はてなキーワード: チャクラとは
この症状を克服できるかは分かりませんが、記憶に付いている負の感情をクリアにする方法はいくつかあります。
●EFT(Emotional Freedom Techniques)&TFT(Thought Field Therapy)
顔や体の経絡を指で軽くたたく「タッピング」という手法です。EFTはTFTを簡略化したものです。簡単なEFTから先に入るのもいいかもしれません。
ネガティブな感情の解放や心理的問題の改善、集中力を高めたり、感情のコントロールにも役立ちます。詳細はEFTやTFTの日本支部のサイトをご覧ください。
以下のサイトからEFTの無料のマニュアルがダウンロードできます。
http://www.eft-japan.com/free.html
TFTの手順
http://www.jatft.org/stress-caring.html
花や草木などのエッセンスで感情を癒す自然療法です。あまり日本での知名度は高くありませんが、本場・イギリスでは歴史が古く、メジャーな製品です。「怒り」や「恐怖」「不安」などなど、それぞれの感情に対応する植物のエッセンスがあります。エッセンスの保存料がグリセリンやブランデーなど、メーカーごとに製法に違いがありますが、個人的にはブランデーがお勧めです。
飲み方や使い方等の詳細は下記サイトご参照ください。
http://www.pass-thyme.com/guide/info.asp
http://www.healingherb.jp/index-34.html
植物・鉱物・昆虫の成分を希釈振盪して砂糖玉に染み込ませたもの(レメディ)を摂取する療法です。イギリスのチャールズ皇太子はホメオパシーやバッチフラワーエッセンスの愛用者として有名です。
http://jphma.org/About_homoe/about_homoeopathy.html
日本では「ニセ医学」として非常に悪名高いですが、自分の性質に合ったレメディを摂取した場合、ネガティブな感情の解放に効果があると個人的には実感しています(ただし、病気の治療には勧めません)。難点としては、レメディの種類が多いので、自分に合ったものを探すのは一人では難しく、専門家に相談する必要があることでしょうか。あと、ホメオパシーに対する不信感が強い人はしないほうがいいと思います。個人的には、日本の会社が作っているものよりも、イギリス製やドイツ製のレメディがお勧めです。
些細なことがトリガーとなり昔の記憶が蘇ってきて、それに付随しているネガティブな感情によって軽くパニック状態になる――これは精神科の薬を服用したら治るというようなものではありません。
ユング心理学では、人間の意識は「潜在意識(無意識)」と「顕在意識」の2種類に分けられ、それは氷山にたとえられると言います。
http://matome.naver.jp/odai/2140833864910053701
私たちが普段意識することのできる意識「顕在意識」は、意識の10%程度しか占めていないそうです。感情というのは、私たちの意識の90%以上を占める潜在意識(無意識)の領域からもたらされます。蘇ってきたネガティブな感情を一時的に抑圧しても、またふとした時に顕在意識に浮上してしまいます。なので、抑圧するのではなく、徹底的にそのフラッシュバックしてくる記憶と感情と向き合って、その記憶に対する自分の認識を変えるのです。その感情をよく感じてみるのです。
感情を観察しているうちに、特定の感情が出てきた時には、体の特定の部位に違和感があることに気づくようになります。
体には「チャクラ」というエネルギーセンターがありますが、たとえば、悲しみの感情を感じる時は第4チャクラ(ハート)に、恐れの感情が出てきた時は第3チャクラ(太陽神経叢)に違和感がある……ということが徐々に分かってくるようになると思います。
http://www.sky.sannet.ne.jp/lily/kanjyo3.htm
東洋医学の陰陽五行の考え方でも、五臓のそれぞれに対応する感情がありますね。
自分への気づきを深めるためには、体の動きを観察するヴィパッサナー瞑想が大いに役立ちます。
http://www.j-theravada.net/4-vipassa.html
体の感覚に敏感になり、感情と対話するように心がけるのです。そうしているうちに、嫌な記憶に付随した感情への対処が少しずつできるようになっていくのではないかと思います。また、その感情(どう感じているか)をノートにメモすることで、自己の気づきが深まります。
私もずっと増田さんと同じような症状に悩まされ、ネガティブな感情への対処を試行錯誤してきました。私自身、完全に感情の問題を克服したわけではありませんが、ネガティブな感情に意識的になることで、以前よりもはるかに改善されたと感じています。今回ご紹介した私の対処法はほんの一例であり、他に増田さんに向いている方法がきっとあると思います。何かの参考になれば幸いです。
このゲームは「理由あって、アイドル!」というキャッチの通り、何かしらの理由により何かの職を辞めているという設定が、恐らく全キャラにされているのがひとつの特徴となっている。
で、この桜庭薫の場合は元医者なのだが「姉の命を奪った病気を治すため、トップアイドルを目指す」という。
公式HPにもバッチリ書いてある→ http://side-m.idolmaster.jp/
各所でそのようなツッコミがされまくっていて、自分もその一人。
何があったら医者からトップアイドルを目指すのか、彼の人生に一体何があったのか。
気になって気になって仕方なくなってしまい、気付いたらそのことばかり考えてしまっていて、そうこうしているうちにいつの間にか仮説を3つほど考えたのでまとめてみた。
仮説①「募金を募るため」
姉の命を奪った病を無くすため猛勉強し、無事医師免許を取得した薫。すぐに研究に取り掛かり、やっとの思いでその治療法を見つけたが、その治療法を確立させるためには莫大な金が必要だった。予算の枠を遥かに超えた額だったのである。
落胆する薫だったが、たまたまテレビに映ったアイドル番組を見て閃いた。
「これだけ沢山の人を集められれば、その人達から募金を募れば金はなんとかなるかもしれない」
自分で言うのも何だがカラオケは多少自信があるし、ルックスも街を歩けば声を掛けられることも珍しくない。元医者という経歴の異色さも面白いのではないか。イケるかもしれない。
デビュー当時からその動機はオープンにし、募金活動も積極的に行った。ステージでの決め台詞は「みんな、今日も募金頼むぜ」。
なお、ファンに公言はしていないものの医者時代から必要最低限の生活費(大卒の初任給くらい)を超えた収入は全て自ら募金に充てており、アイドルとしては質素な生活をしている。そのためラジオやテレビでたまに見せる意外な庶民性に心打たれるファンも少なくない
まず、公式の画像に「至高の舞台(オペ)の始まりだ!」という台詞がある通り、薫は「舞台」を「オペ」と言う(http://side-m.idolmaster.jp/)。つまり、薫にとって舞台とは治療であるということ。それを踏まえた上での仮説である。
薫は医者になってすぐに研究に取り掛かり、辿り着いたその治療法は驚くべきものだった。
なんと嬉しさや楽しさ、つまり「幸福感」を与えること。それも歌や音楽で与える幸福感が最も効果的な治療法だということが判明したのである。
姉のために猛勉強して医者になった薫だったが、医者では姉の病気を治療できないと分かると、次の日には辞表を出してアイドルを目指していた。
ステージの決め台詞は「ファン(患者)のみんな、オペ(舞台)の時間だ」。
なお、姉と同じ病気の患者は交通費も含め無料で招待しており、現地まで行けない患者には病院まで薫自ら足を運び歌を披露することもある。普段はクールなキャラだが患者の完治報告があると顔をぐしゃぐしゃにして涙を流して喜ぶ。
まず、sideMという世界ではチャクラや念のような「アイドル」という力を使うことが出来る。
薫は姉の命を奪った病気を無くすため、最も効果的に「治癒のアイドル」を鍛えられる医者になったが、いくら研究しても研究してもその治療法を発見できないまま、月日は流れていった…。
そんなある日、世界中に大ニュースが流れた。生きた伝説である日高舞がこの世の果てにあると言われていた幻の鬼ヶ島(別名:天ヶ瀬)へ、彼女の力の全てを置いてきたという。
秘宝の名は「トップアイドル」。そして大アイドル時代の幕が開けた。
トップアイドルを手に入れればその力で夢が叶うかもしれない。ライバルは星の数ほどいるが、その目に迷いはなかった。
個人的には百歩譲って有り得そうなのは①だが、キャラ的に美味しいのは②。
③は7つのアイドルを集めて願いを叶えるverやトップアイドルという名の火影を目指すverなど、バリエーションは様々。
あー、スッキリした。
これらの仮説が正解か不正解かどうかは個人的にはわりとどうでもいい。
宗教的経験
カルトの「超越的世界観」によって、現実世界においては解決の困難な問題が解決することと述べました。他方、この類の世界観は非現実的であるために、受容が困難なのも事実です。ところが、「神秘体験」、「超越体験」などと呼ばれる幻想的な宗教経験は、その受容を著しく促進します。
オウムにおいても、教義の妥当性の根拠は、その種の宗教的経験でした。つまり、多くの信徒は教義の世界を幻覚的に経験しており、その世界を現実として認識していたのです。地下鉄サリン事件への関与は誠に愚かであり、心から後悔しておりますが、この事件についても、宗教的経験から、私は教義上の「救済」と認識して行いました。
このように、宗教的経験は、「殺人」を肯定する非現実的な教義さえ受容させる原因となります。したがって、宗教的経験を根拠とする思想やこれを起こす技術の使用には注意すべきです。
以下、宗教的経験の検討のために、私の経験を述べさせていただきたく思います。
前述のように、高校三年生のときに、私は、「生きる意味」の問題を意識するようになりました。しかし、その後、私は目を引いた本を読んだり、簡単な瞑想を指導する団体に入会したものの、その問題は棚上げ状態でした。大学で学ぶことが将来の職業に直結するので、学業や学費のためにアルバイトに忙殺されていたのです。
そのようなとき、偶然、私は書店で麻原の著書を見かけたのです。昭和六十三年二月ごろ、大学院一年のときでした。その後、関連書を何冊か読みましたが、彼の説く解脱。悟りが気になりました。
最終的な解脱・悟りは、絶対自由・絶対幸福・絶対歓喜の境地であり、本来、私たちはその状態に安住していたにもかかわらず、煩悩にとらわれたために、輪廻して苦界をさまよい続けているとされていました。ここで、絶対自由とは、カルマ(業。転生する原因)から解放され、どの世界に転生するのも、最終解脱の状態に安住するのも自由という意味でした。絶対幸福とは、金、名誉など自分以外の外的存在を必要としない幸福という意味でした。絶対歓喜とは、自己が存在しているだけで歓喜状態にあるという意味でした。
不明な点が多いものの、何らかの絶対的に幸福な境地の存在が事実であれば、その追求は「生きる意味」に値するのではないかと思いました。
また、麻原は修行を完成させて最終解脱の境地にあり、弟子を指導して彼らをも解脱させているとのことでした。麻原や弟子たちの体験談を読むと、解脱への確かな道が存在しているように思えました。彼らの体験には普遍性が感じられたからです。さらに、麻原は自身の体験の妥当性を、ダライ・ラマ十四世をはじめとするチベット仏教やインドの聖者たちと交流して確認したとのことでした。
前述の解脱のような教義の話だけならフィクションを読んでいるようなものでしたが、このような実証的な姿勢は理解できることでした。この点は、私がそれまでに接した斯界のものとは違っていると思いました。
しかし、事はそう簡単に運びませんでした。麻原が主宰するのは、宗教団体「オウム真理教」だったのです。(なお、当時、オウムはほとんど無名の団体でした。)
私は新宗教に対して拒絶反応が起こるのを禁じ得ませんでした。「輸血拒否事件」、「霊感商法」…新宗教に関するマスコミ報道は、決まって言いようのない不快感を催すものでした。とりわけ、「輸血拒否事件」は、高校三年生のときに話を聞いた団体のことだったので、新宗教に対する問題意識が高まりました。
この事件の報道では、事故に遭った子供が「生きたい」と言っていたのにかかわらず、両親が教義に従い、輸血を拒否したとされていました。この団体の聖書の解釈が正しいという保証はないのだから―私にはほかの解釈も可能に思えました―、そのような不確実なことに基づいて命を犠牲にすることが信じられませんでした。ですから、この事件で、私の新宗教に対する不信は決定的なものになっていました。
このようなわけで、私は本を読む以上にオウムに近づけなかったのです。
ところが、本を読み始めた一週間後くらいから、不可解なことが起こりました。修行もしていないのに、本に書かれていた、修行の過程で起こる体験が、私の身体に現れたのです。そして、約一ヶ月後の、昭和六十三年三月八日深夜のことでした。
眠りの静寂を破り、突然、私の内部で爆発音が鳴り響きました。それは、幼いころに山奥で聞いたことのある、発破のような音でした。音は体の内部で生じた感覚があったものの、はるか遠くで鳴ったような、奇妙な立体感がありました。
意識を戻した私は、直ちに事態を理解しました。爆発音と共にクンダリニーが覚醒した―読んでいたオウムの本の記述が脳裏に閃いたからです。クンダリニーとは、ヨガで「生命エネルギー」などとも呼ばれるもので、解脱するためにはこれを覚醒させる、つまり活動する状態にさせることが不可欠とされていました。
続いて、粘性のある温かい液体のようなものが尾底骨から溶け出してきました。本によると、クンダリニーは尾底骨から生じる熱いエネルギーのことでした。そして、それはゆっくりと背骨に沿って体を上昇してきました。腰の位置までくると、体の前面の腹部にパッと広がりました。経験したことのない、この世のものとは思えない感覚でした。
「クンダリニーの動きが正しくないと、くも膜下出血を起こす」、「指導者なしの覚醒は危険だ」―オウムの本の記述は別世界の話でしたが、今や、我が身に起こりつつある現実でした。私はクンダリニーの動きを止めようと試みました。しかし、意志に反して、クンダリニーは上昇を続けました。
クンダリニーは、胸まで上昇すると、胸いっぱいに広がりました。ヨガでいうチャクラ(体内の霊的器官とされる)の位置にくると広がるようでした。クンダリニーが喉の下まで達すると、熱の上昇を感じなくなりました。代わりに、熱くない気体のようなものが上昇しました。これが頭頂まで達すると圧迫感が生じ、頭蓋がククッときしむ音がしました。それでも、私は身体を硬くして耐えるしかなす術がありませんでした。
突然の出来事に、どうなることかと思いましたが、それをピークに一連の現象は収束しました。どうやら、無事に済んだようでした。
オウムの宗教的世界観が、一挙にリアリティを帯びて感じられました。麻原をグル(修行と指導する師)として、解脱・悟りを目指すことが私の「生きる意味」であると確信しました。麻原の著書を読み始めて以来相次いだ体験に、彼に強い「縁」を感じていたからです。クンダリニーが自然に覚醒したのは、前世のグルの著書を読んだために、修行者だった私の前世の記憶が甦ったからだと思いました。
このように、急激に宗教観念を受容して、思考体系が一変する心理現象は、「突然の宗教的回心」と呼ばれています。これと漸進的な宗教観念の受容との違いについて、研究論文には次のように述べられています。
突然の回心は、被験者そのものが全く変えられるように思われる経験として定義した。つまり、その変化は、被験者が生じさせるのではなく、彼にもたらされるように思われた。また、その変化は、被験者の生活様式、道徳的特性を形成する態度におけるものだった。
漸進的な宗教的発達は、上で説明したような回心経験がないという特徴のもので、そして被験者が自身を無信仰と識別したことがないものである。
すべての回心者は、疑いの余地なく、無信仰の状態から信仰深い状態になった。
二つの集団の特色をかなりよく示す、二つの自伝を下に引用する。一人の突然の回心者は、彼の経験を次のように記述した。
この経験は、私が一四歳の秋に起きた。私は畑を耕して働いていた。突然、嵐が近づいたように思われ、そしてあたかも私の周りの全てが止まったようだった―私は神の存在を感じた。馬たちは完全に止まった状態になった。真っ黒な空がとどろいたので、私は祈った。嵐はすぐに通り過ぎたが、この瞬間だった、―私は祈りながら―主が望むならば、クリスチャンになり、主に仕える決心をしたのは。
漸進的な宗教的発達をした集団の一員は、彼の経験を次のように記述した。
私が信仰深いと自覚したときを説明するのは難しい。それに対し、何年か前に私は十ポンドで生まれ、そして現在はそれよりかなり重いという事実を説明するのは、全く簡単だろう。この成長には、出来事の印象がないわけではない。しかし、少なくとも回想では、そのプロセスはあまりに完全に連続したように霞んでいる。だから、私が自身の認識に現れた時点を思い出せる以上に、私は“信心深く”なった時点を分離できない。私はその二つの出来事はほとんど同時に違いないと思う。
このような宗教的回心は、人が葛藤状態にあるときに、幻覚的な超越体験と共に起こることがあり、このとき葛藤が解決するとされています。また、突然の宗教的回心においては、常識から非常に逸脱したビリーフ・システム(思考体系)が受容される場合があるとされています。そして、「カリスマグループの一つの注目せざるを得ない特徴は、入会の特徴がしばしば劇的な回心の経験であることだ」といわれています。
私の場合、「生きる意味」に係わる葛藤のために、回心が起き、オウムの教義体系が受容されました。このように、非現実的な世界観が突然現実として感じられ、それが受容されることがあるので、超越体験に基づく世界観には要注意でしょう。後述のように、それが日常生活との間に摩擦を生じる場合は問題が起こるからです。
オウムの宗教的世界観が現実となった私に、入信以外の選択はありませんでした。また、新宗教うんぬんといっていられる状況ではありませんでした。クンダリニーが覚醒した以上、指導者は不可欠だったからです。私はクンダリニーをコントロールできず、頭蓋がきしんでも、なす術がなかったのです。この状況について、ある共犯者は「広瀬君は、本を読んだだけでクンダリニーが覚醒して、困って教団に相談に行ったと言っていた。ある種の困惑を広瀬君から感じた。」と法廷証言しています。
こうして、オウム真理教の在家信徒としての生活が始まりました。在家信徒は、社会生活しながら、教義の学習、守戒など教義の実践、ヨガの行法、奉仕などの修行をすることが基本でした。
オウムの教義と修行の目的について、あとの話の理解のために必要な部分のみ説明致します。
教義において、修行の究極の目的は前述の最終解脱をすること、つまり、輪廻から解放されることでした。なぜ解脱しなければならなのか―それは、輪廻から解放されない限り苦が生じるからだ、と説かれていました。これは、今は幸福でも、幸福でいられる善業が尽きてしまえば、これまでに為してきた悪業が優住になり、苦しみの世界に転生するということでした。特に、地獄・餓鬼・動物の三つの世界は三悪趣と呼ばれ、信徒の最も恐れる苦界でした。
それに対して、解脱はすべての束縛から解放された崇高な境地でした。解脱に至るには、次のように、私たちが本来の最終解脱の状態から落下していった原因を除去していくことが必要と説かれていました。
私たちは自己が存在するためだけで完全な状態にあったにもかかわらず、他の存在に対する執着が生じたために輪廻転生を始めたとされていました。それ以来、私たちは煩悩(私たちを苦しみの世界に結びつける執着)と悪業を増大させ、それに応じた世界に転生して肉体を持ち、苦しみ続けているとのことでした。たとえば、殺生や嫌悪の念は地獄、盗みや貧りの心は餓鬼、快楽を求めることや真理(精神を高める教え=オウムの教義)を知らないことは動物に、それぞれ転生する原因になるとされていました。
これらの煩悩と行為は過去世のものも含め、情報として私たちの内部に蓄積しているとのことでした。この蓄積された情報が「カルマ(業)」でした。そして、「悪業に応じた世界に転生する」というように、自己のカルマが身の上に返ってくることを「カルマの法則」といい、これも重要な教義でした。
カルマの法則から考えると、解脱、つまり輪廻からの開放に必要なのは、転生の原因となるカルマを消滅(浄化)することになります。ですから、オウムにおいては、カルマの浄化が重視され、修行はそのためのものでした。
[なお、前述の「殺生」は、虫を殺すことも含みます。ですから、そのほかに挙げた行為もそうですが、一般人の日常的な行為はほとんどが悪業となります。したがって、信徒についても、入信前は悪業を為してきたことになり、それらを浄化しない限り苦界に転生することになります。だから信徒たちは必死に修行していました。また、家族など周囲の非信徒たちは苦界への転生が避けられないことになり、それを信徒たちは案じていました。後述しますが、日常生活と相容れないこの教義のために、一般社会は苦界への転生に至らせる世界とみなされました。そのために、信徒は一般社会を離れて出家していきました。さらに、苦界へ転生する現代人を救済する目的で、殺人まで犯すことになりました。]
また、オウムの教義において、麻原は「神」といえる存在でした。それは、最終解脱者であり、様ざまな「神通力」を有するとされていたからです。特に麻原は、人を解脱させたり、高い世界(幸福な世界)に転生させたりする力があると主張していました。私たちに「エネルギー」を移入して最終解脱の状態の情報を与え、代わりに、苦界に転生する原因となる悪業を引き受ける―「カルマを背負う」といっていました―と説いていたのです。カルマを浄化していないと苦界に転生するのですから、カルマを背負ってくれる麻原は、まさに「救済者=神」でした。
麻原の指示が絶対だったのも、そのような「救済」の能力を有するためでした。オウムの世界観においては、苦界への転生の防止が最優先であるところ、麻原の指示の目的は、苦界へ転生する人類の救済とされていたのです。
回心による教義の受容の後、入信後は、私の身の上に個々の教義の体験が現われ、教義の世界観に対するリアリティがますます深まりました。たとえば、入信の一週間後に、麻原の「エネルギー」を込めたとされる石に触れたところ、気体のようなものが私の身体に入ってきました。そして、胸いっぱいに広がり、倒れそうになったのです。そのときは、ハッカを吸ったような感覚がして、私は自身の悪業が浄化されたと思いました。
その後も様ざまな形でこのような体験を重ねたので、私にとって、麻原が「カルマを背負う」能力を有することは現実でした。そのために、麻原は「神」であり、その指示は絶対だったのです。
なお、現在は、この種の経験は暗示の機制による幻覚と理解しています。つまり、以前に接していた「エネルギーを移入してカルマを浄化する」という教義(二十一頁)が暗示になり、「エネルギーを込めた」とされる石に触れたところ、教義どおりの幻覚が現れたものと思います。(このように、回心後は幻覚的経験が極めて起きやすい状態になっていました。)
なぜあの男が―麻原の地位が教団内で絶対だったことに対する疑問の声をよく聞きます。その理由の一つは、私と同様に、信徒にとっては麻原を「神」とする教義の世界観が現実だったことでしょう。ヨガの行法によって、多くの信徒が教義どおりの宗教的経験をしていたのです。
現役の信徒は、今も、麻原の力でカルマが浄化されると感じる経験をしているようです。だから、麻原が法廷でどんなに見るに堪えない振る舞いをしても、彼は「神」であり続けているのです。私もそうでしたが、信徒が帰依しているのは生身の麻原ではなく、宗教的経験によって知覚した麻原です。「現実」よりも「宗教的経験」のほうがリアリティがあるのです。
このような宗教的経験の作用について、文献には次のように述べられています。
アメリカで(そしてしばしば国際的に)現在見られる多くのカルト様のビリーフ・システムを概観することは、臨床医が特定のセクトを正しく評価するにあたり役に立つ。ビリーフ・システムは、一般に部外者を困惑させるもので、多くは超越体験や神秘体験に基づいている。あるものは、なじみのない東洋の伝統から得ている。あるものは、教義を再構築する程度にまで、既存の宗教を粉飾する。
超越体験あるいは神秘体験は、回心のプロセスにおいてしばしば重要だが、このことはジェイムズとフロイトが注目した。葛藤の解決における超越体験は、非精神病者と精神病者の両方に急性の幻覚的エピソードが起こる程だが、この重要性も強調されてきた。これらの経験はまた、カリスマセクトの多くの全員にとって、グループの全員をを続けされる総体である。これらの出来事は、類似した現象を経験したことのある他の人たちとの友好関係を、最高潮に高める強力な感情的経験になる。
宗教的経験のコンテクストにおける精神病様超越現象が生じることを説明できるモデルは、まだ開発されていない。しかし、注目すべきなのは、かなり注意を引く知覚現象を、これらのセクトの全員が普通に報告することである。たとえば、一つのグループの百十九人の全員のうちの三十パーセントが、瞑想中に幻覚様経験を報告した。明らかに、このような現象は、心理学者が正常な精神的プロセスのみならず病的プロセスを理解するのにもかなりの影響があるはずだ。それらはたぶん、精神病といわれる人に幻覚状態を起こすあるコンテクストの性質を、心理学的に理解する助けになるだろう。
(A教団は)夢さえも「お父様(教祖)の夢を見ますよ」などと暗示を与えて教祖の夢を見やすいように誘導したりする。それらのプライミングの結果、信者は身辺でおきる現象がすべて神やサタンといった心霊現象ととらえることになっていると思われる。さらに、こうした経験が西田のいう個人的現実性を高める。つまり体験や推論が教義と整合しているという認知を与え、ビリーフは強化される。
(西田公昭 一九九五年 ビリーフの形成と変化の機制についての研究(4) 社会心理学研究、一一、一八-二九)
(プライミング―特定の情報に接触させることによって、人間の情報処理を一定の方向に誘導すること)
瞑想のより高い段階は多くの経験を含む。これは、伝統的な文献によく載っており、明るい光のヴィジョン、身心の喜びに満ちた陶酔感、静けさ、明晰な知覚、および愛や献身の感情を様ざまに含む。“超意識”、“超越体験”、“神秘体験”、あるいは“クンダリニーの覚醒”と名付けられており、これらの状態は、人を引き込む影響を及ぼす。この影響は、瞑想の伝統によれば、非常に深刻になるものだ。
※「輸血拒否事件」1985年6月に神奈川県川崎市高津区で起こった事件。ダンプカーにひかれた当時小学5年生の男の子が、両親の輸血拒否にあい、約5時間後に死亡。「大ちゃん事件」とも。
鼻くその話なんて増田にしか書けないに決まっているだろうが馬鹿野郎め。
なので鼻クソの話である。鼻くそのようにつまらない話ではなく、わりと面白い、ぼくが最近お気に入りの、半生タイプの鼻くその話だ。あなたにとってはつまらないかもしれない。まあヒマならちょっと読んでけ。
ぼくも、のっちやかしゆかと同様に鼻くそをほじる。ティッシュを使うこともあるが、ストレイトにまっすぐほじるのもすきだ。
で、そうして人差し指をダイレクトにプラグインしていると、鼻粘膜の内壁に乾燥してくっついた鼻くそに出会う。指の腹で形状を確認してからそのエッヂに爪先をかけて、鼻粘膜から引きはがす。オンザエッヂである。
ここで鼻息を吸い込んではいけない。吸い込んでしまうと指が届かない領域にいってしまう。正圧を保つ。具体的にはゆっくり鼻息を吐く。精神は落ち着き、意識は高まって、第5のチャクラにエネルギーを感じる。鼻くそで。いや本気だ。
ここからがこの話のクライマックスである。ゆっくりオンザエッヂのそれを鼻の出口方向へ引き出していく。すると、その乾燥してひっついた鼻くそをきっかけに、鼻の奥のほうから粘液状の明日には乾燥して鼻くそになってそうなゲル集団が引っ張り出されてくる。
このオンザエッヂとゲル集団をさらに引っ張り出すと、粘性係数がさがり、色が黄色から透明に変化しながら、さらに中身がでてくる。快楽である。チャクラのエネルギーが解放される。
このまま脳みそまで引っ張り出せるのではと快楽に酔いしれながらオンザエッヂを引っ張ることおよそ10cm弱。のびきったレーザービームがプツンととぎれ、ぶらーんと人差し指にぶらさがる。
ぼくはぶら下がったそれを眺める。乾燥した部分から黄色いゲルを経て透明な粘液までが鼻の穴から開放され、重力に従ってだらーんとしている。この透明な粘液は、いつか育って乾燥した部分になるのね!とか思うとさながらタイムマシーン。時間の螺旋をひと飛び。
そんなことを思いながらぷらーん、だらーんをしばらく眺める。のちにティッシュにくるんですてる。
こんな素敵な鼻くそは、残念ながら2日は育てないといけない。あと、風邪を引いたり、お酒をのんだりするとダメだ。育たない。健康すぎてもだめだし、不健康過ぎてもだめ。しかも右の穴限定。むずかしいのである。
あ、ぼくは耳かきもすきです。
朝?
のらりくらりと、生きてきましたが。
ところで、ぼくは朝ごはんを食べるのか?
男の子だろ? いいやそういう問題じゃなくって。
「盛り上がってる?」
「いいえ、そうでもありませんよ。ははは」
ぼくはふがいない自分を笑いつつ、ベンチに腰掛けた。
ぼくはあれか。そして、ベンチに腰掛けた。
「あれ? ぼくはさっきベンチに腰掛けませんでしたか?」
「そうでしたね」と笑う。笑い合いもひとしおである。
その時であった?
ズガーン!
衝撃もひとしおであったその後、ぼくと唯ちゃんは急いでベンチに腰掛け
「唯ちゃん、無事か?」「ええ、私は無事ですか?」「ええ、無事です」
流した涙の数だけ物語はあるのだろう。
唯ちゃんの無事を確認しつつベルトを締めるやいなや激痛がトシキの息の根を
止めた。トシキは息の根を止められつつ反撃。お互いに鼻血まみれの顔でニヤニヤ
笑っていたのだろうか。
「まあ、座れ」「いやだ」「やめて二人とも」唯ちゃんの白い顔が黒く歪む。
トシキは観音座りをしてチャクラを溜めなさい。溜めなかった。どうするのか、
しないのか、それとも...?
「ふふ」どちらともなく、お互いをにらみ付けた。その刹那! トシキの
そして、天空を調査する魔法のソナタはめくるめく砂漠のどまんなかで
いまだ見えざるアルテミスの物腰を柔ら柔らかにしつつ、堪えがたい刻の
いとなみを柔らかに見つめるといいね、と、トシキと加奈子は思った。
唯ちゃんは、あまり思わなかったのかねえ? なんてね。
それはそうと今朝喰った目玉を離さない。もう離さないんだ。
西日が消えやがて夜明けだ。そんな真夜中の物語.....IF.....
まあ、どのくらいの数のイ映オタがそういう彼女をゲットできるかは別にして、
「オタではまったくないんだが、しかし自分のイ映趣味を肯定的に黙認してくれて、
その上で全く知らないインド映画の世界とはなんなのか、ちょっとだけ好奇心持ってる」
ような、ヲタの都合のいい妄想の中に出てきそうな彼女に、インド映画のことを紹介するために
見せるべき10本を選んでみたいのだけれど。
(要は「脱オタクファッションガイド」の正反対版だな。彼女にインド映画を布教するのではなく
相互のコミュニケーションの入口として)
あくまで「入口」なので、時間的に過大な負担を伴う休憩2回、3回のインド映画は避けたい。
あと、いくらイ映的に基礎といっても古びを感じすぎるものは避けたい。
無声映画好きが『ハリシュチャンドラ王』は外せないと言っても、それはちょっとさすがになあ、と思う。
そういう感じ。
彼女の設定は
インドの知識はいわゆる「カレーで美人」的なものを除けば、旅番組程度はたまに見ている
映画好き度も低いが、頭はけっこう良い
という条件で。
まあ、いきなりここかよとも思うけれど、「DDLJ以前」を濃縮しきっていて、「DDLJ以後」を決定づけた
という点では外せないんだよなあ。長さも189分だし。ただ、ここでオタトーク全開にしてしまうと、
彼女との関係が崩れるかも。この情報過多な作品について、どれだけさらりと、嫌味にならず濃すぎず、
それでいて必要最小限の情報を彼女に伝えられるかということは、オタ側の「真のコミュニケーション
アレって典型的な「オタクが考える日本の一般人に受け入れられそうなインド映画
(そうオタクが思い込んでいるだけ。実際は全然受け入れられない)」そのもの
という意見には半分賛成・半分反対なのだけれど、それを彼女にぶつけて確かめてみるには
一番よさそうな素材なんじゃないのかな。
「イ映オタとしてはこの二つは“映画”としていいと思うんだけど、率直に言ってどう?」って。
ある種のSFイ映オタが持ってる東南アジアへの憧憬と、シンガポール観光局たぶん未監修の
オタ的な考証へのこだわりを彼女に紹介するという意味ではいいなと思うのと、それに加えて
いかにもローシャン兄弟な
「山奥のおばあちゃん子的なださカッコよさ」を体現するクリシュナ
「山奥のおばあちゃん子的に好みな女」を体現するプリヤー
の二人をはじめとして、イ映好きのするキャラを世界にちりばめているのが、紹介してみたい理由。
たぶんこれを見た彼女は「七人の侍だよね」と言ってくれるかもしれないが、そこが狙いといえば狙い。
この系譜の作品がその後続いていないこと、これがインドでは大人気になったこと、インドなら10年ごとに
リメイクされて、それが日本に輸入されてもおかしくはなさそうなのに、近年日本国内でこういうのが
つくられないこと、なんかを非オタ彼女と話してみたいかな、という妄想的願望。
「やっぱりインド映画は未婚男性のためのものだよね」という話になったときに、そこで選ぶのは
「ヴィールとザーラ」でもいいのだけれど、そこでこっちを選んだのは、この作品にかけるカーンの
思いが好きだから。断腸の思いで削りに削ってそれでも2時間54分、っていう尺が、どうしても俺の心を
つかんでしまうのは、その「捨てる」ということへの諦めきれなさがいかにもオタ的だなあと思えて
しまうから。 MHN の長さを俺自身は冗長とは思わないし、もう削れないだろうとは思うけれど、
一方でこれがバンサーリーやヴァルマだったらきっちり2時間30分にしてしまうだろうとも思う。
なのに、各所に歌掛けて唾かけさせて2時間54分を作ってしまう、というあたり、どうしても「自分の
物語を形作ってきたものが捨てられないオタク」としては、たとえカーンがそういうキャラでなかった
としても、親近感を禁じ得ない。作品自体の高評価と合わせて、そんなことを彼女に話してみたい。
今の若年層でラジニ映画見たことある人はそんなにいないと思うのだけれど、だから紹介してみたい。
パダヤッパよりも前の段階で、ラヴィクマールの哲学とか特撮技法とかはこの作品で頂点に達していた
とも言えて、こういうクオリティの作品がタミル映画でこの時代にかかっていたんだよ、というのは、
別に俺自身がなんらそこに貢献してなくとも、なんとなくイ映好きとしては不思議に誇らしいし、
いわゆるタミル政治問題でしかラジニを知らない彼女には見せてあげたいなと思う。
レカーの「目」あるいは「絵づくり」をオタとして教えたい、というお節介焼きから見せる、
ということではなくて。「終わらない踊り見物を毎日生きる」的な感覚がオタには共通してあるのかな
ということを感じていて、だからこそアイシュワリヤ&アビシェク夫妻の初リメイク作はウムラオ・
ジャーン以外ではあり得なかったとも思う。
「祝祭化した日常を生きる」というオタの感覚が今日さらに強まっているとするなら、その
「オタクの気分」の源はウムラオ・ジャーンにあったんじゃないか、という、そんな理屈はかけらも
口にせずに、単純に楽しんでもらえるかどうかを見てみたい。
これは地雷だよなあ。地雷が火を噴くか否か、そこのスリルを味わってみたいなあ。
こういうジュベナイル小説風味の恋愛をこういうかたちでテルグ映画化して、それが非オタに
受け入れられるか気持ち悪さを誘発するか、というのを見てみたい。
9本まではあっさり決まったんだけど10本目は空白でもいいかな、などと思いつつ、便宜的にKHNHを選んだ。
DDLJから始まってKHNHで終わるのもそれなりに収まりはいいだろうし、YouTube以降の海外フルロケ時代の
先駆けとなった作品でもあるし、紹介する価値はあるのだろうけど、もっと他にいい作品がありそうな気もする。
というわけで、俺のこういう意図にそって、もっといい10本目はこんなのどうよ、というのがあったら
教えてください。
あと俺イナゴぶくまーだから、ダイアリに書いても読んでもらえない。
だから増田に書いた。後悔はしていない。
理由は、犯罪被害者保護/権利擁護について、全然もりあがってないから。
そのじつ、正気を失って顔を真っ赤にしてることに気付かない。
被害者問題からフレームをずらそうとする、左派のオモ坪ですから。
被害者権利が拡充されたら、容疑者さまが不利益をこうむられるから、
本村さんや世間を挑発してる。
本村さんは、哀しいまでの冷静さで、その挑発を振り切ったけど、
世間や保守論壇は、みごとに釣られてしまった。
制度的に切り捨てられている被害者たちに目を向けさせまいとする、
ヤスティー軍団のもくろみはまんまと成功し、
上告してホニャホニャしても、支援集会なんかで世間を煽り、
Fの死刑が執行されるクライマックスまで盛り上げて盛り上げて・・・・
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おまえらそれじゃ困るんだよ。
世の被害者たちは、少年Fいいなーって思ってると思うよ(パラドクスじゃなくてマジで)。
たとえ党派性の権化だとしても、あんだけぞろぞろ守ってくれる人がいて、いいなーって。
それくらい、被害者って孤立してる。
たとえば、はい犯罪にあいました。
ショック受けたまま、取り調べ。
これ、めちゃんこツラい。
お巡りは、少しでもディティールを聞き出そうとする。
同じ質問を、何回も何回も。(それが仕事とは言え、最低限の配慮すらない奴大杉)
少しでも回答にブレがあったら、また何度も何度も。
この段階ですでにサポートの人間が付き添ってくれる国もあるのに、
被害直後からお巡りとサシでアンケ拷問ってそれどうよ。
で、仕事は休まなきゃならないかもしれない。
ケガがあったら通院、ヘタしたら入院かも。
最悪、被害者の老親がいきなり遺児の保育費ださなきゃとか、
申請しても、1年くらい待たないと支給されない。
すぐ入り用なのに工面できないひとは、どうすればいいのさ。
(つーか額面じたい、一律でない部分の幅をふやしてほしい)
被害者サポートセンター経由で、グループカンセリングとか参加して、
被害者同士しか分かり合えない傷をなめあって
ようやっと立ち直りへの道を探している頃に、
(PTSDって、イラク三馬鹿でイメージ悪いけど、ホントしんどいよ)
ほいでやってくる裁判に、心の準備をしていると、
検事務がきて「なんか直接言いたいことあるですか?」
「え…、はあ…」「じゃ○月○日に意見陳述」「!!!」
──○月○日
おれ「え、は、はい…」
うわあ、courtの中あったかいナリ・・・って、俺なんの法知識もないし
つーかおめえら、検察資料なんも見せてくれねえじゃんw
今までだって、犯人のケツ眺めて、法律用語でいろどられたキャッチボール聞いてただけ。
「ブン屋にリークしたから記事でディティール追え」っておまwww
(地方面ベタ記事にすらならない事件だと、被害者はさらに置いてけぼりになる)
当たり障りなく「被告の真摯な更正を望みたいと思います」なんて。
内心ぶっちゃけ、応報チャクラ殺意の波動が燃えたぎってるんだけどね。
でまあ、傍聴おわると、ブン屋がコメ獲りに囲んで来る。
あれ、数が多いと、裁判所から追い出されるのな。
他のかたのご迷惑って、おれがお招きしたお客でもないし、
そもそもこいつらが来た理由自体も、俺に直接由来じゃないんだがw
(こういう時は基本警察も検察も弁護士会も場所を貸してくれない
特別視はできないんだそうだ。アホか)
正直、ブン屋が傍聴席にいたりカメラが待ってるの見るだけで、
心臓に鉛つっこまれてグッと掴まれたような気がして
裁判所から出られなくなることも。
傍聴だってさ、今は優先権があるけど、昔はなかったから、
被害者サポセン職員や親戚に頼んで並んで貰って抽選確率増やして、
ってもう泣けてくる。ほんとに。今は優先権があるけど。
俺自身特定されたらやだからやめる。
でも、ここまで書いてきた被害者って、
みんな不幸になってるのに、制度的に、
加害者より軽んじられてるのは否めないと思うからなんとかして欲しい。
でも昼間どこかのテレビ(キー局)の解説者が、
なんてのたくってたのベッドで思い出して
くわしい人とかには当たり前のことだったかもしれないけど、
当事者的に知ってることだけ書いてみました。
ここまで読んでくれた人、ありがとうね。
これとかもっと報道されるべき。
http://blog.goo.ne.jp/nagashima21/e/afb4fb2b74625c50c51e489f7369ebb4