はてなキーワード: 院生とは
そして双方が車の両輪の如く、ほぼ一致していることが理想的なロールモデルと言われるようだ。
大雑把に言って、肉体年齢の2/3くらい。
その幼さ故、正直かなり行き詰まりを感じている。
振り返れば、小学校高学年の時点で戦隊物やドラえもんを卒業していなかったし、中学生になってもコロコロコミックがプッシュするビックリマンシールに興味があったし、高校はファンタジー系ラノベとアニラジとモータースポーツにハマり、大学はテレ東のアニメと声優とプレステのゲームに耽った。
20代はその延長で真面目系クズの社畜としてヘタレに仕事しつつ深夜アニメを毎週チェックし、一方で今更服や髪型に凝り出す。30になったくらいからアニメそのものをほとんど見なくなりニコ動にシフトした。
そして30代半ばの今。
肉体的には美容院でアンチエイジングのスカルプを施し、徹夜ができなくなり、下腹部の膨らみを恐れる状態なのに、見た目的には大変幼いのか、現役の大学生とかから高確率で院生に間違われる。仕事では年下から「ずいぶん若いのが来たなあ・・・」と思われたこともあった。
流石にアニメにはどっぷり浸かってないけど、それでもけいおん!やまどマギやISやあの花は面白いと思ってしまった。
そんな調子なのでもちろん未婚だけど、いい加減落ち着きたい。「一人は寂しい」と思ったときは手遅れだろうし。
要するに自分は、小学校低学年でドラえもんや戦隊物を卒業し、高学年をコロコロとファミコンで過ごし、中学高校でジャンプとサッカーとプロ野球を楽しみ、大学でトレンディドラマ()とミリオンセラーのJ-POP()をハシゴしつつコンパとバイトに明け暮れ、20代後半で結婚して、今は子供が2人いて仕事では役職持ちみたいな、自分の世代にとってごく一般的な道からは、全く外れた人生を歩んできたわけだ。
お陰で、若い人とはそれなりに気が合うものの、周囲の数少ない同年代とはいつまで経ってもスムーズにコミュニケーションを取れないどころか、年を追うごとに相手は大人・自分は子供という精神的成熟度の差を実感するようになるばかり。
ましてや年上の人からは完全に舐められ、軽く見られている。そりゃ年齢の割には不器用だし甘ったれだし色々迂闊だし「こいつは本当にいつまでもガキなんだよなあ。もう少し大人になれよ・・・」と思われるのも無理は無い。
多分、肉体年齢と精神年齢の乖離はこれからどんどん酷くなる一方だろう。精神の成長速度が肉体のそれより著しく遅いのは、これまでの自分の歴史で明らかだからだ。
つまり、このまま行けば30歳の心を持つ45歳、40歳の心を持つ60歳、50歳の心を持つ75歳という具合に年を取り・・・もはやホラーだが、ほぼ確定の路線と思われる。
正直言って怖い。
こんなはずじゃなかったのに・・・。
そうは言っても、これまでもこれからも、他の人と交流しながら年を重ねていくしかないのだが、問題は交流する相手だ。
一体、どういう人達と付き合っていけばいいのか、皆目見当もつかない。
子供じみている自分と、付き合う相手の人生が、お互い少しでも良い方向に変わる可能性のある交流ってなんだろう。
俺もそう思ってんよ。
「何かしらの言葉を投げかけて、相手の心に波紋を生じさせること」が「自発的に目的を発見する環境作り」の1つだと思ってる。
確かに、こういう直接的な言い方では期待通りにいかない面があるかもしれんね。
なんか疑問形でうまいこと尋ねてみたりすりゃ良いんだよな。
相手の心に疑問が生じて考えるようになり、その時にハッと気付いてくれるよう、うまく誘導できるようなことを周りがしてやれれば。
それが教育というもので、「気付いてくれるだろう」と希望的観測で放置することは、教育を放棄してるようなものになってしまうと思うし。
「院生にまでなってそんなこと出来ない奴は切り捨てにする」という方針もあるだろうけど、それはその方針を掲げる人なりの考えややり方があるんだろうし、自分が横槍を入れるようなことじゃないので、まあ良いんだけど。
でも自分はあんま好きなやり方じゃないんだよな。言葉を投げかけるのは、手間のかかることでもないわけだし。
それはそうと、元増田の文章をロクに読んでなかったから、今更だけど読んでみたら、
その同期は,教授との仲が良く,たとえ研究の進捗がなくても怒られなかった.
などと書いてあったから、こりゃ単なるイジメの類(アカハラ)なんだろーな。という気がしたんだけど、
http://anond.hatelabo.jp/20120104112602
やっぱり、こういう意図があるのだとしたら、「嫌がらせかもしれない」という誤解から軋轢を生じさせたりしない為には一言でいいから言うべきだね。
たとえ「社会人として成長させるため、言われた事しか理解できないロボット人間にしたくない」という狙いがあるとしても、それとは別の話で、円滑な人間関係を維持する為には必要なことだから。
院の人間関係で行き詰ってロリに走る豆腐メンタルが、「実は女は自分のことをすごくきもちわるいと思って嫌がっている」なんて自覚してたら大人しく乳首舐めてるだけのはずがない。
塾と家との往復。
テレビ番組を録画したものを色々と見るのに忙しいから、時間はすぐに過ぎていく。
中学校でバカみたいに騒いでいる可愛コぶりっコしている奴等の事なんて、正直バカにしてる。
皆でぎゃあぎゃあ騒いでいて、バカみたい。
休み時間はスマホを触ってたら、時間が足りない位に直ぐに終わっちゃうし。
私の事を暗くて、不気味だとか言ってるあんな奴等なんて見返してやる。
私の通っている塾には、ちょっと格好良いバイトの院生がいるのだけど、
最初は数学で解らないところを訊いたら、親身になって丁寧に教えてくれたので、
ちょっと格好良いなと思っていたし、友達がいない私はそれが嬉しくてオッケーした。
塾の準備室で、誰も居ない時に告白されたのだけど、オッケーの返事をしたら、
いきなり抱きしめられて、キスされた。
日々孤独の淋しさから解放されるのなら、別にいい、それで構わない、本当は気持ち悪くて嫌だけど、
大人の男の人と付き合う事は何か嫌な事を我慢しなきゃいけないと思い、されるがままにキスされた。
ここ最近はそれがエスカレートして、私の上着を捲くり上げられて、乳首を舐められる。
彼は大学の研究が上手くいかなかったり、人間関係で行き詰まると
私の乳首を舐めたくなるらしい。
はっきり言って、変態だと思う。
本当に気持ち悪い。
だけど、彼との関係を切ったら、私はまた孤独だ。
準備室に行ったら、また嫌な事をされると知りつつも、
自覚ないしむしろ善意。
異常者だ。
いつだって、頑張る以上のことは無いんだろう。
ただ、上の世代に課程博を取った人が皆無であり(こんなご時世なのに!)、
同期にも後輩にも元気がない。
外部評価を得た人が、むしろ浮いていく。
変えるための努力をすれば危険で左翼な不平分子というレッテル。
沈黙すりゃ自主性がないと見なされる。
教員は「発表形式を自分達で決めてもいいよ。でも、教員全員のスケジュール管理してね」
と言い出して、多量の仕事を与えることで変化の兆しを摘む。
とりあえず、どうすりゃまともに話ができるんかな。
臨床家に世話になった証拠をもとにみんなで法テラスにでも行くか。
http://anond.hatelabo.jp/20111121093735
君の読むと、院生になってもこのくらいのことしか感じられないの? だよ。
元記事の人は、サラリーマンって書くのが面倒だから社畜って書く、と文頭で定義しているので、
君が社会人2年で辞めたうすっぺらい人に、
腐った院生の自分のほうがまだ世の中わかってるぜとツッコミたかったのかわからんけど、
誰かをツッコみたいと思ったら、その誰かの弱点は自分の弱点と似ているから脊髄反射した可能性を
内省してみたらどうよ、と言いたい。
院生でコンビニバイトしてるクソみたいな分際だけど、ここに書いてあったことはたいていもう体験済みだった。むしろ社畜になるまでこういうことなかったの?社畜になってもこのくらいのことしか感じられないの?という意外性が大きいわ。
研究室内とバイト先でたいていこれは体験できるはず。程度は軽いのかもしれないが(特にバイト)、こういうことを一切感じずに過ごすことはできないだろ。
しかも研究室は無給。給料ないけど、「金払ってるんだからそのぶん勉強しないと」となる。その上研究室上の雑用も任されて、それをやらないと快適な研究はできない。最高の搾取対象ですよ。もちろん面倒な人付き合いや残業(?給料ないけどまあ17:00には帰れない)はわんさかある。博士まで行くと不安定なんてレベルじゃねえ。
責任感については、社畜=会社員よりも小さいだろうなというのは感じるけど。あと、親の喜ぶ顔は見れない。下手するとただの穀潰し扱い(我が家は運良く歓迎してくれてるからラッキー。仕送りはないけど。)。
大学院生なんて好きなことしてられるんだからいいじゃん、というのなら、社畜って仕事が大好きな人のことじゃないの?と言いたい。
Steve Jobsのスタンフォード大でのスピーチの翻訳ありがとうございます。
ドロップアウトというほどでもないかもしれないけど、人生万事塞翁が馬、というお話。NHK でのインタビューで SJ 本人も言ってますが、10 年先なんて未来のことはわからないです。
江島健太郎さんみたいな自分語りの話になってしまうんですが、私もベーマガで育った世代で、高校の時は N88-BASIC という今は懐かしい言語を叩いていました。
そのままパソコンどっぷりな路線を走っていれば、いちプログラマとして今頃どこかの会社でデスマに参加していたのかもしれませんが、大学で海外旅行に目覚めた私は、リアルな世界のほうがおもしろい、これ、リアルドラクエじゃん!とパソコンのことは忘れ、バイトと旅行を繰り返す大学生になっていました。1 年くらいぶらぶらしたりもしました。
海外のいろんな国のいろんな人たちの生活を見ていると、日本で既定路線に乗ってあくせく働くのがなんだかおかしく思えてくるんですね。だって、米ドル換算のお金では日本人ははるかに金持ちでしょうが、そんなお金はなくてもみんな楽しそうに暮らしてる。何してるんだかわからない人たちがたくさんいて、だからって暮らせないわけじゃない。もちろん、通りすがりの旅人に過ぎない私には見えてないものはたくさんあっただろうし、逆に日本にいたって皆が皆、杓子定規な生活を送っているわけでもないっていうのは、後になってまた悟るわけですが。
とはいえ、これと言ってやりたいこともなかったし、大学の勉強ももうやめてもいいかなと思いつつ、一応理系の学生だった私はそのうち研究室を選ばなければいけない時期に差し掛かりました。当時は AI と称して人工知能とか流行ってたんですが、ここで昔の血が少し騒ぎ出し、ちょっとまじめにプログラミングをやってみるかと思い、情報工学系の研究室に応募したんです。面接では僕は燃えてます!みたいな受け答えをし、それなりに手応えはあったかなと思っていたんですが、蓋を開けてみたら、不合格でした。燃えてますといいつつ、勢いだけで中身の伴わない若造だったから落とされたかなと、振り返ってみれば思います。真面目に勉強したいという人は他にもいくらでもいたわけで。
二次の応募とかもあったんですが、似たような結果で、最終的には一番人気のない情報工学とはまったく関係ない研究室への配属が決まりました。ちょっとやさぐれましたね。ところがこの若気の至りかプチ挫折のようなものがなければ、私は Apple で働くことにならなかっただろうし、間違いなく今の会社でも働いてなかったと思います。
すっかやる気をなくした私は、その研究室でもメインストリームではなく、傍流のテーマをやることになりました。その傍流の研究をリードしていた院生が Mac を使っている人で、そこで私も研究室の隅にあった Mac を使うことになりました。Macintosh Classic でした。メインストリームは NEC のパソコンとか使っていたので、そっちに行っていたら、やはりデスマ参加者になっていたかもしれません。
そして研究に夢中になる代わりに Mac に夢中になりました。Mac 雑誌を読み漁ったり、片っ端からフリーウェアをインストールしたりとかしてました。自分の Mac も手に入れました。トラックパッド搭載の PowerBook で、以来、私はトラックパッド派です。ThinkPad のトラックポイント派の人とは永遠にわかりあえないでしょう。Apple が Magic Trackpad をリリースしたときは、俺の時代がきたと思いましたね。
Mac に夢中になる一方で、大学を出たら何をしたいというのもなかったんですが、就職活動はしてみて、大きくはないがそれなりにおもしろそうな仕事を取って来てる会社に、システムエンジニアとして内定をいただきました。ですが、詳細はまた別の長い話になってしまうので割愛しますが、結局内定は辞退してしまました。大学は出たもののいわゆるプータローになったのです。海外ぶらぶらしすぎると、良くも悪くも開き直ってしまうんですよね。
また海外に行ったりして、帰ってきたところで、たまたま声をかけられ、小さな事務所の立ち上げから手伝うことになりました。ここで偶然か必然か、社長は Mac の好きな人で、事務所で使うパソコンは全部 Mac を使うことになります。私はそのセットアップやメンテナンスをやることになりました。メインの仕事は海外とのやりとりで、必要に迫られてそこでなんとか英語の読み書きも覚えました。
それからまたいろいろあって、その事務所をやめ、再びプータローになったのですが、Mac 好きは大学の時からずっと継続していました。Mac 系情報サイトを巡回するのが日課だったのですが、失業保険も切れそうだというある日、MACお宝鑑定団で Apple Japan の求人の話を見かけました。受かるとは思っていなかったのですが、失業中だしダメ元で応募してみることにしてみました。
面接はもちろんスーツで行ったのですが、Apple の面接を担当された方々は全員 T シャツ、しかも Apple T シャツを着て現れたのが、かなり印象に残っています。別に毎日 Apple T シャツを来てるわけではなく、この日はたまたまみんな Apple T シャツになってしまった、と後から聞きましたが。面接自体はそんなにうまく受け答えができなかったと思いました。でも、なぜか採用通知が来ました。
振り返ってみれば、真面目に大学で勉強してたら一般企業に行ってただろうし、第一希望の研究室に全然行けなくて、一番人気のない研究室のさらにマイナーなテーマをやることになったおかげで Mac と出会えたし、内定を辞退してプータローしたり、小さな事務所で Mac の面倒は何でも見なければいけなかったお陰で、その後の Apple での仕事につながる知識や経験を手に入れることができたし、そうしたことが折り重なって Apple で働くことができたのだと思います。
私みたいな人間を雇ってくれた Apple、そしてその Apple を作ってくれた SJ には本当に感謝しています。Good bye, Steve.
どの学問分野にも、論考の基礎となる知識体系や絶対に押さえておくべき文献などがあると思う。
そういったものを踏まえずに独学で勉強をしても、なかなか成果はあがりにくいし、それどころか筋の悪い理解をしてしまって白紙の状態の方がマシだった、ということにさえなりかねない。
だから、素人が勉強を始める場合には、それらについて先達からレクチャーを受けることが望ましい。
ここで「先達」は、その道の大家である必要はないし、学者である必要さえない。真面目に勉強しているのであれば院生程度でも十分だろう。その分野に携わる者であれば当然共有すべきであるからこそそれらは重要なのであり、そうであればそれらはたとえその分野の末端に位置する者であっても熟知しているはずだからである。
ところが我が身を顧みるに、「先達」にとってその種のレクチャーはなかなかしづらいものである。理由は2つある。
まず第一に、同業の人間に「当然のことを偉そうに言ってんじゃねえ」と思われたくない、というのがある。誰しも当然の知識を大きな顔をして披露する輩に快い感情は抱かないであろう。そうした反発を恐れる、ということである。
そして第二に、「押しつけがましいんじゃないか」という思いがある。頼まれもしないのに上から目線でレクチャー記事をあげても、「ウザい」としか思われないのではないか。そういう懸念である。
そこで、これらの問題を解消すべく、俺はここに宣言する。
あなたの専攻する分野について、あなたが教えるべきだと思うところのものを教えてほしいです。
それであなたは乞われてレクチャーをする、ということになる。たとえ当然のことであっても、聞かれて答えるならばなんの問題もない。
以上転載。こっちの方が多くの人に見てもらえると思うので。酔っぱらいの思いつきです。
けど院卒以上になるとそれはそれで語彙が劣化してるんだぜw
伝達時に翻訳語を用いることによる意味合いの変化が起こるってのもあるんだが
院生以上の人とかかわると日本語に単語レベルで英語が混ざるようになる。
これは結局目を通す文章が英語ベースになるってことなんだろうが(ある一定以上の専門用語は適切な日本語訳を持たなかったりする)
領域の被ってる人と話すときはまだいいんだがこれがちょっと領域がかぶってるが専門が違うって人と話をすると
バックボーンの違いによる知識の違いがあって日本人同士でも英和or英英辞書が必要になるって面白い事態が発生するんだよな・・・
「ほら、三分前にやろうと思ってたことをいつの間にか忘れてるって、よくありま……せんか?」
向かいに座っている彼女の語尾が、こちらを窺うような視線と共に弱まる。
「ないですね」
砂糖を大量に入れないと苦味が消えないようなこの飲み物がなぜ世界中で飲まれているのか疑問に思いながら、僕は食後のコーヒーを飲んでいた。
「私はよく後輩に用事があって席に寄っても、直前に別のことに気を取られたりすると肝心の用件を忘れちゃったり。で、『私、何しに来たんだっけ?』って後輩によく訊くんですが」
「家の鍵や財布を研究室に忘れたりとかも……。そういうのって、よくありま……せんか?」
「ないですね」
やや恥ずかしそうにこちらを窺うと、彼女はカップを両手に抱いてコーヒーを飲み干した。
「すごいですね」
「僕は男なので全部ズボンのポケットに入れますが、女性は鞄に入れますからね、そういうの」
「そう、そうですよね」
彼女は満足したように口を結んで何度も頷いた。
喫茶店の窓から見える外はすでに黄昏時だった。年末の繁華街はいつにも増して道を行き交う人が多い。
細長い指先で砂糖の空き袋を折り目をつけながら、彼女が訊いてきた。
「秘密に好きも嫌いもないと思うんですが、どういう秘密ですか」
「なるほど」
相槌を打ちながら考える。これは何か隠していることを打ち明けてくれるということなのだろうか。
整った綺麗な爪がテーブルの上で砂糖の空き袋を縦に小さく折りたたんでいく。
周囲の客の雑談と共にBGMが店内に流れていたが、音楽に疎い僕にはさっぱり分からない。
僕は砂糖を入れても苦いコーヒーに口をつけ、彼女の言葉を待った。次に頼むとしたらオレンジジュースだな。
折りたたまれている空き袋はどんどん短くなっていった。
「大抵はそうですね」
「あと特殊能力とか持ってるキャラとかも、周りの人には秘密にしてますよね」
「基本ですね。物語の後半で正体が明かされるエピソードとか入れて盛り上げたり」
空き袋が限界まで折りたたまれ、白い小さな物体になった。
顔を上げた彼女は一瞬目を合わせ、逡巡したように視線を泳がせると、ふたたび僕と目を合わせた。
「ほう」
「ふむ。――実は魔法少女だとか? 美人怪盗というのもいいですね」
口に出した直後、どちらも少し無理があることに気付いた。
もうすぐコーヒーを飲み終えそうだ。
「……信じてませんよね」
この後、彼女に連れられた僕は厄介な地球外知性体らが繰り広げる小規模な星間戦争に巻き込まれるのだが――それはまた、別の話。
終電の時間がちかいです 処女厨は勇気を出しました 黒髪ちゃんに、メールアドレスを聞きました
あっ、これ、あの曲ですね 僕も知ってます 音ゲーにはあまり詳しくないですが
映画のあと、処女厨は聞きました 今まで彼氏っていましたか?と
黒髪ちゃんははにかんだ顔で、一人だけ付き合いましたけど、すぐ別れちゃいました キスもしてないです と言いました
黒髪ちゃんの返事はこうです
ははは、(ぇ って久しぶりに見たな
二度目のデートでは、黒髪ちゃんが前から行ってみたかったという 梅酒バーに行きました
普段は行かない歌舞伎町 今日まで処女厨は新宿の東口で待ち合わせなんてしたことがありません
控えめにお酒を飲む黒髪ちゃん
食べ方がきたないと思われないよう必死の処女厨に 黒髪ちゃんはにっこり笑います
言葉少ななふたりですが 処女厨は無理をして少しお話をしました
黒髪ちゃんは、24歳だそうです 年の割に幼い顔です 都内の大学に通う院生だそうです
いつも黒っぽい色の服をきているので、黒が好きなのでしょう
処女厨がゴスロリが好きなの?と聞くと、黒髪ちゃんは苦笑いしました
処女厨がゴスロリだと思っていた服を、彼女は これはロイスクレヨンっていうブランドの服なんです と言いました
ゴスロリなんて着ませんよ、これはクラシカルです と教えてくれました
確かに、ゴテゴテした印象はあまりなく、おとなしい雰囲気がしました
この服がいいのか悪いのか分かりません でも高いのは分かります
処女厨は、高そうなブランドの服を着ているのに 毛玉だらけのニーソックスを履いている黒髪ちゃんは面白いなと思いました
三度目のデートの前に、処女厨は、意を決しました 告白をしようと思ったのです
黒髪ちゃんってわかる?こないだのオフに来てた……
あぁ、あの痛い子ね
めんどくさそうな処女だよね、あの子
あの歳で処女なんて、人間性に問題があるからだろ、と言っていました
友人は、関係ない場合もあるかもだけど、少なくともあの子には関係あるよと言いました
友人の持論はこうです この歳まで誰とも恋愛関係を結べないやつには欠陥があるんだ 女ならなおさらだよ
そのあと、Skypeのダイアログに表示されたメッセージは こんな感じでした
なんで?
友人 23:21
男より女のほうが告られたりしやすいじゃん、誘われたりとか
それなのに選ばれない女には理由があるんだよ
23:22
性格に問題があるとか、頭狂ってるとか
23:22
普通に考えろ
……
だってそうでしょう?この歳まで誰とも恋愛関係を結べないやつには欠陥があります
理由があるんです
性格に問題があるとか、頭狂ってるとか
友人は続けて言いました ていうか なんでいきなりあの子の話?去年の話、お前も聞いたの?
何のことでしょう 彼は曖昧にうん、とか ああ、とか答えました
友人の話はこうです
黒髪ちゃんは去年のオフで、とある男といい感じになっていたそうなのです
そして、原因は黒髪ちゃんだというのです
黒髪ちゃんは何度も何度もその男を自分の部屋に呼び込み、無防備な様子を見せていました
すると黒髪ちゃんは、わざとらしく酔っ払ったふりをして、男にしなだれかかってきたそうなのです
終電まででいいからここにいて とか 泊まってもいいんだよ とか 一人で寝るのは寂しい とか言ったそうです
あからさまに誘われた男は、黒髪ちゃんの行動にひいてしまい 終電の三本前の電車で帰ったそうです
男にはそのあと 何通もメールが来たそうです 会いたい、遊びましょう、映画見に行きませんか?
男はメールアドレスを変え、黒髪ちゃんを着信拒否にして、別の女の子と付き合い始めました 一件落着です
こういう話はどこかで聞いたことがあります
「スイーツ」……いや、「ビッチ」です 「メンヘル」の特性にも当てはまるのかもしれません
それって、ビッチじゃん
ビッチ?いやー、まだ処女だと思うよ 処女ならではの勘違いって感じで痛いよねって俺の彼女が言ってたw
メールの「(ぇ」も、毛玉だらけの靴下も、メイクをしていない色の悪い唇も
そういえば、お前さ、今彼女いないの?
おれの彼女の大学の友達なんだけど、紹介するって言ったら会う?
処女かは知らんけどw
仕方なかったのです、その日は寂しい雨音が部屋に響いていましたから
このままおいておいても腐ってしまうので鮭の卵のように放流です
仮に1年間生きるのに必要な最低限のお金を家賃込み200万円、研究費50万円、学費50万円としよう。バイトの時給を1500円としても、300万円稼ぐには年2000時間、週40時間働かないといけない
@t もし病気もせず、家族も持たず、貯金も必要なければ、ね。
ただし希望はある。新興宗教を見ていれば解るけれど、とことんニッチな市場を追求すると、あなた一人が辛うじて食べられる程度の収益を上げられるだけのコンテンツを生産・販売することは、それほど困難なことではない。
「院生問題」が内部では永久に解決しないのは、意志決定権を握る教員にとって、院生が「競争相手」であるからだということを忘れちゃいけない。正義の味方を演じたいアホ教員たちは、「敵に塩」なんてバカなことは絶対にしない。必ず正義は勝たねばならないのだから。
最後に、これではあまりに夢がないので、「博士と就職」について、少しだけ書いておく。
「博士まで行って就職するのと、学士や修士で就職するのとどちらが良いか?」というのは、正直答えるのが難しい。職種や業種によってあまりに違うから。ただ、「どちらが易しいか」ならば、明らかに後者
私は幸運にもいくつかの企業から内定をいただけたけれど、国内企業はすべて書類落ち、外資でも1つの企業ではひたすら圧迫面接だった。いかに私がモラトリアムに浸かっているか、私の研究が無意味であるかを延々説かれる1時間×3セットは、鬱になりかけた。
もちろんその企業は落ちたが。
私を書類で落とした会社は全部潰れちゃえ。っていうか今後じっくり時間をかけてすべて潰す。
一言で言うと、私が内定を取れたのは、1. 頭の回転がとてもとても速いこと(いわゆる地頭) 2. 自分の研究をより一般的な体験として語れたこと 3. コンサル用の話し方へとがんばってアジャストしたこと これに尽きると思う。
結論から言うと、すべての博士学生がコンサルになれるとは思わないし、向いているとも思わない。私だって、実際は来年の4月になるまで解りはしない。だから、博士はコンサルを目指すべきとも、就職すべきとも思わない。
2. については、既に述べたので省略して、1.と3.について少しだけ書いておく。
一般に、採用担当者は大学や大学院での専門にはまったく興味がない。早い話がなんでも良い。
これから以降の話は、「外資コンサル」のみに該当することだから、注意。
彼らが興味を持つのは、1. 中高を含めた学校歴 2. 素早く的確な分析能力 3. 他の事例から解決策を持ってくる結合力(アイデア) 4. 人間的なおもしろさ の4つ。
1. については、博士は相当高くないとダメ。学部だけではなくて、中高もしっかり見ている。私について言えば、学校歴は問題なかったけど、文系であるが故にMcK社では「この人、数字の計算とか大丈夫なの?」という会話が裏でなされていたそうな。
2. については、「とにかく速く目星を立てて、それを検証する能力」が大事。研究だと、どれだけ時間をかけても網羅的であることが求められるけれど、面接ではそんなの求められない。速さと、常識的な範囲での網羅性。
3.は飛ばして、4.はすごく難しい。McK社には五大陸最高峰制覇最年少記録保持者とかもいたらしいけど、そういうのでなくても、「まったく違う人とでも、良い関係を築くことのできそうなイメージ」という感じ。
いろんな企業があるけれど、一般に博士の就職に対する風当たりは非常に厳しい。大学の中でもいろいろな妨害や誹謗を受けるし、外でも色物扱いされるのは避けられない。でも、それを乗り越えるだけの能力と精神力があれば、何とかなる。
先ほどの繰り返しになるけれど、私はすべての博士が就職できるとも、すべきだとも思わない。ただ、研究の道は一般に考えられている以上に厳しいこと、研究以外の人生もあって、まだ完全に道がふさがれている訳ではないということは、知っておいて欲しい。
多くの博士は自分の研究分野で素晴らしい業績を挙げ、自分には才能も努力もあると思っているのだろうし、それは間違いではないのだろうと思う。ただ、あなたの能力や知識、技能には、他の活かし方もあるのです。
日々の研究生活で視野狭窄に陥って、高いリスクを伴う研究の道しかないなんて思い込まないでください。また、自分を「外」へ開くことを恐れないでください。
研究室にとって大学院生が一人二人死んだところで大した問題はない。業績が出ない大学院生はゴミ、クズ。特に俺みたいな博士。
誰にでも死ぬ権利はある。あなたが死ねば誰かが悲しむだろうが、悲しむだけで経済的な実害はない。
学振取得者は神。それ以外の院生を支配する権利がある。彼らは俺のようなゴミとは違う。崇拝されるべき。彼らのような崇高な人間が、俺のような無能な人間が無能であることを早くから暴き、俺のような人間を抹殺してくれれば俺は苦しまずにすんだ。
分野にもよるが、業績が出せるかどうかは基本的には数学ができるかどうかにかかっている。数学の才能は、それ以外のあらゆる場面で発揮される。
研究は基本的に金を払ってやらせていただくもの。金をもらって研究できるのは、ほんの一握りの天才。無能な人間の仕事は金を出しながら彼らの存在を羨むこと。
一応、現役で東大に入った俺のような人間ですらこの体たらくなのだから、俺以下の人間には生きる価値がない。俺を含めて、殺されても文句を言えない。
あああ、先生ごめんなさい。俺が死んで、研究室のみんなが「嫌なやつが死んでよかった」とパーティでも開いてくれたら良いのに。