はてなキーワード: 弁当とは
わたしも受け身女性で、男性に誘ってもらうのを待つばかりでしたが
相手と楽しくおしゃべりできるよう気を付けて話したり
派閥とは、木曜の昼間に一緒に弁当食べる定例会をやっている、掛け持ち不可の組織である。
ただし過去には他の曜日に定例会やってた派閥や、掛け持ち可だけど木曜日に定例会やってたグループもあるので、本質は「掛け持ち不可」というところにある。
谷垣・石破グループや他党内の集団は掛け持ち不可を明言はしていない(だからといって掛け持ちしている人はほとんどいないけど)ため派閥とは呼ばれない。
なんで派閥を作るかというと、日本の政治制度は長らく自民・社会の二大政党かつ当選数3~6の中選挙区制だったため、党内で複数の候補を出す必要があったからである。
派閥の力関係で党内候補者を決め、選挙戦は主に派閥単位で戦うため、どっちつかずの掛け持ちは許されない。
社会党内にも派閥はあったが、こちらは理論集団である社会主義協会との距離感というイデオロギー的な意味が強かった。
で、中選挙区制が終わった今派閥が存在しなければならない理由というのは本質的には存在しないのだが、資金集め・選挙協力・総裁選の推薦人集めなどに便利だから惰性で存続している。
昼前におきて4時ごろまでだらだら食いながらパソコンでネットして
それから寝た
ねるまえにぽこたんいんしたおってのがずっと頭にこびりついてたせいで夢の中でも出てきた
いそがないと空港まにあわないよみたいな
でもおれはかていきょうしだから技術的なことしかおしえらんないんですっつてやんきーどかたっぽいおやにせつめいしてた
8;40のひこうきなのにもう8時半
まにあわんなーとおもいながらそこをでようとしたところでめがさめた
けっこうあせかいてたなー
ふふ
しゃわも1週間あびてないからくさい
カツ系買いすぎたな―
なんかぬれてるのなんでだろう汁もれてたんかなと思ったけど雨だから雨でぬれてるだけだな
焼きおにぎり茶漬けが結構うまいと思ったけどご飯茶碗程度で定価380円はたけえわ・・・
半額200円でも高く感じる・・・
ファミリーアニメキャラって、みさえやのび太母等の母親キャラ中心に叩かれてるのをよく見る。
しかしぶっちぎりヤバキャラなあたしんち父親が叩かれてるのはあまり見ない。
トイレを流した水で手を洗う、駐車場で野糞をする、キレたらケーキを箱ごとゴミ箱に捨て、お母さんを真冬のベランダに締め出したりする。
お母さんもお弁当にミニトマトだけとか一種類の具しか入れない、晩御飯に缶詰しか出さない等の専業主婦キャラとして叩かれそうなキャラしてるが、こちらも叩きを見ない。
なんかさー、
って生活をしていると
だいたい自分で作るんだけど、麻婆豆腐とか麻婆茄子とかキーマトマトカレーとか具材盛ったインスタントラーメンとか
とにかく別に凝った料理はしないんだけど、自分としては十分暖かくておいしい食事なのよ
でも(インスタントラーメンはともかく)こういうメニューを普通に作るとだいたい2人前になる
翌日に家で夕飯食べるのか何時に食べるのかが不確定な仕事なので、半分食って残りは明日食べるということはしない
となると2人前をがっつり食べることになる
それが21時帰宅でそこから料理始めるとかのタイムスケジュールだと、22時にがっつり食べて腹一杯という毎日になってしまう
だからそこからだらだらYoutube見て深夜1時までぐだぐだ
起きるのは5時半必須だから、睡眠時間4時間半おじさんが爆誕する
人生つらい
16年と半年前、57歳になったばかりの2007年の9月に初めての投稿をしました。その2ヶ月くらい前から閲覧はしていた気がしますが閲覧履歴のようなものはないためわかりません。
ちょうどその頃、勤務していた会社で役員に昇格したばかりでした。法学部を卒業し新卒で入社して以来、ひたすら営業畑にいた私が役員になってから与えられたのは情報システム部を含むIT分野でした。
その10年前ごろから会社にパソコンが導入され始め、総務部門にいた同期が悪戦苦闘しており「大変そうだな〜」なんて気楽に思っておりましたが、まさか自分がそれらを統括する立場に置かれるとは思いませんでした。
IBMが主催する勉強会に参加したり、書籍を購入したり、パソコン教室にも通い、DELLのデスクトップPCを購入して大学生だった息子に助けられながら設定をしていました。
インターネットを徘徊する中で見つけたのがはてな匿名ダイアリーです。
結局半年足らずで外部の専門家を雇うことになり、お払い箱になった私は金融商品を取り扱う子会社の代表取締役を務め、そこもお払い箱になると取引先の名ばかり役員となって月に数回だけ会議の名目で仕出し弁当を食べに行き、65歳となる2014年に完全に隠居生活に入りました。
私が本格的にここを利用するようになったのはそれからです。
毎日のスケジュールは犬の散歩、朝食、昼食、刑事ドラマ、夕食のみです。買い物、旅行、ゴルフ、孫、会食などが不定期で入りますが、基本的に暇なのでここで皆様の投稿を拝見したり、社会問題、映画、音楽、歴史などについての投稿を行い皆様からのコメントを楽しんでおりました。
この時期に妻と隠岐旅行に行きましたが、それもここで隠岐の魅力を語る投稿を見たことがきっかけでした。探してみましたが、残念ながら見つかりませんでした。
後にTwitterやブログなども始めましたが、Twitterは見るだけになり、ブログの更新はされなくなり、継続的に利用を続けてきたのは結局匿名ダイアリーのみでした。
私が定年後もボケっとした生活をせず、さまざまなものに興味を持ち精神的なアクティブさを維持できたのははてな匿名ダイアリーのおかげです。
さて、私は大腸がんで苦しんだ祖父の介護で幼少期に苦労した経験がありました。そのため、かかりつけのクリニックにてビデオスコープ内視鏡が導入されたことを知った時から定期的に胃カメラ、大腸カメラを含む検査を夫婦で受けてきました。
しかし、2019年に最後の大腸カメラを受けて以来は検査を行っていませんでした。70歳になったし、息子夫婦の末孫の小学校の入学式を見たし、娘夫婦が仕事が終わるまで孫を預かるようになって忙しくなったこともあり毎年「来年でいいか」となっていたのです。
なんとなく覚えたみぞおち痛で昨年にクリニックを受診し、そこで行ったエコーで膵臓がんが見つかりました。超音波内視鏡ではなく通常のエコーで見つけられたので定期的に検査を受けていればもしかしたら早期発見ができていた可能性はあります。
とにかく総合病院で詳しい検査を行い、手術が可能だったため膵切除を行いました。
手術ができ、化学療法も行える状態であったため命拾いしたと思いましたが、医師からは「楽観的ではいられない」と告げられました。
医療の進歩によって、幼少期に見た祖父の壮絶な闘病とは比べ物にならないほど穏やかな生活を送ることができました。食事も取れていましたし、妻と買い物や旅行にもいけましたし、去年の誕生日も家族に囲まれて過ごすことができました。
しかし、年明け直後の強い背中の痛みで意識を失って以来、一気に体力が削られてしまいました。75歳の誕生日は迎えられそうにないです。妻は寂しがりやなので、私が妻を看取りたかったのですが、最後の最後に寂しい思いをさせてしまうことになりました。
体力のなさと慣れないiPadでの入力なので、これを書くのにも長い時間を必要としました。
今までありがとうございました。
とはいってもある程度の物は自炊できると思うがコスパ、タイパを考えると一定の物しか食卓に上がらない
唐揚げ、野菜炒め、焼きそば、ハンバーグ、八宝菜、焼き魚、煮魚、焼豚等が多いかな
一人暮らししてる民は飯どうしてんの?
よかったらよく作るメニューを教えてほしい
・煮込む系は食材入れて沸騰させたら火を止めて調味料入れて放置 食べる前に温め直してかき混ぜれば出来上がり って結構楽にいけるのも多いぞ
これは焼豚でよくやる、あと手羽元とゆで卵のさっぱり煮みたいなの
物は言いよう、ということで日々しょうもない言い訳しながら生きている。
ボトムスを着ずにボクサーパンツで部屋の中をうろうろしている時。
(イギリス貴族の子供は半ズボンを履いているので……なお増田はいい年したおっさんである)
散々着たおしてボロボロになってきた服をまだまだ着ようとしている時。
「足で稼いだ高級品やで」
(GUについては、割と値下げされるまで待ってから買いに行くことが多い)
「店主の言い値で買った」
ワークマンで物を買った時。
(ワークマンは基本的に定価販売なので……なお価格交渉なんて最初から存在していない)
「店主が『ここだけの特別品』言うて値引きしてくれた」
(なお、やはり価格交渉なんて最初から存在していないのである)
「ブランド物やで」
量販店で購入した靴について。
(アディダス等のスニーカーなので「スポーツ」ブランドなのは間違いない)
「追熟してた」
「舶来品や」
ドンキで購入したちょっとあやしい値引き品の中国・韓国産の加工食品について。
業務スーパーで購入したMokateのルイボスティーについて。
(寒くてこたつにもぐりこんでいる)
(なお、うだうだしてるうちに梅雨入りする模様)
(なお、うだうだしてるうちに冬になる模様)
帰宅中に居酒屋から聞こえる笑い声を聞いて羨ましいなと思ってしまった
酒の力を借りてでも笑いたいなと…
30後半になるけどバーとか居酒屋とかに行く気が起きない人生を送ってきた
一時的、交友を広めたいと外食がてら近くの飲食が出来るバーに行ったこともあった
ただ、酒の力を借りても心を開ける程陽気になれなかった
そこのピザは美味しかったし、お酒とよく会うけど期待値と値段が釣り合わなかった
結局数回行って、あとはいつも通りスーパーの割引弁当か、チェーン店の飯に戻った
ここでも見知った人はおらず、車を持つようになってからは自炊ばかりの生活になった