はてなキーワード: 中学生とは
引き伸ばしも相当見苦しいけど、
少年誌でありながら中学生や高校生なのに抗争で人を殺しまくるし、めちゃくちゃだよこの漫画
作者もだけど、許してる(先導してる?)編集部も相当マズい
そもそも主人公は20代後半のオッサンなのに中学生に感化されまくってるし、
今は高校生を率いて族を作って対抗しようとしてる?
「お小遣いとは別に買ってもらえるもの・出してくれるお金」の範囲が全然違うんだよ
学校で使う文房具を買ってもらえない月に小遣い1万円の中学生もいれば、帰りにゲーセン寄るからお金ちょうだいで2000円もらえる高校生もいる
家庭によってそれは千差万別
上岡麻美さんが、すべてお菓子で作り込んだ世界を写真に収めた「おかしなおかしなおはなしえほん」が、新刊ながら「kodomoe」の昨年11月号に結構大きく掲載されて、とってもうれしかった。
私の経験上、作家にとって初の著作が、こうして絵本専門誌に紙面の写真とともに(書影だけではない!)、しかも新刊のタイミングで紹介されることは、あんまりない。これはとてもうれしく、興奮した。
掲載情報を全社メールするときに、「絵本新刊でkodomoe載るのは結構凄い……」と一文つけたしてしまった。
キモかったと思う、また一人で騒いでしまった、恥ずかしい。恥ずかしいけど、会社に行く私。大人だから、がんばる。
kodomoe掲載誌を上岡さんにお送りしたら、すごく喜んでいた。そのとき、ふと、この企画の立案当初を思い出した。
中垣ゆたかさんに『ハロウィンゴーゴー!』というゆかいな絵本を描いていただいたとき。
そのなかには、大きなかぼちゃのパンプキンパイがでてくる。そのレシピ制作を上岡さんにお願いした。
絵本に出てくるお菓子を実際につくれたら素敵なので、絵本にレシピをのせようということになったのだ。
上岡さんに初めてお会いした日。上岡さんがおもむろに取り出したもの。
それは1冊の絵本だった。クラウドファウンディングで資金を集めて自作したという絵本。
「お菓子でこんなことができるの⁉」※いや、言葉にしているじゃん。
『不思議の国のアリス』の世界を上岡さんなりに翻案し、すべてお菓子でつくりこみ、それを写真にとったシーンの数々が収められていた。
絶句した。
まさか、打合せでこんな絵本を見せられるとは思っていないのだから。
上岡さんは照れくさそうに、でも、とてもしっかりとした目で、「こういう絵本の企画って、どうですか?」と言う。
もちろん、「言葉を失う」という言葉しか出てこないいほど、わたし、今、魅了されている! 実現したいに決まっている!
……でも当時、私は自信がなかった。今ももちろん自信はない。しかし、当時はもっとひどかった。
「素敵ですね! もちろんやりたいです! ……でも、社内で検討してみます!」
……そう言って、打合せが終わり、二人で喫茶店を出た。
恥ずかしかった。素晴らしいものを前に、「でも……」と口ごもる自分が。
2人してエスカレーターにのって、駅の改札に向かう。そのとき後ろから、上岡さんにかけられた言葉は、今も忘れられない。
(※出版社が会社である以上、そこに所属する会社員である以上、社として決まっていない企画を「検討してみます」と伝えるのは当たりまえです。
ここで私が言いたいのは、会社のみんなに納得してもらって、納得のクオリティでつくり、そしてそれを全力で世の中に届けるために奔走するのだという覚悟が、自分にその瞬間なかったということです)
「黒田さんの夢ってなんですか?」
不意を打たれた。
(私の夢?)
私の夢ってなんだろう。
中学生のころは死なずに生きるのに必死であんまりおぼえていません。
高校生の頃はロックミュージシャンになりたかったです。バンドもやっていました。
新卒で入った会社で子どもとかかわる仕事をして、子どものための仕事に目がむき、児童書の編プロへ。
本をつくることは、もうこうして毎日夢中になってしまっているほどに、楽しい。
辛いことももちろんめちゃくちゃあったけど、編プロで本づくりを教えてもらったらもうやめられなくて、もっといろいろな本を作りたいと思って、今の職場にやってきました。
でも、そんな私の「夢」って、なんだろう。
社会人になったら夢とか言ってらんないよと思っていた。
とはいえ、聞かれたことにはなんとか答えねばと思い、「夢は……一人出版社ですかね……?」と苦し紛れに答えた
(が、特にそういった思い入れはなく、私は組織のなかで色んな人の考えや意見を知りながらもみくちゃになりながら働くのが好きっぽい……。めちゃくちゃ協調性なく迷惑をかけるけど……。)
その答えを聞いた上岡さんが、「そうなんですね!」と曇りのない笑顔で言った後、こう言った。
シビれた。
未だに忘れない。
あのエスカレーター。振り返ったて上岡さんの目を見て、上岡さんも私をみて、そう言ったんです。
上岡さんの作品をSNSでは見ていたし、さっき自作の絵本まで見て言葉を失うほどの素晴らしさだったから、それはまったく無謀な夢とは思えなかった。
世界中の人々を魅了できる世界を形づくっている確信をもちながら、妥協なく表現をつきつめる。それができる人の言葉だった。
私は、「でも……」と口ごもっている場合だろうか?
上岡さんに自作の絵本を手渡され、それを開いた時。これはどう見てもすごいと、私は本心で思った。
でも、「売れるか」とか「うまくバズらせられるか」とか、そういった絵本の魅力そのものではなく、周辺の、私なんかにはコントロールが難しい事象にばかり考えを巡らせてしまった。
見た瞬間センス・オブ・ワンダー。心にどストレートに届く。それを大切にしなければいけないと、気が付かされた。
それから、私がやらねば誰がやる、とキャシャーンの気持ちが沸き起こって、社内で企画を通すに至る。
長い時間をかけて、カメラマンの林ユバさんも加わり、じっくりつくりあげました。
たくさんの人に届けたい。
上岡さんの作品に出合い、絵本の撮影に18回立ち会ってわかったのは、私はこういう、言葉ではうまく説明できないようなセンス・オブ・ワンダーな表現をこの世界に残したいということ。自分は、だからこの仕事をやめられないんだということ。
私の夢ってなんだろう。
小学校で習いましたよね。
1+1=2
ようするに、1たす1は2という、言い方
これが不味いと思うんです。
というのも僕は「=」の正しい意味を、中学校になってやっと知ったんです。
「なるほど、右辺と左辺は、等しいのか・・・」と
それまで、日本語の「~は」みたいな感じで「=」を使ってたんです。
そうじゃないんだ。左辺と右辺は等しくあるという意味なんだ!とやっと中学生になって理解できたんですw
その事を友人に言って、「えええ!、いまさら?」笑われたのは良い思い出ですし、俺って馬鹿だなぁと思うのですが
そして、この表現をやめたらどうなんだろうと思うわけです。
なぜこのようなことを言い始めたかというと
もしかして、このアホみたいな間違いを、大人になってもやっている人が多いんじゃなかと思ったんです。
今、家庭教師で英語を教えているのですが、学生の使っている参考書に
I am busy.(私は忙しい)
「私=忙しいっておかしいでしょ」と、思いませんか?
じゃあ、忙しいを左辺に移動させると、「私-忙しい=0か?」とか思ってしまいます。
しかもこんなのを中学生に教えてちゃ、英語ももちろんですけど、数学の感覚もどうにかなってしまうんじゃないかと心配したんです。
考えすぎですか?
研修生というのは、一定期間、色々な部門に配属されて、実際の仕事場を見学したり手伝ったりする人だ。
とてもふわっとしてるけど、身バレを防ぐためなので、こういう書き方しかできない。要するに、小学生や中学生の職場体験のすごく本格的なバージョンだ。
好意的な態度をとるや否や、「友達になりましょう」とすごい勢いで距離を詰めてきて、ラインを交換してくれと迫ってくる。うっかり交換してしまうと、朝から晩までラインを送りつけてくる。
その研修生の噂はすぐに広がり、有名になった。距離感のおかしいヤバい人間として警戒されている。ただ、研修自体はきちんと真面目に行なっているので、偉い人に苦情を言いつけて追放することもできない。ラインを交換しろといってきても、断ろうと思えばこちらから断れる。何か話しかけてきても、ラインをたくさん送ってきても、こちらが塩対応すれば自然と寄り付かなくなる。ストーカー気質だがストーカー行為はしていない。
というわけで研修期間が終わるまでそいつとは極力話しかけず、離れておこう──というのが現状である。
ところで、その研修生を見てると、私は心がざわめく。
中学生の頃、友達になりたいと思って一生懸命話しかけていた相手が、別のところで、私を殴りたいほど嫌っていると話していたとか。
同年代の人間と友達になれず、塾の講師や学校の先生とばかり喋っていた中高生時代とか。
私をからかってくる人に対し、ペシッと足を踏んでやったら(暴力は良くない)、お前とは友達じゃないから距離感を守れとマジギレしてきた人とか。
他人とどうしたら「適切な」距離感で、「友達」になれるのか、分からない。
あの研修生は私も近寄りたくない。何を考えているか分からないし、ただただ怖い。
一方で、私は他の人にもこんな思いをさせてきたのだろうか、と思う。
中学校のあの子や、塾や学校の先生、あのマジギレしてきたあいつは、こんな思いをしてたのか?
今日、私が話しかけた人達は、どう思っていただろう。不快に思っていないだろうか?
そう考えるたび、苦しくなる。今まで関わった全ての人に謝りたくなる。
もちろん考えたって謝ったって無意味だし、どうしようもない。
できることと言ったら、できる限り縮こまって、できるだけ人と喋らないことだ。でも、私は寂しがりやだから、とてもとても難しい。
誰とも顔を合わせず暮らせたらいいのに。しかし私の職場の性質上リモートワークはできない。
障害者の父親が行政の支援を受けて生活しているのを身近に見てきたので、中学生の頃から行政の仕事に憧れていた。
奨学金を借りて高校に通い、高卒枠で公務員試験を受けるも不合格。働きながら通信制大学を卒業し、予備校に通い、25歳で地方公務員に。
実際に弱者を支援する側に立った時、「努力しない人」「無計画に生きる人」にむしょうに腹が立つようになった。
同じ部署で同い年の会計年度職員(非正規公務員)の子と一緒に昼食を食べてる時に「正規公務員は恵まれ過ぎてる」と言われてイラっとした。
お前は私立高校から東京の私立大学まで行かせてもらって遊んでる間、私は15歳から10年間、今の職に就くために努力してきたんだけど?と腹が立ってしまう。
こんな風になりたくなかったけどどうしたら良いんだろうね。。。
この記事へのコメントに、人の性癖知れることこそ増田らしい!とかロリコンの人とかも見たい!て書いてあったので。
自身は32歳。既婚者。それなりに金もあるし、それなりにモテる。ロリコン。
ロリコンといいつつ、ペドフィリアとかアリスコンプレックスと言われるやつである。
https://togetter.com/li/1166414
好みど真ん中は小4〜小6。とはいえ、幼稚園児も中学生も好き。高校生以上は普通に女性と見なすので、性対象だがロリ対象ではない。
とはいえオナニーの対象とするだけで、もちろん実際に手を出したことはない。
児童ポルノにも興味はなく、今のジュニアアイドルやジュニアモデルのTwitterやインスタに上がる画像や、雑誌のニコラ/ニコプチ、知人のFacebookに上がる娘とかがオカズ。
これは成人女性でも同じで、ヌードやAVよりグラビアや女優、後輩のインスタのほうが抜ける。
きっかけはわからないのだが、むしろ小学生の頃に同級生で抜いてたのがそのまま下限が変わらずここまできたという感覚。
もちろん妻は同世代だし、年上も全然いける。18歳年上の女性といたしたこともある。
正直、低学年ならわかるんだが、小5以上の女の子がなぜみんな対象にならないかわからない。そりゃその辺歩いてる小学生ならまだしも、雑誌モデルやってメイクばっちりの子とか普通に女じゃん?
アニメ・ゲーム・マンガ・ラノベといった、二次元方面の趣味を持つオタクで、漢字に弱い人は少数派である。
というのも、そういうメディアで頻出の漢字に何度も触れるうち、読み方も意味もなんとなく理解してしまう過程で、ある程度までは国語力が勝手に向上してしまうから。
別の言い方をするなら、初歩的な漢字にも躓くような人に、そもそも二次元の趣味は優しくないということになる。
そんなわけで大人になっても二次元好きなオタクは性別・学歴関係なく、漢字を苦痛に感じない人しか残らないと。
なので、世の中には大して難しくない漢字も読めない人が少なからずいるっぽいことに、割と衝撃を受けている。
何しろ大卒なのにそこらへんの中学生よりも漢字読めないとか、果ては台本読むのが業務に組み込まれているプロの役者にも、辞書片手にルビ振らないと覚束ない人とか、正直ドン引きだ。
皆、意外と漢字読めないの?
わるかったな51歳の中学生脳で!
当時の私は5歳。兄は中学生だった。
一軒家の2階の部屋で遊んでいたら「ちょっとこっち来て。四つん這いになって」と言われて、ワケもわからずその通りにした。
すると兄は私のズボンをパンツごと下げ、撫でるように私のおしりを触り、「これ気持ちいい?」と聞いてきた。行為はエスカレートし、身体中をまさぐられた。
1階から母が「ごはんよー!」と呼ぶ声が聞こえると、「パパとママには内緒だよ」と言い、兄は部屋を後にした。挿入はなかった。それ以降、同じことはなかった。
あれから15年経つ。
成長するにつれて「あれはおかしかった」と思うようになったが、なんか怖くて両親には未だに打ち明けられていない。私も自然とその時の出来事を蓋していた。
しかし、その蓋が開いてしまった出来事があった。それは兄の結婚だった。
先日、兄は入籍をした。相手は兄に似た馬鹿っぽい女だった。兄は幸せそうだった。実の妹に欲情したことのある兄は幸せそうだった。素直におめでとうなんて言えるわけなかった。
「こっちは怖い思いしてしんどいのに何であいつは幸せなんだ」と悔しくて涙が止まらず、一睡も出来なかった。
本当に兄が嫌い。
これ以上、当時の記憶を抱え込み続けるのにも限界が来てしまった。
近いうちに両親に打ち明けることにする。
今更だけどアニメ『東京卍リベンジャーズ』を観てる。今は10話目くらい。
楽しく観ているんだけど、一つ気になる点がある。
ドラケンが手術するほどの怪我を負ったのに、親がいないにしても 保護者代わりの大人すら来なかった。
彼の場合はそういう境遇だ、ということなら、まあ納得できなくもない。
しかし、それ以外の子たちは中学生で、概ね親と同居しているはずだ。
それなのに、喧嘩して傷だらけで帰ってくる我が子を見ても(もしかすると喧嘩ではなく一方的に暴行を受けているかもしれないのに)、何の対応もしていなさそうだ。
また、あのような活動をするには、かなりのお金が必要なはずだ。
働けもしないくせに、改造バイクを乗り回す資金をどうやって調達するのか。
ということは、親の脛か?かじってんのか?偉そうな口を叩いておきながら?
だとすると、免許も持っていない穀潰し息子に バイクを買い与えたってことになる。
勿論、そんな親はいない。まともな大人の存在を仮定すると、矛盾がでてしまうのだ。