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2017-04-27

http://anond.hatelabo.jp/20170427115533

的外れはお前だボケ

 

優しい人間が嫌いなやつがいないように

(優しい人間が嫌いなやつはそいつ人間じゃないので恋愛対象にしなくてよし)

多数にモテる最大公約数的にモテる=唯一好かれたい人間から好かれる可能性が上がるんだよ

非モテは僕だけをみて私だけをみてと言いたがるが

誰しもが欲しがる葡萄自分がならない限りはたった一人に好かれることすらできんから

その努力を怠るやつにたった一人の好きな人から好きだと言ってもらえる可能性が下がるんだよ

選ぶサイドに立とうとせずに相手から選んでもらおうって魂胆が糞雑魚すぎ

 

まず男で女らしい魅力が嫌いってやつが少数派ってことを理解して

自分の好きな男がその少数派である確率が低いってことを理解しろ

じゃなきゃ一生非モテ

口ではみんな巨乳が好きなんて公言しないが男はみんな巨乳デカケツ大好きだから

それを公言するとメリットどころかデメリットしかいからみんな濁してるだけ

明確に大きい方が嫌いって言わないやつ以外はどっちでもいい=巨乳好きだから

少しでも巨乳になる努力しろ

結婚できたとしても非モテ同士がくっついて非モテ思考の子どもを作るだけ

誰も幸せにならない

不幸の連鎖

2017-04-26

好きな人には彼氏がいた

わりと気楽に話せてたんだけどな。

当然、連絡先の交換も拒否されてさら意気消沈

SNS系(LINEFB)はのっとりにあったことがあるから使うのやめた」「彼ともメールばかり」だそうな。

連絡を取ることを完全に断たれたかたちだよな、これ。

話の流れで「彼氏転勤族」と聞かされ、愕然としたがどうにか冷静なふりをして「今はどこに住んでるの?」とか聞きながら会話終了。

あんたは恋愛対象じゃない、彼氏いるし近寄らないでね」という典型じゃないか

これまでも色々な話をできていた(家族学生時代仕事旅行の話、など)ので、すっかり勘違いしていたが、彼氏がいる余裕からくるものだったんだとはじめて知った。

自分より随分若い人だが、自分よりも上手な人だったんだ…悔しい、悲しい。

連絡手段は断たれたが、彼女に会うことができる可能性は残されている。

もう既に十分すぎるほど好意は伝わってしまっただろうから、当分は会っても挨拶と若干の世間話程度しかできない。

(場合によってはそれすらもできない)

ところで略奪愛というか彼氏持ちの女性を落とす方法みたいなのがよく書かれているが、確かに理論上は長期戦で挑めば実現しそうだが、実際本当にそんなことを実現した男というのは存在するのかね?

いたとしても相当なマイノリティだよな?

「当初彼氏がいたが、アプローチしてきた別の男性が今の夫です!」なんていう女性果たしてどれほどいるの?

(ないだろうが)統計的ものがあったら知りたい。

そしていずれにしても俺のこの恋は終わったな…心が痛い。

2017-04-23

秋田県人口が100万人を割ったことで感じたこと

まれも育ちも秋田高校まで住んで大学から県外へ、就職も県外って私が秋田県人口100万人割ったニュースを聞いて思ったこと

100万人を割ったこと

→当たり前。秋田県人は陰湿いわれるけどもその中でもダントツな県南地域で育った私からすれば当然としか思わない。

まず 碌な仕事がない

この日記書くときハローワークweb求人みたけどまぁ見事に 介護、土方、ハケン くらいしかみかけないよ

給料も額面で10万円前半。これ絶対手取り一桁万円だよね?(どうでもいいけどハローワークweb検索って正社員検索すると”正社員以外”もひっかかるのなんとかならないの?)

秋田ホワイト職場っていったら実質公務員しか選択肢がない。 たしか給料が高い職場はあるけど休日出勤サビ残当たり前

まぁ土地もってれば農業もありだけどそれだってホワイトはいえない

地元でこんなこといえば返ってくる答えが

   し  ょ  う   が   な   い   よ(諦め)

もうねみんななにかを改善しようとか思ってないわけよ。あくま現状維持自分たちが変わるのは絶対だって

こんな環境で県外から新しく人がはいってくるわけないよ

県民性問題

高校卒業までに同級生、先輩、後輩で自殺したやつは私が知ってるだけでも5人はいる。

暴力的いじめあんまりなかったけど精神的な奴(仲間はずれ、陰口)なんかは日常茶飯

なんか”普通”でないとだめなんだよね秋田では。少しでも”普通からずれると迫害対象になる

雪国から~とか日照時間が~とかいろいろ理由はあると思うけど

秋田って美人イケメン多いってほんと?

これ秋田県で生まれ育ってると全くわからないけど本当。

私も美人イケメン多いってインターネッツなんかで言われているのみて

んなわけないだろww って思ってたけど県外の大学にいったらホント秋田には美人イケメン多かったなって実感した。

たまたま通っていた県外の大学の近くに付属高校(共学)あったんだけど、通っている女子高生みて

アレ?今流行のジェンダフリーってやつ?男でもスカート穿くんだ やっぱ都会はスゲーとかマジ思ったからね

数少ない秋田県長所だよこれ。

でここまではよくある話なんだけど私が声を大にして言いたいのはここから

秋田には美男美女が”多い”けど”全て”の男女が美しいわけではないんだよね当然。

ではっきりいってそういう醜女不細工なやつら(具体的には私みたいなやつ)には秋田は厳しいわけよ

クラスでも美男美女が”多い”からそれ以外のやつらは恋愛対象にならないというか

そもそもそういうやつは”普通”扱いされないからね。”普通”じゃないやつがどうなるかは上に書いてるよね

・でも小中学生学力いいんじゃない

しか世間的には長所なんだろうけど私はそう思わない。

テストの成績がいい理由の一つは学校先生が熱心だから

子供絶対数が少ないか先生が一人ひとりの生徒に集中できる。

秋田の子供は早寝早起き♪毎朝朝食を食べる♪

ってよく地元全国版テレビで言われてるけどこれ大人目線な模範回答だと思うよ

私が思うのは小中学生は”勉強しかやることがない”

からみんなテストの成績がいいんじゃないかと思うの。小中学生ならゲームするかそこらへんの野山で遊んで

れば満足だし、家に帰れば勉強しかすることない。秋田県ではテレビチャンネルも少ないし、そもそも最新のドラマアニメなんかは視聴できない。

から高校生になると途端に全国的な成績が落ちる。 そりゃ高校生にもなればゲームで遊ぶとか魚釣りして遊ぶなんてことよりもカラオケかいろいろやりたいこともでてくるし勉強だって難しくなる

でそういった都会の人が普通にできることが秋田では難しい。だから勉強ができるやつほど秋田から出ていこうとなる

・で、いろいろ書いてるけど具体的な改善策はあるの?

ないです。そもそもそんなのがあればとっくの昔におこなっているでしょう。

直行政は結構対策をしていると思いますよ。

この前の知事選挙で佐竹の殿様が当選してたけどその時の公約でもたしか少子高齢化対策があったはず

でもね 肝心の秋田県人に少子高齢化改善する気がまったくないんだからうまくいくはずないじゃん

そりゃテレビ取材とかでマイク向けられて「少子高齢化をどう思いますか?」とか聞かれたらだれだって「なんとかしないとだめですねぇ」、「このままじゃいけないですねぇ」

かいうよ?私だって言うよ。でも実際のところ他人事。他県から人を呼ぼうとすると自分達のやり方に100%従え!ってなる。それができなきゃ村八分

結論

既に秋田県の65歳以上の高齢化率は34%を超えています秋田県に住んでいる人の3人に1人以上は65歳以上です。

この流れは変わらないし変えようもないでしょう。秋田県出身の私が言うのも何ですが

47都道府県が46個になったところであんまり変化もないと思うし僻地に住んでいる人たちを強制移住でもさせた上で山形とか青森に分割吸収合併してもらったほういいんじゃないかな

それか移民特区として日本にいるアジアの人たちを強制的秋田に住ませるとか?どちらにせよ現状維持を好む県民性である以上手荒な方法以外に変わることはないでしょう。

2017-04-17

https://togetter.com/li/1101006

これ見ての感想

・話が合う合わないかは、趣味文化の話であって、趣味文化が違うと同年代であろうがなかろうが致命的に合わない。同じ趣味なら別の年代でも合う。

・確かに「自分に、話に合わない話振ってくんなボケが!」オーラをまき散らしているのは40代女性が多い気がする(偏見)。さすがにそうした人に話しかけたくないよ。

 そういう人よりかは礼儀上話合わせてくれる20代女性の方が多いし(偏見)、話するならそちらの方が楽しいのが当然。

40代男で未婚(非モテなのは10から今までずっと同年代女性相手にされてなかったんだから、同年代女性が苦手なのは当たり前。

40代勘違いしている奴は、10代、20代からずっと勘違いしている。成長してないともいえる。

・逆に40代でもモテているのは、10代、20代からずっとモテている。そういう奴はたいてい20代あたりで結婚してしまうので、未婚なのは数が少ないが。こういう1020代のころからモテている40代男は普通に20代とも付き合っているのをよく見る。(個人の感想です。)

1020代モテなかった男が30代になって一時期的にモテだすことがある。これは、恋愛対象として扱われていなかった男性が、結婚対象としては相手にされはじめたということである。これが非モテ男性の「婚期」なので、これを逃して40代突入すると「婚期」を逃すことになる。

2017-04-16

君はフェラチオをしたことが無いのに、人にフェラチオをさせるのか?

私はスマートフォン向けのアプリを開発している。

アプリを開発するからには、自分も他社アプリを使いこまなければ、

いいアプリというのは開発できないと考えている。

本題に入る。

フェラチオをしてきた話である

私はゲイでは無いが、昨日、フェラチオをしてきた。

まず、バックグラウンドを書いておこう。

私は男である

恋愛対象女性であり、男性を好きになったことは無い。

まりストレートであり、バイセクシュアルゲイでは無い。

失礼に書こうと思えば、いくらだって書けるし、

おもしろおかしく書こうと思えば、いくらだって書けるんだろうけど、

それは絶対にしたくない。

この先、ゲイの方やその他の方にとって、失礼な気分になる記載があるかも知れないが、

そのような意図は無いことを宣言しておきたい。

自分ブログで書いても良かったんだけど、アドセンスに弾かれるのは目に見えているので、

匿名ダイアリー記載させてもらう。


昨日、人生で初めて、フェラチオをしてきた。


他の人との性行為を覚えて約10年が経つ。

これまで、フェラチオをお願いしたことは多々あり、

端的に言って、フェラチオをされることは大好きだった。

この前、ふと気がついたのだ。

「あれ、俺、フェラチオ、したことない」って。

こんなひどい話はあるだろうか?

自分快楽のためだけに、自分がどのように行うのか分からない行為をお願いするのは。

そこでニューハーフ専門店電話をし、予約をお願いした。

竿あり・なし、玉あり・なしの嬢がいて、

竿あり・玉なしの嬢をお願いした。

待っていると部屋のチャイムがなり、すらっとした美女が立っていた。

道ですれ違ったとしても、綺麗な女性だと思うだろう嬢であった。

あと、すごい良い匂いがした。



まず、嬢には

女性しか、そういった行為が無いこと

・もしこのようなお願いが失礼だと感じたら、お金は払うから帰ってもいいということ

人生の幅を広げたいので、今回、お願いしたということ

を伝えた。

もし、失礼だと思ったら、帰って良いというと、

別に気にしない」という回答だった。

そうか、嬢にとっては客の1人でしかなくて、

どう考えているとか、なぜここに来たとかどうでもいいよなと笑ってしまった。

「してほしくないことは絶対にしないから、言ってくれ」と伝えると、

「分かった」と高い声で返してくれた。



長く文章を書こうと思えばいくらでも書けるので、

ここからは端的に記載しよう。



・息子のウラモテ問

ここから男性の息子を表側を男から見えている部分、

裏側を玉と接している部分とする。

そうか、男が息子の表側だと思ってた部分(上側)は、

女性にとっては裏の方とも取られかねないなと思った。

裏の方を重点的にお願いしますと言っても、

表側を責められてしまい、なに考えてんだと思っていたが、

その理由が分かった。

フェラチオをする側にとって、見えている部分は裏側であることが多いのだ。

あ、そうか、そういうことか。と思った。

体験してみて、本当に良かった。



果たして興奮できるのか?問題

すごく綺麗な嬢であったため、全く問題なかった。

魅力的な女性に息子が付いている感じだ。



フェラチオ難しすぎ問題

一番、気になっていた部分であった。

してもらったことは多々あるため、うまくできると思っていた。

しかし、全く違った。

歯を立てないようにするのが、本当に難しかった。

顎、首、口の負担が異常すぎる。日常生活で味わったことがない疲労感だ。

おばあさんの真似(上下くちびるで歯を隠す)のようにしなければ、歯を隠すことができない。

それだけではダメで、首を前後上下に動かさなければいけない。

ずっと口を不自然な形で大きく開けながら、顔を動かす。

これは本当に至難の技である

また、フェラチオをしながら興奮する女性もいると思っていたが、

ほとんどいないと思う。だって辛すぎる。こんなこと、2分もしていられない。

私はこんな苦行を、当たり前だと思ってお願いしていたのだ。



嬢とはシャワーを浴びて、消毒液で一緒にうがいをしたのちに別れた。

「ありがとう」と伝えると、「こちらこそありがとう」と返してくれた。

思春期から女性ホルモンを打っていて(これ高いと思っていたが、1回1000円くらいだそうだ)、

悩んだ時期もあったが、去勢をして(玉を取って)、今は都会に出て、

女性として生きて行くことができて、嬉しいと言っていた。



彼女には幸せになってもらいたい。

そして、今まで私にフェラチオをしてくれた人にも幸せになってもらいたい。

これからフェラチオをしてもらったら、せめてその5倍くらいはお返ししたい。

初めて、フェラチオをしてくれたことへの心から感謝ができるようになったのだ。

そして、フェラチオを当たり前の女性から行為だと思っていて、

半ば強制のようにフェラチオをお願いしていた、過去自分男性に言いたい。



君はフェラチオをしたことが無いのに、人にフェラチオをさせるのか?

2017-04-06

http://anond.hatelabo.jp/20170406144544

そりゃあ多いかもしれないけど

同性愛だって同性愛者の数は「世間風評」よりも実際は多いというデータが有るらしいし

貧乳好きにだってそういうのがあるんじゃね?って軽い気持ちで書くような人が出てくるのも仕方ないんじゃないのか?

てか、自分異性愛者だが、異性愛は当たり前じゃないと思うぞ。

昨今のダイバーシティ社会では恋愛対象性別すら「多様性」が必要以上に求められてるレベルなんだから

異性愛男性の中での細かいことでいちいち否定とかしてるのはそうとうまずい気がしたんだよな……

2017-04-03

http://anond.hatelabo.jp/20170402094445

その女性、ただ鈍いというか天然というか世間知らずというか頭悪くて

ナチュラルになーんにも気付いてないかもしれないよ。

自分を思い起こすに、25歳の時に35歳の男性なんて「恋愛対象に入るし、相手から恋愛対象として見られる」と言う発想すらなかった。

父親と同じというか、男性でも「70歳のおじいさん」と同カテゴリというか、そういう認識

いやBBAになった今では「25歳の女性恋愛対象とし、相手から相手にされると本気で思っている70歳のジジイ存在する」事は知ってるが

当時はそんな事思いもしなかった。

その女性もそうだったのかもしれない。

2017-03-31

潜在的バイなのか、本当はレズなのか

自分恋愛対象がよく分からない。

自分から異性である男性を好きになることはなく、相手からアプローチ意識することがほとんどだった。

アプローチされること無く自分から好きになった唯一の相手女性だった。初めての一目惚れだった。

正直な話、まっさら状態恋愛対象として意識してしまうのは男女どちらにもある気がする。外見的な好みがあるのは女性のみ。しかし、性的交渉をしたいと思えるのは男性のみだ。

女性に対し性的意識するのには嫌悪感があり、むしろ意識して距離を置いてしまう方だと思う。

男性交際している間は好きになっていると感じられるが、冷めるのも早く、気持ちが続きにくい。独占欲も薄く、相手に対して関心も薄い。

今は男性パートナーがいるが、家族のような愛情はあるが、異性としての愛情ほとんどない。正直、他の女性浮気していても嫉妬はしないと思う。

一般的に異性を好きになるという感覚がどういうものなのか私には分からないのだけれど、何となく自分恋愛感覚おかしい気がする。

今更女性と付き合って真実と向き合う気にはならないけれど、自分バイなのか、潜在的レズなのか、それとも意外と恋愛ってそんなものなのか、誰か私に教えてください。

2017-03-26

http://anond.hatelabo.jp/20170326185400

ちょうど25歳の女です。

好意がなければ手作りのもの食べたいと思わないし、35歳はギリギリ恋愛対象です。うまくいきますように。

2017-03-13

女性創作物を見て、恋愛対象になる男のスクールカーストはとても大事

ポイントなんだなと思った

2017-03-08

母と娘

私の母は幼少期に実親を亡くして以来育て親に精神虐待を受けて育ち、50代になった今でも自称「心が子供のまま」な人だ。

母は十数年前にスピリチュアル世界出会って以来どっぷりハマってしまった。当時小学生だった私は、その時こそ母の言うことを疑いもせず受け入れていたのだが、多分、中学生になったあたりからは話の胡散臭さと母への嫌悪感と、本来あるべきはずの母親像でなくなってしまったことが苦しくて悲しくて何度も泣いた。

小学5年生のある日、母にこう言われたのを覚えている。

「ずっと私に愛されてなかったの、気付いてたんでしょう?」

確かに昔から私が何かを言った時には否定的な返事をされることがほとんどだったし、常に兄弟と比べられたり行動を責められたり、そんな毎日だった。

ただ、私にとってはそれが当たり前で母からそう言われるまで気付かなかったので(もしくは気付かないふりをしていただけかもしれない)大変ショックだった。


歳をとるにつれて、年上の人に可愛がられたい甘やかされたい子供扱いされたいと思うことが増えて、自分大人になっていくのが怖くて仕方がなくなった。

そして、恋愛対象として好きになるのはいつも年上の人だったけれど、好きな人に酷いことを言って傷つけて自分も傷つきたいと心のどこかで考えてしまうようになった。

こういった「子供のままでいたい」「自分幸せになってはいけない」気持ち子供時代の育ち方が原因なのだろう。

自分がこういう風に育ってしまったことも、今では、母も辛かったのだろうと察することが出来てしまうことも、ただただ虚しい。

昔はあれだけ母のようにはなりたくないと思っていたのに気付けば母の投影のように生きてしまっていて、将来への漠然とした不安が拭えない。悲しい。

2017-02-26

本田透はどこへ消えた?

本田透」と聞いて、「ああ、あの人ね」と一人の男を思い出す人はもはや少ないかもしれない。

から10年以上前2005年、『負け犬の遠吠え』や『電車男』のブームに反発して、『電波男』というタイトルの本で最もラディカルなオタク擁護を行った人だ。

当時、オタク恋愛弱者で「大人に成り切れない大人」として扱われていた。そんなオタクに対して『負け犬の遠吠え』ではオタク恋愛対象にならない、大人に成り切れないオタクが増えたせいでまともな恋愛ができなくなった、と批判し、『電車男』では「オタク卒業して真実恋愛を見つけよう」と煽った。

本田はそんな風潮にたいして、「いやいや、真実恋愛オタク側にある」と180度傾倒した思想を展開した人だ。

現実社会恋愛は打算が絡み合い、相手を傷つけあうような暴力的恋愛だ。それに対してオタクが行っている脳内恋愛は、誰も傷つけず、打算も絡まない純粋恋愛だと反論したのだ。

本田の主張はセンセーショナルだった。熱狂的に受け入れるものもいたし、極論だと反発するものもいた。是か非か、で論争となり、当時の主要な思想家は彼の考えに言及した。ほとんど彼を批判するためだけの本も出た。

本田オタクキャラクターを愛でるときに使っていた「萌え」という言葉は、恋愛を超克したものだと位置づけた。ネット用語だったこの言葉は一躍ホットワードとなった。

彼の主張は岡田斗司夫の「オタク情報社会に適合した最先端人種」というオタク擁護を引き継ぎ、さらに先鋭化させたものだった。本田自分の考えを深掘りし、哲学史文学史とも接続させて思想的な裏付けをも与えようとした。

このうえ、本田ライトノベルも書き始めた。それは自分思想の「実践」だった。人類が最高に萌えられるキャラクターを生み出せれば、恋愛で傷つけ合う人々もいなくなるはずだ、という考えのもとに行われた。2005年2012年にかけて、ほとんど毎月のように彼のライトノベル刊行された。異常なペースだ。

オタク生活が「思想」や「ライフスタイル」じゃなくなって、「娯楽の一部」になってしまった今じゃ、彼の本を読んでも「何この人、こんなに鼻息荒いの?」としか思われないかもしれない。当時のオタクを取り巻く状況を込みで知らなきゃ、この本の勢いはわからないだろう。

萌え」もすっかり死語になってしまった。当時纏っていた特殊意味合いは今ではなくなっている。

本田2012年に『ライトノベルの楽しい書き方シリーズの最終巻を刊行して以来、一切、本を出さなくなってしまった。

もはや自分の考えを表現することに興味がなくなってしまったのか? セールス的な要因で出せなくなってしまったのか? あるいは大著の準備をずっとしているのか?

その理由は一切わからない。更新の止まった公式サイトだけを残して、彼は長い沈黙に入ってしまったのだ。「本田透、何しているんだろう?」と言う人もいない。あれだけ論争を巻き起こした人なのに、この扱いはちょっと、いや、かなり寂しい。

村上春樹新刊を出して、小沢健二が復帰し、林原めぐみが初ライブをするって聞いて、ふとこの人のことも思い出してしまったよ。

2017-02-15

舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」(ネタバレ注意)

とんでもない作品だった。とんでもない体験をした一週間であった。


まず先に言うと、本作品は『ミステリー演劇』だった。

それは原作推理小説カテゴリーされているからとか、原作者江戸川乱歩だからとか、そういう理由じゃない。

私はその解説、および回答を以下に記すのだけど、それは完全なるネタバレです。

もう知らなかった頃には戻ってこられない、作品を殺す系のネタバレ

なので、未観劇の方には本当に読むことを勧めません。

本作は素晴らしい完成度の傑作だし、舞台演劇でここまでのミステリーを作り上げるのは絶対に容易じゃない。

また、私はエグいほど容赦なくネタバレしていますので、正直自分ももう二度とミステリー演劇は鑑賞できない脳になってしまったのでは…と震えております。

(なので、読んでほしい気持ちがあって増田に書いているものの、観劇済みの方も生半可な気持ちではネタバレを読んでほしくない。六道の辻で迷い不幸だと感じている方にだけ、光が届けば良い。)

まり未観劇でネタバレを読むということは、人生の楽しみを自らの手で一つ潰すということ。尋常じゃない損失です。

本作はDVDの発売が決定しています。

公式DVD予約サイトhttp://www.shop-ep.net/east_park/shopping/a04020102/iid/0000000001746/

(発送日未定。予約は3月末まで)

めちゃくちゃ好評だったので、あなたの周りにも購入している人が居るはず。そして恐らく「見せてほしい」と頼めば喜ばれるはず。布教したくなるタイプの作品なのです。なので数ヵ月後DVDを鑑賞してから、是非また読みに来てください。

「数ヵ月なんて待てねーよ!」って方は、妥協点として2015年に他の演出家さんで上演されたものを見ることができます。

こちらは未観劇のためなんとも言えませんが、おそらく2015年版は絶対解けない「超ハードモードの『ミステリー演劇』」か、『ミステリーではない普通演劇』の可能性が高いと予想しています。でもまぁ全く観ないでネタバレ読むよりは絶対良い。

たぶんDVD売ってるし、3月になれば我らがdアニメストア殿が配信してくれます。

https://anime.dmkt-sp.jp/animestore/CP/CP00000660

高いチケット買って劇場に行くか高いDVD買うかしか選択肢がなかった時代を生きてきた作品の取捨選択にすごい苦しんできた勢なので、dアニさん月額400円でこんだけ見れるとかマジ神過ぎ。最初目を疑った。(WOWOWさんにも感謝していますが、うちTV無いから見れないんですよ…そもそも家にあんま居ないし。お金なら払うのでスマホでもWOWOW見れるようにしてください。)

原作「孤島の鬼」を読むのも手ですが、本作はある意味では『原作本質を描いている』けど、ある意味原作とは全くの別物』です。だから舞台版のネタバレは、舞台版を観てから読んでほしい。

そして、せっかく未来の楽しみを潰してまでネタバレを読んでしまうのだから、その前に『ミステリー演劇』の推理に挑戦してほしい。

一人で解くのは超ハードだと思うので、できれば仲を深めたい方と一緒に。(私が今回の回答に至るのに協力してもらった友人の数は4人です。内1人は原作を読み込み一緒に推理してくれました。)

ぼっちの方も安心してください。本作はめちゃくちゃ面白かったので『2017年版の感想』も、ネットの海に転がっています。そこから辿り着くことも不可能じゃないはず。鮮度のいい印象論の良さも、一晩寝かせた感想の良さもあるので、いろいろ漁ってみてください。

あと私は推理した一週間の思考ログをほぼすべて残しているので、トリックがわかってからログを読み返してみたら翻弄されている自分がめちゃくちゃ面白かった(当時は睡眠不足神経衰弱で瀕死でしたけどね)。間違ってはいないけど騙されている。そんな楽しさもあるので、ぜひ推理に挑戦してみてください。

そして私がまだ解いていない謎の答えを見つけられたら、ぜひ教えていただきたい。

また、運良く本作を劇場でご覧になられた皆さま。感想はもう書き残しまたか

公式がwebでアンケート回収もしています。送ると抽選で非売品舞台写真もらえます。私もとても欲しい。

本作は、『感想を残す』ところまでを含めて作品です。せっかく運良く観劇できたのだから、140字で良いから書き残しておきましょう。

できれば思いの丈をすべて書き出しておくと良いです。『他者に感想を伝えようとした人だけが、謎解きの後に得られる感動』があります。(※個人の感想ですが!)

この感動を、本作品が本当に素晴らしい江戸川乱歩原作舞台化であったことを伝えたくて、読んだら作品を殺すことになるようなネタバレを恥を忍んで書いています。

私はソワレ観劇後、徹夜で翌昼に感想書き上げました。これが私の沼への一歩だった訳ですけれども、これを書き残しておいたお陰で、謎が解けた時に私の回答を出すことができました。

一度ネタバレを読んでしまうと、もう観劇で感じた感想書けなくなると思いますので、本当に一言で良いから感想書き残しておいてください。ついでだから公式アンケートに答えて非売品写真当てましょう。当たったら私にも見せてください。

最後に公式各位。

ネタバレにあたる部分は私の個人的ミステリー体験なので、これが公式解とは主張断言しません。

と言うか、理由なき見落しと、自分の能力ではどうしても咀嚼できなかった部分(言葉スムーズに脳に入ってこなくて読解しながら観劇することができなかった原作には無いシーン)があったので、私のネタバレは不完全です。他にも拾い損ねている箇所がポロポロ出てくる。逆転する可能性が大いにある、お粗末な推理

ですが、キャストの皆さまが最後までネタバレに配慮されていたのに、ネタバレを公開し誰かに読んでほしいと願うことが、浅間しいようにも感じています。

ネタバレ注意喚起に約2000字程裂きましたので、どうか堪忍してください。

p.s.オリジナルマグボトル購入しました。作中に赤い色が無かったのでデザインも綺麗だし購入したのですが…紐解いてみるとなかなか意味深なグッズですね。とても良い記念品になりました。


それでははじめます。

導入


無人の屋敷に風が吹き込む

暗転

まったく光のない深い暗闇から男性の声が聞こえる

「不幸ということが、私にもよくよく分って来ました。本当に不幸という字が使えるのは、私だけだと思います。遠くの方に世界とか日本かいものがあって、誰でもその中に住んでいるそうですが、私は生れてから、その世界日本というものを見たことがありません。これは不幸という字に、よくよくあてはまると思います」

暗転明け

無人だった屋敷に白髪の男性が立っており、書物を音読していた。

彼は自身について取り止めなく独り言つ。

彼……『私』を語り部とした、物語がはじまる。


まず本作の初見の私の感想と回答は、下記増田で参照できる。

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

ミステリーとして解いた今読み返すと相当ブッ飛んだ納得の仕方をしている。自分の妙さについて今までなんとなく感じていた部分が浮き彫りになりすぎである。こわい。

当時も気持ち的にスッキリはしたけども、<もやもやした原因が『認知を歪められている感覚』だったのに、「それは作者の願いだよ!」という犯人動機の『妄想』では、『論理的解決』にまったくなっていない>ので、悶々とはしていた。

作り手側は演劇を魅せるプロだが、観客は演劇を観るプロだ。伊達や酔狂でやっているわけではない、こちとら真剣に観ている。

認知を歪められている感覚』なんて中途半端ものは見過ごせない。

ちゃんとトリックを暴きたかった。

そこからずるずると私は沼に嵌まっていき、推理のためにガチで眠れない一週間を過ごすことになる。

そもそも、舞台「孤島の鬼―咲きにほふ花は炎のやうに―」の何がミステリーなのか。

それは、本作品が叙述トリックを駆使し、とある真意』を隠しているということにある。

しかし私の目下の推理動機は、トリックを逆手に取った『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』にあった。どうしても二人を幸せにしたかった。

そのために以下のことを行った。

そしてひたすら二人が相思相愛ではないという可能性を潰し、相思相愛である可能性を見つけ出す作業


解説『簑浦も諸戸も幸せになれる最適解』①

箕浦の白髪

二人の愛の一番の障害は、箕浦の白髪化=「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」という点。

これが諸戸が箕浦の前にあらわれることがなくなった原因だと思う。彼がどんなに誠意を尽くそうとも、これだけはどうにも覆すことができない。

しかし、実は原作では白髪化したタイミング=直接的な原因が諸戸に襲われたことのみだとは明記されていない。

そして舞台でも、実はめちゃくちゃぼやかされている。

冒頭、語り部である『私』が自身の体験した恐怖について語ろうとする。その時にまるでトラウマが呼び起こされるかのように喉元を掻く仕草をする。

後半井戸の奥、深い完全なる暗闇の中、水位が増して死の恐怖に襲われた時。『私』佐藤箕浦も、諸戸と石田箕浦と同じマイムを行って移動し、水位が増しだすと喉を掻いて苦しみ悶絶する。

これは、白髪化するほどの『生理的』な恐怖が、諸戸に襲われる前から強烈にあったという解釈にできる。

では逆に、諸戸に襲われた後の恐怖はどうだろう。助八さんの救助が来て、生死の恐怖は去った。丈五郎の恐怖も去った。では諸戸に犯される恐怖はなくなるか? 普通に考えれば、自分を襲ってきた相手が側に居るなんて恐怖しかない。第三者が居るから安心だなんて暢気になれる訳がない。(学術的根拠を略していることは恥じています)

箕浦は、諸戸に襲われた時にあれほど恐慌したのに、襲ってきた相手が側に居てもケロっとし過ぎなのである脱出できた時なんて笑いあっていたりする。

これらによって、「箕浦は同性愛を『生理的』に受け付けられない」ということを否定できる可能性が、十分にある。

同性愛への拒絶:あの夜まで

生理的』に受け付けられない訳じゃないのなら、箕浦の同性愛への拒絶はどこからくるのか。

実は学生時代の箕浦は、同性愛を拒絶していない。

諸戸が触れるままにさせ遊戯を楽しんでいたと言っているが、これってちょっとエッチではないですか? 私は『もてあそぶ』というよりも、遊廓でのお戯れみたいな印象の方が強かった。エロかった。

…脱線した。ともかく同性愛を否定する、拒絶する描写が無い。

ましてや「あつい手だね」というセリフは、諸戸と佐藤箕浦の両方が同時に口にする。

これは原作では諸戸が言い、簑浦も『私も同時に、火のような相手の掌を感じた』とある

あの夜、諸戸と箕浦は、本当は同じ気持ちであったのではないか。

同性愛への拒絶:あの夜から

しかし大人になった箕浦…いや『私』佐藤箕浦は、頻繁に同性愛を拒否する。

そして井戸の中、「今こそ、僕の願いを容れて、僕の愛を受けて」と請い願う諸戸を「あさましい!」とはね退ける『私』佐藤箕浦。

実はこのセリフ原作には無い。そして学生時代のあの夜は諸戸の方が言っていたセリフなのだ

「君は浅間しいと思うだろうね」と。

箕浦に『同性愛を持つ者は異人種』だと一番最初に植え付けたのは、他ならぬ諸戸であった。

そしてあの夜、「『私』は諸戸との関係はこれで終わったと思った」。

もし、もし諸戸が、自分で自分の気持ちを否定してしまわなければ、二人が結ばれていた可能性もあるのではないか?

『箕浦』の存在

あの夜の後、箕浦が大人になりSK商会に勤める場面から「過去の『私』」石田箕浦が登場する。

大人になった『私』佐藤箕浦は同性愛嫌悪感情を見せるが、石田箕浦は同性愛嫌悪していない。

諸戸が自分に恋していることを頭では理解しているが、そもそも同性愛をわかっていない。だから諸戸からの熱視線性愛アピール)をまったく感知できないし、諸戸からの接触に応えること・握手を求められた手を握り返すことができる。

スポットライトが当たらないところでの石田箕浦と諸戸は、まさしく「諸戸と簑浦は何か変だ」状態熱視線を送ったり触れようとしたり羞恥の色を見せたりする諸戸に、石田箕浦はまったく気付かない。A.T.フィールド固すぎ)

絶望的に脈ナシな究極のノンケ

原作の簑浦とはかなり印象が違うそう(私は一度推理完了するまで未読を貫く主義のため世論であるが)。

簑浦と箕浦、原作とは名前漢字が異なるし別人か? いや、そうじゃない。無意味な改変は絶対に起こらない。「虚偽の事柄を事実として書くことはアンフェア」だからだ。印象が違うなら、『変えた理由』と『変えても原作の簑浦を成立できる理由』がある。

石田箕浦が登場する前。佐藤箕浦が諸戸との関係は終わったと思ったあの夜。諸戸が泣きながら請うた内容は以下だ。

「君は分っていてくれるだろうね。分ってさえいてくれればいいのだよ。それ以上望むのは僕の無理かもしれないのだから 。だが、どうか僕から逃げないでくれたまえ。僕の話し相手になってくれたまえ。そして僕の友情だけなりとも受け入れてくてたまえ。僕が独りで想っている。せめてもそれだけの自由を僕に許してくれないだろうか。ねえ、簑浦くん、せめてそれだけの……」

諸戸が願った内容、これまんま石田箕浦じゃん……

石田箕浦は諸戸を友人として深く信頼しているし、井戸の中でなんて一緒に死ぬことすら受け入れている。諸戸の願いを、字面通りに叶えている。

しかし周知の通り、諸戸が心の内で望んでいたのは、彼の『死にもの狂いの恋』を受け入れてもらうことだった。

諸戸の望みと願い

諸戸は自身について怖れている描写が多々あった。それは自分の素性と性愛対象が『普通と違う』ことでもあったし、『父に命じられたから行っていたはずの不気味な研究にいつしか諸戸自身不思議な魅力を感じはじめていた』ことも大きいと思う。

強い劣等感を抱えた自意識と、強い罪悪感をもたらす超自我

我と我身を醜いと卑下すればするほど、美しいものを強烈に求め、美しくあるべきだという観念に囚われる。

諸戸の心の内の葛藤が『手記の秀ちゃんと吉ちゃん』そのものに見えた。諸戸の望み(イド)と願い(超自我)は大きく解離している。

箕浦が写し取ってしまった『同性愛を持つ者は異人種』という価値観、『親友という姿』は、諸戸が持つ美意識刷り込みだった。箕浦にとって諸戸は、本当に「美しい青年」だったのだ。

『私』と『箕浦』

石田箕浦は本当にクセのない、まっすぐな好青年だった。諸戸の理想とする『普通』がそこにあるように見えた。そして原作の簑浦とは印象が異なる存在

これはつまり、簑浦のイドと超自我のようなものが、『私』佐藤箕浦と石田箕浦に分かれて表現されているのではないか。一人の人間を二人で演じ、二つの存在(語り部の『私』と、簑浦のイド)を一人が演じているのではないか。

彼らの箕浦の分担は、紀州の孤島に着いてから大きく変動し反転してゆく。

井戸の中で諸戸に襲われ、完全に石田箕浦から佐藤箕浦に替わったのは、諸戸が望んだ存在が友人ではなく恋愛対象としての箕浦だったこと、そして諸戸の手によって「諸戸の理想とする『普通』」が壊されてしまったこと…『私』になった石田箕浦にも諸戸の姿は獣のようだと評されている。学生時代のあの夜に諸戸が否定をしてしまったこと、それの繰り返しだった。

『私』の恋心

そして秀ちゃんへの恋心を諸戸に恥ずかしいものと責められる場面。実はあれは原作だと簑浦のモノローグによる言い訳タイムとなっている。諸戸はそもそも丈五郎に捕まって、島に到着して以降会っていないというのだ。正確にセリフを覚えていないが、原作未読の私でも、最初に秀ちゃんから手紙を受け取ったシーンに諸戸が居ることに強い違和感を感じた(そして友人が原作では諸戸が居ないことを確認してくれた)。

よくよく考えれば変なのである。箕浦に恋慕を寄せる諸戸に責められる筋合いはない。初代に操を立てるなら諸戸の恋に応えることも恥ずべきことだし、諸戸に気を遣う必要だって本質的には無いのだ。(まるで『アイドル恋愛しちゃいけない』理論だ。)

ではなぜ超自我ポジションである石田箕浦ではなく、諸戸が責め立てるのか。

箕浦の美意識は諸戸の影響を強く受けているから諸戸の姿をしていたとも捉えられるが、それ以上に、常識的な葛藤だという以上に、箕浦の心の中に諸戸を慕う側面も幾ばくかあったから、秀ちゃんに恋する自分と、諸戸を慕う自分で対立したことを表現していないか。

佐藤箕浦はもちろん初代にも秀ちゃんにも惹かれているが、彼が箕浦のイドのポジションであるならば、諸戸のことも結構好きだった。(イドでなく単なる『私』なのだとしても、諸戸を見つめる視線に愛憎のような熱が込もっていたし、)諸戸との会話に深山木が入ってきたとき「早くないですか!?」と驚くのは二人の箕浦で、石田箕浦一人だけが言うと単純に時間が早かっただけに聞こえるが、佐藤箕浦も合わせて言うことで「諸戸との会話に邪魔をされた(もっと諸戸と話したかった)」かのような邪推ができてしまう。

海岸で諸戸を見付けるのも石田箕浦ではなく佐藤箕浦だ。

そして諸戸が握手のために差し出した手を『箕浦が握り返さなかった』時。諸戸は驚愕の表情で『私』を見る。見つける。実は、物語の始まりを告げる運命が廻りだすような音楽が流れて以降(犯人だと疑って諸戸の家を訪ねて以降)、諸戸が『私』を初めて見たのが、この『箕浦が握り返さなかった』時。

握り返さないのは、握り返すことに意味が生じてしまうから石田箕浦は諸戸の恋をまったく感知しない。そんな石田箕浦が握り返さないわけがない(実際に、諸戸に見つかってしまった『私』が顔を背けた瞬間、石田箕浦は手を握り返す)。つまり学生時代のあの箕浦が、心の中にまだ居たということ。

諸戸にとってはそりゃあ嬉しいことだろう。彼はそれ以降箕浦に話しかける時、佐藤箕浦を見てから石田箕浦を見る。ここからどんどん、『箕浦』の行動を表現するのが佐藤箕浦へ移行してゆく。

すれ違う二人

一度は友人として、諸戸と共に死ぬことも受け入れた箕浦。

しかしその結末を自らの手で潰す諸戸。

逃げながら箕浦は吼える。「死んでたまるか!」と。箕浦は白髪化するほどの生死の恐怖を体験したばかりだ。

諸戸に襲われるも未遂に終わり、命が助かることに深く絶望する諸戸。

井戸を出た二人は笑いあう。諸戸は箕浦が白髪化するほど生理的同性愛を受け付けないのだと認識したように、箕浦の白髪を見て泣いているように笑う。

そして箕浦の前に現れなくなった諸戸は、気持ちを遺して逝くことで最期にまた箕浦へ大きな傷を残す。


解説叙述トリックを駆使し隠された真意

先述の通り、私の推理動機叙述トリックを逆手に取った二人が相思相愛であったことの証明にある。

からくりが解ってみると、どうってことない・ただ上演されているものそのままに過ぎないのだけど、ここに辿り着くまで本当に一週間ひたすら睡眠時間を削って悩んだ。二回目に観劇した時などは、とにかく正確に推理するためにありのまま最前列からガン見してきたのに、どうあがいても悲恋という現実に心が折れそうになった。マジで。実は二回目に最前列観測した時よりも、初見H列サイドから観劇した時の方がイイ線いってたよな(納得の仕方はブッ飛んでるけど)と思う。

で、共に推理していた友人が先に原作叙述トリックに気付き、簑浦と諸戸のBLは成立しているという解を出してくれたので、二回目の絶望した記憶で観劇を終えるのもなんだし推理はやめて初見のつもりで観劇しようと思って向かったのが三回目の観劇。最後尾辺りの補助席。

しかし驚くほど新たな発見がまたどんどん出てきたうえ、深山木のセリフによって私は舞台も叙述トリックを使ったミステリーなのだ確信してしまう。

これは原作にもあるセリフらしいのだが、深山木がトリックについて思わせ振りなことを言うシーン。そのセリフが完全に『叙述トリック説明』になっていたのだ。聞いた瞬間、震えが走った。

本作がミステリーであると気付けるように、最初から以下の違和感と解法が提示されていた。

さて。ここで疑問に思われることがあるだろう。なぜ叙述トリックを使用しているのか? 隠したいものは何なのか?

この件について私は非常に貴重な体験をする。

本作の大好評っぷりと、推理に明け暮れ神経衰弱している私を心配して、友人が本作を観劇してくれた。三回目観劇の日、偶然スケジュールが合って友人2人(友人Aと友人Bとする)と一緒に観ることができた。終演後、私はわくわくしながら二人に感想を求めた。

友人A「箕浦殴りたい……不快過ぎて体調悪くなってきた……」(※意訳)

当時、箕浦殴りたい勢は最大勢力に感じた。過激箕浦擁護派も0ではないが、大多数が箕浦(おそらく『私』のみ)に不快感情を持っていた。冗談ではなくガチで友人Aが苦しそうにしており、私も初見後は物凄くモヤモヤしていて苦しみがよくわかるので、少しでも気が晴れないかと友人Aと対話することになる。

不快感を分解していく。

友人Aは非常に言いに難そうに、しかし押しかかる不快感から助かるため、意を決して打ち明けてくれる。

友人Aも不快の対象は『私』にあり、その根源を追ってゆくと友人自身が「『拒絶』されるのが本当に無理」だから、諸戸を拒絶しているのに側に居た『私』を悪だとした。

増田「拒絶することを『悪』だとするなら、今『拒絶を拒絶』している友人Aも悪だということになるでしょ? 友人Aは悪なの?」

結局友人Aには私の初見感想を読んでもらい、加えて私の心の闇()もひっかかった話をしたことで、とりあえず翌日出社できるレベルには不快感が晴れたと言ってもらえた。良かった。

さて、私は友人Aと対話して思った。「もしかして江戸川乱歩のやりたかったことってこれでは?」

感想を書いた方ならわかると思うのだが、感じたことや思ったことの根拠を話そうとすると、自身についての話、しかも心の闇()の部分を語らないとどうにも説明できなくなってしまう。

私も推理ログ含め大量に書き残したが、心の闇()を除いても、暗闇マジ怖い体験とか、無意識下の生理的拒絶は実在するよ体験とか(思えばこいつが二人の恋の一番の障害だった)、とにかくネガティブ体験談バンバン出てくる。

共に推理原作解読した友人も、舞台の感想を書こうとしたら闇にぶち当たって、書くのを控えようとしていた。(Permalink | トラックバック(0) | 22:47

2017-02-14

男女の友情は成立するのか

本日は聖バレンタインである

職場では、女子力たか女性社員によって手作りや、既製品チョコレートが配られていた。

私はここで務めてから、初めての2月14日だったので、勝手がわからなかったがこの会社女子力たかいのだと思った(近くの席でチョコを持参していない女性社員は2割程度だった)

男女の友情は成立するかについて、

異性経験が乏しいため2人きりで夜食事にいくとなると「おっ?」と思ってしま自分がいる。

好みでない異性と2人で食事に行くことはしないし、まず異性とここまでの関係になることもそんなにない。

今まで男女の友情は成立しないと思っていたし、2人で食事にいく仲になればそういう目で見ることも必ずあると思っていた。

しかし、最近そうでもない、相手がこちらを完全に恋愛なしで見ているパターンが多くなってきた。

今日相手(夜2人で飲むのは初めて)は、前から気になっていた存在でもあった。が、今のところ、恋愛対象としては見られていないように思える。

相手の態度を見ていると、男女の友情も良いんじゃないか?と思えてきた。

友達というのは、大切である

セックスという快楽抜きで語らえる、寂しさを共有できる友という存在は大切である性別がどうであろうが。

私にとってセックスは、とても大事だけれども、そのリターンもリスクも高い行為で寂しさを紛らわすことは、失うものも多いのだよなあと改めて思った。

受験は終わらない。

今年は受験生だった。大学受験

ただ幸か不幸か、高2の冬にオタクになった。

私は幼いころから漫画が身近にあって周りと比べるとまあまあ読んでいたほうで高校生になりバイトを始めると、使える限り漫画に費やしていた。

けどそれだけ。漫画をほかの人より多く買うだけ。

アニメはたま~~~~に見ていたけれど、アニメオタクと語れるほどのものではない。ワンクールに3つ見ていたら多いほうで、声優はいくら有名どころでも名前がわかっても声がわからない、逆もまた然り、その程度。

けどすべて高2の冬に変わった。もっと遡ると夏が原因かもしれない。

夏にとあるソシャゲにハマって毎日ログインしてはランク上げに励み、イベントがあれば上位に入ってレアカードを狙い、石を集めてはガチャを回した。無課金だったけれどCDが出れば買っていた。

そしてそこで出てくる声優を覚えた。

でもやっぱりそれだけ。

冬…というか秋アニメとあるアニメにハマった。そこで人生が変わった。

しかも夏から始めたソシャゲと出演声優が被っていて、その人自身への理解も深まりアニメに恋をしてなんとかぎりぎり一般チケットをとりイベントへ参加した。

そのイベント声優のものに恋をした。ファンになった。

ハマる、という言葉の本当の意味を知ったような作品になった。

そこからと言うものアニメは一旦終わったものの、コンテンツのものは終わることな情報小出しに細く長く続いて、1年経っても月1で何かしらある状態にいて冷めることができずに追いかけ続けた。

声優に関してはどうせ1か月後には興味を失ってるという線引きを一応するスタンス応援し続けて結局いまだに好きという状態

出演アニメはとりあえず録画するし、イベント情報が手に入れば、一応全部検討して行けるかどうか考えた。何回かは行った。

シチュエーションCDという存在をその人をきっかけに明確に認識し、フォロワーオススメされた作品にまんまとハマっては、めちゃくちゃ熱を入れた。

自分乙女系の作品が好きだと自覚し、推しがいなくても好きそうなものは追いかけた

また、舞台にもハマった。まああるところから繋がりがあり、興味が出て見ては好みにどんぴしゃ

まり

馬鹿みたいにオタ充した。それが高3。

季節が変わるごとに放送アニメは変わり、シチュエーションCDなんてシリーズで追いかければ、月1で新作が出る。

イベントは定期的にあるし、ものによっては円盤も出る。出ないものもある。

常に供給があり、しか結構限定的

リアルタイムで追いかけなければリアルタイムで感じた感想に巡り合えない、もしかしたらインタビューとか逃してしまうかもしれない、雑誌も買わなければ…そう思ったら情報のチェックは欠かせない。

あとから知っては遅い。その価値観さえ捨てれば我慢できたのかもしれないけれど無理だった。

だって好きになったものは全部追いかけたいじゃん!

終わったあとに知るのは悔しい!

もうなんていうか本当にどうしようもなかった。

きっと私以上に時間趣味に費やしていてもきちんと勉強できる人はいたのかもしれないけれど、私は私だ。

まったく勉強しなかったよね。しか試験が近づけば近づくほどする時間は減っていくばかり。夏にはまだ1日10時間していたのに。それでも足りないけれど。

結果大学全落ちして今日家族会議

どうしたいかと言われても難しい。

想像能力が乏しく、将来よりも目の前の幸せを優先させることに必死

例えば浪人することにしよう、そしたら私はまた1年趣味に全力を出せない。大学にいけば全力を出せるかと言われてもそれは違うけれど少なくとも受験生という負い目はない。

趣味を一切我慢するなんて考えられない。

それに好きな作品にはファンが願って願ってお金を出し続けてついにアニメに続編が来た。

思わぬハマりを見せたシチュエーションCDも、続編が決まっていた。また半年間のマラソンだ。

舞台もまだ続く。

推しの出演作品も続々と決まる。過去だって見たいのに。

もどかしい、もどかしすぎる。さっさとお金を稼いで自分のすべてを費やしたい。

そんな誘惑に負けていいとは思ってない。私にだって勉強したい気持ちはある。教養がほしい。もっと得たいなにかがある。

馬鹿が嫌いなわけではないけれど、それ以上に勉強ができる人間に恋い焦がれる。あこがれる。頭の良い人は面白いから好きだ。

私が好きだと思った人の頭はよかった。恋愛対象としてじゃなくて人間として。

頭の良い人が集う環境にいたほうが効率よく頭の良い人と出会える。

もちろん勉強するために大学に行きたい。

さいこと書いてるように思えてきたーーーーー。

実際そう、くさい人間で、ただの勉強のできないオタク

大好きな作品出会うことのできたあの日々に後悔ができない…タイミング大事だし人生は潤った…。

自業自得でも幸せは得た。その分たくさん苦しまないと何も得られないのだと知った。私は天才ではないから。

どうするべきか決まらない。今からでも出願が出来て確実に受かる適当大学に行って趣味に費やしたいけれど、ちゃんと今勉強して来年また大学を受けるべきか。

浪人したって成績はそこまで上がらないとはよく聞く。じゃあ私はまた来年同じ思いをする。

現役で一所懸命できない人間浪人しても受からない。

私は経験がないから知らない、でも多くの受験生を見てきた人々がいうのだからそれが正しいと信じる他がない。

すべては自分次第だろうけど、自分を信じられるほどの実績が自分にはない。

気持ちだけで終わる。

ただの馬鹿受験生ぼやき

こんなこと書いてないで勉強したほうがいい。

2017-02-12

幸せジレンマ

同性の恋人がいる。

あと、出生時とは違う性別で生きている。

「遊べるこの18~20の時期に、同性の相手と付き合って、恋愛偏差値下げて、経験する機会もなくしてる」

昨日、ふとこんなことを言われた。

恋人は、元々ストレートだった。

自分友達が少なくて、というかいない。

休日は家で勉強をするか、ネットサーフィンをするか、1人で買い物に行くか、恋人ともあまりアクティブに出かけない。

兄弟がおらず、いずれは就職して、親を介護する日がくる。

自分結婚子供も考えておらず、このままいくと1人で死ぬ

それは、自分選択した未来だ。

恋人とは、いつ離れるかわからない。

お互いに現実が見え始めたとき自然消滅しているかもしれない。

今まで考えてこなかったわけじゃないけど、助けてくれるか分からない神様にはずっとお願いしていた。

将来、1人になることは分かっているから、どうか今はわがままを聞いてください、と。

恋人自由にさせた方がいいのは分かっているけど、好きだから選んだわけで

相手自分を選んでくれた、現実があって、それは幸せなことで。

でも、一言で、今まで踏みしめていた地面がグラグラと揺れているように思えてきて

自分と付き合っているから、恋愛偏差値を下げてしまったのか、それともストレートを変えてしまたからなのか

選んだ自分責任はあって、でも、選んだ相手にも責任があるんじゃないかって

悪気はなかっただろうそ一言が、自分の首を絞めた。

出生時の性別で生きることの難しさを知り、恋愛対象性別を変えることを諦め、自分らしさ幸せ模索しながら、生きてきた。

自分選択が、不幸だとかそんな自慢をするつもりはない。

それでも、この先そんな未来が待っているのかと思うと、少しだけ絶望した。

マイノリティであることを誇りもしないし、異性愛者の、一般人として生きている。

からこそ、ふと我に返ってしまった。

恋人は何も悪くない、自分も悪くないと思う。

勝手幸せと引き換えにした、将来の枷の重さが、大人になって分かり始めた。

わがままだと思う。

だけど、そんな言葉、君の口から聞きたくなかった。


1度投稿に失敗しているので、似たような投稿があったら、それは同一人物です。

2017-02-09

北海道田舎で育ち、大人になった

北海道田舎で生まれ育ち、大人になった。

大人になると、ここまで「マイルドヤンキー」という言葉に直面するとは思わなかった。

学生時代まともだった奴は、俺含めて全員上京した。東京に限らなくても、全員北海道を離れた。

北海道にはまともな就職先はないからだ。

求人票を見れば、一般的会社員と同じ時間拘束されるのに月の手取り10万円とかいうアホな求人が山ほどある。そんなんでどうやって生活していけばいいのか。バイトしたほうがもっと貰える。

なので、まともな奴は就職と同時に北海道を出る。

まともじゃない奴、つまり学生時代ヤンキーだった連中は全員地元に残る。

異常な地元愛があり、全員EXILE漫画ワンピースが大好きで、

休日ドンキホーテで買ったフワフワを社内にゴテゴテ装飾したワゴンRイオンモールかROUND1に行く。

見事に「マイルドヤンキー」の定義通りだ。

この中には、上記の「拘束時間は長いのに月10万」の仕事をしている奴がたくさんいる。

そんな状況でどう生活しているのかは謎だが、こいつらは二十歳で即結婚する。

これまた謎だが、学生時代ブスだブスだとからかわれて男子恋愛対象から除外されたブスと結婚するヤンキーが多いこと。

学校卒業してから何があったんだ?

まあ、大人になると化粧の技術が向上するだろうから

学生時代はびっくりするようなブスも普通に見れるようにはなる。

化粧したとたん、それまでそっぽ向かれていたブスが急に男にチヤホヤされるようになる。

大人になって久しぶりに再開して、急に美人になったブスと結婚してしまヤンキー男がかなりいる。

学生時代散々ブスだデブだといじめていた女と、どんな気持ち結婚しているのだろう。

バカから何も考えていないんだろう。

女子は、学生時代まじめだったりブスだったりしたくせに中学高校入学したタイミングで急にヤンキー化してしまうのが多い。

田舎女子学生にとって、ヤンキーと付き合うことがステータスから、地味な自分を変えない限り学校での地位は上昇しない。

こうして、真面目だったり地味だったりしたのに急にヤンキーデビューしてしまった女子

田舎から出れなくなり、月の給料手取り10万のイモかゴリラのような顔した体育会系ヤンキー結婚することになる。

それでも彼らは学生時代地位大人になった今も続いていると錯覚したまま、幸せ暮らしている。

井の中の蛙とはまさにこのことだが、一生を田舎から出ずに終えるのでそれでいいんだろう。

学生時代ヤンキーデビューさえしなければ、田舎から出てもっといい生活が出来ていたのだが。

一方、田舎限界を知って状況した俺たちは、田舎ヤンキーより良い生活はしているのだろうが

もうすぐ30なのに、誰一人結婚していない。首都圏は刺激が多くて、結婚しなくても一人で十分楽しいのだ。

美人女友達は、学生時代まともだったのに上京したとたん

イイ男を次々とっかえひっかえするようになってしまった。

一流企業に勤める美人だと、スペックの高い男と出会うことが多くて一人だけ選ぶことは困難のようだ。

女は、どのみち環境しだいですぐ変化してしまう生き物なのだなあ。

おれは普通女の子結婚したい。

2017-01-30

おっさんもっと自分性的価値自覚したほうがいい

私のタイプ、というか恋愛対象は、40才未満、薄顔の雰囲気イケメンである

個人的申し訳ないが、例を挙げるなら加瀬亮や、坂口健太郎、BUMP藤原基央の顔や背格好が好み)

しかし加瀬・坂口藤原セックスしたいか?彼らに欲情するか?というと微妙だ。

私が最高に興奮するのは、おっさんとのセックス想像したときである

男性は「美少女になって汚いおっさんに種付けプレスされる」という願望を抱いている人が多いようだが

それに近いものがある。

さすがにホームレス級に不潔なおっさん病気になりそうなので遠慮したいが、

おっさんの汚さレベル性的興奮は比例するように感じられる。

稀に、若々しくてブランドスーツパリッと着こなし、きちんと髪をセットし、綺麗な靴を履いた紳士おっさん存在するが

そういうおっさんデートするのは楽しいかもしれないけれどあまりムラッとしない気がする。

周囲におっさんがたくさんいるので、奴らを観察する機会がよくある。

おっさんという生き物は、本当に臭くて汚い。

(まあ、私もいずれは臭くて汚いおばさんになるのだが)。

ヒゲの点々とした剃り跡は寒気がするし、スーツ肩に白い粉がついていることがよくあるし、油っぽいにおいがするし

一見若く見えても細かなしわとしみがいっぱいあるし、かなりの割合挙動不審気持ち悪い。

しかし、それも私にとっては興奮材料しかないのだ。

だが、実際に汚いおっさん性交渉したことはない。

妄想はふくらむばかりだ。休みの日はこうしておっさん妄想に費やすことが多い。

以前、汚さレベルは低めだが完全なるおっさん好意を打ち明けられたことがあり、キモくて咄嗟に断ってしまったが今はとても後悔している。

けれども、現実おっさんといざ一戦!という局面を迎えたとき、尻込みしてしまうのではないかと恐れてもいる。

以前「男の娘とやりたくて仕方なくてついに男の娘風俗に行ったら、ちんこがでかくてグロくて肩幅も広くて萎えた」という記事を読んで

こういう風に私も心のちんこシナシナになってしまうのかもしれないと思った。

性的にノリ気になったおっさんがっかりさせて傷つけたくはないのだ。

実際、私のような願望を隠し持っている女は多いのではないかな?という気がする。

どういう欲望なのかは、うまく説明できないけれど。

からおっさんもっと自信を持って、自分性的魅力を認識すべきだと思う。

増田で女のふりして投稿してる場合じゃないよ。

2017-01-28

自分は大してかわいくもないし、面白くもないし、気も効かない。元オタク

なのに好きになるのはいつも所謂飲み会でウェーイってするタイプ男性でさ。

ただ、自分がウェイウェイした属性じゃないのを分かっているから、運良く近づくことができても自分から積極的アプローチはできないし、

もちろんウェイなやつの方も恋愛対象としては接してこないし、当然報われることはなく。

かといって自分のことを好きだと言ってくれる穏やかな男性のことは、自分の方が異性として意識できないもので結局うまくいかず。

自分にないものを持っている人にしか惹かれないのは苦しいのう。

2017-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20170125195450

回答します。

女性です。恋愛対象男性です。

しか特殊な例かもしれません。

私は更衣室が誰と一緒でも平気です。

見た目が男性でも女性でも心が男性でも女性でも。

もともと身体を誰かに見られることに羞恥心を感じないタイプです。

小学校高学年くらいまで、プールの授業のとき、素早くぜんぶ脱いですっぽんぽんになり水着を着ていたので、誰よりも早くプールサイドに行っていたことを覚えています

小学校高学年になってクラス女の子たちに「タオルで隠して着替えなよ」と言われて初めて身体って隠さなきゃいけないんだと気付きました。

実は私みたいなタイプの人って多いんじゃないか…?

羞恥心っていうのは社会的に植えつけられるもので、もともと人間が持ってるものではないんじゃないか…?と思っています

女としての価値。選ぶ立場か選ばれる立場か。

突然「コイツの事、恋愛対象としてどう?」と聞かれた。自分が皆からどう見られているのかが解らない。正確には、自分の「女としての価値」が解らない。

私は女として品定めされている方なのだろうか。それとも、女として合格で「斡旋」されているのだろうか。

昔、イジメやイジリ、罰ゲームで「この女とくっついちゃえよー」と、私が罰ゲームのダシに使われる事があった。モテない、冴えない女だったので(懐かしい…)。

雑談中、自然恋愛話になった。女の子達が「彼氏欲しい」「早く結婚したい」「合コン開かなきゃ」とか言っていて、私も自然同調して話に参加してた。

暫くして雑談に参加してきた男子Aが話の流れを追い理解たかと思うと、急に違う部屋にいた男子B(私もAも旧知の仲)を連れてきて「お前、コイツは?コイツの事はどう思ってる?」と急に言ってきた。

その男子Bの事は尊敬できる多くの友人の一人。けれど男子Bから直接私にフランクに話しかける様な事はしない。むしろ私を見かけると挨拶はサラっとするものの真面目な顔(塩対応に近い)をしたりします。いわゆる上っ面な感じ。

皆と一緒に居る時は、男子Bも空気を読んで私を塩対応せず(直接話しかけたりはしませんが)輪に溶け込む形で私も談話できたりする。

ただ、二人になると、警戒されるというか私を友人として価値のない人としてフェードアウトする様な態度を取られているので(雑談も無し)、第六感としては「あまり関わりたくないんだな」というのは察した。他の女子女性に対してはフランクに接しているので。

なので、私も空気を読んで適度な距離を保ってた。

そんな中、急に男子Aに「コイツの事、恋愛対象としてどう?」と言われて脳内は「は?むしろ嫌われてるんじゃないの?何この質問。」だった。

角が立たない様に、「尊敬するわー色々フットワークも広いしさー」など、笑顔対応した。その場に男子Bも居た。男子Bも私もその場の雰囲気を壊さないように朗らか姿勢対応してたけど…いかんせんしつこい質問攻撃ゲンナリした。何度も何度も男子Aは「私にだけ」聞いてきたし、そろそろ引き出しもなくなってきて、私もイラときた。

前置きが長くなってごめん。

この場合、私は女として品定めされている方なのだろうか。それとも、女として合格で「斡旋」されているのだろうか。

卑しい言い方をすると、「魅力があるのは私なのか、男子Bなのか。」

私は、男子Bの事が好きだと、周囲に思われているのか。

それとも、男子Bが私に好意?を持っていると思われているのか。

よく解らない説明になって御免。

因みに、何度も何度も男子Aが聞いていく内に、男子Bはそろそろやめろよ的な目で男子Aを睨み、制止しだしたので、私も「いい加減にしようね。」と男子Aに言った。

お流れになった時に、やはり最後まで喰い付いてきた男子Aに対し、男子Bは横からアガペーから。」と言っていたな。

2017-01-22

年齢にこだわらない

雇用恋愛も年齢にこだわらない世の中がいいのかな。

○○歳だから雇わないとか、○○歳だから恋愛対象にならないとか、

そういう判断は本当に意義があるのだろうか。

三歳年下を恋愛対象にするぐらいで騒いでたら、社会生活を送る上で仕事上の関係者結婚の知らせにいちいち発狂することになりそうだけど。

そういう人って現実の周りの人間結婚に関しては、たまたま年齢は認識されないとか都合のいい考え方になってるんだろうか。

2017-01-19

うみべの女の子

私には異性の友達で、親友と呼べるような存在がいる。

小学三年の時から腐れ縁で、中学高校と一緒で、クラスは離れたりしたもののいつも何かの縁で自分の近くにいた。委員会が一緒だったり、名前の順が近いため集会では隣にいたり、なぜか文化祭では二人が司会に選ばれたり。

私と彼は似てるんだと思う。

彼は自己中心的で、合理主義、冷酷無比だと自分を評しているが、まあその通りだと思う。しかしその実、人一倍繊細である自分に自信がなく自己肯定感が低いため愛されたいという願望が強い。自分に良い所なんてひとつもないと本気で思ってしまうほど自信がないのだ。でもその自信のなさを隠して不遜に振る舞ってしまうくらいにはプライドが高い。

そんな矛盾を抱えている。

私と彼は似ている。似ているからこそ、話していてとても心地よい。相手の考えていることが自分の考えていることと一緒なのが分かるから自分に一番馴染んだ他人、という感じがする。

でも似すぎているからこそ恋愛対象にはならない。自分を鏡写しにしたような存在と一生恋人として付き合っていくのはなかなかきつい。

彼は私に対して主に優しくない。わたしが失敗すれば容赦なくからかい

バカにする。容姿についてもいじり倒す。でも彼からいくらひどいことを言われようと、なぜか怒りは感じないのだ。怒るどころか、妙に嬉しくなる。こんな風に自分にあけすけにものを言える人なんて君だけなんだからな、という気持ちになる。

私も彼に対して同じようなテンションものを言う。素の自分でいられる。

今更気を遣う必要もないとお互いに了承し合っているのだ。

でも困ったとき寂しい時に側にいてくれたのはいつも彼だった。失恋した時、決定的なミスをしてしまったとき、一人で眠れない夜を過ごすとき。彼と他愛もない長電話をすることによってどれほど心が救われたか。そんな風に私の心を治療できるのは彼だけだ。

こんなに仲が良いなら付き合ってしまえば楽なんだと思う。その方が物事簡単に行く。でも恋愛対象として見るのは決して無理なのだ、そこが難しい。

こんな風にいつまでも敵であり味方であり戦友であり、親友であるような、二人にしかからない何かで繋がっていたい。切実にそう願ってしまう。

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