はてなキーワード: 銃社会とは
内容はおもに、(1)武器装備の再検討(2)警護計画書の再検討って感じです。
今回浮き彫りになったのは、「銃を想定した訓練をしていない」ということだった。
銃を想定してないのに、スーツケースをもったSP?おかしいだろ・・・
この動画のように、ペラっちいスーツケースは意味あるのか?とも思う。
https://www.youtube.com/watch?v=hYFglqYa0rM
実際今回の事件では、慣れておらずケースを開いて防御できなかったと聞く。
このような形だけの訓練ではなく、「本当に相手を封じ込められるか」を重視した訓練をすべきである。
ただしこの動画で唯一良いと思ったのは、「一糸乱れぬ集団の動き」が実践されていた点である。
これはグループとして・兵隊として動いたときの強さを証明している。自衛隊の強さに通じると思う。
アメリカのSPのような「個別判断」は弱いかもしれないが、グループとして調練されていれば、
やはり日本における暴徒の武器はナイフ。包丁のたぐいが多いと思う。
そのためにはもちろん槍と盾がベストなのだが、誤使用などの危険性も伴う。
さすまたと盾を持った人間が要人の左右に2人いるだけで、相当な抑止効果があると思う。
これは近接戦を目的にしておらず、「相手との距離をとる」ための防御である。
今回の犯人が岡山での犯行をあきらめたように、「実行させない」ための抑止力が最も重要だと思う。
押し込むことでさすまたの両端から刃が出るようなギミックもいいかもしれない。
これなら誤使用を防げて、強く押し込むような緊急事態には、犯人を畏怖させられる。
https://www.youtube.com/watch?v=ibytBZIpN9I
毎日銃で100人亡くなっているレベルのアメリカでは、さすがに効率が重視されている。
これは銃と違い殺傷力がないようだ。
https://www.youtube.com/watch?v=i-iHksu9ePU
また、ボディカメラは徐々に採用されているようだが、全SPにつけてもらいたい。
このような、新規技術を取り入れ、Webや報道で告知することで、テロリストを抑止できるだろうと思う。
今回の小型銃の開発は、いわば技術をもった犯罪者が、警察のテクノロジーを上回ったともいえる。
ようは技術に投資してますよ、という姿勢で、犯罪者にナメられないということである。
検索したらこのような、古い紙ベースのものだった・・・20年前の技術のままである。
https://www.sp-keigo.com/post/%E8%AD%A6%E8%AD%B7%E8%A8%88%E7%94%BB%E6%9B%B8
今回は、急遽奈良に変更されたということで、夜に計画書を作り、朝に本部長が承認したという。
もし一夜明けて、現場の状況が一変していたらどうだろう。完全にムダな労働である。
日本人の悪いところに、ドキュメンテーションに時間をかけすぎるという点がある。
文書はあくまで机上の論理であって、実践はまた別の次元である。
ましてや一瞬の物理防御が求められる警護の現場ではなおさらである。
文書に書き出した時点で、それを読者が脳内で「翻訳」する必要があり、時間がかかる。
以前も書いたが、今回の敗戦は、布陣の時点で問題があったことは間違いない。
https://anond.hatelabo.jp/20220710094249
もし警護計画書を重視して、現場検証がおろそかになったのであれば、悔やみきれない結果だと思う。
まずは現場を確認し、タブレットによる動画や写真などを駆使して、
「紙に起こす」という作業のムダを省いてもらいたい。あくまで紙に書くというのは脳内の作業である。
ANDPADといったツールによってドキュメントワークが軽量化されて、効率化が図られている。
https://www.youtube.com/watch?v=Rd83X6_1-8U
余談になるが、
IT業界では多重中抜きビジネスが横行している。その中核となるのはドキュメンテーションの水増しである。
つまり、提出書類を無駄に作成して、人件費を多く請求する、というのがメインのビジネスである。
これが積み重なると、総合的な日本の国力低下につながると思う。
「決まっていることに対して疑念をもたない」という国民性ともいえ、強味でもあるが、病理でもある。
奈良県警の、無規律でのろい素人の動きは、まさにそのような「ムダ・無意味」なことを重視した結果の、
本来優秀な人材のSPですらそうなのだから、日本全体の問題だと強く思う。
現場では、自己判断でとっさに動けるような、マニュアルを押し付けない教育が求められる。
ITツールによって「計画・作成・共有」が統一され、即時に行えるような改善は、
無駄を省き、スピードを上げ、人材の知性を向上させる。すべての業界に歓迎されるべきだと強く思う。
ITがどの業界においても業務の仕組みを一変させ、人材を成長させ、日本を進展させるのである。
どうも自作の銃は、2発装填しかできない「一発必中」タイプだったようだ。
一発目の派手な空砲で振り向かせ、ミスしたとしても2発目で振り返ったところを仕留める、という、
宗教団体への私怨、といった情報錯誤で混乱させるところも訓練で織り込み済みなのだろう。
1発目で肩をすくめ、あたかも他人事のように緩慢に振り向いて硬直している。
レーガン氏の暗殺未遂事件では、後ろに配備していたSPが1秒以内に車に押し込んでいる。
https://www.youtube.com/watch?v=31Q52_rc2IA
もしSPもしくは県警が同じように動いていたら、確実に救われた命である。
18歳の目撃証言者によれば、3~4秒の間に犯人は間合いを詰めて、致命の2発目を撃ったようである。
その3~4秒というのは、SPが命を張って元首相に飛びつくのに十分な時間であると思う。
2007年以降、同様のテロ事件が起きていない平和な日本で銃撃など起きるわけがない、
テロリズムに付け入る隙を与えた、恥ずべき職務怠慢であるとしかいえない。
先日の尼崎USBメモリ紛失事件も、20年に渡って多重委託が行われており、
結果として重大事故となった。
連日の企業へのサイバー攻撃もそうだが、本当に日本の国防意識の甘さを露呈してしまった。
しかし、曲がりなりにも彼らはSP、シークレットサービスなのだから、
弾丸の音に首をすくめて、のそっと突っ立っていた事実は、まったく言い訳ができない。
ただ要人の横に立ってにらみを利かせていれば良い仕事と思われていたのではないだろうか?
かつて明治維新直前の日本は、欧米の外国人商人や政府関係者が多数来日していた。
「我々のもつ短銃は、サムライの日本刀・居合術の前には無効である」
ということもよく知れ渡っていた。
中距離から一瞬で間合いを詰めて致命の一撃を食らわす日本刀は、非常に恐れられていた。
またそれは武士階級の持つプライドとセットであり、常に死と隣り合わせの緊張感を持っている、
中にはそういう知識がなく、日本刀と居合術を軽視して、斬撃にあって命を落とす外国人もいた。
被害者は蛮勇で挑戦的な性格があったといわれ、大名行列に馬で突っ込んだ。
馬頭を何度もひねって列を乱したため、数秒のうちに2名が切りかかった。
1撃目の袈裟懸け斬りで硬直させ、逃げようとしたところを下方向から顎に向けての深い抜き身の一撃で致命傷を与えた。
ほぼ一瞬の出来事であったろう。
また、92年の金丸氏銃撃事件では、周辺の日本人は、瞬間的に犯人を捕らえるために動けている。
まったく訓練を受けていない議員ですら瞬時に犯人を取り押さえている。
この時期はまだ平和ボケしていない、日本人らしい俊敏な所作ができていたということだろう。
このように、日本人は危機意識さえあれば、極めて統率性の高い武力・俊敏性を本来的に持っている。
今回の問題は、銃社会でない日本において、どう対処すればわからなかった、というのが本音だろう。
しかし、本当に任務意識があれば、首相に飛びつくなり、防弾カバンを投げつけるなり、
いくらでも「動けた」はずである。それを怠った3~4秒で、運命は決まってしまった。
まるでゆったりとした刈り入れ期の終わった農民のような所作で、武士の動作などみじんも感じられない。
偉大な宰相を失わせてしまった罪は大きく、世界に恥を晒し、まったく恥ずべき対応であった。
物理戦闘だけでなく、サイバーセキュリティや経済戦争など、多方面で防御力が問われている。
攻撃は最大の防御ともいうが、そのためには「自衛を想定とした先制攻撃訓練」も必要ではないだろうか。
まさに上に述べた、1人で5人を相手にできる居合術・抜刀術のようなことがそれである。
銃社会でない日本には、銃以外に適した短距離戦技術があるはずである。
それを研究してもらいたい。
こないだの知床の事故のときのように無線もネェ、駐屯地もネェ、というような事態が
と、同意を求められて、そうかもねえと首肯してしまう時局ではあるクライナ。それはヨシとしよう。
で、ジャップは銃社会ではないし、火器を取扱うなら花卉を育てますという平和な国民性であるらしいし、
神社や寺に人を集めて竹槍持ったりバケツリレーしたりする訓練がアホのやることと教え込まれているわけだし、
有事があったらもう何もできずに自衛隊頼んます、という現状であること、ここまではファクトでよろしいでしょう。
そこで自衛隊の地位ガーで改憲議論になだれ込むのはここではほっとくが、専守防衛ならいろいろ案があるでしょう。
そんなにニュースを追ってないが、軍事費増やすという議論の割には、
絶対はんたぁーい!vsイージスみたいな飛車角の話で対立してて、
頭の良い人が割り込んでくるスキがないように思えるんです。
netflixでそれが実現し、まさにアメリカ人は児童虐待だという意見を言っていて笑った
シミュレーションした想像通りのことを言うアメリカ人はちょっと面白い
子供は未熟で未完成だから、完成された大人が監視しなければいけないっていう世界観なんだよね
日本というかアジアは、大人と子供の定義があいまいだってよく言う
日本のRPGで子供が旅に出るのもこのへんに違いがあるんだよね
日本はそもそも問題が起こらないようにすればいいっていう考え方で
銃規制とかやってきたんだけど
ルール内での行為と競技の特色と、競技者がそれに煽られて問題発言するのとは別でしょ
そういう傾向になりやすいとかそう見えるとかあったとするよ
負けると自分がどれだけ嫌な思いをするかをシミュレーションしてそれにならないための目標設定と努力があるとするよね
昔の猛特訓みたいなやつ 罵倒されて虐待されてこれが嫌なら試合に勝てみたいな方法
直接的に肉体へストレスを与えて具体的にそれが終了するという目標をつくって脳が思考しなくてもなんの疑問もなく出来るやつ
その時代でさえ、自分がされて嫌な事から逃れるために勝つ、勝つからには他の人がその嫌な事にとらわれたままになるであろうことは想像に難くないとして
それを自分が見下して罵倒したり差別発言することはなかったんじゃない? あったとしても問題のあるキャラとして問題のある行為でしていたのでは?
自分の価値観をどこかのだれかに押し付ける、ゲームとか競技とか関係ないよね 個人の都合で発生したストレスを個人の勝手な解消方法で解消してるだけ
煽りとかもそうだけど相手関係なくない?自分の中の問題だよね それをあえて現実に出してしかも相手につたえることでその反応を見ることで自分の行き場のない自分への憤りを解消させてるの
みんなの見てる前で性癖を開示して一人でいっちゃう領域を展開するのって そういう行為に共感しちゃうのって、普通とはちょっと異なる感覚で見てる人達だと思うし増田くんもそういう性癖なので問題はないと思うのかな
そういう意味でゲーマーとか競技者は所詮人前でいきなりそういうことをしだしてもおかしくない人だという差別をしてしまっているわけなのだけど
それぞれの個人の固有の事象の別々な問題だと思うので、問題があったところは反省すべきだと思うし問題がなければ続けていけばいいんじゃないかな
それをあえてゲーマーという属性をまとめて擁護してしまうと、救いようのない問題が発生したとき、それをもってしてゲーマー全体が責任を追及されてしまいかねないと思うよ
逆にそれほどの自由がゲーマーにはあるべきだというなら、それも納得できる
銃社会が人の在り方をとてつもなく自由として広げた結果、子供や老人や関係ない人達まで社会の許容された自由の責任を背負う事になってる それに近いよね
一人が最悪の行動で差別をして業界全体が危うくなった時、そいつだけの固有の問題だなんて言い出さないみんなで責任をとる、そういう覚悟が「ゲームは人に問題行動をさせてもしかたがない」という考えには必要だよね