はてなキーワード: 安直とは
公務員は「お役所の適切な地位は上場企業平均レベル」くらいだと思っていて、市長は「お役所の適切な地位は中小ブラック企業」くらいだと思ってる
多分その差
まあ大企業だって東電みたいなことはあるわけで、お金がない以上は長期的に合理化に進むことは適切だと思うけど、そういうのって本来は労働者に責任押しつけて終わりって話なわけなくて経営者(市長)や株主(市民)の問題でもあるわけで、安直に不法労働行為で乗り切ろうとするのは色々問題があると思うよ。
お役所が守らん労働基準法をどこの民間が守るんだよって話になるわけで、一周回ってリーマンが自分の首を絞めることになる。
そもそも公務員叩いて溜飲下げてはい終わりって話でもないし、元々大阪府・大阪市の財政問題は人件費が主たる問題ではないので、このまま行くと溜飲は下がるが何も解決しないことになりかねん。
スラックティビズム(英: slacktivism)は、「怠け者(slacker)」と「社会運動(activism)」とを掛け合わせた合成語である。努力や負担を負わずに、社会運動めいたことをする行為を指す。
この用語は、社会に意味のある影響を与えていないのに、社会にとって良い活動をしたつもりになる自己満足的行為について、軽蔑を込めて使われている。こうしたスラックティビスト(スラックティビズムにあたる行為をする人)たちの行為は、多くの場合、個人の努力や負担を必要としない。
勝間さんの「まじめの罠」よりこのキーワード1つのほうがインパクトもあるしわかりやすいな。
「まじめの罠」は今年の買って後悔した本ベスト3。勝間さんどうしちゃったんやろうなぁ・・・。
これ、大人向けの本なんですか。
「まじめの罠」というキーフレーズの下、世の中のさまざまな失敗例が語られます。ですが、その「まじめ」が定義されていません。
最初にユダヤ人を大量に処刑したアイヒマンの例が出てきます。アイヒマンはまじめだから残虐な行為を行った、と著者は思いたいようです。ですが、違います。ミルグラムの本を著者は紹介していますが、ミルグラムは誰もが簡単に他人に「服従」することを心理学の実験で示しました。アイヒマンがまじめだったとしても、それが原因ではありません。二つのことが同時に起こったり、一つのものの中にあっりしても、一方が原因で一方が結果とは言えません。「まじめの罠」という著者の結論は著者が紹介したミルグラムの実験結果と矛盾します。読まずに想像で判断したのか。ネットの安直な解説を真に受けたのか。読んだけど理解できなかったのか。とにかく、自分で紹介した本の中身を理解していません。これはかなり恥ずかしいと思います。
クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』も「まじめの罠」の例に紹介されています。クリステンセンの主張はまじめにやると失敗する、ではありません。長くなるので詳細は省きますが、その産業に属する企業群を支配する経済的な力学が働き、まじめに努力したとしても、やがて新興のベンチャーに負けてしまうというのがクリステンセンの考えです。まじめに努力しなかったらもっと早く負けてしまうのは言うまでもありません。ラーメン店の競争が激しい中、自分の味を求め新規開業する。これはまじめですか。いいえ、「わがまま」です。自分の好きなことをして儲けたい。そんなに世の中は甘くありません。意図的か無意識か、「まじめ」の定義が変わります。このやり方ならどんなものでも「まじめ」と言えてしまいます。
著者は「まじめの罠」というキーフレーズで、あれも説明できるよ、これも説明できるよ、と言いたいのですが、現実は著者の考えるほど単純ではありません。テレビの水戸黄門のファンは多いと思います。代官と越後屋は徹底して悪い人、搾取される百姓や町人は徹底して良い人。単純だから良いのです。仕事で疲れて帰ってきて、複雑な心理ドラマを観たいと思いますか。この本は普段活字を読まない人には読みやすいと思います。論理が単純だからです。ですが、現実の世界は水戸黄門とは異なります。単純で分かりやすいことと、正確であるということが一致することは稀です。だからこそ、物事を複雑なまま捉えて分析しないといけないのです。でなければ、どんな難しい理論もたとえ話で説明できてしまいます。著者に望むことは引用する文献をしっかり読むこと。著者にオリジナリティがなかったとしても、忙しくて専門書を読む時間がない人のために、原著を原語で(経営学や心理学の本は誤訳が非常に多い)精読して、読者に噛み砕いて説明してくれるなら価値はあると思います。逆に、いい加減な理解で読者に間違った知識を与えてしまうなら、読者は修正に時間が掛かります。その意味でこの本は星一つにせざるを得ません。買うお金、読む時間、間違いを修正する更に長い時間。大変な出費です。
この本には「私(著者)を嫌う人」の紹介とその批判がありますが、その定義も著者に都合の良い、やたら感情的で、論理性に欠如するような議論をする人たちに描かれています。自分が論破しやすい「私を嫌う人」像を作り、それを批判し、結果として自分の正当性を主張する。読者はその定義がそもそも正しいかを自分で検証してほしいと思います。
この本でたった一つ良かった点。自分の間違いを認めるのに躊躇してはいけないということ。人間は自分の間違いを認めたくありません。とくに高いお金を出した場合は価値があると思いたいものです。今までの投資が無駄になりますから。ですが、例えば今まで毒を薬だと信じて高いお金を出して買って飲んでいた人たちも、毒だと知ったらすぐに飲むのを止めるでしょう。正しいことを知ろうと思っても、間違ったことを覚えるなら、毒と変わりません。
年収100万円以下のパートがどういう人か分かっていて書かない人たち
http://d.hatena.ne.jp/potato_gnocchi/20110924/p1
これ主婦は特権階級でずるいから金払えっていつものアレだよね?
出てく金が増えたからもっと働かなきゃとか言って時間のある主婦が本気で働き出すともともと問題にされてたワープアは増えるんじゃないの。仕事の総量は変わらんのだし。
そうなると年収100万ちょいのアルバイトでなんとか食ってる俺なんかはちょっと困る。
あと現状で経済状態も時間もかつかつな子育て世帯が破綻することは考えなくていいのかな。
そもそも自分が恩恵受けられないからって安直に叩くやつらすげームカつく。
人の足引っ張ることしか考えられんのかね。
http://www.wakatta-blog.com/post_545.html
バナナやりんごなどを朝食に食べるダイエットは、いつの時代もある有名なダイエット方法ですが、科学的な根拠があるわけではないそうです。それでも、「ダイエットするぞ!」という気になることで、日ごろの食生活に気を使うようになって、結果的にダイエットの結びつくことは少なくないとか。つまり、ダイエットを意識できるものであれば、何でもよいそうです。特に、毎日体重を記録することは、ダイエットの意識アップに直結するので、オススメです。
私も夕食の白米を半分に減らす方法で、一月半で6kgやせました。食事の量を減らしても、お腹が減りぐあいは変わりませんでしたので、実感としてわかります。
http://blog.livedoor.jp/tkfire85/archives/55484210.html
最初に目に止まらなければ話が始まらないのは確かだけど、日本一を目指すのならば、大事なのはリピーター。
書評ブログにおいてタイトルで釣りを仕掛ける場合、本文はその逆にかなり堅実である必要がある。
特に批判においてはかなり気を使う必要がある。
バナナダイエットに関する叙述において、書き手の防御力の低さが如実に現れている。
引用の仕方にも問題があり、薬事法にも引っかかる記述があるあたり、いろいろと勉強が必要であろう。
あと、今回の記事で気づいたのだが、「今日のわかった」は読後の印象をコントロールするためにあるのだな。
今までこの部分には「まとめ」を期待して読んでいたが、ここだけ読んでも記事で何を書いてるのか分からないため
これ意味あるのか?とおもってた。でも、これは釣り気味のタイトルと本文とのギャップを総括して
当たり障りの無いオチをつけるためにあるのだとわかった。
他にもデザインといい、一文一文を短く区切る文体といい、
毎度毎度内容はスカスカながら「記事を読ませる」技術は高いとおもった。
書評ブログではなくWebデザインについての宣伝ブログとしての成功を目指してるのだな。
結局フジテレビに何人集まって、それで何かが変わったのかは良く知らないので、適当な邪推と現実的な商売の方向からいろいろ考える。
先日のFNS歌謡祭がVTRばかりで生(というかセットで)歌った歌手がほとんどいなかった事、ひな壇バラエティーや安直なロケ番組の氾濫、水戸黄門の終了。これらの延長線上に今の韓流ドラマブーム(という作られたもの)がある。
もちろん源流は『冬ソナ』『チャングムの誓い』などの優秀なコンテンツにNHKが目を付けた事なんだろうけど、今、平日の昼間に韓流ドラマが流れてるのは、単純に単価が安いからだ。
それまでは昼のワイドショーが流れていた時間帯に、それらの制作費の数分の一(いや、数十分の一か)の値段で買ってきたドラマを流すだけで、対して変わらない(下手をすると以前より高い)視聴率が取れるなら、テレビ局という企業はどちらを選ぶか。考えなくても分かる。
ワイドショーは生だし、出演料もそれなりにかかる。月~金の帯番組なんかだとセットもスタジオ据え置きになるので、他の番組では使いにくくなる。買ってたVTRを流すだけの韓流ドラマとは経費も桁違いだ。
そしてそうなってきた理由は、誰もテレビに高い価値を感じなくなったせいだ。視聴者も、出演者も、制作者も。一番肝心なスポンサーがそれを実感しているだろう。
今回の地震でCMを自粛した企業がいくつかある。お酒のメーカーや娯楽に関する企業。しかし自粛しても売り上げはあまり落ちなかった。それ以前からCMの費用対効果には疑問符がささやかれていたが、今回それを実感した企業も多いだろう。ACの広告が「ウザイ」と言われたり、逆に流行ったりする。昭和天皇が崩御されたときにはレンタルビデオ店が賑わったというが、今回の地震ではネットがその役目を果たした。もはやテレビは娯楽の王様ではないのだ。
それなら自社の番組の再放送をすれば?と言う疑問が湧く。しかし、再放送時の収入の分配に関して、今は昔ほど寛容ではなくなっている。たとえば、昔のドラマやアニメを再放送して、そこに出演していた俳優達にはギャラは支払われるのか。昔なら問題はなかった。ルパンは何度も盗みを繰り返したが、おそらく山田康雄氏ほか出演陣は再放送分のギャラはもらってないだろう。今ならそうはいかない。数年前のバラエティーの映像で、今はもう芸能界を引退しているから、と言う理由で出演者の独りにモザイクがかかっていた事もある。そしてそれ以前に、今は再放送以外でドラマやアニメは収入を得ているのだ。
「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」のDVDは初回限定版が6,300円、通常版が5,250円である。「ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1」のDVDの定価が2,980円であるのとは大きく違う。俺はアニメのDVDを集める趣味はないが、他のアニメも似たり寄ったりだろう。限定された数の、それなりのお金を持った層をターゲットにアニメのDVDは売られている。ちなみにクレヨンしんちゃんの映画のDVDは平均して2,000~3,000円である。価格の差は、制作費と売り上げの差である。ほとんどの深夜アニメはクソ高いDVDやグッズを売る事で採算を得ている。
ここまで書いて面倒くさくなったのでやめた。まあ、そういうこった。
mixi足跡機能がリニューアルされてリアルタイムな足跡表示が無くなったのを改悪だ改悪だと騒いでるバカがいる。改悪反対コミュは12万人近くの参加者になる騒ぎである。ニコ動においても機能がリニューアルされる度に改悪改悪と騒ぐバカがいるが同類である。この種のバカを私は「改悪バカ」と名付け侮蔑の対象としたい。何がバカって毎回改悪改悪言い続けている点である。改悪し続けたらとっくにサイトは潰れているはずだが潰れていない。改悪し続けているならとっくにそのサイトのユーザを止めているはずだが辞めてもいない。これをバカと言わずして何と呼んだら良いのか。改悪でもなんでもなくて単なる慣れないデザイン、慣れない使い心地、慣れない機能であるだけなのに、バカはそのことを理解できず改悪だと思い込んでしまうわけである。サイトのリニューアル、ソフトのバージョンアップには必ず何か改善の狙いがあるはずだから、脳のある人間であればどこが狙いなのか見極めて理解しようとするはずだ。だが、バカはそこまで頭が回らないからバカなのである。ユーザ目線、自分目線でしか物事を見れないから、ちょっと不満があるだけですぐ改悪だなんてことが平気で言えるのである。もしそこで理性と知性があれば、リニューアルの狙いを推察し、さまざまな可能性を考えるから安易に改悪だなんてことが言えない。とてもじゃないが言えるわけがないのである。信じられないことに、こんな当たり前のことをいちいち言わないといけないくらいのバカが世の中にはいるものだ。バカほどうるさいとはよく言ったもので、賢明な諸君であれば口を慎み安直な意見表明は差し控えるであろう場面でも、バカは何の迷いもなく不満を喚き散らす。その姿がバカ丸出しであることもバカであるがゆえに理解できない。今回の改悪バカの正体もざっとこんなところだろう。mixiといえば、mixiニュースでも多数バカが散見される。あまりにも目も当てられない惨状のため、ニュースを見るだけのつもりが日記が目について日本の未来を憂えてしまうことが少なくない。だから、最近はめっきりmixiを開いてもmixiニュースを見なくなった。もし興味深いニュースを発見しても、タイトル等でググってmixi外で見るようになってしまった。とかく此の世は生きにくい。それもこれもバカのせい。
とにかくこの言葉、自分の中ではマジックテープの財布を使う人より人生において安直で恥ずかしい人だと思ってる。というわけで私の前では使わないで欲しいのですよ。
ゆとり世代なんて言葉を使う人は、全てにおいて「ゆとり」な人間はいないってことをまず理解してほしいな。
人格すべてがゆとりとか、まして世代そのものがゆとりなんて乱暴な議論、いや議論と呼ぶにも値しないただの印象論で満足出来ちゃうひとって何考えてるのかちょっとわかりませんね。
既存の常識で「この歳になったら出来て当たり前」ってことができてないことを差して言ってるんだと思うんだけれどもそれ視野が狭すぎない?
というよりも、まったく自分の目でモノを見てないよね。 世間の目と自分の目が違うって認識してるのかな?
そうやって、既存のものさしでものごとを測って、新しいことに目が向かないってそんなに自慢できることなのかな。
自分が把握できる問題にしか気が利かない=予測が利かない状態で、果たして上の年代として責任を果たしてるって言えるのかな。
こういう人には、できれば、
人そのものや世代そのものをゆとり扱いして自分の目を曇らせるよりも、目の前の人間、目の前の問題について、きめ細かに見る姿勢を持ってほしいなぁ。
予め「この世代の奴はゆとり世代だ」と思い、その思い込みを裏付けする点ばかりを目ざとく見つけ、そしてレッテル強化のお仕事を完了する。
そういうのは、「気がきく=予測ができる=仕事がデキル」というのとはちがうとおもうのですよ。ただ思考してないだけだと思うの。
あとね、ゆとりを責めることができるのは、<言及している問題について>実際に行動した人だけだと思うの。
ゆとり問題を口に出すひとって、自分はゆとり世代の人間を一方的に攻撃し、弾劾する立場にあると油断して、自分の問題意識を無防備にさらけ出すひとが多いのね。
人間自分が責任を負わなくていいことにはどこまでも積極的になれるし、どんな綺麗事も言えるのだなぁ、、といつも感心します。就活コンサルタントとか代表例ね。
でもさ、そこまで問題がわかってるなら、どうしてこの人達はそれに対してなにもしないのかな。
何が問題かわかっててそれでも行動しない若者をゆとりと読んでる人たちが、全く同じことをしていてもゆとりにならないんだ。へー。
あのね、その問題が本当に存在して、それでも誰もその問題について行動してないなら、みんな「その問題については」ゆとりだと思うわけね。
これは若者の責任だ、大人には一切の責任はない、なんて明確に切り分けられる問題なんてないと思うんだ。 それがわかってるのかなぁ。わかってないんだろうなぁ。
そもそもゆとりってなんだろう。余裕があるってことだよね。それって悪いことなのかな。
なぜゆとり=悪いことみたいに考えてるのかな。そういう大人の人って結構精神やんでると思うの。
仕事始めたら忙しくて、いろんなことを試したり、考えたりする余裕が無いのかもしれない。
そりゃ学生たちが羨ましくて、ついすっぱいブドウとかの状態になるかもしれないのだけれども、
だからって、今を楽しんでる若い人相手に、平気で水を刺しにくるその態度って最高に気が利かない=KYですよね。
映画を見にいって、みんなが楽しんでるところに、うんちくやら評論をかまして否定的な意見をぶつけてくる人って10人いれば一人くらいいるけど
あなたは自分がその10分の1だって自覚がないのかなぁ。あってやってるなら最低だなぁ。
それを不思議に思わず、むしろ同調し、それに載っかかった意見を述べるひとってさ。
基本的に、あんまり頭よくないよね。それでいて、行動もしないよね。
なにより、ゆとりという言葉に繋がって出てくる問題を自覚したら放っておかないよね。
頭も使わない。行動もしない。そうやって問題を放置したままで、責任だけは自分より若い人に押し付ける。
ああ、なんだこれ?ばかじゃないの?ばっかじゃないの?
http://d.hatena.ne.jp/takamoto8/20110607/1307425591
注意や教えないのもいけないし、気にもしない方もいけない。
うんうん。だから注意したんだよね。ブログに書くんじゃなくて。
やっぱりそういうのはうるさいと思われても、教えてあげないといけないんだな。。
なんていうことを考えていた。
うんうん。その気持を持って教えてあげたんだよね。ブログに書くんじゃなくて。
やっぱり新人研修は大事だ。
Oh・・・
受け身そう。
でも、素直に話聞いてくれなさそう。
http://anond.hatelabo.jp/20110406123230
これにもう一票追加で
僕がインターネットを利用し始めたのは16歳ごろだったと思う。
その少年は芸大をめざし、日々ファインダーと向き合う生活していた。
オレンジ色の背景のブログには屈託のない彼の文章と、彼だけにしか撮れない写真がいっぱいあった。
僕は興奮した。ドキドキした。わくわくした。更新されるのが楽しみで仕方なかった。
だって、人の生活をのぞき見するってすごくワクワクするでしょ?
それが自分と同じような年齢で、なにかに挑戦しようとしていて、輝いていたら、
すごくワクワクしない?それがすごくリアルを帯びていたらワクワクするよね?
とにかく、ディスプレイ越しに見えた彼の世界は僕を虜にしたんだ。
もちろん一眼は買えない。バイトをして程度の良い一眼ライクなデジカメを購入した。
今までの僕なら、怖くて行くこともかなわなかったろう。
だけども、カメラのファインダーを覗いている間は僕は無敵になれた。
暗闇の中にファインダーで切り取られた世界だけがぽっかりと覗いている。
そんな世界を僕は歩き続けた。
きっと焦っていたんだ。ずっと追い付けないことに焦ってたね。
彼の写真はさ、奇跡的な一枚でもないし、すんごく考えられた構図でもない
人種もんだいとか飢えとか政治問題とか、そんなんじゃないんだ。
どこにでもあって、誰でも撮れそうな写真なんだよ。
ただ、その写真1枚にはとんでもないほどのエネルギをもってる。
その1枚彼のリアルがあった。
彼のブログはあっという間に有名になった。
今では写真仲間と上京してルームシェアして日々を送ってるらしい。
もはや、彼のブログは僕にとって憧れではなく、嫉妬の塊になりつつある。
憧れだったものが嫉妬に変わるものほど惨めなものはない。
今日も彼は、ブログの中で仲間たちとの打ち上げの報告をしている。
僕はPC前にぶちまけた飲みかけのジュースを泣きながら拭いている。
どうしてこうなったんだ。
あっという間に成人だ。ついこの間成人式に出席してきた。
みんな変わってた。みんなからお前は変わってないなと言われた。
おいていくな。助けてくれ。手を貸してくれ。
僕と君の違いはなんだ。教えてくれ。
墨田区の小さくてボロアパートの一室でやっと買った一眼を握って今日も震えている。
手に力が入りすぎて汗でジットリ濡れてるんだ。
こんなにシャッターが重かった?
すぐ横で、スカイツリーがどんどん成長している。
ファインダーを覗く僕はもう無敵じゃない。たすけてくれ
http://i.2chblog.jp/archives/1444791.html
という記事を読んで思ったこと。
ニート上がりの人って、二極化するんだよな。ニート時に膨らんだ自尊心を抱えたまま脱却できない人と、現実を受け入れて身の程を弁えて努力していく人にさ。
で、後者のタイプは人生を挽回しやすい。なぜかというと、謙虚・素直で努力するから。
社会的に下層にまで落ちぶれたという現実を受け入れている以上、傲慢になんてなりようがないし、謙虚な態度になる。周りは自分よりも賢いんだと分かっているから素直に話を聞く。自分が周囲よりも落ちこぼれていることを認めているから、追いつこうと努力する。
そういう場合に、会社は社員を教育する義務があるんだから自助努力しなくて良いんだという計算はしない。部下の監督は上司の責任だからと甘えない。自分が馬鹿だってことを受け入れているから、変な言い訳をして自尊心を保とうとしない。ただ、自分の過去の過ちを認めて、堅実に努力していこうとする。
もちろん、そんなことをしてもニートなんかにならずに謙虚・素直で努力する人にはかなわないままなんだけど、多くの人は大学受験なり就職活動なりで努力を止めちゃうんだよな。そのままでもエスカレーター式に上がっていける以上、必要性を感じないから。そうすると、努力する元ニートと努力しない一般人の勝負になって、時間の問題でどこかで元ニートが追いついて逆転することが多い。で、人生の挽回が成し遂げられる。実力主義の分野だと特にそう。
安直に人を見下して、ニートはどんなに努力をしても一般人には追いつけないんだとレッテル貼りをしたがる人がいるかもしれないけど、そんなことは決してない。結局、若い頃の一時期に周囲と比べて未熟だったかどうかで大きく分岐しているだけで、元々の素質それ自体には大差はないから。問題があるのはむしろ人格的な幼さで、そこを克服できれば同じ土俵の勝負になる。
なんか考えが甘いよな。
ずっと一緒にいるんだから
妻とは結婚相談所で出会い、私はこの女性を一生大事にしようと決心したあと(5回ぐらいのデートで)結婚を申し込みOKをもらいました。
なんて早計過ぎるんだよ。
愛される為の努力っていうのは日常を廻す事じゃない、問い詰めることでもない。勿論それらも必要だけど、
貴方自身が人を愛するって事がどういう事だか分かってないんじゃないの?
だから熟慮足りない状態で結婚しちゃったりするんじゃないの?
そんでセックスして子供作っちゃったりするんじゃないの?浅はかだよ。
まず子供のことはさておき、二人でゆっくりした、リラックスした環境でもっともっと話し合ってみなよ。
嫁だって、貴方と結婚するのを受け入れた時点で覚悟やゾウリムシのような愛情はあった筈なんだよ。
それをどうやってミジンコやアリンコくらいの大きさに出来るかを、もっともっと話し合ってみなよ。
問い詰めるなんてゾウリムシ叩き潰すようなことしてないでさ。会話しなよ。お茶でも飲んでさ。
それが充足ってもんでしょ?
あとそんな状態の親を晒しながら子供育てても何も良いことないぞ。子供にとって。
あなたのような愛情不感症な人間が出来上がるかもしれない。だから、自分たちの関係がとりあえず方向性もてたら、
で、愛情がなんたるか、とか愛する事も出来ないうちに、愛して欲しいとか抜かすバカに育たないように頑張ろうよ。
頑張らなくていいなんて言わない。頑張れ。だけど頑張る方向性も、色々試すんだよ。
嫁と正面向いてくれなくて話せないなら、あなたが嫁の正面の方向に歩みよろうよ。
そんなの1年や2年で出来る事じゃないんだよ。だから直ぐに諦めない。