はてなキーワード: 反抗期とは
うちの子は自閉症スペクトラム障害を持っている。
この子が生まれてから、なんで自閉症が自閉症っていうのか心底理解したよね。
相手の言うことを聞いて、リアクションしてという、会話の流れがまるでない。
本人が言いたいことだけ、考えたいことだけを延々とやり続けて、
呼びかけ、何それ。
片付け、何それ。
夜1時過ぎまで起き続ける。どれだけ言っても暴れるだけで全然聞かない。
自分が考えた予定と違う!と怒りまくるくせに、自分は普通に予定を変える。
本人が一番しんどいですから、周りがフォローしてくださいねって言われ続けて十数年。
11時に寝ろ!って、おとなしくいったと思ったらipad寝室に持ち込んでいて、
朝、顔色真っ青+超不機嫌で起きてきた。
普段なら、どうして持ち込んではいけないか、なぜ11時に寝なくちゃいけないのか、
いちいち説明してるんだけど、
今朝は、ああ、もうどうでもいいやって気分になったし、
顔も見たくなかった。
それ以上は保護者止めたい。
せめて寝ればいいのに。
睡眠がしっかりとれて安定していれば、とても心根の優しい子なので、
不幸になれとは絶対思わない。
でも、疲れた。
学術会議問題は以下の3つの点が混同されているために、見通しが悪くなっている。(そのために「学者がごちゃごちゃ言ってる」感が出てしまい、ますます一部の理系研究者および一般の人から反感を買っている)
1:会議によって推薦されたメンバーを総理が任命しないのは法的に許されるか 2;人文学研究者について誰が見てもわかる評価基準はあるのか=内輪で盛り上がってるだけではないのか 3:人文学は金をもらうべきか、国民から徴収するに値する価値・意義はあるか
1
法に詳しくないので詳しくはわからないけど、首相の任命はあくまで形式的なもので推薦された候補者を拒否する権限までは持たないらしい。
おそらくこの点だけが争点の中で学者優勢なもので、一部の学者はこの点で総理を批判するにとどめて戦線拡大しないように呼び掛けている(ほかの論点では負けているので、安易に混同するとかえって不利になるから。そして実際に不利になっている)
2
発端はあるアカウントで、「学術会議に推薦され任命されなかった六人のh-index(論文数と引用数で学者の貢献度を測る値)が極めて低いor測定できなかった。六人は科学者ではなく、国際学者でもない」旨のツイートがされ、炎上したこと。
このツイート自体は穴がある。h-indexで評価されなかったからといって、ほかの基準では評価されているかもしれない(h-indexが不完全な評価基準である可能性がある)。科学者or国際学者ではないからといって学者として価値がないとはいえない。
多くの人文学者は「h-indexは日本語文献を含まないために、人文学者を評価する基準として不適切。推薦された学者は学問に大きく貢献している」として、この穴をついている。
しかしこのアカウントおよび「うっすら文系に反感を抱いている人」が問題に感じているのは、「文系には客観的な評価基準が存在しないのではないか=学者が内輪で褒めあってるだけで、結局象牙の塔なのではないか」という点だ。
そして「h-indexは日本語文献を含まないために、人文学者を評価する基準として不適切。推薦された学者は学問に大きく貢献している」というだけでは、この点には答えていない。
「h-indexがダメなのはわかったけど、じゃあどう評価してんの?まさか内輪の評判ではないだろうな?」
聞かれていないから答えないのも当然なのだが、かといってこの問題をうやむやにしていいわけではない。
人文学者は金を国民に出してもらう立場なのだから、「客観的ではないけど、俺らの中では価値があることになってるんだから黙って金をよこせ」というだけでは済まない。
子供は親にswitchを買わせるために、まずは親の機嫌をとる。どんなに内輪でもっともらしい理屈を立てようが、意味はない。まずは出資者を納得させる必要がある。
人文学者は国民の理解を得るため、この問いに正面から答える必要がある。どのようにして学者を評価するのか?定量的な基準がないのなら、せめて評価されるまでのプロセスだけでも明らかにすべきだ。
3
人文学には価値があるのか?この問いが今回の騒ぎのすべての根源にある。
一部の学者は「日本では学者は生きにくい」だとか「人文学差別だ」とか「知性が消える」だとか、挙句の果てには「首相には教養がない(だから学問の価値がわからん)」とか言って、未だに学者/学問/知性には権威があると言っておけば済むと思っているようだ。
権威をかさに着て「なんかすごい価値がありそう」を演出するやり方は時代遅れだし、反感を買うだけだ。
学問には金にならないとしてもそれ自体に価値があるといいながら、科研費!予算!ポストがない!=カネをよこせ!と叫ぶのは単なるわがままな子供に「見える」としても仕方がない。
一般社会人は生きるために自分にとって価値があることを次々に諦めながら働いている。精神肉体の健康、趣味、人間関係や自由な時間・・・
学者はそういう人たちの稼ぎを集めて生活している。カネのためにカネにならない「自分にとって価値があること」を諦めた国民から、カネにならない価値を得ているうえにカネまで受け取る学者。
反感を買わないわけがない。「カネがないっていうなら、諦めて働けば?少なくとも自分はそうしてる。」
それでも学者はカネを得る理由があるというなら、学者は自分の専門にどんな価値があるのか、パトロンである国民に対して説明していく必要がある。わかってもらう必要がある。
今の学者の態度は親に向かって「親には子供を養育する義務がある!」と叫ぶ反抗期の子供のようだ。
子供は親に対して過度に引け目を感じる必要はないし、親の間違った言動に反発するのは当然だが、それはそれとして金をだしてもらったことは感謝すべきだ。
ただそれはそれとして、人文学の価値を客観的な形で示すのが難しいことも理解できる。
しかしそこで「勉強すればわかる」とか「教養はグローバルな世界で大事!」とか言ってしまうと、反感を買うだけだ。やっぱ内輪じゃん、となる。
それよりかは「いやこの研究まじで面白いんだよ!まあ生活には一ミリも役に立たないんだけど・・・笑」くらいに言い切ってにこっとはにかんでる方がよっぽど印象がいい。
年1回とか会えれば十分 子供が成長していく様子を見ることで子育て感覚を味わえる
夜泣きとか反抗期とかそういうめんどくさい部分は全部スルーできる
実子に自由に生きろ!つってマジで自由に生きられると困るが、甥とか姪ならほぼダメージなし 理解ある大人のポジション取り放題
叱ったりしなくていいので、うまくやれば親より「わかってる」と思われるかもしれない まあこの辺は相性もあるので微妙か
叔父になりてえ〜
でも兄貴アスペのブサイクの恋愛興味なしマンだから多分結婚すらしねえんだよな
まあええけどな!
しゃあないわ
私はこの増田の妻側の人間だ。自分と状況が似ていたので参考にならないかも知れないがコメント残させていただく。
家の中でも基本穏やか……のつもりが、時たま自分でも制御できないくらいイライラのスイッチが入ることがある。ご飯はひっくり返したことないけど。そこら中の椅子をひっくり返したり、夫の眼鏡を投げたり。
実家に住んでた時は反抗期の口論こそあったものの、物に当たったことはなかったので、最初は自分でもびっくりした。
今でこそスイッチの入るきっかけが読めるようになってきたが、当初はかなり戸惑った。何度か検証を重ねるうち下記のパターンに入るとスイッチが入りやすいことがわかった。
もともと外ヅラが良いというのはそこにポジションを求める気持ちの裏返しだ。例えば職場では仕事という目的があるので役割を与えられやすいし、成果に伴って評価もついてくる。
しかし家庭は四六時中一緒にいるのでそうはいかない…ざっくり言うと他人に自分の弱みを握られるのが苦手なのだ。
奥さんがどんな方かは存じ上げないが、自分の場合は家事が不得意で、可能な限り一日中寝ていたいタイプ。恋人同士だった頃は毎日アクティブな私を見ていたので、夫はそのギャップに驚いたそうだ。
外ヅラが良い分、他人に何か指摘されることに慣れておらず、冗談のつもりで言及したことが必要以上に刺さる時がある。ましてや恋人時代と比較されると、100%自分の存在を否定された気がしてしまうのだ。
そんなわけで結婚1,2年目は夫とかなり衝突した。夫も、私のスイッチが入るのが怖くて本音を言わず溜め込んで爆発したり、なんというか双方いいことはなかった。。。
自分に原因があることがわかっていながらも、だんだん夫が本音を言わなくなりいつ離婚を切り出されてもおかしくない状況になるのが怖かった。なので奥さんがベタベタ甘えたなのは納得できる、自分もそうだったから。
スイッチが入ってる時の記憶が無くなることはないので(あの時なんでああなったんだろう、とは思うけど…) お互いが冷静な時に歩み寄れるよう、少しずつ話し合った。
自分自身の言動を振り返り、幼稚さや至らなさと向き合うのは辛かった。夫も、察してちゃんや溜め込みを辞めて「これ以上やると怒るよ」とメッセージを発してくれるようになった。
そんな感じで、お互いの越えてはならない一線を理解しつつ、今ではそこそこ良い関係を築くことができている。
あまり参考にならないかもしれないし身勝手な思いで申し訳ないが、、、増田ご夫妻には幸せになってほしい。溜め込みすぎないでね。
私の祖父が怒りに任せて物に当たる人だったので(家の壁に穴複数…)これも遺伝的な気質だろうと長らく思っていたけど、病名や診断名がつくのなら是非とも知りたい。
俺はゴミだった。機能不全家庭で培った根暗は俺を相当に苦しめた。でも俺は他責しなかった。そして俺は頑張った。いつもうまく行ったわけじゃない。辛い時もあった。周りにも迷惑かけた。できる範囲でがんばった。たまにうまく行った時も調子になったりなんかしなかった。そして周りへの感謝も忘れなかった。謙虚と誠実を忘れずに生きてきた。自信と野心と探究心を失わないように努力した。
そしたら自然に周りに素敵な連中が増えた。俺を慕ってくれる奴も増えた。俺は愛を知った。卑屈は謙虚に変わった。必要なのは自己満足で押し付けがましいだけの「気遣い」じゃなく、人を尊重する心に基づいた行動ことだと気づいた。俺は機能不全家庭で身につけたディスアドバンテージを今は感じないくらいに暮らせている。もちろんなくなったわけじゃない。自覚しているからこそ、制御できてるだけだ。
引きこもりの妹だ。
同じ環境で育ち、同じ能力か、下手したら俺より高い能力を妹は持っている。
そんな妹が引きこもりになり、俺は社会の一員として暮らしている。
その事実が、妹にとっては、苦しいのだと思う。
俺は妹が嫌いだ。卑怯で卑屈で邪だ。であるにもかかわらず、自分を被害者であり善良であると信じている。だから妹が嫌いだ。しかし俺は妹を愛している。
だってきょうだいだから。たくさんの思い出を共有するきょうだいだから。あいつを家族として愛してる。
でも最近、愛せなくなってきた。
妹は引きこもり生活が長引いて、肥大した自己内面下で他罰感情ばかりを高めている。
以前はもっと、他者と関わろうとする努力とか、就職しようとする努力があった。
たまに会話しても、今みたいに何でもかんでも攻撃と受け取って激昂したりしなかった。
とっくに父と別れて引きこもりの妹を抱える定年間際の母親は、機能不全家庭を築いたバツの悪さからか、妹をまるで腫物のように丁寧に扱う。何をしても否定しない。間違ったことをして、人を傷つけたときすら、それを指導もしない。
いい歳して指導?と思うだろうが、母曰く妹の独善的な言動はすべて、遅れてきた反抗期だそうだ。俺からしたらただただ引きこもりを拗らせて、他者とのかかわりを失い、他者への敬意や尊重を忘れ、発生した問題や不満をすべて他責して踏ん反り返ってるにすぎないようにしか見えんのだが、反抗期なのだそうだ。であれば尚更、指導が必要なように思う。俺は反抗期はきちんと母親に叱られた。
幸い、うちの両親は親としてはイマイチだが、会社員としてはまともなようで、それなりに稼ぐ。いずれも定年間際ではあるが。
妹が引きこもりなのを知っている父親は、いまだに仕送りを行なっている。
その現状を見て、俺は、妹への愛情を諦めた。母への思慕も諦めた。父への敬意も諦めた。
このまま妹が引きこもりを続けるなら、母も父も現状どおりの支援しかしないのであれば、もう回復は難しいだろう。このまま8050問題へと移行していくだろう。
ちなみに、両親に対しても個別に問題点は指摘している。しかし、両親は妹を庇いたがる。闇雲に。俺が悪いのだという。俺は、あなたたちが誇れる子供であろうとしているだけなのに。
ショタコンかどうかは知らんが、こんな掃き溜めのトラバを全部読み返して反論ドヤしたがる精神はわりと何かのコンプレックスか相当な疲れが溜まってると思うよ。
その反論ドヤもただ言い返したいだけで、そもそも自分の筋なんてものは存在していない。
話す内容は少女漫画だろうがなんだろうが、元増田には何だっていいんだよね。要は相手の言葉、発する単語の一つ一つに反論してスッとしたいだけ。だから言うことはコロコロ変わるし、人を困らせることに優位性を求めて気持ちよくなってる。
第一次反抗期時にうまく自我を養えなかった反動なのか、それとも私生活で上手く行ってないのかはわからないけど、ネットで発散するのもほどほどにね。
※一部汚い話になるので注意
きっかけはダイエットだったんだけど、もっと根本的な原因があったんだと思う。
よく摂食障害は母親との関係が原因とか言われてて、認めたくないけど本当かもしれん。
自分は母とわりと仲がいい方だと思ってたし幸いお金に困るような家庭じゃない。だけど小学生の頃、やたらと私の体型をいじってきた。お尻大きいとか、足太いとか。今思うといたって普通体型だったし写真を見てもそう思う。むしろ他の子より痩せてるくらい。でも母の言うことを気にして、小5くらいからカロリー計算を始めた。小学生のくせに食べ物とか栄養にやたら詳しいっていう(笑)
中学生になったらもっと気にして、減量を始めたら面白いほど落ちて、気付いたら自分でも引くほど痩せてた。数字よりも体の脂肪が嫌で、そのことを考えるとものが食べられなかった。ガリガリになった私を見て母親は「ちょっと痩せすぎちゃっただけだよね?もう少し食べなさい。」と言った。そのことに何故かイライラして部屋で泣いた。30kgしかないの知ってるくせに。
高校進学して過食症に転じてしまってからは食べる量がめちゃくちゃ増えて体重も戻った。ある日私が食べたパンの包装(ゴミ)を見て母は「またこんなもん食べてる!だからブクブク太るんだよ」って言ったんだ。その日を境に吐くようになった。
半年かそれくらい続いた。最初はもうあれもこれも食べたい!って頭がいっぱいで、とにかく好きなものを食べた。1日の終わりにはいろんな人に申し訳なく思って泣いて、そのくせ翌朝はまた食べ物のこと考えてた。自分じゃセーブできない。歯も心配で必要以上に磨いていた。(止めれば済む話なのに)
とはいえ何故かだんだん飽きてきて、食べたいものがなくなってった。あんなに食べたかったのに、もうめんどくさかった。脳が、受験勉強の方がやばいよって思ったのかも。進学校だったし周りに負けたくなくて勉強に集中した。
運良く大学に進学した今では本当に不思議なくらい食べ物への執着がない。カロリー計算もしようと思えばできるけど、前みたいに無意識にできない。
自分がなんで摂食障害だったのかすらわからないし、もう戻らないだろうと思っている。完治はしない病気と言われているが、私はもう二度とあんな風にならないというか、なれない。正直、摂食障害患ってたときはすごく頑張ってた。勉強も部活も何もかも頑張ってた。今はあの頃に比べたら怠けすぎて無理だ。だからああはなれない。無理に食べないようにするのも、異常なほど食べるのも吐くのも泣くのもすごく疲れる。
Twitterには長く苦しんでる人の声が沢山あって、偶にそういったツイートがバズるたびに少しだけ思い出してしまう。自分はあくまでギリギリ引き返せただけだから、もっと苦しんでる人たちの痛みはどれほどのものかと考えると泣きそうになる。彼らのほうが泣きたいはずなのに。
成人してからやっと母と喧嘩もできるようになって、その精神性というか人間性がやっとわかってきた。私に言われたくないだろうけど、子供のままなんだなって思った。
そういう意味でも反抗期ってあったほうが絶対いいやつやん〜親は完璧じゃないし完璧を求めちゃいけないんだって早く気づくべきだった。
まーでもあの頃は親が全てだったから無理か。
長くてすまん
読んでくれた人(もしいたら)ありがとう
反抗期なんか何したって起きるわ
増田とかが特に毒親エピソードみたいのが多いだけかもしれないけど、
父親が好き、父親と仲がいいみたいな話、周りでもほとんど聞いたことない
逆に父親が嫌いって話は周りでも山ほどある
物凄い嫌ってるとか恨んでる、まではいかなくても、
別にそういうのして欲しいわけではないけど、気持ちの問題として
ちなみに自分自身はどうかっていうと、両親ともそんな好きじゃないけど、
とにかく、今まだ小さい娘を育ててるけど、
今ですらこうなんだからこれから思春期とか反抗期になれば尚更嫌われるのは目に見えてる
いや、こういう考えが見透かされてる、といえばそうかもしれないけど
嫌われるとわかってて一方的に愛を注いでいくのがしんどくなってきた
はいはい、どうせママがいいんでしょ、みたいな気持ちにたまになる
そんで金欲しい時とかだけ甘えてくるんだろうな
そんでいずれはどこぞの知らん男の嫁に行く
結局愛がねぇんだろうな、俺