「固定化」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 固定化とは

2012-02-02

現在若者は最も恵まれているという論調から見る深刻な世代の溝

 某サイトに掲載されたコラムが発端となり、ブログSNSに飛び火し、基本的に若者は恵まれているというスタンスで進んでいる論調。

現在社会インフラが高度で合理化され、過去自分たちが費やした苦労や時間とは比較にならない容易さで、クリック一回で実行できる社会

そこで高い代償を支払わずに、ゆるい連携を持って生活する若者は恵まれている、しかし熱が感じられないので、過去経験から「夢」と「積極性」を持つことをアドバイスする。

私がこれらの論調に生理的嫌悪感を感じてならないのは

過去の苦労(問題)は現在未来の苦労(問題)より大きい

という点、過去は苦労したが未来は明るいという楽観的な先入観はもう通用しない時期に来ているのに、発展した未来インフラや生活様式に気を取られ新たに発生した問題が見えていない。

見えていないというより「更に発展した未来で解決可能」又は「過去の苦労に比べればやさしい問題」と考えているのでしょうか。

社会基盤が発展すれば、価値観生活水準が変わりますと言えば、誰もが同意するでしょうが、負の発展(規模の縮小)は誰も経験していないのです。

例えば90年代まで若者アイテムとして誰もが持っていた車、車離れが叫ばれて久しいですが、都市に住んでいる若者における車の必要性が低下し、代わりに携帯電話PCを持つようになっただけです。

しかし車の購入・維持に比べれば遙かに購入が容易な端末なのに、PCを持っていない人が大勢いる。00年代初頭における我が国のITインフラ整備率は世界一位ですが、現在は目も当てられない状況です。

 PC購入するだけの収入がない若者携帯で何をしたか現在ではスマートフォンでかなり情報収集が便利になりましたが、ガラケーと呼ばれる国産端末におけるネット探索能力は前者と比べると劣悪で、利用者は検索エンジンで何かを調べるというより、遙かに狭い範囲でしか活動できなかった。新聞も購入していない、TVも見ない、社員として収入が確保できる30代以上は例え不慣れでもPC位なら即金で購入する事が出来るので、ある程度のリテラシーを培う事が出来ますが、その機会さえも与えられていない。結果情報を持つ人と持たない人の間の格差が広がる。所得が低くなっても相対的な幸福度は昔より高いという人は、かつての新聞とTVから情報を得ていた経験から言うのでしょうがインターネットで必要な情報を素早く調べて理解するというのが基本となった世の中で、流動的な情報ニュースより固定化されている公的・私的な各制度アクセスにおいて絶望的な差が生まれている。利益が1与えられるか99与えられるかの差でなく、0か100かの差で生きなくてはいけない。この問題に最初に晒されたのが現在の20代後半。

 今の大学生PCを所持することを半ば義務化されていますが、業務で使用できるレベルOfficeを使えると認定される資格を持っている人は、2割居ないでしょう。ですが、職安に出されている求人ほとんどはOfficeを最低限使える人間を求めている、でも資格を取れるレベルで教えてくれる高校や大学ほとんどない。高卒は自力で学ばないとスタートラインにさえ立てない。しか採用基準は厳しくなったのに、現在働いている社員になんら教育を施さない、Excelで文章作成する事の何が悪いかのかさえ分からない。

 収入は、小泉改革以降合理化され、事務職は派遣で構成され収入は捨扶持レベルの15万円程度、それでも仕事があればマシと言えるかもしれませんが、今後は労務環境の国際化によって事務職そのもの国外外注されるのは確実。そして発生する人口減による国内市場の縮小、70年代に隆盛を誇った着物業界の現状の様な事態が各分野で発生するでしょう。

 中年が考える未来は必ず発展し、解決されうるものとして存在していますが、今後の日本が進む道はその真逆しか言いようがない。中流のホワイトワーカーは営業を除いて全滅し、高所得者移民の導入を要求する、対して単純労働者は仕事を取られまいと反対に回る、すでに同じ事が発生している会社もあるでしょうが、これが社会全体で常識となるのに何十年もかからないでしょう。

更に合理化され、余計な費用を払わずに生活できる世の中、しか収入は少ないのに、最低限のインフラをそろえないと就職さえままなならない世の中、企業では仕事を一から教えてくれないので、自費で各種の専門校に通い勉学する日々、収入のすべてをつぎ込んで遊びなんて全くできない20代、当然お金が足りないので脛を齧れる人は脛をかじり、齧れない人は何年もアルバイトをして費用を捻出して、職歴なしというハンデを背負い戦う。大人は新卒ですぐ就職することが全てでないと高説を垂れるが、そんな人間を雇う気は無い。

 昔あった問題と今の問題、問題という意味では等価値で、その大きさは当人には判別できない。過去にとらわれているのはどちらだと。

戦前に生きていた人達は、次の世代に多くの機会を与えましたが、その世代は次の世代に機会を与えない。というのは言いすぎですかね。

2012-01-07

http://anond.hatelabo.jp/20120107230731

ただ工学部男の子の話を頭ごなしに否定するのもな、と思ってね。

どの話?

http://anond.hatelabo.jp/20120107215519

この話。

「こいつは資料を出せなかったか格差固定化してない」といいう話の流れにしたいならどうぞお好きに

そうだね。負の再生産はあるね。 確かに東大に入る子の親は経済的にも恵まれてる子が多いようだ。



子供は生まれてくる親を選べない。

赤ちゃんはお母さんを選んで生まれてくる」なんてグロテスク母親向けのファンタジーだよね。

子供未来は親によって決まってる。 格差は、貧困は、固定される。希望がある言葉は状況を矮小化する。

http://anond.hatelabo.jp/20120107224503

ただ工学部男の子の話を頭ごなしに否定するのもな、と思ってね。

どの話?

矮小化という場合には、定量的比較ができる資料が欲しいんだが。君は出せそうか?

それぐらい高学歴ならすぐ見つけられるだろうに、あえて聞くってことは質問攻めにしてやり込めてやりたいようにしか見えないんだよなあ

「こいつは資料を出せなかったか格差固定化してない」といいう話の流れにしたいならどうぞお好きに

http://anond.hatelabo.jp/20120107223154

まぁ、格差の縮小に関しては政府教育コストをかけた方がいい、とは思うけどね。

ただ工学部男の子の話を頭ごなしに否定するのもな、と思ってね。

こういう風に例外を強調するのは格差固定化という問題を矮小化したいだけにしか見えない

矮小化という場合には、定量的比較ができる資料が欲しいんだが。君は出せそうか?

http://anond.hatelabo.jp/20120107222443

こういう風に例外を強調するのは格差固定化という問題を矮小化したいだけにしか見えない

一部にバカで貧乏な親から東大に行く子がいるからそれがどうかしたの?と思ってしま

2012-01-05

Twitterの独り言で、彼氏のこと大好きってツイートする女って、

実は彼氏に愛されている自信がないとかで、そうやって自分の気持ちを言葉にして固定化しないと不安なんじゃないのかな

2012-01-02

http://news24.jp/articles/2012/01/02/04197445.html

普天間基地問題正念場~固定化危険性も~

 12年は、日米間の懸案である沖縄宜野湾市普天間基地の移設問題が正念場を迎える。沖縄名護市辺野古への移設が頓挫した場合普天間基地が使われ続ける「固定化」となる可能性が高まっている。

 普天間基地移設問題について、政府は日米合意に基づき、辺野古沖への移設を目指す方針を貫いている。11年12月には、辺野古埋め立ての前提となる環境影響評価書を沖縄県に提出した。沖縄県側は受理はしたものの、対米公約となっていた「年内提出」の強行に反発しており、沖縄・仲井真県知事も県外・国外移設を求める姿勢を崩していない。政府は一括交付金など沖縄振興策で理解を得たい考えだが、説得への「切り札」は見当たらない。

 一方、アメリカでは、議会沖縄駐留海兵隊グアムへの移転経費を予算から全額削除した。在日米軍再編計画でグアム移転普天間基地移設とパッケージになっており、辺野古への移設に進展が見られないことが削除の理由とされている。

 今後、アメリカ議会を説得するには、次の予算が審議される7月頃までに、辺野古移設に向けた「具体的進展」が不可欠な情勢。そこで日本政府が「具体的進展」として想定しているのが、仲井真知事に対する辺野古沖の埋め立て申請だ。しかし、仲井真知事は6月に沖縄県議会議員選挙を控え、埋め立て申請に対して許可を出す見込みはない。

 沖縄の反対を押し切って埋め立て申請をするのか、政治的判断が求められる形で普天間問題は大きな山場を迎えることになる。

 政府は、仲井真知事が埋め立て許可を出さなかった場合でも、「特別措置法などを作り、工事を強行する考えはない」としている。この場合辺野古移設は「断念」ということになるが、普天間基地も返還されず、今のまま使われ続ける「固定化」となる可能性が高まる。

 さらに、辺野古移設の断念は在日米軍再編全体に影響を及ぼし、辺野古移設とワンセットになっている米海兵隊グアム移転嘉手納基地以南の米軍施設返還も見送られる見通し。

 普天間基地には12年秋に、事故が相次ぐ新型機「オスプレイ」が配備される予定で、「危険性」が増大するおそれすら出ている。そもそも、市街地にある基地危険性除去を目的として始まった普天間基地の移設。沖縄にとっても政府にとっても最悪のシナリオとなる「固定化」を避けるためにも政治リーダーシップが求められている。

鳩山ってCIAか何かのスパイだったんじゃねえの?

まんまとアメリカ軍事予算削減に貢献しちゃってるじゃん。

2011-12-18

http://anond.hatelabo.jp/20111218234834

そもそもまともな家庭の子中学生のうちは自由にネット使わせて貰えない

それはそうなんだけど、まともじゃない家庭に育つのはその子責任じゃない。

生まれが悪いというだけで中身も腐ってしまい、より格差固定化されていくのが可哀相だ。

2011-12-11

http://anond.hatelabo.jp/20111211220024

やっぱり格差固定化されるべき。

これは結局負け組幸せにするよね。

分相応同士のパートナーしか選択しがないほうが双方納得しやすいはず。

2011-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20111117125237

どちらかというとそういう「いわゆるサヨク」的なのじゃなくて、むしろ逆の

現在ついている差は先祖ないし前世から因縁によるものである

・だから勝者と敗者が入れ替わるようなルールは不適切である

日本だけ鎖国すれば日本の地位は固定化できる

という典型的な「いわゆるウヨク」の考え方じゃないかなぁ。

2011-10-31

http://anond.hatelabo.jp/20111031190231

日本アメリカに比べたらまだ格差小さい方だ。単純に程度の差ってのはある。

アメリカは有名大学の学費が年400万とかだし、多額の奨学金を勝ち取れるごく一部の才能と運に恵まれた奴以外は金持ちボンボンしかいない。

日本よりずっと学歴社会で、学歴によってjob qualityが厳密に異なってくる。入り込む隙間はどんどん小さくなってる。

まぁ日本格差がどんどん固定化してってるから10年か20年くらい待てばほぼ同じ状況になると思う。

デモ起こすかどうかはわからんけど。

2011-10-28

メンヘラという言葉を使う人へ

精神疾患持ってるものです

メンヘラっていう言葉は疾患診断される前からなんだろなーとおもってなんとなくニュアンスを捉えてただけなんです

今になって調べてみてちょっともにょっとしました

精神疾患精神障害を持つ人」という意味。「メンタルヘルス」(心の健康)という言葉匿名掲示板2ちゃんねるなどで「メンヘル」と略されるようになり、さらにそれに -er 形がついて「メンヘラ」という言葉が生まれた。「精神障害」などよりは柔らかい言い方であるという意見もある一方、この言い方を嫌う人も多いので、使用には注意が必要。関連語に「ヤンデレ」「基地外」など。

http://d.hatena.ne.jp/keyword/%A5%E1%A5%F3%A5%D8%A5%E9

言葉派生成り立ちなどから元の意味など完全に変わる単語は沢山あります

それはわかってるんですがなぜ心の健康がそのまま対象者を捉える言葉になったのか

ネットスラングをいちいち検証してたらきりがないです

とりあえず私はメンヘラという言葉は好きではないです

精神疾患精神障害の病名で言われたほうが良い。

好きではない理由は上記のように対象(シニフィエ)と語があまり結びついていないことと、

メンヘラという語の使用にかなり嫌なバイアスが掛かっているように感じるからです

精神疾患精神障害はもちろん種類も病状も多く、とても一括りにはできません。

それを簡単に一括りにできるんだなーと見ていて思います。(池沼もそうですね)

時々見るスレまとめなどではかなり過激な”メンヘラさん”たちが書かれている所為もあるかもしれません。

というか過激でなければ話題にならないのでそれもそうですが。

同時に発言者から差別的な言いようを感じます

過激な用例の中で使用されていれば言葉イメージは過激な具体例に特化して固定化されますね。

こういうのをみると自分もこのように思われてるのかなーと思い、

同時に他の場所で使用する人を見るとこのひともああいう思想を持っているのかなーと思ってしまます

知人に精神疾患のことを話したら「メンヘラなんだーリスカとかするの?」と聞かれて驚きました。

どうもメンヘラリスカするという構図があるようですね。

精神疾患がある人全員はリスカしません。

ということで精神疾患という語よりもぼんやりとしたイメージからメンヘラという語に結びついての発言という事がわかります

あーこの言葉が出てくるということはこの人もああいう思想をもっているんだなーと思いました。

精神疾患を持っている方でメンヘラ自分で肩書きを持つ人もいます。聞いたところ自嘲的に使うんだよ、と言っていました。

(これは腐女子派生と一緒ですね)

これは多分ゲイホモという用語についての使用や嫌悪と同じだと思います

男性同性愛者の方でホモと呼ばれるのを嫌がる方もおられます(元々は蔑称から)し、そんなの気にしないよという人もいます

私は今のところ、自嘲的に使用することはできません

メンヘラという言葉を使う人は、精神疾患精神障害に対してマイナスの、過度の偏見を持っている人なんだなーと、今のところ認知しています

使用している人は、どこかでそのように思われていると思って使ってください

2011-10-27

http://anond.hatelabo.jp/20111025204351

の続きで社会的承認の話。

ただし、前回の外に向けた話と違って、こちらは私のどうしようもない妄想なので特に反応は期待してない。

私はこういう妄想をしている方が楽しい。外向けの話なんて所詮妄想入り口付近で生じる副産物だ。

ホッテントリをとるのは常に副産物の方だが、私の成果はむしろこっちの妄想部分の側にある。面白いのも断然こっち。

こういう妄想を垂れ流しにして、あるいは垂れ流しにされてるのを観るのが増田面白みだろうと思ってる。




増田論はここまでにして、以下は私は勝手にこのようなことを考えているという話。

1:社会的承認自己存在を安定させる鎖のようなものである

私はネガティブであれ、特定の共通イメージ社会がそのひとに対して持つなら、それは社会的承認であると考えている。

社会的承認を求めながらネガティブイメージを拒否する人は、承認ではなく受容欲求やら甘えとして区別するべきだ。

相手の中に自分の居場所を求めるのは、承認欲求よりさらに欲張りな別物であると考えないとややこしい。


社会的承認(期待)はよかれあしかれ、人をそれに縛り付け、固定させようとする。

これを求めるのはこの固定化作用をもって、自分存在社会の中に位置づけ、安定させようとする人だろう。

言い換えると、自分に自信がなく、自分のあり方やなスべきことを他人に決めてもらいたがるような人だ。

こういう人が自分自身が自分の主になるのではなく、他人にイニシアチブを求めるのが承認欲求なのだと思う。

自分自分のことを決めて行動したい人は間違っても社会的承認欲求などは持つまい。

その人達にとって社会的承認とは交渉や宣伝の手間を省略するための道具でしかなく、目的には成り得ない。

これを求めているという時点でそれは「何者にもなれない私」を自分の中に認めているということになる。






2:現状維持を求める人が一番社会的承認獲得を必死に行う

はいえ、何者かになった人でも社会的承認を求める人はいる。それはその地位に安住しようとしている人だ。

彼は社会的承認されたそのイメージを保持しようとする。

一番わかり易いのはソーシャルゲームで、メーカーの思惑にはまってまんまとレベルを上げさせられた人たちの行動だが、これは外向けの素材であっても私の興味をあんまり惹かない。私が今興味があるのはハの字の人なのでこの話をする。



たとえばハゲベストセラー作家の人が社会的承認を得ようとしていると仮定する。実際はどうかなんて知らない。

この場合、彼の目的は「誰にも理解されない自分」「つねに終わりと言われ続ける自分」をこそ本心では望んでいるということになる。

彼の今までのブログや著作に見られる現実におけるプロセスを軽視し理想めいた設定やなにかと革命を求める態度は、要するに現在暗黒時代とみなし、そこに希望を見出せないというキャラクターを維持するためのポーズだ。

彼のなかのモチベーションはそういう復讐とか現実を見返してやるという気持ちが核であり、彼の言葉はそういった自分を否定するものへの呪詛で成り立っている。彼は周りを仮想敵とすることでキャラクターを成り立たせることで世に立っている。テクニックさえあればキャラクター性は必ずしも必要ではないが、彼はテクニック面は他のプロと比べると数ランク劣っているため、あくまでキャラクター性が売りということになる。

この場合現実に取り込まれ、肯定され、それを受け入れてしまうことは彼の創作モチベーションを否定し、彼の言葉に説得力を失わせることになる。彼は自分の力を護るためにも、絶対に肯定されてはいけないということになる。「ベストセラー作家の私」として作品を提出するためには、彼は作風を180度転換することが求められる。その自信がないか、それを求めていないならば、彼は今まで通り「はてな嫌い、現実嫌いの夢見がちな男」で在り続ける必要がある。






3:現状から自分を解き放ち、あるいは現状を破壊するためには孤独のようなものが必要ではないだろうか

しかし、私はハの字の人を見ていると、彼が承認を欲求しているとは全く感じない。

そもそも承認を欲求してはてなを利用してるならそれはただのバカであり、勘違いからさっさと死ねと言いたい。

そうじゃなくて、彼はむしろ孤独を求めているのではないかと思う。

まり、誰からも求められていない、期待されていない、そんなものを気にもせず、自分の思うところに従って行動することを求めている、ということだ。いわゆるアカギ的な何か。

あれだけ成功した「マネジメント」というネタをさっさと手放すあたり、こちら側の人だと信じている。


こちらの場合、彼は承認など求めていないどころか意識さえしていない。

ただ、自分を安住の地に置き続けることをよしとしないため、社会的承認を嫌っているだけ、ということになる。

孤独状態がずっと続くなら、そのうち他人に関わっている余裕などなくなって、自分の内なるものに突き動かされて、新しい何かを始めるだろう。

こういう人が作ったものは、質はともあれ、方向性としては非常に面白い物が多く、ゲテモノ好きの私には期待が持てる。




4:社会的承認を求めているかどうかは、自律性があるかないか面白い面白く無いかでだいたい判断する

まぁ私としては彼の振る舞いがポーズであろうとガチであろうとどちらでもいい。

面白い間はガチであるとみなす。面白くなくなってきたら途中から安定を求めてポーズになったのだな、とする。

最近露骨につまらないヤラセ感が漂っている。

そうだとしたら、彼はい社会的承認を求めるだけの俗物ということになる。

別にソレが悪いというわけではないが、もしそうだとしたら彼は大して面白くない下手な物書きとして興味の対象外になるだろう。全ては結果から判断する。それだけのこと。




蛇足。【祝】 「ハックルベリー」の検索結果でついにあのブログが1位に。

   しかしお父さんお母さんの声を持ち出すあたり、そろそろ私の中では末期のような気がする。

   ここから這い上がるために、お父さんお母さんを切り捨てる記事を書き始めたらそこがお別れ時かな。

2011-10-18

http://anond.hatelabo.jp/20111018160344

それが世代を超えて固定化されることが問題である

問題は格差そのものじゃないんだよね。

問題は、規制などで「格差を強制する」こと。(判りやすいのは、起業規制するなどで、新規参入を阻害するとか)

そこを履き違えて「かくさがぁ」って言うから、何も改善されない。

http://anond.hatelabo.jp/20111018160344

いや、固定化されても構わんよ。それが因果だ。

たとえ今の格差が逆転して、若いものが富み、老いたものが飢えて、自分が老いた側にいるなら、その現状を受け入れる。

というか、変えようがない。

格差はいけないことか

格差はあっていい

それが世代を超えて固定化されることが問題である

2011-09-21

http://anond.hatelabo.jp/20110921115129

良くなる可能性云々というか。都会の方は知らないが。

恐らくここの「高学歴」と「低学歴」は「支配者層」と「被支配者層」を指しているのだと思うから、その体で進める。

田舎であれば、基本的に低学歴層は「開き直り」によって高学歴人間低学歴人間を二つの階層に分け、上位層を神格化することによって嫉妬を防ぐ。

神格化された上位層のイメージを更に固定化するため(或いは自分怠惰な生活を肯定するため)、「向上心への軽蔑」によって同階層人間離脱する努力を徹底的に叩き潰す。

開き直りというのは「あの人達は元々才能があったからああなったのであって、才能がない自分は仕方が無い」ということ。

向上心への軽蔑というのは、「どうせ俺(お前ら)が努力したとしても、才能が無いか無意味。それに死ぬ程努力するのはかっこ悪い」ということ。

向上心への軽蔑自分にも向けられるが、コミュニティに属する他人へも向けられる。

以前増田に書いてあったが、「努力して一流よりも、努力せず二流のほうが素晴らしい」という価値観

彼らは高学歴層に対して嫉妬しない。何故なら高学歴層は例えるなら「神に選ばれた人々」であって、自分達とは関係が無いから。

逆に自分達と同一レベルだと思っている人間が、上位層へと上がるべく努力しているのは徹底的に軽蔑される。まぁ、中には軽蔑しない人も居るが。


から俺は田舎人間とは余り付き合わないようにしている。付き合う時は、相手が自分を神格化するだろうと思うときだけ。

2011-09-14

名前なんてもの

名前なんてもの意味はない。あれは単なる記号だ。強いて言うとすれば、自らが属している領域と、その領域内での力量を表すことのできる道具であるということくらいだ。

その力量というものも、実質的尺度とは言いがたい。単なるまやかしとも言えるし、自らがここにいると標榜する旗の色調の派手さ奇抜さを競っているだけなのかもしれない。

兎にも角にも、今現在名前と呼ばれているものにはそれほど重要意味なんてものはない。

無論、両親や親類の願いや思いといったものは託されているだろう。だがそれだけだ。そういった願いや思いが、一体何になるというのだろう。

真名という概念がある。命と等しい、厳粛な守り名である

我々の多くはその名を知らない。他者のものも、自身のものも。誰も教えてくれないし、誰も見つけられない。だから知りようがないし、教えようがない。

それは、だからある意味ではないも同然のことなのかもしれない。誰にも理解されない、認知されない概念など、あってもなくても似たようなものからだ。

けれど、ときどき僅かながらも真名に敏感な反応を示す者たちがいる。そのものの性質を朧気ながらも読み取り、適切な語彙でもって固定化しようと試みる者たちがいる。

彼らはおよそ無意識の内にそれらのことをやってのけるのだが、その呼び名が、あるいは渾名が他の名前よりもよっぽど正鵠を射ているので、小さく持て囃されたりする。

真名を知ることは、己を知ることの第一歩となりうる。故に人は、真名を知ろうと努力せねばならない。対外的な好奇心よりも、内向的な思慮分別を重視せねばならない。

そうでなければ壊れてしまう。

真名を知り、真名を知ってもらう。名前なんてものは、真名さえ知っていれば捨てさってしまっても構わないのである

2011-09-07

コミュニケーションパロディ化って、いつから始まったんだろうね。

平安時代とか、書籍が普及しだした時点で広まったのかな。それともテレビインターネットみたいな映像メディアが台頭してきた辺りからなのかな。

パロディ化したコミュニケーションって、黎明期やじわじわと広がり続けている最中においてはそのコミュニティを閉鎖的に表現するくせに、

一旦分水嶺を超えると一気にキャラクター固定化に流れて行ってしまうのが興味深い。まあ当たり前の事なんだけれど、そう言った名残が語尾表現なんかにあると想像すると面白い気がする。

パロディ化したコミュニケーション方法って、どうして広まるんだろう。どうして人は面白いって感じた表現方法を自ら取り入れて発言してしまうんだろう。

学習ってのは、それ自体が普遍的に行われ更新されていることなのかもしれない。パロディパロディとを組み合わせた表現オリジナルになるのかどうか。あちこちに考えが飛び火してる。

2011-08-27

次期総理脱原発派がいないと不満に思う人は考えが浅い

菅総理脱原発に頑張っていたのに、次の総理候補は脱原発を言う人がいなくて不満だ」みたいな意見を言う人がいるが、鳩山政権普天間県外移設をやろうとしたら基地固定化につながったように総理がやりたいように何でもできるわけではないし逆効果になることだってあるというのを理解すべきではなかろうか。

世論調査では最有力の前原の八ツ場ダム尖閣問題での行状を見る限り調整不足のまま突っ走って問題をこじらせ恒例の投げっぱなしジャーマンを決めることは確実だと思うんだが。

前原総理なら来夏の全原発停止・全国的電気使用制限令・大停電連発となるのも覚悟しておかないと。

2011-08-15

お客様問題

「場」に参加する人間が買い手となり、売り手となる瞬間は間違い無く存在する。

しかし、それは複層的なもので、「買い手であり、売り手である」状態が継続しているといえよう。

ネット社会が発達するに連れ、「お客様」を諌める流れがより可視化されるようになった。

例えばコミケ、例えばニコ動

時に作り手、時に買い手となるマーケットにおいて、よく言われてきたことだ。

あるいは、まずコミケがあり、ネット文化が発達するに従い、オタクという媒介変数を通して文化文脈の共有が生まれた、ということもあるのかもしれない。

いずれにせよ、今は「場」において「お客様」と居直る人は、いわゆる日系企業ビジネスシーンほどには構ってもらえない、というわけだ。


少し、話を飛躍、発展させる。

誰もが作り手になれ、誰もが買い手になれる流動性の高いマーケットにおいて先述した「お客様害悪論」は有効に機能するとは思う。

しかし、相互の分断が技術的、特権的な参入障壁の高さによってかなり決定的であった場合果たしてこれは有効に機能するだろうか?

私は、そうは思えない。

たとえば、コンビニバイトいちゃもんをつける客がいたとしよう。

このときコンビニバイト経験がある人からすれば、同情、あるいは不当ないちゃもんであると喝破できるようなケースもあるだろう。

しかし、コンビニバイト経験に限らず、日本人はあまり多種多様職業に携わり難い環境にあると言える。公務員ならまだしも、一般企業社員さえ副業をしている余裕はない。つまり流動性ある複層関係が、固定化される単層関係に置き換わるわけだ。

こういう場合、互いが互いのバックボーンを知りえない事が多く、自分の立場を正当せしめようとする動きが心中生まれる。このパワーバランスのせめぎあいの結果、これまでの日本ではお客様至上主義に傾き、固定化された、という見地に私は至った。

流動性を「場」が維持するには、膨大なエナジーを「場」が御しきり、かつ「場」に参与する複数の個人が自律した行動を取ることが求められる。ゆえに、そこにあるのは非常に強力なメンタルを持った個々人の集合体であり、統一された目標に向けて、エナジーを爆散させる。かくて活況となる「場」は時に外部にまで波及するほどのバイタリティを持つのである

しかしながら、先に書いたとおり、これはかなりレベルの高い要求である。個々人のメンタリティ、バイタリティは様々であり、自律の程度においてもまた同様である

また、人の省力的行動は、流動性を失わせる方へ作用させ、自律作用を失わせることも事実である。一度お客様の旨みを味わったものがなかなかに脱し切れないのは、ここが理由である


さらに話を飛躍させれば、今の国政において我々国民殆どお客様同然である。我々も国政に積極的に参与できるのであるが、それに参与するためだけでもより高い体力が必要だろう。投票システムはこの分断を決定的にする。投票するだけで国政に参加できるなどと吹聴させられれば、より省力的手段としてそちらになびくのは仕方ないだろう。

国とて「場」である理想であるべきは、先述したとおりであるしかし、超えるべきハードルはあまりに高い。

我々もまた、「お客様」として首の挿げ替えばかりを叫ぶわけにはいかないのが真なのだ。

2011-07-25

今必要なのは格差固定化労働の再分配

誰もが心では正しいと思ってるけど、口にしたら叩かれるようなことをやってのけたのがヒトラーでありナチスドイツ

今必要なのは士農工商に代わる新たな身分格差社会創造と身分による労働と自由の重み付け。

足るを知るを徹底させることが必要。

低所得労働と高所得労働ヒエラルキー固定化法律ベースで策定されることが望まれる

2011-07-16

モラハラコピペ

人を助ける心理を研究した「援助(えんじょ)研究」では、

人は、困っている人に責任があると考えれば、嫌悪感情を

いだいて援助しようとせず、責任がないと考えれば同情し

て援助する傾向があるといいます


自己愛的な人は、日頃から自分を他人に感心させたいと

ねがっているため、アピールのしかたがずばぬけて上手です

無視、うわさの流布(るふ)、友人関係の妨害など、被害者に社

会的被害を与える「対人関係いじめ」を行うとき加害者は協

力者や賛成者を組織するために3段階の集団操作活動を行います


[孤立化]

被害者のささいな欠点や失敗をあげつらって、いじめの原因が被

害者にあることを印象づけ、被害者加害者に仕立てて孤立化させます


[無力化]

被害者が行う反撃を、徹底的に懲罰的方法で粉砕し、被害者を無

力化させます


[透明化]

いじめ固定化させることによって、被害者への内面的な支配を

強め、被害者いじめを甘受させるよう仕向けて、いじめを透明化します。


いじめ事実が判明し、糾弾(きゅうだん)される立場になった加害

者は自己正当化のためにアピールをします。「あいつが悪いからだ」

「嫌がっていなかったから、いいのかと思った」「他の人もしていたから」

など。加害者認知工作活動自己正当化により、周囲の人間

いじめられる方にも原因がある」「自業自得」と考え、被害者を助け

ようとしなくなります

ごうまんで、自己特別視が強く、情よりも利で動くタイプ自己愛性

性格と呼びます。恥ずかしがり屋の人は、ペラペラと平気で嘘をつく

自己愛性性格性格の人とかかわれば間違いなく餌食(えじき)になります


暴力きっかけは、ささいなすれちがいです自己愛性性格の人は、相手に

少しでも思いどおりにならない態度をとられたり、批判的なまなざしを感じ

ると、裏切られたように感じ、激しい怒りをおぼえるのです

このタイプは、幼いうちはちやほやされたり、過度に甘やかされたりしてい

ますが、とちゅうから愛情承認をうばわれる体験をして育っています(弟

妹が生まれたり、親の勝手な期待ほどの能力がないことから、親から十分に

関心を持ってもらえなかったなど)。そのため成長してからも幼い顕示的欲求

(けんじてきよっきゅう・目立ちたい欲求)を持ち続けています


とにかくでしゃばりで、どこにでも出ていきたがり、なんでも威張りた

い人です自分が中心でないと気がすみません。その自分の立場を脅か

す者には猛烈な憎しみを持ちますヒステリー性格の人は、人を傷つけ

ることに快感を持ち、スキャンダルをつくりあげて、人を失脚させよう

します。


自分利益だけを考えるので陰口が多いし、人の間に入ってそれぞれに

違うことを言って人々を攪乱(かくらん)します。しかし表面的には親切で

、社交的です。冷酷なエゴイストなのに、演技がうまいから、いい人と間

違えられます

「私は恥ずかしがり屋の人間である」と思ったら、生きていくうえで

もっとも注意することは、自己愛性性格の人と深くかかわらないことです

参考 『境界性パーソナリティ障害』 岡田尊司 幻冬舎

『言いたいことが言えない人 「恥ずかしがり屋」の深層心理』 加藤諦三 PHP研究

2011-07-15

http://anond.hatelabo.jp/20110715222029

横だけど。

レアレアなんだけど、社会の中に一様に分布してるわけじゃなくて、同じような階層人間が固まるから、いるところにはそういうのばっかりウジャウジャしてるんだと思う。

そういう環境で育った奴ならそれが当たり前だと思うんじゃないかな。昨今はそういう階層固定化されていく傾向が強いしね。

- 転職ならen
- 派遣ならen
8ページ中1ページ目を表示(合計:191件)