つーか作っておいて全然食べてないのよね。
煮込みが足りないのかな?と最低でも1週間は火と通して寝かしておいて火を通して寝かしておいての繰り返しを繰り返している感じ。
ちょっと味見はさすがにしてみたけれど、
味は上々だと思うわ!
なかなか良い出来栄えだと思うのよ。
そんでね、
スープとソースの境目を気にしているシーズンでもある季節の今回のタマネギオニオンスープ2巡目なんだけど、
これはまだどちらかというと
スープの方で、
ソースと言うにはまだしゃばしゃばした水気があるのよね。
まあ私にとっては味と栄養面では変わりなければ全てよし!って
終わりよければすべてよしって言い方の節で言っちゃうけど、
思っていたよりもスープ感があって、
まだまだ煮詰めていったらそこからある程度の境目を境にして
私が大阪で生まれた女や境!って歌を歌っている間では到底仕上がらないまだ煮込み中なのよね。
1週間でも仕上がらなくって
途中で食べてもいいんだけど、
しゃもじで鍋を焦げないように!って今回は焦がしたら負けだと思っているので、
焦がさないように恋は焦がれてもいいけれど、
ぐるぐる回していたら
良い香りを同時に吸い込むからなんかお腹いっぱいになっちゃうのよね。
もういいやーって
なのでそこから温めて食べようか!って気にならないのよね。
きっと美味しく食べられること間違いなし!って空腹は最高のスパイスだ!だなんて言うけれど
そのスパイスがまだ足りてないのよね。
鍋が満載でまだ一向に減る機会がないのよ。
今夜あたりちょっとでも食べて減らさないとーっていつまで経っても鍋に居座っているわ。
作ってそれだけで満足というかー。
そうそう、
そんでね、
空かなかった問題で方々に問い合わせた翌日に開けられるようにご準備しますね!つって言ってくれたのに、
行っても開かなかったから、
これまたどうしたのかしら?って
そのまま開かなくて返品になって返金になるから気にしなくて良いよ!とは言ってくれたものの、
だからまー最悪の場合開かなければ入れっぱなしでもいいのね?って思ってほったらかしにしていたら、
私が忘れた頃、
宅配ボックスのサポートセンターから電話があって宅配業者に言うのを忘れていました!って
お荷物取り出せるようにいたしましたーって立て続けに連絡があって、
忘れてたんかーい!って思わずそう乾杯を決めそうになったところよ。
結局忘れ去られていた私の注文で買った購入したヒヨコ豆は無事にとどいてなによりだったんだけど、
なんか扉が開かなかったことをファンタジーに置き換えて読んだことの無い不思議の国のアリスだわ!ってすぐ言ってみたくなる山脈に向かってヤッホー!って叫んじゃったわよ。
これどうしようかなーっていい加減に食べ始めないと減らないのよね!って
いっそのこと美味しいの出来たよ!って実家に鍋押しつけてみるか、
それともまた私の得意技でもある窓から投げ捨てる方法もあるけど、
それしちゃったら階下の人に全スープが全がかりしてしまうので、
実家に押しつけておくって作戦は両親が痛むかは分からないけれど、
お鍋の中身が痛まないうちに、
本当に食べてしまわないと
今夜あたりちゃんと真面目に食することをここに表明して発表しておかないと、
有言実行有終の美を飾ることが難しいので、
言って発表しておくわ!
うふふ。
あっさりとして軽めでも食べ応えのあるチョイス!
美味しくいただいたわよ。
急須面倒くさいので、
グラスに直接茶葉を入れて沈むまで待って飲むタイプの
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
サラダをコスパよく取ろうとすると何が最適解なんだろう。誰か教えて。
自炊だと種類多く取ろうとするとその分調理時間かかるからあんまりしたくない。
ウーバーイーツのサラダ屋で頼んで、オクラ、鶏肉、アボカド…とか追加してくと2000円ぐらいになる。
食べてるものとか、調理しなくていいとか外でなくていい、とかの利点積み重ねてくと妥当といえば妥当だとは思うけれど流石にやり過ぎ感を感じているし、もう食べれない、というほどの量でもなし。
都心のOLがランチで食べるサラダボウル屋だと1500円前後と思うとそんなもんなのかもしれないが。
コンビニとかスーパーで山ほどサラダ買ってきたらいくらになるのかは試したことないけどどうなんだろう。
サラダチキン的なものはせいぜい200円とかだし実はそのほうが安い…?
ただしコンビニとかのサラダは水洗いしてて栄養ガーとか言う話は聞くが…
サイゼリアはラージサイズのサラダでも6,700円とかそんな感じだった気がするから、サイゼで2000円分サラダ食べた方がいい、という話もあるかもしれないがどうなんだろう。
仕事から帰ってお腹すいててさて夕飯の支度しようかって時に全く食べたい気分じゃないおかずが冷蔵庫にぎっしり入ってるのが本当にテンション下がる
美味しくない訳ではないけど食べたいものと全然違うおかずが詰まったタッパー大量に並んでるの見ても魅力を感じないじゃん
うちは共働きで普段はいつも私がご飯を作っていたんだけどいつからか夫が気を利かせて安く作れる作り置きおかずをネットで覚えて、休日に大量に作って冷蔵庫に入れておくようになった
好意でやってくれてるのは分かるし、気持ちはありがたいんだけど、私が一人暮らし始めた学生時代から今まで一度も作り置きをしなかったのは「敢えてやっていなかった」んだよ
仕事で疲れて夕飯を楽しみに帰宅したのに食べたくない気分のものが残ってることが頭の片隅にあって、それを消費するように食べないといけないのって本当に気持ちが盛り下がるから作り置きって文化?が嫌いだし、やりたくなかったんだよ
それとなく夫に言ってはみたけど、共働きなんだから贅沢言わないで効率やコスパを考えた方が〜とか、栄養バランス良くお腹を膨らせられて時間を短縮することのメリットが〜、って話にされて丸め込まれた
たまにどうしても冷蔵庫の中身が気分じゃなさ過ぎて、仕事終わりに「今日お刺身食べたい気分だからおかずお刺身買ってもいい?」とか「どこそこの店の何々が食べたいから買って帰ってもいい?」とかラインしてみたら
冷蔵庫に既に生姜焼きのストックと鶏の照り焼きが漬けてあるのに、それ買うの?
デパ地下の惣菜、そんな気軽に買ってたら節約出来ないよ?何のために作り置き用意してあるか考えて?
みたいな事言われて毎回諦めたりする
無駄遣いするなって親に叱られて欲しいもの諦める時の子供みたいな気分だ
確かに家におかずがあるんだから無駄遣いに違いはないんだろうけど、ちょっとぐらい節約とか忘れて食べたい気分のもの買ったって良いじゃん
デパ地下寄り道してちょっと良いお弁当とかお惣菜買って帰る日があったって良いじゃん
食費は折半なんだから効率的に使おうってのは分かるよ?分かるけど仕事頑張って帰ってもご飯が全然楽しみじゃないのって苦痛じゃない?
あと将来のために節約しないといけないのは理解してるけどそれよりも30越えたあたりの結構近い将来に食べたいもの思いっ切り食べられなくなるかも知れないじゃん、肉系や中華系のお惣菜・お弁当とかさ
こうやって我慢してる内に30越えてアラフォー迎えて胃が衰えて脂っこい物や味の濃い物を受け付けなくなったら私絶対「若くていっぱい食べれるうちにあそこのお店の何々もっと食べとけばよかった」って言う気がする
食べる事にそんなに執着ない夫にはきっと分からない感覚だろうけど
けんかしたくないから歳とって心の中でひっそり後悔するパターンだろうけど
そもそも食べたい気分じゃないみたいなワガママは言わないのが当たり前なのか
食べたいものを食べて気分上げるためなら少しぐらいお金や時間使っちゃっても良いって思う私の感覚がおかしいのかも
皆すごいな
理不尽な校則、理不尽な反省文書かされ経験……これらからしか接種できない栄養がある。
ないやつは好きなおでんの具を挙げておいて。
ちなみに俺は職場体験で本を持っていって休み時間に読んでたら後日反省文書くことになった。
(たぶん日頃の行いと諸々が災いして話を聞いてないように見えたんだと思う。理屈はわかるが「言われてなかったし……」感はある)
これはLv45くらいの話だと思う。
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栄養:
具体的には中、高校に戻るくらいなら今の方が「マシ」と思えるなどです
仮に・・・というところで国語と算数の話を一瞬出したが、俺は体育教師の話をしている
体育しかりすべての強化は本来何かしらの技術を教えるべきなのに、体育ではそういうの一切合切放置していきなり生徒どうし戦わせて素点の高さを競い合わせるのクソだなとずっと思っていた
他の主要科目でそんなんあるか?算数で講義もなしにいきなり計算ドリルだけやらせて、点数差を前に張り出してバカはこいつです!とかやらんやろ
算数でも結果として点差が出てしまうことはあるだろうが、俺の時でさえ試験の点数とか張り出したりもなかったし一定レベルの個人情報扱いだったしな
体育とかって否応なく出来不出来が外に見えてしまうから、本来そのあたりをケアしないといけないのに、
体育教師になるのってだいたい学生時代に脳味噌に栄養が届かなかったボスゴリラしかいないから、子飼いの猿の群れを争わせて特定の猿を贔屓するくらいしかできないっていうね
ぶんぶんチョッパーでタマネギ4玉分をやっつけて野菜スープにしたお話はしていないと思うので改めてするんだけど、
そのね、
そんなレッツスターティングメンバーの食材でワイワイと賑やかに野菜スープを作ったのね。
まあ私が懸念した肉っ気がない野菜だしつまらないスープになるかと思って、
シンデレラがお姉様に意地悪されている様を再現する寸劇のときに食べる貧しいけれど栄養いっぱいのスープを食べるシーンで絶対出てくるぐらい逆に栄養満載いっぱいのスープだと思って、
お腹が空いたらそば湯代わりに飲むべきものだと思っていたのよね。
そんで一晩か二晩
まあ作ったのが一昨日来やがれでお馴染みの一昨日だったので、
味が馴染んできたのよね。
そんで痛まないように朝温め直して出掛けるんだけど。
それがもう超絶良い香りを漂わせて、
例えやすく例えることができる食材を世界中で探してくるとすれば、
あのパスタソースでお馴染みのミートソースとほぼ同等の香りなのよね。
ビックリすることに肉の一切を入れていないにもかかわらず
ミート感!
まさにジャストミート!肉の気配も充分感じるの。
そうあの鑑定団の人の中島誠之助さんが言うように良い仕事してますね!ってニッコリして言いそうなぐらい、
そんでまさか味は?って思ったけど
まさにジャストミートよ!
だから急遽試しにパスタ茹でてみてそれをパスタソースとして食べたら真っ当な美味しいパスタの食卓に並ぶママーのパスタを茹でた甲斐があったってわけなのよ。
例えるなら大貧民負けてマジ切れそれ見てパスタ作ったおまえを彷彿させる感じもして、
湘南乃風さんの純恋歌のあの歌を全部下の句を「おいしいパスタ作ったおまえ」に変えても成立するぐらいなレヴェルよ。
結構今まで作ってきた自炊で一番これは美味しい!って私史上一番に思ったぐらいなのよ。
もちろん実際には目玉は飛び出てもないし流した涙もアメリカンクラッカーみたいにはなってないけど
そのぐらい目が飛び出るぐらいな美味しさにはなったことなかったので、
再現出来ないってのもあって奇跡的に美味しいのが出来ても再現出来なかったのよね。
インド行ったときに家庭料理を招かれた際にインドの女将さんがパパッとカレー作ってくれて食べさせてもらったんだけど、
スパイスはもちろんだけど、
やっぱりそのベースとなるスパイスを入れる前のベースの基本の土台となる元の支えは
なるー!って思ったわ。
なるー!って言うのはなるほどー!って言うときの私の秋の祭典中の秋の季語なので、
今しか使えない言葉だから言いまくりまくりすてぃーのなるー!ってわけなのよ。
あんま夜中にパスタ茹でるって食べたら罪悪感になるからやったことないけど、
それをも越えるぐらいの美味しさを感じさせるパスタを茹でたい!って自分で思っちゃうほど湘南乃風!
結局洋食の旨味のぎゅーうって詰まったのはなにあれ?タマネギなの?って思うぐらいよ。
私が毎日ログインボーナス頑張って1日1勝しなくちゃ!でお馴染みのスプラトゥーン3もこの2日やんないぐらいの衝撃的な美味しさだってことは理解して欲しいわ。
ログインボーナスもらえなくてもゲームしなくても良いぐらいの美味しさ!
鶏肉焼いたの投入したら旨味がまたぎゅーっと爆発する美味しさのものになるのかしら!?ってドキドキとワクワクが止まらないのよ。
鶏だけどぎゅーって言うのは別に牛とは掛けてないんだからねっ!
割烹着を着た小保方さんみたいに泣きながらスタップ細胞はあります!って言わないぐらい再現が出来そうなのよ!
これスープ平らげたら
そして言うの!
タマネギとトマトのスープで豆を入れたら肉っ気はあります!ってね。
私も無いものをある!って言いたい年頃なのよ!
でも本当に豆だけなのに肉っ気を感じるのは本当なんだからね!
うふふ。
これお気に入り朝のパワーの源ね。
最近よく陳列されているので、
美味しさ炸裂よ!
炭酸レモンウォーラーに追いレモン果汁を入れようかと思ったけど、
急須出すの面倒くさかったので、
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
第一章スバル編(ヒナ編)は非常に面白い名作だったし、(現在公式サイトで第一章全話無料公開中https://comic-zenon.com/episode/10834108156770278846)
第二章コスモ編(琴乃編)は個人的にメインのコスモと琴乃にかなり不快感があったものの、琴乃と対立する思想を持つサブキャラのアルタ・ゆっこ・はるみの活躍が面白く、サブキャラ達の影響を受けて変化していく琴乃とコスモを最終的には応援できて、第一章とはまた違った面白さを楽しめた作品だった。(ちなみに、コスモと琴乃の読者人気は高いように見える。)
そして第三章ギンガ編だが…有料先読みをしている読者の評価は、賛否両論激しく分かれているようだ。
第三章のテーマや結末を概ね好評価している層には、自分の推しに炎上された経験だとか同担害悪厨に迷惑した経験などを持つ人々が多いのか、読者自身のオタ活経験を想起しながら作品を咀嚼している傾向がみられる気がする。
逆に、自分自身のオタ活を振り返られない人々や、自分とは別世界で繰り広げられている娯楽夢物語として作品を楽しみたかった人々には、第三章は酷評される傾向がある気がする。
このように評価が別れる要因となったのは、おそらく、第三章で『ほんとうのさいわい』を手にしていると読み取れる存在が、作品内で活躍する描写のなかった『すべての善良なモブオタク』だったからだろうなと思う。
物語世界における『正しさ』『勝者』『強者』に該当する概念は、読者が作品を読み解き咀嚼していく際の軸となる非常に重要なものであり、特に近年の日本のエンタメ消費層の思考は『自分は間違っていない』と感じられる事物に好意を寄せたり執着する傾向が強いようにみえる。『強キャラ』『真相を理解している正しいキャラ』などが好かれるのだ。
それなのに、第三章では『作中に描かれてこなかったモブオタクこそがこの物語の勝者』なのだと、物語終盤になって打ち出されてしまった。顔出しキャラクター全員がどんどん不幸になっていく姿を単行本5、6冊分ほど散々描き続けてきた後に、突然別の『正解』を後出しされたようなものだから…そりゃあ『自分は間違っていない』と感じれる事物に執着する性格の読者ほどキレるだろう。
とはいえ、作品内で実像を受肉して活躍することがなかっただけで『モブオタク』の存在はあったし、『チャンネル登録者数100万人以上の配信者のファン』が数人の顔出しキャラクターだけな訳がない・未登場のファンにだって心や人生が存在しているということは、意識せずとも想定できる常識だとも思う。
この『善良なモブオタク』の概念を解像度高く持てるか持てないかの違いが、作品に対する評価を大きく違えさせ、同じ漫画を読んでいるとは思えないほど両者の第三章に対する論点・着眼点を違えさせたのだろう。
(そういうこと以前に、登場人物がずーっとひたすら苦しみ不幸になり続ける様子を見続けなければいけないことが、単純にしんどくて連載を追い続けられなかったという人も散見した。まぁこの点は、好きなキャラが不幸になったり痛めつけられたりする描写に興奮できる人々には大好評だったようではあるが。)
斯く言う私の第三章ギンガ編への評価だが…
描かれたテーマもメッセージも良かったし面白かったものの、『面白いマンガ』にはまとまりきれなかった実に惜しい作品だと思う。
例えるなら、盛り付け方やサーブが杜撰でモヤモヤするけども味や栄養は最高に良質なコース料理、という感じだ。
同じテーマ・エピソード・結論・メッセージのまま、読者がもっと面白く感じられる構成編集は可能だったと思う。
そう惜しんでしまうくらい、最終回の85話は物語を畳むには弱過ぎたし、これまでに回収されなかった伏線と前振り無く唐突に後付けされたような描写があり過ぎた。
「正直、物語は変えないまま再構築して最初から描き直された第三章を読みたい」という感情を抑えられないくらい、不完全燃焼だ。面白い内容だっただけに、面白いマンガではなかったことが本当に悔しい。
しかも、作品や作者を侮辱しながら酷評する反転アンチがネット上で暴れているせいで、SNSでは私のこの素直な感想を言い辛いのもストレスだ。少しでも作品に対して惜しむ発言をすると、反転アンチ共は自分達に都合の良いように発言の主旨を捻じ曲げて、作品と作者を侮辱する材料にしてくる。不快極まりない。
なので、私が感じた第三章ギンガ編の惜しい部分をこの増田にまとめていく。
そういう主旨なので、私は第三章の内容を面白く思っているが、面白かった話はここにおそらく書かない。
回収されていない伏線と、意味がわからない描写についてが主になると思う。
マンガの描写に対して「わからない」「わかりにくい」と評することは、「自分の読解力の無さを作品に責任転嫁しているだけではないか?」と妥当性が問われる部分であるが、今回は私の主観で書く。
別作品のネタバレ含む例を挙げて恐縮だが、『ちいかわ』島編を普通に読んでいけば「人魚を食べると永遠のいのちが手に入るという噂がある」「人魚を食べると尻に何かができる」「人魚の鱗が落ちていた家の住人の尻に電池ソケットがあった」という、開示されてきた情報を繋ぎ合わせて、「ちいかわの世界では人魚を食べるとロボ化して永遠のいのちを得られるのでは」と、3つ目の情報が出た時点で誰でも想定できると思っていた。
https://x.com/mo2p_seira/status/1717191097229996544
漫画の内容を読者に正しく理解してもらうためには、犯人の過去回想という事実として「ちいかわの世界では人魚を食べるとロボ化して永遠のいのちを得られる」のだと描写する必要があるんだなと、ショックだった。
第三章ギンガ編は完結とのことだが、『ガチ恋粘着獣』自体は短編エピソードの掲載でまだまだ続いてくれるそうなので、新規エピソードも勿論楽しみではあるが、第三章で回収されなかった伏線の回収や、読者に伝わっていない難解表現部分の補完などもあると良いなと期待している。
第一章スバル編(ヒナ編)の名作という評価は、後半ラスト4話の盛り上がりと決着の素晴らしさに依るところが大きいと思うので、第三章ギンガ編も補完次第で評価は向上すると思うのだ。
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