はてなキーワード: 中部地方とは
2017年5月、明治がスナック菓子「カール」の中部以東での販売中止を発表すると、“実際の境界線”はどこかと話題に。
その中で、なばらー(名張市民)・いがらー(伊賀市民)という関西色の強い人たちが住み、関西系のスーパーもある三重県が注目されるも、メディアは買えないと報道。
「カール」が買えなくなる三重県の中でも、ギリギリ買える奈良県近くで料理旅館「平井亭」営む平井みち代さん(68)に話を聞いた。「うちは玄関出たら5cmで奈良なんですが、買い物はいつも車で名張に10分かけて行きます。そこではもうカールは買えなくなるんですね。私自身、もうそんなにスナック菓子を食べなくなっていますし、子どもも大きくなっているので、なければないで大丈夫です」
「和歌山県に本社があるのだから、隣の三重県でもカールを売って」
スーパー「オークワ」(和歌山市)本社には三重県民からこんなメールの問い合わせが続いている。オークワは近畿地方が地盤だが、三重を中心に愛知、岐阜にも出店し、中部地方でも存在感を示す。だが、広報担当者は「明治の方針を尊重し、三重県では販売しない」。
ところが、2017年6月13日放送のメ~テレ『UP!』が、三重県の四日市市と名張市にあるスーパーに直接確認したところ、仕入れ先が関西の名張市は販売を継続することが判明。
西日本版のどん兵衛、近畿・中四国限定の奥大山の天然水なども同じように東海エリアに越境していることから、もしかしたら東海でも売るとこは売る?と思いながら蓋を開けてみたら、結局東海どころか首都圏でも売ってる店が残ってた。
騒動から約3か月、東日本の菓子売り場からは完全にカールが消えた。と思いきや、売っている店が残っていた。
首都圏の大型量販店。担当者は、「本社が関西なので西側の物流を利用しており、関東でも販売可能」と説明。
福井県高浜町のサニーマート南店はギリギリアウトなのに騒動前と変わらず定番商品として販売している。
「仕入れ先が京都の問屋なのが理由です。ほかの市町村から買いに来る人もいます」
タイトル通り。
10年ほど前に愛知で数年間暮らした経験から、日本で一番病んでる地域は愛知(特に名古屋)だと思って生きていたが、
相模原の事件や座間の事件があり、前から愛知に似ていてやばいと思っていた神奈川も相当やばいな、神奈川の方が病んでるのか? と思いかけていたが
教師が生徒と性交に及んだというニュース、しかも1人ではなく複数人がロリコン行為で逮捕されているのを見て、やはりこっちの方が病んでいたか…と。
・愛知
・神奈川
・大阪
・京都
・香川
愛知→日本で一番病んでいる。劣等感の塊の田舎。何もない、文化も名物も有名人も何もないのに地理的な要因と経済的な要因で五大都市に入れられてしまった、ただの田舎。
東京・大阪・福岡・北海道・沖縄 などの他の都市に負ける、トヨタがあるだけのただの田舎だが、それを受け入れられない模様。
トヨタがあるというプライドとトヨタ以外に何もないという劣等感が、病んでいる原因。変質的な事件が多い。
見栄っ張りなのにケチ、田舎で車社会(だから車のマナーが悪い)、学歴や見た目や年収といった目で見てはっきりとわかることでしか、人を判断できない。
劣等感が強く、大阪・福岡などの他の大都市と張り合う。勝てるわけがないのに。劣等感が強いゆえ、ディスられることに過剰に反応する。なので腫れ物扱い。痛々しい。
他の都市に負けているという劣等感をごまかすために、名古屋以外の市町村を見下す。名古屋の人間は名古屋が一番、愛知が一番だと思いこむことで、精神の安定をはかっている、痛々しい。
都会の嫌なところ(人口密度が高い、競争意識が強いなど)と田舎の嫌なところ(排他的、車のマナーが悪い、男尊女卑、保守的など)の両方を兼ね備えた地域としては日本一かも。
日本で一番、痛々しい、病んでいる、暮らしにくい、嫌われているという点では、誇ってよいのでは?
香川→上に書いた、愛知の特徴と一致する部分が多い。人口39位という田舎ながら、人口密度11位という、田舎なのに都会並の人口密度という点が、病んだ地域となった原因か。
車のマナーの悪さは日本一だと思う。香川から出てこないで欲しい。県外にいても、度々、香川ナンバーの車に危険な目に遭わされる。もう一度言う、香川から出てくるな。出てくるなら外のマナーに合わせろ。
面積の狭さ「日本一」といったプライドと四国の田舎にすぎないという劣等感から、おかしくなっていると推測。愛知もそうだが、下手にプライドがあると劣等感をこじらせる。
トヨタだとか、面積の狭さだとかがなければ、ただの田舎に過ぎないのに、優越感を感じられる部分があるせいで、しかしそれ以外に何もないという劣等感を強く感じ、病む。
名古屋の人間が名古屋以外の愛知県を見下すように、香川の人間は香川以外の四国を見下す。
それゆえ、香川以外の四国の人間からは嫌われている、こちらは競うつもりがないのに、勝手に「香川の方が優れている」アピールをしてくるから。
勝手に言ってろ。そのアピールや、うどん県といったアピール、ディスられると過剰反応する劣等感の強さが痛々しいと思われていることに、気付け。香川から出てくるな。
神奈川→深く関わったことはないが、神奈川出身の人で狂った人を見たことはない。(愛知出身や香川出身ほど狂った人間には出会っていない)
ただそれは、外に出てくる選択をした人間としか関わっていないからで、神奈川から出ない選択をした人間は、愛知や香川の人間と同じぐらい狂っているのかもしれない。
マツコが、「横浜嫌い」を訴えているように、神奈川も調べれば調べるほど病む要素は多いのだと感じる。
東京への劣等感(横浜の人間が劣等感の解消のために横浜以外の神奈川県を見下す(名古屋や香川と同じ…)、出身地を聞かれたら「神奈川」ではなく「横浜」と答えるほど横浜市民のプライドは高いが
東京には勝てないので、プライドの分だけ劣等感が強くなる)、米軍基地、日雇い労働者が多い地域など、一般的に病んでいると認識されている愛知や大阪以上の問題要素を抱えていると思う。
それゆえの、相模原の事件であったり、座間の事件であったりするのだろうが、横浜の人間は自分たちには関係ないと思っているんだろうな…。このまま、神奈川には深く関わらずに一生を終えたい。
大阪→ネットなどで日本一の嫌われものとされているが、実際に嫌われているのは名古屋や横浜の人間だと思う。大阪が「嫌いな都道府県1位」などに選ばれるのは、言っても過剰反応しないから。
大阪の人間は神奈川や愛知の人間ほど劣等感が強くないので(実際、東京の次の大都市だし)、外野にディスられたところで、流せる。
ただ、神奈川や愛知ほど病んでいないにしても、クセは強い。在日朝鮮人問題や、日本一のドヤ街など、病む要素は十分にある。橋下徹が知事になるぐらいだから。
関西の他の都道府県からも、全国的にも、嫌われ者であるが、実際に東京に次ぐ大都市であるから、大阪の人たちはある程度のディスも有名税として仕方ないと思っているのでは。
変な人間、クセの強い人間の多さは、愛知や神奈川と同じぐらい。特に、大阪が一番だとは思わない。
京都→観光地としては好きだが、階級社会の名残である洛内・洛外の差別など、京都でしか通用しない常識を未だにやっている、特殊な地域。
特殊すぎて他の地域と同列に語れない。ただ、京都に生まれなくてよかったな、と思いますが…。イジメの多さは日本一、だとか…。そりゃ、出身地での差別が当たり前の地域なら、そうなるわ。
ベスト5ほどではないが、軽く病んでいて関わりたくない→滋賀・三重・岐阜・千葉や埼玉(など東京周辺で東京へのコンプレックスが強い地域)・広島・岡山・富山 など。
病んでいる地域の近くであったり、中都市のなかでプライドが高い地域(広島や岡山)が入ってくる。プライドの高さは劣等感に繋がる…。
そう言う意味では、なにもない田舎は平和。四国(香川以外)や九州は平和な地域が多い。長野・静岡も中部地方のなかでは病んでいない方なので、嫌いではない。
大都市のなかでは、福岡や北海道が劣等感が強くないので、好き。沖縄も好きだが、本土の人との間には距離がある、歴史的経緯や基地問題などがあり、仕方ないことだが…。
出身地などの自分ではどうしようもない属性で差別してはいけない、という社会的合意があるから、この地域が病んでいる・やばいなどと表立って語られないのであろうが、そういった態度をとりながらも
沖縄・北海道に対しては、特別扱いをして特別な地域として扱うのが、日本社会の欺瞞だと感じる。
全ての住民がここに書いた特徴に当てはまるとは言わないが、そういった、病んだ人間が多い地域(地域性ゆえに劣等感が強くなったり暮らす上でのストレスが大きい地域)というのは、確実に存在する。
大多数の人間は、見て見ぬふりをしているだけ。
ヤバいといっても、見た目の特徴のことじゃない。
普通の見た目なのに、「なんでこんな人が社会で生きていけるの?」という人は確実にいる。
そんな人がクライアントになることはある。絶対に避けられないし、事前には見抜けない。
そして、人は慣れる。
慣れたときに「あなたを大切にしない人のことを、大切にする必要はない」といわれても、判断するのは難しい。
そこでチェックリストを用意した。
以下のチェックリストに3つ以上当てはまったら、次の仕事は断った方がいいだろう。
いくつかわかりにくい箇所があるので説明しよう。
"相場を知らない"、"値切られた"あたりは論外なので説明しない。
仕事を頼まれる前に値切られたことがあり、値切り前の相場が半値だった、という地獄のケースもある。
(あなたが地方在住の普通のフリーランスプログラマなら、4500円/時×あなたの地元の最低賃金 / 東京都の最低賃金 が相場だ。)
"昔プログラマ/Webデザイナーなどだった"は異論があると思う。私がいいたいことは、半可通はヤバいということだ。
とにかく意味のないところにこだわって、その割に品質が低いので「これ私が作りました」と言いづらい。
"契約書がない"、"仕事の進め方が決まっていない"あたりも論外だ。
ただし、社内にIT担当者がいないのでITの仕事の進め方がわからない、といった場合は別だ。
(なお契約書がない場合、契約書を作っても契約内容を守らない輩が多い。)
"締め切りがない"というのは、請負なのに事前に見積もりできない案件だ。
「何を作るのか決まっていないが、金額は固定で最終的な納期もASAPで」という案件は実際にある。
こんな仕事を知人だからというだけで請けてしまったら、次からは断ろう。
"仕様がよく変わる"は悪いこととは限らない。そのたびにお金がもらえるのなら。
もし「仕様が変わったので直してほしい」と言われたら、「いくら出す?」と聞こう。そして、メールや音声は証拠としてとっておこう。
——これは最悪なケースだが——過去にクライアントの社内メールシステムでやりとりしていたら、プロジェクト終了時にアカウントごと消された例があるのでNDAに気をつけつつ証拠はとってほしい。
"顧客第一主義"というのは、顧客に振り回されてあなたの都合を大切にしない主義のことだ。
ましてフリーランスなのだから、スケジュールを押さえずに「ちょっと待って」を繰り返されたら、他の仕事もとりづらくなる。
"誤字脱字が多い"も、相手があなたを大切にしていないポイントだ。
他にも"収入印紙を2枚とも買いに行かせる"、"レベニューシェアを持ちかけられる"、"常に電話で返信される"、
"返信に3日以上かかる"、"仕様追加をバグ修正といって無料で済まそうとする"などがある。
説明は以上だ。
ところでこれは、WEB+DB PRESS Vol.100の"あのときの自分へ"へのリスペクトだ。
文中の「あなた」は5年前の私のことだ。
タイトルに(田舎で)と入れたのは、関東の田舎で起業した自分が最初に出会ったのがこのタイプの人だから。
でも続けるかどうかは、あなたが選べる。相性が悪ければ、穏やかに断ろう。
この文章を関東の田舎にいた5年前の自分と、中部地方の田舎にいる知人のフリーランスプログラマーに送る。
お前は他人を大切にしすぎるから、自分という他人も大切にしてくれ。
(あと遠慮してないで、仕事くださいって言え。)
彼女が小学生だった当時、サンタさんが届けてくれた「毛糸のカービィ」を期に、カービィ沼に填まり始めた娘も、この春から高校生になってしまった。表現が「なってしまった」と残念形である点は父親共通ではないだろうかと思う。
一軒家で物置になってる部屋が3つほどある我が家なので、ちゃんと整理すれば子供部屋が作れるんだが、(ギャグではないが)今は居間が彼女の部屋となっていて、ピンク色をした球体が増える一方である。
高校生にもなると父親と出歩きたがらなくなるという風評を耳にするので、いつ我が身に降り注ぐことになるか心配で仕方ないのだが、そんな娘にせがまれて大阪までカービィオーケストラを観に行くことになった。会場は別であるものの、そう遠くないところで「プププトレイン」という物販イベントも開催されていて早い時間から並びたいという。
関ヶ原のあたりで車の調子が異常になるというアクシデントに見舞われつつも、米原駅前の打止め駐車場に車を捨て置き新快速で入阪を果たし、物販イベントの会場である毎日放送の社屋へ移動する。
ところで米原に着く前、助手席の娘に電車の時間検索を依頼したところ、「14000円もかかるんだって、どうしよう!」って困惑していて、聞けばマイバラがマエバラに聞こえたらしく、千葉の前原を起点にしたせいというオチだったんだが、中部地方に住む身として交通の要所たる米原くらいは覚えなさい。
開店(入店)まで90分くらい待つ羽目になったが、何とかお目当てのグッズが手に入って娘は御満悦の様子。それはそれでいいんだが、会場に多数潜伏しているらしいカービィクラスターのフォロワーさんを見つけようと、手にしているタブレットからメンションを飛ばしているのは画面を見ていない私からでも分かり、それがまた不安で仕方ない。
キリがないので「オーケストラに間に合わなくなるぞ」と引き剥がし地下鉄に潜る。本町が最寄駅なので、梅田から御堂筋線で2駅だ。
工夫すれば近い出口まで地下で行けるみたいだが、後ろ寄りの車両に乗ってしまったことに加え土地勘もないため、自動的に出口④に排出される。ちょうど娘と同じくらいの女の子が一人で駅員に道を尋ねていたので、「おまえの同業じゃないのか」と耳打ちすると「ちょ黙って」と叱られた。娘からはカービィの映ったスマホの画面が見えたらしいので、同業であることは確定なはずだが、見ず知らずの人に声をかけること(相手からみたら声を掛けられること)自体が「不審者」という認識らしい。
とりあえず、その女の子が先行したので、距離を置いてついて行くわけだが、中央大通りを横断することなく彼女は左折してしまう。「おーい、そっちじゃないぞー」と大声を出そうとするも、またや娘に制止される。今どきの若者の心理構造は昭和世代には理解し難しい。
開演の30分も前に着いたんだが、会場前の公園に入場待ちの列が既に何重にも出来ており、「開演まで30分も前」じゃなく「開演まで30分しかない」に変わり、付近でランチを取る作戦は未遂に終わった。
昭和世代のお節介焼きとしては、さっきの女の子が気にかかるところだが、スマホがあるのだから徒歩ナビできるだろうし、道に迷いながらも辿り着くというのも後になれば良い思い出になろうと、自分を納得させる。
一応は今回のコンサートに備えて過去のゲームを予習しておくべく、2週間ほど前からゲームボーイを手にして夜な夜な挑み、なんとか初代と2はコンプリートしておいた。2の最後のデデデをどうしても倒せず娘に攻略法を聞くと私がコピー能力という機能を使っていなかったせいだったことが判明。つまり、デデデよりも前のボスまでは全て吸って吐くだけで倒してきたということになる。
オーケストラの内容については、語れるほどの知識を持ち合わせていないので割愛するが、幾度かコックリしそうになりかけたということは内緒である。たぶん気がつかれていまい。
初めてお目にかかったカービィの父親たる桜井氏は私の同じ歳か一つ年上くらいの、ほぼ同年代の方で、初期のカービィのプログラミング上の技(メモリー節約術)を講話して下さった。PC-8001mk2からパソコンに触れていた私にとっても、その話は非常に懐かしいものがあり頷きながら聞いていた。ゲームボーイは背景との重ね合わせ処理をハード側でやってくれていたようだが、それを手動で(マスク用のビットマップ用意した上で)やっていた世代からするとちょっと羨ましい。
コロコロカービィだったっけか、カセットの中にモーションセンサーを内蔵した型破りゲーム。ゲームボーイアドバンスで遊びにくいということで、娘に頼まれてICの天地反転をやってあげたが、最近のゲーム筐体ではあーいう着眼が不可能になっている点、21世紀になって失った物の一つに数えられる気がしてならない。
アンコールが終わりウルウル感動している娘の横顔を見ていると、それだけで幸せな気分になるものの、会場を出たら、先ほどの物販イベントと時と同じようにメンションを飛ばし始め、父親としてはなかなか辛い。女性フォロワーさんはともかく、男性フォロワーさんにまで「会いたい」は自制してほしいと父親としては強く要望したいが、中学4年生と言っていい田舎の天然系女子高生が納得する説教を垂れる自信もないので、眼球の隅で監視するに留める。
昼夜2回公演の夜の部を待つ人が会場に吸い込まれてから公園は落ち着きを取り戻し、先ほどまで長蛇の列だった撮影向けオーケストラの看板の周囲は片手で数えられる人しかいない。看板をバックに記念写真を口実に公園から踏みだし、乗じて地下鉄の駅に足を向かせることに成功した。
さて、これからどうするか。娘としては難波・心斎橋あたり徘徊したいみたいだが、強い希望はないようなので、父親が主導権を握る。ずばり、海遊館だ。結婚前に嫁と来たことがあるが、今度は娘を海遊館に誘う。
大阪港駅から随分と(15分くらいだが)歩くのは予想外だったが、特徴ある外観は20年以上たった今でも鮮明に覚えていた。
館内では、タブレットを使って水槽の中を撮る娘 を撮る父親、の構図であったが、傍から見て親子に見えたかどうかは興味深い。(年の離れた兄妹 もしくは カップル くらいに見られていたのだとしたら嬉しいところだが、さすがにそれは自惚れすぎか)
エイやサメに触れるコーナーでは、一瞬だけ小学生に戻った娘を見れた気がする。
見て回るのに2~3時間かかるという前評判とは裏腹に1時間ちょっとで退出。母親への土産を買うというので「あいつはジンベエザメが気に入ってる」と助言してやったが、これは感謝されてよいと思う。ただし支払いは私だ。
まずは梅田に戻るわけだが、朝から食べ物を全く口にしていないことに気がつく。
もし米原に置いた車が動かないとなったときに備えて、車が使えずとも終電まで家に着ける時間を逆算すると、あまりゆっくりしていられないのではあるが、駅ビルの中の「カフェ ラ・ポーズ」で少し小腹を満たす。なぜその店であるかの説明も割愛するが、嫁とはファミレスや定食屋ばかりで、いわゆる「カフェ」には行ったことない気がする。
20時台の新快速は朝と違って凄い混んでいたが、長浜行きのその電車は米原に近づくにつれて空席が目立つようになる。「駅に着いたら運転なんだからパパは寝てて。起こしてあげるから。」と最初は気丈だった娘だったが、草津に差し掛かるよりも前にウトウト始め、ついにはオーケストラの続きを見始めてしまった。長浜まで行っちゃうと後がないのだが。
「絵師は幼い頃に頭を強打している」みたいな都市伝説を耳にしたことがあるが、この娘も小1の時に家族での登山中に滑落した経験が幸いしてか、今は絵師の端くれをしているようだ。一ノ越から黒部平に向けてタンボ平を下山中、先頭でハシゴを登っていた娘があと数段のところで手を滑らせて崖側に転落したのだ。学生時代から山をやっていた私はとっさに死を覚悟し、気を失いそうなくらい動転したが、落石の音が止んだと同時に泣き声を発してくれたのだ。1ミリたりとも動くな、と声をかけて落ちていった場所に近づく。ちょうど2階建の屋根から落ちたくらいの高さだったが、付近は鋭利なガレが窪地を埋め尽くしていて、重登山靴を履いてるからこそ何とか歩けるような状態。そんな中に半畳だけ、あきれかえるほど平らな岩があって、その平らな岩の上に娘が倒れていた。これまでに見たことのない巨大なタンコブを額に作っていたが、出血もないしタンコブが出来るのは大丈夫な証拠でもある。平らな岩がなかったら、落ちた場所が50cmでもズレていたら、尖った岩々が確実に娘の頭蓋骨を叩き割っていたはず。
黒部平のロープウェイの駅まで1時間ほど負ぶって下山し大町の病院のCTで異常なしを確認。翌日は包帯を巻いたまま登校し、そのまま9年間無欠席を続け義務教育期間皆勤賞を得るに至ったが、あのとき奇跡が起きてなかったら、いまこうして電車に乗ってることもなかったのだと思いふけっているうちに長浜行きは米原駅に滑り込んだ。
駅に置いた車は何とか動きひとまず安堵だが、また調子が悪くなるといけないので、深夜の名神はトラック並のスピードで。そういえば、嫁と結婚する前は、やたら高速をゆっくり走っていたなぁ。いまなら2時間のところを当時は3時間かけて。
あまり耳にしないかもしれないが、準限界集落とは、55歳以上の人口比が50%以上の共同体のことをいう。
巷でよく耳にする限界集落は、65歳以上の人口比が50%以上のことなので、準限界集落とはひらたくいえば限界集落予備軍といったところだろう。
そのとある村には私のお婆も暮らしているのだが、たしかに年々生活道路の舗装や、店が閉まる、バスが少なくなるなどの話は聞いていた。
このままでは限界集落となり共同体としての機能が衰え、ひいては村の消滅にもなりかねないと考えた村長は、今でいうクラウドファウンディングを始めた。
とはいっても、特に資源も名産もないこの村では、村の住人達の書いた絵葉書や写真、それから直筆のお礼の手紙が返礼として届く程度のもので、実態としては全国からの寄付で成り立っていたようなものだった。
内容も田舎のじじばばがいうような、「○○ちゃん、お金ありがとうね」「元気か?」「寒くねェか?」「あったかくしろ」くらいの内容だ。
ところがその手紙が、田舎から届いた心のこもった手紙として、ひそやかに人気となった。
中部地方ということもあり、地方からの出稼ぎが多い愛知からの反響が特にあった。
出稼ぎで来ている外国人からも結構な寄付があったことも意外だった。
今ではその手紙がきっかけで、月に一度の散髪屋や生活用品の移動販売者もくるようになったらしい。一度その現場を手伝ったことがあるが、ボランティア側の人達のほうが生き生きと楽しそうに仕事をしていたことがとても印象的だった。
この一連の出来事を通じて人や生き方というものについて考えるようになった。
ボランティアをすることや寄付をすることは、一見損で、なんの得もないと思いがちだが、都市部の人からしてみれば、自らが必要とされている体験として得難いものだったのだろう。
さすがに読む気にならなかったので、私の頭のなかに残った情報は、君が「中部地方に住む32歳職歴なしのニート(家事手伝い)」であるということだけです。
ダテコーの事をよく知らない人や見下したい人ばかり寄ってたかってると感じる。
ダテコーは、ネトゲでいう、「ちょっとLVも装備も足りてないけど変わった攻略法を試したいから付き合ってくれる人募集!」ってシャウトしてるPTリーダーみたいな人だと思う。ネットで叩いてる人は、その「ゆるい募集」を見ずに入ってきて、自分では絶対にPTを立てないけれど、入ったらリーダーの指揮とかメンバーの振る舞いの至らなさに悪態をつく、他人への要求が高すぎる人と被って見える。ダテコーがやっていることは、メジャーで洗練されたビジネスライクな効率PTとは違う性質のもの。仮にてさぐれ部活もの以上の大ヒットを当てたとしても、ひねくれ者のダテコーは大手制作会社のような作品は作らない気がする。自分の信じる「ゆるさ」や「面白さ」を表現するために、永遠にチープでマイナーなもの、悪く言うとキャスト・スタッフや視聴者の好意に甘えた、アットホーム感のある作風にこだわりそうだと私は感じる。そして、そういうスケールアップをあえてしない道は、茨の道だけれどもアリだと思っている。
ダテコーはバウンスィという制作会社を経営してるけど、アニメ業界の人はほぼいない。カネがなく(資本金350万だよ)、テレビ業界とコネがあり、メンバーは構成作家や演出家、音響技術者くらいの10人少々。アマチュアレベルのMMDに手を加えた3Dモデルを動かす人形劇アニメにもかかわらず、大手アニメと肩をならべて放送枠をとっている零細ベンチャーみたいなもの。だから大手制作会社と同様の条件でやろうというのは無理ながらも、キャストを含め作風に共感してくれるスタッフの好意と熱意に支えられて、もがいているチャレンジャーという立ち位置。しかも彼はツイートしてるように、キャストに約束した給料は不払いせずきちんと払ってるし(あくまで大手制作会社とくらべて安いから申し訳なく思ってるって事だろう)、自身は会社設立以来1年間無報酬でやっていて、貯金もほぼないそうだ。局で作家をしていたころは一般サラリーマンの3倍ほど貰っていたらしいが、テレビ局の構成作家は3000万稼いで一人前という世界から身を引いた方なので、ベンツを乗り回してみたいなネットの噂で僻んでも仕方がない。ともかく、稼いでいるのに金払いをケチる悪い人間、という風評は悪意的だと思う。
彼を追ってきた人なら分かると思うけれど、実際はクソ真面目で、言われてるような声優アドリブ芸や内輪ネタに頼りすぎた作風を良しとせず、脚本や音響などスタッフ達がきちんと仕上げて編集する作品作りにこだわっている人。だからこそ、現場がそういうディレクションを軽視して「やっぱ声優さんすげーわ任せるわ」ってなるたびに怒って監督をやめている。職分を超えて、声優の負担を増えさせる不健全な状況には敏感な人だ。実際BDのノーカット版などをみた人ならば、編集はじめクリエーターたちのすごさが伝わっていると思うし、最終回の作り方などには、彼の美学を感じさせられる。
あのツイッター発言についても、本意と違う悪意的な捉え方ばかりされていると思う。本意としては、自虐的ながらも、「ウチは普通のとこと違うし当然売れないもんだから、普通のビジネス感覚でやってくる人とはお互い良くない、俺たちはファミリーが欲しかったんだけど残念だ」くらいのことだと思う。私は別に条件が合わなかった相手をdisる意図はないと感じたし、その条件が合わなかった人のことを指して「技量がない」と言っているようには思えなかった。このへんはネットで西野さんが炎上してた時にも私は思ったんだけど、みんな悪意的に捉えすぎている。「ダセー」だとか「お金の奴隷」は西野さん自身に向けられた言葉だし、自分がお金にこだわって可能性を閉ざすやり方を一部改めたからといって、お金(対価)を大切にする普通の人たちを貶す意図は感じなかった。むしろ、西野さんにも石舘さんにも、普通の人達に対して理解を示す言葉があった。それすらも乗り越えて、それを用意周到な言い訳とみなし、煽られたように捉えてしまいカチンとくる自意識過剰な人が多すぎるように思う。自分の労働ぶりを自虐的に捉えている人がそれだけ多いのかもしれない。
ともかく叩いてる人らは彼を典型的なアニメ業界の監督だと思って、「こういう奴がいるから業界は…」と感じているようだけれど、ここまで語ってきた文脈を捉えてもらえれば、ピントがずれていることが分かると思う。業界の薄給問題でほんとに叩くべきなのは大手制作会社で、彼のようにテレビ業界とのコネとアイデアで飛び込んだベンチャー社長みたいな人を叩いてたら、余計に業界は健全化しないと思う。カネはないけどツテとキャストやスタッフの好意に上手に甘えつつ、アニメ業界に切り込んで新しいカタチを提案していく、そういう立ち振舞は資本力のある大手には許されないけど、ベンチャーとしては参入が許容されてしかるべきだ。そういう遊びを許容しないと、市場に新しい風は生まれない。もちろん、労働法の範囲内でだけど。そこは実際にはおそらく問題ないのに、彼が自虐的な言い方をしすぎるせいで、問題のある労働が行われていると勘違いさせている。新しい風と言ったけど、低予算のMMDアニメだとか、リアルタイム3D人形劇の先鞭をつけたのはダテコーだし、実際人を選ぶけどファンはついてるわけだよ。キャストだって、弱小ゆえの至らなさやダサさをネタにして監督をイジる事は多々あれど、ツンデレというか作品も監督も基本愛しているように思う。そういう文脈を捉えてない人や、一般企業で安くこき使われてる人たちの怒りが、ダテコーというアニメ業界を代弁できないイレギュラーな存在に矛先を向けてしまった。本来アニメ業界の大企業のおエライさん方に向けるべき正論を、辺境の霧の中にぶちこんで無駄にしている感じがする。ダテコーの言うことは、クリエイティブの、しかも不安定なベンチャー分野で通用する、熱意の方向性に関する局所的な話なのに、クリエイティブ業に携わることも、ベンチャーにジョインする人脈や熱量とも無縁な性質の勤め人たちから、「一般常識」で殴られている感じが、見ていて本当につらい。
堀江貴文さんなどもそうだけれど、内面がクソ真面目すぎるせいで強い思想をもち、世間から見ると変わったことをやっていて、世の「普通」に一切媚びない人種の方々は、無頓着だからすぐに炎上してしまう。何に無頓着かって、自身のやってきた文脈を一切とらえずに一般論に基づく感情で殴りかかってくる人たちに「誤解」されないための言葉選びや長ったらしい自己説明をまったくしない辺り。そういう異能たちが、出る杭だと叩かれてノーマライズされる方向に圧力が掛かるのは悲しいことだ。
それはさておき、私はダテコーのような新興の弱い買い手が、背伸びをせず等身大の報酬しか出せないけども、その弱さを隠蔽せず、詐称せず、そして契約を強要せずにいる姿勢はとても誠実だし、ホワイトだと思う。「ウチは小さいから相場ほど報酬あげられないけど本当にいいの?考え方に賛同してくれるとかじゃないとやってけないよ?」と正直に言った結果、断られ続ける。それは愚痴りたくもなるけど、むしろ倫理的には賞賛されるものだと思う。取引は双方の合意があって成立する。そのことを売り手(被雇用者)に常に自覚させ、選択権を与え、冷静に賢い判断をしてもらうことは重要なこと。売り手側が考えるまでもなく、お利口な買い条件しか提示しない、良い所しか見せない企業ばかりだと、判断能力が育たなくて恐ろしいし、画一的でいびつ、非現実的だと思う。経済的に未熟な企業から、成熟した企業まで、さまざまあっていい。経済的に未熟な企業はどうしても無い袖は振れない、これを理解せずに「相場を払えないなら経営するな」という人ばかりだと、誰もPTリーダーをやらなくなる、もとい起業しなくなる。もう少し、柔軟性があってもいいはずなんだ。「ボッタクリでも時と場合によっては買うぜ」って人が稀にいるのと同様、「多少安売りしてでもこの会社この人とならコラボレートしたい」という希少な人の存在を、「賃金」のポリコレ棒で生まれる前に消滅させてしまってはいけないと思う。最低賃金だとかダンピング防止みたいな例外はあるものの、基本的には、どんな値段をつけるのも自由であるべきで、そっちの基本部分の方を甘く見ている人が多いように感じる。ボッタクリにも理由があり、存在価値がある。だから絶対悪ではない。自分が買い手の場合にそういう考え方ができるのなら、自分が売り手(被雇用)側になったときに同じ考え方ができていいはずだ。自由状態でこそ市場は成長するし、人間としても取引に多くを学び、成長していくんだと思う。市場の失敗が起こるとしたら、大体は倫理にもとる行い、ズルをしている場合。産地を偽ってボッタクリ価格を正当化している、とかね。そういう訳でもなければ、一方的にすべての企業に「十分な(平均並の)支払い」を求めるのは、経済理解に暗いがゆえに計画経済的な発想になっている人なのかなと思わせる。イラストレーターの買い叩きとかクラウドワークス的なのが批判される時、企業にもっと払えと言う人がその無理筋ぶりに無自覚なのと同じで。
話を戻すと、彼を叩いている人たちは、経済的に未熟な企業を許さないんではなくて、ダテコー側が倫理的に未熟な企業だと思いこんで叩いているようだ。もちろん倫理的に未熟な企業ということなら、市場の失敗をもたらすから零細でも大企業でも許容されるものではない。ただ、その判断をするのはネットの野次馬ではなく、労基署とか公的機関だけれどね。今回のダテコーの件の場合、ダテコーの側は経済的には未熟な企業だけども、倫理的には叩かれるほどの問題はないと思う。若い零細クリエリティブ企業としてはむしろ身分相応で卑屈すぎるくらいで。これがワタミのような余裕のある大企業で、そのくせ相手に判断させる余裕も与えず洗脳に近いことをして雇用するのだったら大問題となって然りだけれど。
あと、叩いている人たちに感じた疑問がもう一つあって。そもそも、一企業が、従業員を養う責任を負うのが当たり前のように思われているけど、重すぎると思う。そういう考え方をしていると、日本の労働環境はいつまでたっても全体的にブラックなままだと思う。企業はおのおのの身の丈にあった、妥当な配分を労働者に与えればいい。それで足りない場合、国が負担する。それはナントカ手当だったり、ベーシックインカムだったりしてもいいけど。そういう考えが前提になってほしい。経営者だって人間だし、完璧ではないし不安定な存在だ。会社が小さいうちは、自分の人生ですら支えられるか分からない。経営者も若い事が多いし。だからもっと柔軟に、雇用区分だとか時間を変えてワークシェアを進め、流動性を高めて、一企業に人生を預けるようなとんでもない常識を変えていかないといけないと思う。労働をフォールトトレランスな分散型に。
他人に求めすぎる悪態ネトゲプレイヤーがPTにありつけなくなる問題の解決策は、PTリーダーに対する期待値を下げること、あるいは気楽にPTを立てれる空気をつくることだ。そういう考え方が出来る人が少しでも増えて欲しいと思う。人生はしょせん、すべてがごっこ遊びで、全ての人がなんらかのロールを演じているにすぎない。お仕事も、特に日本人のお仕事は、お仕事ごっこだ。そんなに崇高に考えて、他人に崇高さを求めてもどだい無理なんだ。もちろん、実際に崇高度が高くて「強い」企業の横暴には敏感になって良いけれど、相手の顔が見えないネットだからこそ、相手ももしかしたら弱い人間なのかも、と想像することはとても大事なことだと思う。慈しみを。神のご加護を。
もし、これが増田だから本人乙とか関係者乙と穿った見方をする人がいたとしたら不本意なので、一応自己紹介すると、私は中部地方に住む32歳職歴なしのニート(家事手伝い)です。
http://anond.hatelabo.jp/20160918023926
ブコメ:ペアできた
wrss 青森岩手/秋山形/宮城福島/新潟群/栃木埼玉/茨城千葉/東京神奈/静岡山梨/長野岐阜/愛知三重/石川富山/奈良和歌/滋賀琵琶/京都福井/大阪兵庫/鳥取島根/岡山広島/香川徳島/愛媛高知/山口福岡/大分宮崎/佐長崎/熊鹿/沖縄北海道
改変案
http://anond.hatelabo.jp/20160919142837
山口 →嫌われてそう
さらに改変案
http://anond.hatelabo.jp/20160919161927
疑問に思った私は、都道府県名を思いつくままに挙げてみた。
単刀直入に結論を言うと、最後に出てきたのは山梨県だったので、
島根や佐賀あたりも「有名でない県」ということでかえって有名なので、
そのちょうど中間ほどの知名度の県が思い出されにくいではないか。
また、石川なら中部と北陸、山梨なら中部と関東といった具合に、
たとえば東北地方なら6県、中国地方なら5県、四国地方なら4県と、
数を覚えているので、どれかを忘れても「もう一つあるはずだぞ」となるが、
山梨・石川とも県名と県庁所在地名が異なっているのも一因だろう。
中部地方の日本海側では新潟と富山、内陸では長野と岐阜をワンセットで覚えており、
そのうえで福井は「有名でない県」としてむしろ印象に残っていたので、
それ以外の石川と山梨がすぽーんと抜けてしまったのだと分析する。
所感として、もしも第三位を選ぶとしたら大分県ではないかという気がする。
九州の雄である福岡から始めて、その隣の知名度が低いことで有名な佐賀、
さらに隣の観光地・長崎、その勢いで南下して熊本、宮崎、鹿児島と挙げていくと、
私はぎりぎりで思い出したが、うっかり忘れてしまう人も多いのではないだろうか。
わたしのことでけんかはもうやめて!
みんなのこと、まってるから!
http://www.city.hanno.saitama.jp/0000009075.html
http://nenogongen.jp/blog/?p=840
http://maruchiba.jp/osusume/cycle-tourism/station.html
▼館山市
http://www.city.tateyama.chiba.jp/sports/page100089.html
http://www.townnews.co.jp/0609/2016/01/29/318511.html
▼伊豆市
【サイクルメッカ伊豆】バイクラック(サイクルラック)のあるお店・施設|伊豆市観光情報
http://kanko.city.izu.shizuoka.jp/form1.html?pid=4050
▼袋井市
サイクルステーション
元増田です。すみません、ブコメ見てて思ったのですがどうも「道がつむ」は名古屋の方言ではないようです
勝手にそう思い込んでました
適当な所でコメ返ししようと思っていたのですが、予想以上にブクマがあったので気になったものと代表的なものだけ返事します
小学生の頃、三重は近畿と習い、地図帳にも近畿で境界線が引いてあったので、三重は近畿かと
・標準関西弁
何を基準に標準と言っていいのか分かりませんが、伊勢弁っぽいところを京都弁風にして、少し大阪弁を混ぜるような感じで話してます
しかし、伊勢弁と似てるとは言っても、関西弁話すのは外国語話してるような気分になります
ヨーロッパ人がイギリス英語を学びつつアメリカ英語を混ぜたような感じでしょうか
・方言を失うのは悲しい
もう失ってしまいました…
今、伊勢弁を話すと、よそ者が無理して使っているように聞こえるかもしれません
標準語だと思ってました…
あれはめんどくさいっすね
・バカにされた
バカにされたというよりも、単に面白がってからかわれただけですが
・やんやん
美少女の方言は可愛いです。特に、方言を恥ずかしがって、もじもじしながら話すのがたまらなくいい
しかし、私は美少女じゃなく、ただのおっさんなので可愛くありません
id:doksensei 俺の観測範囲では、三重県人はムカつく奴が多いな
id:littleumbrellas 気にしやんだらええやん
id:ivory_rene 「やん」と「に」は用途が異なるのでは。/でも別にやんやん言ったってええやんー。
「できやんに」っていうのは、むしろ「できへんやろ」に近いかな~
id:AKIT 愛知県人が中途半端に使う関西弁も大概にして欲しい(個人の感想です
分かります。同調してくれてるんやろうけど、バカにされたような気分になります
id:hisaka0228 三重を近畿に含む場合は、愛知岐阜は中部地方だよ。東海地方って言い方はまた別だよね…。道がつむは三重弁やにー。なんかこれ読んで三重県民としてはイライラしたw別に田舎っぽくてもえーやん
三重県民と思われるブコメが意外と少ないのは、イライラさせてしまったからだろうか…
id:as3187 中途半端な関西弁ではなく、立派な伊勢弁(三重弁)です。胸を張ってしゃべりなさいよ。私は他県で暮らしてたときも伊勢弁を貫き通して 友人達に訛りをうつしてやったぞ。
「できやんとか、えらいとか言わんといてくれ。うつるねん。」っていうのはよく言われました
id:sabacurry 三重県の方言が個人的にとても好き。女の子が話すと最強にかわいい。
id:oldriver 和歌山・奈良もやんやん言う
奈良県民にも「できやん」をからかわれました。奈良市内はまた違うんかな
しかし、色々と地元愛あふれるブコメ見てて、なんか情けなくなってきた
別に三重県嫌いというわけではないんだが、少し煽り気味に書いてしまった…
これからは地元にいるときくらいは、三重の方言で話してみるかな