はてなキーワード: 月曜日とは
・・・要するに衛生条件と動機づけ条件をわけろってことでおk?
「人間はネズミではない」という、当たり前の事実が忘れられるとするなら、よくありません。
「動機づけとは、教育の手段ではなく、目的である」ということです。
例えば、子供に勉強をしてもらいたければ「知りたい!」という動機づけをすることが必要なわけです。
ところが、勉強を「させる」ために、しばしば用いられるのは、誰かに勝ちたいとか、褒められたいとか、ご褒美をもらいたいといった手段としての動機づけです。
この背後にある問題を考えるため、以下、本書の記述をピックアップしてみます。
・アメによって反応を引き出せはするが、同じ行動をさせ続けるためにはアメを与え続けなければならないという事実そのものが、
アメの長期的効果(あるいはその欠如)についてのカギを提供しているのではないかということである。(p25)
・ごく幼い子供たちにはコントロールをもって対することも必要なときがあろうかと思う。
最低の基準として、例えば三歳児がよちよちと表の通りに出て行こうとするのを見過ごすわけにはいくまい。
しかしコントロールに頼る前に、それほど強圧的でなくもっと相手を尊重した世話の焼きかたはできないかどうか、しっかりと確認すべきではある。(p49)
・報酬と罰とは基本的に同じようなものである。現代の社会心理学の創始者であるカート・ルーインが言うように、
両方とも「そのときの自然の場面からは生まれないような行動」を引き出そうとするときに使われる。
さらに、長期間にわたって見るとどちらもまったく同じ様相を示すことが分かる。
つまり、こちらの望むような行動を続けさせるためにはやがて賭けるものを上げ、報酬なり罰なりをどんどん増やしていかなければならないのである。(p74)
・親が子供に、ずっとおとなしくしていれば日曜日にサーカスに連れて行ってやると言ったとする。
土曜日に子供が親の気に入らないことをした場合、親がよく使うせりふは、「そんなことをしているとあしたのサーカスはだめだぞ」であろう。
褒美をご破算にするということの脅しが、罰を与えるという脅しと同じ機能を持っているのは明白ではないか。(p77)
・報酬は、ひいき目に見ても、こういう協力や仲間意識を促進するのになんの役にも立たない。
アメを奪い合うときには必ず「争いと嫉妬」の底流が生じるのであって、それはすでに二世紀近くも前にニューヨーク市の教育者たちがある行動修正プログラムが実施されているのを見て出した結論でもあった。(p80)
・報酬主義の問題は、報酬を与える場合、そもそも問題がなぜ発生したかに注意をすることは全然必要でない、という理由である。
子供が泣きわめいている原因、生徒が宿題をやって来ない原因、従業員が気の乗らない仕事ぶりをする原因を考える必要はなく、ただ該当者を買収するか脅すかして活を入れればいいことになる。(p87)
・「こうすればあれをあげるよ」と言えば、関心は「これ」ではなくて「あれ」に行ってしまう。
従業員に給料袋の中身について考えさせたり、生徒に通知票のことを心配させたりするのは、創造性を重んじようという場合にはほぼ最悪の戦略である。(p99)
・先生は肩をすくめて、「試験に出るよと言わなければ、子供たちは覚えようとしないわ」と言う。
経営者は、キチンとした仕事をさせるためにはボーナスを出さなければダメだと主張する。
親は、子供が誘因なしでも「やるべきこと」をやるだろうと期待するのは現実的ではないと信じている。
しかしもう一度考えてみよう。そういった言い分は通俗行動主義を擁護するものではなく、教室や職場の設定のしかた(あるいは人々がなすべく要請されていること)に何か大きな間違いがあることを示すしるしなのだ。(p123)
褒めたり操ったりすれば、その自然な動機づけを押し殺し、そのかわりに盲目的従順や機械的学習態度や権威に対するあからさまな反抗を生み出すだけである。(p142)
・大抵のおとなが褒め言葉を連発しようとするのはなぜなのか。
褒めることは安上がりで簡単なのだ。
それとは対照的に、技術と工夫と配慮がなければ、人を励ましてしかも今やっていることへの興味を持続させ、その上コントロールされているとは感じさせないようにすることはできない。(p168)
・一般に報酬というものが業績を伸ばすのに役立たず、しばしば業績を妨げることは、いろいろな種類の仕事において見られるが、それは特に創造性を要する仕事において著しい。(p182)
・仕事にほかのもっと重要な面で欠けているところがあると、次善の策として給料の額が重視される傾向がある。
つまり、課題が本当におもしろく意味のあるものでなかったり、自分のやることを自分で選べなかったり、社会的な支持が得られなかったり、自分をみがき自分の能力を発揮する機会が与えられなかったりすれば、
給与がいくらかということに目が行きやすいということである。(p197)
・強調しておく必要があるのは、こうした事情があるからといって、経営者が給料を出ししぶるのが正しいということにはならないという点である。
だれも給料は十分かつ公正であってほしいし、いちばん単調できつい種類の仕事をする人たちは特に高い給料を望むように見えよう。
しかし金こそが人間を動かすと考えることは、人間の動機づけというものを貧しく解釈することになろう。(p200)
・家庭でのものごとを自分で決め、自己決定の感覚を持つ機会を親からあまり与えられていない子供は、学業成績もあまりふるわないということも明らかにされている。=私はそうでもなかったけどな。多分日本のテストはバカ向けなんだな
こうした事実は何を意味するのか。基準を厳しくしたり、点を辛くしたり、誘因を増やしたりすることは、益よりは害になるということについては強力な証拠がある。(p225)
・自分がどれぐらいよくやっているかを気にしている人は、自己概念をかけているということがある。
自分を利口だとか有能だとか思っている自己イメージは、一定の活動水準に達しないおそれがあれば危険にさらされることになる。
そういう自己イメージを守ろうとすると、普通は、自分の最善を尽くしたいという欲求を犠牲にすることになる。
そういう欲求は危険だと思われるのである。やらなければ失敗もしないわけだ。(p233)
望ましい行動を取らせるために報酬というニンジンを与えることは、その人が持っている「行動そのものへの興味」を殺し、ニンジン中毒を作り出してしまう可能性があるのです。
僕たちは、これを慎重に回避するための方法を学ばなければなりません。
「うれしいな、月曜日だ」と思える人生を、より多くの人に実現してもらうということが、教育に関わる人の責務であり、それは人生をかけるに値するものです。
サーバ室は携帯の電波が届きにくく、最低限の仕事上の連絡以外は誰とも連絡を取らなかった。
ただただ、作業に集中した。何も考えず。
病院と家との往復。帰宅したら、疲れて眠るだけだった。食べることすら忘れていた。
彼の事を忘れたいわけではもちろんなかった。
でも彼の事を思い出すと、どうしても後悔の底に落ちて這い上がってこれなかった。
そんな生活を2ヶ月続けて、私の心は壊れそうになっていた。
「例の彼とはどうなったの?」」と聞かれるのが怖かったから。
壊れていたのは心だけではなく、体もだった。
1年前に普通に着ていたはずの服が、ぶかぶかで着られなくなっていた。
5年間使っていた金属バンドの腕時計も、コマを詰めなければいけない程になっていた。
会う人会う人に「痩せたね」と言われ、そのうち「大丈夫?」と心配されるようになっていた。
着られる服は全くなく、買いに行ってもサイズが合わないような状態だった。
もう、限界だった。
仕事に没頭する事で彼の事を考えないようにしていたはずなのに、
仕事に集中できず、彼の事ばかり考えるようになっていた。
それまで私は、夏休みを1週間取る以外で長期休暇を取ったことは一度もなかった。
そんなに仕事が好きだったわけではないけれど、
盆・暮れ・GWが書き入れ時の医療SEは、簡単に長期休暇は取れなかった。
それに自分の仕事には責任を持ちたかったので、あえて休暇を願い出ることもしなかった。
そんな私が、初めての長期休暇を上司に申し出た。
激務が数ヶ月続いていたこともあり、休暇はあっさり認められた。
少し心と体を休めようと思った。
私のスケジュールが突然「休暇」になった事を心配した別の部の同期から、電話がかかってきた。
「大丈夫だよー。ちょっと忙しくて疲れたから休んでる。すぐ戻るよ」
そう言ってごまかした。本当の事が言えるわけもなかった。
当時私がいた部は、元々希望していた配属先とは違っていたし
仕事内容自体も、どうしても好きにはなれなかった。
プログラミングができない、サーバの知識もない、そもそも大学は文系の私に
SEなんて務まるわけもなかった。
配属されて初めてのプロジェクトでは、仕事がきつすぎて毎日泣いていた。
何かうまくいかないことがある度に、辞めたい辞めたいばかり言っていた。
実際、その年の頭には、転職活動を始めようとしていた。
そんな私に、彼がこんな事を言ったことがあった。
舞ちゃんがいつも頑張ってるの知ってるよ。
どんなに夜遅くなっても、自分の仕事に責任持って最後まできっちりやってること知ってるから。
そういうのちゃんと見てるから、辛いのは分かるけど、でも簡単に辞めればいいなんて言えないよ。
彼にそう言われてから、私は辞めたいと言わなくなっていた。
彼は仕事ができる人だった。だから彼に少しでも追いつきたくて必死で勉強して、プログラミングアレルギーも克服した。
今の私を彼が見たらどう思うかな…。
そして私は、当初の予定を1週間延ばしたものの、3週間で職場に復帰した。
復帰後は、少しでも負担の少ない仕事を、という上司のはからいで、
同じ部内で別のグループに移って、全く違う仕事をすることになった。
(というか無理矢理食べさせようとしたんだろうが)
でも、彼とよく会っていた福岡にはどうしても行きたくなかった。
福岡だけでなく、彼と一緒に行った場所を私は避けるようになっていた。
ただ、九州支社はその年の5月に別の場所にできた新しいビルに移転していて、
いつもなら、空港内にある有名なクロワッサン屋でクロワッサンを買う。
彼に「美味しいから一度買ってみなよ」と言われて買ってからお気に入りだった。
もう、クロワッサンを買う気ににもならない。
仕方なく、売店でお土産を買って時間を潰して搭乗時間を待った。
羽田で福岡行きの飛行機を待っていたら、偶然同じ便で福岡に向かおうとしていた彼に会ったこともある。
博多駅から九州支社に向かう途中の道、彼と電話しながら歩いたこと。
色んな事を思い出しすぎて潰れそうだった。
結局その日は、ほとんど眠ることもできず朝になった。
翌日は土曜日で、午後から横浜に行く用があったものの、他にする事がなかった。
ふと、ある男友達の事を思い出した。
その人は会社の同期ではあるものの、職種が違うため仕事での関わりが全くなく、勤務地も違っていた。
それでも入社してすぐの研修で同じクラスになって仲良くなってから、
定期的に二人で飲みに行っていた。彼と付き合っていた時も月1程度で会っていた。
私にとっては完全に「友達」で、恋愛対象として見たことは一度もなかったし、
それは相手も同じで、私を女として見ることはなかった。
だから、二人で会っても大丈夫だと思っていたし、彼に対して、悪いことをしている気持ちには当然ならなかった。
その友達に彼のことは話した事は一度もなかったし、
私の色恋沙汰について何か聞いてくることもほとんどなかった。
ちょうどいいや…。
さすがに当日に連絡しても空いてないだろうなー、と思いつつ、メールをした。
いるー!
その日は横浜で待ち合わせをし、東急ハンズで買い物をして、飲みに行った。
それからの週末はしょっちゅう旅行に行き、家にいることはほとんどなかった。
そして、旅行のお土産だとか色々理由をつけて、その男友達と頻繁に飲みに行った。
色々深く聞いてこないその友達が、一番都合がよかった。
そしてその人と一緒にいると、不思議と気持ちが落ちついた。
前年の年末は、彼がリーダーをしていた病院で正月にシステム本稼動があり、彼は当然仕事をしていて、一緒にいられなかった。
来年は一緒にいられたらいいね、と言っていた。だから、日本にいる事すら嫌だった。
そうやって、現実から目を逸らすことで、どうにか自分を保っていた。
F1が好きだった彼と私は、いつも月曜日にF1の話をしていた。
這い上がれなくなるので、私は見るのをやめた。
二人とも読書が好きだったので、会うとよく読んでいる本の話をした。
仕事が早く終わった時はいつも本屋に行って本を買っていたのに、本屋に近づくことすらできなくなっていた。
どうも、先日バリウムを飲んだ後に飲み会に行って帰りに盛大にうんこもらした者です。
当時の模様は以下をご参照下さい。
http://anond.hatelabo.jp/20111212011721
先日は皆様からの暖かいご声援を賜り誠にありがとうございました。
真摯にこれをうけとめ、来年はしっかりフタをして生きていこうと誓ったところです。
男としておぎゃーとこの世に生を受けて31年。
人としての尊厳は保ってきたわけですが、生を受けて31歳と6ヶ月。
たぶん31年と6ヶ月の人生のうちの31年が無くなってしまってるんじゃないかと思うほどの連発ですよええ。
奥さんとは結婚してから初めてのクリスマスだったのですが、39度を超える高熱を出してしまい、最悪なことに上からも下からもなんとかトイレで用を足セルかどうかの状態でした。
先日あんなことがあったので、お詫びのためにいろいろプランを練っていたリア充になるはずのクリスマスが病床で嘔吐下痢ですよ。もう、ホント奥さんに申し訳ない申し訳ない・・・
そして、昨日の夜。
世の中はクリスマスの日も終わり、年末に向けて最後の仕事にかかる月曜日の準備をしていたことでしょう。
それは私も同じです。
今日は絶対に休めない仕事があったので、コルゲンコーワIB透明カプセルを2錠飲んで、熱を抑え、鼻水を抑え、なんとかがんばろうとして風呂にも入ってヒゲも剃りました。
でも、皆さんご存じかと思いますが、風邪薬って効き目が強いモノほど症状を抑えてるだけで、治ってるわけではないんですよね。
そんなときの鼻水って水っぽくなくて粘っこい緑色っぽいですよね。
勢いつけないとなかなか鼻をかみきれませんよね。
薬が効いてるおかげか、風呂上がり、少し湯冷めしながらも鼻水が出そうで、出ないそんな状況でした。
奥さんが明日の出勤のために私に代わって用意をしてくれていました。
俺「ちょっとまってー」
そう聞かれた私は明日着ていくワイシャツを選ぼうと手元の鼻セレブを2枚出して、鼻をかみつつ立ち上がろうとしました。
俺「ちょっとまってー」 シュッシュッ(ティッシュを出す音)
よっこいしょ フンッ! チーン! ブバッ!!
えっ?(;^ω^)
なんですか?中腰状態って肛門ふさがっていないんですか?
鼻水は勢いよく出ましたが、違う穴からも勢いよく出たような気がしました。
気のせいではありませんけどね。
どどどどどうしよう!!
嫁「で、ワイシャツどうするの?」
俺「うん、まぁワイシャツは後で俺が選ぶから、先寝てていいよ。 あ、もう一回お風呂はいっていいかな?」
嫁「なんd・・・くっさ!」
ええ、ごまかす間もなくバレましたよ、さすが室内。
嫁「はよ風呂いってこいこのアホー!」
そのまま風呂に逆戻りで、また改めて全身洗い直し、パジャマも自分で洗浄して速効洗濯機で寒空の中物干しですよ。
そのショックなのかそれで湯冷めしたのか結局熱も下がらず38度超えたまま出勤でしたよ(`;ω;´)
結婚して半年、半年の間に2回もうんこ盛大に漏らす男とは奥さんも思わなかったろうに。
本当にいたたまれなくて申し訳ない。
性の6時間と呼ばれる時間にキンタマ袋が熱でビローンとなって病床にあえいで
2chまとめサイト見てて性の6時間に正拳突きをしていたVIPの皆さんがまぶしく思えましたよ。
月曜日怖い。
残業怖い。
でも土日あっただけマシ。
でも冷静に考えたら新人がこんなこと考えてる時点で破綻してるのかな。
どの業界もわざわざ「苦労して赤字」出してるんだから。それとも儲かってんの?偉い奴(というかいわゆる老害?)
笑って仕事してる上司や先輩が頭おかしいようにしか見えない。あいつら恋人もいないし友人とも遊べないんだぜ?
だから若い連中が頭の悪い飲み会で気を使うことになる。(そして下にしわ寄せが来て新人に)
俺一人会社辞めた所でどうせ何も変わらない。(いや、既に同期一人潰れて辞めたけど)
周りの友人もいつの間にか非正規ばっか。バイトでさえ鬱病とか病んでるよこの国。
早くこの国の経済潰れて欲しい。欧州危機とか株価下落とか円高とかもっとやれよ。
こんな生活を前の世代がやってきたってことは、もう何十年も続けているんだろ?
荒治療じゃないとどうしようもないだろ、もう
高校生の娘がいるアラフィフお局と見た目ギャル系アラサー女子社員の会話。
お局「昨日娘の高校に呼び出されてね。アイプチしてたのと、校内で携帯使ってたからって没収されてさ。今時の高校生お化粧ぐらいするよねー。」
お局「携帯だって、持って来ていいけど使っちゃダメなんて、じゃあ最初から持ち込み禁止にしたらいいじゃないの。」
お局「校則にも化粧禁止とか書いてあって、高校なのにうるさくない?今時中学生でもお化粧してるのに。それに化粧じゃなくてアイプチなんだから、それくらいいいと思わない?」
女子「普通ですよね、そんなの。コンプレックス隠しな訳ですし。」
お局「でしょでしょ。たかがそれくらいで仕事終わった後に中学校まで呼び出されるなんて、本当に腹が立ったわ」
ジェネレーションギャップってやつか。
つか何で校則にそんな禁止事項あるのか考えたことねーの?
携帯にしたって通学時に何かあった時のこと考えて、持ってた方がいいと言う学校判断はあるだろう。つかそれこそ保護者から授業中はダメでも、行き帰りぐらいはと言われてんじゃないの?
その娘は放課後に使ったと言うが、じゃあ学校出て使えば良かっただけなんじゃないか?
とか隣から聞こえてきてるだけで会話に参加してないのに、ついツッコミ入れたくなって困った。
大体聞いてれば、この娘も学校側から目を付けられるようなこと常日頃からやってるみたいだし。
夏休みに茶髪にして染め直ししたけど、地毛がそもそも茶色なのでそれで先生にマークされてるらしいとか、禁止されているアルバイトに行っていて毎週月曜日は遅刻だとか。
どっちかってーとこんな親の仕事終わりまで学校で待ってなきゃいけない先生に同情した。ほんと、先生業って大変だなあ。
それにしても高校生が学校に化粧して行くのが当たり前でいいのか?
いや、高校生は興味ある年頃だからわかるにしても、親がそれ認めてしまってる方が恐ろしい。
今からあれこれいじってたら年寄ったら怖いぞ、と説教するような大人しか周囲にいなかったんで、今の「普通」の考え方が、あの会話の通りだったとしたらぞっとする。
題から見て分かるとおり、http://anond.hatelabo.jp/20110929232831のパクリです(書き終えてみれば、パクったのは題名だけですが)。
栄養学科版です。それほどメジャーな学科ではないと思う。管理栄養士になりたい人が行くところと捉えて頂ければ十分です。
そもそも、栄養士という職(資格)を知っていても、具体的にどんなことをするのか分からない方も多くいらっしゃると思います。
悲しいけれど、「給食のオバちゃんのボス」という言葉がしっくり来る現状です。
仕事は多岐に渡るのだけど、後にさらりと触れるので、ここでは省きます。
筆者は栄養学科に行きはしたが、結局は別の道を選んだ脱落者です。
これから書く内容は、現状には即していないかもしれませんが、恐らくそう外れたことでもないでしょう。
筆者がなぜ栄養士として働かなかったのか、ということについても後程述べます。
栄養士を夢見る女学生の方や、栄養系の学科ってどんなことやるの?と思う方、その他お暇な方向けです。
長い序文となりました。本文も長くなりますが、お付き合い頂ければ幸いです。
他の学部学科ならば、大学生活は割りと時間に余裕があるのではないでしょうか。人生の夏休みとも言われるほどですし。
空きコマがあるのは当たり前、丸々休みの日もある、というのが私のイメージです(他の学科について正直よく分かりませんが)。
栄養学科の場合、たまに空きコマがあっても、休みの日なんてありません。時間割がみっちり詰まっています。月曜日の朝から金曜日の夕方まで何かしらあります。
取りたい資格が少なければ、少しは余裕が生まれますが、逆にひとつでも多く資格を取りたい!となると遊ぶ時間が消えます。
衛生の資格に加え、栄養教諭の資格も取得した友人は、1年生から4年生の間まで、ずっと忙しそうでした。死にそうな顔していました。
また、実験や実習も多くあるので、それらがある日は時間割通りに行かないことも少なくはなく。
管理栄養士になるために必要な科目が必修科目になり、その量が膨大……とまでは行かなくとも(膨大なんて言ったら医師や看護師に失礼だわな)、
かなり多い部類には入るので、他の学科のように単位選択に困るわー、取得に困るわー、なんてことはありません。ここは利点かな……?
1,2年生まではみっちり勉強そして実習、3年生になると時間割の上では余裕が出来ますが、臨地実習に行かなくてはなりません。
給食施設実習(ここでの給食施設とは、保育所、学校、及び老人福祉施設などを指す)、臨床栄養実習(病院)、公衆栄養実習(保健所)の3箇所全て。
準備、臨地実習本番、報告書作成、報告会準備などに追われ、ひとつ終わったと思ったら次の実習が始まるので、3年生は結構忙しい。夏休みは半分くらい潰れました。
4年生になれば、授業ほっとんどねーや解放されたぜイヤッホゥゥ!!だが世の中そんなに甘くない。就職活動と卒業論文(実験)が待っている。
授業もそこそこそれなりにあって、臨地実習もある3年生が恐らく一番忙しい学年です。そんなだからまともな就職活動が出来るのは2月くらいからかな。
ちなみに栄養教諭を目指す人は、そのための実習があるので、さらに遅れます。
(管理)栄養士になりたくない、って人は実習等も適当に乗り切って、時間が出来る12月くらいから始めます。それでも遅いんだろうけどさ。
さて、栄養学科は文系に属するのでしょうか、理系なのでしょうか。
理系の知識がなければまずやっていけませんが(化学と生物、特に化学については高校でしっかり学んでおく必要がある)、
まるっきり理系というわけでもなく、文系のような?こともやります。
管理栄養士は、食事を作ることだけが仕事ではなく、人の相談に乗ったり(カウンセリング)、教育したりなどもします。そのための技術も必要です。
保育所や学校の栄養士の場合、最近は児童生徒等に対し、食の知識について教えることが多くなりました(いわゆる食育、何度か出てきている栄養教諭は食育専門の教諭)。
自治体の栄養士になれば、管轄地域の住民全体の健康について考えなければなりません。収集したデータをどのように統計し、解釈し、どんな計画を立てるか。
また、給食を作ると言ったって、タダで出来るわけじゃないから、経営についての知識も必要となる。あとは福祉についても少しだけやったかなあ。
前述のとおり、実験や実習も多くあります。実験は理系の学科であれば大抵やっていると思うので省きます。
食品や栄養について学ぶ学科なので、調理実習はたくさんあります。1年次はただ指定されたものを作るだけ(それはそれで楽しいしラク)ですが、
2年次から自分で献立を考えて作らなくてはならなかったり(たとえば、腎臓病の方向けの食事の場合、低蛋白高カロリーの献立を実際に考えて作らなくてはならない)、
実際の給食施設のように大量調理し、客(に見立てた学生)に配膳、アンケートを取る実習があったり、一筋縄では行かないものばかりです。
調理ではない実習もあります。たとえば低学年の児童を対象にした栄養教育を計画書から作って(児童に見立てた学生に)実演してみたりとか、カウンセリングの実習であるとか。
リーフレット作ったり、商品開発の実習をしたり、パソコンの実習もありました。
前の項と合わせて、必修の課目が多いし、分野も広い。期末はレポートの山に囲まれ、レポート作成と並行してテスト対策もしなければならないので、大混乱です。
レポートの期日が重なるなんて当たり前。テストは持ち込み不可のことが多い。劣等生は追試の山……。
ちなみに、実習の際はグループ行動が多く、グループ分けも大概教授が指示するので、ひとりぼっちになることはありません。
そういう機会に知り合いや友人が出来るので、他県から一人だけで入学したという場合も、孤立することはまずないかと。
栄養士になった人がキツくなるのか、それともキツい人が栄養士になるのかは分かりませんが、授業中にキツいことを言われることもしばしば。厳しい方が多い。
「あなたたちは即戦力となるために~」なんてのは耳にタコが出来るほど言われます。
実際、管理栄養士として就職したならば、初めての社会人経験であっても管理職として扱われます。
その時にまったく戦力にならないのでは困る、ということ。
調理員のオバちゃんをこらしめる方法を教わったときはどうしようかと思いました。
献立でダメ出しくらうの当たり前、授業中の雑談が思いの外キツいことだったりすることも当たり前(患者さんが亡くなってしまった話とか、派閥の話とか)。
むしろ、こういうことを耳にして、覚悟完了できるかできないかが、栄養士として働くか働かないかの分かれ目である。
筆者は覚悟完了出来ませんでした。これから下記に書く実情もあり。
ここまで栄養学科の話を書いてきましたが、どのように感じたでしょうか。
大学生にしてはずいぶん忙しそうだな、とか、こんなヌルい内容でキツいだなんて笑わせてくれるなど、様々な意見があるかと思います。
私も当時の思い出を振り返りながら書いているので、昔の自分であればキツいと感じたことも、今であれば当たり前と感じるのかもしれません。
それはそれで置いておいて、管理栄養士が実際に管理栄養士として働くと、
他の医療系資格よろしく(管理栄養士をコメディカルと見ない人もいるが)、常に求人はあり、その意味では困らず、食っていくに困りません。
だけど、食っていくことしか出来ません。自分の時間が取れない。食べて寝て仕事して寝て食べての繰り返し、というのが管理栄養士として就職した友人の生活。
ただ、管理栄養士はやりがいがあります。そして責任があります。誰かがやらなければならない、いのちの基本、食事に関わる職業です。
そのことにやりがいを感じ、そのために生きていける人ならば、きっとやっていけるでしょう。
それか、何でも要領よくこなせる人とか、切り替えが早い人とか。
私はそのいずれにも該当しなかったし、あとは早い段階で(ただ入学した後の話でしたが)2ch等を見て、栄養士は基本的にブラックな職業だと判断し、事務職に就きました。
何が言いたかったかというと、栄養士を夢見るお嬢さん(高校生以下)、理想と現実はかなり違うから、考え直すならば今のうちだぜ、ということです。
それから、栄養士の労働環境を知ってほしかった。他の方も様々な場所で腐るほど語っています。
テレビに出る栄養士なんて雲上の人、1000人に1人いるかいないかの超好待遇の人なので、管理栄養士が全員そうだとは間違っても思わないでくださいませ。
それではここまで読んでくださってありがとうございました。
これから株を始めたい人がチェックすべきサイト5選というサイトを見かけた。
自分は株売買は7年前から続けていて、同じテーマで書きたくなった。
Webじゃなくて購読すること。
株価欄を毎日ざっとみていくとよい。毎日見ると上がり続ける銘柄、下がり続ける銘柄に気づく。
●日経新聞の景気指標欄
毎週月曜日発行分(休刊日なら火曜日)に日経の真ん中辺りに挟まっている。
日本、アメリカ、ヨーロッパ、アジアのマクロ経済の数字が新聞1ページ分に並んでいる。
一見何気ない数字の羅列だが、相場の空気を読むために必要なマクロの数字がこれだけ小さな
スペースに圧縮されているのを他にない。1〜3月期の日本の実質GDPはいくらか?、というのは
自分は毎週切り取って保管している。
あとこの景気指標欄の読み方だけ解説した書籍がある。
週刊誌。毎週読んでるけど、ここに載ってた割と新しい会社買って結構な利益出たことが2回あり。
特集と、キーマン(特に社長)のインタビューを中心に読んでる。
東洋経済でもダイヤモンドでも良いと思うけど、そこはまぁ個々人の趣味でお願いします。
証券会社の取引ページにログインすると四季報が見られるところもあります。
売買したい銘柄はこれで探す。
上の四季報とは別に、各会社のシェア、関係がグラフィカルに書かれていて分かりやすいです。
●相場の格言集
上がりすぎた銘柄はそのうち下がるし、下がりすぎた銘柄はそのうち上がる。
迷ったときに読むと頭を冷やせる。
株価見られるサイトは色々あるが、日経のところは適時開示速報(リンク先の左下にある)も載る。
適時開示速報で会社がリリースする決算短信や業績修正が出るのでこれでチェックする。
業績で株価が大きく動く。
上級者向け。
適時開示速報をRSSで取得できる。チェックする銘柄が数十件あると、いちいち
文書をチェックするのは面倒。これ使うとRSSで更新があったときだけ通知してくれる。
株始めるなら50万円は欲しい。ただし当面使わない余裕資金を充てること。
自分は30万ちょっとで始めた。銘柄には最低購入単位があり50万円をこえる銘柄も
あるが、これはミニ株等(最低購入単位以下で株を買える)を使えば解決する。
やっと仕事が休み。もう毎日吐き気をこらえて働いている。このままだと日曜日に吐きそうだ。寝られないまま月曜日。
SI屋に勤めているのだけれども、この連絡不徹底というか「決して謝らない」文化というのはなんなのだろう。「あ、それは利かなかったそっちが悪いよね?」「そんなことは言わなくても判れ」というのが多すぎる。自分がここにきて2ヶ月なのも問題なのだろうけど、この決して謝らない文化のなかで一人だけ謝り続けているのが精神的に苦痛でしかない。
周りの連中は精神がおかしいのではないだろうか? それとも、こういう人との接し方が世の中の基本なのか? 働いて15年になるがこんな部署は初めてだ。担当しているのが公務員や学校だからだろうか。
もう厭だ。これまでお世話になった会社だけれども、異動願いを出したが望みは薄い。だとなると退職しかないのだろうか。でも、僕が辞めても、あの人たちは手法を改めることなく謝らないのだろう。どういうことなんだ。
ロンドンその他都市のあの「愚者の祭り」から1週間が過ぎて、あの月曜日の事情が少しずつ分かってきた。5年以上ロンドンに住んでいる者としてあれこれ考えることも多かったし、諸事情で「暴徒」のおかれた環境について少し知る機会もあったので、少し書いておきたい。
これについては、無軌道な若者の暴走と言うことで概ねコンセンサスは取れているように思う。以下のtogetterは現状ロンドンで理解されていることに近い。
警察が、最初の暴動の抑制に失敗したことで、「今なら何をやっても大丈夫」という無礼講的なお祭り騒ぎが一挙に拡大したと言うことなのだろう。周囲の興奮と燃えさかる炎に当てられて、「乗るしかない、このビックウェーブに!」とばかりに舞い上がってしまった子供が相当数いたであろう事は間違いない。(ロンドンで逮捕された暴徒の5割以上は18歳未満であるというニュースが出ている。)
もちろん、子供の暴走がここまで大事になってしまったのは異常事態であり、その裏側に社会的問題があると考えるのは当然だ。ただし、今回のように、当事者すら争乱の理由が分からないという状況は、「ぼくの考える社会の欠陥」的な牽強付会の自説を宣伝する絶好の機会だ。実際、イギリス社会の事情も知らず、勉強した形跡も全く読み取れないのに、適当なことを言って悦に入る類の人をTogetterで何人か見かけた(以下に一例)。このエントリーを書こうと思ったのは、その手の単純で非現実的な観念論ではなく、地に足のついた議論の土台を提供したいとおもったからだ。
http://www.guardian.co.uk/uk/2011/aug/09/london-riots-who-took-part
報道から明らかになっているのは、暴徒の大半が未成年であること、特定のエスニックグループが暴徒になったわけではないこと、そして多くがロンドンでも貧しいとされる地域の住人であること。加えてもう一つ言えるのは、彼らの多くがカウンシルフラットと呼ばれる、低所得者向けの公営住宅に住んでいると言うことだ。このカウンシルフラットというのは、イギリスの貧困を語る上では非常に重要な点なので、少し説明をしておきたい。
イギリスにはホームレスが少ない。ロンドンを歩いていると分かるが、駅の構内で段ボールを敷いて寝ている人が殆どいない。公園に段ボールハウスの村が出来ているということもない。どうやらロンドン全体で野宿人の数は500人に届かないようだ。イギリス全体でも1000人未満のようで、2万5000人のドイツと比べると圧倒的に少ない。
何故かというと、イギリスにはあちこちにカウンシルフラットと呼ばれる公営住宅があり、イギリス国籍さえあれば、家賃を払えない低所得者は優先的に居住が認められるからだ。このカウンシルフラットがどのくらいあるのかは自分には分からないが、イギリス中そこかしこにあると思ってもらって間違いない。下の地図は今回暴動の起きたHackneyのものだが、住宅の実に5割がカウンシルフラットとなっている。
カウンシルフラットの家賃は圧倒的に低く、ばらつきはあるものの相場の5分の1程度。それすら払えない人には更に住宅手当が下りる。光熱費やTV受信料も実質タダだ。そして、当然家があるだけでは餓死してしまうので、これとは別にpersonal allowanceと呼ばれる生活手当が出る(最近制度改革があったので名前などが若干違うかもしれないが、大枠は同じ)。25歳未満の単身で週に50ポンド。25歳以上なら60ポンド。外食さえしなければ十分食費と携帯代をまかなえる金額だ(円高の今だと8000円弱に相当)。イギリス国民には、食べるに困るレベルでの貧困は(概ね)存在しない。
ただし、これだけ「おいしい」カウンシルフラットは、当然人気も高い。ウェイティングリストの人数は500万人に達しており、それなりに困窮していないとフラットは手に入らない。下の掲示板では親とカウンシルフラットに同居している30歳女性が、一人で住めるカウンシルフラットを探しているのだが、「今現在無宿とかでないと難しい」と返答されている。
http://boards.gumtree.com/viewtopic.php?t=215432&p=2686792
ここで、イギリス人なら誰でも知っているトリックがある。子供がいて、しかも親がシングルマザーだと、フラットが優先的に廻ってくるのだ。こうなると、親から独立したい、しかし職がない子供にとって、手っ取り早い手段は妊娠と言うことになる。かくして、イギリスは先進国でも突出して10代の母親が多い国になった。しかも、子供が生まれると一人当たり週に12~20ポンドのChild benefitが支給される。また、シングルマザーだと上の生活手当も週に40ポンド前後は増額される。このため、パートナーがいても敢えて結婚せず、シングルマザーになる母親が多い(当然の結果として、その後別れて本当のシングルマザーになる確率は高まる)。母親ひとりに子供一人で月500ポンド(約7万円)あれば、正直生活には困らない。
とはいえ、貯金は難しい。それに、貯金額が6000ポンドを超えてしまうと支給額が減額されてしまうので、そもそも貯金する理由がないのだが。ちょっと大きなTVを買おうとすれば、夜遊びを楽しみたければ、その分働くしかない。問題なのは子供だ。託児所に預けたいところだが、ロンドンの託児所は1ヶ月フルタイムで1000ポンド。平均所得層ですら厳しいこの金額を彼らが払えるわけはない。その結果、子供は無人の家に置き去りでTVを見るかゲームをするかと言うことになる。言葉を学ぶには最低の環境だ。
その結果起こったのが、子供の識字率の低下。移民だけでなく、ネイティブの識字率が低下している。2007年に政府が行った大規模な調査によると、小学1年生の6分の1が自分の名前やmom, catといった3文字の簡単な単語を書くことが出来ない。当然、こういう子供は小学校のカリキュラムに着いていくことは難しい。その結果、無視できない数の中学生(数字は忘れた)が、「数学の試験問題の英語が理解できない」ために零点をとる、という現象が起きてしまった。こんな状況では学校に行くのは苦痛でしかない。カウンシルフラットの周りでは、昼間から特に何をするでもなくぼーっと座っている子供達をよく見かける。
この様な子供が成人して職に就くのは、非常に難しい。肉体労働系なら大丈夫だろうが、ポーランドからの出稼ぎ労働者の方が高いスキルと低い給料で働いている。それよりも低い賃金では、生活保障の支給額を下回ってしまうので、働く意味がない。こうして、カウンシルフラットで生まれた子供は、またカウンシルフラットで自分の子供を産むことになる。ちなみに、失業手当の受給者数は約150万人。人口が倍の日本では80万人だ(失業率は8%弱)。別制度のincapacity benefit(病気などで働けない人のためのもの)の受給者は250万人(人口の5%弱)を超えている。
結果、親子3代、殆ど働きもせずカウンシルフラットに住み続けている、という話は、もはやイギリスでは珍しいものではなくなっている。このような状況で子供が未来に希望を見いだせないのは当然のことだ。少なくとも彼らには、サッカーの才能に恵まれてプレミアリーグに行くくらいしか、この生活を抜け出る手段がないように見えるのではないか。これでは、リオデジャネイロの山肌に広がるスラムの子供にサッカー以外の未来がないのと大して変わらない(実際には、カウンシルフラット生まれでも頑張って勉強して、奨学金で博士号まで取る人もいる。そのための制度や組織もある。ブラジルのスラムに比べれば、カウンシルフラットの子供達は圧倒的に恵まれているという点は強調しておきたい)。このような状況で鬱屈しないでいられるのは、よほど心の強い人間だけだろう。
今回暴動でワイン1本を盗んで歓声をあげ、昨日裁判所で有罪を宣告された子供達は、多くがこういう鬱屈と共に生きているのだと思う。
カウンシルフラットの子供達が鬱屈しているならば、イギリスの納税者達は絶望している。イギリスの税金は高い。年収550万円以下なら所得税は20%、それ以上なら40%(しかも、社会保障関連の支出は所得税収総額を上回っている。なにしろ、上に書いたincapacity benefitだけで1兆5千億円かかっていたのだから)。消費税は20%。それ以外に地方税も取られるし、国民保険料も安くはない。通勤の交通費は自腹が原則だし、会社が住宅補助を出してくれると言うこともあまりない。そういう辛い家計をやりくりしながら、やたら高い家賃を払って暮らしている家のすぐ隣で、無職の人が昼間からぷらぷらしていたりするわけだ(カウンシルフラットは本当にあちこちにあるので)。
それでも、ブレアが政権を取った1997年以降、イギリス人は低所得層との格差を縮めるために税金を投入する政策を支持してきた。小学校低学年は30人学級となり、小学校入学前に児童の学力を底上げするためのプログラム(SSLP)にも1000億円の予算が付き、補習授業は大きく拡充され、挙句には、高校をドロップアウトする生徒を減らすために、出席率が高い貧困家庭の生徒に補助金まで出した。職歴のないシングルマザーにはコンサルティングから面接の訓練まで提供している(一人当たりのコストは10万円)。
にも関わらず、今回の暴動だ。これを「先進国とは思えない、途上国の光景のようだ」と思った人はイギリスにも少なくない。ブレア政権の教育改革がスタートしたのは99年前後だから、今回の暴徒の大半は改革された教育制度の下で育ってきた子供達である。これだけの負担をしていながら、なぜ途上国のスラムのような光景を見なければならないのか。これに絶望せずにいられるのは、やはりよほど心の強い人間だけだろう。
(1) 警察力の強化。これは言うまでもない。秩序を失えば人間は(誰であれ)動物になりうると言うことを、今回の暴動は証明した。ならば、秩序の維持は至上命題だ。先週キャメロンがアドバイサーに招聘したビル・ブラットンはニューヨークで例の「割れ窓理論」の実行部隊を指揮した人であり、警察官の最適配置システムの第一人者でもある。締め付けは厳しくならざるを得ない。
もしこの手の暴動を放置すれば、被害者は自警団を組織する。彼らは武装し、いがみ合い、それが新たな暴動の引き金になる。そうなる前にキャメロンには何とか手を売ってもらいたいと思う。もしかしたらもう手遅れなのかも知れないが。
(2) 社会保障制度の見直し。これは実のところ暴動前から進行している。上で書いたincapacity benefitだが、悪用して海外旅行まで楽しむ輩が多く出た上、一度受給者になると死ぬまでもらえるので、就労意欲がゼロになる。以前から批判が絶えず、キャメロン政権は廃止を決めた(別制度で代替)。ただし、これらの社会保障の削減が暴動の理由ではないというのはマスコミでも一致した見解だ(まだ削減は殆ど始まっていない上、暴徒の大半は親元で暮らしているのでそもそも受給していない)。
上でも書いてきたように、手厚い社会保障制度それ自体が受給者と、その子供や孫の未来までをも奪ってきたという側面がある。そして、この制度は格差の縮小どころか、治安維持という最低限の目的すら達成できなかった。何より、イギリス経済はこれ以上の負担にはもはや耐えられない。ならば、社会保障は削減しつつ、彼らに可能な限り働いてもらうしかない。Benefit Busters (興味のある人はyoutubeで検索すると良い)などを見ているとなかなかに大変そうではあるが、もう選択肢がないのである。
(3) 納税者の復讐。今日キャメロン首相まで”social fightback”と言う言葉を使っていて驚いた。具体的には、暴動に参加した子供がいる家庭に対する社会保障給付の停止。カウンシルフラットからも追い出す。少なくとも感情的には、そして理屈の上でも、そうすべき理由はたくさんある。それが更なる悪循環を招くとしても、あそこまでやられてしまっては納税者の側も収まらない(ちなみに、オックスフォードケンブリッジ卒のエリートはこの手の復讐にはあまり賛同しない。彼らはびっくりするほど穏健だ。怒っているのはむしろ小商店の店主のようないわゆる中産階級に多いような気がする)。鬱屈した子供の暴発を「社会の歪み」を理由に肯定する人は、絶望した納税者の復讐も肯定せねば片手落ちであろうと思う。
最後に、下のtogetterで見つけた以下のコメントについて。
火がつけば爆発するしかないほどの不満を溜め、失うものが何もない奴らがこれだけの数居るんだよ。社会がそれを生んだ。(中略)問題は目の前にそのままの姿である。こいつらのYouTubeを見ろ。音楽を聴け。睨みつけてくる視線に自分をさらせ。
この人の書いたラップの話は、今まで全く知らなかった分野な事もあって新鮮で、興味深く読んだが、このコメントには一言申し上げたい。無茶言うな。暴動明けの火曜日の朝にCamden Townの駅で暴徒の一人とばったり顔を合わせたが、彼の睨み付ける視線にどう応えろと言うのか。プラットフォームのあちこちにどかどか蹴りを入れながら、肩で風を切って周囲にガンをたれながら練り歩いていったが、一個人として彼を見れば、まだ自分を抑制できないただの子供であり、仮にポケットの中に盗品が入っていれば犯罪者に過ぎない。彼らをひとりの人間として直視するなら、そういう扱いにならざるを得ない。復讐の対象にならざるを得ない。むしろ、彼らを一個人ではなく社会現象の一部として扱った方が、まだ冷静な判断は下しやすくなるのではないかと思う。
追記:
これ書いてちょっとの間はレスがつくのを見ていたんだけど、それ以降ほったらかしにしていた。今日見て、すごい伸びているのでビックリした。
自称合理的論理的な人が俺定義や印象操作のテクニックを積み上げていて苦笑した。一時的にゴミを持ち帰ることを拒否することにかける情熱は素晴らしいな、と。
自称合理的論理的な人の俺定義には実際と違う部分が多々あるんだけど、ずっと議論に張り付いて前提条件や定義について補足説明をすべきだったかな、と思わなくもない。実際にはそこまで暇じゃないから無理なんだけど。
ま、勝手な俺定義を前提にしたからここでの議論は無効だ!なんて言っても仕方ないんだけど、しかし自称論理的名人は俺定義を前提に話を進めたがるので正直苦笑しましたわ。
で、一応ゴミの件の経過報告をしておく
・土曜日:扉が開かない(故障している)ことを発見。このときは未だゴミの放置はなし。管理事務所に通報。
・日曜日:扉は故障したまま。ゴミを放置している人がいてカラスに散らかされていた。
・日曜日:数時間後、扉の部分に「ゴミ出しは月曜まで待つように」との貼り紙があり。
扉が壊れている時点で、貼り紙がなくてもゴミは持ち帰るんじゃないのかなあ。扉故障が一週間以上も続くようならさすがに問題だけどねえ。
それと「ボックス」って書いたのが誤解を与えてしまったようだ。実際には大きな車庫(建物)があると思ってください。ゴミ投入扉が片方にあって、その反対側にシャッターがある。自治体のゴミ収集車はシャッターを開けて建物に入ってゴミを集める(火曜と金曜)。
で、ゴミ収集の人は反対側のゴミ投入扉までわざわざ来ません。扉の外はゴミ置き場ではない、というのはそういうこと。(おそらく議論に参加していた人は、ゴミ収集スペースに、人が三人くらい入る大きさのボックスが置いてある、というイメージだったのではないかと推測する。ボックスの外にゴミが置いてあっても収集の人は回収するだろ、という発言がどっかにあったね)
追記はここまで。
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住んでいるマンションの敷地内に、燃えるごみ/生ごみを捨てるための専用ボックスがある(時間制限はあるけど毎日ごみを捨てられる)
昨日ゴミを捨てに行ったらそこが壊れていた。扉が開かないのでゴミを捨てることができない。管理会社に連絡して、自分のゴミは一旦持ち帰った。
で、今日、もう一回専用ボックスを見てみたら、生ゴミを入れた袋が扉の前にたくさん置いてあって、当然それらはカラスに荒らされてゴミは散らかり異臭がひどかった。
生ゴミを外に放置したらどうなるのか、その結果他人にどのような迷惑をかける結果になるのか、を考える能力がそもそも無い人ってのはいったいどんな躾や教育を受けてきたのかあるいは受けてこなかったのか。素朴な疑問だ。
今年と去年、夏の過し方はどう違う?こう尋ねられたら、「今年は節電のために冷房をつけず窓を開けている」という人は多いのではないだろうか。
かくいう私もそうである。そして、私が住まうマンションの、私の部屋の真上の世帯もそうだった。
少し前、いよいよ暑さも本格化して、就寝時も網戸にするようになったところ、目覚ましよりも2時間早い7時に目が覚めた。暑さのせいではない。上の部屋の小さな子どもが絶叫していたためだ。月曜日のことだった。
絶叫は、困ったことにその後たっぷり10分は途切れず続いた。暑いわ蒸すわ睡眠時間は足りないわ、という状況で聞く子どもの絶叫は、なかなかに不快指数が高い。そして、同様の状況は金曜日まで休みなく続いた。
「子どもの絶叫ってどんなの?」と思われた方もいるであろう。「そんな大したもんなの?お前が神経質なんじゃないの?」と思われた方も。ここで簡単に階上の子どもの絶叫について説明したい。それはまさに絶叫で、恐怖映画でしか聞けないような類の、「きぇー」ど「ぎゃー」の間を取ったような金切り声である。ボリュームは極めて大きい。持続時間は短くても10分、平均20分程度、いちばん長いときは45分ほど続いた。驚くべき体力だ。合間合間に母親の「○○ー、やめなさーい」という低いテンションの注意が入る。その後数秒は声が止むが、基本的に注意は成果を上げない。走り回る足音も結構に響く。
虐待ではないようなのだけが救いだが、どうにもうるさい。集合住宅で生活する上での騒音の上限を、遥かに超えている。
金曜の買い物帰りに、同じ階に住む若い女性と会った。挨拶を交わすと、彼女は眉根を寄せ声を潜め、「あの…お子さんの声、凄くないですか?」と尋ねてきた。「そうですよね、私もう毎日睡眠不足で…」と苦笑すると、彼女は苛立ちと疲れを滲ませながら、「私きらいなんですよ、子ども。ほんとイヤで。もう限界なんですよ。これって我慢すべきなんですか? 私が窓閉めたり耳栓したりしろっていう話なんですかね?」と吐き捨てるように言った。
絶叫は次の土曜日も容赦なく響き渡った。私は7時に目が覚めた。シャワーを浴びて汗を流し、もう一度ベッドに入る。今日くらい、目玉が溶けるほど眠りたい。もうフラフラだ。せっかくの休みに…などと思いながら眠り、そして子どもの絶叫で目が覚めた。その時は訳がわからず、自分が24時間眠っていたのかと思ったが、時計を見るとベッドに入ってから1時間も経っていない。思わず舌打ちし、ウィークデーはバタバタして成せなかった不動産会社への電話をすることに決めた。
昼ごろ電話した。電話口で名前と物件名を告げた瞬間、「恐れ入りますが騒音の件ですか」と尋ねられた。担当氏いわく、今日になって何件も苦情が入ったらしい。小さな子どものことだし、と気後れしていたが、週末まで睡眠を妨害されては我慢ならない、と何人もが話していたという。ちなみに苦情は私で何件目ですか?と何気なく聞いたら、5~6件目とのこと。部屋数が15もないマンションとしては異例の数だ、よほどひどい状況だろうから午後に早速調査に行く、という担当氏の話を聞き、すこしほっとした。
階上の子どもは出かける気配もなく、順調に騒いでいた。不動産会社が来たときだけすごく静かだったらどうしようかとの心配も、まったくの杞憂だったようだ。
午後3時ごろ、「だって子どもなんですよ!」「他の部屋が何時に起きるかなんて言われても知らないですよ!」「じゃあ節電節電言ってる中でうちだけ冷房つけろっていうんですか?うちだけ冷房代払うんですか?」といった内容の女性の金切り声が聞こえた。不動産会社が来たのだなと思った。それにしても、あれだけの騒音にクレームがつかないと考えていたのなら凄い話だ。そもそもあの子どもは、歌うでもなく喋るでもなく、悲鳴だけをあげ続けているって…大丈夫なのだろうか。前にすれ違ったときは4歳くらいに見えたけれど。母親はなんか…ナチュラルっぽいスタイリングのわりにトゲのある雰囲気の女の人だったな…などとぼんやり考えていたら、浅く眠っていた。そしてその眠りは、階上から聞こえた「何であたしだけ…!」という凄まじい叫び声と、力いっぱい窓を閉める衝突音で破られた。
それからは静かなものだった。叫び声は聞こえるが、今までを10としたら1か2程度のボリューム。突き刺さるよう鼓膜を攻撃してきた音の質も、くぐもってマイルドになっている。これなら眠れる。それがただただ嬉しかった。
それからしばらく経った今、階上からは相変わらず、小さくくぐもった音で叫び声が聞こえる。前とは違う点は、母親の金切り声が聞こえるようになったことだ。たまに、父親の声らしきものも。
「子どもが嫌いだ」と話していたご近所さんと顔を合わせたとき、彼女は話していた。あの騒音のおうち、お母さん凄いこわいんですよ。すれ違うと睨んできたり。この前挨拶したら、なんか知らないけど鼻で笑われて。意味分かんないですよね。私が怒られてんの?はぁ?っていう。むしろご迷惑かけてすみませんとか無いわけ?みたいな。なんか完璧こっちが悪者だと思われてるっぽくて。
私(あるいは私たち住人)は、きっと母親を追い詰めたのだろう。いま、子どもへの虐待に発展する可能性を考えると恐ろしい。
では、私は不動産会社にクレームを入れるべきではなかったのだろうか。私が窓を閉め耳栓をすれば万事丸く収まったのだろうか。もしかしたら、階上の子どもは情緒や発育に何かしらの障害があるのかもしれない。母親はギリギリのところで子育てに奮闘しているのかもしれない。しかし、その母親に「目が覚めるほどの騒音を立てないこと」を期待するのは間違っているのだろうか。
今までニュースで子供の虐待死なんて聞く度に胸が締め付けられ、我が子を可愛いと思えないなんて信じられない!って思ってた自分が、今、有り得ないくらい我が子を可愛いと思えない状態にいる。3才8ヶ月の長女が喋るだけでイライラする。一緒の部屋に居るのも苦痛。育児や家事をする気に全くなれない。旦那は家事や育児に非協力的な人だが、ここまで私が何もしないとやらざるを得ない感じで、1才1ヶ月の次女の世話は何とかやっている模様。私は寝室に引きこもっているので詳しい状態はわからないが、たまに泣き声がするし、長女は私に怒鳴られても一緒に居たいのか、度々寝室に来る。
子供の顔を見るだけでイライラする。何も楽しいと思えない。こんな状態で居たら子供たちが可哀想なのは目に見えてる。でも、可愛いと思えない。子供の笑顔を見ても、愛おしいと思えない。本当にイライラする。こんな事、母親にも言えない。私が悪いのは百も承知。今なら虐待した親の気持ちがわかるような気がする。でも、今の私は「この子達さえ居なければ…」なんて感情は無い。ただ、子供たちに愛情をかけてあげられない事が辛い。しんどい。頭が痛い。
どうしたら以前のように子供たちに愛情を持って接してあげられるのだろうか。明日は月曜日。旦那は仕事だし、長女も幼稚園だ。
どうしようもないけど、どうしようとしか言いようが無い。
次は断ろうと思ったがうまく乗せられてしまいまた会うことになった。今度はお茶だけの約束で。
確かあれは月曜日の夜。それが情けなく初めてあった日のことを困ったことに母親に一部始終を話してしまっていた私に母があとから行くとのたまいだした。
監視するつもりだったのだが実際は駅前の本屋で待機していた。母はそういうことは止めなさいとのたまう。
そして相談所に電話までしていた。しかし明瞭な回答は得られずむしろ面白半分で話を聞かれたらしい。
ドトールコーヒーに二人で入る、喫煙席だ。おじさんはたばこは吸わないので、ちょっと嫌だと言っていたが席がないので仕方ない。
私はひそかにアンケートを用意していた。それを見せて答えてもらった。その詳細は省くが大体、子供をはらませたことは?とかそういう
えぐい質問だった。
そしてその質問には丸がされていた。私は驚いた。まさかヤリニゲ?と。しかし話を聞くうちにおじさんの顔がだんだんと年齢不詳に見えてきたのでちゃんと年齢を
聞いてみた。するともう50近いことが判明した。なのでもちろん子供がいた。はらませたとはそのことだったのだ。
続く
先週の月曜日、会社に着くと、空気が淀んでいて、ひどくカビ臭かった。そういえば、前日の日曜日、業者の人が、空調機のフィルタを掃除していた。フィルタの入れ替えなんかして、色々ひっくり返した結果、一時的にカビ臭くなったりしたのかな、と思った。
私の隣に、私の10年と少しの社会人歴の中でも、他の群を抜いて “仕事のできない” おじさんが座っている。どう群を抜いているかは、それだけで数エントリ書けるので、ここでは措く。ただ、そのおじさんは、“できない” に加え、日常的に臭いおじさんでもあった。体質的なものもあるんだろうとは思う。ただ、ムラがあることから、清潔に保つという基本的な努力も怠っているんだろうとも思う。
さて、席に着いて感じたその臭いの違和感の元は、隣のおじさんではないかという疑義は、一番最初に頭に浮かんだこと。ただ、その日の臭いは、かなりの広範囲で、且つ “カビ臭い” という類の臭いは、今までそのおじさんから感じたことはない。また、その臭いは一人の人間が出せる範囲を超えている(いや、自分の想像力をはるかに超えていた)と思ったので、やはり空調のせいだろう、と思うに至っていた。
同じフロアの別の作業室に入ると、そこでも臭いの話題が端々で聞かれ、みんな鼻をやられていた。「まあ、空調が不調だということは、それはフロア全体の影響になるだろう」 まだ私は、そんな風に思っていたのだが、その端々の会話の中にポツポツとそのおじさんの名前が入ってくる。
結局やはり、臭いの元はそのおじさんだった。別の作業室の人は、そのおじさんが入ってきたときに明らかに臭いがひどくなることから、おじさん自身の席の近くの人たちより早期に原因を突き止めていたようだ。
臭いに耐えられない人には本当にもう切実なようだった。ある女性の周りは、他で紛らわすべくいい香りがするもの総動員したせいで、デパートの化粧品売り場のような匂いになっていた。リセッシュみたいな消臭・除菌スプレーを買って、道すがら常に散布していた人も2,3名いた。特に深刻だと思ったのは、この現場は今は定時で上がれるような状態ではないにも拘らず、耐えられず早帰りしていた人も数名いて、進捗にすら影響を与えていた点。ある人は、テロだと吐き捨てるように言っていたが、とにかくヒドい状態だった。
私にとっても事態は面倒で、残念ながら私はチーム体制上そのおじさんの上長。自分の中では、臭いの元がそのおじさんだと認識したときから、今日は我慢して明日も継続するようだと手を打とう(帰れ/服着替えてこい/風呂に入ってこい/更に上の上長に手を打ってもらう..etc)と思っていた。でも、そんなヒドい状態になっているのに何もアクションを取らないという罪悪が、どんどん重くなってきている気もして、いたたまれない。また、ただでさえ “できない” だけあって、定期的に言うのも嫌なレベルの説教を繰り返さなければならない理不尽が納得いかないのに、この上、服着替えてこい/風呂入ってこい、なんて指示を出さなければいけない? 冗談じゃない。結局そのおじさんは、基本的な人間関係の構築にも失敗しているから、「またあいつか」と扱われ、耳打ちしてくれる人も持たず、後ろ指を指されるだけで。
翌日には、日常的な臭いに戻り、デパートの化粧品売り場の匂いも、リセッシュの散布もなくなった。私も、嫌な指示を出すことから免れた。ただ、あれから、自分につける香水の量が増えた。
(1)日曜日、各自で横浜、池袋にて参加候補者から意見の吸い上げを行う。
(2)月曜日、八重洲で各自が吸い上げてきた意見をまとめつつ、八重洲メンバーと話し合って最終的なプランを固める。
土曜日の時点では、私の考えとして以下のような内容を説明しています。
(3)予定時間3時間の内、最初の30分位を使って問題を解く。その後30分位を使って答え合わせと知識補充のディスカッションをする。
(4)最初に解く問題は、参加候補者の中でたぶん得意にしている人は少ないであろう、運営管理を取り上げるのはどうか?
追加で、土曜日の打ち合わせ以後に私が思いついたプランを以下に述べます。
(5)参加者、参加はできないけれど関心のある勉強仲間に声をかけて、事前にヒアリングを行う。
(6)ヒアリングの内容は、「(他の参加者に聞いてみたい)質問」、「参考資料(書籍、HP)」、「その他」など。
(7)フリーディスカッションの時間を設定し、ヒアリングの結果を整理して発表。参加者は、その場で質問に答えられる人が答えたり、参考資料などの情報共有を行う。
(8)フリーディスカッションの内容は、議事録にして各自が勉強仲間に提供する。
私がヒアリングしてきた池袋の勉強仲間からの意見、反応は以下のような感じ。
(9)当日何をやるかわからない→目下意見集約中、火曜日ころには詳細連絡すると回答した。
※なお、具体的な科目名としては、財務の勉強には興味がある。中小は暗記科目なのであまり勉強会でやる意味はない気がする、という意見もありました。
(10)最近、モチベーションの維持が難しいと感じている。いい気分転換の機会になるかもしれない。
(11)他のクラスの人は相当勉強が進んでいるのではないか、ついていけるか不安だ→学習進度については各参加者バラツキがあると思うので、そこまでハードな勉強会にはならないと思う、と回答した。
(12)一方、不参加を表明した勉強仲間からは、今目の前にある勉強でいっぱいいっぱいになっていてヨソに行く余裕はちょっとない、という反応もあった。
(13)また、当日は講義と日程が重なるので、科目免除でないメンバーの参加は厳しい(逆に、科目免除のメンバーについては前向きな回答を得ています)。