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はてなキーワード: サクセスストーリーとは

2017-03-21

ニュース番組スポーツを含めるべきではない

「誰々がどこでこんな練習を始めました〜」とか

「このチームがこんな活動をしてました〜」とか

宣伝とか広告になってる

少なくともニュースではない

明らかに公平性を欠いているし、ニュース番組の一枠として報じるような内容ではない

大会で優勝した」というのも、その結果だけを淡々と報じてくれればいいのに、なぜかそのサクセスストーリーみたいなものが流れたりする

そう考えると、なぜスポーツニュースの中に含まれているのか、疑問で仕方がない

2017-03-14

だったらお前がやってみろ

http://anond.hatelabo.jp/20170313232706

村田マリ中川太郎は2人で50億儲けて無罪放免

南場・守安DeNAは大ダメージ

からどうした?何が悪い

20代若造が、

40代の子持ち人妻が、

日本サクセスストーリーを実現する方法は他に何がある?

スマホゲームで毎四半期に何十億も巻き上げてるDeNAにとって目先の50億なんて大したことない。

大したことないならいいじゃねえか。

しかったらお前やってみろよ。お前は50億儲けられるか?

白州に引き出されて青い顔して頭下げてるボスを尻目に、

シンガポール旦那子供連れてのうのうと富裕層生活を満喫できるか?

奴らは違法なことは何一つしてない。いや、著作権やら薬事法やらは犯してるかもしれないが、逮捕勾留有罪判決を食らうようなものじゃない。

最初からわかってやってる確信犯だ。

ねたみやっかみじゃなくて、ボロ儲けしてる大企業ウルフだかシャークだかのケツばっかり追っかけてるイナゴ投資野郎から

1020億ふんだくってみろよ。

それが21世紀サクセスストーリーなんだよ。

からねえ奴はせいぜい東大でも出て、DeNA村田マリの下で年収800万で馬車馬のように働いてな。

保育園落ちた日本死ねかいってる他力本願馬鹿主婦とか、

やれブラックホワイトだと騒いでるサラリーマンより

よっぽど社会に貢献してるよ。

2017-03-04

http://anond.hatelabo.jp/20170304071207

ラブライブ本来なら男が担うロール(主役、参謀恋愛要素の無いキャラ等々)を

全員女にする力業で担わせた、というだけの話で

根本的なアイドルカワイイというイメージからは脱却できてない

もしあの世界にアイマスみたいに男一人入ったら、

すぐにハーレム状態になるようなもろい世界だと思うよ?

スポ魂漫画的なサクセスストーリーなら、それこそAKBみたいなゴリゴリの古くさアイドルグループだって

やってることだしね

2017-03-03

幼女戦記が何でつまらないのか分かった

展開が全部同じ、ワンパターンからだ。

敵をやっつける。ただそれだけ。

最初幼女サクセスストーリーかつ前世記憶でやりたい放題無双する作品と思いきや

存在Xの力加減がいい加減で急激に現実に引き戻されてしまうからだろう。

いわば存在Xの登場でマンネリ化してしまった。

実につまらないアニメだと思う。

他のなろう系とは決定的に違うね。

別にミリタリで攻めるでもないし、俺TUEEEもない。

から売れないだろうな。

2017-01-31

http://anond.hatelabo.jp/20170131160810

トランプに都合よさそうな「サクセスストーリー」なら見かけるが、ちゃんと「検証」されんてんのは、あまりないんでは?

猪瀬直樹検証するまで、西武がなぜあんなに不動産持ってたのか、本当の理由は知られてなかったようなもんで。

2016-12-20

http://anond.hatelabo.jp/20161220133546

ガラスの仮面みたいなど根性で這い上がっていくサクセスストーリーはもうゆとりには受けないんだよ。

ラノベにどっぷりつかった読解力のないゆとりに受けるのは




・深くないけど妄想余地のある記号的なキャラ設定

天才肌だけど自信のない内向的主人公優越的な感情移入対象

・傍目にはものすごく軽いんだけど本人的には深いっぽい懊悩

・さんざん煽っておきつつも「これは同性愛じゃない」という逃げ道

・どっかで聞いたような安心できる話と設定。




こんなとこでしょ。

同じく11話まで見たけど、製作者のゆとり脳全開って感じだったな。

2016-12-14

成宮寛貴引退で思い出したことな

もう10数年前のことになるが、新橋とあるゲイバーで、ママから成宮寛貴とのツーショット写真を見せられたことがある。



新橋ゲイバー?と思う人もいるかもしれないが、あそこは案外ゲイバーが点在している地域だ。

新宿二丁目とは異なるのは、普通飲食店街の中にゲイバーが店を構えていることで、バーやクラブがいくつも入っている雑居ビルに、突然「会員制」の札が下がっている店があると、そこがゲイバーだったりする。

一度だけ、酔っ払ったサラリーマンの二人組みが間違えて入ってきて、その瞬間、女性が一人もいない店内の、通常とは異なる雰囲気に何かを察したのか、慌てるように出て行くのに出くわしたことがあるが、お互いなんとなく気まずい思いをするので気をつけてほしいと思う。


すっかり足が遠のいてしまったので最近事情はよく知らないが、当時の新橋の店はおおむね、あまり派手さはなく、どちらかというとスーツを着たリーマンゲイが静かに飲んでいることが多かった。

ゲイ世界にも、いわゆる二丁目的な騒ぎかたは苦手で、昼間は普通にスーツ着て会社員をしている人も多いのである

客の大半は終電までには帰るような感じで、土日は休みの店も多く、新橋店子(みせこ=ゲイバーで働いている子)は「ゲイバー界の公務員」などと言われていたものだ。



その店は、そんな新橋の中でも若くてイケメンママと店子がいてちょっとこじゃれた雰囲気カラオケもない落ち着いた店で、自分はたびたび通っているうちにママと親しくなった。

そして、自分以外に客のいなかったある日、ママが「ちょっと面白いもの見せてあげる」といって、その写真を見せてくれたのである





成宮寛貴が一時期、新宿二丁目活動していたことは、後に本人がインタビューに答えるかたちで公に認めることになるのだが、当時、一般にはまだ「噂」ということにされていたように思う。

だが、同時期に2丁目で働いていた人にとっては有名な話で、とびきりの美少年しか10代だった彼が、いかにも社会的地位がありそうな男性と闊歩している姿を見た人は多いらしい。


新宿2丁目で遊んでいたかたせ梨乃に見出され、やがて17歳で宮本亜門に見出されて舞台デビュー」というのは公に流布されている彼のサクセスストーリーだが、宮本亜門との関係にあれやこれやと噂を口にする人も多くいた、

さすがにママはなぜその写真を撮ったのか、二人はどういう関係だったのかは詳細に教えてはくれなかったが、成宮寛貴は「お金のためにやむなく2丁目にいたノンケ」ではなく、ゲイか、少なくともバイセクシャルであることは太鼓判を押していた。

そして、当時の二丁目で、ひときわ輝いていたらしい。

ごくごく普通スナップ写真でも、明らかに「キラキラした美少年であることは充分に伝わってきたのを覚えている。

ママ自身、いわゆる「売り専」の出身のそこそこのイケメンで若くして店を任されているので、いろいろなことを噂されている身ではあったのだが。




一時期、自分個人的に「成宮寛貴カミングアウトしたらいいのに」と思っていた。

つの間にか、日本テレビにはLGBTのタレント普通に出演するようになり、いろんな偏見もだいぶ薄れてきたとは思うが、やはりテレビに出てくるのはバラエティー的に使い勝手のよい「オネエ」や「女装」の人たちがメインで、彼のように「フツーに女性がかっこいいと思うようなイケメン、だけどゲイ」という立ち居地の人はほとんどいない。

実際、ゲイの人といっても皆がテレビ的に分かりやすい派手なキャラクターを持っていたりするわけではない。

ファッションセンスも含めて、見かけはごくごく普通の人たちもたくさんいる。

成宮寛貴みたいな人がカミングアウトしたうえで芸能界一定位置を占めていたら、また世の中のLGBTに対するスタンスも変わるんじゃないかなあ?と、期待していたのである

(余談ながら最近さらっとカズレーザーという芸人さんが、まったくオネエをウリにしているわけでもなくさらっとバイセクシャルカミングアウトしていて、なんだか隔世の感があった)



まあ、そんなのは他人の手前勝手な思いなのであって、当人は「触れられたくない部分」を隠し通すためと称して、引退してしまったのだけれど。

いや、実際のところ何がどうして引退することになったのか、報道以上のことは何もわからないが、もし仮に、一部で言われているような「本当は薬物報道問題が直接の原因なのだけれど、そこには触れずにセクシャリティ問題を持ち出した」のであれば、正直、あまり気分のいいものではない。





例の写真週刊誌の一報が出た当初は、成宮寛貴擁護するような意見マスコミにもネットにも予想以上に多かったように思う。

それは、彼がやはり人気者だったこととか、報道の経緯が「友人が週刊誌に金で情報で売った」からとか、FRIDAYがやたらと世間から嫌われているとか、そろそろみんな週刊誌報道合戦合戦というか、戦っているのは文春だけという説もあるが)に嫌気が差してきたとか、いろいろな要因があろうが、彼が「近年の芸能界では珍しいほどの苦労人である」というのも、その大きな理由の一つだったのではないかと思う。




母子家庭に育ち、14歳で母も失い、弟のために高校進学をあきらめ、さまざまな仕事経験しながらオーディションで主役をつかんだのをきっかけに成功し、弟を大学にも進学させた、というのがワイドショーなどで喧伝されている彼の「美談である




しかし、別に彼の苦労を否定するつもりは毛頭ないけれど、これって考えてみれば「美談」で片付けていい話なのだろうか?

両親をなくした兄弟は兄が高校進学をあきらめて働かなければ、弟を大学に行かせることができない、というのは、大層な福祉貧困の話ではないのか。

ワイドショーは無論、そんな切り込み方はしないが。


まして彼は新宿2丁目のバーで働いていた、らしい。

体を売っていた、という噂も絶えない。

男性男性に体を売っても日本売春防止法では罪にならないが、たとえ「体を売る」という行為がなくても18歳に満たない子が酒食を伴う接待を業にしていたのである

法律に詳しくないが、これって明らかに児童福祉法違反ではないのだろうが?

これは別に性別セクシャリティとも関係のない話であって、いくら家族学費を稼ぐためと入っても仮に16~7の女の子キャバクラで働いていたらやはり問題だろう。

まして売春行為に走っていたとしたら、「美談」で片付けてよいわけがない。

明治大正の話ではないのだ。

平成日本出来事なのである




薬物は論外だけど、それを別にしても、彼の人生にはなんだかあまりにも複雑なものが絡み付いていて、いわゆる「芸能界」のど真ん中で活躍するには、その闇はちょっと深すぎたのかもしれない。

そう考えると、彼が逃げるように引退していったのも必然のような気がしてくる。

薬物事犯刑事被告人になる日がくるのかどうかは、よくわからないけれど。

2016-10-24

http://anond.hatelabo.jp/20161023180000

コピペ二番煎じ増田を汚すのはやめような

初心者おすすめ元気が出る映画

ミリオンラーベイビー:女版はじめの一歩ボクシングで成り上がるサクセスストーリー!!

ダンサーインザダーク:弱視女性と息子との日常を描いたほのぼの感動作!!

ジョニー戦場へ行った:戦争でのランボーの如きジョニー活躍を描いた痛快アクション!!

レクイエムフォードリーム:夢見がちな4人の若者生活を描いた笑える能天気コメディ!!

ディアハンター:鹿狩りのオラが戦争に連れて行かれただ、田舎の男たちが巻き起こすはちゃめちゃ大騒動!!

震える舌:娘が風邪をひいた!?お父さんと娘の爆笑闘病記!!

ソナチネ沖縄の大自然を描いた心洗われる感動作!!

真夜中のカーボーイ田舎から出てきたカーボーイが都会とのギャップにドジするコメディ!!

ジェイコブズラダージェイコブが梯子に登るただそれだけの作品!!

ファニーゲーム凸凹コンビ幸せ家族に巻き起こす大騒動コメディ!!

ボーイズ・ドント・クライ自分を男と偽る女性、そんな彼女を仲間として迎え入れる話。

ドッグヴィルとある町に迷い込んだ孤独少女を優しく開放していく心温まる物語

ライフ・イズ・ビューティフル家族の絆を描いた愛と笑いのハートフルコメディ

2016-09-02

感動ポルノが嫌いだった

自分は生まれながらのマイノリティだ。

今でこそ同じような境遇人間が増えたが、当時はまだ少なく、ほとんど理解されていなかったのだ。当然今でも差別は色濃く残る。

自分障害者とではもちろん境遇が違う。だから理解できるとも思わないが、マイノリティに対する世間の反応というのはいやというほど浴びながら育ってきた。

ぼくがマイノリティであることは見た目ではすぐにはわからない。

からうまく紛れることはできたし、必要がなければ明かさなかった。

ただ、その分同じ境遇に向けた反応に対して同調圧力を求められることは何度もあったし、そのせいでノリが悪いスカした人間だと思われたこともある。

学生の、まだ多感な頃の話だ。

仲の良い、信用できると信じていた人間数人に自分の素性を明かしたことがある。

その時涙を流しながら同情する人間がいた。

「かわいそうに。辛かったでしょ。どんな目に遭ってきたの?」

ぼくの肩に手を載せてとても悲しそうにそう言ってきた。

それからも素性が知れる度に、一定数の人間は「かわいそう」という言葉を使った。

意図的に知らせた時もあるが、意図に反して知れてしまうこともあった。

それでぼくは「かわいそう」という言葉が嫌いになった。

勝手に人をかわいそうな人間にしないでほしい。

当然つらい思いも沢山してきた。人よりも苦労は多い自信もある。

だけど、自分にしてみればそれが唯一の人生なのだ

人を羨んでも変わることはできないし、人を妬んでも自分幸せになれるわけでもない。

ましてや、人の不幸を見て噛みしめる自分幸せなんてクソ食らえだと思っていた。

中にはそれが善意だと信じて、周囲の人間配慮するように話して回る人間もいた。

その多くはぼくに対して「かわいそう」という言葉を使った人間だ。

その度に、ぼくはそいつの素敵な人生ストーリーのために消費されたようが気がして気分が悪くなった。

可哀想人間を涙を流して同情する素敵な自分にあこがれているのだろう。

可哀想人間配慮を求める素晴らしい人格者である自分にあこがれているのだろう。

そのためにぼくは消費されていくのだ。

お前らのやすっぽい涙のために、ぼくの人生が軽々と消費される虚しさを思い知らされたのだ。

から感動ポルノが嫌いだった。



アイアムサムを見たことがあるだろうか。

ぼくは不本意ながら上映当時に劇場で見ることになった。

不思議とどうしてそんなものを見ることになったのかわからないが、恐らくは当時付き合っていた相手に誘われて、下調べもなくのこのこと付いて行ってしまったのだろう。

もしそれが障害者映画だと知っていたら、絶対に見ることはなかった。

案の定、ぼくには不快まりない内容だった。

障害者に向けられる周囲の視線は今まで散々に味わってきた苦痛であるし、ハンディを持った人間サクセスストーリーなんてリアリティへったくれも感じなかったからだ。

それを可愛らしい子役と安っぽい感動で塗り固めた、実にアメリカらしい、まさにその国のスーパーで売っているような食あたりしそうな彩りのケーキのような映画しか見えなかったのだ。

映画評価はそれに反して上がっていく一方だった。その様子を、マイノリティは健常者のために消費されていくのがこの世の中なのだと冷めた目で見ていたことを記憶している。



それから時が過ぎて、当然年もとったし周囲の境遇も変わった。

同じ境遇人間結婚して子供も生まれた。

ただがむしゃらに生きてきたし、むしろ生き方にも随分と慣れてきたように思っていた。

そんな時に、レンタルビデオ店でふとアイアムサムのDVDが目に止まった。

世界はこれほどまでにグローバル化が進んでいるのに、未だに歴代名作コーナーに陳列されていることが疑問に思えたのだ。

果たして今これを見たら自分はどう感じるのだろうか。

これでもう一度見てつまらなければ世間が腐っていた証拠だし自分が正しかったことが証明される。

もし何かが変わって見えたら、自分の変化や成長を感じられるかもしれない。

そんなちょっとした好奇心で手を伸ばしてみたくなったのだ。



果たしてぼくは幾度なく号泣させられる羽目になった。

当時の自分がどれだけうがった目で世の中を見ていたかを思い知らされることになったのだ。

何より、子供を持ち、それを守ることに対する思いに何度も涙が流れた。

今もし自分の子供が、世間良識という暴力に奪われたとしたら何を思うのか。

その中で、ハンディキャップを背負いながらも幾多の困難を乗り越えていく姿にひたすら胸を打たれてしまった。

例えどんな境遇であっても諦めずに一生懸命に生きる姿に胸を打たれる。

それは感動ポルノではなく、純粋な感動なのだ



意外なことに、劇中でサムに対して可哀想だと接する人間はいなかった。

皆はむしろ冷たく辺り、障害者が生きていくことの難しさばかりが描かれていたのだ。

そして彼自身も、障害者らしく擁護で固められているのではなく、一人の人間として生き、悩む姿しっかりと描かれていた。

ぼくは当時、その描写を見ることが辛かったのかもしれない。

まだ社会的弱者だった頃の、世の中に対するヘイトがくすぶっていたのだろう。

その時は自分が全うに生きていると信じていた。でも、知らず知らずの間にカルマは溜まっていたのだ。



それ以外にも、この映画はいくつかの問題提起がされていた。

育児放棄女性社会進出ニートやそれに付随する精神疾患問題職業差別貧困

あれから16年の時が過ぎていることに驚いたが、それ以上にいま見ても全く色あせないほどに全ての問題リアルだった。

しろ16年経って尚、それら問題は深刻さを増しているといっていいだろう。

その中で、たまたま障害者主人公だったというだけの映画がアイアムサムなのだ

あの映画の主要登場人物のうち誰に焦点を当てても、どの問題も同様に浮き彫りになったことだろう。



アイアムサムを感動ポルノとして消費した人間も沢山いただろう。

それはそれで良いではないか

それによって潜在する問題認知することにつながったのだから

もしそれが感動ポルノとしてだけ消費されてしまったのなら、障害者たちは真実の姿を表現する努力をすればいいのだ。

それ以上に世の中はポルノで溢れかえっている。

アイドルと呼ばれる偶像が最たるものだし、それこそマスコミ視聴者にえげつなく消費されているではないか

それを自分たちだけ守ってほしいというのはまさに擁護観点であるし、視聴者側も自らの足を使わずして真実を求めようと言うのが間違っているのだ。

感動ポルノがどうした。

楽しみたい人間いるか市場が生まれ必要がなくなれば消えていくだけのもの

ただそれだけのことなのだ。



そもそもが感動ポルノを好きとか嫌いとかいっている場合ではないのだ。

この狂った世の中で道を誤らずに生きていくには、結局は自らの目や耳、手足を駆使して進んでいくしかないのだ。

それを生まれながらに持っていなければ別の手段解決すればいい。

それをしないかぎり、自らがポルノの主役から脱することはできない。

感動ポルノがたどり着く問題の先には、障害の有無は全くもって関係ないのだ。

2016-08-18

ゴジラ

破壊映像的な快楽として楽しむ人 = 映画を見る人」と考えると、それがある意味では陳腐サクセスストーリー必要とした理由かな、とおもうようになった。

「これは娯楽です」ということを言い訳として映像の中では破壊の限りを尽くす。メチャかっこいい。

そのへんに成功しそうな人おいておけば娯楽として楽しめる仕組みになる。

だってゴジラ見てる映画館自分達は殺されないし。主人公優秀だしね。

わざわざゴジラみたいな恐怖映像を作りこんで、その一方で安心感を植え付ける。「これは映画だよ」と。

ところであれは映画だったのかなと。2011年災害は。

どっかの核施設は冷却に成功したのかどうかはしらないけど、ゴジラの冷却には成功したんだよね、どっかの世界線では。


ゴジラの冷却こそがまさに虚構というオチで。

やすんごい楽しかったんだけどね。

わかるよ手放しで称賛したくなる気持ちも。

2016-07-07

http://anond.hatelabo.jp/20160706220753

戦闘力53万の社長経営する宇宙不動産屋に就職した王子の話とか

たかが海を渡るだけなのに軍隊紛争を続けなきゃならない麦わら帽子船長の話とか

(そしてその漫画の作者は睡眠時間が二時間らしいとか)

ろくに給料払ってもらえない何でも屋に就職したメガネの話とか

武力組織で生まれ子供バケモノを体に封印され両親と死別

その後も周囲に疎まれながらも組織を掌握するに至るサクセスストーリーとか


ジャンプ漫画って確かにブラック職場多いな

http://anond.hatelabo.jp/20160707145946

お前が無くてもそうやってお祭り気分で盛り上がって勝っちまったのが民主党政権なんだよ。

から自分代表者のような顔すんなっつってんの。

その証拠若者に当時あった一時的に上がった政治的な関心も消失していったから。

要はあの時と同じサクセスストーリーを描きたいわけだが、あの時に痛い目にみたチンパンどもは

それを痛みと共に記憶してて今の若い層にもチンパンなりに吹き込んでる。

「嫌いな政党があるから反対に入れるってことをすると結局代償は自分が支払うことになるぞ」

これが政治真実なんだ、だから一番マシなところに投票せざるを得ないんだ。

気に入らないなら自分のして欲しいことをしてくれる政党を選ぶべきだろ。

求められているのはそれだけだから

コースアウトして横道にそれ続けてるのは野党問題。だから票が集まらないっつってんの。

2016-06-12

俺がアニメ映画を挙げる

名作駄作問題作など問わず、なんとなくみんなに見てほしいものを挙げていく。

この映画の話で盛り上がりたいって感じのノリで。

TVシリーズ劇場版とかもあるので単体で見て面白いかとかもあまり気にしてないので御承知を。

老人Z (1991年) 80分

寝たきり老人・高沢喜十郎はある日突然最新型介護ロボット「Z-001号機」のモニターに選ばれ、ボランティアで介護を行っていた看護学校生の晴子はお役御免となるが、介護ロボットに全てを世話される喜十郎をかわいそうに思い、彼の救出を決意する。ところが介護ロボットが暴走をし始めて……。

という高齢化社会を痛烈に批判したSF作品……かと思いきや、作品自体は完全なるコメディで、見ていて超楽しい

大友克洋メカニックデザイン江口寿史キャラクターデザインという豪華なコンビで、作画的にも沖浦啓之、今敏、黄瀬和哉井上俊之鶴巻和哉本田雄森本晃司大友克洋中澤一登松本憲生……と挙げきれないほど有名なアニメーターが参加していて、クレジットだけで作画オタクはご飯3杯は余裕である

江口寿史によるキャラクターがとてもよく、まず主人公の晴子がめちゃくちゃかわいい。そして元気な老人たちの存在感、さらには晴子の友達の絶妙なブサイクさ。

80分という時間も絶妙で、気軽に見てほしい。社会問題を扱いながらも妙に心が温まる不思議な作品。

東京ゴッドファーザーズ (2003年) 92分

いわずと知れた夭折の天才・今敏監督作品。彼の監督したアニメ映画は4つしかなく、1日あれば容易くファンを名乗れるのですぐツタヤで借りてファンになりましょう。

彼の映画はどれもが90分前後という上映時間でありながら、非常に濃い。

その中でも東京ゴッドファーザーズは視聴後の多幸感にかけてはピカイチで、一番エンターテインメントとしてわかりやすい作品と言えるかもしれない。

次々と転がり込む御都合主義のような幸運。これが気持ちいいん。

メインキャストを務める江守徹梅垣義明岡本綾といったメンツも、非常にいい仕事をしている。

毎年クリスマスにはこれをテレビ放送しましょう。

マインド・ゲーム (2004年) 103分

近年では四畳半神話大系ピンポンなどの監督で有名な湯浅政明の初監督作品。初監督でありながら、文化庁メディア芸術祭ハウルの動く城イノセンススチームボーイをおさえて大賞を手にした。

何よりすごいのは映像で、イマジネーションに溢れたその映像はどんな言葉よりも説得力がある。

後に著作・四畳半神話大系が湯浅監督によってアニメ化されることになる森見登美彦氏も、「迫力でちょっと怖がった」そうである

最初はその独特な世界に戸惑うかもしれないが、終盤の脱出シーンを見ればもはや何も文句は言えまい。

うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー

説明不要のうる星やつら劇場版押井守監督の最高傑作として名前が挙がることも多い。

映画としての評価は大変に高いが、これがうる星やつらなのかといわれると、別の何かなのかもしれないという感じがしてくる。

お祭りのわちゃわちゃの中に、不意に違和感を感じさせるものが入ってきて異世界に入り込んでしまったようになる。そういう描写がたまらなく好きである

意味がなさそうでありそうな、哲学的な長セリフも本作の特徴で、言葉にできない不思議な魅力が詰まっている。

特にCV:千葉繁メガネの語りは必聴である

コクリコ坂から (2011年) 91分

宮崎吾朗の才能を信じてもいいかもしれない、と感じさせてくれた一作。ジブリファンも本人もどうしても宮崎駿の影を追ってしまわざるを得ない環境の中、よくこれを作った。

そもそも脚本に宮崎駿が参加しているし、プロデューサー鈴木敏夫だし、どう考えても往年のジブリ作品の系統として作られたのは間違いない。

おそらくは宮崎吾朗が制作を完全に仕切っていたわけではないのだろう。しかし、映画の端々には宮崎吾朗の味が感じ取れる気がするのでこの映画は何かすごい好きである

カルチェラタンの描写には明らかに押井守の影響が感じ取れるしね。

『ローニャ』国際エミー賞子どもアニメーション部門受賞おめでとうございます。

ねらわれた学園 (2012年) 106分

眉村卓の小説『ねらわれた学園』を原作としたほぼオリジナルアニメ

原作のSFっぽい感じは薄まっているが、逆に薄めたことでSF的な部分がわかりにくくなった。

あいうら』『灰と幻想のグリムガル』でおなじみの監督:中村亮介キャラデザ細居美恵子コンビと言えば映像目的だけで見たくなる人もいるだろう。

ふとももに注目せよ。まずはそれだけでいい。

健康的なフェティシズムに溢れたキャラクターと美麗な映像を堪能あれ。

ガラスの花と壊す世界 (2016年) 67分

ポニーキャニオンが開催したアニメ化大賞という賞で大賞を受賞した『D.backup』を原案にしたオリジナルアニメ

原案の拡張性ある世界観と、(おそらくは)予算的にギリギリだった1時間という枠と、とにかくキャラクターのかわいさを押し出したいポニーキャニオンと、映像の美しさを追求したい石浜真史監督とが相乗効果を生んだような生んでいないような作品。

序盤はありがちな魔法少女的なSF作品かと思うかもしれないが、終盤には急展開が続き、頭が追いつかない。

それもそのはず、脚本の志茂文彦によれば、映画の後半部分はほとんどコンテ段階で監督が構成したものらしいのだ。

序盤の丁寧な世界観説明と比べて、終盤がややこしいのは、監督がセリフに落とさず映像に込めた部分が多かったからなのである

さらに、後のトークイベントでは、コンテにすら描かれず、スタッフにしか伝えられていない裏設定が大量にあることが明かされ、「偏差値70のアニメ」との烙印が押された。

宇宙ショーへようこそ (2010年) 136分

監督:舛成孝二、脚本:倉田英之キャラデザ石浜真史という『R・O・D』トリオで制作された劇場アニメ

舛成・倉田は『かみちゅ!』というTVアニメを手掛けていて、劇場公開に合わせてNHKBSでかみちゅ!が再放送されたりBDが発売されたりした。

黒沢ともよの声優デビュー作品でもある。当時はまだ子役であった。

夏休みの子供向け映画といった趣であったが、子供に136分は明らかに長すぎる。ある程度のアニメファンならばこの尺は耐えられるし、楽しめるだろうと思われる。

作画がぶっ飛び過ぎていて、作画的にはスペースダンディ劇場版とでもいうべきレベルである

そして、主人公の少女の健康的なエロさがなんとなくにじみ出ていて、制作者はロリコンなのか?という疑惑が湧いてこないこともない。

海外の映画祭に出品されたりして、結構アニプレックスが期待していたのが窺えるが、やはりなかなか商業的には上手くいかなかったようだ。

上映時間の長さや、超新星爆発についての描写などの細かい部分を除けば、十分に面白い作品であるといえる。

涼宮ハルヒの消失 (2010年) 162分

3時間弱。長い。が、しかし、エンドレスエイトを経験したファンの不安を一掃するほどの高クオリティアニメ化された作品である

それまでの京アニ集大成といってもいい。内容については特に言うことはない。

たまこラブストーリー (2014年) 83分

けいおん!で注目された山田尚子監督によるオリジナルTVアニメたまこまーけっと』の劇場版

たまこまーけっと』ではいまいちヒットせず微妙な評価に留まっていたが、これが公開されるとたちまち好評となり、文化庁メディア芸術祭アニメーション部門では新人賞を受賞した。

TVシリーズは、舞台となる「うさぎ商店街」の絶妙で温かな空気感を楽しむ作品であったが、本作ではわかりやすくラブストーリーにしたことで、デートムービーとしても見られる非常に間口の広い作品となった。

どちらの方が良かったとかではなく、単なる魅力の伝わりやすさの違いである。

とはいえ『たまこラブストーリー』は卓越した作品であり、山田尚子の代表作として語り継がれるのは間違いないと思われる。

サカサマのパテマ (2013年) 99分

イヴの時間』などで知られる吉浦康裕監督作品。彼の作品の特徴は何といっても「発想」にあると思う。

独特の間も特徴ではあるが、基本的に彼の作品はある「ギミック」が作品の根本となっていることが多い。

なので、下手に前情報を入れて見に行くよりは、何も知らずに見て新鮮な驚きを感じた方が良い。

この作品もあるギミックが重要なのでそこを面白いと思うかどうか、そこが評価の分かれ目である

Wake Up, Girls!劇場版 青春の影Beyond the Bottom (2015年) 54分/53分

つい先日無期限の休養を発表したヤマカンこと山本寛監督の、いわずと知れたアイドルアニメである

彼についての悪評やバッシングは絶えないが、個人的には彼の作品は好きである

この『Wake Up, Girls!』というシリーズは、まずTVシリーズの前日譚として『七人のアイドル』という中編映画があり、続いてTVシリーズ全12話、そして続劇場版の中編2作といった流れである

TVシリーズ放映時は緊迫したスケジュールによる作画の乱れで物議を醸したが(BDでは修正された)、続劇場版(特に前篇)では非常によく動く。

このまま彼がアニメ制作の現場に戻らないとすれば本作が彼の遺作となってしまうが、遺作の呼び名に恥じない出来の作品であるということは声高に主張したい。

ハイパーリンク」と称してキャラクターの中の人のパーソナリティや実際の出来事を反映する手法の効果は、続劇場版で見事に結実した。

アニメ創作性と現実の偶然性が合わさってとても気持ちの良いサクセスストーリーになっているのだ。

後篇の『Beyond the Bottom』は田中秀和による同名の主題歌も相まって、非常に神々しい輝きを放っている。

神前暁も「これを超える曲をこの先作るのは大変」と太鼓判を打った。

劇場版美少女戦士セーラームーンR (1993年) 60分

アニメ界の王子、イクニこと幾原邦彦が初めて監督を務めた劇場作品である

この時点から彼の演劇的な作品づくりの手法は発揮されている。

庵野秀明映画館で本作を3度も観たらしく、緒方恵美が演じた衛の少年時代の声を聴いて『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ役に抜擢したというのは有名な話である

少女革命ウテナ アドゥレセンス黙示録 (1999年) 85分

同じく幾原邦彦監督作品である少女革命ウテナ』の劇場版

TVシリーズ再構成ではなく、全く新しい解釈で制作されたオリジナル作品

作画的な制約もあったTVシリーズと比べ、かなり大胆に脚色され、より過激となった映像美はまさに唯一無二。

突き抜けすぎて、終盤の車のところでは何が何だか分からなくなってポカンとしてしまう人も少なくないという。

「王子」こと及川光博ゲスト声優として出演しているのもポイント

映画ハートキャッチプリキュア! 花の都でファッションショー・・・ですか!? (2010年) 71分

京騒戯画』『血界戦線』などで知られる東映アニメーション出身の気鋭の演出家松本理恵の監督デビュー作品。当時25歳。

『ハトプリ』はプリキュアシリーズでも人気の高い作品のひとつだが、この劇場版も非常に人気が高い。

パリを舞台にしていて、OPでのスタッフクレジットが背景に溶け込んでいる演出の時点で何かが違うぞと感じさせる。

メインキャラクターのTVシリーズでの成長・感情の変化をきちんと物語に取り入れつつ、本作オリジナルキャラクターであるオリヴィエサラマンダー伯爵の切ない関係を描き、多くの視聴者の胸を打った。

アイカツ! ミュージックアワード みんなで賞をもらっちゃいまSHOW! (2015年) 56分

劇場版アイカツ!』でなくてなぜこれを挙げるのか、疑問にお思いだろう。

というのも、私は熱心な『アイカツ!フリークで、アイカツ!を見始めたのなら劇場版アイカツ!を見るのはもはや自然な流れで、あえて挙げることではないという認識でいるからだ。

ということで、あえてアイカツ!を見る入り口として薦めるのであれば、CGステージをかき集めたこれが良いだろうと思い、挙げた次第である

アイカツ!の楽曲のジャンルの幅広さ、CGステージでの綿密に練られたカメラワーク、そしてアイカツ!という作品世界の持つ空気感を少しでも感じてくれれば後は言うことはない。

劇場版 カードキャプターさくら 封印されたカード (2000年) 82分

少女向けアニメ最高傑作との呼び声も高い『カードキャプターさくら』、その集大成となる第2弾劇場作品。

ラストシーンでは年齢性別問わず多くのお友達をキュン死させ、多くの大きなお友達はそのままゾンビとなった。

セルアニメの末期に生まれた大傑作である

劇場版ポケットモンスター 結晶塔の帝王 ENTEI (2000年) 70分

ポケモンの映画といえばミュウツーの逆襲だったり水の都の護神を挙げる人が多いが、私はこの作品を挙げる。

70分という短さに詰め込まれた「家族愛」というテーマは、子供よりもむしろ親の方に深く響いたことだろう。

当時劇場で見てリザードンに興奮した子供たちも、今改めてみればまた別の感動を味わうに違いないはず。

楽しいムーミン一家 ムーミン谷の彗星 (1992年) 62分

テレビアニメ楽しいムーミン一家』の劇場版であるが、本作はテレビアニメの前日譚となるエピソードの映画化である

楽しいムーミン一家』はもっと語られていい傑作アニメであり、本作ももっと多くの人に知られて欲しい。(旧ムーミンファンには申し訳ないが……)

子安武人演じるスナフキンによるシュールな悪口が聴けるのもこの作品。

白鳥英美子さんの主題歌もとてもいい。

劇場版銀河鉄道999 (1979年) 129分

いわずと知れた名作『ルパン三世 カリオストロの城』と同じ1979年に公開されたアニメ映画である

実はこの年の邦画の配給収入で1位を獲得している。

70年代を生きたアニメファンにとっては有名も有名だが、今では知名度カリオストロよりも低くなってしまっていて、金曜ロードショー恐るべしといった感じである

エンディングに流れるゴダイゴのあの有名な主題歌を聴いた時、あなたはきっと涙を流しているはず。

劇場版エースをねらえ! (1979年) 88分

90分弱に詰め込まれた圧倒的な熱量!THE出崎統

世界はもっと出崎統を評価せよ。

BD・DVDがプレミア化し、配信・レンタルでも見られなかった傑作が、ようやく今年BDの再発売によって見やすくなった。

7月22日発売です。

2016-05-15

AV女優から人気声優になったとか紅白に出たサクセスストーリーとかネタ半分に言われてるが本物のAV女優に失礼だ

本物の一流AV女優は脱いでよし脱がなくてもよしだ

例の彼女は脱いでも脱がなくてもダメだしただ地味なAVに出たことあるだけの人にすぎない

声優としてもたまたま一つ知名度が出たアニメに出演したことあるだけの人にすぎない

たまに「現役声優AVデビュー!」という触れ込みのAVがあるがあれは多分養成所属経験ありとかアフレコ経験ありとか声優系志望経験ありとかその程度で肩書きでっち上げてるんだろう

逆にみくちゃんの場合は「元AV女優紅白出演!/有名声優に!」という感じになるのだろうが「現役声優AV!」のケースと同様に言うほど声優か?言うほどAV女優か?という感じである

一方で本当に一流の可愛いAV女優が実力をつけて人気声優になったり紅白大河ドラマに出たりするのは歓迎できるし

本当に可愛いアイドル声優が度胸と実力をつけてAV女優になるのも歓迎できる

2016-03-10

母について

から20年ほど前の事を書こうと思う。

当時俺は小学1年生で、事件は初めての授業参観が終わった後の授業の合間の休み時間に起こった。

同級生が楽しく親と談笑している中、母が俺に「好きな女の人はいる?」と聞いてきた事が発端である

俺は子供ながらに「お母さんかな」と少し照れながら答えたが、母は期待していた返答を得られなかった様で不満げにもう一度聞いた。

「それは分かってる。クラスメイト好きな人はいるの?」

俺は別段他人恋愛感情を抱いた事がそれまでなかったので「いないよ」と答えたが母は「嘘でしょ」「正直に答えなさい」としつこかった。

うんざりしたので無難に健気な感じのAさんの名前を告げた。

すると母はいきなり激昂して「いやらしい事を考えるな!」と叫び俺の顔を殴った。

人が異性を好きになる事について何がいやらしいのか全く知識がなかったので本当に困惑したし、

唐突に繰り出された理不尽暴力意味不明さにその場で泣いてしまったが

ぎょっとこちらを見つめるクラスメイトやその親に対して母は「この子ちょっとおかしいんですよ」と告げ口して回った。

挙句の果てにはAさんとその親に「この子Aさんが好きなんですよ。気持ち悪いですよね」と言う始末だし

俺はどうして母がそんなろくでもない言動を取ったのか理解できなかったので(今も理解できないのだが)混乱して何も言えなかった。

他人にとっては笑い話だろうし20年も前の出来事なので今更騒ぐ気にもなれないが、

小学 + 中学の9年間で異常者というレッテルをはられ信頼を失ったまま生活しなければならなかったのは俺にとって深刻なトラウマだ。

これは「今ではそのAさんと幸せな家庭を築いています。母には感謝してます」などというサクセスストーリーではない。

学校にも家庭にも心の許せる人がいなかったし、本当に惨めで苦しかったんだ。

2016-01-17

ビジネススクールでの学び

MBA経営学修士経営管理学修士)の取得に対する世間の目は厳しい。

「(MBAの知識は現場で)役に立たない、(MBAホルダーは)使えない。」

これは、ホルダーや現在進行形で通学している人は痛感しているところだと思うが、そんなことは当の本人が一番分かっている。



MBAの取得の意義はいくつもあるが、その一つ「自分ではできないことがあることを知る。」ことだと思う。

転じて、自分の強みや興味あるところにフォーカスして学んでいく、仕事に繋げていけばいい。



自分が通ったビジネススクール入学式では、人間力を磨け、と言われた。

どんなにビジネスに直結する知識や思考法を学んでも、仕事は人と人との繋がりで行うものいくら成績優秀でMBA取得できたとしても、人間力、魅力を磨かないと宝の持ち腐れだということである

当たり前のことであるが、つまるところは人である



かと言って、MBAに通いながら人間力を磨くことなんて容易いことではないが、否が応でも「働くこと」の意味を散々考える機会があるため、必然的に人との付き合い方、人の動かし方を考えることになる。

自然とこれまでの自分仕事の仕方、これから仕事の仕方を考えさせられる。



ビジネススクールに通って一番良かったことは、学んだ知識も然ることながら、経済界トップリーダーと呼ばれる人たちの考えや思想、熱意に触れることができたことだ。

新聞雑誌字面では綺麗事にに思える言葉も、直接語りかけられると言葉の重みが異なる。



意識高い系」などと揶揄する言葉があるが、意識高くて良いじゃないかと思う。

だってビジネス成功を夢見ているし、できることなら実現したい、幸せになりたいと思っているだろう。(ただし、成功幸せ定義は人によって異なる)



夢や希望を実現するために意識を高めることはモチベーションを高めることの一つでもある。

どうせ意識高く持つなら、行動も伴うともっと良い。



すべてのリーダーは皆意識が高い。そして行動する。当然失敗もあるが、成功するまで続ける。



これぐらいは、「意識高い系」の本や雑誌記事によく書いてある。強調したいのは、彼らはみな自分の夢や希望を実現させることに執着している点だ。

成功への執着心が半端ない



執着心があるから、一時の人とのぶつかり合いは気にしない。半端な人付き合いは蹴散らす。

失敗も成功のためのステップぐらいに思ってる。

しろ失敗の積み重ねをサクセスストーリーに織り込んでセルフブランディングしている人もいる。



執着は信念とも言い換えられる。

堀江貴文氏は「お金本質は信用だ」 (http://amzn.to/1QeDAGy)と言っているが、実現に執着して行動しているから信用され、結果的にもお金が集まる。これは単に所得としての儲けの話でなく、事業を自ら始めるための資金調達においても同じである

執着のレベル、度合いで成功が決まると思うと随分腹落ち感をあったことをよく覚えている。



そのぐらい執着した先に何があるか自分には分からないし、そんなに執着できることがないと悟ったのもビジネススクールで学んだことだ。



冒頭の「使えない」評価は、そのMBAホルダーに執着心がないことの評価でもあると思う。

ビジネススクールに通わなくても成功の実現に向かって執着心がある人はいる、ビジネススクールがすべてを解決してくれるなんてことは思っていない。



ただ、名目上、学術的な戦略論、会計学組織学がカリキュラムのコアであるが、ビジネススクールで得られる学びというのは、実際に通ってみて初めて見つかるものなんだなという感想である



ビジネススクールを頭ごなしに否定することは簡単なので、もし少しでも興味がある、キャリアについて思うところがあるなら、学校説明会とか近くのホルダーを尋ねて見ることをお勧めする。

彼ら彼女らは(当然だけど)ビジネススクールに通うことは否定はしない。代わりに、後押しになるアドバイスをすると思う。

半信半疑なら、一度自分の目で見てから判断したって良いと思う。

2015-10-31

王道って結構見る人選ぶからな。特に弱虫がなけなしの勇気を振り絞って

一番の大金星を上げるパターンとか。「あいつはヒエラルキーの隅っこで

いじめられてるのがお似合いなのによくも活躍させたな!」みたいな変な感想

見かけるの多くなった。

逆転とかどん底からサクセスストーリーとか特に許せない話らしい。

最近、やたらヒエラルキーとかカースト気にするオタク多いよね。

2015-10-06

http://anond.hatelabo.jp/20151006215332

プラダを着た悪魔が、サクセスストーリとして成立するのは、本人の能力なんてよりも結局機転だったりするよね。

サクセスストーリーなのに、実は血脈がなんてやったら萎えるのはジャンプ漫画で充分だしね。

2015-10-04

もうお涙頂戴のサクセスストーリーいいって。しね

誰か乳ガンになって生存率が低いけど頑張りますとかそういうのもういい

田舎者方言コンプレックスがあったが役者になってそれが役に立ち、自分存在が認められた気がしたとかそういうのもいらんって。

もうね、だまれ

2015-09-09

スタートアップバトルとかい出来レース

最近よくスタートアップが集ってプレゼン大会して、どこが優勝したみたいな記事を見かける。

そしたら大会主催者審査員ベンチャーキャピタルの人だったりする。

彼らの目的は、「自分出資しているスタートアップを目立たせて、成長させたい」だから自分関係スタートアップしか優勝させない。

ということで、本当に実力のあるスタートアップでも出資を受けていなければ応募に受かることすらない訳だ。


てか最近ベンチャーキャピタルはかっこいいみたいな雰囲気あるけど、

やってることなんてスタートアップ探して金使って応援してるだけだからな。

起業クールだぜ、と若者をその気にさせて、出資先を作ろうとする。



そこにワイワイこぞって集まるスタートアップもまた問題だ。

上下関係から解放されたいとか言っておいてVCから資金受けたら、上司ができるようなもんだ。

その上司をいかに説得させるかが社長仕事になる。

そんなんでいいのか、と。

あなたの見なければならないのは、投資家じゃない。顧客だけのはずだ。


お金なんて自分で働いて貯金して貯めようぜ。

2年分くらい収益なくても生活できるくらい貯めるのは3年も働いて無駄遣いしなければ稼げる。

それ以上のお金必要ビジネスなんて今の時代に向いてない。

自分が苦労したお金で貯めて起業すれば、お金を大切に使うし、何より本気でビジネスができるだろう。



そういうスタートアップこそ、これから必要なんじゃないか?

それくらいの意気込みのあるスタートアップこそ、これから増やさなければならない。

他人の金で浮かれたスタートアップなんて先が見えてるよ。

〜円調達? 売上とかユーザー数をニュースで取り上げなさい。



そういうサクセスストーリーをこれから聞きたいね

自分お金でなんとかやってきたスタートアップこそ、本当に表彰されるべきヒーローだし、尊敬されるべき存在だ。

2015-08-31

食い足りなさ

今朝の『まれ』を見ていたら、一気に7年経っててずっこけた。まただよ。またやりやがった。

  • 好き合っている異性とすぐにでも一緒にいたいけど、お互いの修行のために2年半会わないでおこ!→(2秒)→それから2年半後…主人公修行を積んで2番手パティシエに!そしてカレとも感動の再会!

の次は、

ですよ。

え?そこ省略するの?そこ面白いところじゃないの?と思ってやまないわけですよ。そこの経過は一切ないの?なくていいの?って思う。食い足りない。自分はそこが見たかった。

マッサン』の時も思ったけど、朝ドラサクセスストーリー描写を求めてはいけないんだろうか。成功までの苦労を描いてはいけないという縛りでもあるのか。

まれ』に関しては、ご家庭トラブルを描きたいならパティシエネタ入れなくてよかったんじゃないの?とすら思う。公務員結婚→塗師屋のおかみで十分いけるって。いけるいける。

番宣で使われていたキャッチコピーが確か、「朝ドラ初の夢が嫌いなヒロイン」とかそういうのだったか。どうせなら夢が嫌いな性格のまま、「なんかドタバタに巻き込まれるうちにパティシエになってた」みたいなコメディだったらよかったのにな。三谷作品っぽい感じで。

2015-07-18

プロレスをなめんな。

私はプロレスが好きだ。

試合や、マイクパフォーマンスが好きだ。

特定選手を応援しているわけではないが、blogTwitterで、各選手の人となりを知ると楽しい

ストーリー(というと特定の人々から怒られそうだ)を追うことで

選手や、団体のものサクセスストーリーを楽しませてもらっている。

先日、都内某所の飲み屋会社の先輩(女性)と飲んでいたら、たまたまインディー団体レスラーに会った。

もともとプロレス好きだったので、そのレスラーと話し込んで、先輩にもわかるように色々説明しながら和気あいあいとした時間を過ごした。

その後、そのレスラーは今度自分試合を見てほしいと言った。

その場のノリで、いきますと言い、帰った。

翌日。会社の先輩からメールが来た。

プロレス見に行きたい。行こうよ。あのレスラーコネでいろんな男に出会えるかもしれないし。」

はぁ?????何いってんの?????

プロレス目当てじゃなくて、男目当て??はあ?

ばかじゃねーの。

どうせ、ナンパされるとでも思ってるんだろう。

悪いけど、プロレス見に来る男は女を探しになんて来てないよ。

それに、先輩、スタイルはいいけど顔は微妙だぞ。

その顔で、本気でナンパ目当てだったら、申し訳ないけどキモいと思うぞ。

万が一ナンパ目当てでプロレス見に行って、誰にも相手にされなかったら悲惨だよ。

プロレス試合きじゃないなら、試合を見るのなんて修行以外の何者でもないよ。

しか初心者は来ないようなインディー団体だよ。なおさらでしょ。

私はナンパされず試合も楽しめず不機嫌で会場をあとにする先輩の姿しか想像できないので

やんわりとメールで断りたいのを匂わせておいたが、返事はまだこない。

男探したいならプロレス見に行くのはやめてください。

またそこの飲み屋でも行ってくれ。一人で。

2015-06-10

階層は固定されていた方がいい

正直みんな階層が固定されていることを望んでいるんだと思う

弱者が成り上がるサクセスストーリーはきっとみんな好きだろう それがファンタジーである限り

例えば実際に身近な知り合いが大成功することをそんなに望んでいるんだろうか?

自分と同じ階層だと思っていた人が駆け上がっていくのを認められるんだろうか?

それを見て「自分努力してああなろう」なんて思うんだろうか?「自分はこの現状が身の丈に合ってるからな」と思えるだろうか?

絶対にそんなことはない

同じようなしょーもない愚痴やしょーもない不満を共有して軽口で上の階層人間を叩いてたいと願っているはずだ

2015-04-16

LOVE理論、あるいはシステム化された恋愛(<生活世界>)と、そのメソッド(恋愛工学

先日からテレビ東京で『LOVE理論』というドラマが始まった。水野敬也さんという『スパルタ婚活塾』や、このドラマ題名でもある『LOVE理論』という、婚活恋愛ハウツー本を出されている方の本が原作で、このドラマはその本に登場するメソッドを、面白おかしく、ドラマ仕立てにして、パロディにして紹介している。テレビ東京からこそ可能な際どいラインを攻めたドラマだ。まだ1話しか放送されていないが、「非モテLOVE理論を学び、実践し、意中の女性を手に入れる(語弊があるかもしれない)サクセスストーリーであることは間違いないだろう。

さて、このドラマやこの話題に、いち早く反応しそうなクラスタが、昨今はてなTwitter界隈で話題になったことが記憶に新しいのではないだろうか。「恋愛工学」、「藤沢数希」、「ナンパ師」。

藤沢数希さんを長に作られている「恋愛工学コミュニティ」では、メルマガ上で、日々履修者たちが実践経験を共有し合い、スクリプトメソッドを共有し合い、開発し合い、切磋琢磨してる。ナンパクラスタでは、カリスマナンパ師を筆頭に、ナンパ講習が行われ、ルサンチマンを抱えた男性自己啓発の一面も担った実践が、都内各所で行われ、ナンパ師同士で切磋琢磨している。似て非なるこの2つのクラスタが、時には交わり共にフロントラインに立ち、切磋琢磨している。

Twitter界隈では、ナンパ師や恋愛工学履修者たちの行動について、様々な意見が飛び合っている。クラスタ外の人でも目につくほど、最近話題に上がっている。最近というか、ここ半年というリアルタイム感。ここ一週間で言うと「街なかでの声掛け」についてだ。とてもHOTで活発な議論が日々いたるところで行われているこのタイミングで、良いネタきた。このドラマというわけだ。タイミング絶妙すぎて、個人的には、何もかも藤沢数希所長の計算だったのだろうなと思うほどである

前置きが長くなってしまった。僕は前者、つまり恋愛工学受講者である。数ヶ月前まではTwitterでも盛んに議論に加わっていたり、成果をブログに報告したりし、一定以上のつながりもクラスタ内外で形成し、日々仲間達と切磋琢磨していた。しかしながら、そこで利用していたアカウントを、自分所属している別のコミュニティでも利用していたため、その別のコミュニティから恋愛工学等への批判が多く、トラブルになる可能性が高まったため、そのアカウントは削除して、僕は現在ネット上での活動自粛し、ひたすら淡々と個人で実践を繰り返していた。そこから、数ヶ月が経過し、ほとぼりが冷める頃を見計らって、新たにアカウントを開設し、活動の報告やコミュニケーションを再開しようと考えていて、その最初の一歩が、この匿名ダイアリーへの投稿である本来であれば、ブログを新たに開始し、そこに投稿すべきなのだけれど、もともと僕が成果や記事投稿を頻繁に匿名ダイアリー投稿していたので、その名残で、今回の一発目はこちらに投稿した。

自己紹介も長くなってしまった。本題の「LOVE理論、あるいは恋愛工学戦略戦術)」について、僕の思うところを、自己満足的に、ひたすらに淡々と、書き綴っていきたいと思う。これは、僕の主観に満ち溢れた、独断偏見に満ち溢れた、ただの戯れ言である


僕は昨年の10月~今年の3月にかけ、多くの女性を抱いた。すべての女性は、別々であり、Sexの回数であれば、その倍以上になるだろう。彼女たちとの出会いは、基本的に、語弊を恐れずに書くと「ナンパである渋谷スクランブル交差点付近目的もなさそうにしていた女性恵比寿駅西口改札前で浮足たっている感じのルブタンヒールを履いた女性新宿バルト9で席が隣になったサブカル系女子Twitter相談によくのってあげたキャバ嬢、そのジャンルの幅はとても広く、一人ひとりについて書くことは不可能に近い。そんな活動を、モクモクと、ある種、ロボット的に、日々こなしている人たち、それが「恋愛工学受講生」や「ナンパ師」であり、僕も、例によって、それなのだ。僕達には、これがとても日常的で、それは一方で、とても感覚麻痺していることも気がついてはいる。心が磨り減るだけのこともあれば、深い愛情安心で満たされることもある。


社会学者宮台真司は、昨今の近代化合理化について以下のように述べている。

システム〉と〈生活世界〉の関係確認します。〈システム〉ではデニーズ的アメニティが提供されるのに対し、〈生活世界〉では地元商店アニメティが提供されます。前者は「役割マニュアル」優位な関係性で、後者は「善意&自発性」優位の関係です。だから前者は匿名的・入替可能で、後者は記名的・入替不能です。

近代化とは、〈生活世界〉で賄われて来た便益を〈システム〉に置き換える「合理化過程」。置き換え途上の段階ゆえに〈システム〉化され切らない〈生活世界〉が残っていると信じられるのが「近代過渡期」(モダン)で、置き換えが完遂して汎〈システム〉化=脱〈生活世界〉化した段階が「近代成熟期」(ポストモダン)。

近代化がある程度進んで、「まだ〈生活世界〉が残っている」というより「敢えて〈生活世界〉を保全している」と言えるようになるのが「再帰近代」です。これにも2段階あって、いったん汎〈システム〉化した後に、かつての〈生活世界〉の機能等価物を再構成したのが「ポストモダン的な再帰近代」ということになる。



昨今の国内の人々の恋愛関係の事柄の矛盾や苦悩は、まさに宮台が上で指摘していることだ。近代化の影響ですべてが合理化されていくことは自明事実である。それは恋愛(〈生活世界〉)というカテゴリーに対しても同じだ。恋愛生活世界〉の合理化システム>化、突き詰めると、人間生殖、子孫繁栄、それに対してこれまでは、「恋愛」「愛情」というとても曖昧もの生活世界〉がそれを肯定していた。しか近代化が進むにつれて、それすら合理化する波が押し寄せてきている、しかしその合理化適応しきれない部分も存在し、それが苦悩や悩みと表象されている。<システム>化され、合理化が進んだ現代であれば、本来であれば、そこに恋愛という後押しが、「人間生殖、子孫繁栄」には必要でなくなるのだ。ただ、現状はその過渡期であるから、そこで私達は苦悩する。「敢えて<生活世界>を保全することによって発生する負荷/代償」というとわかりやすいかもしれない。今回のネタでもあるLOVE理論や、恋愛工学メソッドスクリプトは極めて現代であるのだ。理詰めされた戦略、整然としたロジック曖昧性を排除した合理的で、もっとシステマティックな、生殖へのアプローチ方法なのだ。それを「心のないロボット」と揶揄する人も多くいるだろうが、それは<システム化>された社会の行き着く先であることは否定できない。

僕達が信じている(あるいは信じていた)恋愛観など、欧米から輸入した価値観しかない。その押し付けられた恋愛観、一種の洗脳から開放されることは、非常に難しい。生まれた時から、その価値観を埋めつけられているからだ。人は環境規定されてしまう、一度規定されると、なかなかにその規定から外れることはできないし、規定され続ける限り、自身客観視することは非常に難しくなる。

からこそ、恋愛工学クラスタナンパクラスタ、が発生することは、合理化された社会では当たり前なのだ合理化が進んだ、<システム>化が進む恋愛市場への、一番合理的アプローチであり、社会への適応なのだから。もちろん、そのアプローチが時には、女性への迷惑行為になり得ることも十分に承知している。一種の危険性を孕んでいる事実は隠せない。しかし、それを頭ごなしに否定することは、それも全く違うのだ。「ナンパ・声掛け」とてもマイクロ的な事象を、もう2,3歩さがって改めて考えてみると、全体が見えてくる。<システム>化という波にのみこまれそうな恋愛生活世界>という具合だ。

僕はこんなことを考えながらナンパをしているのか、と改めてこのように文字に起こしてみると、新しい発見がある。現代病とくくれば、そうなのだろうけれど。

2015-04-14

http://anond.hatelabo.jp/20150413225943

個人的にはすごく同意するが、今の時代理解されない考え方だろう。

みんなデフレ社会適応しきって小さくまとまって生きる価値観に完全にシフトした。

世間というのは増田が考える以上に適応的なんだよ。元々多くの人は日和見主義だしな。



俺は昔新卒で入った安定高給大企業を速攻辞めて今はリスク高い全然違う仕事してるし世間サクセスストーリーみたいな成果は出てないけど、辞めて後悔したことは一度も無いし今の方が比べ物にならないくらい楽しいね。今度はアメリカに行くことになったんで、不安だらけだけど、また楽しいことあんだろなきっと。

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