はてなキーワード: 経営学とは
http://www.hatena.ne.jp/yteppei/activities
http://marke.seesaa.net/article/41827331.html
yteppeiについて
名前:yteppei
性別:♂
yteppeiの経歴
なんか男の方は全然元気そうだね
http://anond.hatelabo.jp/20110803193421
懐かしいなあ
スラックティビズム(英: slacktivism)は、「怠け者(slacker)」と「社会運動(activism)」とを掛け合わせた合成語である。努力や負担を負わずに、社会運動めいたことをする行為を指す。
この用語は、社会に意味のある影響を与えていないのに、社会にとって良い活動をしたつもりになる自己満足的行為について、軽蔑を込めて使われている。こうしたスラックティビスト(スラックティビズムにあたる行為をする人)たちの行為は、多くの場合、個人の努力や負担を必要としない。
勝間さんの「まじめの罠」よりこのキーワード1つのほうがインパクトもあるしわかりやすいな。
「まじめの罠」は今年の買って後悔した本ベスト3。勝間さんどうしちゃったんやろうなぁ・・・。
これ、大人向けの本なんですか。
「まじめの罠」というキーフレーズの下、世の中のさまざまな失敗例が語られます。ですが、その「まじめ」が定義されていません。
最初にユダヤ人を大量に処刑したアイヒマンの例が出てきます。アイヒマンはまじめだから残虐な行為を行った、と著者は思いたいようです。ですが、違います。ミルグラムの本を著者は紹介していますが、ミルグラムは誰もが簡単に他人に「服従」することを心理学の実験で示しました。アイヒマンがまじめだったとしても、それが原因ではありません。二つのことが同時に起こったり、一つのものの中にあっりしても、一方が原因で一方が結果とは言えません。「まじめの罠」という著者の結論は著者が紹介したミルグラムの実験結果と矛盾します。読まずに想像で判断したのか。ネットの安直な解説を真に受けたのか。読んだけど理解できなかったのか。とにかく、自分で紹介した本の中身を理解していません。これはかなり恥ずかしいと思います。
クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』も「まじめの罠」の例に紹介されています。クリステンセンの主張はまじめにやると失敗する、ではありません。長くなるので詳細は省きますが、その産業に属する企業群を支配する経済的な力学が働き、まじめに努力したとしても、やがて新興のベンチャーに負けてしまうというのがクリステンセンの考えです。まじめに努力しなかったらもっと早く負けてしまうのは言うまでもありません。ラーメン店の競争が激しい中、自分の味を求め新規開業する。これはまじめですか。いいえ、「わがまま」です。自分の好きなことをして儲けたい。そんなに世の中は甘くありません。意図的か無意識か、「まじめ」の定義が変わります。このやり方ならどんなものでも「まじめ」と言えてしまいます。
著者は「まじめの罠」というキーフレーズで、あれも説明できるよ、これも説明できるよ、と言いたいのですが、現実は著者の考えるほど単純ではありません。テレビの水戸黄門のファンは多いと思います。代官と越後屋は徹底して悪い人、搾取される百姓や町人は徹底して良い人。単純だから良いのです。仕事で疲れて帰ってきて、複雑な心理ドラマを観たいと思いますか。この本は普段活字を読まない人には読みやすいと思います。論理が単純だからです。ですが、現実の世界は水戸黄門とは異なります。単純で分かりやすいことと、正確であるということが一致することは稀です。だからこそ、物事を複雑なまま捉えて分析しないといけないのです。でなければ、どんな難しい理論もたとえ話で説明できてしまいます。著者に望むことは引用する文献をしっかり読むこと。著者にオリジナリティがなかったとしても、忙しくて専門書を読む時間がない人のために、原著を原語で(経営学や心理学の本は誤訳が非常に多い)精読して、読者に噛み砕いて説明してくれるなら価値はあると思います。逆に、いい加減な理解で読者に間違った知識を与えてしまうなら、読者は修正に時間が掛かります。その意味でこの本は星一つにせざるを得ません。買うお金、読む時間、間違いを修正する更に長い時間。大変な出費です。
この本には「私(著者)を嫌う人」の紹介とその批判がありますが、その定義も著者に都合の良い、やたら感情的で、論理性に欠如するような議論をする人たちに描かれています。自分が論破しやすい「私を嫌う人」像を作り、それを批判し、結果として自分の正当性を主張する。読者はその定義がそもそも正しいかを自分で検証してほしいと思います。
この本でたった一つ良かった点。自分の間違いを認めるのに躊躇してはいけないということ。人間は自分の間違いを認めたくありません。とくに高いお金を出した場合は価値があると思いたいものです。今までの投資が無駄になりますから。ですが、例えば今まで毒を薬だと信じて高いお金を出して買って飲んでいた人たちも、毒だと知ったらすぐに飲むのを止めるでしょう。正しいことを知ろうと思っても、間違ったことを覚えるなら、毒と変わりません。
まぁ一応ファイナンスとかアカウンティングとかも多少分かるけど(マーケティングはなんかしょうもない啓蒙本読んだことある程度)、
その辺の知識には全くこれっぽっちも知的好奇心湧かないんですよね。経営学とかは何かたまにHBRとか読んだり「戦略サファリ」とかはまとまってて良い本だと思うけど、
興味あるかって言われるとまぁ無い。
人脈も重要なのは分かるんだけど、アントレプレナーだかなんだか知らんが、業種とかビジネスの内容とか関係なくとにかく起業が目的みたいなのは全く理解不能ですね。
雑多に。
・(全般)論文の書き方:すべての基本。高校生までは起承転結(四段階)だが、大学生以降は序破急(三段階)が普通になっていくので慣れていくこと。
・(全般)プログラミング:すべての基本。言語学や論理学と密接な関係があるので、体得すれば実は論文の書き方に強力に役立つ。
・(全般)健康管理:健康を壊すと普通は勉強ができなくなる。体力と相談してがんばれるだけがんばる。
・(教養学部)教養:東大の特殊なところは、1、2年は教養学部というところに所属するところ。
ここで、広く、できるだけ深く、何でも雑食にガリガリ吸収して、自分なりの知の体系を、藁葺き小屋でもいいから作ることが求められている。多分。
・(文1・法学部)政治学:集団的意思決定に関すること。生臭いが、体得すると選挙や住民運動の時に、偏見に凝り固まった勢力から自由になって、自分の意見を持てるようになる。
・(文1・法学部)行政学:公務員はどう働くか。知らなきゃ公務員になった時にしぬ。公務員になりたいわけではなくとも、学者になったら役所と取引することになるので、彼らの行動様式を弁えておくのも大事。
・(文1・法学部)法学:公務員は何を守って働くか、倫理とはどう違うかなど。知らなきゃ公務員になる以前に試験の段階でしぬ。以下略。
・(文2・経済学部)経済学:財・サービスの一般的な流れに関すること。何で自民党が無駄な公共事業をやったかというと、彼らも決して馬鹿だったわけではなく、ケインズ経済学という思想的根拠があったことが分かる。これだけでも日本では重要。
・(文2・経済学部)経営学:お仕事の要素が入った組織をどう正確に効率よく運営するか。どこの組織に行くにも絶大な力になる。個人で生きていくなら別だが、事業を起こすなら必須。
・(文3・文学部)心理学:記憶と連想が切り離せないこと、情動(感情)や動機付け(欲求)のあり方をわきまえておくと、勉強のときに障害を取り除ける。
すなわち、沢山勉強して沢山思い出して連想することが知識になること、感情や欲求を適切に駆動し、不必要なら安定させること。
ついでに、生命反応や身体や神経や脳から、どのように心が生じるか学ぶのも悪い経験ではない(先に言っとくけど、心と身体の関係について論じる、いわゆる心身問題はまだ結論が出ていないので、深入りは禁物)。
・(文3・文学部)言語学:教養学部でやる外国語と文学部でやる言語学がある(正確には違うけど)。
外国でバリバリ働くビジネス目的と、論文を発表する・資料を原著で読む目的とがある。
長期的にどっちをやりたいかということと合致させた方がいいが、計画的に東大に入った入学者でなければ、よく分からないまま選択して二年間ババ引く可能性が高い。東大のシステムの疑問点だが、何か意味があるのかも知れない。何でこうなってるんだろう。
・(文3・文学部)社会心理学、社会学:人が集まるとどう振舞うかを理解するのは、ミクロ(個人)とマクロ(社会・集団)の関係をわきまえておくときに有意義。
・(文3・文学部)文化人類学、歴史学:昔の人の好みとトラウマ、成功と失敗を学んでおくことが大事。民族的歴史というものもあるので、「あー、日本人は災害時はこう振舞うのか、ではこうすればいいのか?」みたいなことができる。
・(文3・文学部)倫理学:いわゆる道徳・倫理を扱う倫理学にはいろんな学派があるが、それほど倫理学のフォローする領域は広い。
要するに集団のルールというのはどうやって決まるかということを、いろんな出発点(個人主義、生活、健康、生殖やエロス、プライバシー、コミュニケーション、権威、助け合い、暴力などなど)から積み上げているからだろう。
どれも集団生活を可能・不可能にする大事な本質には違いないので、広く浅く吸収していくとよい。(集団主義的なことを言うとあそこでは嫌がられるだろうけど、俺はそういう結論になっちゃった)
・(文3・文学部)哲学など:人間の脳の構造でいろんなものを筋立てして考える。倫理学もそうだが、哲学となると広すぎてちょっと大変。しいて言えば科学哲学とかやってみるといい経験になりそう。
・(文3・教育学部)教育学:教育学部に行く人以外関係なさそうだが、親になりたきゃちょっとかじっておくと後々いい感じになる。
・(理全般、特に理1・理学部)数学物理化学地学生物:文系でも「物質から生命反応が生じる」ということを了解しておくのは悪い体験ではない。
・(理1・工学部)工学:「社会のためにどう計画する?」ということは常に考えておいた方がよい。
・(理2・農学部)農学:別に農学部行く人以外は関係なさそうだが、安く安全に飯が食えるということは大事ですよ。TPP問題とかやりたくなったらどうぞ。
・(理2・薬学部)薬学:農薬や医薬をやりたい人以外には関係なさそうだが、有害物質問題とかやりたくなったらどうぞ。
・(理3・医学部)医学:普通の学生は「ものみんた(誰だ)の野郎! 健康について適当なこと言いやがって! 俺は気をつけよう」というときにのみ有意義。
理3の学生がまじめにやる分にはすごくハードなのでがんばって。
そうでなくても理3は超頭のいい人が入るところだから、超人的な世界で超人的に頑張ることを余儀なくされる。
(2011.03.27 18:37 追記)
twitterで指摘がありましたが、私は文3・文学部卒でして、文3・文学部についてながながと書きすぎました。確かに今読み返すと配分がおかしいね。
国政選挙のハードさに比べれば、学士→修士のdouble majorぐらい楽勝だと思うのだが。まぁ、衆院補選のお手伝いしか経験ないので何とも言えないけど。
立志伝みたいな人(○○の創業者)みたいな人だって、選挙準備として3年ぐらいの勉強はしてほしいな。学卒なら異分野の修士取ればいいだけだし。修士の中では比較的ハードな、MBA(経営学修士号)だって働きながら取ってる人いくらでもいるよ?
本当の本当に「底辺」な人が「国政選挙」に出て、受かって、何かを成すことを期待するのであれば、奨学金を獲得できるぐらいの運と実力を期待しても良いと思う。逆に、高等教育はどんなに金がなくても実力とポテンシャルさえあれば受けられるような制度を整える必要があるよね。
追記:
「学を修める」ということはほぼ「議論のやり方を修める」ということと等しいという理解と、「今の国会で行われているカケヒキは『事実にもとづいた議論』になってない」つまり「国会議員は議論のやり方を知らない(人が多い)」という推論、そして「事実にもとづいた議論により政治はもっと良くなる」という信念から上のようなボトムラインを考えちゃいます。議論のやりかた(ディベートのやりかたや交渉術ではなく、factの前に謙虚な姿勢)って自然に身につくものじゃないからね。
虚しいだけに同意。
過去の事象の説明には役立つけど、現在の経済状況を適格に捉えられているかは微妙じゃん。
誰の目から見てもどんづまってる状況をあえて数字や数式で説明できるくらいだと思う。
でも、数式なんか使うまでもなくどんづまってることが丸解りの状態を、数式で説明できるようになったってさ、それ意味はどれほどあるんだ?
商才がつくかっていったら、経済より経営学だろうけど、それも疑問。
経営学を学べば(アメリカでMBAをとれば)失敗しない、なんでもうまくいくなんてのは幻想だったし。
五十歩百歩だけど、五十歩分だけ楽しい。
例えばだ。
ジムに通って汗を流し、ジムでの運動を思い出しながら寝る前に運動生理学と解剖学を独習してみる。
基本は医学書、看護学科で使う本が門外漢の俺でも読みやすくて好きだ。安いし。
英語力もつくし。
アマゾンで星座早見盤を買って、ときどき星空を眺めに遠出する。
あと、ペットボトルロケット製作、竹とんぼ製作、干物製作、まあそんなところかな。
うーん、名前書けば入れるなんてのは所詮倍率の問題だし、有名大学だろうと学部、学科レベルで倍率割れたら、まあそこまで厳しくなくとも入れるわけで。
そういうとこは規模縮小させるか潰せばいいんじゃね?
ネットやっててFランという単語を目にしないことは無いと思う。
もちろん具体的な大学名は知らない。
「グローバル経営システム学科」が不満なら名前変えればいいってわけでもないんじゃないの。「国際経営学科」ならOKなのかな。
日本語がおかしい気がするが…。仰る通り、名前を変えればいいってわけじゃないよ。
単に現状の事実として低レベルな無意味大学はそういう変な名前をつける傾向があるってだけで、そういう傾向が仮にないんだとしたらまた何か別の特徴でもってそれらを表現するだけ。
あと、「どうでもいい」ってのもどういう点で「どうでもいい」のかわからない。
少なくとも、大多数の学生が4年間まともに勉強しないような大学はどうでもいいと思うよ。
そこそこ有名な私大とかもそれに当てはまるかもしれないけど、そうだとしたらそこも潰れるだけのこと。
KDDIは、12月1日付けで同社の田中孝司専務が社長に昇格し、小野寺正社長兼会長は社長職を退き、会長に専任するとプレスリリースを発表したという。
http://www.kddi.com/corporate/news_release/2010/0910a/index.html
近年、Docomo、KDDIがSoftbankに対して守勢に回っているのは(印象的な部分は確かに大きいが)一定の事実だ。
その理由は、いくつかあるだろうが、決定的な理由はただ一つだと私は思う。それは両企業とも「トップが無能だ」ということだ。
Docomoの山田隆持社長、KDDIの小野寺正社長、Softbankの孫正義社長の経歴を比較してみよう。
| 社長 | Docomo 山田隆持 | KDDI 小野寺正 | Softbank 孫正義 |
| 年齢 | 62歳(1948年生) | 62歳(1948年生) | 53歳(1957年生) |
| 高卒資格獲得時年齢 | 18歳 | 18歳 | 17歳(飛び級) |
| 大卒資格獲得時年齢 | 22歳 | 22歳 | 22歳 |
| 最終学歴 | 工学修士 | 工学士 | 経営学士 |
| 留学経験 | なし | なし | あり(アメリカ) |
| 起業経験 | なし | なし | あり(22歳) |
| 経営陣参画時年齢 | 53歳 | 41歳 | 22歳 |
| その役職 | 取締役設備部長 | 取締役(詳細不明) | 社長 |
| 代表権取得時年齢 | 59歳 | 52歳 | 22歳 |
| その役職 | 副社長 | 副社長 | 社長 |
| 経営経験 | 9年間 | 21年間 | 31年間 |
| 代表経験 | 3年間 | 10年間 | 31年間 |
| 語学能力 | 日本語のみ | 日本語のみ | 日本語・韓国語・英語 |
山田社長・小野寺社長とも、学生時代に専門で学んだのは工学である。とはいえ、エンジニア出身でいながら山田社長・小野寺社長には、ケータイやネットを使いこなしているという印象を世間にまったく与えていない。世間は、彼らに対して、下手をしたら「らくらくホン」「簡単ケータイ」のユーザーではないのかぐらいの疑いの目を向けているだろう。そんな彼らがケータイやネットの未来について何を語っても、世間が耳を傾けることはありえない。逆に、twitterで自ら情報を発信し、iPadで仕事をこなすと公言し、テクノロジーに明るいという印象を世間に与えている孫社長の方こそが経営を専門に学んでいるのだ。
そして、年齢が一回り違う。山田社長・小野寺社長は既に60代。孫社長はまだ50代前半だ。気力・体力は明らかに孫社長に分がある。
では、10歳年上な分だけ、経営の経験が豊富かといえば、そうではない。山田社長・小野寺社長はエンジニアとして使い物にならなくなった40代、50代になってから、経営陣の下っ端に加わって経営を学び始めたにすぎない。経営の経験は、20代から社長を務めた孫社長の方が遙かに豊かなのだ。
その後、代表権を得るまでの10年、20年の間、山田社長・小野寺社長は、オンジョブトレーニングで、どのような経営を学んだというのだろうか。会議で周囲の顔色を見ながら当たり障りのない意見を言い、取引先とゴルフに興じたぐらいのことは最低限やったかもしれない。まぁ、同情の余地はある。今、クビになったら次の就職口が無いかもと不安と背中合わせの中年にできることは、その程度でしかない。ただ、その学びの内容は、20代で起業した孫社長のそれよりどの程度実践的だったのだろうか。
当然のことながら、山田社長・小野寺社長には、語学を専門で学んだ形跡も見られない。アメリカへの留学経験があり、少なくとも大学卒業程度の英語を読み・書き・聞き・話すことのできる孫社長に大きく見劣りする。携帯電話の国内市場が飽和する現在、打開の糸口を海外に求めなければならないが、山田社長・小野寺社長は、トップとして、どのように情報を集め、判断し、そして行動ができるのだろうか。
下っ端が翻訳などでお膳立てしてくれるのを辛抱強く待ち、ハンコがたくさん押される過程でスポイルされた情報を紙背からくみ取り、失言・減点を怖れて誰も発言しない経営会議に流れる空気を読んで判断するのは、非常に高度な能力が求められるものだ。山田社長・小野寺社長は、そういう意味で、日本でも(いや、世界でも)有数の能力をお持ちだろうと思う。
ただ、その能力は、ルパード・マードック(世界的メディア王)、スティーブ・ジョブス(アップル創業者)、ジェリー・ヤン(ヤフー創業者・米国留学経験あり)、ジャック・マー(アリババ創業者・中国にて英語講師経験あり)といった世界有数の企業経営者と個人的親交を結ぶようなことには、やろうと思っても役に立たない。思いつきすらしないだろう。
改めて繰り返そう。
DocomoとKDDIは、経営の素人をトップにしており、山田社長・小野寺社長の経営者としての資質は、孫社長に比較して劣等だ、ということだ。
これだけ明白なのに、株主たちはよく我慢している。逆に言えば、株主が良いといっているのだから、外野があれこれこれ言うことではなく、これで良いのかもしれない。
一方、「トップが経営の素人で、経営者として無能」というのは、多くの日本企業に蔓延している病だ。周りの会社もみんな似たような状況で、また注目度が低くて携帯電話会社のように、比較されにくいために目立たないだけだ。業績が右肩上がりだった時代は、ごまかせたが、これからは、そうはいかなくなるだろう。
危機に置かれている会社の、自分は無能だと自覚がある経営者は、即座に辞めるのが最良の処方箋だ。その際、必要なのは、ただ、年次・順送り人事の慣行を止め、無能な年寄りどもを道連れにするということだ。
一般的な日本企業では、通常はこうしている。
係長の中から優秀なものを課長に、課長の中から優秀なものを部長に、部長の中から優秀なものを取締役に、取締役の中から優秀なものを副社長に、自分が会長になったときに初めて副社長を社長に。
こんなことでは、本当に優秀な者をタイミングよく社長に就けることができない。経営トップとは、頭は固くなり、肉体はガタが来た年寄りの座るべき場所ではないはずだ。
優秀な人間をトップにつけるのに、もっとも効果がある劇薬はこうだ。
広く社会から経営陣を集めて、その中から、とびきり優秀な者を社長に就ける。
中間は、抜擢人事だ。
係長以下一般社員の中から優秀なものを課長に、課長以下一般社員の中から優秀なものを部長に、部長以下一般社員の中から優秀なものを取締役に。ただ、一般社員と取締役では、魚とイルカぐらい似て非なるものだというのが、この場合の問題ではある。
いずれにしても、何をもって優秀とするか、その判断基準と、目利きの能力が問われる。また、決断力や、反対を押し切る実行力も求められる。とはいえ、それは、本来、経営トップとして備えてなければならない能力の基本中の基本のはずだ。そして、孫社長という基準があるのだから、話は早い。孫社長と同程度優秀か、あるいは、それ以上優秀な人間をトップに据えればいいだけのことである。それは不可能なことか? じゃあ、孫社長は日本一、世界一の経営者なのか? DocomoもKDDIもこのまま孫社長に切り崩されるにまかせるだけか? 残された最後の切り札、監督官庁からの天下りを使って、政治家やお役人らとゴニョゴニョする以外に打つ手はないのか? あぁ、いや、これは、別に最後の切り札でもなんでもなかった。
やがて来る就職活動国際化時代を生き残るための知恵 http://kaigai-shushoku.blogspot.com/2010/06/blog-post_16.html
企業依存症、日本依存症の人が増えています。企業への依存とは、ある特定の企業でしか通用しないスキルばかりを修得してしまったがために、他の会社で通用しなくなってしまうことです。企業へ依存してしまうと、会社が傾き待遇が悪化しても、つまらない仕事ばかりさせられても、人間関係がもつれても、家族がいるのに転勤を強要されても、会社に行くのが心の底から嫌になっても、「不満を抱えて働き続ける」「路頭に迷う」「やりたくない他の仕事をする」「自殺」の四択を迫られてしまいます。
日本依存でも同様のことが言えます。自分自身が気をつけていても、他の人があほな政治家に投票をしてしまい、おかしな政策を打ち出されることもありえます。例えば、スロバキアのように、子供を手当てを行った結果、貧困層が手当て目当てで子供をたくさん作り、財政が逼迫したから、子供を手当てを打ち切った結果、貧困層が路頭に迷い、犯罪が増加し、富裕層が夜一人で出歩けないようなことになってしまうかもしれません(※1)
また、日本が未曾有の不況に襲われることもありえるし、公教育の質が低下して技術者が育たず、お隣の国に車でも電化製品でも負けてしまい、日本そのものの国際競争力が低下してしまい、大勢の従業員を抱えた車やエレクトロニクス産業が低迷し、関連企業や関連産業の雇用が悪化して、自分がクビをきられるかもしれないし、クビを免れても従業員が減ったしわ寄せが自分に来ることもありえます。
自分がどんなに気をつけていても、こればかりはどうしようもありません。そんな時、日本から脱出できなければ自分はもちろん、自分の家族や子供も、自分と同じ苦しみを背負うことになります。そうならないように、どんな時代でも、どんな場所でも働けるような、普遍性の高いスキルを身に付け、いつでもどこでも働けるように備えておくのが重要です。
スキルは、"soft skill(ソフトスキル)"と"hard skill(ハードスキル)"に分けることが出来ます。この二つの言葉は、まだ日本では耳慣れない人も多いかと思いますが、欧米のビジネスの場では比較的一般的な観念です。(※2)
ソフトスキルとは、人当たりのよさ、コミュニケーション能力、リーダーシップ、振る舞いなど、他社との関わり方を決定するスキルで、EQ(心の知能指数)と深く関わっています。
EQテスト http://www.unnmei.com/eq.html
ハードスキルとは、 特定業界に関する知識、数学や経済学などの学問、会計などの実践的な技能、言語、コンピュータスキルなど、IQと深く関わっているものです。教育機関で教わることも、独学で学ぶことも比較的簡単にできるのが、ハードスキルです。
日本の新卒採用では「コミュニケーション能力」などのソフトスキルが非常に重要視されますが、日本人が世界で働ける普遍的なスキルを持ちたいと思ったなら、ソフトスキルよりもハードスキルを重点的に磨くべきです。
ソフトスキルはハードスキルと比べて、文化に大きく依存します。例えば、はっきりした物言いはアメリカではソフトスキルが高いとみなされますが、日本ではむしろソフトスキルが低いとみなされる傾向があるでしょう。
ただし、ソフトスキルが飛びぬけて高い人なら、話は別です。今まで接したことがない未知の文化を持つ人に対しても、表情や仕草などから、その人の感情を読み取り、瞬時に適応することが出来る人もいます。
しかし、そんな飛びぬけたソフトスキルを習得するのは非常に困難です。表情から心理状態を読み取る方法や、心理学などを勉強し、さらに実践を重ねれば、どの国の誰に対しても、うまく接することが出来るようになるかもしれませんが、膨大な時間を費やすことになるでしょう。
また、欧米では一般的には「専門的な技能を持った即戦力」が求められている人材です。外国人なら、特にそうです。外国人を雇って、現地人より教育にコストがかかってしまうのでは、わざわざ外国人を雇う理由がありません。
以下の条件を満たすハードスキルがより普遍的であり、習得すべてきでしょう。
2. 長期的な需要が見込める
3. 供給が不足している
4. 流用可能
(例、英語、プログラミング、教育学、料理、Windows、Microsoft Office、Supply Chain managementなど経営学、etc)
国や文化に依存せず、一度習得してしまえば多少の応用するだけで、多くの国で使える技術や知識が「世界中で需要がある」スキルです。どの国の経済も好調なときや不調なときがあります。今は経済的に強い国も不調だったことがあります。日本もそうです。わざわざ景気が最悪な国で働く必要はありません。日本の景気が最悪であれば、少しでも景気が良い国で働くことが賢い選択ではないでしょうか?
それを実現するためには、世界的に需要があるスキルを身につけることです。例えば、英語はすでに国際語ですので、英語を使えれば世界中どこで働いても、研修を効率的に受けられます。そのため、企業からすればその分コストを低く抑えられるのです。
2、長期的な需要が見込める
何か一つスキルを習得したとしても、そのスキルそのものの価値が下がってしまっては下も子もありません。例えば、ある会社の営業がある製品の特徴について必死に覚えても、その製品が発売されなくなり、類似製品や後継製品なども全て生産終了したら、その製品の知識は全て無価値になり、そのスキルに対する需要は激減します。そうならないように、自分が退職するまでは需要が見込めるようなスキルを習得することが重要です。(※3)
3、供給が不足している
世界的に需要があるスキルでも、すでにそれを習得したライバルがたくさんいて、供給過多になっている状態では就職できるかどうかわかりません。しかし、供給が不足しているスキルを習得していればライバルが少ないので、比較的簡単に仕事が見つかります。
しかし、「どこで」供給が不足しているか見つけるのは困難です。例えば、日本には日本語修得者がたくさんいるため、日本語修得者の供給は足りていますが、スロバキアでは日本語修得者の供給が足りていないか、かろうじて足りている程度です。また、プログラミングやパソコン全般に関する技能に関しても、 IT産業では有り余っていても、例えば服飾産業のA社では「一人か二人いてくれたら非常に助かる」と、供給が不足している可能性もあります。ただし、企業自身も自分に何が必要かを理解できない場合があるので、常にアンテナを広く張っている必要があります。
4、流用可能
2、「長期的な需要が見込める」で記しましたが、需要があったスキルもその価値が失われる可能性があります。しかし、修得したスキルの大半を他のスキルに流用できれば大きな問題にはなりません。例えば、C言語がなくなったとします。そして、新たにD言語というのが生まれて、英語ではなくドイツ語をベースとしたプログラミング言語になったとしても、C言語から得た、「プログラミングの考え方(アルゴリズムなど)」は失われないので、始めてC言語を勉強したときよりは早くD言語を修得できるでしょう。
また、需要が合ったスキルの価値が失われなくても、スキルを流用し、新たなスキルを修得することも出来ます。例えば、英語を勉強し、文法を理解したことによって、文章を構造的に捉える能力を修得すれば、新たな言語を習得しやすくなります。
2chの住人や年配の方など、海外に長期滞在したことがない人の一部が「日本より暮らしやすい国はない」と信じているようですけど、それは間違いです。
まず、大都会に行けば基本的に何でも手に入るし、交通は便利だから、不便は感じません。日本食だって、日本で食べるより美味しい日本食を食べられる場所もあります。
また。日本より天候が穏やかな国もたくさんあります。スロバキアなどは、日本レベルの台風や地震がきたら、恐らく都市が壊滅するレベルです。それだけ、気候が穏やかなのです。また、夏も日本の夏と違い、空気が乾燥しているので、すがすがしい暑さです。クーラーはいりません。蚊も日本ほど多くはありません。蝉もうるさくありません。
治安だって、きちんと安全対策を講じていればまず問題はありません。昨日は11時過ぎに、一人で2km散歩しながら帰りました。全然余裕です。
水ももちろん飲めます。むしろ、スロバキアの水は、確実に東京の水よりは美味しいです。 一部の日本人は体質によって受け付けないそうですが、それでもたまに下痢する程度でしょう。
投資のことわざに、「全ての卵を一つのかごに盛るな」というものがあります。これは、全ての玉蛾を一つのかごに持っていたら、そのかごを落とした時点で全ての卵が台無しになってしまうから、卵を複数のかごに分散させたほうがリスクを回避できるということです。
日本依存、企業依存は、「このかごは脆そうだし、心配だなぁ」と文句を言いながら、自分の人生をひとつのかごに乗せているようなものです。普遍的なスキルを修得して海外移住をすることは、「リスクを伴った挑戦」ではなく「リスク回避のための戦略」なのです。自分と、将来の家族や子供たちのために、少し考えてみる価値はあるのではないでしょうか?
すみません。引用です。というより、ほぼ転載です。URLを忘れていました。
http://kaigai-shushoku.blogspot.com/2010/06/blog-post_16.html
「おもしろいと思ったら転載元のほうもはてぶしてください」
(いいところに)就職したいのか。
学問(知)を学んでいきたいのか。
就職したいというだけなら、そのゼミでやってることは、或る程度就職率をあげる内容の練習をしていると思う。
面接で問われる力とそれなりに相関してる。(仕事ができるかとは関係しないけど、面接うけする。)
一方で、勉強を大学でしたかった・・・というなら、そのゼミでしてることはアナタの希望とずれてるし。
この2つの身のふりをまずしっかりと考えた方が良いと思う。
どちらかというと、学問も就職対策も中途半端な内容のゼミが多かったように思う。
専門(ゼミ)で学んできたことについて、ろくに話せない友達も多かったし。
だからそう考えるなら、就職対策に突き抜けすぎだけどあなたのゼミもありだとおもう。
最後に、勉強したい!!と思うのは大事だけれど、勉強したからといって直接的に勉強したことが生かせる訳じゃない。
経営学だとしたら、会社によっては新人でまったく言えないところもあるし。
・学問するために大学に行くってのは、授業やゼミに出て勉強を教えてもらうのとは違う。学問するってのは自分で問いを立てて解く(特に、その学問が科学であるなら、因果関係の仮説を立てて検証する)ことで、勉強を教えてもらうってのは、答えがある問いの解き方や答えを習うことだから。
・経営学部にいて、将来ふつうに企業へ就職したい増田の場合は、大学にいる間に学問したいなら、実は大学の授業ではなくて、大学の外でバイトや仕事に精を出した方が良いかも。そうすれば解きたい問いが見つかるかもしらん。経営学の問いは顧客や企業のところにあるので。
・授業やゼミが面白いと感じられるケースは、その授業やゼミの内容が自分の関心とレベルにマッチしていて、かつ、教授のサービス精神が旺盛な場合に限られる。10個に1個もあれば上等。
基礎体力を養う意味ではここら辺がいいと思うんですがどうでしょう。
これがわかるとCLRやJVMのインフラ部分もわかりますし、組み込み方面にも強くなります。
C++はマルチパラダイム言語であり、これをひとつやれば構造化プログラミングとオブジェクト指向プログラミングの両方がわかります。
C++はCのほぼ上位互換言語ですので(正しくはC99が制定されるまでは)、プレーンなCしかやらない理由はありません。
嫌なとこも多くある言語で(どうしてEffective C++シリーズやExceptional C++シリーズみたいな書籍が多くでてるか考えるといいよ)、メモリ管理も手動ですが(これは半分嘘。RAIIがあるから半分自動。GCがないから半分手動)、逆に細かいとこに気を配る態度を養うには最適です。
Erlangで並列プログラミングをやるのもいいかもしれません。
Common LispかSchemeで怪しい(でも美しい)世界を爆走するのもいいかもしれません。
これだけやっとけばC#やJava、軽量言語の類はあっさりと料理できるでしょう。
あくまでもプログラミング言語についてはですからね。
このぶんしょうのもくてき
この文章の想定読者
三日坊主の俺および俺と同じように、三日坊主地獄から脱出したいと思ってる人かつライフハックって何?って人。
この文章で扱えないレベルのひと
ライフハックに興味がある人、そのレベルだったら、普通にアタリマエのことしか書いてません。
この文章に書いてあること
俺が三日坊主地獄から脱出した方法、できなかった方法を、比べてなんで差が出たのか……慢心・環境の違い……
一番重要な、継続させる方法は「複数の通過儀礼によって、行動に理由をもたせ、意欲を維持させる」ってことだけど、結局は根性論やねん。
文章を読むにあたって
書いてから気づいたけど、夢を叶えるゾウという啓発本に似てると思う。手放したので確認できないけど、コピペではない…はず。
あと、最初は丁寧に書こうとおもったけど、飽きっぽいので後半は自分の言葉で書いた。
この文章を書こうとおもった理由
去年の4月ごろに、よい習慣をつけようと思って、いろいろ模索してみた。
試行錯誤の結果、定着した方法、定着しなかった方法があった。
どういう方法が俺に定着したのか、定着しなかったのか方法は何故俺に合わなかったのを確認する。
俺が習慣を形成する上において、何がインセンティブあったのかをあぶりだしてみたい。
俺が習慣形成をしようとした理由は、能力を効率良く上昇させるためである。
「習慣が定着した具体的な方法、それはPDCAの徹底」
ほな、これを、俺にどうやって定着させたかを記録する。
>1.習慣化したいことを決める。(PDCAのPlan)<
このプロセスで、必要なことは、決定である。
24時間という限られた資源を利用して、何を生産するか、ということを決定する。
そして決定したことは、記録することは、習慣形成に正の効果を与えた。
理由は二つ。
「習慣形成に与える第1の正の効果」
第1に、本当に必要な習慣かどうか判断出来る。
記録というのは、棚卸に似ている。
本当にこの商品を棚に置いてある価値があるのか、ということを考えるきっかけになる。
発想したときは「この習慣絶対必要なんや!ワイはやるで!」と、よく思う。
でも、記録してみると、「これはワイのホンマにやりたい事とは、ちゃうんちゃうか(和訳:違うのではないか)…」と、思うことが多い。
これは、正直落ち込む。しかし、よく考えてみると、ズレてることを発見したときは、ラッキーである。
ラッキーな理由をaとbに分けよう。
a:24時間という予算を、より自分にとって必要な習慣に使える。
b:長期人生設計とズレてるものは、やろうと言う気持ちにならない。
やる気が無くなる。習慣化に失敗する。俺はできないと学習してしまう。
そして、「ダラダラすんの最高や!ワイには習慣つくりなんて最初からいらんかったんや!」と、いう思考法になる。
この思考法により、(楽しいかどうかは関係なく)能力増加のための蓄積に利用できる時間を、空費することになる。
ズレの発見により、この空費を減らすことが出来る。
習慣にしたいことを決定したら、一度アウトプット(記録)する。
蓄積された記録を俯瞰し自分で判断するという作業は、時間節減効果が期待できる。
「習慣形成に与える第2の正の効果」
記録することによって得られる、二つ目の習慣形成に有効な効果は、自信を持って選択出来るということだ。
選択の迅速化によって、時間を節減できるし、やる気の増加にもつながる。
選択の迅速化によって、時間を節減することが何故ええんか言うと、利用できる時間が増えることがええことなんやね。
利用できる時間が増えるということは、習慣化できることを増やすことである。
習慣は、能力増加の蓄積を目的としている。また、やる事を増やさんでも、一つのことに使える時間が増える。
時間を費やせば費やすほど、できることは増えていくから、正の効果ある。
だから、一つのことを主に極めたい!言う人も、時間を節減することは大切。
これは習慣形成の話とは関係ないけど、時間投資によって得られるリターンは、やっぱ逓減していくんちゃうかなー。
収穫というよりは効用のほうな。
以上が、「することを決定すること」・「することを記録すること」に、よって得られる効果である。
「習慣化することを、何に記録する?」
じゃあ、何に記録する?という話だけど、これは自分の好きなものに記録したらいい。
以下に上げる二つ条件を満たせばいい。
条件1:自分にとって、負担のない方法。
めんどうだなあ、と思うやり方は、記録自体が続かない。
今自分が習慣化してることでやれば、負担は小さいやろな。
2chが辞められへんねんやったら、2chの過疎板でスレたててソコでやればいい。
あとは、twitterとか、そういうネットサービスを利用してもいい。
ただし、新しく始めるんじゃなくて、今習慣化してることを利用した方が、続く可能性は高い。
条件2:自分にとって簡単に見直すことが出来る。
何のために習慣化したいことを記録するのか、というと、効果1「必要かどうかの判断」を、すること。
よくやった失敗に、その辺に書きさらして後で、見直してみると……
「字汚すぎて、読まれへんわ!」とかいう失敗。
でも、これ記録した時間がもったいないし、アイデアも失って二重に勿体無い。
だから、簡単に見直すことができるやり方がいい。
これらの条件を簡単に記すと、「より小さい記録コストで、情報保存性に優れるもの」、ということ。
より小さい記録コストってのは、本人の主観に影響されるので、「情報の保存性に優れる」ことで俺がやった失敗を記す。
俺が記録失敗したことと、その理由と対策
失敗1:ワードで綺麗に作って、印刷して壁に貼る
理由1:生産にかかるコストが大きいので、まず作った時点で満足してまう。
そして、壁って、そんなに見ない。だから、印刷物も見ない。
良く考えてみれば、壁をしげしげと見る習慣は俺にはなかった。
壁を眺める習慣のある人間には、有効だろう。
あとデスクトップの壁紙にしてみたが、こちらも、いちいち見なかった。
対策1:俺には向かなかったので、やめた。
失敗2:ボイスレコーダーに記録する
理由2:再生が結構めんどうくさい。
何よりも一覧性がない。ぱっと見て判断したほうが、時間の節減になるので書き出すのが、二度手間。
ただし、録音は考えてることを、ダイレクトに記録できるので、短期記録にはすごく便利。
しかし、これで長期記憶をすることは俺に不便だった。
対策2:俺には向かなかったので、やめた。
失敗3:チラシの裏に書いて行方不明。適当に保存したから行方不明。
理由3:たとえばツイッター利用したなら、どのツイートに書いたとかわからんとか。
対策3:ついログ((http://twilog.org/))を、利用するとか、パーマリンクをブラウザのブクマに入れるとか、なんか分かりいいとこに保存することがいい。
チラシの裏に書いた場合は、ファイルとかに入れとけば、なくなくることはあんまりない。
同じところに、まとめてると見やすい。
「実際に記録してみる」
では、記録する方法を決めたら、さっそく、習慣化したいことを、思うままに書いていく。
この時点では、「あ、これええな」とか、「これも、やらな」とか、「これあったらええなあ」思う程度で、充分。
判断・選別は、記録した情報が出揃ってから、実施するので、欲望のままに記録しよう。
「全部出揃った!これでかつる!」
って状態になったら、優先順位をつけてみる。
宿題とか、やらなあかんこと、ってのは、上につけると社会的信用を失わずに済む。
行動出来る範囲が狭まると、能力上昇効率が悪くなる。
それは、自己実現から遠いので、まず「やらなあかんことをを上にしたらええ」
やらなあかんこと、ってのは、勝間(2007)のフレームワークで言う、「消費の時間」(p.110)に該当するカテゴリのこと。
勝間は、緊急かつ重要、と、規定している。((無理なく続けられる年収10倍アップ時間投資法 勝間和代))
「消費」を優先することは、藤田(2003)も「まず仕事を最優先させること」(p.43)と訴えている。((資格がいままでの10倍早く取れる本 藤田康雄))
ただ、習慣化したいをアウトプットしたはずなんで、消費カテゴリが、あまり出てくることはないと思う。
やらなあかんこと、ってのは、基本的に強制力があることやし。習慣化させられてる可能性が高いんよ。
むしろ、やりたい事で沢山出てきてるのは、勝間(2007)でいう、空費(緊急ではなく低重要)や投資(緊急ではなく重要)だと思う。
で、24時間しかないのを、どう配分するのか、というのを、自分なりに判断してみる。
優先順位の付け方としては、藤田は「仕事(消費)>勉強(投資)>持ち帰り仕事>趣味(空費)」
勝間は「消費(仕事)>投資(資格)>浪費・空費」やけど、その優先順位ってのは自分がやりたい通りにやる方が続くと思う。
というのも、個人的な意見なんやけど、仕事>趣味って絶対かあ?
別にゲームをする時間を、前に持ってきたってええやろ。漫画を読む時間を、もっと増やしてもええやろ。
そういう時間を捻出するためには、能力を上げて転職してブラック脱出したり、所得を増やしたりする必要があんねんや。
でも、海外ニート(2010)のいう「労道教」(( 日本では「労働」が「労道」になっている http://kusoshigoto.blog121.fc2.com/blog-entry-345.html))の信者なら、趣味の時間を節減することによって、業務から得られる収穫を増やすことにもつながるで。
これは、自分が信仰されてる宗教によって、選択したらええ問題ですわ。
まあ、どっちかよう分からんわ……いう人は、アレや、労道教を信仰した方が、所得は増えるで。
資本蓄積した後に、どう使うかってことを考えると、できる幅も広がるわな。
リーマンとか、そういう可処分所得が小さい人間やったら、所得を稼ぐ手段である、仕事を大切にすることは、合理的な判断やと思います。
ここが一番難しい。では、失敗例を検討してみる。
Doの分野で、俺が続かなかった例を記載する。
失敗1:帰宅して、9時から英語の教科書13ページやる、10時には国語の問題集に移行して、11時には数学のry
理由1:予定通り進みません。そして、やる気なくなる→「やっぱワイにはできへんかったんや!」と、できないと学習してまう。
そして、時間を空費する。
対策1:あそびを持たせる。予定ってのは、理想の状態やから、それをトレースするんは難しい。
一回約束を守ったら、もー守らんでもええかなーって、学習してまう。
守らんでもええ、という気持ちは、やる気の減少に繋がります。
失敗2:あれもこれもと、自分が使える時間以上のことをやって、結果何も身につかない。
理由2:まあ、ほんまかどうか知らんが、効果が出て来るまでこんだけ時間がかかるらしい((初級システムアドミニストレータ「150時間」 http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51422676.html))
単純な話やりたいことを増やし「すぎる」と、投入出来る時間が分散されてしまう。
そんで、結果でるのは時間が遅れる、ってことは確実。結果が出ないとやる気が無くなる→「やっぱワイry」現象。
対策2:やることを厳選すれば、効果が出やすい。
最初は厳選して、それを高いレベルにすれば、必要な時間が短くなる。
この文章読んでるってことは、日本語の勉強特別にやらんでも、日本語読めるやろ。
そんで余った時間に、やれなかったことをやれば、できる総量は増えるんちゃうか?
失敗3:ダイエットは明日から~♪ダイエットは明日から~♪と、念じていれば痩せると思っていました
理由3:なんか目的を作ったら、満足してまう。目的の設定は、ナビを設定しただけやねん。目的地まで走らな、つかへんのや……。
対策3:具体的にやる方法を、計画・決定し、実際に行動する。((これがムズイんや!うまく自分を操縦してくれ!))
よく言われることだけど、やりだしたら結構、止まらないってことが多い。
だから、最初だけしんどいとおもう。具体的なやり方は、いろいろ議論されてる。
知らない人のために何個か()の中は個人的な感想
・机を綺麗にする(これは、掃除してまうと思う)
・時間を決める(これは、難易度高いと思う。残業でたり、うんこ行きたくなったりしたら詰む)
・何かの行動に続けてやる(トイレ→手洗い、飯→歯磨きみたいな)
ちなみに俺は「1日サボると、取り返すんめんどいなあ。後回しする方が、めんどいなあ。せやから、やったほうが得やな」って、自己洗脳してます。
またある時は「この時間を、勉強に費やした方が幸福度高そうやな。ここでゲームすると、今は楽しいけど、後で苦労するで!純幸福度はどうやろ……」とか、そんな感じ。
「じゃあ、俺のアクセルは、どうやったらかかんねん!」
普段どういうときにアクセルかかってるのか、考えてみたらええかもせえへん。
そこにヒントがありそう。
「もっと知りたいんや!」やる気 方法 で検索すればアホみたいに出て来るから、お知恵を拝借すればおk。
でもなあ、あんま検索せえへん方がええかもせえへんで。
というのも、実際アクセルかかれば、どんな方法でもエエんやから。
愚直にやればアクセルあったまってきたりする、これが一番の方法かも。
ところで、これ読んでる人は、一昨日何食べたん?
これ即答できへん人やったら、辛い思い出も覚えてない可能性が高い。
何が言いたいかっていうと「辛い思いもいちいち覚えてへんのや!」ってことです。
「あーだるいわー。でも、3時間後にはこのダルさ忘れてるしなー、よしやろう」
この考え方、8月31日は毎年地獄の俺には、ちょうどよかった。
ほんまに辛いこと覚えてるんやったら、毎年8月31日は地獄にならんて。
失敗4:時間は作らなできへんのちゃうか?これって、よく指摘されることだけど、俺の場合はなかなか気付かなかった。
対策4:なかったら作ればええんや!
よっしゃー、時間は作るでー。
ただ、「何時に宿題」とか言う、時間の作り方は、俺には継続が難しい。(業務とか、授業とかは別・強制力の働かない状況で)
ほな、どうするか。
俺の出した答えは、定石である「スキマ時間の徹底利用」だった。
人間の集中力は15分。つまり、最初の15分は、かなり効率良くトピックを頭に入れることができるということだ。
これを利用する。たとえば、受験生の場合なら、覚えたいトピックを、ノートに記して、すぐ取り出せる場所に配置する。
そして、授業の合間とかでも、先生が「今からプリント配るからー」とかの、空き時間に、ノートを開く。
5秒もあれば、そのトピックを確認出来るはずや。
そして、ソレに対する解釈をし、理解を深める。
受験生は暗記したがるし、実際暗記も大切。((暗記せな対応出来ない試験とか多いし))
でもなあ、大切なことは勝手に覚えるから、概念理解するほうが楽やで!
ただ、あくまでもスキマ時間の利用であって、また先生がお話始めたらちゃんと授業聞いた方がええで!
なんでかっていうと、内職よりも、教師との情報交換によって、トピックへの理解を深めた方が、おもろいとおもうから!
うまいこと自分なりに発見して、自分なりのやり方作ったらええんちゃうかなあ。
探すんもおもろいし、いい気分転換なると思います。
ポイントは
・簡単に参照できる
・すぐやめれる
この二つやと思います。
失敗5:なんだかんだ言って続かへん……
理由5:できへんもんは、できへんのや…
対策5:自分の中でやる理由を作る
要はドクトリン形成。このドクトリンは、他人からコピペしてもうまくいかん。
似てきてもええから、自分なりのアンサーを出すことが大切や。
ちなみに、俺のドクトリンはただひとつ。
重要なことは、蓄積をすること。
これを、俺の中で暗誦するんだけど、その度に、昔剣道の先生が言ってたことが思い出される。
「みなさん、私は1日どれだけ素振りをしていると思いますか」
剣道の先生やで、めっちゃ素振りしてると思うやん、せやから、そう言ったんや。
そしたら「お酒を飲んでしんどい時も、1日1回以上を目標にしています」当時は意味わからんかったわ。
でも、今なら、ちょっと分かる。
たった5分でもええ。
重要なのは、辞めないこと、毎日続けることやねん。
つまり、目標達成のための時間蓄積、時間蓄積のための行動、そして習慣化。例外を作らないことや。
できへん壮大な目標をぶちあげて、時間を空費することは、もう辞めたらええねんや。
5分でも愚直に蓄積すれば、0分より全然ええと思うで。
ほな、その5分を蓄積しまくればええねん。
>3.実際の行動を記録する。(PDCAのCheck or Study)<
やったことは記録する。
行動記録はモチベーションの維持の効果がある。
では、失敗例を
失敗1:正確に記録しようとする、やる気が失せる、ワイ略
理由1:記録が目的になってしまう
対策1:記録はかなりゆるい範囲でいい。3分しかやってなくても5分で記録すればいい。
重要ようなことは、蓄積することであって、記録することではない
失敗2:記録が続かない
理由2:めんどうだから、続かない
対策2:簡単に記録できるようなシステムを構築する。
エクセルとかで気合入れて作ろうとすると、結構つまずいたりする。
次の2つの条件を満たせばOK
条件1:簡単に記録できる
条件2:後から確認しやすい
これが達成出来るなら、パソコンにこだわらず、カレンダーに時間を記していってもいいし、シールを貼っていくのもいい。
英語を合計で30分やったら青いシールとか、1時間やったら☆とかそういのもいいかもしれない。5分毎にシールはるのもいいかも?
クエリで平均何時間とか本格的に分析して、細かい数字を出すのも楽しい。
でも、時間の蓄積計測は目的じゃなくて、時間を投資した中で何を自分のものにするのかが、目的だから、そんな精密でなくてもいい。
そして、記録は分析にも利用できる。
たとえば、「お、寝る前は効率良くやってるな」とか、「朝起きたときのほうが、はかどってるかもー」とか、そういうのを抽出できればラッキー。
その時間に積極的に、時間をつくっていけば、より短時間でたくさんのトピックを覚えることが出来る。
この辺の分析方法は、俺は、試行錯誤中。
たぶん経営学のあたりの範疇から、インストールできる概念多そうだと思うので誰か教えてください←主題
>4.改善点を見つけて、アップデート。(PDCAのAct)<
分析して、上がってきた課題を、次の計画に組み込む。
そんでアップデートすれば、同じ時間で、よりたくさんのことができるはず!
ってか、改善まで来てるってことは、三日坊主は脱却してるやろ!
もっと出来ること増やして、みんなが自分の理想を達成出来ればええね!
最後はあきっぽさ炸裂で、竜頭蛇尾や!!
最近、経営学の本をいろいろ読んでみて、経済学って大したもんだなと、あらためて感心した。経営学の教科書はケース・メソッドといえば聞こえはいいが、要するに成功した会社の自慢話を並べているだけで、理論がないのだ。うまく行った会社だけをいくら分析しても、成功の理由はわからない。タレブの指摘する「生存バイアス」があるからだ。経済学には曲がりなりにも理論があるので、どういう条件のもとで何が起こるかというロジックは明確だから、民主党のようなでたらめな財政運営を続けていたら何が起こるかは予測できる。次の4つのうち、どれか(あるいは複数の組み合わせ)が必ず起こる:
1.債務不履行
2.大増税
1は先進国では考えにくいので、選択肢は2か3か4だろう。900兆円を超える政府債務を維持可能にするには、消費税だけなら40%以上に引き上げなければならない。他方、税収が増えないとすると、一般会計歳出を80%以上カットしなければならないが、いずれも政治的には不可能だろう。したがって政治的に可能(というか不可避)なのは15%以上のインフレだが、これも実質的な債務不履行だ。片山さつき元主計官によれば「マーケットのキャパは120兆円」だそうなので、来年度の新規国債と借換債の合計で135兆円以上となると、「国債バブル」が崩壊する可能性もある・・・ということだけは経済学でいえる。
あと30分で講義がある、だから30分暇なんだ。
今、経営学科で偏差値46?ぐらいのE?F?ランの大学生をやっているんだけど、昔はもうちょっとマシな偏差値の学校、いや、まぁ、どうせチラ裏だしほんとの事言うと偏差値でいったら57くらいのちょっとマシな公立行ってた、もうちょっと昔で言えば中学じゃTOP10くらいにはいて優越感に浸ってたし、小学生に戻れば学年一番で頭がよくて人受けも人生の中で一番良かったな、スクールカースト的にはまぁ全体的に地味目でも普通な感じだった。
あぁ、なんかもう最近となっては慣れたんだか、昔のことを忘れたんだか、わからないけど今と昔の比較なんてあまりしなくなってきた、しても何の意味もなさないのは理解してるつもりだし、でも今日までの遍歴を他人と比べたり考えたり、何の進歩、何の利も生み出さないことを知りながらも繰り返して悶え、鬱になり、躁なり、なんだか最近鏡を見てると鏡の中の自分が自分と感じられない有様だ
後20分か、あーあとこの文章は練ってない、ただの走り書き、読み返したりしてないから・・・嘘です、ちょっと気になって読み返しました。
で、なんだったかな、そうそう高校で弓道部だったんだ、これが以外と県内有数の施設でさぁ、結構強かったんだよ?
あんまり真面目にやってなかったんだけどさ、レギュラーにはギリギリ入ってた、インターハイは進出直前で前年覇者に当たって死んだ、シードにしとけよ前年優勝者くらい。
で、今通ってるFラン大学にも弓道部があってさ、これはもう鳴り物入りって感じで入れば、優遇されるんじゃないかって考えと、少し弓が引きたくなってしまったのが相まって入ってしまった。まぁ、雑用があるとか先輩におびえるとか雑用で休日で潰れるとか、は当たり前だよな一年だし、やってきたことだし。
ただ、弱かった。高校の後輩と今の先輩をぶつけたらきっと惨敗では済まない倍の点数差をつけられるんじゃねえかと思ってしまうくらい、それと自分の実力も一年生に戻ったが如くボロボロだった事とか、良くある先輩への不満なんかで、色々募っていった。
そんなこんなで何とか春学期を終えて、これから夏休みって時だった。
なんだったかな、夏休みも当たり前のように
あーもうだめだ時間が来た、9階から隣の棟の5階とかねぇよ、じゃあ、もし読んでくれた人がいたのなら、また後で
追記
こんなのを読んでくれた物好きな人が居たもので、今度から教室間の移動が億劫になる数だけコメントくれた人のことを思い出すことになりそうです。
さてまた後でとか言いながらもう5日くらい経ったかな。
今日は1コマ空いててあと一時間ちょっと時間があるから、またダラダラ書きますよっと
そうそう夏休みに入るところからだった。
夏休みに入るとほぼ同時に部活の練習が組み込まれていたんだよね、それでさ、練習場所がなんか毛虫が上空から降ってくるという野外練習場で、夏休み前に休日返上して掃除しに行った。まぁーショボイ、暑い、泥だらけ、本当に毛虫が降ってきた。
またこういうところで過去を持ってきてしまうところからして未練タラタラな自分は、あー高校の頃は、大会が自校開催できるくらいの立派な道場で好きなだけ、やりたい放題やっていた頃が懐かしい羨ましい妬ましいとか思いながら、初日の練習を次の日に控えて準備をしていた。ふと次の日の練習時間が何時からだったか知らないことに気づき同期に連絡を取る、俺は始発に乗っても間に合わない時間ということを知り、なんか不満が爆発。
まったく、最近の若者は無気力なくせにすぐキレるから困る、ちなみに松岡修造はキレるって言葉が一番嫌いなんだってよ。
次の日、無断欠席。その次の日無断欠席。その次のつぎの(ry
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめ(ry
とまぁ、入ってくる留守番電話、着信、自宅の呼び鈴にビクビクしながら大学の夏休みは終わった。
この夏休みの事、不満爆発の原因(本題)も事細かに語るのは大変だから、必要に応じて小出しにしますか。
そしてぇ、秋学期の始まり。
あれだ、最初のほうに述べたとおり、そこそこの学校からFランに転落してきたから、未だにこの学校には馴染めていない、金髪のにーちゃんねーちゃん、根暗が沢山だし、タバコも嫌いだ。二人組みを作るのに本格的に苦労はしてないけど友達が居ない(本題)、ほぼぼっちだといっても差し支えない。
で、無駄に長い通学時間は読書して潰してる。最近は海辺のカフカ(上)とネガティブハッピーチェンソーエッヂと化物語(上)、グラスホッパーをほぼ同時に読み終わる。最早、本が友達になってきた。
西尾維新はいいよね、言葉遊びが好きです。でも表紙とか見るとあんまり他人には薦められないっていうか、そもそも自分の気に入ったものは他人に見せたくない、自分の中で自己完結させたいから他人には薦めないという心の引き篭もりっぷりを発揮している自分は寂しい奴のような気がしてなりません。
じゃあ本題に入りますか。
部活のことですけど、無断欠席を続けていてもう部内には居なくなった人になったと同期が教えてくれました。
実質退部。その理由
なんで友達を作れない、作らないのか。その理由
そのー、今の自分が大嫌いなんですよ。
予備校通って、受験勉強してきたつもりになって、自分の生活、楽しみを投げ打った結果Fランにしか受からねぇ。
春休みはそんな無力感で何もできませんでした。今までの自分はなんだったのか、過去の自分との対比から始まり、今後の生活、将来、周りへの影響、今までに無い程の自己嫌悪。いろんな物が急に押し寄せてきたような、そんな気がして動けないままに動き方を忘れた。
そして、そのまま学校は始まり、何となく居場所がなくて、部活に何となく入り。
何となく日常の授業をこなし、ノートのために友人らしきものを作り。
ある日、周りの人が自分と通じる、というか同じような、人であるという考えが思い浮かんだまま離れなくなって、自分と同じ場所に来てしまうような、自堕落な、自分と同じカテゴライズにされてしまう人間は嫌いだと、そんな風に思ってしまった。
その考え方が元で、この学校に属する人とは仲良くできる気がしない、自分を認めることができない、部室に居る先輩も、隣で授業受けている人も、教えてる先生も、誰一人、尊敬できない、認められない、居ないほうがマシだ、と思ってしまう。
いやぁー、我ながら酷い文だ、読み返す気にもならない、ちょうど後10分で次が始まる。
英会話が強制的に組み込まれてるのってどうなのよ、まったく。
追記の追記
一ー
というわけで、化物語で検索してこんなものを読ませてしまって申し訳ない。
その1 じゃなくて そのぉ っていったつもりだったんだ。
ブログもmixiもやってないからコメントが付くといちいち嬉しいね。続きが読みたいなんて言ってくれる人が一人でもいれば死なない限り続けると思います。
で、読み返したけど、読みにくいし、全体的にちょっとアレだし、句読点の場所とか漢字おかしいとことか結構あるよね、直さないけど。
現状ね。もうほんと最近さ頭働かしてないんだ。
最近どころじゃねぇ、もう半年くらい何にも考えてないといっても過言じゃないね、現状をどうにかしようとか、彼女つくろうとか、勉強しようとか、資格取ろうとか、オシャレに気を使おうとか(パーカー、ジーパン、シャツで成り立っているよ)、考える事をしなさ過ぎて、行動もしないし、それが続いてて、疑問を感じなくなって悪化している。そんなスパイラルにはまっているんじゃないかと、思ってる、ただ悪いことだとは、思えなくなってる。
どうしたいのか?と聞かれて今これだけの事が頭に浮かんだ、現実じゃそんなこと聞いてくれる人いないから、現状の打開なんていう事からすら無意識に逃げていたっていう事に気が付かされたよ、逃げていたというか、現状に対しての諦め、拒絶、無関心というのが正しいかもしれないかな。
唐突だけどさ、今週休4日なんだ、羨ましいでしょ?
これがまたいけないのかもしれない、今までの人生でこんなにボケッとしていることはなかった。
大学に行くまでにさ、二時間半も掛かってしまうと、授業を固めたくなっちゃうんだよ。
それにそんな、授業自体は難しくないし、宿題もそんなないし、レポートとかまだ2、3回しか作ったことないし、いいのかよこの学校。
あ、やばい、すごいことに気が付いてた。まだ大学に入ってから、自宅での勉強時間4時間行ってねえ。
ここまでくると少し自分に恐怖を感じちゃう。
追記
悪ふざけが過ぎたよ、ごめんなさい。