「France」を含む日記 RSS

はてなキーワード: Franceとは

2016-08-10

フランス人解説ピカチュウ発言問題

いったいどこでなんて言ったのか、情報錯綜してる。

http://www.jiji.com/jc/article?k=2016081000346&g=spo

パリFP=時事】2008年北京五輪男子体操メダリストフランスのトマ・ブエル氏が、リオデジャネイロ五輪で8日、金メダルを獲得した日本体操選手について「小さなピカチュウたち」とやゆする投稿ツイッターに行い、批判さらされている。

twitter発言した、とのこと。時事-AFPとなっているのでAFPの当該記事を探す。

http://www.afpbb.com/articles/-/3096985

また、体操男子五輪メダリストで、体操種目の解説者を務めているトマ・ブエル(Thomas Bouhail)は、日本体操選手らを「小さなピカチュウたち」とやゆし、ツイッターTwitter)上で多くの批判を浴びている。

なんかちがわね?

まあとにかくtwitterで言ったかtwitter批判されてるかしてるわけで、実際どう言ったのだ。

信用できるかどうか判断しかねるが、Le Huffington post(たぶんル・ウファントン・ポストとか読むねん)によると

http://www.huffingtonpost.fr/2016/08/10/consultant-france-tv-excuses-pikachu_n_11421454.html

JEUX OLYMPIQUES - "On dirait un petit manga, il y a tous les petits personnages qui sont contents (...) on se croirait dans les dessins animés, des petits Pikachu de partout": ces propos du consultant en gymnastique de France Télévisions Thomas Bouhail dimanche 7 août au soir à propos de gymnastes japonaises ont suscité de vives réactions sur les réseaux sociaux.

訳してみると

オリンピックゲーム - 「マンガみたいに、ちっちゃい子たちがうれしそうにしてる(...)アニメみたいだよね、ちっちゃな(orかわいいピカチュウでいっぱいだ」このFrance Télévisionsの体操解説者Thomas Bouhail8月7日日曜日の夜の体操日本代表についてのコメントSNS炎上している。

フランス語よくわからないが、réseaux sociaux = social networkだそうなのでたぶんこれはSNSでいいかと。「炎上」は適当に意訳したがこんなもんでしょ。

リンクからテレビ映像視聴可であり、なんとなくだけど、確かに上に書いてあるようなことを言ったのだと確認できる。

映像中の体操女子日本代表の喜ぶ様子は、日本では若い女の子のよくする動きだけど、欧米の十代後半以降の女性の振る舞いとしては到底見ることもないようなものではあるようには見える。全体として、発言者意味するところは「子供みたいだ」というところだろう。そこに有名な日本の「カワイイ」の象徴であるところのピカチュウを乗せた感じか。だから一部2chなどで反応としてあった「黄色人種揶揄した言葉か?」は、あたらないと思う。悪意があるようには思われない。しかしそれを「バカにしてる」と取ることは、当然可能だろう。あと、最後に「tac tac tac」と言っている。ちょっとこれも小ばかにした感じかも。

取りようによっては、彼は(フランスにはほんとにたくさんいる)日本アニメオタクで、これまでアニメしか見たことなかったような動きを、実際の日本人女子がしているのをみて喜んだ・・・のかもしれない。

20minutesを見ると、実際に炎上しているというtwitterコメント掲載されており

http://www.20minutes.fr/sport/1906359-20160809-jo-2016-consultant-france-tv-compare-gymnastes-japonaises-pikachu-attire-foudres-twitter

レイシストだ、と批判しているようだ。

単純な話ではないような気がしてる。

ちょっと考えてみてる。

2016-02-27

2016-02-11

2016-02-06

英語学習アプリ不要スマホのものが最強ツールだという話

連日のように新しい英語学習アプリ話題ホッテントリ入りするけど、

そもそも語学教育の専門機関じゃない、有象無象webサービス屋さんが収益目当てに作るアプリ

なんでそんなに絶賛できるんだろうか。

これとか典型的な例だけど。↓

http://www.yamamototetsu.com/entry/eng-app



真剣学習者ならブログ記事等の口コミ評判などあてにせず、

開発・監修者のレベル調査して信頼性判断するべきだし、

まあ、ゲームでもするつもりで何となく英語に親しめればいいかなー?という人でも、

いいかげんな監修によって変な英語を刷り込まれる可能性はある、と考えるべきだ。



(余談だが、しょっぱなから英文法を軽視するような学習方法はあまり効率的ではないと思う。

算数問題なら、四則演算を知らずに感覚だけで2次方程式関数計算するのは時間無駄だと

誰でもわかると思うのだが、なぜ語学に関しては文法学習が嫌われるのだろう?

中学高校で習った文法の基礎は、必ず最短距離での理解を可能にしてくれる。

身の回りを見ても、この中学高校英語を完全に忘れている人が多すぎる。)



ここから本題の、スマホのもの英語学習最強ツールだという話。

個人的体験談に過ぎないけど、手間やお金を掛けない勉強法ではある。



自分場合過去20年以上ずっと日常的に英語を使う環境にいてadvancedレベル語学力だが、

それでも日々、使わないと記憶から消えていってしまう語彙力に悩まされていた。

英字新聞は読むのに時間がかかるし、字幕なしだと映画は辛いなあ、という感じだった。

それが、スマホを購入した4−5年前から劇的に向上した。はっきり自覚できる変化だ。

しか所謂学習アプリとか、有料のサイトなどは一切使っていない。

ポイントは、「興味のある時事ニュース」を「海外報道ソース」で、

通勤中でも昼休み中でも、スマホひとつでいつでも手軽にチェックできるようになったこと。



例えば5年ちょっと前、Wikileaksのアサンジ英国裁判にかけられた時は

傍聴人のジャーナリスト法廷からリアルタイムツイートすることが許可されるという

画期的なことが起きていたので、

海外ジャーナリストニュースメディアを多くフォローしている自分Twitterタイムラインには

英語tsudaり(懐かしい表現)が怒涛のように流れてきた。面白かった。

アラブの春」が始まる頃にはAljazeera Englishライブストリーミングアプリ

手に汗握る展開を毎日動画で見ていて、

エジプトのモルグから反体制派の死体の山を中継したり、リビア砲弾飛び交う中でのリポートがあったり

日本メディアでは絶対流れない映像と音声のオンパレードだった。

昨年のパリテロ事件では、フランスニュース英語放送France 24アプリ視聴していて

リアルタイムで酷い事件が進行しているのにキャスターたちが冷静で、日本での報道とはかなり違った。

他にBBCCNN活字ニュースならThe Guardianなども頻繁に利用する。



ニュースライブストリーミングスマホのイヤフォンで聴くというのは

ヒアリング能力アップに絶大な威力があるなあ...と実感した。

自宅で衛星放送CNNTV視聴するのよりよくて、ひとつひとつ言葉が脳に直接届く感じで、

慣れるとどんなに早口で喋られても聞き取れる。

それに各国の英語放送聴くことで、様々な訛り(アクセント)も聞き分けられるようになる。

仮に知らない単語が出てきてもスペル想像でき、すぐ意味を調べる習慣もつく。

テキストニュースでは、知らない単語フレーズ辞書で調べる手間がワンタップなので、

どんどんメモコピーして行く。

また、そもそも世間話題海外ニュースについて、現地ソースから深い理解が得られるというのは

自分好奇心も満たすし、友人との会話のネタにもなるしでいいことずくめ。



そんなことをやっていたら自然ネイティブとの日常会話でも発話能力が上がり、

「言いたいことが表現できずにストレスが溜まる」ということが減ってきた。

自分比で減っただけであって、まだまだ修行は足りないが。)

自分は50代前半。中年過ぎても英語力のブラッシュアップは可能だと気づけて嬉しいのだ。

生活の中での英語使用量は過去20年間さほど変動はないのに、

繰り返すけど、スマホを使うようになったここ4-5年で、

ボキャブラリーヒアリングと会話能力は、本当に変わった。



残る問題は「英語を書く」ことだが、こればっかりはネイティブ校正してもらうのが一番いい。

Gingerという優秀な校正アプリがあるけれど、これは中級から上級者でないと

サジェストされた言い回しのどれが正解なのか判断できないのが問題

実際、Gingerを褒めそやす英語初心者ブログ記事を見かけたことがあるが、

例に挙げられていた英文が滅茶苦茶で破綻しているのに本人が全然気づいていなかった)

「書く」ときには、どうしても自分が知っているフレーズの使い回しでなんとかしようとしがちだが、

同じことを繰り返すと間違ったままで向上しなくなる。

自分は数ページくらいの英文エッセイネイティブ添削してもらうことを何度もやって、

自分思い込みを随分と矯正してもらった。

特に一見単純そうな数詞や定冠詞の使い分けなどが、落とし穴の宝庫なのだった。

2015-11-22

"シャルリー・エブドの漫画家" はテロイスラムについて何を書いたか

フランス漫画家ジョアンスファール Joann Sfar は、シャルリー・エブドに2004年から2005年9月まで"Mon cahier d'éveil"(僕の情操教育ノート)という作品を連載していた。


その後、今年1月のシャルリー・エブド襲撃事件を受けて、ハフィントン・ポスト フランスブログに"Si Dieu existe" というイラストエッセイを発表。以下はその連載第2回、"Un concert pour Cabu"の日本語訳である

イラスト部分は実際にハフィントン・ポスト フランス版でご覧いただきたい。

http://www.huffingtonpost.fr/joann-sfar/dessins-sfar-cabu-hommage_b_6658718.html


なお、ページ番号は連載第1回からの通し番号となっている。


12

これはお葬式じゃない


テンポを下げないで!くれぐれもテンポを下げないで!」


「さあ!」  フレッドマヌーキアン

13

カブっていう大した奴


カブのためのビッグバンドだ!

そしてファンファーレは彼の仲間たちの演奏だ。

いま君は泣いていないけど、それは君が砂漠みたいに乾いちまったからなんだ!」


カブ兄弟ウォッシュボード演奏した

14

それは本物のイスラム教じゃない。


みんなが正しい、そしてみんなが間違っている。

というのもイスラム教徒信者とりまとめる最高機関を持ってないからだ。イスラム教教皇はいないんだ!

それゆえに独裁者達や過激派は、論破されることもなく、イスラム教を不当にも自分のものにすることができてしまう。

フランスでは、人道的なイスラム教徒代表する人たちがテロリズムに対して抗議したけれど、その抗議の正当性は、世界的に認められたどれかのイスラム教機関から来ているわけではなかった。

このところ僕は、「"イスラム教改革する"必要があるんじゃないか」とみんなが口にするのを聞いている。

だけど「一つのイスラム教存在しているわけじゃない。

数え切れない程のイスラム教徒はいるけれど、彼らが信奉する戒律について、正当性があるのか無いのかを一刀両断で決めてしまえる「誰か」は存在しない。

それが現在構造からイスラム教イスラム教徒のための"バチカンII"を作ることはできないんだ。

15

「"バチカンII”ってアラビア語でどう言えばいいんだろう?」


目下のところ、僕は神経過敏になっている。

ジョアンメイクしなきゃいけないんじゃない?」

「もうしたよ」

16

僕たちがその姿を絵に描く権利があるにせよないにせよ、ムハンマドは剣を持ったただ一人の預言者だ。これは圧倒的大多数のムスリムの、寛大で平和な日々からとても隔たりがある。

逸脱した暴力は、この独特なイメージ武器を持った神の使者のイメージの下に結集しようとしている。

そうだね、改革必要だ。でも改革をもたらすのは誰だろう?フランスにはそのための充分な手立てがない。イスラム教を和らげるためにムスリムが声を上げるなら、その運動ペルシャ湾から起こらなければならないだろうし、そうすれば豊かなオイルマネー活用できるに違いない。

17

もちろん、敵は原理主義者だ。そして今日、僕たちの言うことを聞いてもらうには、とてつもないイマジネーションと力強い声が必要だ。

僕はムスリムに心から敬意を表する。今日暴力の第一の犠牲者ムスリムだ。そして、「コーランが推奨する聖戦は、何よりもまず心の中の悪魔と戦うことだと考えなければならない」と発言する勇気ムスリムは持っている。


ムスリムは敵じゃない、第一の犠牲者なのだ

それでも自己批判しろという声がムスリムには突きつけられている。


スタジオ105 カブのためにフィリップバルはトレネの歌を歌う

18

僕は、夜明けの光に照らされた雨の中のカブ夫婦の姿を思い出す。シャルリー・エブドの訴訟中のことだった。最後カブ挨拶したのは僕の映画撮影の直前だった。僕たちはオデオンのそばのイタリアンレストラン居合わせたのだった。

僕が最後にヴォランスキと食事をしたのは半年前、サン・ジェルマンだった。 

3週間前、僕はおばと会いにリュニベルシテ通りへ行ったのだけど、その時、サン・ペール通りの角で、20メートル離れたところにヴォランスキを見た。彼は僕を見ていなかった。僕は急いでいたので、彼を抱擁しには行かなかった。

19

カブを見る時はいつも連想的に、トレネの歌を聞かなければいけないぞ、と思ったものだ。僕はトレネのシャンソン全集を持っている。フレモー版だ。

でも僕にはもうそれを手渡す手段がない。カブはもういない。いつもの連想から、ぼくは同じ事を思う。トレネを聞かなきゃ。

20

「君はこんな時にも自分について話そうとしてるのか」って?

そうさ。ストレスを感じたワンコ自分キンタマをなめて安心しようとするように、僕は自分スタイルにしがみついて、昔の手帳に書いた話を自分に繰り返してみなければならない。そこに一つの意味を見つけるために。立っているために。僕はシャルリーをやめた。ハリケーンカトリーナの日だ。ロマンチック自己防衛的な理由だった。洪水に沈んだニューオーリンズ、それはもう僕にはひどすぎる出来事だった。

そして僕は私小説的なものフィクション避難しようとして、時事ネタときっぱり別れようとしたが、やり損ねた。

ニューオーリンズ音楽が死んだカブのために演奏されている。それは僕の記憶を呼び起こす。僕は洪水の泥に埋まったファッツ・ドミノのピアノのことを考えている。

21

シャンソンが好きなのかカブに聞いた。カブは答えた。トレネが好きなのだと。」


カブの友人達ブラッサンスの仲間達に似ている。ヒゲを生やし、肘に革をあてたコーデュロイを着ている。もちろん、彼らは涙で目を赤くしている。彼らは反レイシストの、反狩猟の、反闘牛の、古株の活動家だ。気のいい男子たちで、勇敢な女子たちだ。移民の為に、書類の無い入国者のために、そして誰もがこの国が立派だと感じられるように、彼らはずっと暴れ回っている。


今日、僕は、このとても優しくとても過激な人たちが、警察活動のおかげで安心させられてしまっているのを見る。

ラジオで一人のアルジェリア漫画家が言った。「現在のところ、私はフランス漫画家でなくて良かったと思っている」

僕は悲しい。トレネ、その歌は人生のどんな時でもご機嫌だ。カブが殺されてしまったこの時でさえも。

22

マダムカブは僕に語る。カブはなんでも引き受けて、絵でもポスターでも描いたし本も書いた。ある日彼が罪悪感を感じたのは、フライドポテト移動販売トラックの店先に絵を描く時間が無いことだったそうだ。


カブが不機嫌だった所は見たことが無い。ただ一つの欠点は、酒を飲まなかったことだ」

23

レッドマヌーキアンと楽団は続けてキャブ・キャロウェイの「ミニー・ザ・ムーチャー」を演奏する。


「死んでしまうとしても、どうせならニューオーリンズに埋めてほしい」

24

この絵はスーザフォンだ!オフクレイドじゃないよ!


僕に起きる可能性のあること、僕を守ってくれるかもしれないことの中で一番美しいもの――

聴衆に挨拶するや、カブ兄弟ファンファーレを鳴らし、僕はマヌーキアンの楽団ファンファーレサンドイッチみたいに挟まれているのに気付く。僕が描いているのは、オフクレイド音色が僕の真っ正面で鳴った時のエモーションだ。すまない、僕はずっと泣いている。オーケストラのおかげで泣き顔は隠れたから、僕は運が良かった。



P13. カブ Cabu(1938ー2015)、P18. ヴォランスキ Wolinski(1934-2015) いずれもシャルリー・エブド襲撃で殺害された漫画家

シャルリー・エブドの漫画家達については鵜野孝紀氏のコラムが詳しい。http://books.shopro.co.jp/bdfile/2015/01/bd-19.html

P12.フレッドマヌーキアン Frédéric Manoukian Big Band のリーダー

P13.カブ兄弟 Michel Cabut氏。 https://youtu.be/ZX7rZCpl0x4?t=2m23s

P18.「僕の映画撮影スファールの2本目の実写監督作"La Dame dans l'auto avec des lunettes et un fusil"と思われる。2015年夏公開。

P20.「手帳スファールはcarnet(手帳)というイラストエッセイシリーズ刊行している。"Si Dieu existe"は11冊目の"carnet"となった。

P21. ジョルジュ・ブラッサンス Georges Brassens(1921-1981) フランス歌手https://youtu.be/84SMQ4Gyz5o


なお、このコンサートテレビラジオ放送され、ラジオ音源France Interサイトで聞くことができる。

http://www.franceinter.fr/emission-un-cabu-extraordinaire-soiree-speciale

2015-11-18

体験談を書いてみる

国立スタジアム周辺での爆破についてー体験したテロ

これ、現場にいました。しか試合観戦サイドではなくて、外にいました。

はい、爆撃の渦中の中でした。本当に怖かったです。


はじめは待ち合わせ場所だったGゲートと同じ通りにあるレストランが爆発しました。

13日の昼にアルビンヴァンサンとスタジアムで落ち合う約束をして寮をでた。大学敷地として、saint deni やplayel を取り上げていて、自分にとっては割と身近な場所と感じていた。stade de france-daint-denis駅に到着して、時間にはもちろんセウトで、いつもどおり急いで待ち合わせ場所のゲートに着いた。時刻は2033分。しばらく辺りの様子を観察して、記録を残した。


8時50分ごろ。彼らから連絡を受けた。交通渋滞で遅れているから待っててと。いかにもフランスな感じを感じながら遠方からくる彼らに労いの言葉をかけられた自分を少し褒めていたりした。間髪いれずにエミリから謝罪電話をもらう。エミリスタジアムに行けなくなった事やTVでは見てるから一緒に観戦はできる事、ついでに今年のクリスマスの事や”国費”の機会を得てフランス留学できたことなど近況の報告もして、いつもどおりに電話を切った。

待っていることに慣れていない私は、cゲート前でケバブを買い、gゲート横で食べ、それでも時間を持て余したので、Iゲートの先辺りに向かって当てもなく歩いた。21時20分頃、はじめは待ち合わせ場所だったGゲートと同じ通りにあるレストランが爆発した。試合開始の花火だと思ったが、バーンと地を這うような低音が音が耳に刺さり肩をすくめた。「きっと爆撃もこんなもんなんだろうか」と最近みた「アメリカン・スナイパー」を思い出していた。ただ、その爆音がした方向からどっと逃げてくるの人々を見て、只事ではない事がわかった。

状況を把握するために、Gゲートへ戻り自分とその場所の間にゲートのレンガ壁を置きながら、脇からのぞくように伺った。立ち止まって振り返る者とそれを遠ざける警備員の奥100mあたりでは交通整理に当たっていた警察が一斉に集まりレストラン周辺にバリケードを作り始めた。

まだ写真を撮る余裕がありました。しかし間髪入れず、体感で5分くらいであたか、21時30分に、自分の真後ろでさらに爆破。耳に刺さる爆音に肩をすくめた私とは対照的危機感を覚えて叫びながらその場から逃げる人々と逃げ道を示唆する警備員がいた。背中を押されるようにしてその場から私も逃げて、スタジアムからひとブロック先の通りに出た。振り返るとhゲート脇のATMらしき機会の傍から煙が上がっていてそれは、さっき自分がいは場所から30mと離れていない様に思えた。すぐにここにも警察が集まったためにそれ以上よくは見えなかった。何故か「集団で居るほうが危ない」と咄嗟に考え、急いで逃げることはしなかった。また人だかりも避けるようにして絶えずスタジアムの方を気にした。同じような行動をとっている人と目が合い「what is happn?」と聞いたが完全に無視された。素直にショックだった。私は、スタジアム内の状況を知りたかったためエミリ電話をかけ、状況の説明して試合の進行状況を聞いた。これからくる彼らとの合流を考えて、エミリに連絡の橋渡しを頼んだ。その後、スタジアムから離れたファストフード店で落ちあうことになった。移動中のエミリとの電話のおかげで意外と冷静だった。何度も「こんな目に合わせてしまってごめん」と謝る彼女を慰めるために余計なことを考えなくて済んでいたのだと思う。警備員を捕まえては道を聞き、ファストフード店を探す様は、映画のワンシーンに居るような夢見心地のように感じた。横を通り過ぎる救急車内の忙しさはその陰が語っていた。


どこが安全かの検討も付かなくなった。

高速道路の下をくぐり、集合場所ファストフード店にいってみると既に何かがあった後のようで、人だかりがあった。友人が見当たらないかわりに電話が鳴り、私が集合場所に着いたと伝えると彼らは、どっかのホテルロビーに居ると言った。しかし、それ以上コニュニケーションが取れない。もう焦っている彼らの会話もこちらの会話も通じなかった。電話をしながら横目に対向車線に車がとまったのがみえた。そして、爆破。その距離およそ20または30mほどで、耳に刺さる音が骨に響いて反射的に膝と腰をたたんで体を小さくした。爆破の瞬間に周辺の電気が消えて、パリンッとガラス割れた音が聞こえた。同時に複数名の悲鳴も聞こえた。体を起こしながら、車の方に目をやると、トランク辺りが爆発していたのと周辺に倒れている数名の人が見えた。暗かったため詳しくは見えなかった。心臓の鼓動をいつもより強く感じて、蜘蛛の子を散らすように逃げる人々をみて、どこが安全かの検討も付かなくなった。しかし逃げるしか他はなく、元来た道をもどるように逃げた。高速道路の下をくぐり終え振り返ると、自分よりも遠方に立っていた人々が各々に負傷した箇所(足や横っ腹)を押さえながらこちらを目指していた。爆撃で人は本当に死んでしまうのだと理解した瞬間だった。「shit!」と悶絶しながらそれでも逃げようと体をひっぱている姿に「何かできないか」と思ったが、体が一歩も戻ろうとしない。逃げるほか「助ける」なんて考えは一つも持ち合わしていなかった。さらに信じられないことに、高速を挟んで反対側で起きた惨事ほとんどの人が認知していないことだった。周辺を警戒していた警官が数名その現場に走っていくだけで、いまだにその方角に逃げようとする人がいるくらいだった。私は、そのうちの何人かに「un explosion, Voilà.(今あっちで爆破があった)」と拙い言葉で伝えるくらいのことしかできなかった。その後、全く駐車がない空き地を見つけてその場に座り込んだ。体中に何度も鳥肌が立った。怖かった。

その時やっと、合流できなかった彼らやスタジアム試合を観戦している別の友人を初めて心配した。

この時もすぐにエミリに連絡を取って(本当に彼女感謝している)合流を諦め帰宅を決心した旨を伝え、彼らにもその旨を伝えて欲しいと伝えた。少し呼吸も落ち着いて、この周辺がもともと大学調査敷地だったので周辺の土地勘があった。来た時の最寄り駅は、爆破現場を通らないと帰れないため遠回りして戻ることを考えて立ち上げり歩き出した。少しして川を見つけた。この周辺を川が囲んでいることをを思い出し、wifiが使えないため雑なGoogleマップ片手に川にそって歩けるものか考えたが歩くには少し遠すぎた、同時にla paine stade france駅があると探してみるとパリの街中を歩いていた感覚から行くと徒歩で20分強で、十分歩ける距離だと判断し最短距離を探した。その時に車が爆破した地点が傍である事がわかり、地図に爆破現場をぷろっとすると、スタジアムからその駅の方へ向かって爆撃が起きていたように感じ、最寄りの駅は近づけず、そこから南に感覚で一時間ほど歩く別の駅へと向かった。道中は可能な限り川に沿って、遮蔽物はないが車も殆どなかったため私はその道を選んだ。川を挟んだ反対側ではいつもと変わらないであろう静寂が広がっていた。中継のヘリコプター救急車パトカーの音がどんどん遠くに感じるが、ずっと鳥肌をたて、自分を落ち着かせることに必死だった。普段なら絶対に通れない街灯のない道も何の躊躇もなく歩きながら、その時やっと、合流できなかった彼らやスタジアム試合を観戦している別の友人を初めて心配した。その後は無事帰宅して、爆撃は組織された別のテロの一部であったことがわかった(自爆テロ(=kamikaze)は失敗に終わったいたらしい)その日の夜は、事件情報を集め、日本と連絡をとり安否の報告、現状をFB投稿して朝の7時頃にやっと寝た。

まだぼんやりとあの場から歩を進められていないような気がする。

日経つと、あの夜に友人が怪我をして入院していたことや大学先生が命を落としていたことが分かってきている。あの夜から考えることとやらないといけないことがどっと増えたと感じている。今もまだ浮き足立っているのは確かで、ちゃんと地に足が付いている気がしていない。もちろん友人と笑ったり冗談を言ったり日常普通に楽しんでいる今がある。どうやってこの状況を改善するか考えるよりも、どうやったらこういう状況が生まれなくなるかを自分は考えていくべきではないかと思え、それは自分の目指していた目標に力を与えてくれている。今は少しでもしっかり勉強してそのミライを作ることに集中したいと自分に語っている。

ただ正直に言うと、ずっと鳥肌が立っていた帰り道でさえ、あまりしっかりと実感していない。自分の命がどれだけ危なかったのか、どれだけ幸運なことであったのか。頭ではハッキリと理解しているが、心ではちょっと違う。耳に残るあの刺激音とすくめた肩の感覚。頭と心が一致せず、考えが散漫になっている。まだぼんやりとあの場から歩を進められていないような気がする。

2015/11/18編集

11月 18th, 2015

2015-11-16

http://anond.hatelabo.jp/20151115222455

イスラム専門家でもない、パリに知人がいるわけでもない自分が今回のテロに関して言える内容って「怖い」「自分の身近で起きないか心配だ」「Pray for France」くらいなもんで、SNSで表明するような内容でもないし。

そもそも、SNSって自分が思ったことをタレ流しするためのメディアでは無いわけで、興味持ってても書かないことは多いし、書かれていないからと言って興味を持ってないわけでもない。

2015-05-18

http://anond.hatelabo.jp/20150517221000

ウィキペディア一次ソースにしてはいけないとあれ程言っているのにさあ・・・

下記URLにある国連による貧富比(上位10%:下位10%)の調査結果みれば一目瞭然で、日本は4.5倍と調査実施国でもっと格差が少ない。ちなみにアメリカが15.9倍、イギリスが13.8倍、ドイツが6.9倍、フランスが9,1倍。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E3%81%AE%E6%89%80%E5%BE%97%E6%A0%BC%E5%B7%AE%E9%A0%86%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%83%88

ちらっと見ただけで分かるけど、日本データ1993年(!)。こりゃあ古い。

ということで元データに飛ぶと(https://www.cia.gov/library/publications/the-world-factbook/fields/2047.html)

Japan lowest 10%: 2.7% highest 10%: 24.8% (2008)

ということで日本の貧富比は9.185倍で15年間で倍に増えていることがわかるね!


まぁ国によって調査年が違えば結果も色々ということで

United Kingdom lowest 10%: 1.7% highest 10%: 31.1% (2012)

United States lowest 10%: 2% highest 10%: 30% (2007 est.)

Germany lowest 10%: 3.6% highest 10%: 24% (2000)

France lowest 10%: 3.5% highest 10%: 25.4% (2011)

指標遊びは程々にな。

2015-05-14

どこの国でもそうやって動いているんだが

フランス

Charte de l'environnement de 2004

LOI constitutionnelle n° 2005-205 du 1er mars 2005 relative à la Charte de l'environnement (JORF n°0051 du 2 mars 2005 page 3697)

Le peuple français,

Considérant :

Que les ressources et les équilibres naturels ont conditionné l'émergence de l'humanité ;

Que l'avenir et l'existence même de l'humanité sont indissociables de son milieu naturel ;

Que l'environnement est le patrimoine commun des êtres humains ;

Que l'homme exerce une influence croissante sur les conditions de la vie et sur sa propre évolution ;

Que la diversité biologique, l'épanouissement de la personne et le progrès des sociétés humaines sont affectés par certains modes de consommation ou de production et par l'exploitation excessive des ressources naturelles ;

Que la préservation de l'environnement doit être recherchée au même titre que les autres intérêts fondamentaux de la Nation ;

Qu'afin d'assurer un développement durable, les choix destinés à répondre aux besoins du présent ne doivent pas compromettre la capacité des générations futures et des autres peuples à satisfaire leurs propres besoins,

PROCLAME :

Article 1er. Chacun a le droit de vivre dans un environnement équilibré et respectueux de la santé.

Article 2. Toute personne a le devoir de prendre part à la préservation et à l'amélioration de l'environnement.

Article 3. Toute personne doit, dans les conditions définies par la loi, prévenir les atteintes qu'elle est susceptible de porter à l'environnement ou, à défaut, en limiter les conséquences.

Article 4. Toute personne doit contribuer à laparation des dommages qu'elle cause à l'environnement, dans les conditions définies par la loi.

Article 5. Lorsque la réalisation d'un dommage, bien qu'incertaine en l'état des connaissances scientifiques, pourrait affecter de manière grave et irréversible l'environnement, les autorités publiques veillent, par application du principe de précaution et dans leurs domaines d'attributions, à la mise en oeuvre de procédures d'évaluation des risques et à l'adoption de mesures provisoires et proportionnées afin de parer à la réalisation du dommage.

Article 6. Les politiques publiques doivent promouvoir un développement durable. A cet effet, elles concilient la protection et la mise en valeur de l'environnement, le développement économique et le progrès social.

Article 7. Toute personne a le droit, dans les conditions et les limites définies par la loi, d'accéder aux informations relatives à l'environnement détenues par les autorités publiques et de participer à l'élaboration des décisions publiques ayant une incidence sur l'environnement.

Article 8. L'éducation et la formation à l'environnement doivent contribuer à l'exercice des droits et devoirs définis par la présente Charte.

Article 9. La recherche et l'innovation doivent apporter leur concours à la préservation et à la mise en valeur de l'environnement.

Article 10. La présente Charte inspire l'action européenne et internationale de la France.

2015-05-03

フランス憲法における公共の福祉アイデア(bonheur commun)

L'idée que le bonheur est un objectif politique apparaît à la fin du XVIIIe siècle. Elle émerge sous la forme institutionnelle aux États-Unis. En 1776, l'article 1 de la Déclaration des droits de l'État de Virginie affirme ainsi que « all men are by nature equally free and independent, and have certain inherent rights of which...[they cannot divest;] namely, the enjoyment of life and liberty, with the means of acquiring and possessing property, and pursuing and obtaining happiness and safety ». La formule est reprise dans la Déclaration d'indépendance des États-Unis d'Amérique (1776 également) qui pose : « Nous tenons pour évidentes pour elles-mêmes les vérités suivantes : tous les hommes sont créés égaux ; ils sont doués par le Créateur de certains droits inaliénables ; parmi ces droits se trouvent la vie, la liberté et la recherche du bonheur. Les gouvernements sont établis parmi les hommes pour garantir ces droits, et leur juste pouvoir émane du consentement des gouvernés. Toutes les fois qu'une forme de gouvernement devient destructive de ce but, le peuple a le droit de la changer ou de l'abolir et d'établir un nouveau gouvernement, en le fondant sur les principes et en l'organisant en la forme qui lui paraîtront les plus propres à lui donner la sûreté et le bonheur. »

En Europe, la notion de bonheur ne prend un sens politique qu'une vingtaine d'années plus tard, très exactement sous la Révolution française[19]. L'article 1 de la constitution de 1793 postule de façon explicite que « le but de la société est le bonheur commun », idée qui sera développée dès l'année suivante par Saint-Just avec sa célèbre phrase : « le bonheur est une idée neuve en Europe. » [20]. On ne peut comprendre le sens de cette citation sans réaliser que les Lumières assignent à l'État unle en tout point comparable à celui qu'occupait précédemment l'Église. Ainsi, au fil du temps se développera le concept d'État-providence, le « bonheur ici-bas » (bien-être) occupant la place jusqu'ici détenue par « le salut dans l'au-delà ». Le bonheur est donc probablement la meilleure expression du matérialisme contemporain[21].

C'est durant la période des Trente Glorieuses (1945-1975) que l'idée de bonheur se manifeste pleinement dans les pays industrialisés et dits « développés » sous un angle politique : quand la croissance économique, équipe les foyers en équipements de toutes sortes (automobile, télévision...) et que la société de loisirs semble pouvoir répondre aux attentes de tous les citoyens.

Cependant, ce concept des Trente Glorieuses est remis en cause par les travaux du docteur en histoire contemporaine Rémy Pawin qui mettent en évidence que le bonheur est encore pendant cette période une valeur secondaire, bien souvent associée à l'égoïsme face aux valeurs supérieures que sont le devoir, la religion[22] ou la grandeur nationale incarnée notamment par le général de Gaulle. Si des guides de bonheur familial surtout destinés aux femmes se multiplient à partir des années 50, ce n'est qu'après les guerres de décolonisation et qu'entre 1962 et 1975[23] que les sondages d'indice de bonheur déclaré indiquent que les Français sont heureux[24]. De plus, un courant critique se développe alors, affirmant que la croissance économique ne peut contribuer au bonheur. L'idée se développe selon laquelle la société de consommation, en satisfaisant sans cesse les besoins matériels, en génère automatiquement d'autres, provoquant ainsi une forme nouvelle d'aliénation.

Citons, entre autres, les travaux du sociologue français Jean Baudrillard (1929-2007) et ceux de son contemporain Guy Debord (1931-1994) ou le roman Les Choses de Georges Perec en 1965 qui critique les promoteurs de la société de consommation qui instrumentalisent la notion de bonheur[25]. Mais c'est probablement Jacques Ellul (1912-1994) qui a développé la critique la plus pertinente en 1967, à travers son concept d'idéologie du bonheur :

« Le droit au bonheur est le cheval de Troie posté au milieu du système des libertés et des droits conçus par une société libérale. C’est la plus grande mutation mentale que l’on puisse imaginer puisque c’est le changement du sens et du but de la vie tout entière, en même temps que de la relation entre l’homme et la société. » (Métamorphose du Bourgeois, 1967, p. 90.).

Sans jamais contester la pertinence du concept de bonheur, la mouvance « soixante-huitarde » a alors recherché d'autres formes de bonheur, à travers les rencontres humaines, un mode de vie plus communautaire, le retour à la nature, une vie plus simple et dégagée de contraintes, la pratique des arts, etc. Certains, comme la sociologue Anne Chaté[26], remettent à l'honneur l'idée, remontant à l'Antiquité (Sénèque...) de pratiquer la modération, en la réinscrivant dans les problématiques contemporaines (conscience environnementale notamment). Valéry Giscard d'Estaing, en accédant à la Présidence de la République, insiste sur l'épanouissement personnel et répond à cette critique en mettant en place un ministère de la Qualité de la vie[24].

Or cette notion d'un « autre bonheur » (alternatif à celui proposé par la société de consommation) a été récupérée depuis lors par... cette même société de consommation. Notamment dans les images de publicité (particulièrement celles véhiculées par les compagnies pétrolières responsables des grandes catastrophes écologiques) et le cinéma (comme le montre par exemple le succès en France en 1995 du film « Le bonheur est dans le pré ») véhiculant de façon récurrente l'idéal éternel du retour à la nature.

Jacques Ellul voit dans cette récupération de l'écologie par le capitalisme une expression de la propagande de ce qu'il appelle le système technicien.

En 2011, l'OCDE met en place le Better Life Index, indicateur du vivre mieux. Selon cet indice, l'Australie est le pays le plus heureux du monde en 2013[27]. Selon le World Happiness Report, Rapport annuel sur le bonheur lancé par l'ONU en 2012 (rapport basé sur six critères[28]), les pays scandinaves sont les plus heureux et les moins heureux sont en Afrique[29].

2015-04-08

AIIB日本に対するABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUV包囲網だ!

A=Australia(オーストラリア),Austria(オーストリア)

B=Brunei(ブルネイ),Bangladesh(バングラデシュ),Brazil(ブラジル)

C=China(中国),Cambodia(カンボジア),

D=Denmark(デンマーク)

E=Egypt(エジプト)

F=France(フランス)

G=Germany(ドイツ),Georgia(ジョージア),Gunma(グンマ)

H=Hong Kong(香港)

I=Indonesia(インドネシア),India(インド),Italy(イタリア),Iceland(アイスランド),Israel(イスラエル)

J=Jordan(ヨルダン)

K=Kazakhstan(カザフスタン),Kuwait(クウェート),Kirghiz(キルギス)

L=Laos(ラオス),Luxembourg(ルクセンブルグ)

M=Mongolia(モンゴル),Myanmar(ミャンマー),Malaysia(マレーシア),Maldives(モルディブ)

N=Nepal(ネパール),New zealand(ニュージーランド),Netherlands(オランダ),Norway(ノルウェー)

O=Oman(オマーン)

P=Philippines(フィリピン),Pakistan(パキスタン),Portugal(ポルトガル)

Q=Qatar(カタール)

R=Russia(ロシア)

S=Singapore(シンガポール),Sri Lanka(スリランカ),Saudi Arabia(サウジアラビア),South Korea(韓国),Switzerland(スイス),Spain(スペイン),Sweden(スウェーデン)

T=Thailand(タイ),Tajikistan(タジキスタン),Turkey(トルコ),Taiwan(台湾)

U=Uzbekistan(ウズベキスタン),United kingdom(イギリス)

V=Vietnam(ベトナム)



たち日本はとんでもない奴らを相手にしようとしてる。。。。。

2015-03-26

フランスの20minutesからうんこじゃない文章を持ってきた

http://www.20minutes.fr/societe/1571911-20150326-crash-avion-a320-pilotes-enferme-hors-cockpit-moment-crash


L'analyse de la boite noire contenant les enregistrements des voix dans le cockpit apporte de nouveaux éléments cruciaux dans l'enquête sur le crash de l’A320 de la compagnie Germanwings, mardi dans le Sud-Est de la France. Selon une information initialement rapportée par le New York Times, l'un des pilotes se trouvait en effet hors du cockpit au moment de la descente de l'avion.

Le point sur les huit scénarios considérés par les enquêteurs

«Au début du vol, on entend l'équipage parler normalement», en allemand, «puis on entend le bruit d'un des sièges qui recule, une porte qui s'ouvre et se referme», a déclaune source «proche de l'enquête» à l'AFP. Cette source n'était pas en mesure de dire si c'est le commandant de bord ou le copilote qui avait quitté la cabine de pilotage.

«Il essaie de défoncer la porte»

Ensuite, celui-ci «frappe doucement à la porte et il n'y a pas de réponse», précise une «source militaire» citée par le New York Times. «Puis il frappe plus fort et il n'y a toujours pas de réponse. Il n'y aura jamais de réponse. On peut entendre qu'il essaie d'enfoncer la porte», précise lale source.

Ces nouvelles informations, que la compagnie Lufthansa, maison-mère de Germanwings, n'a pas confirmées, permettent de réduire les hypothèses sur les causes du crash, mais posent aussi de nouvelles questions. «On ne sait pas pourquoi il est sorti, mais une chose est sûre, à la fin du vol, l'autre pilote est seul et n'ouvre pas la porte», conclut la source anonyme du journal américain.

Le copilote entré récemment dans la compagnie

Une source proche du dossier a indiqué à l'AFP que le copilote était entré «récemment dans la compagnie» allemande Germanwings (filiale de Lufthansa), «fin 2013 avec à son actif quelques centaines d'heures de vol». Une autre source évoque «300 heures de vol». Sa nationalité n'est pas connue avec précision. Lufthansa avait précisé que le pilote, quant à lui, avait «plus de 10 ans» d'expérience et «plus de 6.000 heures de vol».

Selon le journaliste de CNN Richard Quest, si l'un des pilotes quitte le cockpit, il doit systématiquement être remplapar un autre membre d'équipage de manière à ce que deux personnes soient présentes en permanence dans le poste de pilotage. Les éléments rapportés par le New York Times n'indiquent pas si c'était le cas au moment du crash.

アメリカBBCニュースからうんこじゃない文章の例を拾ってみたわ

Relatives and friends of the 150 passengers and crew on Germanwings Flight 4U 9525 are due to go to the crash site high in the French Alps.

Lufthansa will operate two special flights - one from Barcelona and one from Duesseldorf - to Marseille, and both groups will travel on by road.

Reports say one of the two pilots on the doomed flight had left the cockpit and had been unable to get back in just before the crash on Tuesday.

There were no survivors, officials say.

They say the Airbus 320 from Barcelona to Duesseldorf hit a mountain after a rapid eight-minute descent.

Germanwings chief Thomas Winkelmann said 72 passengers were German citizens, including 16 pupils returning from an exchange trip.

Spain's government said 51 of the dead were Spanish.

Other victims were from Australia, Argentina, Britain, Iran, Venezuela, the US, the Netherlands, Colombia, Mexico, Japan, Denmark and Israel.

Germanwings is a low-cost airline owned by Germany's main carrier Lufthansa.

Cockpit mystery

Families and friends of the victims are expected to arrive at the crash site at Meolans-Revels later on Thursday.

Separately, a bus carrying 14 relatives of Spanish victims left Barcelona on Wednesday for the crash area, because they did not want to fly.

In France, special teams have been prepared to assist the families during their visit.

On Wednesday, French officials said usable data had been extracted from the cockpit voice recorder of the Germanwings plane.

Remi Jouty, the director of the French aviation investigative agency, said there were sounds and voices on the cockpit voice recorder but that it was too early to draw any conclusions.

He said he hoped investigators would have the "first rough ideas in a matter of days" but that the full analysis could take weeks or even months.

But the New York Times quoted an unnamed investigator as saying that one of the pilots had left the cockpit and had been unable to get back in.

"You can hear he is trying to smash the door down," the investigator adds, describing audio from the recorder.

A source close to the investigation told a similar story to the AFP news agency.

There had been earlier reports that the second black box - the flight data recorder - had been found. But Mr Jouty said this was not the case.

'Flying to the end'

Mr Jouty said the plane's last communication was a routine one with air traffic control.

The plane confirmed instructions to continue on its planned flight path but then began its descent a minute later.

Mr Jouty said controllers observed the plane beginning to descend and tried to get back in contact with the pilots but without success.

He ruled out an explosion, saying: "The plane was flying right to the end."

2015-02-23

最新のフランス破棄院判決について

Références

Cour de cassation

chambre sociale

Audience publique du jeudi 12 février 2015

N° de pourvoi: 13-21975

Non publié au bulletin Cassation

Mme Goasguen (conseiller le plus ancien faisant fonction de président), président

SCP Gatineau et Fattaccini, SCP Masse-Dessen, Thouvenin et Coudray, avocat(s)


--------------------------------------------------------------------------------


Texte intégral

REPUBLIQUE FRANCAISE

AU NOM DU PEUPLE FRANCAIS


LA COUR DE CASSATION, CHAMBRE SOCIALE, a rendu l'arrêt suivant :



Sur le moyen unique :

Vu l'article 4 du code de procédure civile ;

Attendu, selon le jugement attaqué rendu en dernier ressort, que Mme X... a été engagée par l'oeuvre de perfectionnement de la Loire en qualité de psychomotricienne ; que le contrat ayant été transféré à l'association PEP de la Loire, la salariée était, en dernier lieu, affectée sur deux établissements distincts, l'un situé à Firminy et l'autre à Grand-Croix ; qu'elle a saisi la juridiction prud'homale d'une demande en paiement de frais exposés pour effectuer le trajet entre ces deux établissements ainsi qu'en paiement de dommages-intérêts ;

Attendu que pour débouter la salariée de ses demandes, le jugement retient que les dispositions contractuelles ne prévoient pas la prise en charge par l'association des frais de carburant engagés pour les déplacements entre la résidence habituelle de la salariée et ses différents lieux de travail, et que l'intéressée n'apporte pas la preuve d'un engagement de cette dernière de rembourser ses frais de déplacement pour se rendre à Grand-Croix ;

Qu'en statuant ainsi, alors que la salariée demandait le remboursement de frais exposés pour le trajet entre les deux établissements auxquels elle était affectée, le conseil de prud'hommes a méconnu l'objet du litige dont il était saisi ;

PAR CES MOTIFS :

CASSE ET ANNULE, dans toutes ses dispositions, le jugement rendu le 27 mai 2013, entre les parties, par le conseil de prud'hommes de Saint-Etienne ; remet, en conséquence, la cause et les parties dans l'état où elles se trouvaient avant ledit jugement et, pour être fait droit, les renvoie devant le conseil de prud'hommes de Lyon ;


Condamne l'association PEP 42 aux dépens ;

Vu l'article 700 du code de procédure civile, la condamne à payer à Mme X... la somme de 3 000 euros ;

Dit que sur les diligences du procureur général près la Cour de cassation, le présent arrêt sera transmis pour être transcrit en marge ou à la suite du jugement cassé ;

Ainsi fait et jugé par la Cour de cassation, chambre sociale, et prononcé par le président en son audience publique du douze février deux mille quinze.


MOYEN ANNEXE au présent arrêt

Moyen produit par la SCP Masse-Dessen, Thouvenin et Coudray, avocat aux Conseils, pour Mme X...

Le moyen fait grief au jugement attaqué d'AVOIR débouté Madame Véronique X... de ses demandes tendant au remboursement des frais exposés pour ses déplacements et au paiement de dommages-intérêts.

AUX MOTIFS QUE selon les dispositions de l'article L.3261-3 du Code du travail, « l'employeur peut prendre en charge, dans les conditions prévues à l'article L.3261-4 du Code du travail tout ou partie des frais de carburant engagés pour leurs déplacements entre leur résidence habituelle et leur lieu de travail par ceux de ses salariés : 1° Dont la résidence habituelle ou le lieu de travail est situé en dehors de la région d'Ile de France et d'unrimètre de transports urbains défini par l'article 27 de la loi n° 82-1153 du 30 décembre 1982 d'orientation des transports intérieurs ; 2° Ou pour lesquels l'utilisation d'un véhicule personnel est rendue indispensable par des conditions d'horaires de travail particuliers ne permettant pas d'emprunter un mode collectif de transport ; que dans les mêmes conditions, l'employeur peut prendre en charge les frais exposés pour l'alimentation de véhicules électriques ou hybrides rechargeables et permettre la recharge desdits véhicules sur le lieu de travail. Le bénéfice de cette prise en charge ne peut être cumulé avec celle prévue à l'article L.3261-2 du Code du travail» ; que l'article L.3261-47 dudit Code précise : « La prise en charge des frais de carburant mentionnée à l'article L.3261-3 du même Code est mise en oeuvre : 1° Pour les entreprises entrant dans le champ d'application de l'article L.2242-1 du Code du travail par accord entre l'employeur et les représentants d'organisations syndicales représentatives dans l'entreprise ; 2° Pour les autres entreprises, par décision unilatérale de l'employeur après consultation du comité d'entreprise ou, à défaut, des délégués du personnel s'il en existe » ; que les dispositions contractuelles entre Madame X... et l'APEP 42 ne prévoient pas la prise en charge par l'employeur des frais de carburant engagés pour les déplacements entre la résidence habituelle de Madame X... et ses différents lieux de travail ; que Madame X... n'apporte pas la preuve d'un engagement de son employeur de rembourser les frais de déplacement pour se rendre à Grand Crois ; que lors de la réorganisation de l'entreprise signifié à Madame X... par courrier du 21 juin 2010, par lequel il était bien précisé deux lieux de travail différents, Madame X... aurait pu demander à son employeur l'application des dispositions de l'article R.3261-15 du Code du travail : « Le salarié qui exerce son activité sur plusieurs ces différents lieux et entre ces lieux et la résidence habituelle du salarié peut prétendre à la prise en charge des frais de carburant ou d'alimentation électrique d'un véhicules engagés lui permettant de réaliser l'ensemble des déplacements qui lui sont imposés entre sa résidence habituelle et ses différents lieux de travail, ainsi qu'entre ces lieux de travail » ; que cette demande n'a été faite qu'en novembre 2010 ; qu'en tout état de cause, la prise en charge des frais relève d'une disposition unilatérale de l'employeur ; qu'en l'espèce, pour la prise en charge des frais de déplacement domicile/lieu de travail l'APEP 42 a confirmé à Madame X... que la faculté ouverte à l'employeur de prendre en charge une partie des frais engagés par le salarié, ne présente aucun caractère obligatoire pour l'entreprise ; qu'en conséquence, la demande de Madame X... de paiement de ses frais de déplacement n'est pas fondée.

ALORS QUE Madame Véronique X... poursuivait le remboursement des frais exposés au titre des trajets effectués entre les deux établissements auxquels elle était affectée ; qu'en statuant sur les frais exposés pour les trajets entre la résidence habituelle de la salariée et ses différents lieux de travail, le Conseil de prud'hommes a méconnu l'objet du litige en violation des articles 4 et 5 du Code de procédure civile.

ET ALORS QUE Madame Véronique X... soutenait que le contrat de travail transféré à la PEP 42 prévoyait le remboursement des frais de déplacement et que le contrat régularisé avec la PEP 42 à l'occasion de ce transfert constituait un simple avenant n'emportant pas novation du contrat initial en ce qu'il prévoyait le remboursement des frais exposés pour les trajets ; qu'en omettant de répondre à ce moyen déterminant des écritures d'appel de la salariée, le Conseil de prud'hommes a entaché sa décision d'un défaut de réponse à conclusions en violation de l'article 455 du Code de procédure civile.

ALORS encore QU'en application de l'article R.3261-15 du Code du travail, le salarié qui exerce son activité sur plusieurs lieux de travail au sein d'une même entreprise qui n'assure pas le transport entre ces différents lieux et entre ces lieux et la résidence habituelle du salarié peut prétendre à la prise en charge des frais de carburant ou d'alimentation électrique d'un véhicule engagés lui permettant de réaliser l'ensemble des déplacements qui lui sont imposés entre ces lieux de travail ; qu'en se fondant sur les dispositions des articles L.3261-3 et L.3261-4 du Code du travail, relatifs aux seuls déplacements entre la résidence habituelle et le lieu de travail, pour rejeter la demande de la salariée, le Conseil de prud'hommes a violé lesdits articles L.3261-3 et L.3261-4 du Code du travail par fausse application.

ALORS de plus QU'en application de l'article R.3261-15 du Code du travail, le salarié qui exerce son activité sur plusieurs lieux de travail au sein d'une même entreprise qui n'assure pas le transport entre ces différents lieux et entre ces lieux et la résidence habituelle du salarié peut prétendre à la prise en charge des frais de carburant ou d'alimentation électrique d'un véhicule engagés lui permettant de réaliser l'ensemble des déplacements qui lui sont imposés entre ces lieux de travail ; qu'en reprochant à la salariée de n'avoir pas demandé l'application des dispositions de cet article dès qu'elle avait été informée de son affectation sur deux établissements différents, le Conseil de prud'hommes a violé l'article R.3261-15 du Code du travail en y ajoutant une condition qu'il ne prévoit pas.

ALORS QUE la renonciation à un droit ne se présume pas ; qu'en reprochant à la salariée de n'avoir pas demandé l'application des dispositions de l'article R.3261-15 du Code du travail dès qu'elle avait été informée de son affectation sur deux établissements différents, quand cette circonstance, fût-elle établie, ne pouvait caractériser la renonciation de la salariée à se prévaloir du droit au remboursement des frais de trajet exposés, le Conseil de prud'hommes a violé l'article 1134 du Code civil.



--------------------------------------------------------------------------------

 
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん