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## 夢の分析
あなたの夢の中で「薄々夢であることに気がついていた」という点は、非常に興味深い要素です。このような夢は、自己認識や現実逃避、内面的な葛藤を反映している可能性があります。以下に、夢の各要素を分析します。
夢の中で「意識が薄い」と感じることは、現実世界での不安やストレスを反映しているかもしれません。この感覚は、現実からの乖離や、自己の存在に対する疑問を示唆しています。夢の中でのリアリティの欠如は、日常生活における無力感や、重要な決断を避けていることを象徴している可能性があります。
夢の中で現れる自称友達は、あなたの周囲の人間関係に対する疑念を表しているかもしれません。彼らが「早く行こうよ」と誘う一方で、あなたが「お前ら誰やねん」と疑問を持つことは、周囲の人々との関係において、真のつながりを求めていることを示しています。このことは、あなたが自分の本当の友人やサポートシステムを見極めたいという欲求を反映しているかもしれません。
教室に着き、問題を解こうとする場面は、現実世界での課題や責任を象徴しています。しかし、夢の中で頭脳を使えないという感覚は、自己効力感の低下や、プレッシャーに対する恐れを示しています。特に、夢の中でのリアル感の欠如は、現実の問題に対して無力感を感じていることを示唆しています。
### 結論
この夢は、あなたの内面的な葛藤や人間関係、現実逃避の感情を反映している可能性があります。夢の中でのリアリティの欠如は、日常生活におけるストレスや不安を示し、自己認識を深める必要性を訴えているかもしれません。夢の内容を通じて、自分自身の感情や状況を見つめ直し、必要な変化を考えることが重要です。
そんなもん解消しなくて憎悪ビジネスをするリベラルだけ対策してりゃいいよ
旧まとめブログのアフィカスは超絶弱体化して死に体じゃん?時が解決する
団塊と氷河期対策と同じ死ぬまでのらりくらりやり過ごして待つ方が合理的
汗臭い…運動が足りない。運動が足りないと汗が濃くなって臭くなる。
加齢臭…石鹸で耳の裏をきれいにする。きれいにしてないから臭い。
生乾きの臭い…天日干しする。オキシクリーンも使う。使ってないと臭い。
体質による臭い…体質を改善する。グルテンフリーが良い。グルテンはドロドロしていて色んなものにくっつく。グルテンを取ってるから臭い。
https://zenn.dev/sta/articles/2024-08-10-sat-what_is_si
少し前にブクマの集まっていたこの記事について、SIerでなぜITが軽視されるのか、SIerがしぶとく生き残っているのが何故なのかをもう少し深堀りしてみたくなった。なお俺自身は、もうずっと長いことSIerの中で働いている、現役のSIerの中の人である。
これから書くのはSIerの中でもBtoBの業務システムの中身の構築を主に手掛けていて、なおかつ元請けに近い組織の話だと思ってほしい。
まずSIerでITが軽視されがちな理由である。受託開発を主に手掛けるSIerの顧客は、だいたい以下のような特性を持つ。
このような顧客が日本社会にはまだまだいくらでも存在しており、その市場に特化した業態がSIerだ。このような市場は、いずれ消えると言われながら今でもしぶとく残っている。
こうした顧客の元では、新しい技術にチャレンジしてもあまりメリットがなく、枯れた技術や使い尽くされたフレームワークを使って、すでにどこかで見たようなシステムを生産するのが最適となる。古い技術は長期的には先細っていく運命にあるが、一方で経験者が多く失敗事例が出尽くしている、過去の資産を利用できるなどの利点があり、顧客側も冒険よりはリスク回避を望むため、古くて安定した技術を採用するメリットが大きい。
それを請け負うSIerで重宝されるのは、ITの知識よりも顧客業務を理解してロジックに落とし込むスキル、いわば業務をプログラム可能な形に翻訳するスキルだ。
顧客が自分で説明する業務のルールはだいたい矛盾していたり、条件が不足していたり、例外ケースが考慮できていなかったりするので、それらを整理してプログラム可能な形に変換する必要がある。特に金融などの業務がガチガチに法規制されている分野は業務ロジックを法律や制度に適合させる必要があり、そういう時に業務ロジックを「業務の専門家の立場で」検討できる人材がSIer側にいると顧客は安心して設計を任せられる。だからSIerでは上流工程が重視され、それができる人間が重宝される。
余談だが、俺自身は経理系システムを専門として長い間この業界で働いているが、俺がここに残っているのはIT技術も好きだけど経理の勉強をするのもそれと同じぐらい好きだったことが大きい。いざとなったら経理知識だけでも食いつなぐことができるぐらいには、そっち方面の知識もある。IT技術への興味は趣味で発散させており、仕事でそれを生かせる機会はなくてもいいと割り切っている。そういうタイプが、この業界には向いている。
閑話休題。
SIerでは上流工程が重視される一方、実装のフェーズでは使い尽くされたフレームワークを使って作るので最新技術への理解は必要なく、実装上の創意工夫が必要なほど難しいものや新規性の高いものを作るわけでもないため、設計書に書かれたことをそのまま実装できる人であれば十分、ということになる。そのため、実装要員は単価の安い人を大量に集めればいいという発想になり、かくして派遣ビジネスの隆盛へとつながっていく。
実装フェーズは業界全体で単価が安いため、元請けの比較的高給取りな社員に実装を任せてしまうと、それだけで利益率が悪化する構造があり、ハイスペックな社員はなるべく単価の高い上流工程にアサインしないと勿体ないという話になる。
実装のフェーズを丸ごと外注することも多い。フェーズ単位で外注する方式はウォーターフォールと相性がよく、発注のためにはきちんとした設計書を外注先に渡す必要があり、かくしてSEはドキュメントをひたすら書き続ける。
SIerは「ITを専門とする組織」ではなく「業務をプログラム可能な形に翻訳する専門組織」であり、翻訳した後の作業を自社の社員はあまりやっていないので、そもそもIT企業と言えるかは本来微妙な立ち位置なのだ。実際には翻訳の成果物である設計書でさえグダグダなことは多いのだが。
とはいえ、パフォーマンスチューニングなどで技術面の創意工夫はしばしば必要になるのだが、それが実装の工夫だけでどうにかなるものであれば、大体は現場のエース級の人(自社社員とは限らない)がなんとかしてしまい、経営者を含む大部分の人にはその必要性があまり深く認識されず、エースの人がどうやって解決したかも理解されない、というのが実情ではある。技術のスペシャリストはSIerでは立場が弱く、裏で活躍していてもそれが日の目を見ることはあまりない。
こうした姿勢のためにSIerはたまに来る技術の変化の波に弱く、大波が来た時はしばしば多くの人が新技術に適応できずにドロップアウトしたりする。日進月歩のITの世界で、お前は本当にIT企業かという感じではあるが、そもそもITの専門組織とはいえない組織なので期待するのは無駄である。
ではSIerがしぶとく生き残っているのは何故なのか。
SIerとは「業務をプログラム可能な形に翻訳する専門組織」だと言ったが、もっと大きなことを言うと、総じて日本のSIerというのは、日本社会を現状維持させるために存在する業種なのだろうという気がする。(日本に限定したのは、海外の状況はまったく知らないからだ。)
顧客もIT化の波に対応しないといけないが、かといって現状の業務を変えたくないし、ITのことを学びたくもない。SIer自身も新しい技術を積極的に取り入れない。その両者が結託して、古い技術で社会を現状維持させている。その良し悪しはともかく、多くの人がそれを望み、その望みがSIerという業種を存在させている。まるで邪教徒たちの祈りが邪神を生き永らえさせているみたいな話である。
古い技術を革新しないと社会が変わっていかないとしたら、SIerは変化に対する抵抗勢力であり、SIerの古い技術者が変化の波でドロップアウトするのは、社会にとって必要な新陳代謝といえる。
だからもし、技術で社会を変えようと望むなら、SIerは来るべき業種じゃない。技術の先駆者たちが社会を変えようとして切り拓き舗装した道を歩きながら、すでに出来上がった仕組みを維持するために働いているのがSIerだ。技術で社会を変えようと望む人は、是非他で活躍して、技術変化の波を起こし、俺をドロップアウトさせてみてほしい。
カラオケの精密採点が広く流行ってから、歌を「技術」で評価するスタンスは世に広まったと思う。
たしかに、カラオケの精密採点ではリズムや音程に加え、しゃくりやビブラートも評価軸にあり、なかなか良くできた仕組みであることは間違いない。
これらを自分が趣味で歌う上の遊びのツールとして使うのは良いだろう。
しかし、この視点を持って音楽を聴くことは、あなたの音楽体験を著しく損なう。
歌に限らず、ギター・ベース・ドラム・バイオリンといったありとあらゆる楽器に共通する特徴だが、
楽器において技術力というのは「足切り」としてしか機能しない。
楽器がどれだけ上手くても、音楽の魅力に繋がる要素は限定的である。
これは大学受験で共通テストの点数ばかり良くても、二次試験で点が入らなければ大学に合格できないのと似ている。
音楽の魅力は何か。
これは語り出すとキリがない。ジャンルやリスナーによって大きく異なるが、
ざっくりいえば、何らかの感情の揺さぶりを生むことができるのが魅力だ。
平たく言えば「ノレる」「アガる」「泣ける」などといったものが音楽の魅力と言って良いだろう。
歌が「ノレる」状態を目指すには楽曲の理解、ひいては楽曲に合わせた歌い方をしていく必要がある。
「ビブラートがない方がよりノレる。」
すなわち、音楽において、楽曲に跨って共通する「技術」で解決できる問題は微小であり、
ミュージシャンが楽曲ごとに、一見して技術が低く聴こえるスタイルをとることは日常的にある。
にもかかわらず、リズムや音程といった普遍的な技術にこだわって聴く行為は、こうした表現の許容幅を自ら狭める行為であり、
百害あって一理なしだ。
表現としての音程ズレなどに対し、「今音程外したね〜w」などといったコメントをすれば、
まず、お前は他人に過度な依存をしている。自分の理不尽さを受け入れてくれる人がいないと生きていけない、なんて考え方が甘すぎる。自分の問題は自分で解決しなきゃならないんだ。
次に、自己嫌悪に陥り過ぎだ。自分がどう思って、誰にどう思われるかを気にしすぎている。メンヘラとか地雷とか言われるのが怖いなら、その行動を改める努力をしろ。他人に頼るだけでは根本的な解決にはならないぞ。
それと、他人の好意に甘えるばかりで、自分自身が何かを変えるつもりがない。お前が言う「理解のある彼くん」も人間だ。その人に寄りかかってばかりでは、いずれその関係も壊れてしまうだろう。お前が本当にその人を大切に思っているなら、自分も成長し、相手に対しても良い影響を与える存在になろうとすべきだ。
最後に、他人に相談するのは悪いことではないが、増田に書いているだけで解決策が見つかるわけではない。辛いならしっかりとした専門家に相談して、自分の心の健康を取り戻す努力をしろ。匿名のネット掲示板だけでなく、現実の対人関係にも目を向けるんだ。
やすこが「許したので誹謗中傷やめてください!」って言ってるじゃない。叩いてる奴も叩いてる奴で全く馬鹿だと思うしその通り一応終わった件について繰り返しとやかく言うのもおかしい。
だけど、死んでくださいと言った相手を許しました!と大きく声を上げることは社会的に正しいのか否かが気になる。死ねと言われても謝られたら許すのがあるべき行いである、のかな。自分はどっちつかずで分からない。
許すことは確かに当事者間の外面的問題を解決するのに役立つ。でも、死ねって言われた時に、私は許しちゃったらさらに自分が傷つく気がするなぁ。私だったらね。しかも、そういうヘイトが謝ったら許されるものとしても認識されるのも怖い。ヘイトと謝罪がセットなら許さなければならない、と言うようになるのも怖い。でも、許さないとただの憎しみ合いが起きるだけで、何も平和じゃない。
ぐるぐるぐるぐるするよ。
こんな下らねえ悩みをここで開陳してる奴に陰キャだの言われたくねえわ
他の解決方法は実家に帰らなきゃ良いんじゃねえの?姉と姪にとっては目障りだろお前がいると普通にさ
仲悪いんじゃないの
自民党所属の山田太郎議員がエロサイトでの決済サービスを取りやめているVISAに突撃したという棘の記事が上がっており
結局ちょっと質問して本質とはあまり関係がない話を聞いたよーというだけで
今回のエロサイトでの決済サービス取りやめが撤回される様な結果には至っていない
にも関わらず、ネトウヨ諸君はまるで大勝利したかのようにはしゃいでおられる
そもそも自民党は表現規制に対して常に無力どころか、その現状を肯定する様な政治を何十年も続けている
モザイク規制という日本が世界に誇るべき表現規制の一丁目一番地の問題は今も解決されていない
そして自民党がやることと言えば、コンテンツを作る人達を苦しめるインボイス制度やクールジャパンなるフールな政策ばかり
現在のネトウヨ諸君、とりわけその中の表現の自由戦士が馬鹿にされるのは、こうした歴然とした自民党政治による結果が存在しているからこそなのだ
この良い結果は出せず、悪い結果ばかり出す状況を覆せない限り
(ここで水を飲む)
5月23日 明らかに4人の少年が出てきたが、5年前から同所で活動している最中に一回も出てきたことがなく、しかも突然出てきて知らない人間出たので死ぬほど
むかつく。 ※ 実は令和5年にも熊谷の誘導で、戸田から3人の38歳代の若者が歩いてきたことがあり、自分たちはへびである、と言っていた時代も
あったが、日時を記録していないので、裁判になった時は厳しいと指摘された。
5月24日 福祉事務所で、小島から柚須に切り替わりますという告知の後に自転車で行った。明らかに前日の少年。 安野?やんの?ばっかり。
5月26日 少年だったのか、 大分の巡査みたいなことをいうので、別人だと思った。 地声で言えばいい、お前と関係するメリットがない、という等、独りで複数者を
自演している。
6月2日 懐中電灯をもって出てきたが、本人ではなく、その親ではないかというような見た目だった。少年ではないのではないか?実は俺中卒なんだとかそういう言動。
6月14日午前0時35分 たぬきのように走って出てきた。 大麻がどうとかいう話。
6月19日 今日はどう、普通?といった言動もあったが、 UFOをみたとか言っていた。 なんでこの日の段階になって、今日はどう?普通?というのか分からない。
7月5日 老婆の指示でカッターを置いている形跡があった。
7月17日 林田が自宅に被害品検証に来た日の夜に、堤防で発狂している。
8月10日 北赤羽駅でジュースを投げた後に、 ペガサス前で発見。 最期の様相は、週刊少年ジャンプに掲載されている、さいたまの少年だった。
最後の様相というのは、おまえなんかどうでもいいから志村署に事件取り下げに行ってもいい
といったときの表情。その後も滅茶苦茶なことを言っているので理解不能だった。
林田: 取り調べは何回かした、もうすんなよ、と言っただけであるということ。8月10日に本人をみたところ、遊び感覚で糞過ぎるので、