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はてなキーワード: ノーマライズとは

2017-03-30

最近ブコメを読む気がしない。予測がつきすぎる。

参加してるとあの一団に思考ノーマライズされちゃうんだろうな。

2017-03-18

ダテコーが不憫で仕方ないか擁護させて。

ダテコーの事をよく知らない人や見下したい人ばかり寄ってたかってると感じる。

 

ダテコーは、ネトゲでいう、「ちょっとLVも装備も足りてないけど変わった攻略法を試したいから付き合ってくれる人募集!」ってシャウトしてるPTリーダーみたいな人だと思う。ネットで叩いてる人は、その「ゆるい募集」を見ずに入ってきて、自分では絶対にPTを立てないけれど、入ったらリーダーの指揮とかメンバーの振る舞いの至らなさに悪態をつく、他人への要求が高すぎる人と被って見える。ダテコーがやっていることは、メジャーで洗練されたビジネスライクな効率PTとは違う性質のもの。仮にてさぐれ部活もの以上の大ヒットを当てたとしても、ひねくれ者のダテコーは大手制作会社のような作品は作らない気がする。自分の信じる「ゆるさ」や「面白さ」を表現するために、永遠にチープでマイナーもの、悪く言うとキャストスタッフ視聴者好意に甘えた、アットホーム感のある作風にこだわりそうだと私は感じる。そして、そういうスケールアップをあえてしない道は、茨の道だけれどもアリだと思っている。

 

ダテコーはバウンスィという制作会社経営してるけど、アニメ業界の人はほぼいない。カネがなく(資本金350万だよ)、テレビ業界とコネがあり、メンバー構成作家演出家音響技術者くらいの10人少々。アマチュアレベルのMMDに手を加えた3Dモデルを動かす人形劇アニメにもかかわらず、大手アニメと肩をならべて放送枠をとっている零細ベンチャーみたいなもの。だから大手制作会社と同様の条件でやろうというのは無理ながらも、キャストを含め作風共感してくれるスタッフ好意と熱意に支えられて、もがいているチャレンジャーという立ち位置しかも彼はツイートしてるように、キャスト約束した給料は不払いせずきちんと払ってるし(あくま大手制作会社とくらべて安いから申し訳なく思ってるって事だろう)、自身会社設立以来1年間無報酬でやっていて、貯金もほぼないそうだ。局で作家をしていたころは一般サラリーマンの3倍ほど貰っていたらしいが、テレビ局構成作家は3000万稼いで一人前という世界から身を引いた方なので、ベンツを乗り回してみたいなネットの噂で僻んでも仕方がない。ともかく、稼いでいるのに金払いをケチる悪い人間、という風評は悪意的だと思う。

 

彼を追ってきた人なら分かると思うけれど、実際はクソ真面目で、言われてるような声優アドリブ芸や内輪ネタに頼りすぎた作風を良しとせず、脚本音響などスタッフ達がきちんと仕上げて編集する作品作りにこだわっている人。だからこそ、現場がそういうディレクションを軽視して「やっぱ声優さんすげーわ任せるわ」ってなるたびに怒って監督をやめている。職分を超えて、声優負担を増えさせる不健全な状況には敏感な人だ。実際BDのノーカット版などをみた人ならば、編集はじめクリエーターたちのすごさが伝わっていると思うし、最終回の作り方などには、彼の美学を感じさせられる。

 

あのツイッター発言についても、本意と違う悪意的な捉え方ばかりされていると思う。本意としては、自虐的ながらも、「ウチは普通のとこと違うし当然売れないもんだから普通ビジネス感覚でやってくる人とはお互い良くない、俺たちはファミリーが欲しかったんだけど残念だ」くらいのことだと思う。私は別に条件が合わなかった相手disる意図はないと感じたし、その条件が合わなかった人のことを指して「技量がない」と言っているようには思えなかった。このへんはネット西野さんが炎上してた時にも私は思ったんだけど、みんな悪意的に捉えすぎている。「ダセー」だとか「お金の奴隷」は西野さん自身に向けられた言葉だし、自分がお金にこだわって可能性を閉ざすやり方を一部改めたからといって、お金(対価)を大切にする普通の人たちを貶す意図は感じなかった。むしろ西野さんにも石舘さんにも、普通人達に対して理解を示す言葉があった。それすらも乗り越えて、それを用意周到な言い訳とみなし、煽られたように捉えてしまいカチンとくる自意識過剰な人が多すぎるように思う。自分の労働ぶりを自虐的に捉えている人がそれだけ多いのかもしれない。

 

ともかく叩いてる人らは彼を典型的アニメ業界監督だと思って、「こういう奴がいるか業界は…」と感じているようだけれど、ここまで語ってきた文脈を捉えてもらえれば、ピントがずれていることが分かると思う。業界の薄給問題でほんとに叩くべきなのは大手制作会社で、彼のようにテレビ業界とのコネとアイデアで飛び込んだベンチャー社長みたいな人を叩いてたら、余計に業界健全化しないと思う。カネはないけどツテとキャストスタッフ好意に上手に甘えつつ、アニメ業界に切り込んで新しいカタチを提案していく、そういう立ち振舞は資本力のある大手には許されないけど、ベンチャーとしては参入が許容されてしかるべきだ。そういう遊びを許容しないと、市場新しい風は生まれない。もちろん、労働法範囲内でだけど。そこは実際にはおそらく問題ないのに、彼が自虐的な言い方をしすぎるせいで、問題のある労働が行われていると勘違いさせている。新しい風と言ったけど、低予算のMMDアニメだとか、リアルタイム3D人形劇先鞭をつけたのはダテコーだし、実際人を選ぶけどファンはついてるわけだよ。キャストだって、弱小ゆえの至らなさやダサさをネタにして監督をイジる事は多々あれど、ツンデレというか作品監督も基本愛しているように思う。そういう文脈を捉えてない人や、一般企業で安くこき使われてる人たちの怒りが、ダテコーというアニメ業界を代弁できないイレギュラー存在に矛先を向けてしまった。本来アニメ業界大企業のおエライさん方に向けるべき正論を、辺境の霧の中にぶちこんで無駄にしている感じがする。ダテコーの言うことは、クリエイティブの、しか不安定ベンチャー分野で通用する、熱意の方向性に関する局所的な話なのに、クリエイティブ業に携わることも、ベンチャージョインする人脈や熱量とも無縁な性質の勤め人たちから、「一般常識」で殴られている感じが、見ていて本当につらい。

 

堀江貴文さんなどもそうだけれど、内面がクソ真面目すぎるせいで強い思想をもち、世間から見ると変わったことをやっていて、世の「普通」に一切媚びない人種の方々は、無頓着からすぐに炎上してしまう。何に無頓着かって、自身のやってきた文脈を一切とらえずに一般論に基づく感情で殴りかかってくる人たちに「誤解」されないための言葉選びや長ったらしい自己説明をまったくしない辺り。そういう異能たちが、出る杭だと叩かれてノーマライズされる方向に圧力が掛かるのは悲しいことだ。

 

それはさておき、私はダテコーのような新興の弱い買い手が、背伸びをせず等身大報酬しか出せないけども、その弱さを隠蔽せず、詐称せず、そして契約強要せずにいる姿勢はとても誠実だし、ホワイトだと思う。「ウチは小さいから相場ほど報酬あげられないけど本当にいいの?考え方に賛同してくれるとかじゃないとやってけないよ?」と正直に言った結果、断られ続ける。それは愚痴りたくもなるけど、むしろ倫理的には賞賛されるものだと思う。取引は双方の合意があって成立する。そのことを売り手(被雇用者)に常に自覚させ、選択権を与え、冷静に賢い判断をしてもらうことは重要なこと。売り手側が考えるまでもなく、お利口な買い条件しか提示しない、良い所しか見せない企業ばかりだと、判断能力が育たなくて恐ろしいし、画一的いびつ、非現実的だと思う。経済的に未熟な企業から成熟した企業まで、さまざまあっていい。経済的に未熟な企業はどうしても無い袖は振れない、これを理解せずに「相場を払えないなら経営するな」という人ばかりだと、誰もPTリーダーをやらなくなる、もとい起業しなくなる。もう少し、柔軟性があってもいいはずなんだ。「ボッタクリでも時と場合によっては買うぜ」って人が稀にいるのと同様、「多少安売りしてでもこの会社この人とならコラボレートしたい」という希少な人の存在を、「賃金」のポリコレ棒で生まれる前に消滅させてしまってはいけないと思う。最低賃金だとかダンピング防止みたいな例外はあるものの、基本的には、どんな値段をつけるのも自由であるべきで、そっちの基本部分の方を甘く見ている人が多いように感じる。ボッタクリにも理由があり、存在価値がある。だから絶対悪ではない。自分が買い手の場合にそういう考え方ができるのなら、自分が売り手(被雇用)側になったときに同じ考え方ができていいはずだ。自由状態でこそ市場は成長するし、人間としても取引に多くを学び、成長していくんだと思う。市場の失敗が起こるとしたら、大体は倫理にもとる行い、ズルをしている場合。産地を偽ってボッタクリ価格正当化している、とかね。そういう訳でもなければ、一方的にすべての企業に「十分な(平均並の)支払い」を求めるのは、経済理解に暗いがゆえに計画経済的な発想になっている人なのかなと思わせる。イラストレーターの買い叩きとかクラウドワークス的なのが批判される時、企業もっと払えと言う人がその無理筋ぶりに無自覚なのと同じで。

 

話を戻すと、彼を叩いている人たちは、経済的に未熟な企業を許さないんではなくて、ダテコー側が倫理的に未熟な企業だと思いこんで叩いているようだ。もちろん倫理的に未熟な企業ということなら、市場の失敗をもたらすから零細でも大企業でも許容されるものではない。ただ、その判断をするのはネット野次馬ではなく、労基署とか公的機関だけれどね。今回のダテコーの件の場合、ダテコーの側は経済的には未熟な企業だけども、倫理的には叩かれるほどの問題はないと思う。若い零細クリエティ企業としてはむしろ身分相応で卑屈すぎるくらいで。これがワタミのような余裕のある大企業で、そのくせ相手判断させる余裕も与えず洗脳に近いことをして雇用するのだったら大問題となって然りだけれど。

 

あと、叩いている人たちに感じた疑問がもう一つあって。そもそも、一企業が、従業員を養う責任を負うのが当たり前のように思われているけど、重すぎると思う。そういう考え方をしていると、日本の労働環境はいつまでたっても全体的にブラックなままだと思う。企業はおのおのの身の丈にあった、妥当な配分を労働者に与えればいい。それで足りない場合、国が負担する。それはナントカ手当だったり、ベーシックインカムだったりしてもいいけど。そういう考えが前提になってほしい。経営者だって人間だし、完璧ではないし不安定存在だ。会社が小さいうちは、自分の人生ですら支えられるか分からない。経営者若い事が多いし。だからもっと柔軟に、雇用区分だとか時間を変えてワークシェアを進め、流動性を高めて、一企業人生を預けるようなとんでもない常識を変えていかないといけないと思う。労働フォールトトレランス分散型に。

 

他人に求めすぎる悪態ネトゲプレイヤーがPTにありつけなくなる問題の解決策は、PTリーダーに対する期待値を下げること、あるいは気楽にPTを立てれる空気をつくることだ。そういう考え方が出来る人が少しでも増えて欲しいと思う。人生はしょせん、すべてがごっこ遊びで、全ての人がなんらかのロールを演じているにすぎない。お仕事も、特に日本人お仕事は、お仕事ごっこだ。そんなに崇高に考えて、他人に崇高さを求めてもどだい無理なんだ。もちろん、実際に崇高度が高くて「強い」企業の横暴には敏感になって良いけれど、相手の顔が見えないネットからこそ、相手ももしかしたら弱い人間なのかも、と想像することはとても大事なことだと思う。慈しみを。神のご加護を。

 

もし、これが増田から本人乙とか関係者乙と穿った見方をする人がいたとしたら不本意なので、一応自己紹介すると、私は中部地方に住む32歳職歴なしのニート(家事手伝い)です。

2017-02-11

シリーズ物の某キャラ3Dモデルは老けすぎ、というAmazonレビューのを幾つか眺めていたのだが、実際にプレイするとそれほど老けていなくてむしろ時間軸的には間違っていない外見に思えた。某キャラ時間軸的に若かったのは実際時系列的に若い時代だったからで、ただそれだけの話しが大多数に考慮されていなかった。大衆が集まってできた評価ノーマライズされる割に正しい評価につながっていない。感情的頒布されたものが容易に定着して平均化してしまう。随分前に流行ったトイレの花子さん都市伝説のたぐいと内実は全く変わらない。その上ネット時代においては目の前にソースがあるのに誤判断を繰り返している(正しい評価とは厳密に正しいとされる姿ではなく、どう考えても考慮されるべき要素を当然のように見落としていることを指している。厳密には若々しい姿でもありえないことはない、などといったくだらない話はしていない)。

2016-08-31

デス六がダメなざっくりした理由

今日楳図かづお先生インタビューを見た。

正直に言えば先生知識は(昔の)漫画エッセンスに活かせればよい、といった程度でとても表面的だった。

しかしそこに出てくる構想はとても面白かったし、着眼点がやはり世間的ではない印象を受けた。

知識を集積してそれを武器として使う人がいる。多くは自分自身自我を強く見せるためだ。

そこには知りたいという思いより、あるいは思いと併存して――でしゃばりな自己存在する。

単なる能力のことだけを言えば、Wkipediaの情報量個人が敵うことはほとんどのケースでないといえる。

では彼らがなぜ知識収集するのかという理由が前述にある。

一応ここまでがメンタル理由だが、もう一点重要な部分として自我のために、あるいは負けないために知識を集積する者達のオリジナルティのなさだ。

彼らは基本的知識を溜め込めば溜め込むほどノーマライズされて平坦化してくる。

発想よりも教科書に習って正しい知識で先輩面することを望んでいるので正確性のほうが重視される。

まさに楳図さんが感じていらした科学者の発想力に対する態度そのものだろう。

上記態度を「学者的」と形容することも間違っていないし、慎重だということもできるだろう。しかしそれはメンタルの話には基本含まれない。

勝つため、あるいは偉ぶるために集積された人間Wikipediaは、知ることもしくは勝つこと、マウントすること自体目的なのでそこから希望や発想をふくらませることが出来ない。

自分の中にいる裁判官が持つ批判精神が出てくるという可能性は0ではないにしろ、このような人種は産むことに対してとても鈍感だ。

それは目的が違うからだろう。目的が焦り続けるエゴの充足であればあるほど他人は楽しめない。そして心中嫌がられこそすれ尊敬もされない。

もし敬っている態度をとっているとすれば、恐れによるもの一般的空気に合わせてそう発言したに過ぎない。

正しさだけを求めて集積された知識演繹的に創造に繋がることはあっても、それ自体部品しかなく今後のAIにもWikipediaにもかなわないし面白くなりようがない。

人は聞くとき知識集積庫のWEBを探れば良いだけだし、書店で本を買い漁って保管すれば良いだけだ。もっともそれが死蔵につながらないことが大切だと考える。

2016-08-28

子供の頃にイメージごっこ、妄想遊びをやったことがない、知らない人種がいる。

自分からすると信じられないことで、概ねそういう人達はいわゆるリア充よりの気質を持っている。

それがイケメンであったりする要素は加味されない。

ただ社交的でつじつま合わせがうまく、現実以上のことは何も起こらなくて、平気でイメージ人種バカにするといった具合だ。

この人達、今あるものに馴染んでゆくことはとても上手だ。

だけども今あるもの以上のことに希望を持たないし、想像もできない貧弱な感覚もつ人達でもある。

おまえそんなことやってんの、ありえねーというレッテル貼りも非イメージ人によくある傾向で、枠内の補強された自分を信じて疑わない。

まさか自分世間に合わせるのがうまくて、そのおかげで自分というフレームは強化されて強く見えるだけかもしれない、という想定すらできない。

ただ世界からはみ出している人達と、世界に乗れていて疑わない自分、という意思なきレール上の世間意思が横たわっている。

イメージのない人は世界というより世間のものになっており、自分というもの世間ノーマライズされていることを疑問視しない。

まして自分から世間に合わせようと努力したりもする。そこに子供の頃持っていた感覚が失われているという郷愁は一ミリもない。

郷愁がある人は子供を取り戻そうとして言いようのない苦しみに襲われるが、想像しない世間に合わせる人は未来がなくレールだけがあるので何も苦しまない。

その代わり彼らは生きながら死んでるし、それなりの楽しさをこんなものだろうとそこそこ満足しながら社会をいい加減に回してゆく。

この世はある一定ルールが正しいという鳥かごの中にある。多くの死体が口をそろえてそういえばそうなるという世界しかない。

2016-04-20

トゥギャッター公平性不公平

トゥギャッターに群がる人たちは、あの赤文字の大見得切った表示になることを夢見て発言しているのだろうと思う。

あなると急に発言力と存在感が増したように思えるし、Twitterフォロワーが例え三人でも分け隔てなく意見として祭り上げられる。

から書き手としては増田よりも鋭角的に承認を満たすツールになっている節があるし、読み手としては激しいバトルが多発する故に論理強化の目的使用されていたりする。

誰が言ったかなんてたいして重要ではなく、何を言ったかが重視されたりする。特にあの場ではそんなところがある。

これは誰が言ったかが重視されるTwitter文化よりも公平な立場にあり、同時に個人がないがしろにされる場と言い換えることもできる。

公平さは意見スポイルする側面があり、意見や著作の不在をノーマライズして消してしま役割を持っている。

このとき意見は単なる武器となり、シェアされるべき物資や代入される箱でしかなくなる。

Twitterはこの逆で、意見がくだらなくても持ち上げられる一方、個々人のアイデンティティは最大限尊重される。

2016-04-19

カセットテープを大量にデジタル化した時のメモ

色々あって大量のカセットテープデジタル化した時のメモ

なお音質は特段こだわりはなく、数を取り込んだ話です。

再生機器や録音機器

再生機器NR付きの方が後々楽(後述)。

録音形式はある程度の音質で取り込んでしまえば後で加工してしまえばいいのであまり考えない。

音質云々は割愛

後処理

曲分割

ある意味一番時間がかかるのがここ。

NR付きの再生機器ならテープ録音状態によっては機械的に分割処理かけてしまえば簡単に綺麗に分けられる。

ただこれが使えないテープ場合手動で分けることになるがこの場合大変。

このとき必要なのは時間だが、古いと曲名だけで時間は意外と載ってなかったりする。

最近Google先生が気を利かしてくれて、そこそこ有名だとアルバム名で検索すると曲時間が簡単に出てきたりする。

この情報経由で動画等を検索できる便利な情報だが、この表示されている時間情報動画時間から自動生成されているらしく偶に変な情報があったりする。

タグ付け

これが面倒かというとそこそこ有名な曲ならば簡単だったりする。

対象の大半がCD化もされているような音源だったので(ならデジタル化する必要は?とは言わないで)Gracenoteのデータベースを引っ張ってくれば簡単。

今は既存音源からでも検索がかけられるので、適当アルバム単位検索すれば大抵引っかかる。

自分場合この作業にはMedia Goを使っているが、そのままだと引っかからない場合でもアーティスト名やアルバム名のタグ情報を入れて再検索をすればまず存在する。

言語で出ている作品場合、別言語タグ情報に書き換えて検索すると引っかかったりもする。

またGoogle Play Music場合、あちらでデータがない曲で一度間違ったタグ情報で上げると記録されるのでタグ情報を書き換えてアップロードしてもそのままでは反映されないので注意。

ノーマライズ

後でバッチで一度に処理すれば良いという考えで保存用に関しては特にこの処理はしない。

保存等

現代HDDBDなら、FLAC可逆圧縮でもかけておけば一本辺り200MB~500MB程度と大した容量にならないので普段用と別に保存してても大して逼迫しない。

これが今デジタル化しようとしたきっかけの一つ。

保護にはBDならMultiPar等でパリティを付けて保存、ディスクの保管はBD対応した不繊布でもいいが数百本取り込んでも数枚程度なので転写が嫌ならハードケースで保存してもスペースには問題ない。

BDは今のベアディスクタイプですら10年近く経った規格でそれなりに成熟していると考えられるのと、かなり減ってきたがまだ地方だと相次いだメーカー撤退による投げ売りが偶にあるのでネットで買うより処分品狙いで買ったほうが安かったりする。(狙い目はDVDレンタル店)

流れ作業で行う場合

データとともにカセットテープのケースやインデックスカード画像データを保管しておくとアルバム名等を確認する際に現物をいちいち確認する手間がなくなるので捗る

またミスで再取り込みになった時も画像を手掛かりに現物ピックアップできる。

カセットテープ本体はCISスキャナしかない場合取り込みは困難なのでインデックスカードだけでも取り込んでおくだけでもいいが、その場合音声データを取り込む前に本体のラベルインデックスカードが正しい組になっているか確認したほうがいい。

ただ単純なインデックスカード場合スキャナドライバの性能によるがそこまで面倒ではないものの、特別意匠をこらされている場合この作業は凄まじく面倒になる。

結論

自分のような勿体ない症のような人以外は特別もの以外はカセットテープデジタル化は止めておいたほうがいい。

2016-03-19

http://anond.hatelabo.jp/20160319104039

言い得て妙。だけどたまに難しい時もあるよ。

例えば俺だってついつい「ノーマライズされた」、とか使ったりしてるし。

「平均化された」、だとまたちょっと意味が広くなっちゃうしなあ、って。

和製英語外来語場合、それが決め打ちされていて不動だから使ってるところがあるんじゃないかと。

一方アンジェラ・アキなんかは昔歌番組で、「英語は韻が踏めるから解釈の幅ができていいんです」なんて言っていた。

要するに他国言語圏における単語や用例の幅なんて、日本国内では多分無いに等しいんだよね。

じゃあ英語地域化(ローカライズ、って書かないとわかりにくくないか?)された時にどう変化しているかといえば、

日本語品詞風に改変されてることが多いと思うんだ。ナウいエモいとかそういうやつ。まあ、この例は形容詞だけど。

ネタマジレス解説

http://anond.hatelabo.jp/20160319084435

元増田本文解釈



要点



要するに元増田は、「俺の文章個性的でこれ以上推敲努力をしないが、お前ら俺のことをよく理解するように」といっている。

まり釣りだな。迂闊にも理解したこっちは釣られたわけ。暗号を解読したら「うんこ」って書いてあるようなもん。

2016-02-03

同窓会主婦の会になっていて、ほとんど言葉を交わせないまま終わった。

なぜ第三者にそこまで思い入られるのかが分からない。実家家族に良い思い出がないから余計にそう感じる。

その上別に他人と一緒でなくても良いというと、さみしい人生だねえ、といわれたりもした。

それはまったく大きなお世話だ。

あなたにとってさみしいと感じることが自分にとっては芳醇なんだ。

ああした即答がいかに手順を飛ばししまっているのか、きっとあの人たちは考えない。

あまつさえ彼女たちは同窓会にてどこに子育て履歴が落ち着いているのか、探し合いながら話を中庸に持って行こうとする。

たとえばあの子のところは今中学生だ、あの子は生まれたばかりだ。

こういう探り合いの果てに、誰も傷つかないように子育ての知恵を出し合う。

それは彼女たちの大人の側面ともいえるし、ノーマライズの正体でもある。

しかしそれらは独身という芳醇を追放する共同体だ。

結局彼女たちのノーマライズされた価値観からは、孤独はさみしいことだ、という一面性のみが提示される。

2015-08-29

http://anond.hatelabo.jp/20150829022536

割とまじめにレスすると2chでもマシな場所はマシだし、ゴミ揃いの板はゴミ揃い。

特にVIP以降は全体にVIP感染たからそう思われただけで、増田2chも大差ない。

板分けされていないので玉石混交なのは確かだが、その分ノーマライズされて2chほどの突出した馬鹿は間引かれる傾向はある。

もうひとつ言えば、元々はてな自体が長文文化なので、今北産業なんていうやつがむしろ白眼視される点は良い所だ。

それとは別に、短文に纏める、纏めないという能力問題はあるだろうが。

http://anond.hatelabo.jp/20150826202524

元増田に限って言えば、本当に知性を持ってる奴もいるけど、それはスレが別れてないからだ、とだけ言っておく。

一般化して主語を大きく語る場所じゃない。

2013-02-28

精神障害者社会に出るべきでないのか?

2018年精神障害者雇用が義務化される方向らしい。

ネットでは阿鼻叫喚だ。それもそうだろう。彼らとしては「キチガイ」を受け入れて管理するリスクを抱えるなんて考えたくもないだろう。

そういう記事や反応を見ていると、やっぱり精神障害者に対する偏見はまだまだ根強いだろうし、これが緩和されることはないんだろうなあと思う。

そして発達障害を持つ自分としても暗澹たる気持ちだ。

発達障害者は扱いづらいか年金でも渡して社会に出すなという声すらある。

自分は確かに他の人と同じ指示を受けても同じような成果を出すことはできないと思う。

ただ、やり方さえ変えればそういう問題は何とかなるんじゃないか、人並みかそれ以上の成果をあげられるんじゃないかと思っている。

 

でも、会社はそんな対応はできないと言う。

会社は他の人間と同じように指示を受けて同じように成果を出すように求めている。

少数の人間のために指示のやり方を工夫するなんて、職場環境を配慮するなんてとてもできないのだと言う。

 

社会身体障害者に対してはノーマライズと言い身体障害者でも生活をしやす環境に整えようとするのに、

精神障害者に対しては非常に冷たい。

身体障害者のために職場環境を整えるよりも仕事の指示の方法を変える方がずっと楽なはずなのに、そんな面倒なことは嫌だと言う。

社会に出ないで引っ込んでいろとすら思う人間もやはり多いのだろう。

一体全体どうしてこんな差が出てしまうのだろう。

 
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