はてなキーワード: CocoAとは
私は情報技術者だ。今風に言えばデータサイエンティストやらセキュリティエンジニアなどと名乗ったほうが良いのかも知れないが、ながらく情報技術者という肩書で活動してきたため情報技術者と名乗ったほうが私の肌感覚的に合っていると考えている。
山田太郎議員が赤松健氏らと共に表現の自由の擁護を掲げ、政界では小さいながらも一定の存在感を示しているのは皆さんご存知だろう。
これまで地域のための政治家や特定の例えば自動車業界のための政治家や、更には女性のための政治家、共働き家庭のための政治家など様々な政治家が登場したが、サブカルの擁護、その中でもマンガアニメゲームを中心とした表現の自由の擁護のための政治家は非常に新しいと言わざる得ない。
これは本邦で「女が政治なんて」と怪訝な目を向けられても女性が参政権を獲得し、そして時間をかけて女性政治家の登場を果たしたときのような変化だ。
今の時代はまだ「マンガオタクが政治なんて」という怪訝な目がまだまだ多いように思われるが、無理解が理解に変わってくる節目なんだろうと思う。
さて、私は前述したように情報技術者である。何なら私の両親も情報技術者という言葉が生まれる前から情報技術者であり、私が生まれ育った家庭は情報技術という点においては非常に先進的であったと評価できる。
はじめて私の専用機として両親あたえられたのがPC9801であり、パソコン通信の後期あたりから私自身の意志でネットワークへアクセスしていたという経歴がある。
学生時代は高校教育に情報技術という科目がなく電気科目の一分野であったため工業高校へ進学し、そこから東京大学へ進んで計算機科学、情報技術関連を中心に履修した。根っからのIT畑であると言って良い。
そんな私が最近ふと思うのはまだまだ政治の分野は情報技術に疎いということだ。
このように感じた一番の切っ掛けはやはりマイナンバー制度と銀行口座の紐付けによる税務処理の簡略容易化が、個人情報保護という御旗によって実現に至らなかったことだろう。
ITへ専攻を持たない方々には理解が難しいと当時の一般市民や政治家たちによる意見交換を観ていて実感しているが、たとえ銀行口座の金額の増減がマイナンバーによって国から監視されていても、個人情報ひいてはプライバシーの保護は可能なのだが、プライバシーを気にする層は商取引の詳細、つまり自分が何を買ったり何処へ訪れたのかを国に監視されるわけにはかないという意見が支持されてしまったのだ。
本当にこの件は誠に無念と言わざるを得ず、私たち情報技術者の説明不足と力不足を痛感させられてしまった。
一応、この件に関連する技術情報としてフランス国立情報学自動制御研究所が公開した「GNU Taler」を紹介しておこう。
GNU Talerは プライバシーの保護が可能な決済システム。顧客は匿名のままでいられますが、事業者はGNU Talerでの決済を通じて収入を隠すことはできません。これは脱税やマネーロンダリングを避けることが可能です。(抄訳)
銀行口座がマイナンバーに紐付けられ、日本円に裏付けされた匿名決算システムが本邦へ導入されていれば、事業者や個人事業主、確定申告を自ら行う者、政治家たちは事務コストの大幅な削減と、我々全国民は所得税や法人税に関して現行税制のままであってもより平等に恩恵を得られたはずだ(ここでは現行税制が平等であるかは判定しない。所得隠しが難しくなることで現行税制の平等化が進むという意味)。
GNU Talerは例として挙げただけであり、これだけでどうにかなるというものではないが、一部の情報技術者、特に分散ネットワークへ興味を示している情報技術者の中では比較的好意的に捉えられている概念方式の決済システム。
我々情報技術者はこういった一般層が興味示しにくい、示すことができない技術情報を多く持っているが、技術者全般の悪い癖で自分たちだけで理解・納得・満足をしてしまう傾向がある。
これまでマンガアニメゲームのクリエイターが作り発表するだけで満足してしまっていたのと同様の問題を我々技術者も抱えており、このままでは良くないと危機感を覚えている。
ならば我々情報技術者の中から政治家を選出するべきなのではないかと思うのだが、我々は情報技術者が好きなだけであって政治は別に興味もないので、この好き嫌い、感情部分を乗り越えた赤松健氏には頭が下がる思いだ。
はてなユーザの興味が向いている情報技術関連といえば新型コロナウイルス接触確認アプリ「COCOA」の諸問題が挙げられるであろう。FLOSSで開発が始まったというのは評価に値するが国へ引き継がれた途端にAndroid版でのバグや、そもそも利用が広がらないなど運用に窮してしまった。
これに対する責任の声も少なからず聞くが、利用を促進するには国が強権を発揮するくらいの無茶が必要なので多少の同情は禁じ得ない。
WindowsではPowerToysが便利なので導入を国の制度で強制導入を決めるくらいの無茶だろう(※PowerToys : Microsoft謹製のWindows機能拡張ユーティリティ。様々な要因でWindows標準機能へ含まれなかったユーティリティ群とされる)。
ただ、強権を発動しないまでもゲーミフィケーション的に楽しく使うことや、割引クーポンを発行するみたいな市民の利用を促進するインセンティブが必要だったのでは?とは感じる。
本邦ではまだまだ情報技術者からすると不可解な情報技術運用が多くある。
例えば文科省のGIGAスクール構想までは良いが学校や請け負ったベンダーが端末パスワードを共通化してしまうことや、総務省がジャストシステム一太郎花子の事実上排除を決定してMicrosft Officeへ一本化してしまうというものだ。
GIGAスクール構想ではGoogle Chrome OSが支持を集めたのだからClassroomサービスによりパスワードを共通化する必要はそこまで無いと情報技術者は知っているし、Microsft Officeへ一本化するくらいであるならば保存形式をOpenDocument Format(ODF)にすることでMicrosft Officeと一太郎花子を共存させ無駄な予算の抑制、更に今後新たなオフィススイートが導入されても移行に手間は最小限に抑えられると知っている。
もっと言ってしまえば多くの行政機関や自治体、政党や政治家のWebサイトは極端なまでJavascriptへ汚染されアクセシビリティが地に落ちているのも視覚障害者にとって非常に問題である。
確認してみたいのならばJavascriptを切って各Webサイトへアクセスしてみたら良い。Javascriptが機能しなければコンテンツへテキスト1文字すら表示されないWebサイトの存在や、おそろしく醜い(見にくいではなく)トップページがレンダリングされることを知ることができるだろう。
視覚障害者のためのいわゆる「音声ブラウザ」はモダンで高度なレンダリングを解釈できるとは限らない。あまつさえ「今は高度な読み上げ機能を持つiOSやAndroidが主体だから良いじゃん」という視覚障害者がタッチスクリーンディスプレイを操作することへの無理解な声すら聞こえてくる始末だ。
これらの不可解さを解消するには「情報技術で国内外問題を解決する」というワン・イシュー綱領を持った情報技術へ深い見識のある政治家が登場しなければならないのではないかと思うのだ。
そして私はその一歩を踏み出すべきなのかどうなのか最近毎日悩んでいるのだ。
私は情報技術が好きだからこそ、情報技術は国内外の問題を解決できると信じているからこそ政治家にならなければいけないのかも知れない。
ニュースで11月頃から日本でもワクチンパスポートを使って行動制限緩和の方向で進めるっていうのを聞いて、それまでには俺の接種も間に合いそうって安心した。
海外だとワクチンパスポートが無いと飲食店、映画、ジム入れない、買い物も出来ない!みたいなの聞いてたからさ。
俺、デカいスクリーンで映画見るの好きだから映画館行けないのは辛いわけよ(1人で行ってるからそこは勘弁してください)。
んで、さっきちょっと考えたんだけど今後、何かトラブルがあって俺の分のワクチン確保できませんでしたとか言われたとするじゃん?
更に11月のワクチンパスポート運用開始までに間に合わなくて、映画館の入場にはワクチンパスポートが必要ですってなった場合、俺は映画館入れないわけじゃん?
そこで「ん?」ってなったんだけど、そもそもワクチンパスポートが必要な理由って何なんだろう?
正しくはパブリックな場所でワクチン接種者と未接種者を分ける理由かな。
ワクチン打ったら発症しにくくなる、重症化しにくくなるんだよな?
ただ、最近よく聞くブレイクスルー感染とかあるから接種後も感染はする。
その前提で例えば、俺がワクチン打ってなくて映画館に行く。俺の右隣の席にウイルスを持ってる奴がいて、俺はコロナにかかって最悪死ぬ。
それは分かる。
んでも、ウイルス持ってる奴の更に右隣の奴はワクチン接種済みだから発症しませんでした、または軽症で済みました。
それも分かる。
だってその二者を一緒にした場合、ワクチン打ってない奴が死ぬだけじゃん?そんなのそいつの自業自得、自己責任じゃん?
(持病とかでワクチン打てない人はもちろん除くよ。でもそういう人達は普段から気をつけてるから密な所とか今でも避けてるよね。多分)
じゃあわざわざ税金投入してワクチンパスポートとか作る意味無くね?って。
医療が逼迫してるから、ワクチン接種率を上げて少しでも重症化する人を減らそうってことなんかな?
でも、今の調子ならワクチンパスポート導入しなくても年末までには俺含めほとんどの人が接種すると思うんだよね。
反ワクチンみたいな奴等はそもそも何言っても絶対接種しないだろうし。
陰謀論者が言うみたいにワクチンを国民全員に強制的打たせる事で製薬会社が得をするからだ!政府がチップを埋め込んで管理したいからだ!みたいな理由ならいっそ納得はするけど、そんなわけ無いしな。
俺が知らないだけで何か他に理由があるんかな?
ワクチン未接種者から接種者が受ける医学的なデメリットみたいなやつが。
それが知りたくて「ワクチンパスポート 必要な理由」みたいな頭悪いキーワードでググったけどよく分からんかった。
全部、メリットvsデメリットみたいな記事ばっかりで、そうじゃない!そもそも何故必要なのかが知りたいんだ!ってなった。
俺的には最早形骸化してるCOCOAみたいに中抜きに次ぐ中抜きになるだろうシステムに税金使うなら、正直もう一回10万円くれよ、とか思うんだけど。
賢い増田の皆さん、教えてください。
ぜひ広げてほしい。本当にお願いします。
みんなCOCOAの通知が来ないよね。
こんなに感染者増えてるのに。
俺もそう思って不思議だったんだ。
そんなところ俺もコロナになった。夫婦揃ってだ。死ぬほど辛い。
まぁそれはいいんだ。パルスオキシメーターが自宅療養5日目にしてやっと届いたとか、自宅療養支援物資が自宅療養6日目に届くらしいとか、なんかもう色々とやべーのはいいんだよ。良くねーけどな、もちろん。
ただ、濃厚接触者の人に知らせてあげないといけないし、俺も市民の一人として保健所に「COCOAの陽性登録の方法を教えて下さい」とお願いしたの。それに対する回答は「えっ、登録するんですか!?ありがとうございます!」で、大変に驚いた。どうやらもはや誰も陽性登録していないし、保健所も積極的にさせようとしていないようだ。
もちろん俺は(市民として)登録したけれど、これで謎が解けた。COCOAは実質全く機能していない。
俺は腹立たしい。
なぜ飲食店に対する自粛要請より、COCOAの正常な運用徹底が劣後するのか。たとえば、COCOAが正常に運用されていれば、感染リスクも低下して、俺も妻も感染しなかったのかもしれない。
税金で作ってるからとかそんなんじゃない。命に関わるんだよ。これで俺らや妻がが死んだらどうするんだ。治ったら問い合わせてやる。
シンガポールの例を参考まで。
基本飲食店で持ち帰りではなく食事する場合はワクチン摂取済みである必要がある(子供は除く)
ワクチン接種したかどうかは、スマホに入れたコロナ対策アプリ上に表示される。
ちなみにマスクはしていないと罰金のため、運動中等以外100%している。
BluetoothもしくはQRコードで店の入店をチェックするCOCOAのようなアプリがあり、ワクチン摂取済み表示機能が追加され、8月からワクチン打った人だけ外食可能になった(基本)。
飲食店以外ではワクチン接種済みかは関係ないが、アプリでのチェックインは全業種で必須。
店頭でQRコード読み込んだかチェックする人がいるか、もしくはチェックする機械が置かれている。(でかい店だとアプリに対応した自動改札みたいな機械もある)
使わないと店に入れないのでほぼ100%の人が使っている。スマホがない人にはトークンが無料で配られる。
アプリは個人番号と紐づいている。個人番号には名前、住所、携帯番号が紐づいているのでワクチンの予約連絡もSMSで送られてくる。
基本的に店に入った時にVaccinated(ワクチン接種済)かどうかチェックされる。マックとかスタバとか持ち帰りと交差するような店では目印のシールを体に貼られる。
パスポート制を採用できる店舗・施設とできない店舗・施設はどうやって分けるの?
→業種で分かれてる。イベント・結婚式場・飲食店等飲食を伴うところで採用されている。商店や電車や会社、役所、銀行など食事を伴わないものは対象外。ただし会社は出社率を政府によりコントロールするよう指示されている。
庶民が集うフードコート(三食済ませたりする)とかは、ワクチン有無に限らず2名までしか一緒に座れない。生活に必須だからだと思う。
接種できない人(正式な診断済み)はどういう扱いにする?
→そこは不明。調べればどっかに対応は書いてあると思う。摂取できない子供は、ワクチンパスポートのある大人と同居の場合に限り一緒に外食等ができる。
→状況により変わるんだと思う。
https://news.yahoo.co.jp/articles/664e6c0f49294e584ae90c3ce23a0bb0331f40fc
多分パンデミック下だったらどういう行政でも差はあれど厳しいことには変わりないのに何故こう言い切った? という声がすこし見られましたが、あさっての方向とはいえこう言い出すことについてはまあ不思議な部分はないのではと思ったので書き留める。
なんで不思議じゃないと思ったかというと、以前津田大介がフジロック会場でのトークセッションで「音楽はもともと反抗するための云々」とか言ってたのを思い出したから。そうだわそういえばフジロック周辺は割とまだ反権力の色が残るロックカルチャーだったな…と。
折坂個人の思想も参照しないといけないが、フジロックとしてとらえたときに「フェスは開きたい」「権力に媚びない(抗う)」の2点が含まれていることがフジロック側としても外野側としてもややこしい…変な言い方かもしれないが、当事者含め全員にとってフジロックが厄ネタな印象を受ける。
政府側…というか経済も回したいよねという市民含めた派閥については「策定したガイドラインを運用してCOCOAや見守りサービスも活用してイベントを開く」考えがあるので、正直オリパラとフジが成功して感染者数を参加者のうちの数パーセントにとどめられれば上々(小さい数字であるほど、現在の東京の通勤風景程度であれば生活や娯楽が保証できる)なので、反権力とはいえ「ちゃんとやれよ」程度の心持ちでいる。
一方フジロック側には五輪にめっちゃ起こってた野田洋次郎をはじめ、抗体検査だったり参加者結局飲み会する事件など、YouTube配信へのポジティブ反応とは裏腹にやらかしちゃってるわけで…。これは政権もだろうし党派にかかわらず他ライブ業者や見本市、コミケを含めた即売会・フリマの関係者もまあ発言は避けるまでも怒ってるだろうな…
仮にRIJFが開かれてたら、あっちはまだチケット転売防止策に奔走したメンバーとの関わりが多く多少は行政寄りなので(だからおとなしく中止したんだろうが)フジロックの開催の是非を論じるときにややこしくなる部分は減らせたんだと思う。
書き終わって蛇足だらけだなと思うけれど、まあフジロックは「開きたいけど言うこと聞くつもりはない」部分があって、コロナを論点にすると政府への攻め手がないので「分断」という論点を使ったんじゃないか……という考えなんだけどどうっすかね