はてなキーワード: イチコロとは
うちも親父が陰謀論に浸かりかけていた。
◇経路は2つ
複雑なことに、一定の年以上の人は「テレビ=実際を映す箱」という風に潜在的に感じているようだ。陰謀論にハマった人はテレビの情報は「悪!」と断じて見てないように思われるが、実態として、高齢者は膨大な時間をあの箱に捧げてるし、ボタンの配置にまで気にしていない。
テレビ番組も東日本大震災以降はかなりディフェンシブになってて両論併記でふわっとした内容になっている。そこで、一部界隈でそれなりに支持のあるYouTuberが「あなたに真実を伝えます」と話しかければイチコロだ。
上記のネット番組を見た複数の参加者が集まり、井戸端会議的にエコーチェンバーを形成する。
◇対策
①.ベタだが同居に近い形で乗り込んだ。
令和なのにリモコン争いをふっかけ、若さで勝利。BSの長閑な番組やNHKのアート系番組などを独占的に見て、毒気を抜いていった。場合によってはネット接続のボタンに細工して切り替えられないようにして「あれれー?おかしいなー?」と白々しく惚ける。
結局、口コミ共同体も話について行けなければ冷静に眺めるようになるので、多少の時間はかかるが、おすすめする。本人には悪いかもしれないが、元々陰謀論で繋がる仲間意識なんて、ネチズン並なので非行少年をゲーセンでボッチにするイメージでやった。
②.新聞をとらせた
年金暮らしの高齢者は情報インフラ費として、月々のネット料金を払うか新聞代を払うかを天秤にかける。まあ、なんならこっちが出すくらいの気持ちでやるといい。口コミ共同体になんとなく所属する位の知識はあるし、リタイア組には編集でフィルターのかかった情報でいいだろう。
どの新聞がいいかは各々に任せる。新聞を文句いいながら読むのは、当たり前の姿だと思う。
毒抜きには多少時間はかかる。相手が情報を得る接続元を押さえてあるので泳がしておく。ここで刺激すると、躍起になって接続しにいくので注意。風邪みたいなもので、薬飲んで温かくしたら、あとは寝て過ごす感じだ。
◇健闘を祈る
〈以下、追記〉
●いくつかブコメ稼ぎに返信
自分は情報系出身だが、「新聞で見出しはみたけど読まなかった記事」っていう逆張りしながら自身のリテラシーをチェックしてる。あと、当人から接続元を単に取り上げるのではなく、代替物を与えておくの大事だよ。エンタメという指摘は同意。
・同居に近い形
近くに引越して日常的に出入りしてるってこと。当初、高齢者が火の元をどう扱うか怖くて来訪していたが、発言の異常さに気づく流れ。火事や事故で他人まきこんで晩節を汚すのは勘弁してほしい。
・陰謀論の内容
他の親族にガン患者がいたため、反ワクは薄い。金融支配や政府のウソ関連かな。でも旧統一教会問題もジャニーズ性加害も“事実”だったな〜というくらいのスタンスだから、親父への対応は「それ新聞に載ってたの?」と返し続けた。
接続元を封じられてるから、相手もだんだん揺らいでくると思う。新聞は手元にエビデンスが欲しいだけなのでスポーツ紙でもいいよ。あとは相手が大問題(笑)を語るならBBCの無料のネットラジオを聴かせる。「ロシア・ウクライナ情勢とかめちゃくちゃ早いよ!英語の勉強にもなるし!」とか。
・エンタメ
ペットの世話、野良仕事、金のかからない新たな趣味、自己研鑽のための修練などが無いと、広大なセカンドライフは漂流してしまうみたいだ。あと、スマホの充電はリビングで家族皆するようにしよう。何事もほどほどが肝心だと思う
2000年代の温帯気候を氷河期と呼ぶなんて笑止千万だ。こちとら本当の氷河期を生き残ってきたのだから。
今から1億年くらい前は、空気中の酸素濃度は30%もあって餌も豊富にあったんだ。その頃はティラノサウルスやトリケラトプスが地上を跋扈していて、やつら恐竜は必要もないのに肉体を巨大に進化させて恐竜同士でマウント取り合ってて本当に見てらんなかった。だから、巨大隕石が地球に落下して、空が暗雲に覆われて雨や雪ばかりが降って気温が下がった時は、恐竜たちに対してざまあみろって思ったね。
もちろん、死んだ恐竜への補償など、誰も何も言わなかった。だってそれは仕方がないことだから、大型の変温動物だからね。気温の低下に適応できないリスクがあるのはわかってるんだから、なんで恒温動物に進化しなかった? そんな空気だった。もっとも鳥類に進化したところで生き残る確率はとても低く、強い環境適応性でもないと生き残れない時代でもあった。
氷河期で悲惨な目にあったのは小型の爬虫類だ。奴らは小型だからかろうじて氷河期でも生き残ることができたけど、いまだに変温動物をやっているから温帯な気候でしか生きられない運命にある。あの時みたいな氷河期がまたやってきたら生き残れないんじゃねえの?
俺は小型のネズミだけど、仲間の中には進化で身体を大きくしてサルだのヒトだのと呼ばれる奴らもいる。そいつらは高い文明を持ってるようだけど、あんなにでかい図体していたら氷河期でイチコロだろうね。
俺は答える「買いません、自分でバイトして自分のお金で好きなものを買いなさい、それは止めない」
というたら「僕はまだ4歳だからバイトできない」とか言い訳する。
知恵を働かせなさい
可愛い顔して、えーん、新しいトミカが欲しいよー、とか動画出したらアホがトミカ買える程度の投げ銭してくれるんじゃねぇの?知らんけど
つーたら、そういうのは嫌だと言う
ならばジジババに頼みなさい、それも立派な労働だ。
可愛い顔して、「ねぇじぃじぃ、あのね、明日雨でしょ?オウチでしか遊べないでしょ?だから新しいトミカが欲しいんだけど500円くれない?」にこっ
とかやればイチコロよ
息子は「やる」と決断
で、ジジババからまんまと500円をせしめたのだが
そんな話はどうでもいい
翌日、「今からジジババのオウチに行くよ、買ったもの見せて、ありがとう言いなさい」と
すると息子は「恥ずかしい」と申すのであります。
ん?
んん?
まてまてまて、ありがとうと感謝を伝えるののなにが「恥ずかしい」のか。
ヒアリングしたがとにかく「恥ずかしい」のだそうだ。
で、わかる、他人にありがとうは何故か恥ずかしい、この年になると躊躇なく言えるようになったが
確かにおれもガキの頃はなぜだか恥ずかしいと感じてた気がする。
なぜだ?どういうメカニズムなんだ?
ありがとうと伝えることを恥ずかしい事だと教えたことはない、むしろ逆
だが子供はなにかの学習的な結果か、あるいは人間の本能的な心理なのか、
これは面白い
答えはわからんが
誰か答え知ってたら教えて欲しい
山陰と山陽では、間違いなく山陽が優れています!そもそも山陽地方の方が観光スポットやアクセスの便利さも圧倒的に優れていますし、気候も暖かく快適です。山陰ファンの方もいるかもしれませんが、それは単なる特殊な趣味であり、マイナーな観光地を好む一部の人たちに過ぎません。
見てもらいたいのは、山陽地方には広島や神戸、岡山などの大都市があり、活気に溢れ経済発展も著しいのに対して、山陰地方はどこも過疎化が進んでおり、これからの展望があまり明るくありません。それに、山陰地方の観光資源が活かせているのは、せいぜい温泉地くらいでしょう。山陽地方はそんなことはありません!大阪湾をはじめとする海岸線の美しさや、しまなみ海道など赤道度の高い空気を提供してくれるサイクリングコースがそろっています。
それに、山陰地方をなんとか支えているのは、やはり境港市にある「ゲゲゲの鬼太郎」の作者、水木しげるさんただひとりでしょう。彼が亡くなったので、もはや山陰地方に行く理由はほとんどありません。一方、山陽地方には倉敷美観地区や広島平和記念公園、神戸のポートタワーなど、数え切れないほどの有名観光スポットが存在します。
さらに、グルメに関しても山陽地方が圧倒的に優れています。広島焼きや岡山の桃、そして神戸ビーフなど、誰もがうなる名物料理が揃っています。これに対して、山陰地方の名物はせいぜい松江のしじみ汁や境港の魚料理くらいでしょう。どう考えても、山陽地方の方が食の面でもイチコロです。
総合的に見ても、山陽地方が圧倒的に優れています!これ以上議論するまでもなく、山陽地方が勝利しているのは明らかですし、それに反論する余地はまったくありません。山陰地方を支持するのは、ズレた情報に踊らされているだけでしょう。山陽地方の魅力を受け入れて、堂々と胸を張って言えるようになりましょう。対比すれば、山陰地方は劣っているのは明らかです。
韓国の群衆事故を見て「日本の満員電車で事故が起きないのって凄いんだな」という意見が見られるが、実は「満員電車のプロ」であるはずの電鉄会社も甘い見立てでとんでもない失敗をした事があるんだな。
自分は鉄オタじゃないからそんなマニアックな話じゃないので安心してくれ。
因みに2014年に相模大野駅で脱線事故が起きて小田急全線不通になったが、その脱線した電車というのはこれだったんだな。
あの電車は混雑解消と遅延防止の為に作られたが、そのせいで小田急線は大混雑と遅延続出とケガ人の走る地獄エクスプレスと化したのだった…。
以前Wikipediaを確認したところ、これは停車駅が多い各駅停車用に作られたと書かれていたが(今は削除)、これは間違いで、混雑が酷い急行に使われていた。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E7%94%B0%E6%80%A51000%E5%BD%A2%E9%9B%BB%E8%BB%8A
ところが混雑と大遅延を惹き起こし乗客に大顰蹙を買って混雑なんて殆どない各駅停車専用に左遷されたのだな。
座席を縮小させてドアを広くすれば立客のスペースが増えるから余裕が生まれるじゃん、ドアが広いから乗降も早く終わるじゃん、というのがデカドアのコンセプトだ。
ところが、バカな工業デザイナーはそのドア前の広大な空間につり革も手すりも付けなかったのだ。しかもドアの上もドア自体もまっ平らなデザインにした。
だから普通の電車の2倍以上、面積と収容されている人数的には4倍以上の広大な空間に、手すりにもつり革にもつかまっていない乗客が詰め込まれることになった。
ラッシュ時に電車が揺れると手すりのない客の揺動というのは手すりにつかまっている客がブロックしている。
でも広大な空間に誰もどこにもつかまっていないのだから、客はずっとつま先で全力で踏ん張り、揺れでよたよたし続ける事になった。強烈な苦痛だ。
当然こういう状態だから雪崩が頻繁に発生する。普通の電車なら一瞬ドドッと動く程度が、この電車の場合は人が大勢倒れるまで行ってしまう。
そういうわけで、この電車が終点新宿に着いた後というのは悲惨で、千切れた腕時計、腕時計の金属バンドコマ、メガネ(踏まれてぐちゃぐちゃ)、千切れたボタン、カフス、パンプス、ハイヒールのヒール、血痕などが散乱するという状態になっていた。暴動でもあったんですか?
座っていても安心できない。乗客雪崩がロングシートの方に逸れて人が降ってくる事があるからだ。メガネをしていたらイチコロである。金属フレームであったら眼窩を大きく切って出血する事を免れない。
吹っ飛んだメガネも拾うのは無理で、向こう側のドア間で苦闘する乗客に蹂躙されてグチャグチャになるのを座視するしかない。
雪崩に押し出された小学生は座席下のヒーター付近に押し込まれ、降車駅まで男性客の股間に立っていた。
自分の場合はペンチでしか開かない鍵束の鉄リングが伸びて6の字になっていた事がある。転倒した誰かの時計のバンドが入って引っ張ってしまったのだろう。
また言語学習で支給された頑丈なバインダーが二つに折れ&押されてぐちゃぐちゃになり買い直した。更に誰のだか知らぬ血がカバンや服についていた事もあった。
90年代前半は混雑が今より酷く、他の路線でもボタンや時計が落ちているという事はままあった。しかしこの電車は頻度が異常というか終点で人が捌けると必ずという頻度であった。
また、ドア前の空間につり革を付けないのというのは当時は当たり前で、他の電車も同じだった。だがこの電車は構造が特殊なんだから同じように付けないと雪崩が続出するのは当たり前だ。何故こんな事をデザイナーは考えなかったのか?
混雑時に大きな駅に電車が到着すると、下りる客の邪魔になるのでドアの前の客は一旦ホームに降りなきゃいけない。この下りる人数というのは普通の電車なら2~4人程度だ。
だがデカドア電車ではこれが6~10人程度になってしまう。するとこれが邪魔になって降車がなかなか進まない。
更に、小田急には下北沢、登戸という、乗降客が多くてホームが狭い駅があった。(現在は建て替えで両方とも解消)
下北では狭いホームに井の頭線の橋脚がそびえるという無茶な構造、登戸は南武線乗り換え駅なのに駅が鉄橋の上にあるという造りでホームが狭い。客が多いので階段を大きくせざるをえず階段ケース横のホームがとても狭い。
ここで「一旦降り」客が多いと橋脚の向こうや階段ケースの裏側から階段にくる客の流れが詰まってしまっていつまでも降車が終わらないという事になった。
そして電車が出て行った後にも乗客の移動が続き、そこに次の電車が入ってくるので大変危険である。
デカドア電車では頻繁に乗客雪崩が発生して、転倒に至る事も多い。それ以外の時間ではずっと何にもつかまれずに乗客の大きな揺動に耐えて踏ん張る事になるので非常に苦痛だ。
特にヒールやパンプスの女性の苦痛は余りある。更にヒールのある靴では転倒したりヒールがもげるリスクが大きくなる。ヒールがもげたら百貨店の靴修理店が開く時間まで待たねばならないから出勤できるかという問題にもなる。
この客らは降車客の移動の邪魔にもなるし、次の急行にまとめて乗るので次の急行が大混雑になる。混雑が酷いと乗降に時間が掛かるので遅れてしまう。遅れるとホームにその分乗客が溜まるので更に混雑→遅延というフィードバックが加速されてしまう。
こういう感じで、デカドア電車を先頭に遅延が常態化してしまった。「次の電車は5分遅れです」とアナウンスがあると果たしてデカドア電車で、その電車に乗って数十分デカドアサーフィンエクササイズ(転倒出血付き)するか、その後の急行で大混雑&遅刻するかを選択せねばならない。
またこの為に途中駅では入場制限もしばしばしかれるようになった。
こうして多くの乗客、駅員に怨嗟と絶望と遅刻を、ミスターミニッツには靴底修理の商売繁盛を齎したカサンドラエクスプレスことデカドア電車だが、終わりは突然にやってきた。
ある日を境に急行でデカドア電車が来なくなったのだ。戦力外通知、三行半である。彼は各駅停車専属に転属となっていた。小田急では各駅停車は全然混まないので、使えねー奴でも何でもいいのだ。新規投入から半年も経っていない。
小田急では大混雑する急行対策が全てであって、そんな路線で各停にしか使えない縛りの資材を抱え込んでしまった同社の悩みは幾ばくかとも思うが、見立てが甘かったのだから仕方がない。怪我したりメガネや服や時計を破壊された人の身にもなってみろと言いたい。
混雑対策にはノウハウの蓄積とその参照が必要なのに銀の弾丸求めてコンセプト優先で足元をおろそかにした工業デザイナーのせいである。3日占領目指して引っ込みつかなくなった頭プーチンかよ。
その後この思い付きだけで出来た愚劣な電車はずっと各停だけで使われていたのだが、今どうなってるのかというと、つり革を付けてドアがあまり開かない改造をされて走っているようなのだ。阿呆である。完全に最初からコンセプトが破綻していたってこった。最初からやるな。
デザイナーのリサーチ不足のせいで多くのケガ人と憤怒と遅刻とふくらはぎの筋力とミスターミニッツのインカムと各停にしか使えない不良資産を産んだのがこのデカドア騒動だった。
だが我々の社会はまた過去のノウハウの蓄積を軽視するようになっているように思える。失敗データベースなどにこの失敗は収録されて参照されるようにもなっていない。
そういう時我々は声を大にしてこう言うべきである。