお、イギリスでもドイツ軍上陸に備えてホームガードが槍での戦闘訓練もしてました。
銃の訓練もあったけど、物資の供出としてゴルフクラブなんかでも武装してたりしました。
ちなみに、この撃墜したパイロットが民間人を銃殺した結果、国民感情が悪化して
脱出したパイロットを民間人が撲殺するような事件も起きていて憲兵や警察なんかは敵パイロットの保護(捕虜)に苦労していたっていう記録もあります。