はてなキーワード: 宅地とは
https://twitter.com/sukinisitemokei/status/1294097810787188737
この件が話題になっていたので和歌山市で起きているメガソーラー事業の数々について少し。
このままいくと冗談抜きで和泉山脈の南側が全てメガソーラーになってしまう。ちなみに和泉山脈以外の山は全て風力発電所になる。
https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/032000/taiyokojorei/gaiyo.html
実はこの縦覧中にもヤバい事業が結構あるので、それも含めて書いておく。
中身を読んだら審議会の意見書がかなり慎重なのが理解できると思う。というのも、隣接地にも同様のメガソーラー計画が別にある。
http://www.succeed-in.com/gk-wakayama/
この隣接地の件については更に裁判沙汰にもなっているのだが、和歌山県と市がやたらと強硬に反対している。
https://www.wakayamashimpo.co.jp/2019/09/20190904_88979.html
この手の土木工事が大好きな和歌山県と市にしては不審にも思えるが、この辺り一帯は90年代に和歌山版イトマン事件といっていいフォレストシティ問題の予定地だった苦い記憶があるのだろう。
住宅地なのかゴルフ場だのリゾート開発だとかよくわかんない開発計画だったのだが、開発会社の和興開発は前田社長が逮捕され、紀陽銀行の山口頭取以下の幹部たちが億単位のリベートを受け取ったのがバレて、県の企画部長は自分の土地を相場の数倍で買い取らせて国土法違反の罰金刑。ちなみに数百億円が使途不明で闇社会行き。
フォレスト事件が発覚し騒ぎになったのが1995年なのだが、2年後の1997年になると事態が急変する。
なんと驚き県知事の西口勇は紀陽銀行からいくら貰ったか知らないが、このデタラメな開発計画を許可したのである。この西口はグリーンダイヤモンド構想とか紀泉100万都市構想とか意味わからないことブチ上げてた本物のバカなので仕方ない。
当然こんな計画が上手くいくはずもなく開発計画書を作った東急建設がこの事業から撤退、和興開発は破産し、フォレストシティ計画は消えた。地元政界はどっかから流れた金を掴んでいたので共産党以外みんな推進派で、最終的にはうやむやに。
ちなみにネットにもリアルにも情報はほとんど残っていない。全国メディアが扱うには小さすぎ、県内メディアが扱うには大きすぎた。
さらに東側の岩出市山地区には根来開拓パイロット跡地にメガソーラーが完成している。
そもそも開拓パイロット事業というのは農業やるから国の土地払い下げてやるよって話だったのに、この根来開拓パイロットはじきに耕作放棄され、地元で眠る土地となった。
しかし岩出市曰く「開拓パイロット事業で一度農地にしたんだから環境も何も関係ないし、その後は何やってもセーフ」ということらしく、突如として太陽光パネルを敷き詰めたのである。
Googleの航空写真ではまだだけど、実際には既に完成している。
この事業はふじと台と和歌山カントリーを挟んで西側にあるバブル期に宅地開発で削った山をメガソーラーとして再利用しようという計画。
https://wbs.co.jp/news/2019/09/06/137724.html
ここがフォレスト跡地と違うのは、既に宅地開発しようと造成済みだということ。県条例がなければ余裕で完成していた。ギリギリ致命傷でセーフだった。
ここのヒドさはメガソーラー関係なしなので知りたい人はGoogleで検索だ
なんか島精機の会長だったかが、ここに人工スキー場を作るとか息巻いていたという話を聞いたことがある。できたのはトマト農園で、しかも既に潰れた。
仮谷と西口は地元のゼネコンから毎年数千万円のお年玉をもらっていたという話が有名なのでお察しください。逮捕されなかった理由もお察しください。
https://mainichi.jp/articles/20191010/ddl/k30/010/312000c
県立自然公園のはずの生石高原周辺や、ハイキングコースとして知られる深山渓谷、たくさんの蛍がいる貴志川流域の山という山に超巨大風車をバカスカ建てるという計画。
土砂が流出して蛍が全滅しようが知ったことではないらしいこの計画は、全部作ると深山渓谷から鏡石山辺りまで全ての山という山に人類が未だかつて作ったこともないような超巨大風車がやってくることになるらしい。
ちなみに紀南は既に手遅れになりつつある。
あのさ、いったいぜんたい和歌山が何したっていうんだ?
うちの赤ちゃん(1歳2ヶ月)はヨンデェが言えない。だからンっ!って力を込めて絵本を投げつけてくる。「ちいさいおうち」がお気に入りで、用地開発されて都会になっちゃた自然ナイナイ悲しいっていう話なのに、ブーブーと電車が好きだから、重機が入って宅地開発が進んで絵面が悪くなるにつけご機嫌になっていく。トーマスのおもちゃを絵本の上で走らせてる。多分気分はトーマスになって駅に乗り入れてるんだと思う。あと「カジパンちゃんちは何屋さん」ていうM1のコーンフレークやないか論法みたいな繰り返し絵本も好き。絵本の端々にあるブーブーを目ざとく見つけてはビシっと指差してくる。今彼にとって世界はブーブーかそうじゃないかに大別されている。風邪気味で鼻がズコズコ言っててかわいそうだけどようやく寝姿勢が決まったらしくねんねんね。明日もヨムヨムしようね。
朝、昼、夕とそれぞれ木陰ができて、いい感じにベンチが設置してあって素晴らしい設計だなと思う。とても癒される。
ローラー滑り台みたいな目立つ遊具はないけど、そのおかげで使用禁止テープも貼られず、ブランコ、滑り台、砂場など毎日近所の子たちが代わるがわる遊びに来る。
近くの病院でリハビリしてるお年寄り、お昼を食べるサラリーマン、飲み物を手におしゃべりに来る若者、近くの保育園児、いろんな人が来る。
10メートルくらいある大きな木が公園を取り囲むように立ってて、もともと丘陵地帯だったのを切り開いて宅地にした名残なんだろうなと思う。この辺は森のような大き目の公園もあり、自然が多くて助かる。そのぶん坂は多いけど。
コロナ休園中毎日のように子供を遊ばせてたけど、しみじみこの公園に助けられたなと思った。育児が終わって年を取っても忘れられない思い出になりそう。
ってLINEグループの仮想通貨グルチャでマスターが言ってた。
たぶん避難用の土地買い占めがおこりそうな兆候を掴んでるんだろう。
とりあえず週明けにはまた動き始めるが、マスターに取得の仲介を頼むと手数料が高くつきそうだ。
これでも太陽光発電バブルのときの土地仕入れでノウハウは学んだつもりだ。
北海道はあまり太陽光の開発事業がなかったし今度は対象が原野なのでなかなか難しいところもあろうが、少なくとも東京のIT屋上がりみたいなマスターよりは私は現場を知ってるだろう。
高値で転売できそうな土地に求められる性能についても、昨今の報道でだいたい目処はついてる。(もちろんお前らには教えないが)
こういうのは実際に使われることはほとんどないんだから、額面上のスペックが良い土地ならなんでもいいんだよ。そこが発電と違うところ。
父から受け継いだ田んぼがあったのですが、特に田んぼを続けたいわけでもなかったので活用方法を模索している時に売却を選択。
税金引いて1億円ほどの金が残った。
そこで何もせず置いておくのも勿体無いので、運用を検討しているのだがあまり決めかねている。
ちなみに、この一億円以外にも1000万以上は貯金しているし、ideco、nisaなども満額している。
>追記
確かに上記内容だとリアリティがない(当然フェイクはそれなりに挟んでいる)ので、土地についての追記します。
生産緑地が残っていたので田んぼ以外の運用ができず、宅地として人気の土地にポツンとある田んぼだった。最後の方はだだっ広い空き地。
私が初めて付き合った人は夢に向かってまっすぐな高校生だった。当時私は19歳大学一年生、相手は17歳高校二年生でお互いの幼さ故にぶつかり合ってすぐに別れてしまった。その後しばらく友人関係にあったけれど、結局付き合って失敗した事実が尾を引いて今では連絡先も全て消してしまい連絡を取る術はない。彼は高校卒業後は専門学校に進み、その後小さな頃からずっと就きたかった職についたという話を耳にしていた。
大学には入ったけれど夢が定まらない19歳と、なりたい職業がはっきりと決まっていて将来を見据えた17歳。
バイクに乗る不良少年のような一面もあれば、ニュースをしっかり見ていて政治や経済にも明るく、なおかつ学校に持っていく弁当を毎日自分で作っていたりと自律した人だった。自分の思ったことや感じたことを言葉ではっきりと伝えられる人。わからないことや知りたいことがあれば調べて、自分の知識にする。どんな環境でも主役級の存在感がある、筋の通った人だった。同じバイトをしていて出会ったけど、どんなに忙しくても手を抜かない人だった。年上とか年下とか置いておいて尊敬できるところがある人だった。
彼と別れてから他の人と付き合ったりしたけれど、たくさんの言葉を交わしてコミュニケーションを重ねた彼との思い出は今でも宝物だ。一緒に話していて楽しい人というのは本当に貴重で、私の数少ない友人もそんな人たちばかり。心から大切な人たち。
正月休みで大好きな友人たちと会い、言葉を交わして何時間も話していられることへの幸せを噛み締めていたら、ふと初めて付き合ったその人の顔がよぎった。
一番上に出たのは稼働していない古いTwitterアカウント。二番目も同じ。そのまま下へスクロールすると、画像検索の結果が出ていた。
そこには小さな頃からなりたかった職についたその人の姿があった。駅員さん。付き合っていた頃に一緒に電車に乗って出かけた時には、鉄道にまつわる色々な話をしてくれた。不埒だが一度は好きになった相手が制服を着ている姿はなかなか心惹かれるものがあった。
その画像は彼が卒業した専門学校のホームページの、夢を叶えた先輩といった記事の中で使われていた。記事をよく読むと、どうやら先月私が出張で利用した駅の駅員さんになっているようだった。見覚えのある案内板やホームの景色に胸が高鳴った。
普段の生活圏からは遠く離れていて、その出張で初めて利用した駅だった。学生時代住んでいた地域に少しだけ近い。電車に乗るとき、その人が就職した鉄道会社の路線であることを少なからず意識した。出張先は駅からしばらく歩いた所にあって、宅地造成によって人工的に作られた変わった地形や街並みに心を躍らせながら出張先へと急いだ。ああ、もし時間に余裕があればゆっくり歩いて散歩したいな、なんて思いながら。
その出張は研修のようなもので、自分の勤めている職場の人出が手薄でなければ行けるという条件付きの出張。どうしても行きたい内容で、無理を言って出張に出させてもらった。
職場の都合で少し遅れて、どんな研修なのか楽しみな気持ちでいっぱいになりながら初めて降りる駅の改札を通り抜けたあの時。もしかしたら改札にあの人が居たのかもしれない。そう思ったら落ち着いてはいられなかった。
彼と別れてしまった後、どうしても忘れられなくて、忘れたくなくて、大切に扱いたくて当時の日記や写真をクラウドに保存していた。別れてから悲しくて悲しくて、でも消してしまうこともできなくて簡単には触れられない所に残しておいた。あれからもう何年も経って、今なら冷静な目でみられるだろうと思ってファイルを開いた。付き合う前に連絡を取っていたLINEの履歴や、別れてしまってから付けた日記。付き合ってから好きすぎて連絡しすぎた形跡。青々とした記憶が湧き出して胸を締め付けた。
そして、ふと思い立ってしまった。そうだ、正月休み最終日にあの駅へ行ってみよう、と。
仮に姿を見られたとしても、私は当時と服装の系統も髪型も全く違うので多分相手は気がつかないと思う。気がついたとしても、仕事中に知り合いに声をかけるような人ではない。もしも目が合ったりしたら私はどんな感情を抱くんだろう。今住んでいる土地からは遠く離れた、急行が止まらない駅へ向かう電車に乗った。今私が気になっている相手に勧められた、原田マハの「本日は、お日柄もよく」を読みながら。
車窓から学生時代に過ごした街を遠くに眺めながら、目的の駅が近づくとともに心拍数が上がった。本をまともに読んでいられなくなった。
ドアが開いてホームに降り立ち、名前をつけられない感情と向き合いながら階段を登った。改札窓口にいるのかな、それとも今日はお休みなのかな、と考えながら。
階段を登りきり、角を曲がって改札へ向かうとなんと誰もいなかった。さすが片田舎の各駅停車しか停まらない駅。窓口の近くに居ると用事のある人みたいになりそうだったので、誰もいないことを確認した後は足早に通り過ぎた。
改札を出た後、独特の地形や街並みを楽しみながら写真を撮ったりして2時間ほど歩いた。帰りは並行して走っている他の路線に乗って帰ることもできたけど、もしかしたら帰りは改札にいるんじゃないかと思って来た駅へとまた歩いた。前回出張で来た時のことを思い出しながら、付き合って別れた時のことを思いながら、改札階へと登る。
付き合っていた当時、免許取りたてで深夜にバイクに乗って出かける彼のことが心配だった。もしも事故に遭ってしまったら、小さい頃から目指している電車の運転手さんにはなれなくなるかもしれない。悪い仲間とつるむようになってしまったら、なにか身を滅ぼすことになるんじゃないか。循環器系の持病があるのにめんどくさがって定期検診に行かない。持病に良くないのにタバコを吸う。彼の健康と安全がひたすらに心配だった。好きという気持ちが一方的に募りすぎて、しつこく言ったら振られた。当時はこんなの理不尽と思ったけど、将来の夢もはっきりしないまま大学に通っている彼女に言われるのが嫌だった彼の気持ちも今となれば少しは分かる。
改札階へ到達すると、さっきは誰も居なかった改札の窓口に駅員さんがいるのが見えた。窓口に一番近い改札を通り、中を覗くと全く知らない人がいた。
そもそもその日出勤してる保証もないのによくまあ長時間かけてここまで来たもんだ。ストーカーみたいだし。
各駅停車しか停まらない駅なので、通過列車が多い。帰りも小説を読みながらホームで電車を待った。
しばらくしてゴミ袋を持った駅員さんが階段から降りてきたがこれもまた違う人だった。電車が近づいてくるアナウンスが聞こえたけれど、小説もいいところまで来てるし、未練がましく一本電車を見送ろうかと一瞬思った。
だけど、そこまでして姿を見られたとして嬉しいのか疑問だったので大人しく乗車して帰った。
大好きだったし大切な思い出だけど、思い出は思い出のままにして心の中にしまっておくことにする。
そしてやっぱり言葉を何度も何度も交わしてコミュニケーションを取ったことは何度思い返しても幸せだったなと思う。
原田マハの作品を勧めてくれた彼も、言葉を大切に使ってコミュニケーションを取る人だ。ご縁があるかどうかはわからないけど、どうかまた幸せな記憶を増やしていけたらと思う。
子供がのたうち回ってるのは放置して脱出したパイロットだけ救助
https://hamarepo.com/story.php?story_id=1654
離陸後すぐエンジンから出火し、2名の乗員はパラシュートで即時脱出。ジェット燃料を満載した無人の機体は緑区の上空に取り残され、火を吹き轟音を立てて墜落した。離陸からわずか3分後のことだった。
墜落現場は宅地造成中で家もまばらだったが、炎は一瞬で6軒の家を焼き尽くし、9名が負傷。中でも、墜落の衝撃で分解したエンジンが直撃した土志田和枝さん(当時27歳・亡くなった時の姓)と、ご主人の妹(26歳)は、衣服が焼け落ちた姿で2人の子どもを抱え、黒煙の中から飛び出して来たという。
4人のやけどは最もひどい “全身熱傷3度”の状態。和枝さんの長男・裕一郎くん(3歳)、次男・康弘くん(1歳)のやけどは体表面積の100%に達していた。
墜落時の熱風は30m離れた地点でも肩にやけどを負ったほどだそうだ。晴れた夏の昼下がり、アイスクリームを食べての団らんは一転。のどの渇きに苦しみながら、長男は深夜に、次男は明け方に、二人は母とは別の病院で亡くなった。
パイロットのパラシュートは墜落地点から約3km離れた緑区鴨志田に着地した。連絡を受けた海上自衛隊の救難ヘリは無傷に近い二人のパイロットだけを助け、墜落現場に向かうことはついになかった。