はてなキーワード: 自己言及とは
書いたもの全部消してってるしなぁ。
このどうしょもない言い訳で確信に変わったから突っ込ましてもらうけど
君の「5年の活動歴」とか「自分は増田の名物でみんなに知られてる」っていうのは全くの嘘だね
さっきも言ったけどこっちは3年ぐらいなんだかんだ増田を見てるし1時期は相当貼り付いてた
ここに居るいろんな変な奴のことは網羅して知ってるけど、
自慢じゃないが、俺は増田に5年ほどいるが、その間ただの一度もロジックの上での欠陥(君の言い方をするなら言葉尻になるのか)以外のところでケチをつけたことはない。
なんてベラベラと自己言及してるのに
横から俺達増田常用者に「そんな人居たっけ」「見たことないな」と言われた途端
特定されたいわけじゃないんだが、
なんて言って慌てて引っ込み始めるのはおっかしいよなあ
「俺はすごく個性的だし何度も自己紹介してて増田利用者ならみんな俺のこと知ってるよ新参者くん」なのか
「特定されたくないし目立ちたくないし書いたものは消してるんです勘弁してください…」なのか
どっちなんだよ?
「彼女を作ることの自分の中での移り変わり」
http://anond.hatelabo.jp/20110811033545
上記増田を読んで思ったこと。
学生時代に「天気の話をする友達はいらない」と言っていた女の子がいた。
彼女は「とても繊細」で、一応好きな男の子はいるものの具体的な行動にはあまり出られない、そんな子だった。
(でも最終的にそんな彼女も「当たれるようになり」当たった結果砕けるのだが今回の本筋と関係ないから需要はあるだろうが割愛)
彼女の「天気の話をする友達はいらない」というのをきちんと説明するとこうなる。
「講義とかサークルとかでたまに顔合わす程度の人と『今日はいい天気ですねー』とか挨拶するのって意味が無い。いつも内容のある、意義ある会話をする友達だけがいればいい」
件の増田に「他人か彼女か、間の『友達』が無いのが敗因」とブコメで指摘していた方もいてなるほどと思ったが、彼と彼女の共通する点は「1か0か、どっちかの関係しか要らない、見えてない」という点だと思う。
少ない母数の中からいきなり自分にぴったんこカンカンの人間を見つけるなんて無理ゲーだ。
「他人か彼女か、どっちか」ではなく「他人か友達か彼女か、どれか」
あるいは
「他人か深い仲の友達か、どっちか」ではなく「他人か、顔見知り程度の知人か、深い仲の友達か」
(場合によってはその「深い仲の友達」が彼氏や彼女になるのだろう)
「グレーゾーン」の関係性を増やし、「母数」を増やすことこそ選択肢(と、経験値)を増やし「真に求める関係性を手に入れる」成功率を上げることに繋がるのだと思う。
「友達100人できるかな」というのは、チャレンジの方向性として間違ってはいないのだな、との認識を新たにした。
__
2011/8/28 追記:Twitterで自己言及したので証明用に書いておきますがこの増田を書いたのはid:steinです。「母数」の使い方に関しては完全に間違って認識していました。お恥ずかしい。ご指摘下さった方ありがとうございました。
ドン小西。
ぷっちゃわいずにー。
固いことなどいわずに。
よしなに頼むよ・・・
今の僕にはどうでもいいことなのだよ!
光はくすみをかき消してくれる。
僕は僕であり続ける。
俺は信じていたいよ。
俺は認めていたいよ。
何もかもをば。
伝えたい何かを。
元気を出してみれば分かる。
きっと分かるから。
ぷっくり膨らんだお尻みたいに。
なんなく、意味のない文章を書いてみる。
それが楽しいと知らずに、君は全てを放棄する。
決してとどまることを知らない。
美しさがとどまることを知らない。
俺は俺となる。
はてな匿名ダイアリーでもきっと輝けるはず!!
そう信じていた時期が僕にもありました・・
君。君に伝えたいよ、この想い。
ハンパじゃなくやるせない。
どうしたらいいのかすら分からない。
びっくりするほどユートピア!!俺に喋らせたらたまったもんじゃねぇ!!
元気出していきましょう。
ブルック((´д`)) ブルブル…サムー
目の前の景色を全部塗り替えるのさ。
瞳に映しだされた未来。
俺は信じてやまないその奇跡。
元気をだしていきましょう。
ぶるああああああああああああああああああああああああああああ
ここから始まる俺のマイヒストリー。
止まることは許されない。何もできない人間になってはいけない!!
今すぐ意味のある人間になってね。なんてそんなこっといわれってもー
溜め込んだ想いを吐き出す場所はやっぱり必要でしょうがー
やっぱりね。おっぱいね。なんとなくね。
元気を出すのがこわいの?俺は半催眠状態で文章を描くよ。
何もない、くだらない、砕け散れ。
ぶち壊れろ。なんでもいい、楽しい。
よし、ここらへんだ。ここらへんがいい感じだ。
まともにそれについて議論していこうと思っているのなら、間違っている主張をそのまま放っておくわけにはいかないのだからそれを指摘するのは議論のプロセスとしては当たり前、不毛どころが無くてはならないものだろう。
自分はただ「3+3+3+3+3=15っつー計算はダメ」というのが目に留まって違和感を覚えたからそれに反論しただけ。別に俺にはかけ算順序の交換性の是非について自分の立場を明らかにする義務はない。
まるで小学生同士の煽りあいになってしまいそうだが、「他人の意見を否定するのは楽しいだろうが、議論としては不毛だ。「賛成」なのか「反対」なのか、スタンスを表明して、なぜその「スタンス」であるのか、小学生にもわかるように「簡潔に」かいてみたら?」というのは君自身についても言えることだろう。
君のコメントは単に俺の行動を指図するものであって、肝心のかけ算云々については一切触れていないのだから、不毛な議論を嫌う君としては、自己言及的なコメントになってしまっていないか?
http://scarecrowbone.crz.jp/etc/himotemap/himoteMap.html
分類に完成形は無いな、というのをこれに対する反論から意義への疑念から追っかけてきた人なら共有してると思う
しかし「はてなは分類が大雑把すぎて五年遅れてる」って、自己言及的ジョークにしてはベタだなー
真顔で言ってるなら途方にくれるしかないけど
俺個人の感想としては、はてな界隈では、「反努力教」の勢力の方が強くてウザいことこの上ない。
全くもって厳密でない、完全に任意のコンテキストで「まあ頑張れ」とつぶやいただけで、即、努力教信者認定wwwあいつらマジやべぇwwwwwww
「俺を元気付けて!」と言っているような文章に対して、「頑張ればきっといい事がある!」とつぶやいたらもうアウトwwwwwパネェwwwwwww
平気で「それは "結果が出るまで努力すれば結果が出る" という自己言及的な論理に基づく言明で、すなわち論理的に全く意味を成さないんだけど、その点をどう説明するの?」みたいな事を平気で言ってくるwwwwwww何で今論理学やってんのwwwwwwwwww
しかも携帯でさwwwwwwあいつらうんこしながら増田やってるからwwwwぶりぶり書き込んでるからwwwwww電話くせえwwwwwwwwwww
wwwっうぇw
http://anond.hatelabo.jp/20100218090315
修行の一日。
http://anond.hatelabo.jp/20100218110712
お前さー、バカにすんのも大概にしろよ。この野郎。
http://anond.hatelabo.jp/20100218123608
叩かれるので過程は省略しますけど、
そうとしか思えない。
http://anond.hatelabo.jp/20100218142049
切り離せない。
あの人とは、結局、釣り合わないのかな、とよく思います。
関係を切れよっていうのは大人の回答でもあるし、現実的でもあります。
見ている内にこちらも好きになったんですが、その「好き」って色々な要素が含まれているんですね。
どこが好きなのって聞かれたら、関係が切れてない事が一番大きいんですよ。
何度も「切れたな」っていうタイミングがあって、それで切れてないっていうのはありがたい事だし、情が深いんですよね。そういうのって。
「100年の恋も冷めた」ってあるじゃないですか。
そんなに長く続く恋愛なら、そんな一瞬で冷めるわけがありません(笑)。
それは、ただの気まぐれだし、幻覚だし、気のせいだったんですよね。
それを認めたくないから100年ものだったと自分に嘘をつく(笑)。
でも、ずっとこのまま続けば、このままじゃないかなって気がします。
http://anond.hatelabo.jp/20100218150436
技術を身につける事で自分には価値が出来ると考えている人達に言いたい。
それはそうなんだけど、
「役に立つか・立たないか」で判断される価値観である事も承知しておいてほしい。
つまり、その価値観の上では、関係が切れれば興味も無くなる。そうなってしまう。
あなたの事を「偉い」と誉めている人は、あなたが「役に立つ」から誉めているんだ。
それは承知しておいてほしいと思う。
http://anond.hatelabo.jp/20100218162534
ぶっちゃけた話、あの人がやたらと強い。
執念に近いものを感じる。
だから、そら、怒るわ。と思いつつも
言いたくなる。
http://anond.hatelabo.jp/20100218170045
一応、書いておくけど、
そういう振る舞いをした覚えもないし
神様だと主張した覚えもない。
そもそも以前に似たような事を書いたじゃん。
http://anond.hatelabo.jp/20100218175135
http://anond.hatelabo.jp/20100218181509
↑↓←→コマンドーーーーー
http://anond.hatelabo.jp/20100218183511
努力して、あの人と一緒になるんだ
みたいな、そんな美しい関係じゃないでしょう。
言っちゃ悪いが「それなりに結果を出したら、相手をしてやってもいいぞ」というレベル。
http://anond.hatelabo.jp/20100218184452
あの人本人は本当はわかってるよ。
ただ、周囲が反対するし、自分の現状の生活への影響がわからないし、
今まで努力を重ねてきた自分の価値を落とすような事はしたくない
といった葛藤が混ざって怒っている。
そういった不安要素だらけの状況の中で、期待値が「もしかしたら万が一にも化けるかも」というものだけ。
そんな状況で「これ以上譲れるか、馬鹿野郎」というのがあの人の気持ち。
http://anond.hatelabo.jp/20100218190916
敗者の思考、その考え方を改めなければ、その影は一生付きまとうぞ。
http://anond.hatelabo.jp/20100218192302
http://anond.hatelabo.jp/20100218192512
本音を言うとお前らが仕事してようがしてまいがどうでもいいんだ。本当は。
http://anond.hatelabo.jp/20100218192621
周囲の人間には「止めとけ」と思われてるわ、
あの人はモテ男と仲良くするような人だわ、(そういう人が好き)
(半分合ってるけどな。)
さじを投げたくなりますわ。
http://anond.hatelabo.jp/20100218193158
普通に考えて、受験時代にはお互いに憎み合っていたのに、会社に入ってから親密になるわけないだろ。今でも下僕だと思っているよ。
http://anond.hatelabo.jp/20100218193433
http://anond.hatelabo.jp/20100218194019
ところで君たちはいつ自殺するの
http://anond.hatelabo.jp/20100218194814
働くのに疲れたらいつでも自殺していいんだぞ。俺はかまわない。
http://anond.hatelabo.jp/20100218202335
http://anond.hatelabo.jp/20100218204343
自殺者は弱いって言うけど、死のうと決心してそれをやり遂げたって事から考えると全然弱くないように思える。
自分なんかただ周りにおびえてはいくつばって縋って生きることしかできない弱い人間だ。
尊敬はするけど真似をしようとは思わないが。
http://anond.hatelabo.jp/20100218211941
人前と二人きりではかなり態度は違うよ
http://anond.hatelabo.jp/20100218212505
ただ、もうこういう不安定な関係は止めて、
ある意味で自由になりたい。
「祭り会場でしか話したくない」っていうのは気持ちはわかりますが。
http://anond.hatelabo.jp/20100218213436
わたしはつかれたんだよ
http://anond.hatelabo.jp/20100218213909
だからね、あなたに癒しと刺激を与えてくれたモテ男さんが良い人で
俺が下僕だというなら
もう疲れたんだよ。疲れた。もう寒いんだよ。凍えるんだよ。
http://anond.hatelabo.jp/20100218215447
どうして。疲れてるあなたを癒してくれたんでしょ。
色々教えてくれたんでしょ。
ドキドキさせてくれたんでしょ。
それが正義で、
俺みたいな人間は下僕。
そういう事でしょう。
楽しけりゃなんでもいいんだよ。そうじゃないか。
http://anond.hatelabo.jp/20100218215647
http://anond.hatelabo.jp/20100218220038
どこもかしこも
疲れたわ。
http://anond.hatelabo.jp/20100218221331
何を書いたって
俺が下僕。
変わんねーじゃん。
http://anond.hatelabo.jp/20100218221741
何を励みに頑張れと?
アホらしい。
モテ男になればいいの?
じゃあ、次にタイミングがあったら
誠実な人間に擬態して、気分を悪くするような発言は全て避けて、寂しさを癒す聞き上手になればいいんでしょ。
それがあなた達の正義だもんね。
http://anond.hatelabo.jp/20100218222613
俺はなんのために守ってきたんだよ。
いくら誠実にやっても下僕扱い。
意味ねーじゃん。
http://anond.hatelabo.jp/20100218223440
それだけの国
誠実とか守るとかそんなのはない
高度のエロにとって利用できるから
見守っていたんだ
http://anond.hatelabo.jp/20100218232033
自分のためにする事はするけど。
http://anond.hatelabo.jp/20100218233500
眠くなってきた。
呆れて疲れた顔でこの様子を見ている人の顔が目に浮かぶようだ…。
Wikipediaで自分の属する組織について、間違ったことが書かれていたとする。
たとえば社長の名前が間違っているとかなら、しかるべき公式のソースを示して訂正すればよい。
しかし、たとえば社のシンボルマークが「存在しない」のに「こういうシンボルマークが存在する」と書かれていて、しかもそれがデマとしては結構流布している場合、社員としては「かかるシンボルマークが実在しない」証明をどうやってしたらいいのだろうね? 何も断りなく「シンボルマークについての記述」を削除したのでは編集合戦になるだけだろうし、そうなったら「検証可能な証拠」を一応示せる「流布したデマ」のほうが「証拠」を有さない(どこの社が「シンボルマークなんてない」という記述を公式の場にわざわざ書く?)当方よりWikipedia上の議論では優位になりかねない。では「社員です」と名乗ってノートで議論を仕掛けるか、となるとそれはそれで「自己言及の禁止」で排除されかねない。ていうか下手したら「社員釣れた」てWikipedia外部で祭られる。
世の中がWikipediaなんぞ信用しないでくれればそれでいいっちゃあそれまでなんだけどさあ。
*シンボルマークってのはたとえ話であって、実際に我が社が直面してるのは少し違うものなんだが、それ明記したらは匿ダに書く意味ないのでぼやかす。
idつきブログの方で「この増田、実は俺が書いた記事なんよー^^」ってわざわざ明かすアホが出てきたから。
と聞いて、ハイ、ここではまちちゃん思い浮かべたヤツ。
お前は何もわかっちゃいない。
ああいう半分自己言及ってか自虐ってか、自分をネタにした記事で笑いをとるのは全然オッケーなんだよ。
多少ギャグとして寒かろうが、ちゃんと「仕掛け」が施してある。サプライズがある。名前を明かす必然性がある。
ダメダメなのはそれを見て「名前バレがクールなのか!」とか勘違いして我も、と晒しちゃうヤツ。
普通に考えてさ。不特定多数に向けたジェネラルな記事とかネタとかネタとか2chからのコピペとかひっぱってきて
「実はこれ俺が書いた増田ですた(`・ω・´)」っつわれても「へぇそうですか、おじょうず」以外返しようがないでしょ?
何? どうコメントしてもらいたいの? 笑いをとりにきてるの? 感心してもらいたいの? 褒めてもらいたいの? 貶めてもらいたいの?
ねぇ俺は何て反応すりゃいいの? てめぇ、増田なめてんのか!
ってか、バレても良い内容なら最初から自ブログの方に書いとけよ。俺が読みたいのは匿名でしか書けないよーな、
増田でしか読めないよーなスリリングなウソっぱちなんだよ。全く。そういうやつに限ってネタ増田は芸の無い流行のテンプレ改変だったりしやがる。いつまでもねらー気分でいやがって。そんなんで立派なはてサヨになれると思ってんのか。ふざけんな。丹田に力こめろ。さけびながら増田やるんだよ!
しかし人間下には下がいるもので、もっと最悪な馬鹿も増田で息してたりする。
つい昨日か一昨日もいたね。別に誰とはいわないけど。
はまちやの真似するような並のボンクラっつうのは所詮は二番煎じだから、
(はまちやに倣って)年末にまとめて「俺が書いた増田まとめ」とかなんとか寝ぼけたエントリ出すのがせいぜいだ。
そういうヤツらはまだ増田がいかな場所であるかは一応心得ていて、
奥床しくもいくら反響があったとて、その場でid晒すような恥知らずなことはやらない。話の分かるやつだ。だから貴様らはブクマインフレ時代になっても5users稼ぐにも四苦八苦するのだがそれはまぁいい。増田とはそういうボンクラどものために存在するのだ。
だが、ウケバレするような屑は違う。ハイエナだ。ただのアクセス乞食だ。
非難する上であーだこーだ理由づけしてやる必要もないぐらいだ。ヤツらは増田たる資格がない。
id:magician-of-posthumanが仕掛けた罠とは何だったのかについて一考した。
http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20090224/1235439131
id:gerlingは、何の技も会得せずに、「メディア論」という一つの学問分野に対して「道場破り」を挑んできた。しかし学術の道場では、何の技も会得していない雑魚と同じ「土俵」に立つような真似はしない。雑魚は「門前払い」だ。しかしながら、メディア論の道場では、「門前払い」になった雑魚を<踏み台>にすることによって、より高き土俵を造ることが可能なのである。
どういうことか?今id:gerlingが陥っているパラドクスは、自らの反論が何ら相手にされずに、反論対象を好都合にしてしまっているというパラドクスなのである。id:gerlingがメディア論に反論しても、メディア論の必要性を助長させてしまうのだ。
増田的には注目度は低かった「科学的な議論」ではあったが、この議論は最初から茶番だった。
id:gerlingの反論が非科学的な反論(笑)であったために、
id:magician-of-posthumanはそれを都合よく「利用」したってことだ。
id:gerlingは、最初から手のひらの上だったのだろう。
議論の流れはこうなる。
1.id:gerlingは、id:magician-of-posthumanの「メディア論」を「ミクロ権力論」と混同して反論(笑)した。
2.だが、id:magician-of-posthumanは、「メディア論」がシステム理論の「コミュニケーションメディア論」と
フランクフルト学派の「メディア論」的転回に関係し、「ミクロ権力論」とは全く違うと言う事を説明した。
http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20090218/1234955798
客観的に第三者視点からみても、この時点でid:gerlingの敗北は決定的。
3.id:gerlingの本来の説明責任は、id:magician-of-posthumanが主張する「メディア論」と「ミクロ権力論」が
同じであると言う事を「コミュニケーションメディア論」とフランクフルト学派の「メディア論」的転回に触れながら
証明する事にあったが、id:gerlingは「論旨のずらし」によって不当に応戦した。
4.id:gerlingは、システム理論の「コミュニケーションメディア論」を完全スルーしたまま、
システム理論を「観念論・形而上学・精神分析学」だと決め付けてかかった。
5.だがid:magician-of-posthumanは、形式とメディアの理論やオートポイエーシス・システム論を説明し、
システム理論が「観念論・形而上学・精神分析学」とは全く別物である事を完璧に論証した。
6.id:gerlingの本来の説明責任は、id:magician-of-posthumanが主張する「メディア論」と「ミクロ権力論」が
同じであると言う事を「コミュニケーションメディア論」とフランクフルト学派の「メディア論」的転回に触れながら
証明する事にあり、
かつ、システム理論が「観念論・形而上学・精神分析学」と同じだと言う事を
形式とメディアの理論とオートポイエーシス論に触れながら証明する事にあったが、
id:gerlingはまた「論旨のずらし」によって不当に応戦した。
7.http://anond.hatelabo.jp/20090222172805の増田が言っていたが、
id:gerlingは、「コミュニケーションを人間的な単位に還元する事は不可能」だという
「メディア論はガキくさい」から「id:magician-of-posthumanはガキくさい」へと
「論旨のずらし」を行った。
8.だがid:gerlingのこの「論旨のずらし」だと、
http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20090218/1234955798を全く言い負かす事も
できないまま主張してしまうために、全く全然具の骨頂な「論旨のずらし」になってしまった。
9.id:magician-of-posthumanは、追い討ちをかけるかのごとく、
id:gerlingの「孫引き」=他者が引用した文章をそのまま引用する不正行為を行っている事、
id:gerlingがルーマンの文献を読まずにルーマン理論に反論している事の調査不足さ、
id:gerlingがボルツの文献を読まずにボルツを馬鹿呼ばわりしている事を指摘した。
10.id:gerlingは、このid:magician-of-posthumanの追い討ちを受けて、
id:magician-of-posthumanのシステム理論が誤読だと反論した。
実はこの誤読だという反論も、客観的に見れば「論旨のずらし」だとわかる。
id:gerlingの本来の説明責任は、id:magician-of-posthumanが主張する「メディア論」と「ミクロ権力論」が
同じであると言う事を「コミュニケーションメディア論」とフランクフルト学派の「メディア論」的転回に触れながら
証明する事にあり、
かつ、システム理論が「観念論・形而上学・精神分析学」と同じだと言う事を
形式とメディアの理論とオートポイエーシス論に触れながら証明する事にあったが、
id:gerlingはこれらの説明責任の論旨を「id:magician-of-posthumanのシステム理論」へと
ずらす事で、id:magician-of-posthumanの波状攻撃になんとか対応しようとしたって事だ。
11.しかしid:magician-of-posthumanは、id:gerlingが罠に落ちたと言う。
id:magician-of-posthumanは、id:gerlingの
「id:magician-of-posthumanのシステム理論は誤読だ」という主張を、
これまた正確に反証している。
id:gerlingは、ルーマン理論が神経や意識を「一度も」説明していないというが、
id:gerlingが読んだ事のあるルーマン本は、「一冊だけ」だった。
id:magician-of-posthumanはこれに向かって、
神経や意識を取り上げているルーマン本を数十冊取り上げ、その頁数まで正確に記載して、
id:gerlingの「知ったかぶり」を説明した。
12.さらにid:magician-of-posthumanは、id:gerlingこそがシステム理論を誤読していると説明する。
形式とメディアの理論、オートポイエーシス、自己言及と外部言及、システムと環境の差異、構成主義的認識論、
コミュニケーションメディア論、間テクスト性、パラドクス化と脱パラドクス化。
id:gerlingが自分自身の「調査不足」の責任を相手の「説明不足」へと転嫁していると説明する。
13.1-12までのながれをみると、どうも客観的な立場の第三者からみると、
id:magician-of-posthumanがid:gerlingの相手をする理由がないように思えてくるのは気のせいだろうか?
id:magician-of-posthumanが言うように、id:gerlingは議論の入り口に立ててない。
14.しかしid:magician-of-posthumanは、「メディア論」に反論(笑)してくるid:gerlingを
最初から相手にならない無害な素人と見做し、「メディア論」の必要性を高める為に、
好都合に利用していたのである。
詰まり、id:gerlingの「メディア論」批判が「メディア論」に栄養を与えていたってことになる。
15.id:magician-of-posthumanは、id:gerlingの「孫引き」が知のデザインだという。
。「孫引き」を行なったid:gerlingは、これらの引用記事を読んではいない。読んだ上で言及するならば、最初から正確に引用であることを記したはずだからだ。したがってid:gerlingは、引用記事を読まずに「孫引き」した上で、引用されている記事のバックグラウンドに無学なまま反論(笑)を成し遂げていたと言うことになる。
http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20090224/1235439131
16.id:magician-of-posthumanは、id:gerlingの「論旨のずらし」も知のデザインだという。
増田が批判していたが、magician-of-posthumanは肯定的に取り入れているっという事になる。
「論旨のずらし」は、今現在顕在化している論旨では到底勝つことができないという惨めな気持ちを埋め合わせるために形式化されているのである。言うなれば、「論旨のずらし」とは、既存の論旨に反論したいけれども反論(笑)になってしまうというパラドクスを、別様の「形式」と「メディア」の区別を構成することによって、脱パラドクス化しているのである。つまり、「論旨のずらし」とは現状無害化による問題の隠蔽なのだ。しかし脱パラドクス化はそれ自体がパラドクシカルである。パラドクスの隠蔽はパラドクスの発見を伴わせる。だからこそ今現在id:gerlingは、稚拙なバックグラウンドのままメディア論に反論(笑)することが、逆にメディア論の必要性を助長するというパラドクスに向き合わざるを得ないのだ。
17.id:magician-of-posthumanは、id:gerlingがルーマンの文献を読むように誘導していた。
案の定id:gerlingは、ルーマンの本を「一冊だけ」(←ここポイント)読み、誤読し、自爆した。
誘導していたid:magician-of-posthumanにとって、ここまで計算どおりだったってことなのである。
id:magician-of-posthumanは、id:gerlingがルーマンを付け焼き刃で論じても、100%誤読すると
確信していたんだろう。
id:magician-of-posthumanは、システム理論を完璧に説明し、id:gerlingのルーマン読解を完璧に反証して、
と言っていた。確信犯以外の何者でもない。
こうしてid:gerlingは、id:magician-of-posthumanの手のひらの上で転がされていたんだ。
とくに、id:magician-of-posthumanがわざと「id:gerlingがルーマンの本を読むように誘導」し、「案の定誤読した」ところを
知のデザインの要素として好都合に動員したあたりは、実にしたたか。
今までトニオは周囲から煙たがれるだけの存在だったが、これほど真正面から「利用」されてしまったのは
おそらく初めてではないだろうか?
だが僕らには、id:magician-of-posthumanのしたたかさにネガコメを突きつける資格があるのだろうか?
実際問題、id:gerlingの「メディア論」批判が十分な調査不足と正確な反証だったなら、
こんな事は起こらなかっただろう。「メディア論」の必要性を助長させてしまう「メディア論」への反論(笑)を
書いて、付け焼き刃の知識と「論旨のずらし」や「孫引き」を繰り返して非科学的な反論をしてしまった
id:gerlingにも、問題はあっただろう。
たぶん僕らが教訓として言えるのは、
普段から努力をサボってる奴には、努力した者だけが参加できるハイレベルな議論に
参加する事が許されないってことなんだろう。サボりは悪い。
会話のキャッチボールが成り立っていなくても、コミュ力がなくても、人間がいなくても、「他人と関わること」から逃げても、コミュニケーションは作動する。
コミュニケーションは、人間の意識や主観や行為を参照せずに進展していく。コミュニケーションを人間的な単位に還元することはできない。人間が想定する「コミュニケーション能力」などお構い無しに、コミュニケーションは作動していく。あくまでコミュニケーションとは、<コミュニケーション>についてのコミュニケーションなのだ。だからこそ学術的なコミュニケーションは、各人が知識人の「本の受け売り」にならずとも進展していくことができるのである。先行研究の観察が接続可能性の担保に必要となるとはいえ、それぞれの人間が先行研究を理解しているか否かは何の問題にもならない。観察されるのは、理解度や各人の意識の合意形成などではない。観察されるのは、観察である。
http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20090122/1232605196
id:ekkenのような誹謗中傷や罵倒を垂れ込んでいる奴のも、ある種のコミュニケーション。ekkenがコミュってのも実感がわかないが。
社会システムは、コミュニケーションを継続させることによって存続している。コミュニケーションが中断されれば、そこに社会は無い。よって、自己を存続させようとする社会システムからすれば、学術だろうとコンフリクトだろうと、コミュニケーションが継続していればありがたいものなのだ。だから、免疫システムとしてのコンフリクトは、まず社会システムの存続の負担を免除しているのである。
一方、コンフリクトによって負担を免除されているのは、社会システムだけではない。学術的なコミュニケーションを継続させることの負担についても、免除されている。たとえば、ニクラス・ルーマンやヘーゲルの先行研究が観察されることによって学術的なコミュニケーションの接続可能性が担保されたとしても、ルーマンやヘーゲルの先行研究の観察が理解されなかったとすれば、それ以降、ルーマンやヘーゲルについての学術的なコミュニケーションを継続させることの負担は増大することになる。
http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20090122/1232605196
コミュニケーションは学術、政治、経済、法、教育、芸術、宗教とかに区別される。全部ひっくるめた会話のキャッチボールとか、全部ひっくるめたコミュ力とか、全部ひっくるめた人間性とか、そんなものはない。
このことは、各種の社会的部分システムにも相当する。学術的コミュニケーションは、いつも<学術的コミュニケーション>についての学術的コミュニケーションである。政治的コミュニケーションは、いつも<政治的コミュニケーション>についての政治的コミュニケーションである。
機能的分化社会では、政治的コミュニケーション=システムも学術的コミュニケーション=システムも、互いに全体性を記述していく。だが、互いに全体性を記述するからこそ、その全体性は真の全体とはならず、特殊部分化された<全体性>だということになる。それ故、双方は互いに全体性を記述するものの、政治の全体性に学術が倣わなければならない理由も、学術の全体性に政治が倣わなければならない理由も、無い。「審議会」のような場でできることは、精々のところ、一方が他方の作動の前提に攪乱を与えられる程度のことである。だから、一方が他方の作動を制御することは、原理的にあり得ないのである。よって双方のシステムは、互いに自律的に作動していく。
http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20090128/1233124298
勿論、政治システムは、<世論>の心情や苦悩やカタルシスや怨念や「一般意思」や「憲法意思」などといった心的要因や人間的な単位を理解しようとしている訳ではない。政治システムは、こうした心的要因や人間的な単位について、政治的にコミュニケートしているに過ぎないのである。
http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20090128/1233124298
学術的コミュニケーションと政治的コミュニケーションにおける接続可能性の差異は、市民的な対話や「言葉のキャッチボール」などといった猿知恵を、いとも簡単に粉砕してしまう。こうした学術と政治の対話に期待することができない以上、対話に期待する<理性的な啓蒙>よりも、機能的に差異化された各コミュニケーション形式への参入離脱可能なポジショニングを採ってもらうべく、各システム作動を学習させる「社会学的啓蒙」を選択したほうが無難かもしれない。と言っても、この「社会学的啓蒙」それ自体が既に学術システムの構成物なのだから、この結論は学術の学術に対する自己言及だということになる。こうした状況は、前半で取り上げたハーバマス・ルーマン論争の時期から、既に一般化していたことだ。この意味で、未だに右と左の区別に縛られ、厳密な根拠づけや理性的な合意形成を目指すような政治的討論を試みるのは、完全に周回遅れである。
http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20090128/1233124298
要は、「会話が成り立たない」という会話も学術的で成り立たないから、「会話が成り立たなくても作動していくそれぞれの部分システム」への参入と離脱を両立しろってこと。
アホウもここに極まれりといったところだろうか。
だからってアホウにアホウと言っても、アホウはアホウのままだと思う。
トライブにとっては、学術システムこそが外部環境に位置づけされる。双方のコミュニケーションは互いに影響を与えることは無く、自律的に作動している。したがって、こうしたトライブの戯れを批判し、啓蒙することは不可能である。経済学者や活字好きのご老体は、はてなブックマークに馬鹿や危険因子が存在していると批判していた訳だが、彼らにできたのは、あくまで馬鹿や危険因子が存在していることを発見し、記述するところまでである。彼らを啓蒙することなど、できるはずもなかった。何故なら、トライブのコミュニケーションを決定付けるのは、トライブだからである。
http://d.hatena.ne.jp/magician-of-posthuman/20090122/1232605196
http://anond.hatelabo.jp/20081223011009
の増田とは別の30代のオッサンです。
何かこの手の話って、すぐ「老害」とか言われちゃうんだよなーw。
http://anond.hatelabo.jp/20081223011009
http://anond.hatelabo.jp/20081223011009
の反応なんて若さの汁が溢れ出まくってるし。
DENPAに関しては、俺もこないだのに行ったけど「新しさ」とか「衝撃」は全然感じなかったよ、ゴメン。
いや、良いイベントだと思ったけどね、本当に。
オッサンからのコメントが上から目線っぽく感じられるのも良く分るけども、
他に書きようがないしなぁ、本人には蔑んだりバカにしたりする気は全然無いはずなんで我慢して下さい、申し訳ない。
(「老害」とか言ってる人には「君もオッサンになったら解るよ」としか言えん)
例えて言うなら、結婚して15年以上経つ夫婦が、新婚ホヤホヤwのヤングカップルに
「僕らがいかにお互いを愛し合ってるか」とか「今後の2人の夢」を熱く語られたあげく、
「先輩!是非当時の2人の思い出と、今後のアドバイスを!」
とか言われたんで
「いやー、俺も昔はラブラブだったんだけどねー、
長く付き合ってくと、愛だけじゃ解決出来ない問題も出てくんのよ
と、つい夢のない事を言ってしまっただけなんじゃねーの?
多分、これがオッサンではなく、余裕の有るおじいちゃんクラスの人になれば、
「そうかそうか、2人はラブラブだのー、そのまま2人で仲良く過ごせばェェよー」
みたいな反応も出来るかもしれないけど、オッサンには無理なんですよ、本当にスマン!
出来る奴もいるかもしれないけど、少なくとも俺にはそんな余裕の有る回答はできんと思う。
私達よりも「先」を知っているのであれば「バカ」と済ませずに「次」に対してどうかお力添えをお願い致します。
「排除の団結」ではなくどうか「一致の団結」を実現させて下さい。それにはあなたの力が必要なんです。
※一部だけの抜粋です
これは無理のような気も。元増田はそういった事にもう魅力を感じて無さそうだし…。
少なくとも俺は年とったら正直クラブイベントとかは昔ほど面白く無くなっちゃってんのよ。
周りで似たような事言ってるのも少なからずいるし。(そうじゃない奴もいるけどね)
もうね、イベントの時にはヤングの頃にあった「始発の時間まで楽しむぜ!」とかのテンションは全然無いもん
「疲れたから帰ろう、あー、電車無い?まぁいいかタクシー使おう」とかに変わっちゃってる。
多分そんな人間の考える「次」は今の君たちが望む「次」とは多分違う物にしかならないと思うんだ。
勿論、年とってからも楽しんでる人も沢山いると思うけど、
やっぱり「その時代を」「その年齢で」通過しないと感じる事の出来ない感動ってあると思うので、
たとえそれが「老害」と言われても、オッサンにはオッサンだからこそ出来る支援をするだけなんだよな。
まぁ、最初はそんな自分が嫌だったけど、もう諦めましたよ!
30歳過ぎたら、中学生の覚えたてオナニーの様なキラキラした感動には巡り会えないんだと悟りましたよ!
元増田も蔑む意味では言ってないと思うし、俺はダンスミュージックやオタクコンテンツなんて
基本的にジャンクな物だと思ってるんで、正直この反応にはビックリしたというか
テクノウチさんって真面目な人なんだなーとか改めて思った。
(っていうか、元増田は『動物化するポストモダン』の例えとしてジャンクフードを出してるんだし)
「今度の季節限定XXバーガー、マジ旨いっす!新しい味の登場です!」
とか言われて、
「そっかー、若いなー、30過ぎるとジャンクフードを食いたいと思うことが減るし、
食っても旨く感じられなかったり、胃にもたれたりしちゃうんだよーw、
季節限定と言えば知ってる?昔マックでカレー売ってたんだぜ?」
とかオッサンが答えてるだけなんで、あんまし過剰反応する必要無いって。
うろ覚えだけど、昔ノーマン・クック(Fatboy Slimの中の人)がDJに関してインタビューで
「俺のやってる音楽は高尚な事でもないし、人を感動させる事でも無い、
月曜からずっと仕事してクソみたいな気分になってた人に、週末クラブに来て思いっきり楽しんで貰って
また明日から頑張ろうとか思ってもらえたら、それで十分満足なんだ」
みたいな事を言ってたんだけど、俺もクラブなんてそれで十分だと思うんだ。
とにかく楽しい場所を作ってれば良いんだと思う。
万一その場が無くなっても、誰かの心に残るイベントなら必ず後に続く人が出て
「何とかあの場所を再現しよう、他の人にもあの感動を伝えよう」