はてなキーワード: 力点とは
white_rose 「多様性の尊重」を誤読しておかしな主張をしているのはもっぱらネトウヨだし、ホリ氏はそれを避けるためにスローガン変えようくらいしか言ってなくない?左派批判キタ!だとキャッキャしてる増田が不思議
ほり先生はたぶんこちらの意味を多分に含んで元のnoteを書いている。というのも、noteのTOP画像がアレであり、文章の構成でもその例を強調して取り上げているので。
とはいえ文章のみを読めば、むしろガンガンに最近の左派、最近のはてなーに当てはまってしまう。ほり先生がさほど力点を置かなかった学校の制服問題の例示みたいなことがそこかしこで散見されてしまう現実があり、普通に一部の左派(というワードで一緒くたにされたくないので、ファッション左派とかにわか野郎とかブクマカーとかで呼称されてほしい)への批判として機能しまくっているんだよ。
ほり先生のパーソナリティを加味しても元増田の言うように、左派批判として書かれたものではないと想像はできるけど、現実に照らした結果昨今のニワカ左派批判と捉えることには特に異論できるものではないと思う。個人の尊重というイシューベースで議論を完結させたほり先生が素晴らしく、結果的に党派色が消されたからこうなったのだろうとは思う。
この辺りが弁別できないことが、元増田が引用したコメントに星をつけるような人たちを「党派性で動いている」と揶揄する所以なんだろうなと思っている。
そのうえで、「ネット右翼」がなぜ弱者政策に疎い(はず)の安倍政権を支持するのか、という疑問の答えは簡単である。すでに観てきたとおり、彼ら「ネット右翼」が社会的弱者ではないからである(より正確に言えば、「ネット右翼」の支持政党の中心は「自民党より右」を標榜してきた次世代の党にその力点が移った時期があったが、2014年の総選挙における同党の壊滅によって党勢が振るわないことから、現在では再び「ネット右翼」の支持の中心が安倍政権に回帰したと見做している)。
「ネット右翼」の政策的関心は、主に「安全保障問題」「中韓など周辺国と日本の問題」「歴史認識問題」「既存の大手マスメディア問題(批判的な意味で)」「憲法問題」など多岐にわたるが、どれも生活や社会的なものとは遠く、国家的、あるいは多国間を相手にしたマクロ的な問題にフォーカスしている。
ブックマークコメントの中に、メガネが有史以降かなり最近になって発明されたデバイスなのに、何故にフェチになってしまうのかというコメントがあった。
これについては、個別の作品が引き金になる、という問題とは別に考察の余地があるように思う。
個人的にはかつて人類が今よりもずっと当たり前に行なっていた刺青の風習が関係しているように思う。
本州人は、『魏志倭人伝』の記述を信ずるのであれば「鯨面文身」していたという。
当然、刺青の風習が長く残った北海道や千島・樺太に住んでいたアイヌ民族の事例もある。
近代国家の軛によりアイヌ民族の刺青は厳しい抑制を受けたが、元来はああした風習は少なくとも東アジアにはあったのだろう。
顔に何か意味を持つものが付いているってのはフェチに十分なりうると思う。黒子とかでもなるんだから。
時は流れて、科学的なものや文字に依拠した社会を構築している我々の時代においては、その機能を補助するメガネというものは実利的な意味合いに力点を置きつつもおしゃれの一つとしても位置付けられている。
この時書いたブコメに准じて、都知事選各候補者の公約を確認中。
確認方法は、「都知事選 公約」などで出て来た候補者の公式ページの公約から、「障」「発達」などのキーワードで検索。
いずれも、6/27(土)19:00現在
なお、探して見つかった物だけなので、見落としがある可能性はある。
公約内での比率が大きいのは山本太郎氏、公約が(少なくともホームページ上では)詳細なのは宇都宮健児氏かな・・・
ここで挙げてない候補者についてはまだ調べてないが、公約発信の媒体としてホームページに力を入れてない候補者もいるようなので、一律ホームページで判断するのはフェアじゃないかもしれない。
公約のページが全て箇条書きであり、項目数が多いため、どの程度具体性や力点を置いてるかが良く分からない。個人的には、成人障がい者を障がい者スポーツの面からしか公約に掲げてない気がするのが気になる所。
とはいえ、「児童発達支援」と「重度心身障がい児への支援」の2項目で触れている以上、障がい児の子育てについて課題と考えてはいると思われる。
https://www.yuriko.or.jp/policy
※該当すると思われる項目のみ抜粋
・重度心身障がい児への支援強化
・「感染症バリアフリー」の検討:マスクや消毒液等の優先提供体制・透明マスク・接触が必須の障がい者への感染防止策・多様な申請手法・情報発信の最適化(手話や字幕の追加、音声認識アプリの活用)など
・デフリンピックなど障がい者スポーツ国際大会の東京開催を推進
8つの主公約の中の1つに挙げ、1ページ丸々使って以下の通り公約している。今回調べた候補者の中では一番「公約の中での割合」が大きく目標に具体性もある一方、個人的には、掲げる政策は目標が具体的過ぎて範囲が狭い印象も受ける。
https://taro-yamamoto.tokyo/policy/7-2/
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都の障がい者政策部局の責任者に障がい当事者を立て、審議会等の政策決定の場には必ず障がい当事者を半数以上とし、個々のニーズや障がいにあった十分な介護を保障する東京に。フルインクルーシブ教育の実現。
かつて米国教育省特殊教育・リハビリテーション・サービス局次長(クリントン政権)を経験し、オバマ政権では世界銀行顧問にもなったジュディ・ヒューマンさんは「当事者が政策決定過程で重要な位置を占めることが重要です」(『季刊福祉労働』81 1998年12月25日号)との言葉を残しています。
障がい者は、日頃の生活で差別を受けたとしてもどこに相談したらいいのかもわからず、いつも困っています。都にも障がいを理由とした差別に対する相談の窓口はありますが、障がい者の多くは、そのような窓口があることすら知らず、また体制的にも内容的にも十分なものではありません。障がい者の差別をなくすためこのような窓口の充実を行います。
また、現在の多くの障がい者政策は、障がい者のことをわかっている風の有識者や障がい者を「お世話」する施設運営者などが決めてきたとの批判もあります。このことにより障がい者が本当に求めていることに対応してきたとはいえないとも言われています。
このような問題を解消するためにも、障がい者の関係する部署には必ず障がい者を責任者として配置します。また、障がい者としても障がいの種類によって必要なことや、思いも違ったりするので、あらゆる障がい者を政策決定の場に参加していただき、その数は必ず半数以上とします。
障がい児が普通学校に通うだけで、インクルーシブ教育を実現している!ということに表向きはなっていますが、実際には、普通学校の中で、特別支援学級と普通学級に分けられているのが現状です。これはまだまだ本当の「インクルーシブ」ではありません。心のバリアフリーを実現するために、最終的には、障がい者と健常者が分けられることなく一緒に学べるフルインクルーシブ教育を目指します。
また、障がい者の住んでいる地域や年齢による格差や断絶をなくして、どこでも、生涯にわたって安心して暮せる地域生活支援を行います。加えて個々のニーズや障がいにあった十分な介護を保障するために重度訪問介護の充実を国や自治体と連携してはかります。
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※7つの重要政策の1番目、「重要政策01 だれもが働きやすく、くらしやすい希望のまち東京をつくります」の中で、以下の通り公約している。
※ただし、障害者福祉はそのページ内でさらに12個立てた項目の6番目であり、どの程度力を入れるのかはやや不透明な気もする(とはいえ、公約は詳細に書かれており、やっつけな感じは受けない)
※なお、7つの重要政策の5番目、「重要政策05 教育現場への押しつけをなくし、すべての子どもたちが生き生きと学べる学校をつくります。」の中にも、「障がいのある子どもたちの教育を受ける権利」について触れた項目が立っている。
http://utsunomiyakenji.com/policy/important01
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障がいのある子どもを抱える学童保育室の人員体制を民間学童保育も含めて強化します。
知的障がいや精神疾患など様々な困難を抱えた路上生活者が地域で生活できるようにサポート体制を作ります。
日本政府が批准をした国連・障害者権利条約を実質的なものとするため、平成30年に施行された「東京都障害者への理解促進及び差別解消の推進に関する条例」をより一層充実させ障がいのある人とない人が共生できる東京をつくります。
東京都の障がいのある人にかかわる政策を策定する会議等には、障がいのある当事者が必ず参加するようにルール化します。
住宅・相談・介護支援・医療システムの整備を行い、家族に頼らなくても障がいのある人が安心して暮らせる東京のまちをつくります。
市区町村に対して財政補助を行います。重度障がい者の地域での自立生活や社会参加や見守りなど必要に応じたサービスが受けられるよう市区町村に財政援助を行います。
出前福祉制度を導入する~江東区兄弟餓死事件のような悲惨な事件をなくし、福祉の行きとどかない死角地帯をなくす。
「老老介護」も大きな課題ですが、高齢の親が障がいのある人を介護し続ける「老障介護」が、「老老介護」とならんでいま大きな問題になっています。高齢の家族に頼らなくても、障がいのある人が安心して暮らせるように在宅支援を拡充します。
障がいのある人が住むことができるバリアフリーの都営住宅建設を検討します。
視覚障がい者の転落防止のためのホームドアの設置、障がいのある人への差別のないバリアフリーのまちづくりをすすめます。
身近な地域に相談できる場と、その人にあった療育・教育を保障します
ADHDやLD、自閉症などの発達障がいなどの早期発見につとめながら、適切な支援が得られるように、身近な地域に相談できる専門機関を増やします。
障がいのある子どもたちが地域で普通に学べるような環境を充実させます。誰もが合理的配慮を受けて学べるよう教育の場を充実させます。
憲法25条の暮らしを実現するために、障がいのある人に、都独自の所得保障を拡充します
多くの障がいのある人たちは、きわめて低い所得水準を強いられ、生活保護や障害年金の基準引き下げによって、さらに貧困なくらしや家族への依存が強められています。生活保護基準の引き下げに反対し、障害年金の抜本的な改革を国に強く求めていきます。
障がいがあっても働ける仕事の確保に努めます。障害者就労支援施設への「優先発注」の促進策を具体化します。
大災害を想定し障がい者が安心して避難生活を送れるような体制をつくります
避難所をバリアフリー化し、障がい者が参加した避難訓練を実施します。
医療・介護の保障、視覚障がい者や聴覚障がい者のための情報コミュニケーション保障を行います。
東京都は独自に、病名や障害種別、障害者手帳の有無で福祉サービスの対象を判断せず、「その他の心身の機能の障害」(長引く病気など)が認められる者も、支給決定過程におけるアセスメントが受けられる仕組みを検討します。
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http://utsunomiyakenji.com/policy/important04
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障がいのある子もない子も共に学べるフルインクルーシブ教育の推進・整備をすすめます。
学びの場における障がいを持つ子どもの、ハード面、ソフト面での支援体制の整備・充実をはかります。
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4つ立てた主要項目?の4番目「4.誰もが安心・安全で心やすらかに暮らせる東京へ」の中で、16項目中の以下3項目で関連する公約を掲げている。うち育児に関わる2件は、無難にまとめすぎていてどこまで力を入れるのか読み取りにくいものの、2項目あるので「取り敢えず書いただけ」という印象は受けない。
https://ono-taisuke.info/policy/
●手話言語条例を制定し、聴覚障害者の方とともに歩む東京都を実現します。また、障害者雇用の向上のため、分身ロボット等のテクノロジーを使った就労、超短時間労働制度などを公共事業から導入します。
●まだ多くの保育所で対応が困難な病児・病後児保育を拡充するため、対応施設を設置する民間事業者・基礎自治体にさらなる財政支援を行います。
●医療的ケアを必要とする障害児に対して、縦割りになっている保育・療育の垣根を超えて対応できる施設・事業者を増やし、そのための専門人材育成に努めます。
実際の岡村さんがどういう人であろうと、岡村さんを出すと世間のウケが悪い、と思われると仕事が来なくなる。
だから、岡村さんを使うとこういうクレームが来るよ、という行動を誰かが起こすことは明確にダメージになる。
一方の箕輪さんは、月額5940円のサロン収入がメインの人だ。
税抜5400円の月会員が1520人。
プラットフォーム手数料が20%あるとしても、年間の売上は8000万円弱になる。
ちょっと前までは一介のサラリーマン編集者だった身分からすれば、この売上は圧倒的な権力だ。
これだけの権力があれば、世間から何を言われようとどうでもいいし、箕輪さんを目指したいと考える人間が山ほどいてもおかしくはない。
いい大学に通い、真面目にビジネス書を読んでMBAを取っても日系サラリーマンじゃ年収2000~3000万円が到達点。
それからすると、起業して成功したわけでもないのに年収1億というのは夢がある。
箕輪さんはそういう夢を売っているから、この権力は絶対に維持しなければならない。
すると、発信は当然内輪向けになる。
だから箕輪さんとしては、あんなのは大したことない、今まで通り俺についてこいと言うしかない。
たとえ世間からの支持を全く得られないとわかっていても、持論を貫くことが箕輪さんの利にかなう。
これは共産党や社民党が未だに議席を保持し続けていることに似ているかもしれない。
そう考えると、ネットは無力だ。
ネットで皆が箕輪さんにどれだけの非難を浴びせようとも、実数でわずか1520人しかいない箕輪さんの強固な支持者は離れないだろう。
箕輪さんがどういう人であるのかは少し調べればなんとなくわかるのだから、ここで離れるなら既に会員にはなっていないわけで、現在会員の人がこの程度のことで動じるとは到底思えない。
そして下手をすれば、この騒動で初めて箕輪さんを知り、そういう箕輪さんのスタイルを見て新たに会員になる人が出てくる可能性がある。
つまり、今回のような騒動が起きたところで、実際の箕輪さんの権力は維持されるかむしろ増大の方向に動く。
文春で炎上して100万人の単位で人目に触れれば、その0.01%が会員になるだけでも箕輪さんの権力の源泉たる年間売上は500万円も増えてしまうのだ。
そしてそれを見た一部の人間は、やはり箕輪さんのようにやりたいように生きることが正しいのだと思うのだろう。
残念ながら、これからの社会では箕輪さんの如き生き方をする人を制止することはできない。
ネットが影響力を行使できるのは、岡村さんのような旧来的な価値観の中で生かされている人に留まるというのは、なんとも皮肉な話ではないか。
何?って聞くと
「いや、頭につけてるそれが気になったんで…」と。
いやヘッドランプだよ。どこからどう見てもヘッドランプだろ。ほれ明るいだろほれほれオンオフオンオフ。
いやヘッドランプが珍しいか?近くでなんかあったの?これつけた奴がなんかしたとか?
と聞くと「イヤイヤイヤイヤ!」何でそこの否定に力点を置くのか。
住所とかお決まりの質問にウダウダ答えてからお開きにはなったが。
「じゃあ結構です。びっくりさせてすいませんねー」
それ軽イキリか?びっくりしたそぶりあったか?
普段からよく興奮したやつ相手にしてると、てきとうにスカす喋りが身についちゃうのかな。それとも巡邏してるようなやつはリアルにおべんきょうが苦手なのかな。
関東の1都6県の中で、唯一感染者が確認されていなかった茨城県で初の感染者が確認されたのが3月17日午後。丁度1週間が経過した。
https://www.pref.ibaraki.jp/hokenfukushi/yobo/kiki/yobo/kansen/idwr/press/20200318-corona.html
によると、この7日間で合計して4名の感染者が報告されているが、4名中3名は海外旅行(イタリア、ヨーロッパ、タイ)での感染で、1例は都内勤務とのことで、職場と通勤経路を含めて都内での感染である可能性が高い。家族への感染も現状では確認されていない。つまり、県内での感染拡大には至っていないことになる。「クソ田舎だからだろ→💩」と言われて終わりそうなわけだが、それなりに理由がありそうにも思える。なぜ茨城県は感染者出現が遅かったのか……これは、県内に鉄道「網」と呼べるものが存在しないのが大きいのではないか。特に都内との交通でいうと、常磐線とつくばエキスプレス位しか存在しない。マスコミはあまり声高に言わないわけだが、電車・地下鉄での感染というのは実は大きいのではないかと思う。どこに防備の力点を置くべきか、という意味では、この現象はそれなりに意味があったのだなあ、と思ったりもする。
ほーんと毎日毎日その人の事ばっかり考えていてすごく辛い!!!!!
辛い……辛いよ……
と思ったがそうやって使えないとか辛いとか思っているだけだとずっとこのままだからちょっと状況を整理しなければと思った。
えーっとなんだっけ
1)どういう相手なのか?
・首記の通り
2)どのあたりがダメだと思っているのか?
・机の上が汚くて適切にタスク管理されているとはとても信じられない
・態度が悪い。机を叩いたり悪態をつくのをやめて欲しい
3)どうなって欲しいのか?
・サブプロジェクト等の自らがプロジェクト管理を行わなければいけない内容について、早い段階で処理を進めてほしい
4)なぜそういう状態になっていると思うのか?
・事務処理が遅い?(割り振られた業務量から判断する限り他の人に比べてそこまで抱えてるとは思えない)
・優先順位付けが上手くない? 整理整頓出来ない。適切にタスク管理出来ていないなどのテクニックの問題。
・優先順位付け問題については業務における精度と速度がトレードオフになっている中で、必要十分な精度がどの程度なのかという力点を測れていないのではという印象。
・タスク管理が上手くいっておらず、状況がコントロール出来ていないのでストレスが高くなって、それが業務効率を下げるという悪循環のように見える。
5)どうすれば改善すると思うのか?
・優先順位付け問題についてはその人の中の「業務に際してこのくらいやらなければならない」というこだわりが実際業務を回すのに必要な精度を大きく上回っているように思われるので認知行動療法的に思い込みの改善を促す。
・年上に対する業務方法の指導となる為現時点では提案という体裁をとって話をしているが、その時は肯定的に話を聞いてくれているのだが実行してくれない。強制力をどこまで働かせて良いのか悩んでいる(あまり強制性を高めるとプライドを傷つけられたと不機嫌になりそうな印象)
・優先順位付け問題についてはそんなの全部見てらんないよという自分の時間的な問題も結構強い。
・結局介入するにしても時間的制約によって介入は限定的になるわけで、その中で成果を出さなければならない……。
7)上記を加味して時間的制約がある中でどうすれば改善すると思うのか?
・業務の全体性や何をしたのかについて日報的な形ででも提出させ、個別個別で報告を求めて判断を代理しない。方向性を提示する。
・方向性についての例示が貯まってきた後にはそれを指針の一覧として開示する。
・業務方法の指導については介入しないとどうしようも無い。時間をかけて改善していく。
って感じかな〜〜〜。でも現在の業務上の困難さとか業務量について文句はすごい言われるんだけど、実際何に困ってるんですかとか聞くと「何って言われても……とにかく忙しい」とかいう感じなんだよな〜〜〜。しかも実際何やってるのか全然わかんなくてマジで何が忙しいの????って感じなんだよな〜〜〜〜。
基本的にはグループ全体のプロセス改善に伴って業務方法を変更していく事で強制力を発揮していくしかないような気がするけど非協力的な態度を取られると適切に出来るのか全然自信が持てないのだぜ。
先週も「これこれが忙しくて先の予定のあれとかあれとかは出来ない」って言われたけど、いや……それくらい出来るやろ……30分くらいしか枠も取ってへんぞ……ってな感じでまー参ったね。特にこのギャップがね。本人は忙しいと思っていて実際本人の処理能力や様々な優先順位付けによる作業量削減が上手く回っていない中ではまー忙しいというのも正しくはあるんだろうが、大先輩が2年目の新卒よりも生産性低いのはね……、お給料の問題もあるからちゃんと働かせてね!って上からも言われていてなんかなーこれ。お前言うは易しやぞ!!!
という感じであーでもないこーでもないと毎日毎日考えていて本当に参った。
しかもすぐ不機嫌になるんだもん。やめてよ〜〜〜〜。
よくあるネットの小噺とかではこういう人も実は縁の下の力持ち的な役割があってこの人でないと回らない業務が隠されていたのだ!!!それを危機的な状況で始めて理解してそのおかげで助かったのだ!!!とかあるけどそうだったらどれだけ良いか……。賭けてもいいがそういうのはありえない感じなんだな。
8)で、実際どうするよ?
・方向性は定まっているので地道にやる。
・諦めて放置する。
いやあ……。
まー、実際その人も生き辛そうだなあとは思うよね。一生懸命やってるんだろうけど様々な理由で上手くいってないんだもん。
そういう意味では手を差し伸べたいという気持ちもあるんだけど、でもそれによって自分が苦しくなるんだったら申し訳ないがちょっと無理だよね。
でもそういう程度の覚悟では手を突っ込めなさそうな空気感じるんだよなあ。
で、どうすればいいんかね。
オチは無い……。
この話題で何故か自己責任論者がドヤ顔でマウント取ろうとしてる意味がわからない。
はてなブックマーク - 韓国人含む人質救出、仏世論「無謀な観光客のせいで軍人の命が犠牲に」-Chosun online 朝鮮日報
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/05/12/2019051280037.html
ジャーナリストは危険地帯へ行ってでも情報を取ってくる行為に十分価値が認められている。
そういった社会的意義もなく観光目的で危険地帯へ無理やり侵入するなら、一体何しに行ったんだと言われて当然だ。
その違いを考慮に入れず「自己責任論への批判」へのカウンターにこの記事が使えると思ったのなら短絡的と言わざるをえない。
カウンターになると思うのであれば、この記事から「社会的意義のある行動だったとしても、同じ反応になる」と筋道たてて説明しなければならない。
②助けるべきだが、自己責任なのでどんな結果になっても文句を言ってはいけない
このうち、②の「自己責任論者」は「自己責任論への批判者」の一部又は多くと実は立場がほぼ同じだ。
ただ「結果を受け入れろ」の方に力点を置くと「自己責任論者」に見え、「助けるべきだ」に力点を置くと「自己責任論への批判者」に見えやすいというだけの話で、その見え方の違いがなんとなく敵味方のようになってしまっているだけだ。
なので②の立場であれば言ってる事はどちらも似たようなものなので、これはどっちの批判がどうこう言う類の記事ではない。
翻って①の自己責任論者に対してはどうだろうか?
助ける必要などない、などとんでもない!ちゃんと助けに行ったじゃないか!
お前らの立場とは大きく異なる。
また、救出時に犠牲が出るような事態になれば当然、この記事のフランス人同様、日本の「自己責任論への批判者」たちもかなりの苦言を呈すだろう。
(もしかすると、その批判は犠牲が出るようなやり方を採用した政府に向くのかもしれないが)
どちらにせよ「まず助ける」という意味では、このニュースは①の自己責任論者がカウンターを気取れるような内容じゃない。
寧ろ君らの自己責任論と異なり、ちゃんとやるべき事をやっているし、批判の仕方も「自己責任だろ」ではない。
一体この記事のどのあたりから「自己責任だろ」の論理を読み取ったのか摩訶不思議であるが、彼らには「拘束された人の立場の違い」はどうでもよく、そして「渡航に関する勧告は守れ」という類の批判は「自己責任だろ」と同じ内容になるらしい。
まったくバカバカしい。
高知県立大学の蔵書の整理の件、ブコメでいろいろ意見出ているが思うところを述べる。
ブックマークコメントの粗さがしをしたいわけじゃないので、論点となりそうなところを適当に項目立てて書いていきます。
そんなことはない。図書は刊行物なんだからどこからでも手に入る。
裏返しで、どこにもない一点モノの本や史料を捨てたらそりゃ問題だ。
刊行物の場合、一ヶ所の施設が捨てたとしても代替措置がいくらでもある。
記事には古そう、かつ郷土に関係する、かついかめしいタイトルがならんでいるが、これに騙されてはいけない。
刊行物か一点モノか。ここで判断すればいい(もちろん「○○氏文庫」とかを崩すのは問題があるけれども)。
むろんその境界はあいまいで、限定された刊行物なんてのもあるんだが。
これも一点モノor刊行物の機軸で考えてみよう。
他所にもある刊行物をあえて電子化する意義はどこまであるだろうか。
当然、コストの問題がある。膨大な資料をスキャンする。そしてそれを常に使えるようシステム保守していかなくてはならない。
記事には『国史大辞典』『日本国語大辞典』が燃やされたとある。
いやあ国史も日国も重要な辞書ですよ。でも、それ使ったことある人どれだけいますか? 手に取ったことある人どれだけいますか?
私は日本史学専攻だったのでアホほど使ったけれど、世の中のみんながこれを使っていたとは思えない。むしろみんな使ってたらすごい社会だと思うが。
他の本もそうだと思う。私は記事で上がっている書籍について、恥ずかしながら国史と日国以外、ほとんど手に取った事有りません。
本が一冊一冊貴重なのは重々みんな承知している。だけど、それをどの程度で使ったり読んだりしているのか。
そんな中で廃棄の判断がなされた。国史も日国も重複してるんだし、今は電子化の絡みで言えばジャパンナレッジあるし。
その通りで、未来に向けて予算が限られるなか建物を建て替え、未来に向けて増え続ける蔵書を合理的に整理していかなくてはならない。
一見すると蔵書の焼却は知の後退のようにみえるけれど、実際、今後数十年数百年存続していくための知的なチャレンジであるように思う。
高知県立大学の今回の措置で責められるべきは、焼却の前に頒布の機会を持つべきだったということ。
新聞記事にもあるが、大学図書館の蔵書を処分する際にはいくつか頒布の方法がある。
私の大学では、書庫の大改修の際に本が放出された。エクセルの表になっていて、希望者は随時図書館を訪れ、本を受取る。
また、しれっと近くの古くからある古書店に図書館のラベルが付いた本が並ぶことがあった。
事務処理的には、入札して適正に古書店に販売したのだろうと思う。
表を作ったりなんなりと事務作業量は増えるけれども、このあたりは本の処分の前に出来ることだったのではないかと思う。というかほかの大学ではやっている。
ただし、これはこれで問題になることがある。どうしても、一点モノに近い貴重書が混ざるのだ。
先輩から聞くところには、農学部が放出した書籍の中に著名な植物学者の記名のある本が含まれていたことがあると言う。
そういう「瑕疵」みたいなのを露見しないためには燃やしちゃえ! となるのかもしれない。いずれにせよダメだが。
高知新聞の書き方は、いらずらに問題を騒ぎ立て過ぎな印象を受ける。
貴重な書籍が失われた、というところに力点がありすぎる。述べてきたとおり、刊行物は貴重かというとそうでもない。失われた、といっても代替物はいくらでもある。
頒布の機会もなく燃やしたこと、図書館の蔵書管理、キャパシティに関する話題と絡めて語るのであったならばどれだけ良かったか。
本が燃やされた! 残念! という感情に訴えるところに力点があり、この辺りに記者の見識・力量の限界が見える。
刊行物はそれほど貴重ではないよ
使用頻度を考えた方がいいよ
掃除機が壊れて丸3年経った。
買い換えようと家電店に行ったが掃除機どれも高い。ネット民が好きなマキタも充電池とかゴミ袋とか考えるとなんか面倒…と手ぶらで帰ってきたのが3年前。
家の床は全部フローリングだし、仕事やらで日中は家にいない大人しかいてないし、ペットも飼っていないし鉢植えがいくつかあるぐらい
そもそも大して広くもない家、それほど掃除が大変なわけじゃないか…、とマイクロファイバーのモップを買い、もともとあった使い捨てモップと併用することにした。
平日は目についた埃や髪の毛をささっと取る程度の雑なそうじ、休日はマイクロファイバーのモップで水拭き、というサイクルを3年やってみて
水拭きすごい気持ちが良い。週に1度(2週に1度のこともたびたびある)水拭きするからか大掃除に力点をおく必要がなくなっている。
水拭きするついででサッシの桟の拭き掃除もできるし隅っこのほこりもきれいになる。
使い捨てモップの水拭き?用のシートは香料がいまいち苦手で馴染めなかった。水拭きで全然いい。
うちはリビングが南東向きで風通しも良いので、水拭きが乾きやすいというのも大きいかもしれない。あとフローリングの素材にもよるか。
問題は梅雨時~夏。雨の続く時期には水拭きはあまり気持ちよくない。6月あたりは「やっぱ掃除機のが楽~~」と思う。
あとクローゼットの下のところとか掃除している時は掃除機の方が圧倒的に楽。あれは吸い取るのが一番楽だなぁやっぱり。
その対価を払う価値があるほど素晴らしい掃除機があれば買いたいと思うが、今のところはそれが出てこない。うーん。掃除機、高すぎないかなほんと。
って、確かに言い得て妙ではあるけど、勘違いされやすい表現なのよね。
力点があるのは「生えてきた」で、「ぬいぐるみからペニス」じゃないから。
大好きなぬいぐるみが欲望してきたら、ある意味でベスト。ぬいぐるみがぬいぐるみのままペニスあったらそれはまた嬉しい。
でも「生えてきた」瞬間にそいつはぬいぐるみじゃなくなってる。本来ぬいぐるみは女が求めるペニスしか持てない。
女だって「着ぐるみ」着てる。それずっと着てようとしてるときに、男は脱ぎはじめるでしょ。ペニス生やし始めるでしょ。それ単にコミュニケーション放棄して一方的な欲望押し付け始めてるだけだから。
ファンタジーのレイヤーが違うという側面はあるけど、そんなにヤリたいならその違いを交渉すりゃいいじゃん。
「女がそのレイヤーを超えるべきだ」みたいなこと思ってるだけじゃなくて、お前も超えてこいよと。互いのファンタジー最後まですり合わせろやと。
まあ、どうでもいいけど。
参考になるか分からないが。
自分は彼氏がおり、先方の両親への挨拶も済ませ、たぶんそのうち結婚する。
そして今後も普段と同じように振る舞うというか、適宜長袖は装着していくつもりでいる。彼のご両親の前でも、ママ友にも見せないようにするかな。
誤解や偏見を肯定する訳じゃないんだが、そういうものから身を守るというか、単純に、スムーズに生活したいから。あと自分の自傷痕で子どもに不利益がくる事態は何としても避けようと思っていて。
子どもができたら、子どもから傷を隠すのは難しそうだし、その対応は頭をひねらないととは思う。まあ1歳とか2歳だったら「熊と戦ってきた」「〇〇レンジャーは遅刻して間に合わなかったから私はひとりで熊と戦うほかなかった。お前は遅刻する大人になるなよ」(大人の秘技でさりげなく話の力点をずらす)みたいな感じででかわせるんじゃないかと思うし、だから、どう説明するか考える時間の猶予はあるよね。その間に子どもの性格も観察して、最適解を考えて...
個人的な意見だけど、今現在、結婚や子育てが考えられる心身・社会的状態(経済的なこととか)なら、家庭を築く夢を自分から諦めなくていいんじゃないかと思う。理解してくれる人は存在するし、そういうパートナーとリスクヘッジしながら生活して、問題が出たらその時考えるようにして。
難しいけど、「リスカする人間は人間としてだめだ」とか、否定的な価値観を内在化しないことが大事な気がする。
人の目が気になるなら、一年のほとんどが長袖がデフォみたいな所で暮らす選択肢もあるしな。
長文ごめんな。
前回ここでリスニングの学習法を書いたところ思いのほか反響を得ることが出来た。
http://anond.hatelabo.jp/20170522214348
今回は実際のところどうやってリスニングしているかをまとめてみようと思う。
リスニングは無意識下で行われる実に精妙なプロセスで、自分でもどうやっているのか正確にはわからないが、注意して観察すれば大まかなところは分かってくる。
まず単語について。日本語は「交渉、高尚、考証、公傷、公称」のように同音異義語が多い言語だ。「こうしょう」は広辞苑で50の見出し語を持っているという。対して英語は単語の意味が時代とともに付け加わり多義的になっている。Random HouseでTakeを引くと126の意味が登録されている。
どちらにしても、音を聞いただけでは単語の意味を特定することは出来ず、文脈から単語とその意味を導く必要がある。
文脈が分かっているということは、あらかじめ相手のいいたいことが予想できているということだ。現在のトピック、話の向かっている方向、相手のいいたい結論がわかっていれば、リスニングは格段に楽になるが、我々学習者はそれを簡単に見失ってしまい、リスニングは著しく困難になる。
相手の表情や身振り、口調などは文化的な差が大きいが、これに慣れることで相手の話したい内容が事前に予想できるようになり、リスニング力が上がる。
文脈を踏まえ、相手の言いたいことを察知した上で、相手の話の最初の数語を聞く。そこで出てきた単語や文法構造を元にして、その後に続く文を人の脳は予測することができる。
正確に言えば、英語を学習した脳において、文の最初の数語、動詞が出て来るまでを聞けば、その後の展開として考えられるさまざまな可能性は、あらかじめ学習によって脳の回路に刻みこまれているので、その回路が後に続く文を効率的に解釈してくれる。
我々は学習によって脳の回路を育て、「始めがこうなら、文の続きはこうなる」という様々なパターンを繰り返し刷り込んで、文を解釈するために必要な脳の回路を作り上げている。そのおかげで、音を聞いてリアルタイムに文として解釈することが可能な脳が構成できている。
あまり適切な用語ではないが、これを便宜的に脳による予測と考える。あらかじめいろいろな展開に備えた準備を入念にしているので、「その展開は俺の予測の範囲内だぜ!」といった返しが、どんな文の展開が来ても出来るような状態にあるということだ。
予測の中に正解がなかったら、リスニングは失敗する。文のパターンを大量に仕入れて、最初の数語を聞いただけで引き出せるようにしておくことが必要だ。
相手の話が進むにつれて、予測された文の解釈の候補が次々と脱落していき、相手の話す一文の終わりにはその解釈も一つに定まる事が多い。
詩的な文では、それが何を意味しているのか一つに絞りきれないことがある。そういった場合複数の解釈が渾然一体となって聞き手の脳内に残り、深い味わいを残すことになる。
日本語と英語では思考の順序がまるで違うので、英語を最初から順番に解釈していくのは多大な困難を伴う。しかしそれが出来ない限りリスニングは不可能だ。このときに頭のなかで何が起きているのかできるだけ詳細に追ってみようと思う。
英語は単語ごとに区切りがなく、滑らかにつながって発音される言語で、それが日本人による聞き取りを著しく困難にしている。
ただ、最初の一語に関しては前に繋げるものがないので、ネイティブにとって少し無理をしたような発音になり、変な音が漏れることがある。これを単語と誤解しないようにしなければならない。
また、変な音の発生を避けるために一瞬「ウェ」という音が入ることがあり、これは喋ることを考えている時に文頭に出てくる単語"Well"とされ、日本語で言うと「ええっと」とか「まあ」にあたる。しかし実際は最初の一語をスムーズに発声するための準備運動という意味合いが強い。
最初は主語としてのHeとかIとかTheyとかWeのような、非常に出現率の高い単語が出てきやすい傾向がある。
日本語では主語の省略が頻繁に起こるが、英語では発音の省略が起こる。日本語では言わなくても分かることは言わずに省略するが、英語では言わなくても分かりそうなことは発音がいい加減になる。
文頭のTheyやWeなどは一瞬th音やw音が聞こえるだけということも珍しくない。一般的に、出現率が高い単語ほど発音がいい加減になる。
文頭が聞き取れないとその後も何を言ってるのか分からなくなってしまいがちだ。最初の語が聞き取れなかった場合、主語は重要でなかったのだと考え、とりあえず先に進んでみるのが重要である。
ちなみに英語でもIt isは省略されて全く発音されないことがある。しかし英語字幕の中では、ないと不自然なため補われていることがあり、学習者からすると「字幕と言ってることが違うぞ!」という困った事態になる。
英語字幕では話し言葉としては自然だが文法的に間違った表現が直されていることがよくあるため、注意しなくてならない。
主語の次は動詞か、あるいは助動詞がくる可能性が高い。その中でも、一般動詞ははっきり発音されるので聞き取れるはずだ。
助動詞、あるいはbe動詞は非常に出現率が高いため、ほとんど発音されないことがよくある。
w音が来た場合はwillかwouldである。ほとんど聞き取れない一瞬の休符を感じたらそこにはcanが入っている可能性が高い。r音を感じたらYou're, They're, We'reの'reの部分だ。
そういった出現率の高い音を覚えて一瞬の音を聞きのがさないことが重要だ。
助動詞の後には動詞がくる。その後に来る文のパターンはそれぞれの動詞によって変わってくる。
動詞はその次に目的語をとるもの、補語として形容詞も取れるもの、go toのように前置詞を置かないと目的語が取れないもの、目的語が二つ取れるもの、二つ目の目的語の前に前置詞が必要なもの、二つ目の目的語の位置に動詞の原形が入るもの、ing形が入るもの、to+動詞が入るものなど、様々なものがある。一つの動詞に様々な使い方があり、句動詞と言って動詞の後に続く前置詞や副詞のコンビネーションにより意味が大きく変わるものも多い。リスニングを成功させるためには、動詞ごとの文の展開の全パターンを把握し、脳に刷り込んでおく必要がある。
ちなみに、前置詞の後にくる目的語は、動詞の目的語と考えず前置詞の目的語と考えるのが正しい文法用語のはずだが、私は区別していない。正しい文法用語で思考している人には不便だろうが、ご容赦願いたい。
目的語の中には自分の言いたいポイントになる目的語と、そうでないどうでもいい目的語があり、どうでもいいものは弱く、ポイントになるものは強く発音される。
目的語を二つとれる動詞giveで説明すると、「I gave him a ○○」私は彼に○○をあげた、という場合は、何をあげたかに話の力点があり、彼にあげたというのは話の流れから明らかな場合が多い。
このhimのように、「出現率の高い単語の発音はいい加減になる」というルールに当てはまり、話の力点も乗っていない単語は、音が省略され聞き取りは非常に困難になる。例を挙げると、himは「イム」、herは一瞬「ァ」themは「エム」itは一瞬「ィ」といった発音になる。
前置詞も非常に出現率が高く、話の力点が乗ることもあまりないので発音が省略されやすい。ofは一瞬のv(ヴ)音、withは一瞬のth音といった感じになる。
thやvは日本語にはない音なので、聞き取るのが難しいが、注意して聞いていれば分かるようになってくる。正しい発音の仕方を覚えて、音読時に実践していると、さらに聞き取りやすくなる。
それでもやはり、日本人にとって、音から単語を正確に識別するのは難しい。それに英語にも同音異義語はある。
それが母国語であれ外国語であれ、単語は「音、文の形、文脈」の3つの要素から、無意識下で総合的にリアルタイムに判断される。
たとえばwantとwon'tの違いが音から分からない、という事が私にもある。この二つはそもそも発音が異なるので、ネイティブなら区別は容易なはずだ。しかし日本人にはなかなかそうは行かない。
助動詞は本来弱く発音されるが、否定形のcan'tとかwon'tのようなものは否定であることを強調するために比較的強く発音されるため、普通の動詞との判別が難しい。また、I want you to ~のように「君に~をして欲しい」の~の部分に力点が置かれる場合、I want you toの辺りはゴニョゴニョと発音されて弱くなるので、won'tと区別がつかないといった事が起こる。
しかし、ウォントの後にtoやyouが来れば「さっきのはwantだった」動詞が来たら「さっきのはwon'tだった」と判断し、名詞にも動詞にもなる単語が来たら、文脈やリズムから名詞か動詞か判断する、といったことで区別が可能だ。このように、様々な情報を無意識下で総合的に使うことでリスニングは成り立っている。
これは実は母国語でもそうで、日本人の話す日本語でも、発音が曖昧だったり、失敗していることは結構ある。注意して聞いていると、聞く側が自然に補って意味を汲み取っていることが分かる。音から言葉が分からなくても、他で補って総合的に判断するというのは、人の脳が持っている能力だ。
日本語と英語の発音は大きく異なり、日本人には英語の音を判別するのは難しい。けれど周りの情報を使うことで弱点を補うことが出来る。
たとえば一瞬しか発音されない前置詞を日本人が聞き取るのは難しいが、動詞から現れる前置詞のパターンが予測できていれば、一瞬の音でも聞き取りやすくなる。たとえ聞き取れなくても、予測した文の形に当てはめてみることで、文脈から前置詞を補い文を完成させる事もできる。
英語は動詞によって文の形のパターンが大体決まっていて、文の展開の予想を立てやすい。もちろん動詞を副詞で修飾したり、toやed形,ing形などを介して名詞を修飾することで文章を飾ったりもするが、修飾部は文の屋台骨である主語動詞目的語とは発音のリズムが変わるので区別できる事が多い。
それでも問題になってくるのは関係代名詞who、that、それと「関係代名詞の省略」のパターンである。
関係代名詞who,thatは出現率が高く、発音が省略されるので聞き取れないことがよくある。一瞬のh音やth音を聞き逃さないことが大事だ。
関係代名詞の中は修飾部なので、文のメインとなる主語、動詞、目的語よりも一段弱い感じで発音することが多いが、区別は難しい。話の力点が関係代名詞の中にある場合もあり、その場合は同等かより強く発音されることもある。
ちなみに英語において、弱く発音されるということはゴニョゴニョと、速く発音されるということであり、聞き取りにくくなる。英語は重要度が低い部分は聞き取りにくく、速くなり、重要なことははっきりと、遅く発音することで、文の構造をリズムで表現する。
主語や目的語のあとにいきなり主語動詞が出て来る、つまり「主語、主語、動詞」や「目的語、主語、動詞」の形が出てきたら、関係代名詞が省略されているか、あるいは関係代名詞が聞き取れていない。
関係代名詞が主語を修飾している場合は、その後でメインの動詞が来ることになるので、それを忘れないようにしなければならない。「主語 who 動詞」や「主語 that 動詞」で関係代名詞を聞き逃すと、ただの「主語、動詞」と認識されるので、その後に動詞が出てくると激しく混乱することになる。
関係代名詞を聞き逃さなかったとしても、文の途中で他の文を処理して前の文と頭のなかでつなぎ合わせるのは難しい。そういう複雑な文の構造を使いたがる人は、さらにandで繋ぎたがる傾向があり、そうなるとお手上げということになってしまいがちだ。
一文が長くなってくるにつれて、何の話かわからなくなるのは誰にでもあることだ。それが外国語であれば避けては通れないように思う。
文全体の構造を見失ったとしても、今いる部分の意味を追い続けることが重要だ。文脈、話の向かう方向さえ追えていれば、その先の話を聞き取るのに不都合が生じる可能性は低い。混乱しても立ち止まらずに話を追い続ければ、言いたいことの要旨は分かる可能性が高い。
関係代名詞whatや関係副詞where, whenなども弱く発音されるので聞き逃しやすい。I know where you live(あなたの住所を知っている)と言った時にはwhereとyouが弱くなってウェユリヴ、what it is(それが何であるか)といった場合はwhatもitもisも頻出語のため全部ごちゃっとなってワリリズといった感じになる。
英語において「場所、時」は文末にいきなり現れる。なのでwhere,whenはどんな文でもいきなり出てくる可能性がある。
さまざまな場面で、w音は聞き逃すと話を見失う原因になるため、注意して聞く必要がある。
英語において音の省略はインフォーマルな、友達や職場の同僚との会話の時などに起こりやすい。目上の人との会話や、フォーマルなスピーチでは、いい加減な発音は起こりにくく、日常の何気ないところでは発音が崩れて、聞き取りの難度が格段に増す。
これも結局のところ、フォーマルな会話は重要なのではっきりゆっくりと喋り、プライベートは重要な話ではないので発音がおろそかになって、ゴニョゴニョと早く喋っているということだろう。
私は英語があまりできない日本人が「日常会話ぐらいなら出来ます」といってるのをよく見かけるが、あれはおかしな表現だと思う。日常会話を聞き取るのはかなり難しい。
フォーマルな場では、日常使われるような基本単語を用いた分かりやすい表現は避けられ、婉曲で難解な言い回しが知的な感じがして好まれる。これはこれでとても難しいのだが、インフォーマルな場では砕けた発音やスラングが出てくるので、これもすごく難しい。そういった英語の癖を掴んで、そういうものとして受け入れてやっていくことが大切だ。
さて、いろいろ書いてきたが、実際のリスニングの場で意識してこれらのことを実践することはできない。リスニング中にゆっくり考えている時間はなく、全て反射的に無意識に行えなければいけない。
英語の理解を反射にまで高めるためには、音読や、集中して繰り返し聴くことを行い、反復して脳に刷り込んでいくことが必要になる。
頭の中で黙読している時でも、英文が自分のモノになっておらず、反射にまで至っていない場合、スルッと頭に入らず、引っかかる感覚がある。それに出会ったら、繰り返し音読したり黙読したりして、スムーズに頭に入るようにする。その積み重ねによって刷り込みが行われ、文が反射的に理解できるようになり、リスニングや、返り読みなしのリーディングが出来るようになっていく。
リスニングの上達は基本的に無意識レベルの刷り込みによるものだが、注意すべきポイントを理屈の上で意識していれば、脳内の処理も効率化されやすく、上達も早くなるように思う。
また、これらのポイントが意識できていれば、「何だこの発音は! 全く聞き取れないじゃないか! 納得いかない!」といった混乱をすることが少なくなり、学習がスムーズに行くのではないかと考えている。
私の英語学習は混乱の連続だった。日本語と英語がなぜこんなにも違うのか、私には今でも納得いかない部分がある。怒りと諦めがないまぜになったような感覚と、それでもいつか理解できるんじゃないかという希望が私を英語学習に駆り立てている。
それでも、納得できないうちは頭に入ってこないので、なんとか納得して折り合いをつけて、受け入れて学習をすすめなければならない。
字面と全く意味が違うイディオムを受け入れ、ゴニョゴニョした発音を受け入れ、増えていく単語の意味と勝手に作られていくスラングを受け入れ、知的すぎて難解な言い回しを受け入れ、優秀なキャリアウーマンが話す信じがたいほどの早口を受け入れなければならない。
うぬらはハンバーグの作り方がまったくわかっていないようだ。そこでハンバーグの作り方を教えてやろうと思って筆をとる。
1、いろいろ混ぜられる。
1についての利点は皆、心得ているようだ。
野菜を入れてたり、豆腐を入れたり、チーズを入れたり、、まぁ好きにするがよい。
今日言いたいのは2だ。形だ。とくに肉の厚さだ。
ここで認識を改めてほしい。さて、大前提だがハンバーグは肉である。
形が自在であるということは、厚みが自在であるということであるのだ。
つまり、厚い肉を手頃に手に入れる事ができるということだ!そう、厚い肉はうまいのだ。
柔らかい肉にしやすいからうまい、ということには、素人が焼いたんじゃうまくないということも言い含む。
作り方を伝授しながら説明しよう。美味しいハンバーグの作り方(焼き方)は以下だ。
1冷えたひき肉なら常温まで温めましょう。
そのまま投入したがりますが。ほんと、帰った方がいいです。
2たくさん揉むことで、(手の暖かさで)温めるのです。
これ、多くのレシピで書かれている、こねることの最大の利点はなんと温めることなのです。
なぜか。事前に温まってると、中心温度と表面温度とのギャップが小さくなる。
すると、美味しい焦げ目のついた生焼けでないハンバーグが作りやすくなる。
(こねてる本人は気づいていないかもしれない)
3フライパンの上で、形を均等に整えましょう。
フライパンの上で、形を正しく整形しましょう。ぬるいと、ゆるいんで、フライパンの上で。
ここで最も重要なのは、形を均一にすること。一緒に焼くハンバーグは、すべて同じ大きさ、同じ厚さを心掛けてください。
あとあれ、真ん中へこませるとか。
4いよいよ焼きます。
コンロの火力が弱いご家庭の方は、フライパンにハンバーグ詰めすぎないようにね。
では、火をつけてください。ここからは焼き加減をしっかりと見ていきますよ。
火力は強火です。触らずに、じっくり待ちます。
待ってる間にハンバーグについての欠点を2つ教えておきましょう。
一、肉としての筋感がない
二、生では食べられない
そうなんです。生では食べられないんです。たとえ牛肉でもだめなんです。レアは。
5焼き加減を見て、ひっくり返し、フタをする。
どこで焼けたと判断するか、ここをしっかり覚えて帰ってください。
ハンバーグの側面の色がすこし変わってきてますね?真ん中過ぎぐらいまで色が変わってるでしょうか?
フライパンの面と接してる部分に焦げはあるでしょうか?
焦げてたら、返しどきです!!さあ、かえしたら蓋をしてください!!
6蓋をしたら、水を少量投入し、スチームする。
これ、蒸すというと何を勘違いされそうですが、目的は、蒸気で焼くのです。
水蒸気は、100度を超えた水です。フライパンの中の温度を一気に高めるのが目的です。
肉の厚さによりますが、変なニキビ潰したような汁が上から吹いてたら出来上がってます。
ひっくり返した後はすぐなので、よく注意してスチームコンベクションフライパンの中を見てくださいね。
以上、どうだったろうか、9割を肉(ハンバーグ)の焼き方に力点を置いて説明した。
ジューシーにするためには卵の量がどうの、牛乳がどうの野菜がどうのこうの、と言いたがるが、
多分君が求めてるハンバーグの作り方の正解はそこにはない。
君が求めてるハンバーグの作り方の正解はこれだ。この焼き方だ。
十分参考にして、今夜は美味しいハンバーグを作ってインスタにでもアップするがよろしい。それではご機嫌よう。
そうそう。嫁の目の前で風当てたりなんだりするのは「すぐ食べたい」と「不機嫌になる」というふたつの理由でダメらしいのだ。
とすると炊きあがり時間を前倒すように嫁の合意を取り付けるか、あらかじめ冷ましてあるメシを食うという二択になると思うんだよね。
嫁が「不機嫌になる」のは「嫁の目の前で風当てたりなんだりする」のを当てつけと解釈するからだろう。
であれば、あらかじめ飯を冷ましておくという選択肢も当てつけと解釈されるのでその選択肢はなくなる。
ところが増田は「こんな単純な頼みひとつをなぜ嫁は実行できないのか!」という部分にすごく主張の力点を置いてて、冷めたメシを食うのがゴールなのか、嫁をいっしょに罵倒してほしいのかが今ひとつ判然としない。故意にぼかしてるんだろうけどね。全レスみたいなことしてるわりに建設的な発言はことごとくスルーしてるから。
実際「単純な頼みひとつ」であって、対応しない理由が理解できないから、イライラして罵倒のようになっているだけだろう。あと増田だっていうノリで調子乗ってる感。
建設的な発言(のように見えるもの)は基本的に既に実施したか状況的に効果がないかのいずれかでは。
追記も一通り目を通したが、完全スルーしてるのはあまりないような。現実的で試してないのは LINE で事前に、くらい。多分無駄だけどそれ。
そうそう。嫁の目の前で風当てたりなんだりするのは「すぐ食べたい」と「不機嫌になる」というふたつの理由でダメらしいのだ。
とすると炊きあがり時間を前倒すように嫁の合意を取り付けるか、あらかじめ冷ましてあるメシを食うという二択になると思うんだよね。
ところが増田は「こんな単純な頼みひとつをなぜ嫁は実行できないのか!」という部分にすごく主張の力点を置いてて、冷めたメシを食うのがゴールなのか、嫁をいっしょに罵倒してほしいのかが今ひとつ判然としない。故意にぼかしてるんだろうけどね。全レスみたいなことしてるわりに建設的な発言はことごとくスルーしてるから。