「子守歌」を含む日記 RSS

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2012-02-10

2週間くらい前の話。

隣駅にある保育園からの帰り道、保育園用のリュック通勤カバンを提げ、前には約9キロの娘を抱え、「よいしょよいしょ」と地下鉄階段のぼりきって(けっこう重かった)、歩かせるために娘をおろしたら娘が転んで泣いた。それを見た通りすがりの見知らぬおばあさんに「悪いママね!ひどいね!」と怒られた。

その翌日の話。

私の見ていないところで娘がお皿を机の上から落として割った。その音に驚いた私が「わ!」と大きな声をあげたら、義母に「お皿落としただけで大声あげるなんて、悪いママだね、こんなことで大声あげるなんて!」と責められた。


この頃、夫の帰りが遅くて家事育児も一人ですべて抱え込み、仕事も忙しかったが娘のお迎えのために毎日必死になって片付けた。

娘の体調が悪かったが会社は休めるわけなく、なんとか時間を作って小児科に連れて行ったり、とにかく自分なりに色々一生懸命だった。朝起きてから寝るまで疾走している気分だった。

しかったけど、娘のごはん栄養を考えてきちんと手作りしているし、昼間に仕事で一緒に遊べない分、散歩がわりに通園時に手をつないで遠回りしたり、夕食後も娘と鬼ごっこしたりブロック遊びしたり、寝る時は添い寝して絵本を読んだり子守歌を歌ったり。

自分なりに、愛する娘を幸福にする「良い母」になろうと努力していた。

色々とせっぱつまっていた時期だったのもあって、他人に「悪い母」と言われたことに泣くほどショックを受けた。


いまだにこのことを思い出すと腹ただしい。

1歳の子供が歩いて転ぶのは当然じゃないか。それともあれか、転ぶと危険から歩かせるなとでも言うのか。そんなんじゃ体力の無い子供に育つだろ。

大きな音に驚くのは当然じゃないか。それともあれか、大きな音でも驚かないのが「母親」か。お皿の割れる音にも動じないって、いくらなんでも鈍感すぎるだろ。


怒ったり泣いたり、その結果思ったのは、これから子供を育てていく上で、こういうことは何度もあるんだろうということ。

100のうちの1を見て、それで100を理解した気で口出してくる他人は、きっとたくさんいるってこと。

から、いちいち怒ったり泣いたりしていても仕方ない。


自分でも「良い母」にとらわれすぎてると思う。

しかし、父子家庭で育った私にはドラマ映画小説育児書にでてくるような「良い母」しか知らない。

変な話だが、母親ウンチするのだろうか。母親もオナラするのだろうか。母親も鼻クソほじるのだろうか。

(いや、母親人間からするのは当然なんだけど)


はいえ、保育園のお迎えで娘の顔を見るとホッとするし、娘とのお風呂時間楽しいし、娘の柔らかなほっぺをプニプニするのは至福だし、歩くときに娘から手を伸ばしてきて手をつなぐと嬉しいし、とにかく、娘のこと大好きだ。宝だ。私の生きる意味だ。大好きというか愛しているのだ。

ようは、愛する娘のために何かすることは苦にならない。どんな努力も。



と、誰にも言えないから愚痴ってみた。

2008-07-09

工学部での違和感

国立大学工学部所属の21歳。電気系の学科に所属。


父親が某大手電機企業保守、整備を担当する人間だったもんで

現場を知らない人間が作った製品の欠陥に関する話や、

それをなんとか解決した武勇伝子守歌のように聞いて育ってきた。


父曰く、「工学部出身のやつはダメだ。パートのおばちゃんの方がよっぽど使える。」と。

(ちなみに父は工業高校卒。)


大学に入るまではそんなのあり得ないだろうと思っていたが、年を重ね、研究室に入ってその言葉を少し実感している。

事例をいくつか挙げてみる。


シミュレーションばかりする教授。実際の製作はどうするか聞いたら、学会誌に載せると誰かが追実験してくれるからしなくていいそうな。

院生が作った学生実験用電源が使い出してから3回ですべて故障。調べてみたらコンデンサの選定が非常にまずい。半田付けも芋半田だらけで非常に汚い。

パソコンメモリHDDの区別が付かない先輩。2週間ほど前にいい年して今さらだけど知らないと恥ずかしいのでって質問された。

オシロスコープが使えない同期。


シミュレーションなんかはわりと喜んでやるのに、特性測定なんかは時間がかかるのでみんないやがる。

それならと計測を楽にするために、データロガーを作ったら周囲は完全に変人扱い。

回路設計とかプログラミングとか授業でやったことの応用なのに。

あと、データロガーの件では教授に怒られた。一人だけ手を抜くなと。


で、こんな奴らが松下とか日立とかの内定をとっている。

メモリHDDの区別が付かなかった先輩は東芝へ行くそうな。よーしNAND型メモリ作っちゃうぞ??ってオイ。プロセス方面行くみたいだから意外と大丈夫かもしれないけど。

どういう部署に行きたいか聞いてみると、そろいも揃って「研究開発」。

生産現場へは行きたくないらしい。

というか生産現場へは国立大卒者が行くところじゃないという選民意識みたいなのを持っている人すらいる。


まとめると、


工学部内で手を動かすことをいやがる風潮がある。

生産現場を低く見ている人がらいる

・そういう人たちが大手へ就職している


こういうことが大学で感じた違和感。父親の影響で、周りの人間を色眼鏡で見ている面は否定できないが。

「工学」部なのに手を動かしてもの作らないのかよと。

他の大学でもこんな感じなのだろうか。

2007-12-03

何不自由のない暮らしだけど何か満たされない

そんな夜もあるだろう

何を恐れているのかも わからず街を飛びだした

必死でつかもうとしている 栄光は大きな意味

明日に投げかけたとしても 望まない結末もある

繰り返す暮らしの中で 避けられぬ命題を今

背負って 迷って もがいて 真夜中

出口を探している 手探りで

賽を振る時は訪れ 人生の岐路に佇む

共に見た数々の夢を 追いかけ汗を流す仲間もいたな

声を上げ駆ける少年を 振り返る余裕すらなく

擦り切れた若さの残り火 この胸にくすぶらせている

「未だ 夜明けは遠く」

「生きてゆく為の賢さを 今ひとつ持てずにいるの?」と

誰かがふいにボヤいても それはみんな同じだろう

細やかな喜びの為に いくばくかの情を捨てた時

夢を大事にしろよなんて いつからか言えなくなっていた

独りにはなりたくないと 泣き濡れた夜もあったな…

あの日々の2人がなぜに こんなにも愛しく見える ずいぶん遠くへずっと遠くへ

2人肩をならべて歩んだけれど

愛は愛のままじゃいられず いつか形を変えるだろう

共に生きる家族 恋人よ 僕はうまく愛せているのだろうか

よくできた解答の果てに 悩みぬく世の中はなぜ?

平凡で手アカのついた言葉でも 愛してると伝えてほしい

親の言葉も聴こえなくなるほど 遠くに来ました 幼い頃の子守歌を手に

夜明け前 独りで高速を走った 過ぎゆく景色 季節 思い憤り全てを越えてみたくて

賽を振る時は訪れ 人生の岐路に佇む

今いる自分を支えてくれた人 この歌が聴こえてるだろうか?

祈るような毎日の中で もっと強く生きてゆけと

少しだけ弱気な自分を励ます もう戻れぬあの日の空

人の優しさに触れた時 なぜか想い出す事がある

初めて独り歩き出した 幼い僕を見つめるその愛

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