はてなキーワード: ブロガーとは
使う金額が大きい富裕層と、高い金利で貸付ができる低所得者が増えた方がいい。
リボ払いをしないくらいの所得がある中間層がいてもおいしくない。
転売屋がメディアの役割もSNSで担えるような時代であり、棚から無くなったという写真を、自分達のグループが買い占めることで作り出すことができる。
談合をしなくとも、グループの誰かが打った玉がバズり始めたら、その波に乗っかって同じことをすればよい。
自分が客として利用しているトレーナー、コンサル、美容師、その他対個人アドバイザー系の人達のSNS、ブログ、YouTubeチャンネルなどを見ると、わりと貪欲に稼ぎたいという姿勢を開示することにあまり躊躇しない人が多い印象。
悪い言い方をすると、しょせん客は金ヅルなんだなとなんとなく冷めてしまう。分かってて選んでるんだけどさ。
自分もフリーランスの身だけど、取引先の企業が圧倒的に立場が強いので報酬は向こうの言い値で受けるしかない。
消費税増税の際もあやうくこちらに転嫁されそうになったのでしぶとく交渉して何とか回避したくらいだ。
それにひきかえ個人相手のお商売は好きに値段設定ができてよろしいですなあという感じ。
あと誰も彼も言うことがノマド系ブロガーみたいに似たり寄ったりで、お金に関する考え方とか判で押したみたいに同じこと言ってるし、脅しで人を動かそうとするのは何なの?(今〇〇しないとヤバいとか、あるいは逆に今これに気づいたあなたはすごい!とおだてるとか)不安定な個人事業主からさらに金を搾取しようとする悪辣な奴が裏で手を引いてるの?
そこそこの偏差値を保ってそこそこ名の通った学校に入れたことぐらいしか取り柄がなく、
それを自尊心の糧とするために周りにも「大学受験は純粋な努力の結果、個人の能力値の現れ、人格や知性の反映」と強調して憚らない奴が、
00年代ネットオタ文化の延長線上にはてな村があるためか、はてブには多数存在し、
彼らは如何にもぼんくらな若者風の書き込みを見つけてはこうやって講釈を垂れる。
親戚の集まりで鬱陶しいおじさんっていたろ?
「〇〇んとこは※※大学に入ったのか。でかしたでかした…」
「〜〜は@@社に入るのか。ようやく社会の一員だな。社会でやっていくには忍耐も必要なんだぞ。だから…」
「それに比べて⭐︎⭐︎はなんだ、もっと努力しなきゃいけないじゃないか…」
自分は田舎の片隅で慎ましく暮らしてる平々凡々なおっさんの癖に高僧か何かになったかのような振舞いをする酷い酔いどれが宴会にいたよな。
話してることもやっぱり平々凡々なおっさんがさ。
そんで煽てた方にも蔑んだ方も「てめえにそんなわかりきった話ぐだぐだねちねちされても飯が不味くなるだけなんだわ」とうざがられてよ。
あのおじさんって忙しい仕事の合間を縫ってたまに顔出す従兄弟と自分とで、話聞く周りの態度が違うの気がついてたのかな。やっぱ馬鹿だから物珍しさで食いついてるぐらいにしか思ってなかったのかな。
最近昔から追っかけてたネット上の人(ブロガーとか)が結婚ラッシュで、婚姻届との写真とかアップしてるのみてなんかモヤモヤ。
内なるマウントとりたい欲みたいなものがメラメラと燃えてるのかな〜と気づいてしまって、それはそれで自分に落ち込んでる。
あとそんな写真を載せて耐えうるレベルの顔面を持ち合わせているのが羨ましい。
ネットの有名人的な人って、距離近いようで向こうはもはや純粋な一般人じゃないし、比べても意味ないのにね。
自分の顔写真載せようと思ったことすら一切なかったし、今もこれ書いたらスッキリしたからやらないけど、そんな感情が自分の中にも眠ってたんだな〜〜〜〜〜
ttps://twitter.com/mikien10
ももねいろの人の離婚→再婚が最高にゾクゾクして自分でも意外だったから吐き出す
ttp://www.ikemenmusuko.net/entry/zokuzoku
主婦ブロガー。そこそこ人気があったが、家庭を顧みずオフ会で知り合った若い男と不倫して炎上。言い訳に終始した記事をアップするものの炎上は収まらず、ブログの収益力が格段に下がってしまった。
増田で元夫(?)が暴露話を書いたりしていたので、覚えている人もいるかもしれない。夫と子供を捨てて、前記のオフ会がらみで知り合った年下の男遠藤(ttps://twitter.com/eroura800 鍵垢)と再婚した。まだこいつとは離婚していない。
旦那のカギなし垢(ttps://twitter.com/uszero800)
■忠犬はーちゃん
ttps://twitter.com/inucai_24
ttps://www.sankei.com/affairs/news/191016/afr1910160044-n1.html
エヴァの版権は自身にあると主張してカラーを脅迫して逮捕された男。主張内容をまとめていたアメブロのページはさすがに削除されている。(ちなみに主張内容は完全な電波だった)
おそらくは執行猶予あたりですぐに出てきたと思われる。ツイッターを確認するに、現在もエヴァ版権は自分が持っていると思っている様子。
■いらじ(twitter凍結)
リベンジポルノを行った最低絵師いらじ 、被害者の彼氏と話し合いを行う
ttps://togetter.com/li/1187537
ネットで知り合った女性を好きになってしまい、その人に彼氏がいるとわかると女性の個人情報をばらまいた人。その後もほうぼうで問題を起こしている為か、一部ネット民から異様と言っていいレベルのヘイトを向けられている。
スッキリ見て朝からくっそ笑ってる pic.twitter.com/i4zWKJ06qG— ごはんたべる(ざひん㌰ちぼれ)めっきのかたな (@okazumo_taberu) February 9, 2020
某シロクマせんせのエントリに端を発する言及する文化が云々ってやつ読んでた、だいぶ前にブログとかやめたおっさんの感想です。
ネットの一般層への普及をどこに置くかなんだけど、自分の肌感覚でいうと、2008年~2010年くらい。例によって根拠はない。少なくとも2010年以降はSNSからの流入がだいぶ多くなったような感じ。拡散の速度もそのへんで上がったような。
先に結論だけいっとくと、ネットの主役がだれになったか、ということだと思う。送る側、受ける側両方含めて。
ネットの黎明期ってのをどこに置くかはまた議論になるところだが、まあ原ネット期みたいなのは、1995年~2000年くらいのあいだかなと思う。その時期にネットに参入した人間って、基本的に送り手も受け手も文章に関するなんらかの訓練を受けた人が多かったんじゃないだろうか。だから、それらの人に対応したコンテンツが盛り上がる傾向があった。それ以降はそうじゃない人が増えた。まあ大雑把にそんな印象。
初期からネットにいた人って「自分が情報発信の主体になりうる」ということに対する感動がわりと大きくて、それゆえ「語る」ことにかなりの使命感あったと思うんだよね。使命感っつーか……なんだろ、自分が主役である、というような。たとえばシロクマせんせのエントリに殴りかかったら、もう対等じゃないですか。まあこのへん、はてなのUIの問題もあるんだろうけど、かなりのアクセス見込めたしな。そういう意味では、殴りかかる相手はでかけりゃでかいほどリターンあった。ハイリスクハイリターンですけども。
また、ブログの存在感そのものがでかかったですからね。これはもう「SNS以前」ってことになるでしょうけども、個人がなんかでかい声で叫ぼうとしたら、ブログが最短距離だった。個人の持ってる数字の動員力みたいなことでいうと、やっぱブロガーだったんですよ。
ただそこは、読むほうも書くほうも、それなりに文章に関する訓練されてるもんだから、つまんねー内容で殴りかかると返り討ちにあいますわね。しかし本気でブチ切れてたり、それなりにガチで提言しようと思ったらやっぱ書くしかない。言及なんかされた日にゃアクセスどっかんで、より「俺が言わねばだれが言う」みたいな気分にもなるし。それは悲喜劇を巻き起こしがちではあるんですけど、少なくとも張りではありますし、強力なモチベーションでもありますわよね。やっぱ「なんか言う」というときに、場末でこっそりやってると、飲み屋の片隅でクダ巻いてるような気分にもなるんで、人は晴れ舞台で正々堂々と殴り合いやりたいんですよ。だから観客は可視化されなきゃだめだし、観客のなかからリングに上がれるようなシステムがなきゃだめで。
ところが、SNSに慣れてると、このへんだるいんですよね。まず、遅い。スピード感が致命的に遅い。あと観客も通りすがりじゃないですか。
なんか書いてて思ったんだけど、これプロレスとストリートファイトの違いみたいな感じありますね。ブログはプロレス、SNSはストリートファイト。まあそんな感じ。拡散したものの宿命なのかなあ。コミケにお客様はいません、全員が参加者ですっていったって、人数増えりゃんなこと言ってらんねーだろうし。そんで古参は昔のコミケはよかったなんて言う。実際によかったかどうかは、ここんとこコミケ行ってないからよく知らないですけど。
じゃあどうしたらいいかって考えるんですけど、新しい団体立ち上げて興行でもするしかないのかなあと思うんですけど、問題は「文章」というツールを用いてる時点で、このスポーツそのものがすでに「ネット」というこの場においてはレガシーになりつつあるってことですわ。もちろん俺は文章というツールの持つ公共性の高さ、情報の圧縮率の高さ、参入障壁の低さみたいなものを信じてはいるんですが、たぶん動画みたいなもんが、このへんを軽々と乗り越えてくる時代になるんだろうなあと。
俺は、自分が文章書く以外なんにもできない人間なので、このツールの持つ力を疑いたくはない。なにしろそれは人間の生理にいちばん近い道具なんです。人がどうしようもなくなにかを表現したいとき、それは言葉によってなされる。叫びってことですよ。あとは書き留めるだけじゃないですか。
でも動画にそれができないかっていったら、できるんだよなあ……。さっき知の集積っていうことをいいましたけど、それは悪い意味でも「レガシー」ということなのであって、それがないメディアである動画のほうが、いろいろとフットワーク軽いように見える。フットワークの障壁になりうる編集ツールだとか回線だとかハードの問題は、今後解決してく一方でしょうし。
それでもまあ、俺にはこの道具しかないんですけどね。
増田はまだ分かるんだよ。
増田なら俺がこの増田だと特定されることはあるまい、という大変あさはかな増田の意識が透けて見えるので。
けどそれなら別に2ちゃんねるとかその辺でもよくねえのか、って。
いま思いついたのがそれってだけで他にももっと匿名性の高いより適切で耳目を集められそうな場所ってあると思うけど知らん。
いちいち人のこと気にしてる余裕ない。毎日が退職してるようなもんだし。
さておきはてなブログでやるのは何でなの。
いっぱい謎なのはほら、Yahoo!で見出しを量産してた俺! 転職します! って奴。あれに限った話じゃねえけど。
なんではてなでやるの?
はてなもさぁ。
もうちょっと考えろ。
「はてなだったらそこそこ目立つけど、そんな派手に炎上するわけないし。だってはてなだから!」
って足元見られてるような感じがしないか?
なんで他所ではやらずにはてなや増田に吸い寄せられてくるんだ。
ブクマカが群がってブクマするエントリがはてなや増田に極端に偏り過ぎてるだけで、他所のブログサービスでも退職・転職エントリは一大コンテントになってんのかな?
なら雇用の流動性は順調に進展しているのだと思うが、どうもそんな気配は感じず、局地的に集まってる観しかない。
あとさ。
「おまえ最悪やったわ」
気取った退職エントリ書いて「こんな良いところもあったんすよ」っていうブロガーも多いのに、はてなブログ卒業するときはとにかくケチョンケチョンやん。
アレなんなの。