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2021-04-10

北支事變と陸戦法規

外交時報 第八十四巻』昭和十二年、外交時報社、pp.47-56

北支事變と陸戦法規

篠田治策

 明治四十年(千九百七年)十月十八日海牙に於いて調印せられたる開戦に關する條約第一條によれば、一國が他國と戦争を開始するには理由を附したる開戦宣言形式又は條件付附開戦宣言を含む最後通牒形式を有する明瞭且つ事前の通告をなすことを要す。故に現在北支及び上海方面於いて進展しつゝある日支両國の戦闘は、理論上之を日支戦争又は日支戦役と称すべきものに非ずして、事變即ち北支事變、又は上海事變と称すべきものである。我が政府公文にも新聞紙報道にも総べて事變の文字を用ゆるは之れが為めであると思はる。換言すれば宣戦の布告を見るまでは、戦争又は戦役と呼ばずして軍に事變と称し、両國間の國交は断絶せざるのである。之れを先例に徴するも、明治二十七・八年の清國との戦、明治三十七・八年の露國との戦、世界大戦参加による青島攻撃戦等は、之れを日清戦争(戦役とも称す以下同じ)、日露戦争日独戦争と称し、明治三十三年の義和団事件、近年に於ける済南出兵上海出兵満州出兵等は、総べて之れを事變と称したのである

 此の招呼は従来何よりて定まりしか詳知せざれども、現今に於いては確然明白に区別せらるるは、政府公文或は法規等にも「戦時事變に際し」云々等の文字を用ゆるも明らかである。故に日支両國の何れかより

<四七>

宣戦の布告若くは條件附開戦宣告を含む最後通牒あるまでは、如何に大部隊の衝突あるも未だ事變の域を脱せずと謂ふべきである。猶ほ八月二十三ワシントン發の同盟通信によれば、アメリカ國務長官コーデル・ハル氏は、今回の北支事變に際しては終始冷静な態度を持し形成注視しつつあつたが、二十三日午後聲明を發し、日支両國政府に対し「戦争行為に訴へぬよう」要請した由である二十三日は我が陸軍部隊上海附近上陸を開始した日である。即ちハル長官現在の日支両軍の戦闘行為を以て、未だ戦争に非ずと見て居るのである。然れども、我が政府最初宣言したる事件不拡大の方針余儀なく抛棄したるのみならず在外艦隊司令長官支那船舶に対し沿岸封鎖を断行し、支那も亦縷々大部隊を動員して攻撃的態度を採りつゝあるにより、或は近き将来に於いて事變を変じて戦争となるべき可能性ありと信ずるのである

 我が國の國内法に於いては事變と戦争区別せざる場合多く、例へば出征軍人の給奥、恩給年限の加算、叙勲に關する法規など総べて事變と戦争を同一に取扱ふも、國際法上にては事變と戦争は大なる差別がある。

 即ち現在の事變が変じて戦争となれば、日支両國は所謂交戦國隣、共に戦争放棄を遵奉する義務を生じ、同時に中立國に対しても交戦國としての権利と義務を生じ、中立國は皆交戦國に対して中立義務負担するに至るのである。語を換へて言へば事の事變たる間は必ずしも國際法規に拘泥するの必要なきも、一旦戦争となれば戦場於いて総べて國際放棄を遵守すべき義務を生ずるのである。然れども事變中と雖も正義人道に立脚して行動し、敵兵に対し残虐なる取扱を為し、良民に対し無益の戦禍を蒙らしむるが如きは努めて之れを避くべきは言を待たずである。此の點に關しては、皇軍は我國教育の普及と伝統武士道精神により、毎に正々堂々たる行為を以て範を世界に示しつゝあるは欣快である。嘗て済南事變の際支那兵が邦人

<四八>

対する残虐視るに忍びざる殺戮行為、今回の通州に於ける邦人虐殺行為等天人共に許さゞる野蛮行為に対しても、敢て報復の挙に出づることなく、飽くまで正々堂々唯だ敵の戦闘力を挫折するに留めたのみである。故に皇軍には戦場於いて事變と戦争区別する必要はない。何れの場合にも武士道精神に則り行動するが故に、戦争違反問題を生ずることは殆んど無いのである

 従来我が陸軍戦場於いて戦時國際法適用の万全を期せんが為目に戦時國際法の顧問として日清戦争には故有賀長雄博士を、日露戦争には第一軍乃至第四軍に何れも二人づつの國際法学者従軍せしめたのである日清戦役後仏國の國際法学者にして同國大審院検事長たるアルチュール・デジャルダン氏は日本軍の行動を激賞し左の如くに曰つた。

東洋の僻隅に大事業を成就すべき一國あり、之れを日本とす。其の進歩は単に戦争の術に止まらず、戦時公法理想於いて欧州をして驚嘆せしむるものあり。國際法論は欧州於いても漸を以て進みたるものなるに、日本は一躍して此の論理を自得したり。是れ果して高尚なる正義を感得したるに因るか將た又利害を商算したるに因るかは別論に属すと雖も、其の之れを寛行するや極めて勇壮にして、恰も自國の能力覚知する心念の中より適宜に之れを節抑するの嗜好を自然に生じたるものの如し。是れ人類一般利益として祝す可き所なり。

又仏國の國際法学者ポールフォーシル氏も、當時日本軍の行動を評して左の如く曰つた。

此の戦役に於いて日本は敵の万國公法無視せるに拘はらず、自ら之れを尊敬したり。日本軍隊は至仁至愛の思想を體し、常に慈悲を以て捕虜支那人を待遇し、敵の病症者を見ては未だ全て救護を拒ま

<四九>

ざりき。日本は尚ほ未だ千八百六十八年十二月十一日の聖比得堡宣言に加盟せずと雖も、無用苦痛を醸すべき兵器使用することを避け、又敢て抵抗せざる住民の身體財産保護することに頗る注意を加へたり。日本は孰れの他の國民も未だ會て為さゞる所を為せり。其の仁愛主義を行ふに熱心なる、遂に不幸なる敵地住民租税を免じ、無代償にて之れを給養するに至れり。兵馬倥偬の間に於いても人命を重んずること極めて厚く、凡そ生霊を救助するの策は擧げて行はざる無し。見るべし日本軍の通過する所必ず衛生法を守らしむるの規則を布きたるを、云々。

日清戦役にては敵軍は全然國際法を守らざるが故に、我軍にても之れを守るの義務無かりしも、然も四十餘年前に完全に之れを守つて先進國を驚嘆せしめた。日露戦役當時は海牙の平和條約調印後なりしが故に、陸戦法規を守るべき義務ありしも、尚ほ宣戦の詔勅中にも「國際法の範囲内に於いて一切の手段を盡し違算なからしむることを期せよ」と宣せられ、参謀総長は訓令を發して戦規遵奉の趣旨を周知せしめ、更に前期の如く各軍司令部に國際法顧問を配属せしめた。戦役中特別任務を以て米國派遣せられた法学博士男爵金子太郎氏が歸朝の後國際法学会にて為したる演説中に左の要旨の一説がある。

米國人は事實の真相調査せず、動もすれば國際法違反を称するを以て之れに対する材料蒐集中、新聞紙上にて我が第一軍乃至第四軍に國際公法専攻の学者二名宛を配属し、陸戦の法規解釈其の適用参謀部に於いて國際法専攻の学士協議せしめ、公法違反を生ぜしめざることを發見せり。是に於いて各種の集会に於ける演説或は新聞記者との会見に於いて余は毎に「米國人は國際公法提唱日本政府の決心は露國は大國なり腕力於いては或は露國は日本に勝るならん、貴國人が露西亞の聲を聞き戦慄す

<五〇>

る程の大國なれば、日本も恐れざるに非ず、然し國家の危急存亡に代えられざれば全滅を賭して最後の一人まで戦ふにあり、而して此の戦争日本が國際法を破りしことあらば世界歴史汚名を遺すが故に假令戦に敗るるも國際法は遵奉する決心にて現に此の如く専門学者が各軍に配属せられあり、故に余は日本軍に國際法違反無きを保證す」と説明せるに、此の説は次第に傅播して後には日本同情者が各所にて演説等をなす時、日本軍が國際公法家を二名づつ従軍せしめたる事實を述ぶる毎に非常に喝采を博したり。又エールハーバード等の米國國際法大家と会見せる際彼等は各國共に今度日本が外國との戦争に國際法学者従軍性せしめたる如き前例なし、将来日本の新例に倣ふべきことにして、右は一進歩を陸戦の法規に與へたるものなりとして大いに称賛したり。之れ實に日本陸軍の今回の處置は文明國の真價を世界に示したるものと謂ふべし。云々。

 世界大戦の時は、青島攻撃軍に嘗て筆者と共に日露戦役当時第三軍に在勤したる兵藤氏従軍したるを聞きしも、其の職名を詳かにせず。又浦鹽派遣軍には主として外交官をもつ組織したる政務部を置いた。此の政務部は主として外交方面事務従事したるも、亦國際公法適用に關して其の権威たりしは勿論である(筆者も數ヶ月間此の政務部に派遣されて居つた。)

 過去に於ける皇軍の行動は實に右の如く最も鮮かであり、所謂花も實もある武士的行動であつた。斯かる傳統的名誉を有する行軍の行動は今回の事變に際しても決して差異あるべき筈は無い。理論上事變は國際戦争に非ざるの故を以て、節制無き行動に出づるが如きは想像だに及ばざるところである

 唯だ、陸戦法規適用に關し、茲に疑問の生ずるは領土性質である。假りに之れを中華民國

<五一>

領土なりとせば、國交断絶を来さず単に事變たる間は、未だ之れを敵國領土と称するを得ざるが故に、出征軍は如何なる程度に其の権力行使すべきか、又南京政府官吏は既に逃亡し、地方民衆自ら自治政権樹立したりとせば、國家として列國の承認無きも、戦闘地域を其の領土として取り扱ふべきか等の問題である

 宣戦の布告により事變が變じて日支戦争となりたる場合於いて北支一帯が依然として中華民國の領土なりとせば、問題は至つて簡単にして、我軍は之れを支配して軍政施行治安を維持するのみである。然れども事變として繼續中及び新政府領土となりし場合には、其の地域行使すべき軍の権力に多少の差異あるべきは明らかである

 日露戦役の際は戦闘地域性質を異にする三種類の領土があつた。即ち樺太の如き完全なる敵國領土遼東半島及び東清鐡道沿線附属地の如き敵國の租借地と、満州一帯の如き第三國の領土があつた。樺太に關しては完全に我が占領軍権力行使したるは勿論なるも、租借地に關しては租借権其物の性質すら学者間に議論一定せず、如何なる原則に基きて之れを占領すべきかは問題であつた。筆者は遼東半島上陸直ちに此の問題に直面し、又間も無く着手したるダルニー(大連)の整理に際して実際問題に逢着した(拙著日露戦役國際公法第二章三章)。又当時諸國は局外中立宣言したるも、遼東以東は之れを除外し日露両國の戦場たらしめるが故に、所謂喧實奪主の観ありて、交戦國は任意に此の地域活動したるも、其の権力講師には純然たる敵地占領とは自ら異なるものがあつた。

 今回の北支事變に於いても、其の交戦地域領土性質曖昧なるに於いては、日露戦役当時の先例を参

<五二>

考にして之れに善処し、然も恩威併行、皇風をして六合に洽からしむるの用意あるを要す。

 従来北支方面は日・満・支に微妙なる關係を有し、外交政治に極めて複雑なる舞臺であり、事變の原因も一部は其処に在つた。故に平和克復の後は雨降って地固まり、明朗なる新天地を現出して再び颱雨の發生地たること無からしめねばならぬ。従って陸戦法規適用に当たりても緩急宜しきを制し、傍ら戦後政治工作に關する其の地均しの役目を引受lくるを必要と考へられる。固より事變であり、戦争であるに拘らず、我が武士道の精神と殆んど一致する陸戦法規は完全に適用せらるゝは疑ひなきも、其の間事に輕重あり、絶大の権力を有する軍司令官禁止事項の外は自由裁量余地あるかは明かである

 陸戦法規の條項を北支事情と敵軍の素質に対照して一々之れを論究するは、紙面の許さゞるところなるにより、筆者が茲に希望するところを一言に表示すれば、過去の二大戦役にて、克く陸戦法規を遵守して皇軍名誉を輝かしたる如く、此の事變に於いてもこの點に注意を拂ひ、更に占領住民に対しては軍律を厳重にし軍政に寛仁にすべしと謂ふのである

 凡そ遣外軍隊は一地方を占據すると同時に、軍隊安全作戦動作の便益を図るが為めに、無限権力を有するが故に、軍司令官は其の占據地域内に軍律を發布して住民に遵由するところを知らしめ、軍隊安全作戦動作の便益を害する者には厳罰を以て之れに蒞み、同時に一般安寧秩序を保持し良民をして安んじて其の生業従事せしめねばならぬ。固より戦闘に關係なき事項は其の地従来の法規により、其の地方官吏をしてその政務に当たらしめ、以て安寧秩序回復維持瀬しむるを便宜とするも、事苟も軍隊の安危に關するものは最も厳重に之れを取締らざる可からず。假令ば一人の間諜は或は全軍の死命を制し得べく、一條の

<五三>

軍用電線の切断は為めに戦勝の機を逸せしめ得るのである。故に軍司令官は此等の危害を豫防する手段として、其の有する無限権力を以て此等の犯罪者厳罰に處し、以て一般を警めねばならぬ。故に豫め禁止事項と其の制裁とを規定したる軍律を一般公布し、占據地内の住民に之れを周知せしむる必要がある。日清戦役の際は大本営より「占領人民處分令」を發布して一般に之れを適用した。日露戦役の際は統一的の軍律を發布せず、唯だ満州総司令官は鐡道保護に關する告諭を發したるのみにて各軍の自由に任せた。故に各軍區々に亘り第一軍にては軍律の成案ありしも之れを發布せず、単に主義方針として参考にするに止め、第二軍には成案なく、第三軍にては確定案を作成したるもの司令部より統一的軍律の發布あるを待ち遂に之れを公布するの機を失し、遼東守備軍は第三軍の軍律を参照して軍律を制定發布したりしが、後遼東兵站監は之れを改正して公布した。旅順要塞司令部特に詳細なる規定を發布し、旅順海軍鎮守府別に軍律を發布し、第四軍にては一旦之れを發布したるも後に之れを中止し、その他韓國駐剳軍、及び樺太軍は各々軍律を發布した。

 軍律に規定すべき條項は其の地方の状況によりて必ずしも劃一なるを必要とせざるも、大凡を左の所為ありたるもの死刑に處すると原則とすべきである

一、間諜を為し及び之れを幇助したる者

二、通信交通機關を破壊したる者

三、兵器弾薬其他の軍需物件を掠奪破壊したる者

四、敵兵を誘導し、又は之れを蔵匿したる者

<五四>

五、我が軍軍人故意に迷導したる者

六、一定軍服又は徴章を着せず、又は公然武器を執らずして我軍に抗敵する者(假令ば便衣隊の如き者)

七、軍隊飲料水を汚毒し、又軍用井戸水道破壊したる者

八、我が軍軍馬殺傷したる者

九、俘虜を奪取し或は逃走せしめ若くは隠匿したる者

十、職場於いて死傷者病者の所持品を掠奪したる者

十一、彼我軍隊の遺棄したる兵器弾薬其他の軍需品を破壊し又横領したる者

 而して此等の犯罪者を處罰するには必ず軍事裁判に附して其の判決に依らざるべからず。何となれば、殺伐なる戦地於いては動もすれば人命を輕んじ、惹いて良民冤罪を蒙らしむることがあるが為めである。軍律の適用は峻厳なるを以て、一面にては特に誤判無きを期せねばならぬ。而して其の裁判機関は軍司令官臨時に任命する判士を以て組織する軍事法廷にて可なりである

 帝國政府が屢々聲明する如く、我國は決して北支侵略して我が領土なすが如き意圖を有せざるも、今回の事變によりて北平天津地方より支那軍隊駆逐し、現に事實上その地方を占據し、戦局の進展に伴日、占據地域を拡大しつゝある。而して此の地方住民自治政権樹立したるとするも、我軍の支援無くしては一日も安定し得ざるは明かである。故に如何なる外交辞令を用ゆと雖も、此の地方一時的にもせよ事實上我軍の占領である。勿論日支両軍衝突の一時的現象に止まり永久に之れを占領するの意思無きが故に此

<五五>

占領は九國條約に牴觸するものに非ずと信ずる。

 我軍が一時的なりとも北支地方占領したる以上は、我軍は其の地方の人心を鎮撫して Permalink | 記事への反応(1) | 11:41

2020-05-20

藤田先生のお言葉

2019-08-18

ラップヒップポップの逆カクテルパーティー効果

また、家族に言われて仕方なく「なか卯」に行ったら、ゴキブリよりN国より大嫌いな「ラップヒップポップ」が掛かってた

以前、「なか卯ラップヒップポップが大嫌い。昭和音楽脳が受け付けない」と投稿したら、

昭和でも、●●のようなラップヒップポップがある。こいつは嘘つきだ」的な投稿が、はてなツイッターでなされて、悔しい思いをした。

人間の脳には、「カクテルパーティー効果」というのがあるが、恐らく「逆カクテルパーティー効果」というのも、あるんじゃないか

昭和時代は、ラップヒップポップは、100曲の中で1曲程度だった。

そういう世界だと、自分のように「ラップヒップポップが、ゴキブリより大嫌い」という人間は、脳が自動的ラップ音楽排除して、「存在のもの覚知しなくなる」

が、令和のように、「BGMの3曲に1曲がラップ」になると、逆カクテルパーティー効果限界突破してしまって、強烈な不快感になる

一方でラップが「好きな」人(自分からすれば、同じ人類とは思えないが)は、「正の、カクテルパーティー効果」が働いてるから、「昭和時代からラップってあるじゃん」となるんだろうな、、

2014-12-27

今の中年は、盲導犬存在義務教育で習ってない

子供が「くもん」の国語教材で悪戦苦闘している。内容は「盲導犬」。

 自分世界(大人の世界仕事世界)だけだと、盲導犬の話と接することがない。

 子供悪戦苦闘している「おかげで」、盲導犬の話といろいろ接することが出来る。くもんの副次効果

★そもそも、自分子供だった頃(1970年代)は、「盲導犬」という存在社会的に広く認知されていたとは思えない。

 正確な記憶ではないが、自分盲導犬存在を知ったのは、中学ないし高校の頃だと思う。

 つまり、今の40歳以上の人は、「義務教育課程で、盲導犬存在学習していない世代」じゃないか?

★「1970年代当時、盲導犬を知っている大人の割合はせいぜい10%程度で、盲導犬を知っている子供割合もせいぜい10%」

 という仮説を持っているが、そのエビデンス存在しない。

 傍証として「盲導犬飼育頭数」を調べてみたら、「70年代当時⇒90年代末で、盲導犬の数は5倍に急増」らしい。

 70年代当時、盲導犬は「全国で150頭程度」だったようだ。

 よって、当時の大人は、盲導犬という犬種認知している人の方が、ごく少数だったと推定される。

 (もっとも、90年代末でも1,000頭弱だが)

★以前、「今の40歳以上は、吉野ヶ里遺跡義務教育課程で学習していない」とツイートした。

 発見が彼らの義務教育課程以降だったので、学習の機会を逸している。

 盲導犬も80年代に急増したので、急増した盲導犬に関して学習する機会を、今の40歳代以上は逸している

★何が言いたいか?と言えば、

 「80年代、90年代に急増した事象覚知された事象について、社会人に再教育する制度を、なんらかの形で用意した方がいいのでは?」という話。

 吉野ヶ里遺跡について知らない大人がいてもそんなに問題ないが、盲導犬に関して知らない大人がいると困る

★よく「盲導犬を連れて日本旅館に泊まろうとしたら、拒否された」的な話があって、世間無理解批判する人が多い。

 批判する人は「盲導犬が60年代・70年代から普及して、今の中年義務教育課程で存在認知していた筈」と誤解している。

 大人の再教育の場がないと、そういうことは覚知されない

自分は45年間人間やってるが、今回「くもんの国語教材」で人生で初めて知った盲導犬トリビアも多い。

 例:「盲導犬への命令語は、なぜ英語か?」

 ⇒答え「日本語命令すると、第三者の通行人が、キツイ命令語に驚いて反応してしまい、それが犬に影響する」から

 変な話だが、「子供と一緒にくもんをする」ことで、70年代義務教育ビルドインされてなかったことも、学習してしまう格好になる。

★くもん国語盲導犬教材9枚目が、含蓄に富んでいる。

 「訓練者の命令に対し、人間危険が及びかねない局面では、あえて盲導犬命令に背いて人間安全を優先させる」ようにする訓練

 ウチの子が躓いていたのが、この部分。直感的には、なぜ命令違反を訓練するのか、なかなか理解が難しい

★この「飼い主の安全のため、あえて命令違反する」の部分、これが「盲導犬ロボット」開発時の最大のポイントじゃないか?

 ロボットが犬を超えられるかどうか。

 今、日本精工が盲導ロボットを開発中、早ければ2016年に登場との情報

 というか、難聴障害解決ベンチャーにも出資するような大和ハウス辺りが、本気で盲導犬ロボを開発しそうな予感

★で、この「盲導犬ロボット」の試作画像を見た海外人の反応が、ネガティブ反応が多数派だったらしい。

 「盲導犬には癒し効果がある、ロボットは代わりになれない」云々

 このあたり、ロボット好意的日本人イヌ好意的欧米人文化差が観察されて面白い

★そもそも日本欧米では、今でも盲導犬普及率が格段の差。70年代当時はもっと差があった。

 ぶっちゃけブリーダーの数が日本欧米で段違い。これが盲導犬数の差に直結している。

 日本的思考は、「困っている人がいるならば、盲導犬じゃなくロボットにしよう」となる。

2012-09-15

http://anond.hatelabo.jp/20120911002217

刹那主義者にとっては、流れ去る一瞬一瞬は、ただ流れ去って行くだけで、そこには永遠が伴わない。

 ゆえに刹那主義者は悪い意味無責任であり、反道徳である

 瞬間の意識に支配されるがゆえに、かれらは自由でもなく、自己の主でもない。

 ・・・

 自由なる禅者は、・・・無限を円周とする円の中に生きる。

 だから、かれはどこにあっても、つねに実在の中心にいる。かれが実在そのものである

 ・・・

 刹那主義は、絶対の現在が何を意味するかを知らない。

 禅は、この絶対の現在に生き、ゆえに”如”を覚知する。」  鈴木大拙『禅』

 名著だよ。

2012-06-04

TV・映画では「宇宙人侵略は数日かかる」。しかし実際は「瞬殺」だろう。

先ほどまで、「宇宙人侵略に対して、地球人はどう対処すべきか?」的な番組がなされていて、

宇宙人が攻撃に対して、地球人核爆弾でも歯が立たないので、ゲリラ戦に持ち込む様子が描かれていた。

しかし、私見だが、「宇宙人の侵略を気にするのは、意味ないこと」だと思う。

よくSFとか映画では、宇宙人地球に攻め込んで、それに対して地球人が様々な抵抗を試みるが、

なかなか成功せず・・・ストーリーで描かれているが、なぜそういう描かれ方をしているか

答えは「数日間は抵抗して、そこに人間ドラマを発生させなければ、映画が成立しないから」

もし万一、恒星間移動も出来るような超高度文明を持った宇宙人がいて、彼らが地球を侵略しようとするならば、

その侵略は、「地球人の反撃の時間猶予を一切与えない、完全ワンサイドゲーム」になるに相違ない。

宇宙人がその気になれば、地球人は「0.000000000001秒」で瞬殺されるだろう。

地球人は「宇宙人に侵略された、という事実覚知する暇もなく」幸せに全員死んで行く、

そう考える方が「自然」であろう。

映画世界だと、「0.000000000001秒」で瞬殺だと映画にならないから、

1週間なり1ヶ月掛けて、宇宙人VS地球人の血みどろの戦いを描くのだが、

現実」は、かくもあっけないものである

喩えて言えば、太陽系の近くで超新星爆発なりブラックホールが発生するのと一緒。

そのような破滅的天体事変が発生すると、人類はその破局分析する暇もなく、

全員「0.000000000001秒で瞬殺」である

なので、太陽系の近くでの超新星爆発なりブラックホールに対して、有効な対策を打ちようもないし、

ということは、「心配しても詮無いこと」だと思う。

万一そのようなカタストロフィーが起こったら、人類は、他の生物も一緒に、

考える隙間もなく、「0.000000000001秒で瞬殺」だからある意味幸せかも。

から、「宇宙人の侵略に対抗するために、一定数の核兵器を温存すべきだ」論は、ナンセンスなのかもしれない。

宇宙人に取っては、核兵器なんて「水鉄砲程度の威力でしかない」

竹槍でB29をやっつける、的なナンセンスさがある。

 
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