はてなキーワード: 右から左とは
Pythonの方が弄れる対象が多いのに、なんでウェブ系だとPHPの方が流行ってんだろ
端末からのテキスト処理も楽だし、数値計算周りのライブラリも充実しているのに
PHPが優遇されているのって歴史的な経緯以外に何か他の理由でもあるのか?
けどまぁ、情弱な文系SEが大半を占めているバカだらけの日本じゃ別にPHPで困ることもないか
数値計算や端末からのテキスト処理なんてWeb系じゃ大して使わないからなあ…
Pythonに関しては、ZopeさえコケていなければWebサーバ用LLとして大成功していたはずなのに、
Railsなんかが登場したおかげで、すっかり影が薄くなってしまいますた....
ってか、railsにインスパイアされたフレームワークって今じゃ幾らでもあるよね
djangoとかCakePHPとか。rubyってRoRを使いたいユーザを除くと、
pythonやPHPの方がユーザー数は圧倒的に多いと思うんだけど
本家のrailsって、他を遥かに越えるほど良いものなんだっけ?
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Zopeが登場した当時、「RDB+PHPはもう古い、これからはOODB+ZopeがWebの中軸になる!」と
少なくとも自分はZopeからPythonという言語を知ったし、その時点でRubyは知らなかった
そして、その後のORM(RDB)+Railsの出現と華々しい革新性への注目は、誰もが知っているだろう
今でもZopeの開発は継続されてはいるが、結果的に当初の期待が大きく裏切られたという事実は動かしがたい
djangoとCakePHPについては実際に触っていないので憶測になるが、おそらく技術水準ではRailsと同等だろう
しかしRailsはRailsでコミュニティの活動が活発だし、その進化は異常に早い
Railsに何か致命的なトラブルが発生して開発が停滞する、あるいはdjangoやCakePHPから
何かのイノベーションが提示されでもされない限り、後発のdjangoやCakePHPがRailsに追いつくのは無理
Railsは決して技術的に完璧なWebフレームワークではないんだけどね....(たとえばSeaSideのような.... )
だからこそ「もしもZopeが....だったなら」という「たら・れば」感はPythonコミュニティの潜在認識になっている
C a k e P H P は う ん こ
CakePHP使ってんの?
可哀そうにw
でもやっぱりいつもの使い慣れたLL(Python/Ruby)で
Webサービスを書きたいってのがある
求人数は
Ruby on Rails>>>>>>>>Django
http://www.indeed.com/jobtrends?q=django%2Cruby+on+rails&l=
どういうことなの?
求人数が多いのはそのためだと思うよ
なんかのミスかと思ったがアメリカでもRuby on Railsは人気があるのかなあ・・・
Pythonのほうが使いやすいと思うのだがフレームワークはRailsが優位なんだろうか
Djangoは周辺ライブラリが微妙だし本体も鈍くさい感じがする。
でも、FlaskはSinatraより好きだから、Pythonが嫌いってわけではない。むしろ好き。
ただ、いざ作り始めるとやっぱりRailsが楽だなあってなって、Railsを使い続けている。
同感だ
同じように思っている人が他にもいて安心した
PHPはフレームワークが乱立しすぎているから、RailsをPHPで実装してみようというやつが出てきた。
それに比べてPythonは、Zopeというデファクトスタンダードが既に存在していたけど、
ただ、どうやってもRailsもどきがRailsを超えることはできないのは間違いない。
パクリはオリジナルを超えられない(キリッ って定型句だけど、
これってキリッって言いたいだけだと思う。
D言語って超えたって?
B言語って超えたって?
PHPで同じ事をできないわけではないだろうけど、Ruby on Railsほど簡潔にはできない
まあくだらねえWEBサービス作って喜んでる情弱は早く死ねって事だよ
そういう理由じゃなくてRailsのほうが単純に情報もプラグインも多いからでしょ
linuxじゃデフォのツールなんだし、ツールとの連携を考えたらpython一択じゃん
わざわざ不合理で不完全な言語を使うなんて
もしも
>linuxじゃデフォのツールなんだし、ツールとの連携を考えたらpython一択じゃん
真実であるのなら、今頃はdjangoの情報とプラグインが溢れかえっているはず
yumや、gdbとgnomeの拡張がpythonであるからといって、それをwebアプリでも使いたいと思う人は少ないというだけのこと。
ソースからインストールする必要があったとしても、web開発ではrubyを使いたいという人が多いというだけのこと。
というか、世界中のPythonプログラマが Remeber Zope!! を合い言葉に
打倒RailsたるWebフレームワークを開発しているはずだけど、
Railsも登場してから、かなりの年月が経過しているんだけどなぁ....
その間にもRailsはRails 3が登場して、REST/AJAXの強化等の進化が継続しているよ
Ruby では
ary.map {|x| x**2}
map(lambda x: x**2, ary)
となり、lambda の本体が1つの式では表現しきれなくなると
.....
と書き換える必要があります。
f = lambda x:(x and f(x-1)*x)or 1
RubyにはPythonのように「lambda本体は式でなければならない」という限定がありませんから、
f = lambda{|x|if x == 0 then 1 else x*f.call(x-1) end}
または
f = lambda{|x|x == 0 ? 1 : x*f.call(x-1)}
と書けます。lambda内でreturnが使えますから、書きたければ
f = lambda{|x|if x == 0 then return 1 else return x*f.call(x-1) end}
でもOKです。
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これはPythonをdisっているように見せかけてRubyをdisっているのか? と一瞬思ってしまったw
だってRubyのほうが長くない?CLのfuncallみたいなcall()がちょっとうざいし…
そしてどっちもlambda式の中で束縛変数の名前で再帰可能、と
print [x*2+100 for x in [1,2,3,4,5] if x > 2 and x < 5]
暗号のように見える。
puts [1,2,3,4,5].select{|i| i > 2 and i < 5}.map{|i| i*2+100}
思考の流れと、コードの流れが一致しているので書きやすい。
map(lambda x: x*2+100, filter(lambda x: x > 2 and x < 5, [1,2,3,4,5]))
pythonて可読性が高いのをうたってる割にはそこいまいちだよね
Rubyの場合には、左から右へと無名関数がデータフローあるいは
関数型プログラミングに不慣れな初心者でも、参照透明性のあるコードが自然に書ける
プログラマにとって優しい or プログラミングの楽しさを教えてくれるのがRuby
それと比較すると、Pythonのコードは、関数型プログラミングというものが
いかに高度で難解なものであるかという事をもったいぶってプログラマに押し付ける
もしもPythonしか知らないプログラマであれば、関数型 = 難解 という印象を持つだろう
階乗計算くらいだと単純すぎて、ナゼ重要なのかが分かりづらいと思うのでコードで示す
result_list = source_list.map { |elem|
x = foo(elem.x) # ここが局所宣言を書く部分
x + y # 最後に評価された式の値が、無名関数のリターン値になる
}
Rubyでは、map等に与える無名関数の中で局所的な環境(クロージャ)が作られるから、
x = foo(...) のような代入文がいくつでも(= 複雑な処理でも)書ける
このポイントは、実用的なプログラムを関数型風で書こうとした時に、威力を発揮する
余計分かりづらくなった
高卒ドカタなんだろうなぁと可哀想になる
集合の表記に似せてることが分かるから
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>map/filterはfor/ifと同じだと言っているだけだから、難解という印象は持たない。
関数型プログラミングに慣れた、あるいは得意な人であれば、そういった印象なんだろね
Rubyの魅力はこれから関数型プログラミングを学ぼうとする初心者、 あるいはそんな初心者へ教える立場から見た、優しさ or 分かりやすさなんだ
[1,4,3,2].sort.reverse.map{|x| x.to_s}.join('-')
Pythonだと読みにくい。
'-'.join(map(str, reversed(sorted([1,4,3,2]))))
Pythonでは思考の流れと一致しないばかりか、「カッコだらけ」のコードになると.....
カッコだらけのコードを分かりやすくする基本的な方法は静的単一代入じゃないか
Rubyのやり方は基本ではなく玄人のやり方だろ
Pythonでは組み込みの型でメソッドチェインはやって欲しくないな
似たようなコレクションtuple,deque,array,queue等にも同じメソッドが必要になってくるし。
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外部のライブラリでも列挙可能なものは、たいていEnumerableモジュールをimportしてますね
Rubyユーザーは列挙可能なものはmapやselectできて当然だろって思ってる気がします
Pythonは「何かを便利に書くためのしわ寄せ」をはっきり寄せてくる
得意と不得意を言語レベルではっきり主張するのでメリケン好みと言えなくもない
Rubyは全方位になんとなく八方美人なので、全体的になんとなく書きやすくてなんとなくキモくて遅い
「書きにくいってことはその処理に向いてないってことだから諦めろ」を地で行く
無名関数が文を使うほど複雑なら名前を付けるのが Python 流と想像。
これを読みづらいと感じるのは、左から右に流れる
もしかしてアラビア語ネイティブな人からすると逆に読みやすいのか?
進むべき場所や、着地点が、いつまでも、わからず。明日、これから、今、何をすべきか、わからず。ただ、情報を、右から左へ、受け流す。何を入れて、何を処理して、何を吐き出すか、わからず。ただ、目の前にあるのは、真っ白い原稿用紙。何かを書きつけるための、原稿用紙。でも、何を書けばいいかわからず。どこから手をつけていいか、わからず。
何をすべきかわからず。ただ何もできず。
ペンは机の上。音楽をつける。一曲が終わらないままに、次の曲に早送りする。いつも、二つ以上のことを、同時にこなそうとして、一つのことも出来ず、ただ、何も生まれず。そうやって生きてきた26年間が、とても無意味に思えて。それでも、何か出来ると自分に言い聞かせて。きっと自分は特別なんだと言い聞かせて。20年後に自分が何をやっているか、わからず、何もわからず。今日もまた、意味もなくインターネットを歩き回り、エロ動画を見つけ、自慰にふけ、また何ごともせずに、トイレに行って、寝るだけ。
何をすべきかわからず。ただ何もできず。
目の前にあるのは、沸いたお湯と、カップ麺と。一杯のビール。それだけ。ただそれだけを、飲んで、食べる。考えがめぐり、テレビをつけ、全てを忘れ。番組が終わり、5分間のニュースが始まると、全てが終わったような気がして、別の番組をやっているチャンネルに切り替え。何をすべきかわからず。ただ目の前の時間を食べる虫を眺め、食パンは干からび、粉をふき、カビが生えている。
何をすべきかわからず。ただ何もできず。
春が来て、夏が来て、秋が来て、冬が来る。何もやってないけれど、季節はめぐり、半周遅れでついて行く。何もできず、何をすべきかわからず。何かをしようと思っても、集中力がもたず、常に言い訳をして、次の言い訳を考えている。外に出れば何かが生まれると信じて、外に出て、夕焼けの下散歩をして、何かが生まれると信じて、夜が来て、家に帰る。音がほしくて、テレビをつけ、9時から始まって、何も生まれず、12時が来て、風呂に入り、また眠りにつく。
何をすべきかわからず。ただ何もできず。
空を見上げても、何も感じず、感じようと思っても、何も生まれず、また眠りにつく。
何をすべきかわからず。ただ何もできず。
正直あまり良い話ではないのですが、貴重な経験であった事と、これを読む人にとっても、そういう事ってあるのだなという意味で、まあ他人の経験談って何かと考える時の材料になるので書こうと思いました。
っていうよりも自分の一つの記憶として一度整理しておきたいなと思ったってのが本当かもしれません。
あれは2008年の春の終わり頃だったのでもう3年も前ですが、ある個別指導の塾講師として採用され働きはじめた時の事でした。
それまで個別指導というのは家庭教師と同じ事をただ塾という場所でやっているものだと思っていたのですが、どうやら個別指導というのは会場に教壇や黒板のような物がなく、一人一人の生徒が個別に課題に取り組み個々の生徒の申し出に応じて講師が席まで行って個別に教えるというものだという事をこの時知りました。もしかしたら塾によって色々と違いはあるかもしれません。
だから同時に学年の違う生徒が同じ部屋で勉強できるので稼働率という意味では良いのかもしれません。それに講師の個々の技量もありますが、課題を制作するのは本部なので、その課題の出来具合も生徒の伸びが左右される、そんな所でした。
判ってはいたのですが、けっこうなハードワークで時には何十人もの小中学生のマシンガンのように「先生!」と呼びつけられます。朝は昼過ぎから始動なのでのんびりしていますが午後は終電少し前くらいまでが普通でした。
そんな中、接する事になった生徒や親、そしてそれに対する塾としての在り方として、どうしても嫌になってしまった事がありました。嫌な話をするのは嫌ですが、色々と考えさせられたという意味では良い話です。
一つ目は「え?」とビックリしてしまった親の話、まさかと思われるかもしれませんが親の中には「家に居て欲しくないから」という理由で塾に行かせている親がいるという事。本当にこれにはビックリしました。そんな発想はどこから出てくるのかと、ただ例え口でそう思っていると言わなくても態度や対応を見ていればそうとしか思えない。勿論断定するわけではありませんが「ああそうなんだな」と誰でも感じる事はあるでしょう。
それが僕の頭の中に浮かんだ印象です。
しかし、だからと言って塾として預からないわけにもいきません。なんか悲しくなりますよね。なぜ?なぜそんな親の手助けみたいな事をしなければならないのか?勿論塾として経営状況が素晴らしく良ければ、その事が子供にとって良かろうと悪かろうと塾としては生徒本人の「学びたい」「塾に行きたい」という意思を尊重すべきだと思うので、そういった場合拒否する事も不可能ではないでしょう。
そして、次これは小学5年生くらいの双子の女の子の話です。ちょっと記憶があいまいなのですが、たしかその双子の親は娘達を受験の必要な私立に中学に行かせたかったみたいなのですが、片方の女の子は良かったのですがもう片方の女の子があまり勉強が好きではない様子。やりたくなくてやりたくなくて仕方がなくすぐにイタズラ書きなど始めてしまい。「同じ学校に行けなくなると」と言っても「別にいい」という様子、そして母親は講師に対し「もっと厳しくお願いします」というもの。
だいたいにおいてそうですが「やりたい!」と思わせる事も大事ですが、色々とむずかしいものです。
最後に、いわゆる知恵の遅れた子供の話です。知能障害と言っても色々あるようにどう考えても今の制度では普通の学校ではなく養護学校などに行くことになってしまう場合もあれば「際どい」という場合もあります。比較する事がそのまま良いとは思いませんが、同年齢の児童と比べても明らかな差があってもある程度は親の裁量で普通の学校に行く、もしくわ養護学校側から断られる場合もあるでしょう。
例えば6年生で10÷2を計算する時に一々
2×1=2
2×2=4
2×3=6
2×4=8
2×5=10
あっ答えは10だ!ってならないでしょ?
この子は確か九九を覚えていなかったのか、知能の問題で九九を覚える事ができないのか不明ですが、一私塾でそこまで広範囲な性質を持った児童にまで対応しきれません。こんな状態であるのにも関わらずそこに、さらに親の「息子に遅れがある」という事を認めたくないというエゴが相まりその児童に対し塾として毎日何時間もただ右から左へ数字を移動するだけのような拷問にも似た作業をさせ続けるという事をしなければなりませんでした。
かなり主観としての表現なので、そんな事でも長い目で見ればその子の役に立つ勉強なのかもしれません。けれどその時の自分にはどうしてもそうは思えなかったのです。
もちろん、こんな嫌な話ばかりではなく、伸び伸びと成長していく子供達とかかわり、元気がだだ溢れる環境で働けるというのはとても素晴らしい事であるし、一定の生徒にとってはとても有効に活用できる場でもあると思います。
ただ自分にはやっていけないなという思いと、どうにもならないなという無力感に尽き。その仕事は辞める事にしました。
今この瞬間も塾という場を利用して我が子を苦しめている親がいるかもしれないのかと思うととても悲しいですが、そういう事もあるのだなと知れた事が自分にとってはとても良い経験になりました。
子供は親にとっての何なのだろう?
お手伝いしなさい! なんて命令はなんの為?
例えば、食器洗いにしてみても
いまだに「嫌だったのにさせられたなあ」と思いだします。
そういう記憶だけはある
「いい いい 俺洗うから」とか
誰かの家で御馳走になった時に
「御馳走になったし、皿くらい洗わせてよ」
などと言ってしまう
洗っていいよ!だとか言ってしまったり
お母さん!ありがとう!
でも、こういう作業は嫌がる人の方が多い世の中だから
してあげると喜ぶよ!って教えてくれれば
それで良かったのに
これ読むと妖怪どっちもどっちの血が騒ぐんだけど、書きたい事が上手くまとまらない。
ネトウヨの相手が面倒になった一部サヨクが全部差別って事にし始めて、泥沼の平行線っぽくなってるのが納得行かない。
もっと別方面にも炎上しろと言いたい。
フジが韓流ゴリ押ししてても、ネトウヨが大騒ぎしてても正直どうでもいいけど
貴重な電波の利用権が糞安く放送局に売られて、営業は代理店任せ、番組は制作会社任せか輸入で済ませていても、
マスコミの癖に不動産でも儲けてるし。お台場合衆国宣伝し過ぎだろ
電波利用料増大でネトウヨ大喜び → 制作費大幅減 → 安い韓流ドラマと通販番組がさらに倍 → ネトウヨ涙目で発狂
のコンボも是非見てみたい。
ですよねー。
いい感じにはてぶも誤解しているの多いな。
確かに誤解を招きやすいし、いろんな問題意識が詰め込まれ過ぎていて文章として分かりにくいけど。
昔高校アフロ田中で女子高生が「あ、携帯だー」って落ちてる携帯見て言って
「見たことそのまんま言うだけかい!」ってつっこまれてるシーンあったけど、
事実の認識以上のことできない事に対するそんな感じの問題意識。
将来学校で「花を見たらきれいだと感じるのが一般的です」などと教えなきゃいけないのかもしれない
って書いてあることからも、むしろ多様性がなくなること心配してるとも読み取れるのに。
ただまぁ個人的にはやっぱり今の子供たちが特別無感情、無関心で模範解答恐れる、誰かが言う答えをただ右から左へて言うわけじゃないと思う。
特に「誰かが言う答えをただ右から左へ」ははてぶとか見てるとやっぱりどの世代でもって思うし。
観測したのがたまたまそう言う反応しがちな状況だったってだけだろう。
花を見て綺麗だと思うのが当たり前だなんて、これ以上の価値観の押し付けもないだろう。
自分がやっている事を、勝手に一般的な話にして勝手に恐ろしいと感じて勝手に自己完結しているのである。
>おそらく、そのモノに対する意見とか見解が一切ないんだろうなって思った。
「誰かが言う答え」を押しつけているのが自分自身だと、書いている途中で気づかなかったのだろうか。
例えば「花が咲き乱れている」という文を読んで、どんなことを思うか聞いたとする。
「花がたくさんあるということは自然が豊かな場所かな」とか
「どんな花だろうか」「季節は春なのかな」とか
「たくさん花があったらきれいだろうな」とか
考えようと思えば考えることはたくさんある。
でも、子どもたちは「わからない」「何も感じない」って言うんだよね。(経験談)
「花が咲いていて、だから?」って感じ。
「花が咲いているということはどんな場所だと思いますか?」とか
「咲き乱れている、ということはどのくらい花が咲いていると思いますか?」とか
具体的に聞いてやっとぽつりぽつり話す感じ。
おそらく、そのモノに対する意見とか見解が一切ないんだろうなって思った。
誰かが言う答えをただ右から左へ書き写しているだけ。
自分の理解の範囲外は模範解答がないと怖くて発言できない。
それだけならまだいい。
もしかしたら、「花を見てきれいだ」と思う気持ちすらないのかもしれない。
将来学校で「花を見たらきれいだと感じるのが一般的です」などと教えなきゃいけないのかもしれない。
その状況では「もしかして花をきれいだと思うのは自分だけ?」なんて悩みもあるかもしれない。
そんなことを考えたらなんだか怖くなった。
私、Windows屋だが、比較演算子を必ず使うように取り決めている。
if ( a.isFoo() != FALSE )
{
// "真"のときの処理
}
if ( b.isFoo() == FALSE )
{
// "偽"のときの処理
}
つまり、下記のように書かない
if ( a.isFoo() )
{
// "真"のときの処理
}
if ( !b.isFoo() )
{
// "偽"のときの処理
}
理由はむしろ"偽"を表現するときの前置される "!"への懸念。
要するに「バカ基準」なんだが、
速度にシビアな現場じゃないので、誰でもわかることを優先している。
他の演算子とともにインクリメント、デクリメントをしない。
こんなルールにしているのって少数派かな?
多くの人間はこれらが重ねあわせて存在するが、年令を重ねるにつれて上に上がることは難しくなる。つまり、製造者でありながら受益者となることもあるが、主に受益者に甘んじる人が製造者になれることは少ない。
日本では横流しにするだけの仕事が高付加価値を生み出す稀有な例が多く見られるゆえ、これに当てはまらないこともある。
情報が多様化することでこれらを整理して見やすくする<分解者>の存在が一時期貴重化されたが、その職能は個人に分配されたためそれを生業にする人はいずれ受益者寄りとなる。
それにしても、今回の原発騒動は一部地域以外は、比較的危なくないとは言え
マスコミの報道を鵜呑みにして右から左の人がこれだけ多いとすると
仮に日本が戦争にまっしぐら、のときも、同じことされたら同じことになって戦争に突き進むって事だよなぁ。この情報リテラシーは。
そっちのほうも、ほんとうに、恐ろしい。
自分で判断して、安全って言うのも、危険ていうのも、そらOKなんだが。マスコミが言うから、政府が言うから、に従っているこの状況はほんとうにヤバイな。
意図的に、報道をねじ曲げているマスコミよりも、それにうすうす気がついていながら、危ないと思いたくないから、安全だというニュースに飛びついている市民。それが、どんだけやばいか。
泡のように膨らんでは消えていくとしても今は構わない。
時代に抱かれてぽいっぽいっ ライブ見るまでは寝れねぇぜぇえええええええええええええええええええええええええ
トライアル、素敵なトライアングル。俺は言葉で勝負するぜファイトファイト
我慢できないほどの圧倒的なパワーが俺にのしかかってきてるんだぜ
超ハスキーなトラベリングさ。久しぶりに聴いてみるとこれがまたいい曲でねぇ。
饒舌に神的にほれほれ笑いとまんねぇ怖いもんもねぇだろ
ひっきーこもりのダンシング。
睡魔がぼくを襲うよ。それでもぼくは抗い続けるよ。
もう寝てしまおうか。でもライブ見逃したくないしな。どうしよう。悩む所だ。
ピープルイズ狂ってる。病んでると狂ってる。
どうでもいいけど天使よ降りてこーい。
俺が駆け上がるチャンスはまだまだあるんだぜ!!一体何マンビューなんだいはてなダイアリー。
俺はもう近付く場所も失って更に笑えてくるくらいだぜ。
3時間をどうやってやり過ごすか。さぁ、試される大地。北海道はでっかいどう。
目覚めの朝には珈琲を一杯。SO!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
さぁ試されていこう。我慢せずにいこう。なしくずし戦法だ!!
私もうやめた世界征服やめたー
なんだっていいんだよ!楽しけりゃそれが人生さ!
信じてりゃ、報われるらしい。神とやら、ちょっと俺と話をしないかい?
文字が読めないくらい脳みそ震わせたら始まりだな。
俺の天才的な文章の腕を見せてやるよ。グランドソードを見せてやるよ。しかけるぜダイナマイト。
フリーズしそうなくらいフリースフリーダム。俺は遊びにいく金もねぇwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
やる気もねぇwwwwwwwwwwwwなんでもかんでもかかってこいやーwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww
全部蹴飛ばしてやるよwwwwwwwwwwww 笑えるくらいに大爆笑だぜ。
右から左に受け流すんだぜ。笑えるってのはこのことだぜ。
A.地球上では3次元空間の空間ひずみが0であるから。 = どの3次元空間上でも物が大きくなったり小さくなったりしないから
=ブラックホール近くでは物の形が変わる可能性があるが、それを考慮しなくて良いから
A. 1回で十分 2つの皿が付いた天秤という指定ではないので、8個の重さを個別に同時に量れるはかりを作ればよい。
という程度の回答を求められると思うが?
こういうのは知力や発想力よりも、社会階層とかどのような共同体に所属していたかを探る質問に近い。つまりふだんこういう会話をする人たちだ。
このような回答が受け入れられるだろうという共犯意識がなければ、このような回答はなかなかできるものではない。
Q.マンホールが丸いのはなぜか
Q.同じ大きさのボールが8つある。そのうち、7つは同じ重さで、残り1つはほかより少し重い。この中から重いボールをどう探す?使っていいのははかりのみ、ただし、2回しか使ってはいけない
A 落下防止
B 3個 3個の重さを比べ 重かった方を 1個1個で天秤に比べる 均等だった場合は 残った物を重いとする。
「なんでそういうことを聞くんですか?」
という発想にはならないと思うが?
A.地球上では3次元空間の空間ひずみが0であるから。 = どの3次元空間上でも物が大きくなったり小さくなったりしないから
=ブラックホール近くでは物の形が変わる可能性があるが、それを考慮しなくて良いから
A. 1回で十分 2つの皿が付いた天秤という指定ではないので、8個の重さを個別に同時に量れるはかりを作ればよい。
という程度の回答を求められると思うが?
然り、然り
しかし持てる者はますます富み、持たざる者は更に失なうのも、また道理
なればこそ、求めよ、さらば与えられん
だが、右から左にさえ動かぬ金など、お前の金は死んでいるッ!
おっさん(30歳以上)
→正解。
低身長(170cm未満)
→正解 162cm
→正解 高卒
不細工(下の中~下の上)
→分からん
ネットでは嘘ばかりつく
→昔は2ちゃんねるで煽るためにウソをついていたが、同じように2ちゃんでウソをついていたやつが逮捕されてからはウソは書き込まない
部屋が汚い、生活がだらしない
→正解
習い事をやらない、やっても続かない
→今やってる陶芸は週一だから何とか続いている。あと合唱サークルも続いているな。
理屈っぽい
実績も無いのにプライドだけは高い
→実績は他人が評価するものだから有るとか無いとか分からん
友達がいない
→異性同性問わずいる
うまくいかないことは親のせい、社会のせい、時代のせい
→客商売をやっているので、うまくいかないのは馬鹿なDQN客のせいだと思っている
同年代の男女の前ではオドオドビクビクする
→別に
→ガキとヤっても面白くない
どこへ行っても孤立する
→孤立したくても寄ってくる
男には笑いものにされ、女にはキモがられる喋り方
→むしろ笑いものにされたほうがいい
→嫉妬心はない。ただ、平気で他人は見下すけど
→若い女とヤってるやつは羨ましい
→自己紹介乙
えっと、興味のないことは全然頭に入らない・身に付かない反面、興味があることには病的に凝る人です。
4歳からヴァイオリンやってるくせに練習嫌い、それでも奇跡的に先生に破門されず、
高校でそこを卒業するまでなんとなく続けてきた程度のヘタレです。
残ったのは経験年数だけ食っている状態、絶対音感も最近狂い気味
(正しい音程の調性を、自分の基準より半音ほど高く感じるようになった)と、
他人が見本にするところは全然ない、そんな非コミュのおっさんです。
そんな俺が今のオケに入ったことをきっかけに身に付けた、クラシック曲の合奏で
かろうじて足を引っ張らないくらいに弾けるようにするハウツーのお話です。
と言ってもドヤ顔ではありません。むしろ「こんなんで正直ごめんなさい」みたいな告白。
まずAmazonやオケ仲間の評価を元に信頼できる音源とスコア、信頼できる楽曲解説を入手する。
そんでスコアと解説片手にひたすら曲を聴く。
そうすると「そもそもこの曲はどういう曲か」というのが頭にイメージできてくる。
その作曲家の音で常に弾けそうな気分になってくる。
楽器同士の絡みから、どこの場面で何を聴いて合わせればいいかも見えてくる。
そして「だから俺はこう弾きたい!」と思えてくる。
そこまで行って、初めて合奏練習を楽しく感じられて、調子が出てくる。
あとは全体から細部にブレイクダウン。
曲全体の流れのうち、絶対に弾けないと許されない箇所は真っ先に押さえられる反面、
細かいところは最後まで弾けなかったりする。やっぱりヘタレだ。
こんな面倒なことするヒマがあったら百万回さらえばいいのは分かっている。
それに他のアマオケプレーヤーから見たらかなり甘いやり方と思われるだろう。
でもこういう面倒なプロセスを経由しないと興味のベクトルがそっちに向かないし、
興味が湧くまで右から左に抜けていく状態なのだから仕方がない。
そもそも不勉強な状態で出す音なんて頓珍漢過ぎて聴かせられたもんじゃない。
当初そのオケに入ったときは、メンバーのあまりの上手さに圧倒され、
とても追いつけないがなんとかついて行くにはどうするか、楽しむにはどうするかを真剣に悩んだ。
その結果編み出したのが上に書いた方法。
もちろん、周りから見て本当に何とかなっているかは今でも分からない。
でも楽しむと言う目標は達成できたし、さっぱり理解できなかったクラシック曲の面白さが
分かったし、それは大きな収穫だった。冗談抜きでQOL上がったんじゃね?という感じ。
あ、雑談のつもりで「この曲って、作曲家が○○で(中略)それが音に出てていいんですよね~」とか
「(オペラの抜粋をやったとき)ここって、ステージでは××が(ry」とかオケ仲間に話しかけたら
「何でそんな詳しいの?」と相手にドン引きされたことが何回かあったっけ。
自分みたくいらんことを知らなくたって弾ける人がほとんどということですね。
それに音なんて結果が全てなので、別に知らなくても悪いわけじゃないし。
なので最近はそんな話はほとんどしていません。
てか非コミュでごめんなさい。
別に書いたからどうこうしたいというわけじゃないけど、自分メモのような箇条書き
今後の自分の為にも書いておこうと思う。
1年前から鬱になった
別に何か物凄いことがあったわけじゃないが、色々と嫌な事が塵も積もれば のパターンで鬱になったらしい
今は通院と治療のおかげでなんとか回復してきた(あと猫を飼い始めておおいに癒されたこともある)
自分なりに普通の状態とどう違うかまとめてみようと思ったので書いてく
※これは実際に自分の体験したことなので、別に全ての人に当てはまるとかそういうアレでは一切ないです。誤解なき様。
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・とにかくイライラする。小さなことをいつまでも引きずって怒ってる
・誰かれ構わず愚痴や悪口を言いたくなる。(それで色んな人に迷惑を掛けてしまった)
・とにかく頭に物事が入らない。右から左とかそういうレベルじゃないくらい入らない
・数が数えられない。1~10の数字もちゃんと数えられない。10個もないモノを数えようと思ったら途中で分からなくなって何度も数えるハメになったりした
・モノが覚えられない。とにかく覚えられない
・何か大きな衝撃的な事に当たると頭が本当に真っ白になる。周りの声が聞こえなくなる
・突然泣きたくなる。
・何もしてないし悲しい事もないのに突然涙が出てくる
・何もしたくなくなる
・上手く喋れなくなる。物事を順序立てて説明出来なくなる。一生懸命説明してるつもりでも相手に伝わってなかったりする
・文章も上手く書けなくなる
・前に出来ていた当たり前のことが出来なくなる
・前に好きだった物事もしようと思わなくなる
・ずっと寝ていてもうこのまま起きれなくなっても良い、死んでもいいとすら思う
・ふらっと電車に飛び込みたくなる
・周りの理解を得られなくてイライラする
・気晴らしに創作しようと思ってもどこかでやっぱり無理が出てくる。明るいものを書こうと思っても無理して書いてます的な感じに見える。
・鏡を見ると自分でびっくりするぐらい目が死んでる
・容姿にこだわらなくなる
・なんというか、卑屈になる
・笑っててもどこか冷めてる
・ため息が多くなる
・常に頭がぼーっとする
・やる気?何それ美味しいの?
・頑張れ?はぁ?頑張っても意味なくね?
・休日ほとんど外に出ようとしなくなる
・気付くと口癖がごめんなさいになってる
・仕事もやっぱり上手くいかなくなる
・人間関係もギスギスする
・それまで仲の良かった友人と一切連絡を取らなくなる
・気晴らしに、と思って会っても自分の失言が多くて結局ギスギスするようになる→自己嫌悪→ループ
・ゴミや洗濯物をため込むようになる(ゴミは流石に1週間に1度は捨ててたが洗濯ものはひどい時は3~4カ月分)
・部屋が面白いくらい散らかる。
・生理整頓が出来なくなる
・ご飯をほとんど食べなくなる
・お風呂もほとんど入らなくなる(入ってもぼーっとしてるだけとか)
・気晴らしにと思って買って来たものを部屋についた瞬間に放置する→散らかる→ループ
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ちょっと思いだしただけでもこんな感じだった
そりゃ何事も上手くいかなくなるだろうと
まだ少し文章がうまく作れなかったりするし、完璧な鬱脱出の領域に達してはいないけど、一時期よりずっとまともな生活を送れるようになったと思う
鬱=甘えとか言われたりしたけど、そういう風に片づけて欲しくないと思う
周りの理解が得られなくて、親や上司にも『お前おかしい』と言われて悔しい思いもしたりした
全てを理解しろとは言わない。
ただ、どうしても出来なくなったり感情的になることがあるのを理解してほしいと思った
まぁこういうことを言ってるから甘えとか言われるのかもしれないけども
でも一時期EOEのシンジの気持ちになったのは自分でもびっくりしたな。マジで。シンクロ率400%超えてたんじゃないでしょうか。
なんというかあれだ
猫可愛いくて癒される(結論)
そんなgdgdな独り言