はてなキーワード: バナナマンとは
恋人へ
大好きだよ
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突発的に思うこともあれば、じわじわと、じりじりと
暗くて黒い潮が満ちるみたいにそんな気持ちに囚われることがある
何をしたいかは書かないけど、〝極端なこと〟っていうので察してほしい。
ハリウッドザコシショウとか大好きだけど、たぶんきっとどんな種類か詳しくは分からないけど病院に行けば病名ってのがつくかなと思う。
「私のことは忘れないで…」なんて言うけどさ
忘れてほしいよ
中学の、あいついたなーみたいなクラスメイトくらいな感じで覚えててくれれば。
ユーレイになりたいんだよね
〝極端なこと〟したいというよりかは
ユーレイになりたい
ユーレイになってやりたいことがそこそこある。
お父さんと一緒に映画を観たい
弟がひとりで住んでる部屋に行きたい
一緒にバラエティでも観るのもいいし、
弟がすごく辛くて誰か一緒にいてほしいときや
ユーレイだとそれができるでしょ
妹が働いてるのもみていたい
ヨーロッパを回るのもいい
そして「ありがとうー!!!うおー!!!」とか言いながら一日くらいつきまとう。笑
そして今の恋人の部屋に帰ってくる。
一人でいる恋人をにこにこしながらきっとずっと眺めている
一人前にしては多すぎるごはん作って食べたり
酔って顔真っ赤にしてるとことか
職場で昼飯食ってるところ見たい な
日曜にはきっとゴロゴロしている
さんまのお笑い向上委員会観たい
ふたりで
もしもユーレイになれたら
肉体がある今でも
できることなんだけどね。もちろん
とりあえず病院行くね。
もう寝なきゃね
寝れるかな
おやすみなさい
話が長くて口を挟む間もない
延々と1人で喋り続ける
シャンプーの詰め替えとか、トイレットペーパーを出すのとか絶対にしない
セックスがめちゃくちゃ痛い
事後2時間ぐらいずっと痛い
付き合った当初から上手くなる気配なし
聞き上手
激務だけど家事する
頭がいい
料理上手
セックス上手い
顔がタイプ
いちいち身のこなしがスマートで素敵
正直なんで前夫と付き合ってたかわからん。顔もバナナマンの細い方みたいな感じでタイプじゃないし、一緒にいたいと思える人でもなかったし。いや今の夫も、恋の魔法が解けたらそう思うようになるのかも知れないけど。前夫の方が給料高かったけど、共働きで同じ額ずつ生活費出し合ってたから関係なかったし。
思い切って離婚して良かった…
振り返ると安定して早いネット環境がある場所に定住していた記憶がほとんどない。
10年ほど前、実家に住んでいたときにネットはあり、初めてパソコンを買ったがバナナマンのPodcastを聞きながらひたすらマインスイーパーをやるくらいしかパソコンを使っていなかった。
この時が唯一速めのネットがあった時かもしれない。
実家を出て地元でひとり暮らしを始めたが、ポケットWi-Fiを使っていた。
田舎なので遅かった。(色々な理由で家にネットを引けなかった)
上京して住み始めたシェアハウスはネットは引いてあるがとてもスピードが遅かった。
そのシェアハウスを出て友人宅に泊めてもらったことはあるが、彼の家もポケットWi-Fiだった。
それから東京でひとり暮らしを始めたが、またポケットWi-Fiを選んでしまった。
Nuro光に憧れたが、工事に2ヶ月ほどかかるといわれ我慢できずにポケットWi-Fiを契約してしまった。
毎日のように通信制限がかかり、契約してから今日まで、ポケットWi-Fiにしてよかった。と思った日はほとんどない。
外にも持ち出したりしないし、ポケットWi-Fiである必要がない。
この3年の間に何度も家にネットを引こうかと思ったが、いつも引っ越しをしたいと思っていたので結局行動に移せなかった。
ずっと早いネットに憧れている。
僕は早川聖来が嫌いだ。正確には苦手だ。タイトルでインパクトを与えるためにすこし盛りました。気を悪くされた方、すみません。
僕は早川聖来についてほぼ知らない。彼女についてはブログを何本か読んだり、乃木中で何度かみたくらい。そんな僕は乃木どこ乃木中を毎週見てるくらいの、握手会には行ったことがなく、ライブも数回だけという「にわか」と言われてもおかしくない存在。でも、どうしても彼女のブログを読んで違和感を感じたので、彼女のことを分析してなぜ違和感を感じたのか、苦手なのか書いていきます。ファンの方は気を悪くされるかもしれないので見ないことをオススメします。ただ一方的に薄っぺらいことを言うのはただのアンチなので、逆の意見も考えて、()の中に書きました。なので読んでて違和感あるかもしれませんがご了承を。あ、あと「苦手ならブログ読むなよ」ってのは本当にその通りなんで何も言えないです。
それでは箇条書きで書いていきます。
・なんかブログの言ってることが嘘くさい。
良いアイドルを目指そうとしすぎて信用できない。言わなくていいことまで言っちゃってて、良い子アピールがきつい。そして媚びへつらってる感じが無理。というか媚の売り方があからさますぎ!表面上ただ好かれたいんじゃないかと思ってしまう。もっと本性表わせよ。って2919.02.04の重いかな?のくだりよんで思いました。
(でもファンの人に好かれたい、多くの人に愛されたいって思うのはアイドルの職業的にしかたないのかも)
・多くを語りすぎ!
つべこべ言わずまずはやれや!努力見せんな!まだ何にも成し遂げてないのにアピールが多すぎ!努力は成し遂げてから少し見せろ!努力と今の自分の見え方(私が目についたTVで見た限り)があってない!意識が高すぎる!アイドルに意識の高さはいらん!かわいさだけでいい(主観です、持っててもいいけど出されるときつい)!
(謙虚だから自分がやったことを多くは語らない性格だとしたらごめんなさい。何を考えているかも大事だけど、それだけだと重すぎるから何をしたのかも語ってくれるとライト層も理解しやすい。というか勿体ないからもっと発信してほしいよね伝わらんから。もしやってるなら。)
・成長したい、頑張らなきゃ言いすぎ
どんだけ上目指してんだよ。今の自分受け入れなさいよ。それが今の実力だよ。何、私もっとやれば努力すればできます感出してんだよ。今の実力まず受け入れろよ。そうじゃないと応援してくれてるファンに失礼だろうよ。
(でも焦りあったりアイドルという世界じゃ今の自分のままではダメだと思うのも仕方ないのかも)
1期生の生駒ちゃんが卒業後に『メレンゲの気持ち』で、『自分の命をかけても守りたい人達ができた』といっていた。その言葉に泣いた。行動がともなってるから。
でもそんな私からしたら、4期生の子が先輩よりも熱く、乃木坂側で乃木坂のことを語ってほしくないって2019.1.13のブログを読んで思いました。久保ちゃん、矢久保ちゃんみたいにファン側から乃木坂愛を語る分には全然いい。むしろファンと同じ気持ちになってくれてて嬉しい。そうじゃなく、薄っぺらい(舞台やライブみてないので私の見る限りです、すみません)経験で、乃木坂側で乃木坂については少しも語ってほしくないです。そんな安っぽいもんじゃない。自分のために語ってるようにしか見えない。その自分語りに私の大好きな乃木坂を利用してほしくない。
(自分の好きなものを語り、熱くなって客観的じゃなくなるのも分かるけど)
あとわざとらしい関西弁が無理とか、顔がなんか無理ってのは主観的なのでとりあえず排除します。それはどうしようもないので。ファンの方本当にごめんなさい。
ただ、全部が苦手ってわけじゃなく、乃木中のヒット祈願で登山をした際に、バナナマンに頂上の空気を持ち帰ってプレゼントしたのは、良い子だなって思ったし。(これはアピールじゃないと何故か感じた)良いところもあると思うんです。
箇条書きで書いてきましたが、以上をまとめると、
そこまでして愛を見せないと好かれないと思って、頑張ろうとしている姿が過剰で腹が立つ。
あれ?なんでそんな姿をみて腹が立つんだろって思うと、あれですね、おそらく過去の自分をみているようで腹が立つんでしょうね。
僕は人の顔色伺って常に誰かに嫌われないように、人の正解にあわせて生きてきました。(今では本当に人の目なんてどーでもいいです。だから批判覚悟でこのブログ書きました。匿名ですけど)
なので、そんな過去の自分のような彼女に、もっと嫌われてもいいって思えよ!覚悟決めてアイドルやれよ!と思ってしまうんでしょうね。
結局のところ、過去の自分を受け入れられない今の自分の弱さが、原因なのかもしれません。っていう結論になりました。なんだこれ。
多くの人はこちらのWikipediaの記事を参照していると思われる。
この記事も踏まえた上で、実際に主だった芸人を「活動開始時期」や「人気が出た過程」で並べ、あらためて世代分けを考えてみたい。
まず画期としては1953年のテレビ放送の開始が挙げられる。この時期に人気があったのは落語家や喜劇俳優であり、またコミックバンドも人気があった。上の表で言えばいとこい・ダイラケあたりが該当する。いわば「第0世代」であろうか。
次にやってくるのが「演芸ブーム」で、1963年開始のテレビ番組『大正テレビ寄席』を中心に数々の演芸番組が放送され、その勢いが1970年ごろまで続いた。一般にこの時期に人気が出た芸人が「第一世代」と呼ばれる。「寄席」をテレビでやるので落語・漫談・漫才・コント・コミックバンドなど幅広い芸人が登場した。てんぷくトリオを筆頭に三人組が多かったので「トリオ・ブーム」とも呼ばれた。1970年代はドリフと萩本欽一のコント番組が人気を二分した。やすきよもこの世代に含まれる。
続いて、1980年に放送された『花王名人劇場 激突!漫才新幹線』『お笑いスター誕生!!』『THE MANZAI』などが立て続けに高視聴率を取り「漫才ブーム」となった。このブーム自体は二年ほどで終息するが、若手漫才師がアイドル的な人気を得て「漫才」のイメージを変えたり、吉本興業が東京に進出したりするきっかけとなった。1981年から1989年まで続いた『オレたちひょうきん族』が『8時だョ!全員集合』の視聴率を超え、出演していたビートたけし・明石家さんま・山田邦子らは一躍スターとなった。たけし・さんまにタモリを加えた「BIG3」を中心に、漫才ブームやひょうきん族から出てきた芸人を「第二世代」とみなすべきだろう。
その次が「第三世代」と呼ばれる芸人たちで、お笑い養成所出身の若手が、小劇場のライブで腕を磨き、夕方番組や深夜番組をきっかけに人気を得て、ゴールデン帯で「バラエティ番組」を持つ、といったキャリアを踏むのが特徴である。とんねるず・ダウンタウン・ウッチャンナンチャンがこの世代の代表格となる。一般に「第三世代」は80年代デビュー組で区切るようだが、個人的には似たようなキャリアから早めにブレイクしたナイナイやロンブーあたりも含めるべきではないかと思う。
次に来るのが「ボキャブラ世代」である。1992年から1999年まで続いた『タモリのボキャブラ天国』は、当初は視聴者投稿型の番組だったが、徐々に芸人のネタ見せ番組に移行。この番組を登竜門に「キャブラー」と呼ばれる芸人が続々と登場した。吉本興業が首を突っ込みそこねたらしく非・吉本芸人が多い。またボキャブラ終了とともに一時的に低迷した芸人が、2000年代に復活するあたりも共通している。先述したとおり、ナイナイ・ロンブーなどを第三世代に含めるとすれば、この「第四世代」は爆笑問題・くりぃむしちゅー・ネプチューンあたりが代表格となる。
2000年代に入って「M-1グランプリ」が始まったことで「お笑いブーム」が醸成された。また同時期に『爆笑オンエアバトル』『エンタの神様』『笑いの金メダル』『爆笑レッドカーペット』などのネタ見せ番組がスタートしてお笑い人気に拍車をかけた。賞レースを目指してストイックに芸を磨く若手芸人と、多数のネタ見せ番組により短期的な人気を得た「一発屋」が混在し、芸人のレベルは底上げされたものの、数としては飽和した感がある。2010年にM-1グランプリが終了するとブームも終息し、多数の「ひな壇芸人」を出演させてトーク中心に作られる低予算の番組が増加した。(2010年までの)M-1でブレイクした芸人と「ネタ見せ番組」によって登場した芸人が「第五世代」といえるだろう。
2010年代になると、第二世代・第三世代がフェードアウトし、第四世代と第五世代がバラエティの「司会」の座を奪い合う群雄割拠の時代に入った。第五世代は図抜けた存在はいないものの層が厚いので、2000年代デビュー組の多くがつかえて中堅に留まっているように思える。そんな中で、霜降り明星および彼らが「第七世代」と称する2010年代デビュー組が既に台頭してきている。この場合は2000年代デビュー組が「第六世代」とされるわけだが、2000年代デビュー組は遅咲きになりそうなので、おそらく2000年代デビュー組と2010年代デビュー組をあわせて「第六世代」と呼ぶようになるのではないか。2020年現在、芸人の主戦場はYouTubeになりつつある。後世から振り返れば「第六世代」は「YouTube世代」と括られるのかもしれない。
増田はとにかく仕事中ずっと眠気と闘っていて、お昼の時間は必ずと言っていいほど午後のために昼寝をしている。
そこでデスクだとリラックスできないので、寝れるスペースが会社内にないか散策したところ、備品が置いてある小さな物置部屋を見つけてしまった。しかも薄暗く、ちょうど大人1人が入れるくらいのスペース。
そして確信した。増田は昼にここで過ごす事になること、翌日からのお昼休みに期待が膨らむ。
次の日12:00にコンビニで適当におにぎりとお茶を買いに出て直ぐに物置部屋に向かう。
茶で流すのだ、
そしてお気に入りのPodcast『バナナマンのバナナムーンGOLD』を聴きながら眠りにつくのだ、おやすみ会社員たち。
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