はてなキーワード: 西瓜とは
増田の言っていることは「ヒーローは白人、悪役は黒人、結末はヒーローが悪役を倒す勧善懲悪」という「お約束」は憎んでいるが、「ヒーローも悪役も黒人、結末はわかりやすい勧善懲悪」の作品(映画等)は好きだ、という黒人に対して「わかりやすいお約束の物語を憎んでいるくせに、ヒーローが悪役を倒すというお約束は好きだなんておかしい」と言っているようなもだろう上記の例えの黒人が憎んでいるのはあくまで「ヒーローは白人、悪役は黒人」という「お約束」であって、「ヒーローが悪役を倒す」という「お約束」は別に嫌いではないしむしろ好きだ、ということである。
増田の言うような「異性愛規範を憎む人」というのはあくまで「女に生まれれば女らしくか弱く、男に生まれれば男らしく強くあるべき」「たくましい男がか弱い女と恋愛をするのが普通」という規範を憎んでいるのであって、「たくましい人がか弱い人と恋愛をする」という物語が嫌いなわけではないし、「男として生まれたが男らしくしていない男性」という存在が「受け」として肯定されている物語が好きだという事もむしろ当たり前なのではないだろうか。
「女に生まれれば女らしくか弱く、男に生まれれば男らしく強くあるべき」「たくましい男がか弱い女と恋愛をするのが健全だ」という規範を憎むのであれば、「攻めはたくましく、受けはかよわく」という物語を好むのは矛盾だ、というのはいろんなことをごっちゃにしている、雑な考えではないかな。
例えれば、「かくれんぼでいつも鬼ばかりさせられるのは嫌だ、そんなかくれんぼは楽しくない」と言う子供が「今日はかくれんぼで鬼じゃなかったから楽しかった」と言った時に、「『かくれんぼは楽しくない』と言ってたじゃないか、言っていることが違う」と言っているようなものではないかな。
「女は女らしくか弱く、男は男らしく強く、生まれた性別であるべき姿が決まる」という規範と、「攻めは強く、受けはか弱く、生まれた性別であるべき姿が決まるわけではない」という規範は別のものだろう。もちろん、「攻めは強く、受けはか弱く」という物語が嫌いな人がいるのは人の好みの問題だからおかしくないし、そんな人のためのBLも結構前からそこそこ出版されて人気がでている作品もある。
増田のしていることは、「かぼちゃは嫌い、西瓜は好き」と言う人に、
「かぼちゃは嫌いみたいな事を言っている人を見かけるけど、そういう人は西瓜が好きな事が多い、猛烈に瓜が好きなんだと思う、嫌いとまで言っているが実は誰よりもかぼちゃが好きなのかもしれない」
と言っていることと同じではないかな。
世の中にはかぼちゃは嫌いだけど西瓜は好きな人もいる、もちろん瓜全般が嫌いでかぼちゃも西瓜も嫌いな人もいる。
かぼちゃが嫌いなら西瓜も嫌いなのが普通かと言われればそんなことはないだろう。
世の中いろんな好みの人がいるし、こだわるポイントも違う。
[PDF]関東大震災と文豪 - 成蹊大学図書館の展示から -
http://repository.seikei.ac.jp/dspace/bitstream/10928/526/1/kokubun-47_56-86.pdf
ブコメ経由で知った論文だが、あまり目立ってなかったので引用しておく。「関東大震災朝鮮人虐殺」とは別に朝鮮人だけが殺害されたわけではなくて、「朝鮮人と間違われる」などして多くの日本人や中国人も殺害されていることは覚えておきたい。
僕は善良なる市民である。しかし僕の所見によれば、菊池寛はこの資格に乏しい。…菊池と雑談を交換してゐた。…その内に僕は大火の原因は○○○○○○○○さうだと云つた。すると菊池は眉を挙げながら、「嘘だよ、君」と一喝した。…しかし次手にもう一度、何でも○○○○はボルシェヴィツキの手先ださうだと云つた。菊池は今度も眉を挙げると、「嘘さ、君、そんなことは」と叱りつけた。…
再び僕の所見によれば、善良なる市民と云ふものはボルシェヴィツキと○○○○との陰謀の存在を信ずるものである。もし萬一信じられぬ場合は、少くとも信じてゐるらしい顔つきを装はねばならぬものである。けれども野蛮なる菊池寛は信じもしなければ信じる真似もしない。これは完全に善良なる市民の資格を放棄したと見るべきである。善良なる市民たると同時に勇敢なる自警団の一員たる僕は菊池の為に惜まざるを得ない。
(〇〇は言論統制の時代に伏字にされた「不逞朝鮮人」などの言葉。これはデマに踊らされた「善良なる市民」への芥川龍之介ならではの皮肉の文章)
××を持つて、合言葉を使ふなどと云ふことは、大正の世にあるまじき事と思つてゐたが、震災後四五日の間は、私も××を手にして、合言葉を使つて、警戒に当つた。
あの震災に関聯して、今思い出しても日本人として堪らない気持ちのするのは、各地に起った例の鮮人騒ぎである。…とにかく鮮人に対して、あの時日本人の行ったことは、これは何とも弁解のしようのない野蛮至極のものであった。ああ云う場合、この国の人間には、野蛮人の血が流れているのではないかという気がする。…
「そんな莫迦な話があるものか。鮮人が地震を予知していたわけではあるまいし、何処で勢揃いし、何処からやって来るというのだ。…そんなことは絶対に考えられないよ。僕はこれから寝るから、ほんとうに鮮人が来たら起こしてくれ。」…と云って、人々を安心させるために、畳の上にひっくり返ったら、実際に眠ってしまった。
井戸に毒を入れるとか、爆弾を投げるとかさまざまな浮説が聞こえてくる。こんな場末の町へまでも荒らして歩くためには一体何千キロの毒薬、何万キロの爆弾が入るであろうか、そういう目の子勘定だけからでもじぶんにはその話は信ぜられなかった。
アラララ、と聞こえる高い叫び声は朝鮮語らしく聞こえる。竹刀でも激しく打ち合うような音も聞こえる。朝鮮人がこの大動乱に乗じて暴動を起こしたという筋書を疑う力もないから、空地の周囲の叫び声や、打ち合うもの音を、朝鮮人との戦いなのだ、と私は思っていた。…
私はこのときのことをおもい出すたびに、同じ長屋で親しくしていたひとりのおかみさんの言った言葉を同時におもい出す。…長屋のものが半壊のわが家のまわりに寄り合ったとき、ひとりが自分のゆうべの恐ろしかった経験を話し出した。話し手の彼女は、一晩中朝鮮人に追いかけられて逃げて歩いた、というのだ。それを聞いたとき、興行師のおかみさんは、利口にその話を訂正した。彼女はこう言ったのである。朝鮮人が暴動を起こしたなんていったって、ここは日本の土地なんだから、朝鮮人よりも日本人の数の方が多いにきまっている。
朝鮮人に追いかけられたとおもっていたのは、追われる朝鮮人のその前方にあんたがいたのだ。逃げて走る朝鮮人の前を、あんたは自分が追われるとおもって走っていたにすぎない、と。
私はこの訂正を聞いたとき、強いショックでうなずき、かねてのこの人への尊敬をいっそう強くした。…貧しい興行師のこの妻のような怜悧で正しい判断は、あの当時住民の多くは持ち得なかった。政府の流した蜚語は、大地震という自然の脅威におののいている住民の、異常な神経を煽った。
東京では朝鮮人が暴れ廻つてゐるといふやうな噂を聞く。が自分は信じなかつた。
松井田で、警官二三人に弥次馬十人余りで一人の朝鮮人を追ひかけるのを見た。
「殺した」直ぐ引返して来た一人が車窓の下でこんなにいつたが、余りに簡単すぎた。今もそれは半信半疑だ。…
丁度自分の前で、自転車で来た若者と刺子を着た若者とが落ち合ひ、二人は友達らしく立話を始めた。…
「―鮮人が裏へ廻つたてんで、直ぐ日本刀を持つて追ひかけると、それが鮮人でねえんだ」…「然しかう云ふ時でもなけりやあ、人間は殺せねえと思つたから、到頭やつちやつたよ」二人は笑つてゐる。
(汽車内で足を踏んだ踏まないの騒ぎが始まって)
喧嘩はしばらく続いていた。すると在郷軍人らしい方が、…突然座席へ突っ立ち上がった。
「諸君、こいつは鮮人だぞ。太い奴だ。こんな所へもぐり込んでやがって」…
…時どき脅えきったその男の声が聞こえた。しかも相手がおろおろすればするほど、みんなの疑いを増し興奮を烈しくするばかりだった。(その男は次の駅で引きずりおろされ)物凄いほど鉄拳の雨を浴びた。
私は思わず窓から首を出してこう叫んだ。側にいた二三の人もやはり同じようなことを怒鳴った。…こうして人の雪崩にもまれながら改札口の彼方にきえて行ったその日本人の後姿をいまだに忘れる事はできない。私には、一箇月ほどたった後に埼玉県下に於ける虐殺事件が公表された時、あの男も一緒に殺されたとしか思えなかった。そして無防御の少数者を多数の武器と力で得々として虐殺した勇敢にして忠実なる「大和魂」に対して、否、それまでにしなければ承知のできないほど無条件に興奮したがる「大和魂」に対して、心からの侮蔑と憎悪とを感じないわけにいかなかった。ことに、その蒙昧と卑劣と無節制とに対して。
急いで東京へ帰らうとして、先ず護身用のピストルを買つた。それを何かに包んで、ルツクザツクの奥深く納めた。…
学生の目には、車中の誰も彼もが○○に見えた。学生は車中の総ての人に荷物の検査を迫つた。
耕作君の袋の中にはピストルがある。…若し、それを見られたら、自分は殺されると思つた。
耕作君は終に立ち上がつて演説した。(荷物検査をするなら陸軍の出張所に行くように説得し、みんなの賛成を得る。)
耕作君はほつとした。
「実際、もうお終ひかと思つた」と、耕作君は幾度も言つた。
(震災の2日後に平沢が警察に連行され、その翌日、著者が石油と薪を運ぶ巡査と会った時の回想)
「石油と薪を積んで何処へ行くのです。」
「殺した人間を焼きに行くのだよ。」…
「昨夜は人殺しで徹夜までさせられちゃった。三百二十人も殺した。外国人が亀戸管内に視察に来るので、今日急いで焼いてしまうのだよ。」
「皆鮮人ですか。」
(そこで、著者はその死体のある場所を教えてもらい、そこへ向かう。)
自分は一眼見てその凄惨な有様に度肝をぬかれてしまった。自分の目はどす黒い血の色や、灰色の死人の顔を見て、一時にくらむような気がした。涙が出て仕方がなかった。…
「全体どういふ理由で自分はこんな目に…あんまり幸福でありすぎたからだらうか…然し自分の生活はそれほど幸福ではなかつた筈である…」
(同房の男は好きなもの一つ食べずに貯めこんだお金を火事場泥棒と間違えられて取り上げられてしまった。)
「あゝ口惜しい…。ほんとに好きなドラ焼き一つ喰はず辛抱したんだ。浅草から逃げて来る時も五銭の西瓜一切喰べるのをこらへて来たんだ。あゝ口惜しい…」彼はわんわん泣き叫んだ。
(そして、取り調べのないまま 4 日目を迎える。)
僕は夏が嫌いだ
肌に絡みついてくるような湿気に5分歩いただけで汗をかく気温
本当に全部が嫌いだ
僕は昔は夏が好きだった
夏休みにはラジオ体操にいって、朝ごはんを食べたら野球をやって
お盆には田舎の祖母の家に行って、カブトムシやクワガタを取ったりしたな
畑の手伝いでキュウリやトマト、とうもろこしなんかも取って食べさせてもらってた
入道雲を見てはあの中はどうなってるんだろうなんて妄想してみたり、通り雨が来たら虹が出ていないか必死に探したり
自由研究は何をしようとか、暇な日は朝からスラムダンクやタッチの再放送を見たりして
一丁前に彼女が出来る年齢になったころには、浴衣を着てお祭りに行ったり、プールに行っちゃったりしてさ
夏になると毎日が楽しかった気がするのに、ふと気づくと夏が嫌いになっていた
あの頃に戻りたいとは思わないけど、あの頃のように夏を好きでいられたらよかったのに
生ハムが好きで(嫌いなやついるのか?)生ハムの原木がほしくてしょうがない。
ネットだと生ハムの原木を買ってる人をちらほら見るものの、そう多くはない。少なくとも俺の周りで原木買ったなんてやつは聞いたことが無い。
俺も買ったことはないが、それは俺が慎重な性格だからだ。食べきれるかどうかとか、置き場所ないかもとか、いろいろ気になってしまって買えない。でも買いたいとは常に思っている。買えない額でもない。世の中には俺より慎重じゃない人がいくらでもいるはずだ。
生ハムの魅力を考えると「西瓜ひと玉買ってきたよ」くらいのノリでそこらじゅうで売買されていてもおかしくないはずだ
元増田とは少し考え方が違いますが、選ばれなかった過去という話を明確に打ち出しているので、「あり得たはずのもうひとつの世界」というのは重要な要素だと思います。
原爆で母を失ったヨーコは母の左手を握っていたために助かりましたが、すずさんが「晴美ちゃんのことを左手で引いていたら…」と後悔する際に出てくる映像と重ねることができます。
終盤にあの凄惨な親子のシーンを唐突に挿入する演出も、かなり意図的なものと思います。
もしすずさんが左手で手をつないでいたなら、晴美は助かっていたのかもしれません。
分岐ということで考えるならば、北條周作の求婚以前に水原哲とすずさんが結ばれていたら娘が産まれ、もしかしたら親子は広島で被害を受けたかもしれません。
ヨーコはそうした「ありえたはずのもうひとつの世界」の住人のようにも思えます。
そして、おりんさんという人も、すず=りんという名前から、すずさんのもうひとつのあり得た姿だったのかもと考えられます。
また、もしかしたら兄要一も南洋で生き延びて、ワニのお嫁さんと暮らしていたかもしれません。
それらのあり得た世界が選ばれなかったのは時代や状況のせいで、ただの偶然にすぎません。
無数の可能性から偶然選んだひとつの結果をどう受け止め生きるのか、ということを語った作品なのだと思いました。
そして最後にヨーコという(どこかの世界ですずさんの娘だったかもしれない・もしくは晴美のような)少女がすずさん・周作夫婦と出会います。
昔おりんさんがすずさんから西瓜の赤いところをもらったように、ヨーコはすずさんから海苔巻きをもらって、無数の世界が収束し重なり合います。
このラストは、冒頭で「海苔を巻いた望遠鏡」を覗いて眠ってしまったバケモノ、失くした右手が描いた鬼イチヤンが結んでくれた縁かもしれないね、と考えるととても素敵な結末に思えます。
中国料理の調理法には数多くの流派がある。そのうち最も影響力があり、代表的なものとして社会的に公認されている料理は山東料理(魯菜)、四川料理(川菜)、広東料理(粤菜)、福建料理(閩菜)、江蘇料理、(蘇菜)、浙江料理(浙菜)、湖南料理(湘菜)、安徽料理(徽菜)があり“中国八大料理”と称されている。これらの料理系譜の独特な調理法は、調理法形成過程、その地方の歴史と切り離して語ることはできない。またその地方の地理的条件、気候条件、特産資源、飲食習慣などの影響も受けている。八大料理の擬人化表現として、江蘇、浙江料理は清楚な素面の江南美人、山東、安徽料理は古風で質朴な北方健児、広東、福建料理は風流典雅な貴公子、四川、湖南料理は造詣深く才気あふれた名士と表現されている。中国“八大料理”の調理法はそれぞれ長所を有し、長い歴史が生み出したものである。
一 山東料理(魯菜)
宋朝以降、魯菜は“北方食”の代表となった。明、清時代には魯菜が宮廷料理の主流となり、北京、天津、東北各地に対して大きな影響を与えた。現今の魯菜は済南、膠東両地方の地方料理が発展したものである。その特徴の爽やかな香り、新鮮な柔らかさ、純粋な味で世に知られ、コンソメ(清湯)とクリームスープ(奶湯)の調理法に長じ、コンソメは淡白上品、クリームスープは純白で濃厚である。済南料理は煮炒め、遠火焼き、油炒め、揚げ物に長じ、有名な料理には“糖酢(甘酸っぱい味付け)黄河鯉魚”、“九転大腸”、“湯(スープ)爆(煮炒め)双脆”、“焼海螺(ホラガイ)”、“焼牡蠣”、“烤(焙り)大蝦”、清湯燕巣“などがある。
二 四川料理(川菜)
秦末から漢初期にかけて初期的に形成され、唐、宋代に急速に発展し、明、清代にはその名声が全国に広まり、現在では世界中に四川料理レストランを見出すことができる。正統四川料理は成都、重慶両地方の料理に代表される。精選された原材料、規格の重視、主従明確な盛付けの彩り、鮮やかなハーモニーを誇っている。酸味、甘み、痺れ感、辛味、巧みな油味、濃厚な味付けが特徴で、調味料として三椒(唐辛子、胡椒、花山椒)と生姜は欠かすことができない。他地方には余り見られない辛味、酸味、痺れ感のある料理として人口に膾炙し、四川料理独特の風格は“一皿一味、百皿百味”と賞賛されている。調理法は焙り、遠火焼き、揚げ炒め、蒸し物に長じる。四川料理は総合的な味付け、濃厚なだし味に特徴があり、塩味、甘み、痺れ感、辛味、酸味の五味を基本として、さらに各種の調味料を配合し基本的家庭味、巧みな塩味、魚香味、レイシ味、複雑な妙味など23種類の複合味付けが) 確立されている。代表的な料理には“大煮干絲(干し豆腐の千切り)”、“黄燜(醤油と酒の煮込み)鰻”、“怪味鶏塊”、“麻婆豆腐”などがある。
三 広東料理(粤菜)
前漢時代にすでに粤菜の記載があり、南宋時代には皇帝付きコックが広州に随行する影響を受けた後、明清時代に急速に発展し、さらに対外通商開始後は西洋料理の長所を吸収するとともに粤菜も世界に普及し始め、現在、ニューヨーク市だけでも数千の広東料理店を数えるに至っている。広東料理は広州、潮州、東江の三地方の料理を代表として形成されている。原材料の種類は豊富で新奇を好むので変化に富み、旨み、若い柔らかさ、爽やかさ、滑らかさを重視している。一般に夏秋には淡白を求め、冬春には濃厚に傾く。味付けにはいわゆる五滋(香り、歯ざわり、臭み、滋味、濃厚さ)、六味(酸味、甘み、苦味、塩味、辛味、旨み)の別がある。調理法はソテー、揚げ物、餡かけ、煮込み、揚げ炒めなどに長じ、盛付けの彩りは重厚で、その滑らかさは飽きが来ない。蛇、ハクビシン、猫、犬、サル、ネズミなどの野生動物調理で名高く、有名な料理には“三蛇竜虎鳳大会”、“五蛇羹(濃厚な吸い物)”、“塩火局(蒸し煮)鶏”、“牡蠣油牛肉”、“烤乳猪(子豚)”、“干煎(油煎り)大蝦碌”、“冬瓜盅(杯)”などがある。
四 福建料理(閩菜)
福建料理は福建省閩候県に起源を発し、福州、泉州、アモイなどの地方料理を代表として発達してきた。その特色は色調が美しく、淡白で滋養があることで名高い。調理法は油炒め、餡かけ、ソテー、煮込みに長じ、特に“酒糟味”は独特である。福建は東南の沿海に位置しているため、ハモ、アゲマキ、イカ、イシモチ、ナマコなどの海鮮が豊富で、それらを原材料とした調理法に独自のものがある。有名な料理には“仏跳墻”、“酔糟鶏”、酸辣爛魚“、“焼片糟鶏”、太極明蝦“、清蒸加力魚”、“荔枝(レイシ)肉”などがある。
五 江蘇料理(蘇菜)
南北朝時代に発祥し、唐宋以降は浙江料理と覇を競って“南方食”の二大大黒柱となった。江蘇料理は蘇州、揚州、南京、鎮江の四大菜を代表として構成されている。濃厚さの中に淡白さを有し、ふんわりとして香り高く、スープだしは濃厚であるが嫌味が無く、口当たりは柔らかで甘みのある塩味がその特色である。調理法は煮込み、遠火焼き、蒸し焼き、油炒めに長じる。調理する時には原材料を厳選して配色、盛付けを重視し、四季の別がある。蘇州料理は甘みに特徴があり、彩りのハーモニーが素晴らしい。揚州料理は淡白で口
当たりがよく、主食材の味がうまく引き出され、切り込み法に優れて味がよく滲みこんでいる。南京、鎮江料理は濃厚な味付け、精緻な造りで、特にアヒル料理はその名が高い。有名な料理には“清湯火方”、“鴨(アヒル)包魚帳翅”、“松鼠桂魚”、西瓜鶏“、“塩水鴨”などがある。
六 浙江料理(浙菜)
杭州、寧波、紹興、温州などの地方料理を代表として発達してきた。その特徴は淡白、香り高さ、歯ざわりのよさ、若い柔らかさ、爽やかさ、旨みにある。浙江は魚、蝦類の産地であり、また山紫水明の有名な観光名勝地であるため、民間伝承の有名料理も多く、造りも精緻で変化にも富んでいる。調理法は油炒め、揚げ物、揚げ炒め、餡かけ、蒸し物に長じている。盛名を誇る料理には“西湖酢魚”、“生爆鱔片(タウナギ)”、“東坡肉”、“竜井(竜井茶)蝦仁(エビの剥き身)”、“干炸(粉衣揚げ)響鈴”、“叫化童鶏(若鶏)”、“清湯魚圓(魚のすり身団子)”、“干菜(乾燥野菜)燜肉”、“大湯黄魚(イシモチ)”、“爆墨魚(イカ)巻”、“錦繍魚絲”などがある。
七 湖南料理(湘菜)
湘江流域、洞庭湖周辺、湖南省西部の山間地帯の料理を代表として発達してきた。その特徴は材料の幅が広く、油濃く鮮やかで、唐辛子、燻製肉を多用する点にある。味付けは新鮮で香ばしく、酸味辛味が強く、柔らかく口当たりがよい。調理法は塩漬け肉、魚、燻製、蒸し焼き、蒸し物、煮込み、揚げ物、油炒めに長じる。有名料理には“腊(塩漬け肉)味合蒸”、“麻辣子鶏”、“紅煨魚翅(フカヒレ)”、“湯泡肚(臓物の胃)”、“氷糖湘蓮(蓮の実)”、“金銭魚”などがある。
八 安徽料理(徽菜)
長江沿岸、淮河沿岸、徽洲の三地方料理を代表として構成されている。その特徴は原材料選定が質朴で、火の使い方を重視し、油がきつく色鮮やかで、スープだし、原材料本来の味を維持するところにある。安徽料理は山海の珍味で名高く、南宋の頃には早くも“沙地馬蹄鱉、雪中牛尾狐”が有名料理として知られている。調理法は遠火焼き、煮込み、煮物に長じている。有名料理には“符離集焼鶏”、“火腿(ハム)炖甲魚(スッポン)”、“腌鮮桂魚”、“火腿炖鞭笋(竹の地下茎)”、“雪冬焼山鶏”、“紅焼果子狸(ハクビシン)”、“奶汁肥王魚”、“毛峰燻鰣魚(ヒラコノシロ)”などがある。
酱烧青蟹:蟹の味付煮
生炒鳝鱼片:田うなぎのこまきり炒め
红烧甲鱼:スップンの甘煮
麻婆豆腐:マーボーどうふ
樟茶肥鸭:楠の木と茶の葉でいぶした鴨
广州料理
脆皮鸡:広東式揚げ鶏
锦绣排翅:ふかのひれのうま煮
鲍鱼香茹:鮑とマシュルームのあんかけ
生炒鲜干贝:生貝柱の炒め物
中国についてアナタはきっと強く好奇心を持っていますね~(^ω^)(^ω^)(^ω^)まあ、もっと詳細の中国の基本情報は下のサイトをご参照ください。
メールアドレス:cs1@japinchina.com
前略
これまで仕事が1年以上続かず、ここしばらくは実家に帰省しているだけの最底辺な女なのですが
半年以上、洋服を買いに行けていない
一枚買ったけれどそれはディスカウントの古着屋で400円だった
働いていたときだって収入は少なかったから、買うのは某量産洋服小売店で
枚数も多くないからローテションが早いそれらはすぐに褪せる、ほつれる
ちなみに下着も同じ有様
多少買ってくれることもあったけど、携帯代などを払ってもらっているので毎月は頼めない
綺麗にするつもりなのに洗濯機内で服はどんどん綻びてゆく
人の好意に最大限甘え続けて、周りをカラカラの西瓜みたいにしたころ(当然わたしカブトムシ)
成り行きで就職できることとなりました
とりあえず当分は月収が14万円
ひくーい
「アンツ」の蟻さんたちより視界がひくーい
久しぶりに社会の一組織に属するものですから、手取りなどが分からないのですが
その内、携帯代などの必要経費、周りへの借金の返済などに充てれば
ネイルサロンに通って、
髪の毛を巻いて、
履き心地のよく、それでいて見栄えのする靴を履くのでしょう?
これから収入が増えても、わたしのワードロープは彼女たちより充実することはない
彼女たちのこれまで集めてきた、積み上げてきた洋服や靴や鞄があるのだから
本当に、これまで一所懸命に働いてこなくて、申し訳ございませんでした
地下水の枯渇はずいぶん昔しから言われている話し。これは一応聞いたことがある。
でも、元すれの人とは危機感の方向が違うきがする。
だけどそれはハイエンドの投資の話しで庶民が使う水資源が枯渇するという話題ではない。
美味しい水がいまみたいな値段で飲めなくなるというだけの話。
そもそも地下水が真水だと考えるのがどうなのだろう。
真水、真水いってるけどさ、外国で真水が飲める地域なんかすくないよ。
普通石灰フィルターとかで飲む前にあれこれしないとのめないんだよ。
だいたい豊富な真水がないと人間が生活できないんだったら地下水も川もないツバル国とかに住む人はどうやって生きてるのさ。
マングローブ遺伝子でも稲に組み込んで東京湾の佃島あたりで稲作するといいよ。
パームツリーに西瓜でもなるようにしておけば生活飲料には困らないとおもうよ。
冗談だけどね。
IPCCが削減しろといっているのは-50% -6%も達成できない人類にはどちらにしろ難局がまっているのだよ。