はてなキーワード: 自死遺族とは
思いつく限りの気晴らしも試みたと思います
それでもぜんぜん気は晴れなくて、真っ暗闇の中でにっちもさっちも行かなくなっているのだろうと思います
ひとりになった瞬間にふっと消えたくなってしまうのだと思います
そんな夜を何度も何度も繰り返して、その度自分のことがますます嫌いになってしまっているのだと思います
人間ってのは案外鈍感な生き物で、そんな貴方のつらさに気付いてあげられないことがある
だからどうか一言、「死にたいほど苦しい」と伝えてはくれませんか
家族じゃなくても構いません
誰にだっていいのです
人間ってのは案外優しい生き物で、助けを求めている人間のことは必死に救おうとします
この世は綺麗な世界ではありません、どうしようもないことも沢山あります。人間の悪意というものも確実に存在します、しかし大多数の人間は案外優しいのです。これだけは保証します
「死にたいほど辛い」という真っ暗闇を経験した人間にしかない輝きがあります、それはとびきり美しい輝きだと私は思います。その時のあなたが語る言葉を必要とする人間がたくさんいます、私もそのひとりです
逆説的ではありますが、これを読んでいる貴方はもうこの世に絶対に必要な人間なのです
人間いつか死ぬのです、だからもう少しだけ、もう少しだけ生きてはもらえませんか
最後に、もし目の前にお酒があるのなら捨ててください。これは自死遺族の私からの切なる願いです
ここまで読んでくれてありがとうございました
たとえばとある自死遺族スレには、死にたい私が本当に言ってほしいと思わせるような言葉がたくさん書き込まれている。
これはあくまで傷の舐め合いであって、根本的な解決(果たしてこの苦しみに対して解決など用意されているのかわからないが)に繋がることはないと思うが、ひと時でもここまで心を軽くしてくれる言葉たちの存在は、決して小さなものではない。
同じ類いの苦しみを持っているからこそ、誰かのその傷をやさしくなでる術を知っている。
これは一種の療法として確立することはないのだろうかとさえ思う。専門家さえ居ないひとつのオンライン空間に、確かにその救いは存在している。自助・共助という言葉はかの総理大臣の発言として記憶に新しいが、まさしくこのスレッドの在り方こそが、それに最も近いのではないかと思う。
病院の匂いが鼻腔の奥によみがえる。正しく言おうとするならば、それは私の気道を確保した管の匂いであるかもしれないし、看護師の制服の匂いかもしれないし、大量服薬した苦々しい自分の口臭であるかもしれないが、それはひとまとまりに、自分が救われた病院の匂いとして強烈に私の記憶に残されている。
しばしば嗅覚は記憶を呼び覚ますと言われるが、記憶のほうが先に呼び覚まされ、嗅覚が再現されるという前後が正しいかもしれない。
家族に聞くところによると、私は部屋で無意識にのたうち回り泡を吹いていたそうだ。それは私の中でおよそ化け物のような姿に想像される。正気に戻ったあとには重い離脱症状が待っていた。息ができるのにできない。身体が痺れているのに痺れていない。藁にもすがる思いで看護師に助けを求めようとすると、酸素や心拍数の値は正常だからゆっくり呼吸をしてくださいと繰り返されるのみだった。1分が永遠に思われた。数時間はその状態だったと思う。ただひたすらな苦痛としか言いようがなかった。私はもうあのような地獄を味わう覚悟はない。
そういう死を超えていった故人を思い出すと、本当に切なく思う。死後の世界を信じるタチではないけれど、死は筆舌に尽くし難い虚しさであると思う。死は人間の想像をゆうに越えた概念であると思わざるを得ない。彼らはそんな場所へ到達してしまったのだ。
仮にも死を目前にしたため、毛ほども誇るべきことではないが、結果として私の共感性は周りの誰よりも高まったように思う。私はいまそのスレッドにかじりついて言葉を探すことしかできない。正直、これを今記しておかずしてどう生きていけばよいかわからなかった。乱文で申し訳ないし、思い上がりも甚だしいけれど、この経験が誰かを助くものになればいいと思う。
浴室干し用の除湿機を切り忘れたせいで室内はひどい暑さだった。昨朝干したバスタオルは水分という水分が奪われて干物のようだった。そんな浴室の天井に黒くて小さいそいつはいた。
私は虫が苦手だ、掴むことはできない。ホウキではたいて自分の頭上に落ちてきたらこのサイズでも少し怖い。シャワーで流してしまう手もあるがこんな手合いのためにせっかく乾いたこの部屋を濡らすのも馬鹿らしい。
後で殺そう
ベッドに腰掛けた私の顔の高さに張り付いていたので確実に目が(これが目なのか定かではないけれど)合った。
小さな前足をこしこしとこすり合わせ安っぽい賃貸のビニールクロスに張り付いていた。
こんな至近距離でクモを見たことはない、不思議と恐怖はなかった。
それどころか私のことを恐れる様子もなくマイペースに身繕いをするちいさなそいつを不覚にも可愛いと感じた。
ここ最近、何もする気が起きない。
仕事にはなんとか通っているがこの土日は家に引きこもっている、やれGOTOだと言われても外に出る気が起こらない。食欲もない、眠りも浅い、というか人と関わりたくない。つまり病んでいた。
引っ張られまいと気をつけてはいたのだけれど最近立て続いた悲しいニュースにかなりダメージを受けている。
私の母は自死だった、精神が不安定な彼女に長年振り回されたので亡くなったと聞いた時は正直安堵した。
それから最後まで身勝手なあの人に腹が立った、そして不器用な彼女なりに自分を愛してくれていたことに感謝した。
それでもまだ彼女に対する複雑な想いは拭えないけれど、私はついに誰にも縛られず自由に生きられるのだと思った。
それも長くは続かなかった。
この時勢、短期間で様々なことが起こりすぎて『何でどうして』を明確には語れないのだけど、とりあえず何もする気が起こらない。
ただ部屋でぼんやりとする時間が増えている、意味もなく涙が出る。ここ数週間それが顕著になってきた。ネットで調べてみると先ほどの状態を含め鬱のはじまりはこんな感じらしい
『だろうな』と思った。
理由は後述するがこの状況から抜け出したいという危機感はなかった。
私はずっと容姿にコンプレックスがあった、実際何度か顔にメスを入れた。
仕事をしつつ、自責癖のある母に悟られないようにやったので劇的な変化は望めなかったがそれでも元の顔に比べれば多少はマシになった。
身なりにも気を配った、歩き方ひとつも美しくあろうとした、親に教わらなかった最低限のマナーは本で学んだ。生まれ持った容姿をそんなことで補正しようとあがいた、所詮全て付け焼き刃だったが奇跡的に分不相応の異性と知り合えた時期もあった。
(母には捨てられるに決まっていると酷く嘆かれた、実際長くは続かなかった、それ以来彼氏はいない)
とにかく今の自分の生き辛さのすべての原因は自分が馬鹿で醜いからで、配られたカードを最大限生かし切ることの出来ない己のせいだと自分を責めた。
一番にはなれなくても”普通”になりさえすればきっと人並み程度の幸せが手にできると盲信していた。
みんながうらやむような華やかで素晴らしい人生を送って欲しかった。そんなものはエゴだと分かっているけど。
あんなに美しい人たちが、私にとって雲の上の美しい人たちが、多くの人に愛されるあの人たちが、母と同じような死に方をする、信じたくなかった。
母の遺品を整理した時、古いアルバムを見つけた。若いころの彼女は客観的に見てもとても美人で可愛らしかった。
精神を病んでしまった晩年はそれはそれは酷い顔だったと記憶しているけれど、写真に写る彼女はキラキラ輝いていた。
学生時代は多くの異性に言い寄られたという武勇伝はあながち嘘ではないんだろう、なんで私は母に似なかったのかと亡き父を恨んだ。
しかしこれほど愛らしい容姿を持って産まれた人間でも決して幸せにはなれない。あんな酷い最期を迎える。
うまく言えないのだけど自分の信じてきたもの、アイデンティティがそこで崩れてしまった。
最近のその想いが否応なしに強まった。
TLに流れてくる生前の美しいあの人たちの姿を見ると在りし日の母の笑顔を重ねてしまう。
私は人と上手く人間関係を築くことができない。
親友と呼べる人はいない、親戚とは疎遠で母以外の身内もいない、彼氏もいない、先述した通り無条件で愛されるような容姿もなければ、以前のように愛嬌を振りまく気力もない。
最近はとても口が悪くなっている気がする、まるで晩年の母のようだと思う。
このまま自分も母と同じ道を辿るのだろうと考えることが多くなった。
母はあんなめちゃくちゃな状態になりながらも子供のことは愛していた、彼女の残した日記には私を一人遺しては逝けないという想いが書き殴られていた。(それを読んだ時あまりに生きることが不器用なあの人を哀んで泣いた)
ただ私には誰もいない。この状態を抜け出したいと思えない理由はこれだ、私にはこの世に未練がない。
強いて言えばこれまで恥ずかしくて書けなかったファンレターを推しに一通だけ書きたい。置かれた状況も、身の上話も一切書かず、ただお礼を述べたい。
あとは身の回りの整理
こんな生活感丸出しの部屋を人に見られるのは嫌だ。それは私の最後の美意識というか、最後の最後まで人に本音を見せることのできない人間の悲しい性なのだと思う。
だからこの土日で部屋を整理しようと試みた
私は虫が嫌いだ。なので部屋に観葉植物は置いていない。(以前はあったが水受けの皿に黒いあいつの死骸があったことがトラウマでそれ以来置いていない)
切り花を飾った時期もあったけれど日々しおれていく花を見るのが悲しくて辞めてしまった。
だから今、私の目の前でぴょこぴょこと動くこいつはこの部屋で私以外の唯一の生き物だ。
いや、ダニやノミだって生物なので厳密に言えば間違った認識なのだけど、私の目に見えないものはいないことと同じなので、やはりこの部屋にいる生き物は私とこのクモだけなのだ。
そう思ったらこいつが無性に愛おしく感じた、そして自分はなんて寂しいやつなんだろうと今度は己を哀れに思った。
こんな私の部屋にやってきてくれた小さな客人、彼(彼女?)は大人なのか、赤ちゃんなのか、そもそも本当にハエトリなのか、もしかして成長して私の世界で一番嫌いなあいつをモリモリ食べてくれる軍曹なのか(このネタが分からない人は「クモ・軍曹」で、ググってほしい)、皆目検討もつかない。調べようかと思ったけれど画像が怖いのでやめた。
今は床に散らかしたままの服や下着に囲まれこの文章を打っている。
さっきまで部屋中央の照明のあたりにあいつはいたはずなのだけど今はその姿は見えない。多分エアコン付近の死角にあたる場所にいるのだと思う。こいつはずっと動いている気がする。
あの小さなクモの方が数十年生きている私なんかよりよっぽど強くて生きるのが上手だ。
よく見たら造形もスタイリッシュだし、目(?)もくりっとしていて結構可愛い。
どうも彼らの多くは無害で虫を食べてくれる益虫らしい。
負けている。私なんてクモより役立たずで、クモよりずっと醜い。あんなに美しくなりたかったのに虫にすら負けた。
もともとマイナスだった自尊心だけどまだ底があった。笑うしかない。
元気が出たので散らかった服をゴミ袋につめこんだ、死ぬ前に出したい推しへのファンレターの下書きをした。(思いの丈を書き散らかしたらめちゃくちゃ長くなってしまった、どうしよう)
あとはこれまで集めたグッズを価値のわかる人に譲らなければいけない。
せめて死ぬ前に荒れた肌を直したい。髪を染め直したい。ベリーショートにしてみたい。健康問題と思われたくないからジムも再開しとこうか。
のどぐろを食べてみたい。寝台特急に乗って一人旅をしてみたい。全く理解出来なかったテネットをもう3回くらい観たい。
そういえば推しの出演作も来月に控えている、
ああやっぱりグッズを手放すのが惜しい、服もまだ捨てるの勿体無いかも、他にも何かあったかな、多分ある。
この文章を打っている途中は死ぬことしか考えていなかったのだけど私にはまだ未練が山ほどあった。
自分の根幹に関わる重大なことから先延ばしにしていたことしょーもないものまで山ほどあった。
これは母の自死までをリアルタイムで見た自死遺族としての経験則だけど、死にたい衝動は長くは続かない。希死念慮と自殺衝動は違う、後者は発作のようなものだと思う。
その瞬間にたまたま悪い条件が全て揃ってしまうと最悪の結果をもたらしてしまう。それを本人の意思で止めることは難しいし、周囲の人間が止めることはもっと難しい、本当に難しい。
逆を言えばその一瞬踏みとどまればいい、ほんのささいなきっかけで命は繋がるのだと思う、例えば小指の爪ほどの小さなクモ1匹の存在でも。
事実私はこいつに現在進行形で救われていて、今は部屋の隅っこで泣きながらこの文章を打っている、病んでいる。やっぱり病院へ行こう。まだクモの姿は見えない。
私は虫が苦手なので、これ以上君が大きくなったら同居はできないかもしれない。けれど絶対に私は君を殺しはしないから安心して欲しい。
些細なきっかけで人は死ぬ、些細なことで人は生きる。けど結局人はいつか死ぬしこの世は碌なものではないという考えはもう私の心に根付いてしまって、これを変えることはできない。
このまま鬱が本格的に悪化して今度は本当に死にたくなるのかもしれない。そればかりはわからない。
母と同じように首に縄をかける瞬間が来たら、私は天井を見上げるとおもう、見上げたいと思う。
ちいさな友人を探すとおもう、縋るとおもう、さよならの挨拶をするために君を探すとおもう、その時に今日のことを思い出して最悪の条件が揃わないことを祈る。
死んでいいタイミングなんてない、私には未練がごまんとあるのだ。
>ただただ、寝ても覚めても死ぬまで自動的に謎解きを強制され続ける、これが自死遺族の宿命なのだと感じている。
>どれだけ言葉を交わしても解消できない圧倒的な断絶、それが可視化されたものが自死なのだろう。
私は自分から放棄し、突き放してしまったので後悔だけが残る。なぜ私は父を突き放してしまったのだろうか
最後まで寄り添ったことがなかったように思う、自分で精一杯なことを理由にずっと父から逃げていた。
でもきっと死ぬまで後悔し続け、父のことを考え思い続けて生きていくと思う。
三浦春馬は少なからずファンで、初舞台といくつかの舞台を観ている。
去年の罪と罰は、震えた。あのナイーブな青年は、あの時の三浦春馬だからできたのだろう。
本当にありがとう。また、別の形で戻れたら見せて欲しい。
今から3年ぐらい前に、自分の人生の幕を自分で下ろした人がいた。
家族はもちろん、仲間やファン、多くの人が悲しみ、辛い思いをした。
一ファンだった私自身は、悲しい、より、寂しい、より、どうして、なんで、と頭が追いつかなかった。
しばらく、ぼんやりとした時を過ごしていたように思う。
お葬式の映像すら、なにかのフィクションのようにどこか遠く感じていた。
私が麻痺した感覚を取り戻したのは、彼の仲間が活動を再開した時だった。
誰もがその空白の中に彼の幻想を見る。
こんなに辛いことがあるだろうか。
今でも彼と彼の仲間が歌った曲を聞くし、それ自体は生活の一部で変わりがない。
でも、いつまでも彼だけが新しくなることのない写真や動画を見つめ続けるのが辛くて、最近は少しだけ離れはじめていた。
昨日、この一連の流れを思い出すような出来事がニュースとなった。
立場は違えど、自分の人生の幕を自分で下ろすということ、その本当の理由なんて本人以外には絶対にわからない。絶対に、だ。
自死遺族は、自分が追い詰めたかもしれない、自分が救えたかもしれない、このふたつの想いで苦しむとどこかで読んだ。真相が永久にわからないから。仮に遺書があったとして、それだって、100%本当のことなのかわからない。それがわかる人は、もうこの世にはいない。
ファンは、彼らの人生に本当の意味で深くは関われないけれど、遺族と同じような心持ちになる人だっているはずだ。ファンという存在が追い詰めたのかもしれない、とか、ファンという立場ながら何かできることはなかったのか、とか。
考えても仕方ないし、時は不可逆なのに。
きっと今、あの時私が感じた虚無を感じている人が沢山いるんだろうと思う。
たぶん、まだまだ気持ちは追いつかないだろう。人によってそのスピードは違うから、周りのことを気にしない方がいい。結局自分しか、その悲しみにも苦しみにも向き合えない。
生きていてくれたらそれだけでよかったのに、というのも遺された者のエゴで、その、生きている、こと自体が難しかったから幕を下ろしてしまうのだ。
それでも、生きていてくれたらそれだけでよかったのにと、三年経った今でも勝手に思うし、昨日の出来事にも同じように感じている。
せめて、安らかでいてほしい。すべての辛さから解き放たれて、二度と上がらない幕の向こうで、どうか、あたたかく笑っていてほしい。
私は自死遺族だ。
三浦春馬が抱いていた心情について、彼とは何の縁もない私が思索をめぐらせ言及すること自体が無意味で、そして罪深いことは重々承知である。取るに足らない下世話な憶測だ。
彼や彼の身内にとっては迷惑千万だろうが、それでも遺された大多数の人間のうちのひとりとしては、考えても無意味なことを、無意味だとわかっていても、あれやこれや考えてしまうことを止められないのだ。
私は自死に賛成も反対もしないし、これから自死する人、既に自死した人を責めもしない。
だから、できるだけ自分が、そして自分以外の誰かが自発的な死に向かわないようにするにはどうすればいいのか、少しでも手がかりを得たくて、考えてしまうのだと思う。
三浦春馬の場合、「順風満帆な実力派人気俳優」としてのパブリックイメージと、起きてしまった事件との落差が人々に強い混乱を与えている。
理屈をつけて納得しようにも、傍目には原因が見当たらず、どうにも事件へと結びつかないのだ。
一般視聴者も、親しい共演者でさえも、彼以外の誰もが「どうして彼が?」と首を傾げている。
彼は仕事に対して真面目に繊細に取り組み、関係者からの評判も非常に良く、子役から始まったキャリアには一切の不祥事がないそうだ。
前日まで自分の仕事を淀みなく全うし、死してもなお彼を悪く言う者は一人もいない。
命尽きるほど衰弱していたはずなのに、誰にも弱さを悟られることなく、彼は彼を演じ切ったまま終わってしまった、そんな印象すらある。
憶測の域を出ないが、彼は「三浦春馬」を維持することに疲れてしまったのではないだろうか。
周囲が彼の機微に気付けなかったのではなく、彼が周囲に心を許していなかったわけでもなく、ただ彼が、彼自身の最奥部に、誰ひとりとして立ち入らせるつもりがなく、そのまま生涯を終えてしまったのではないか。
立ち入らせることをしない、あるいはしたくてもどう頑張ってもできない、そういう人物だったように思えてならないのだ。
遺書があるという。遺書に何が書かれているのか現時点では知らない。けれどおそらく知ってもあまり意味はない。
遺書にある内容も、公表されても構わないと彼が判断した一部の心情に留まっており、きっと本音のすべてが曝け出されてはいないのだろう。
彼が何に苦しんでいたのか?
彼が何を求めていたのか?
真実は彼の中に閉ざされ、二度と開かれることはない。
それは永遠の謎として、遺された者の前に立ちはだかる。
親を喪って数年が経ったある日、遺された私にできることは「永遠の謎と、無意味に向き合い続ける」ただそれだけだと悟った。
別に向き合いたくはない。正直やめたい。向き合い続けたところで得られるものは何もない。
ただただ、寝ても覚めても死ぬまで自動的に謎解きを強制され続ける、これが自死遺族の宿命なのだと感じている。
過去に戻って何度やり直しても、心中を明かされることはおそらくないだろう。明かせるような人ならそもそも死を選ばなかった。自死は必然だったと認める他ない。
しかしそれは特別なことではなく、相手と死に別れた原因が何であろうと、仮に相手と生き別れていようとも、内面すべてが明らかになる機会などなく、結局他人の考えていることなんて本当のところわからないのだ。
どれだけ言葉を交わしても解消できない圧倒的な断絶、それが可視化されたものが自死なのだろう。
彼が表現者として遺した素晴らしい創作物への称賛を送りつつ、遺された人たちの哀しみを憂いつつ、これ以上の憶測は野暮だと反省しつつ、私は自分に課せられた謎解きに戻りたいと思う。
三浦さんのファンだったわけではないけれど、ドラマに出ていればかっこいいなあと素直に思うくらいには好きだった。
訃報を知って泣くくらいには好きだった。
三浦さんではないけれど、自分にも好きな俳優さんはいるので、三浦さんのファンの方の悲しみは計り知れない。
ただただ、三浦さんのご冥福をお祈りします。
本題。
しかし、不意にやってくる、数年前に亡くなった妹関連で未だに怒りが湧いてきて、どうにか発散しようとネットを開いたところに、三浦さんの訃報を目にして心が完全にひしゃげた。
もう今日は使い物にならないだろう。
妹は数年前に自殺した。
なんとなく、確証もなく老後2人で縁側に座って話してるのかと思ってた。けどそんなことなかった。
殺人や事故だったら殺した犯人を憎めたけど、自殺は殺した犯人も被害者も同一人物だから憎しみも悲しみもごちゃ混ぜになる。
今でも妹のことを思って泣くことはあるし、体がだるくて動けなくなる。
その他色々、本当に色々、大袈裟にではなく、自殺の前と後では生活、性格、人生の全てが変わる。
本当に自殺は最悪だ。
序盤に書いたが、妹の自殺について、私にとって悲しみよりもずっと残るのは憎しみだ。
ずっと妹のことを思って泣いていたかった。
けど、醜く心に残ったのは怒りの方が強かった。
そして怒りの感情の方が長く残る。
死んだ妹に対して怒りはない。
自殺なので遺書もまああったが、正直なところどう思ってたのかなんて、誰にも分からない。
何故死んだのか、何故私に言ってくれなかったのか、とかはもういない人間に対して怒るのは疲れた。
私が憎い相手は2人いる。
1人目。妹の友人。
妹は母親が嫌いだった。
私は特に好きでも嫌いでもなかった。
なので妹の意見には同調できなかったが、妹の友人(Aとする)はそんな妹の気持ちをわかってやれたらしい。
それでもこのメールは見せないでくださいとか、私だけが妹のことをわかってる、みたいなそんな内容だった。
葬式にもAは来た。
私は受付をしていて、両親が参列者の相手をしていた。
妹に対しての、学生時代の旧友がくれた手紙などはあったけど、母親に対しての手紙。
嫌な予感がして母親から取り上げると、妹が母親を嫌っていたことがつらつらと書かれていた。
注釈しておくと、妹は母親を嫌っていたが、母親は妹のことを格別嫌っていたわけではなかった。
なので、妹の死に対して本当に母親は悲しんでいた。
私は親元を離れて暮らしていたので話に聞く程度だったが、会えばいつも泣いていたし、葬式でもずっと泣いていた。
そんな母親に対して「あなたの娘さんはあなたのこと嫌ってましたよ」なんて手紙を渡すか?
妹は嫌いだったかもしれないけど、私はそんなに嫌いでもない母親だ。
妹の遺品を整理して、妹の葬式の準備をして、毎日妹の死に触れて、妹が二度と帰ってくることのない実家に暮らしている母親に対して、葬式に来ただけの人間がそんなことするか?
本当に腹立たしかった。
手紙を渡すだけ渡してAはさっさと式場を出たらしい。
本当に憎らしかった。
妹の葬式に行くこと、母親に手紙を渡そうとしてることなどツイートされていて、憎しみが重なるばかりだった。
憎ければ見なきゃいいといえば本当にその通りだ。
本当に本当に憎い。
Aは愛しき友人のために、憎き母親へ一矢報いていい気分だっただろう。
Aにとって母親は、死んだ妹の仇敵だったけど、母親は私の母親でもある。
恨みつらみの手紙を送られて、精神に異常でも来たして後遺症でも残したらどうするつもりだったのだろう。
フィクションなら友人の復讐を遂げられて良かったかもしれない。
けれどここは現実だ。
Aにとっては自身の物語の重要な登場人物だった妹の仇をとって満足だっただろうが、モブの私や母親にも物語がある。
モブだと見なされた人間もちゃんと生きて家族がいて仕事があって人生がある。
妹が死んだ後のエピローグは最悪だ。
その患者は妹が亡くなったのとほぼ同じ年齢だった。
それだけでうわっと思ってた。嫌だなと思ってた。
カーテンを開けると、その患者はもりもりとご飯を口いっぱいに含ませ食べていた。
はあ?と思った。
けれど、それだけで、ふつふつと怒りが湧いてきた。
指導者が話しているのを横で聞いていただけだったが、ずっと私はその患者が憎くて睨んでいた。
なんで妹は死んだのに、お前は元気に生きて飯食べてるの?
別に妹のことは直接関係はない。本当に理不尽だし、本当は生きてて良かったと思うべきである。
しかし私は今でもあの女がもりもりと飯を食べている姿が脳裏に焼き付いて憎い。
私はそんなに人を憎まない性格だった。と思う。
Aと比べて、私や家族が何かされたわけではない。
けれど妹が死んで、生きている人間が不意に憎たらしく思うことが増えた。
認知の歪みだと思う。
自分でも理不尽だとわかっているけど、感情がそう思ってしまうのだから、どうしようもないのだ。
妹は見つけた時もう死んでいたのに?
妹は初めての自殺行為だったのに?
妹は死にかけた朝にご飯を食べることもなかったのに?
考え出すとぐるぐると、どうしようもない。
認知の歪みがわかっていても矯正することもできず、顔も覚えていない相手に今日まで怒りを抱いてしまう私がいる。
自殺は全てを狂わす。
不幸の行き着いた先の選択だ。
深く関わりがない、知っているだけの人間ももれなく全員不幸へ道連れにする最悪の選択だ。
正直、当時の動機ー努力不足由来の将来悲観や経済苦、働き方への苦痛ーへの対処法や相談先は調べ尽くした。
対処は不可能ではないと感じている。寧ろ、追い詰められている方への相談先紹介やちょっとした助言はできると自負する。
私は世界の支配者側に搾取されるために生かされている。そう感じると、逃避と反逆をないまぜにして死にたくなる。
宗教や法で自殺を禁じたり防ごうとするのは、奴隷が減ると社会の運営が滞るためだと思う節もある。
もっとも、反逆は生きてこそ為せるかもしれないので生き延びてナンボかもしれないが。
そして、表現規制で年々制限が厳しくなり、エンタメはじめ種々の表現媒体、言論表現、デモやら団体行動への縛りが厳しくなっている。
物語をこよなく愛するオタクの私は、物語が滅んでいく世界に楽しみを見出せない。
政治家を応援し、社会運動にも参画しているが、状況の劇的好転は見込めない。そして今の私個人ではどんなに声をあげても誰の心にも届かない。
どうすれば、自らを奴隷と自覚した状況でも、絶望的世相の渦中でも生きる意欲は湧くのでしょうか?
最後に
自殺対策に尽力する方々には、先述の奴隷が減る困るといった意図がないことは承知しています。当事者の幸福と自死遺族の負った心身・生活の困難の緩和に手を尽くす関係各位には敬意を表します。
友人が自死して3年以上が経った。
自死遺族、という単語を知って調べてみたけど、「自死遺族」に対する心のケアは載ってても、「自死した友人を持つ人」へのケアは全然載ってない。
本当に手を尽くしてそれでも助けられなかったパターンが多いのは承知の上で言う。自分のパターンは、間違いなく「家族に追い詰められて自死を選んだ」タイプなのに、どうして世の中は「自死遺族」のフォローばっかり求めるわけ。
友人がめっちゃ頑張って貯めたお金、「妹の大学の入学金に充てさせて」って奪い取って、未来への希望奪ったの親と妹。家庭内暴力をふるっていた兄弟。なのになんで被害者ヅラすんの?ふざけんなよ。
死んだことも隠して、こっちがありとあらゆる手段で連絡してやっと亡くなったってこと言ったよな。急死だって嘘ついて。twitterに遺書残してんのに。
それでこっちが友人母にお線香をあげさせてほしい、伺うのが無理ならお墓の場所だけでも教えてほしいってメールしたら、「私たちのことはそっとしておいてください」ってまた被害者ヅラ。ふざけんなよ。お前たちより、私たち友人のほうがずっと彼女の価値を認めてずっと大切にしてきた自信あるわ。大切な友人を、友人の家族に奪われたんだよ。被害者ヅラしたいのはこっちだよ。あんなクソ家族捨てて、私とルームシェアしようって無理にでも逃がしてあげらればよかったって、ずっと後悔してるわ。
でも世の中は「自死遺族は『なぜ助けてあげられなかったのか』と傷ついているからそっとしてあげよう」の一辺倒。ふざけんなよ。もう何回「ふざけんなよ。」って書いたか覚えてないわ。めっちゃ理不尽だわ。ずっと彼女のお墓にお参りすらできないって苦しみながら生きろっていうのかよ。自死遺族はいいよな、彼女の遺骨の前に手をあわせて「ごめんなさい」って言う機会が設けられてて。私たちはその権利を剥奪されてるんだぜ。こういう時どこに相談したらいいんだよ。
前の仕事を辞める前の一年くらい、通勤時間や余暇は、ひたすら自死遺族のブログを読みあさってた。
ブログ村のランキングを上から順に辿っていた時もあるし、「自死遺族」「ブログ」で検索してヒットしたブログを上から辿っていた時もあった。ただ必ず、一つのブログにつき、一番古いエントリから最新のものまで全部通して読んで、読み終わったらまた次のブログに行く、みたいな読み方をしていた。
発見当時の現場の様子を克明に書き綴る人もいれば、会いたいとか後悔しているとか、ポエムのような言葉の羅列を数行ずつ書き綴る人もいた。徐々に徐々に内容が変わっていく人もいれば、何年も何年も同じことを繰り返し書き綴っている人もいた。
ただどのブログも、終わるときは突然、ぷっつりと更新が途絶えていた。
こんなところを読んでいる人なんかいないだろうけど、って書いてる人たくさんいたけど、読んでたよ。毎日読んでたし、更新待ってるブログだってあった。
弊社では休職している人の社会保険料を立て替えておいて、復職した時に返済をお願いする方式をとっている。
私がその担当なので返済をお願いしにいったのだけどその時「今から死にますから保険金で返済をお願いします」と冗談を言われた。
本人にとってはほんのブラックジョークのつもりだったんだろうけど、私は父をまさにその方法で亡くしているから思い出してしまった。もう思い出すことはあまりないけど、こういう時に改めてズドンとあの日に戻されてしまう。
自殺者は毎年3万人程度発生するから、その遺族だって毎年10万人くらいいるはず。あまり聞かないと思うけど(そもそも言わないし)、意外と身近にいるから、あまりそういうことは言わないでほしい。
悪気のない冗談に本気で傷ついてしまったとき、どうすればいいんだろうなぁ。
つらい
何で、生活の糧を得るのか。
食っていこうが、何をしようが。
欝病になって、自殺に走ったらどうしようという恐怖心が強い。
健康な身体がなければ、生きていても、無駄だよねみたいな極端な思考に陥る。
人には、死ぬ死ぬって言ってる人は死なないみたいに、言われて、傷つく。
いやほんと。
世間に出ているだけでも充分なのではって。
ほんとに、辛いってことが、言えなかったんだよな。
悲しい。
自分でも、深い深い悲しみに囚われないようにと、表面上とりつくってきたのに。
そのことを他の人は分かってくれない。
親戚や家族でも、伝えようがなかったりする。
かといって、自死遺族会へ足を運び、世の中には、こんな...悲しみあるのかっていう。
中には、半分実名みたいなハンドルネームで、辛さを書いている人もいるようなのだけれども。
元増田と増田と、どっちの言ってることも正しいし、わかるんだけど、
「無駄」ってことはないと思うなー。
自殺の可能性のある人を声掛けで助けようなんて、網で水を救うようなもん。最悪その「声掛け」が自殺に繋がることだってある。
「無駄だから気に病むな」ってんなら同意するけど「無駄だから何もするな」ってんなら違うと思うね。
ガン患者を治せる家族はいないけど、末期ガンじゃなけりゃ医者に通えば寛解するだろ。
うつ病も同じ。ただ、ガンと違うのは、孤独だとうつ病は治んないってこと。
後悔するかもしれん人に、「出来る事はあるよ」って言いたかっただけだろ。
自分自身自死遺族だから無駄ってのはわかるし、自死は寿命って僕は思ってる。
出来る事があっても、家族にその余力がないのが大半の現実だと思う。
けど、出来る事があるケースもあるよ。