はてなキーワード: デビルマンとは
両親は共に49歳。書籍の書庫と漫画だけの書庫が1部屋ずつあるぐらいの本好き。
子どものころから姉と漫画の書庫に入り浸って片っ端から読んだ。
その中から、昭和の漫画で面白かった記憶のある作品を30作並べた。
作者が重複しないようにしたので、純粋な「最強順」ではない。
あと、30作並べた段階で、本当に昭和の作品なのかを確認したところ、完結が平成にかかっていたとか、よく考えてみればまだ連載中だったとかいった作品が4つあったので、昭和で完結した作品を4つ足して計34タイトルになった。許せ。
最初は父と母のどちらの蔵書かも書いていたのだけど、ごちゃごちゃするので省いた。
要はhttps://anond.hatelabo.jp/20220510105802の便乗だが、記憶をたどり、本当に昭和の作品かを確認するのにえらく時間がかかった。
32 きまぐれオレンジ☆ロード(まつもと泉)
30 闇のパープル・アイ(篠原千絵)
22 はっぽうやぶれ(かわぐちかいじ)
19 僕の唄は君の歌(柴門ふみ)
作者しばりで入れなかったもの
・愛のさかあがり(とり・みき)
作者のウェブサイトが見つかったのだけど、どうやら連載は昭和のうちに終わったものの、単行本は平成になってから出たらしいので除外した。
http://naomipro.com/manga-archive/asasuzume/
父と母が付き合ったきっかけがこの漫画って聞いた。確かにめちゃくちゃ面白いんだけど(実はヤヌスの鏡よりも好き)、こっぱずかしいので除外した。
【追記】
元ネタに合わせて1万冊のままにしたけれど、たぶん1万冊まではない。
【追記2】
父が母におすすめの少女漫画を尋ねて、母が「金と銀のカノン」を貸したらドはまりして、それから本の貸し借りを頻繁にするようになったらしい。
①大友啓史
②園子温
実写化代表作:新宿スワンシリーズ、ヒミズ、TOKYO TRIBE、みんな!エスパーだよ!
③福田雄一
実写化代表作:銀魂シリーズ、変態仮面シリーズ、今日から俺は、斉木楠雄のΨ難
④三池崇史
実写化代表作:殺し屋1、土竜の唄シリーズ、ジョジョの奇妙な冒険、テラフォーマーズ
⑤金子修介
実写化代表作:デスノートシリーズ、あずみ2、神の左手悪魔の右手、プライド
⑥佐藤信介
実写化代表作:GANTZシリーズ、アイアムアヒーロー、いぬやしき、キングダムシリーズ、BLEACH
⑦曽利文彦
⑧佐藤東弥
⑨英勉
実写化代表作:あさひなぐ、東京リベンジャーズ、映像研には手を出すな!、お粗末さん、賭ケグルイ
実写化代表作:約束のネバーランド、僕だけがいない街、ROOKIES、春待つ僕ら
⑪清水崇
⑫武内英樹
実写化代表作:のだめカンタービレシリーズ、テルマエ・ロマエシリーズ、翔んで埼玉
⑬三木孝浩
実写化代表作:ソラニン、僕等がいた、ホットロード、アオハライド
⑭堤幸彦
実写化代表作:20世紀少年シリーズ、BECK、金田一少年の事件簿
⑮山崎貴
実写化代表作:寄生獣シリーズ、ドラえもんシリーズ、ドラゴンクエストV
実写化代表作:海猿シリーズ、逆境ナイン、ワイルド7、暗殺教室
⑰新城毅彦
実写化代表作:僕の初恋をキミに捧ぐ、Paradise Kiss、四月は君の嘘
⑱那須博之
ぼくのエリ→知らない
でもみんな見てるんだ、びっくり
普段話題にする映画といえばZ級サメ映画や実写デビルマンや邦キチが好むようなクソ実写、
元ネタ、○○(グロやホラー主題じゃないオサレ映画)じゃん!タツキってほんと天才だな~!とか言ってるの
なんか勝手に、ああそうなんだ……君らそういうのも教養として押さえてるのね……って凹んでしまった
タツキの漫画がじーんと心に沁みることはこれからもないんだなと思った
ルックバックの時は京アニが下敷きにされてるっていう「文脈」が読んでる最中に理解できたから少しはそういう感覚があったけど
タツキが「長門は俺」というHNで活動していたことは知らなかったし
一行目に挙げたようにあの映画は知らないし
何よりオタクのくせに絵を描かないし
俺は分かってるぞ面ができる側になれなかった
タツキの漫画は創作物をたくさんインプットしてるクリエイターのためのオサレなポプテピピックみたいなものなんだな
でもよ!
皆が知ってるクソ映画であることが、この世で最もクソな映画であることなんて意味しねえだろ??
トップバリューがクッソまずいことは日本中の皆が知っているだろうけどよぉ!
どっかの家のカーチャンが作ったもっと不味い食い物は誰も知らないけどよぉ!
それでも、その中間に「クソを嗜む界隈の連中の間では知名度の高い、ちょっとマニアックな超絶クソ」がいくらでもあるはずだろ?
大抵の世界には!
それを差し置いて「クソさの知名度」を最優先して「純粋なクソさ」を蔑ろにしていくのってあまりにやってることが偽物すぎるぜ!
そのクソさを俺はまずクソだと大声で叫びたいんだ!
こういうやつが「令和のデビルマン」とか言ってるんだろ。
挙げてる作品がどれも話題になった有名作かシネコンでやってる映画ばかりじゃねえか。
「映画を全部見せろ」みたいなオーバーな表現も、SNSで育った幼稚な感覚みたいだ。
スイスアーミーマンすら見てない奴が何寝言言ってんの?ちなみに至る所で妄想オチをアピールしてるイヤミな映画だよ。
何が「去年の続編は見てないなあ。見たほうがいいかな、見ようかな」だよ。
露骨に「損得勘定で」、映画をみるかみないか打算してるじゃねえか。
こういう文章から漏れ出てる本音が、自分では見えてねえんだな。
お前は「自分の目で実際に映画を見て判断する」人間じゃねえんだよ。
誰よりも損得で動いてて、誰よりも他人の事前評価が必要なくせに、鈍感だから気付いてねえアホなんだよ。
「自分の目で見て判断する」んなら、映画館にいって「たまたま時間が合った映画だけを見る」とかしろよ。見る映画を事前に選んでんじゃねえよ。
世のオッサンなんて、そうやって映画を見るやつが腐るほどいるぞ?
それで5本見たところでたかが1万だぞ?ギャンブルだ何だ言うなら、種銭として安すぎて泣ける額だぞ?
そんなこともできないやつが「映画全部見せろ」とか言って、配給会社を、他人様を「クソ呼ばわり」してんじゃねえよ。
「自分で名前を挙げた映画」すら全部みるつもりがない、見れないザコが何を言ってるんだマジで?
配給会社は必死で仕事してもお前みたいなカスに罵倒されるとか、どんだけ哀れなんだよ。
文章ではいくらでも嘘を書けるからって、他人に迷惑をかけるのはやめろ。
だいたいお前が見たいものなんて、パパが契約してくれたネトフリを垂れ流してりゃ済むものばかりじゃねえか。
何が「2000円を賭けての大博打」だよ。小遣いだろ、それは「お前の金じゃねえ」んだよ。
デビルマンVSシレーヌの空中戦なんかは結構スピード感あって悪くなかったし
まぁ、俺もそこしか褒めるところ思い出せないんだけど
現実にはもっと「途中で見るのやめちゃう」映画がかなりあるんだけど
デビルマンはなんだかんだ最後まで見ちゃったから俺の中で「うーん、これはワースト」ってほどじゃない
つまんなさで言えば同年のキャシャーンのほうがつまんなかった
今話題の『大怪獣のあとしまつ』を観てきた。というか宣伝を頑張っていたので土曜に見た。
今や『大怪獣のあとしまつ』は令和のデビルマンだのどうのこうの、「クソ映画」として各所でぶっ叩かれまくっているのは皆さんご存じだろう。
でも、正直そうやって叩くのをやめて欲しいのだ。別にこの作品に限らず。
とはいえ、誤解しないで欲しい。私は映画館で上映される映画を見ている間、映画をつまらないとは別に感じていなかった。
皆さんの感想を見てこの映画の感想は「つまらない」に決定したのである。
私は例えば最近の映画だと『呪術廻戦0』と『コンフィデンスマンJP』の新作を見たが、これについては「面白い」と判断している。
別に、『大怪獣のあとしまつ』と『呪術廻戦0』を映画館で観ている時の私個人の情動の動きは大して差異はない。
ただ、レビューで面白いと評判のいいものはものは「ああ、やっぱり面白かったんだな」、と思うし、みんながつまらないつまらないと言っていたら「あれはつまらなかったんだな」と思う、それだけの話である。
どこが面白くてどこがつまらなかったか、などという核心的情報がネットに無料で転がっているのが現代の良い所だ。
私は映画は週に1~2本は劇場で観るようにしているし、大体のメジャーな漫画雑誌は買っているし、本などは結構見る方だが、全ての作品に対して、その方式で自分の感情と作品への評価をコントロールしている。
感想がネットにないような作品も多いが、その場合については「何も感じていない」というのが私のスタンスだ。
基本的に例外はない。SNSに書いてあるみなさんの感想が、私の感想である。私は現代人として胸を張ってこれで良いと思っているし、私のような人間も多いと感じている。
つまり何が言いたいのかというと、皆さんが「つまらない」と言うと、私の映画体験が「つまらない時間を過ごした」ということになってしまうからやめて欲しいということだ。
作品が面白いかつまらないかを決めるのは私や作品ごときではない。みんなの感想だ。
逆説的に言うのであれば、みんなの感想が「面白い!」だけであればその映画は面白い映画なのだ。
作品というのは調理されていない原材料のようなもので、みんなの感想という味付けがあって初めて完成するのが現代である。
皆さんがつまらないと感じたものをつまらないと叫ぶ行為は、即ち味付けの段階でドパドパと唐辛子を思いきり振りかけるような行為なのである。
というか、世の中の人間は100人いたら90人は、私を含めて1人では作品が面白いか面白くないかなどわからないのだ。
作品のどこが良かったか、どこが悪かったかを単独で感じることができる人間は稀である。
そういう、何かを感じることができる特別な人達は、私のような凡百な人間のためにも、どうか「面白い」だとか「どこが良かった」だとか、そういう感想だけをばら撒いていただきたい。
書いた増田です。
深夜のテンションで書いて放り投げるように投稿したため、観てくれてる人、感想が多いことに驚いた。
そもそも俺は一連の文章を、「自分の言いたいことを言葉も選ばずにぶちまけてる」つもりで書いていたので、むしろ読んだ人を怒らせるだろうな、と思っていた。そうでなければ匿名サービスを使わない。
が、感想を見させていただき、嬉しいコメントもあるなか、「2001年宇宙の旅と同じくらい退屈」というフレーズに批判があることに、驚いた。
驚いたと言うのも、自分のアホさ加減にだ。
その一つ前の例えが映画とは関係なかったために、同じジャンルで揃えようと持ち出したが、この作品を退屈だと思ったのは俺個人の感想であり、それを持ち出した挙句にデビルマンっていうのどうなのよというのは自分でもかなりおかしい。自己矛盾を起こしていて説得力がガタ落ちしている。
これに関しては顔から火が出るほど恥ずかしい思いだ。同じ穴のむじなだ。
一連の文章において、「そもそも言葉を選んでないから人が傷つけられて不満がくるのは仕方ないな、覚悟しておこう」とは思っていたが、これに関しては別だ。怒らせても仕方ないと思っていたターゲット層以外を爆撃している。
なのでこの部分に関しては「ごめん!これは俺がおかしいわ!ごめんね!」と言わせてほしい。
マジごめん!
手軽に馬鹿にしたいからキャッチーで伝わりやすいフレーズが珍重されてるだけ。
それ以上でも以下でも無いのに何をそんなに怒ってんのか分からん。
お前はガキだろうから知らないだろうけど、別にデビルマンに限った話じゃなくて、
邦画なら「北京原人」とか「シベ超」、洋画なら「死霊の盆踊り」とか「プラン9・フロム・アウタースペース」といった
「駄作と言えば」という代名詞的な作品は古くから存在してて、「〇〇はシベ超並み」みたいな表現も存在してる。
なんというか、学園祭のバンドでクラスの地味な生徒がステージに立ち、有名な曲をコードを間違えながら噛みながら唾を飛ばしながら汗を撒き散らしながらもそれでも最後まで演奏し切ったものの、結果ひどい有様で曲のファンから有名な曲を汚したとブーイング。それが下手にクラスの中心人物だったから結果的にその後生徒はそのことでステージに立つ気すらなかったような奴や、曲に思い入れもないやつ、そもそもステージを見てないやつにまで馬鹿にされている、みたいな気持ちの悪さを感じる。楽器を弾いたことも、弾けるように努力したことも、どんな努力が必要で誰がしたのかも知る気がないくせに。
結果出せてない奴が「向き合う姿勢や頑張った過程を評価して!」っていう方が死ぬほどダサいけどな。
むしろ馬鹿にされまくった方がそいつの為になるから周囲の連中は泣くまでコケにするべきだと思う。反省無くして成長無しだからな。
今の邦画界隈がまさにこの病気に現在進行形で罹ってるんだろうけど、オナニーのし過ぎでジリ貧になって吠え面かいてるのは自業自得だわな。
一点明らかに間違ってるので指摘するけど、「令和のデビルマン」って言ってる奴らは「大怪獣のあとしまつ」を観ずに言ってるので「感想」ではない。
「令和のデビルマン」というフレーズを最初に出してTiwtterでバズってた(TLに流れてきた感想という体でツイートしていたが、自身のツイートが初出。また、ドラゴンクエスト YOUR STORYに対しても観ずに「令和のデビルマン」と言っていた)奴は「大怪獣のあとしまつ」を観て「『令和のデビルマン』ほどではない」とツイートしているのが確認できる。
大怪獣のあとしまつを観て、「令和の実写版デビルマン」と溢れかえる感想に対する思いが募ったので、吐き出させてもらう。感想はここから。
https://anond.hatelabo.jp/20220206022647
出会いは2018年、湯浅政明監督作品のファンだったため、「デビルマン クライベビー」を見たところ、そのシナリオや訴えているテーマの凄まじさに圧倒され、原作を読んで、やはり圧倒されたことから始まった。
実写版については、評判が悪かったのと、ネットのおもちゃにされてるのが気に食わないので見ていなかった。
が、親しい友人が「一緒にみよう」と誘って来た時、いい機会だと思って手に取ったのだ。見てないくせに映画をどうこう言う資格もないだろうし、と。
それも結構前なのであまり覚えてないが、以下は「邦画が好きな原作ファンが実写版デビルマンを見たらどう思ったか?」という感想と、「“令和の実写デビルマン”という文句について思うこと」である。これもまた長いし、後者はめちゃくちゃ攻撃的なので、お気をつけて。
二時間に収めてるからすごいことになっているとは言え、凄惨なシナリオや、「人間こそが……!」のシーン、「アルマゲドン(アーマゲドン)まで描くんだ!」とは感心した。原作準拠のOVAではそこまでやらないらしく、映像でラストまで描いたのはこれが初めてとは聞いていたので。
シレーヌなんだったん?
ノーcgだとアレだけど、cgによるアクションもあんまり悪くない。cgの質がどうのこうのという話も聞いていたけれど、気にならなかった。
ハッキリ言うけれど、俺はこの映画に対する「姿勢」については評価をしてる。
原作の内容を、(整合性がおかしくなっているとはいえ)二時間でまとめようとしているところや、内容を変に茶化さずに「ちゃんとやろう」としているとは思った。(「ちゃんとやろう」としていない例。「福田雄一作品」「大怪獣のあとしまつ」)
つまり、悪い点はあるし多いけれど、いい点が無い映画では決してない。人間こそが悪魔と叫びたくなるようなシーンや、ラストのどうしようもない虚無感。やろうとしていることは好印象に写り、「嫌いじゃない」
ただ!ただ、なんです。
それこそネットでおもちゃにされて話題になっているから一つ一つ挙げていくようなことはしないけど。
ボブサップも三連になってたし!
この辺にしておくけど、やっぱり、ツッコミどころが多すぎる。この映画は。
そりゃまあ……おもちゃにされるわなぁ……と
原作の圧倒されるようなシナリオを見せようとしているのに、演技力や演出、その他の点で「ん?」となるところが多すぎて、集中できないのは擁護のできないマイナスポイントであることは確か。
というわけで総評は「好きにはなれなかったが嫌いじゃない。けどツッコミどころが多すぎる」
ただ、つまらないと思った邦画を「ケ〜ッケッケ!令和の実写デビルマンだ〜!」「これは実写デビルマンに匹敵するクソ映画だ〜!ヒヒヒ〜!」とさも上手いこと言ってやったと言いたげに吹聴している人は、そいつ自身が実写デビルマンよりクソつまらないし気持ちが悪い。百万回おんなじことを言われてる使い古された文句を自慢げに言うな。気持ちが悪い。少しは別の例えや言葉を使えよコピペ人間が。絶対バズってるツイートに使いまわされすぎて画質ガビガビのコラ画像貼ってる。自分で作る気もセンスもないから。
センスがあるやつだけがなんか上手いこと言えってわけじゃないけれど、自分が思ったことを表現するために死ぬほど擦られてる言葉を我が物顔で持ち出して来るのは単純にダサくて痛くて見てられない。
なんというか、学園祭のバンドでクラスの地味な生徒がステージに立ち、有名な曲をコードを間違えながら噛みながら唾を飛ばしながら汗を撒き散らしながらもそれでも最後まで演奏し切ったものの、結果ひどい有様で曲のファンから有名な曲を汚したとブーイング。それが下手にクラスの中心人物だったから結果的にその後生徒はそのことでステージに立つ気すらなかったような奴や、曲に思い入れもないやつ、そもそもステージを見てないやつにまで馬鹿にされている、みたいな気持ちの悪さを感じる。楽器を弾いたことも、弾けるように努力したことも、どんな努力が必要で誰がしたのかも知る気がないくせに。
この時、「有名な曲を汚したと感じて怒った」人に関して俺はどうとも思わない。演奏を聴いて、汚されたと感じて、結果怒ったのであれば、それにおかしいところはない。
ただ、それに追随するやつが嫌いだ、と言う話だ。
実写版デビルマンの感想を乱暴に言って面白いかつまらないかで言えば正直つまらなかったけど、「つまらなかったです!」で終わるところを何度も何度も出して来るのは単純にクソダサい。(当時の原作ファンが見て今でも怒ってるんだったら別)
それもその映画の評価ではなく、「別の映画の評価に関係ないタイトルを持ち出して来る」あたりが目も当てられないほど気持ち悪い。ニコニコの立木文彦ボイスが流れる動画で「マダオw」ってコメントしてそうだし、櫻井孝宏が出てるアニメに「おそ松〜!」ってコメントしてそう。
きみがしってるものをみんながしってるわけじゃないんだよ。ゆっくりおべんきょうしていこうね。
「ほならね」理論は嫌いだから「おんなじように映画作ってからものを言え!」なんて微塵も思わないけれど、そうでなくとも視聴者として感想を抱き、それを発表しようと思ったならば、良かった点を探そうともせずに、あるわけないと決めつけて無視して、目につきやすい悪い点ばかりに飛びつき突き上げ、鬼の首ならぬミキちゃんの首を取ったように茶化して馬鹿にする姿勢は、俺は大っ嫌い。面白くない。不快。ダサい。
悪魔化した俺が
「お前たちこそが……クソつまらないんだー!」
って炎で焼きに行くぞ。
2022年2月5日22時。某TOHOシネマズ第一スクリーン。
一際広い劇場内に敷き詰められたシートの中心の一席、J-22。
そこに一人の男性が呆けた顔で座っていた。
いや、特徴的なのはその顔だけではない。その両手両足を乱暴に投げ出し、尻は座面からこぼれ落ちそうなほどずり下がり、首は赤子のように垂れ落ちる。だがかろうじて眼球だけは、正面のスクリーンを向いていた。
何を隠そう、俺である。
炎上必至の数々のマナー違反は許して欲しい、レイトショーだからか左右どころかその列には誰もいなかったのだから、誰にも迷惑はかけていないもん、と駄々をこねることも許して欲しい。それになにより、彼は普段はこんなことはしない。映画に限らず定められたマナーを守る善良な一市民なのだから。原因はただ一つ、目の前のスクリーンに映る映像だった。
クソつまんなかった。
本当にクソつまんなかったなあ。
まず、俺は以前、こんな文章を書いた。
https://anond.hatelabo.jp/20220204190811
上の文章をまとめると「この作品はおちゃらけパロディ映画だと嘘をつかない広報をしているため、シンゴジラやパシリムを期待して見に行き、その尺度で批判しているのはおかしいぞ!」と言うものなのだ。別に「みんながクソ映画って言ってるけど、絶対違うよ!」と言ってるわけではない。
あえてハッキリ言うが、映画を観た後でもこの感想は変わらなかった。シンゴジラやパシフィック・リムとはそもそも土俵が違うので、その点で批判するのはやっぱりおかしい。
が。
それはそれとして、明らかにモチーフ、パロディにしている「特撮」と言うものについてのリスペクトが感じられないとは強く思う。
感じられないどころか、コケにしているのでは、とも。
そりゃあ、怒る人もいるだろうな、と。
パシリム二作とシンゴジラと、ゴジラが光線で空を飛ぶシーン、ラドンもそうだそうだと言うシーン、シェーをするシーンだけ知っています。この知識の質で比較して語るのは不可能どころか怒られかねないので、その視点では今回何も言えない。
あ、あとゼンカイジャーの2021年の放送分は見てました。今年に入ってから終わるのが寂しくて見れてない。おわんないでくれ……頼む……。
話を戻して、「そりゃあ不満が噴出するだろうな」と言うところ以外にも俺の目には悪い点がかなり写った。
ただ、俺はこの映画に対して怒りは抱いていない。
先程貼ったリンクからの文章に書いた通り、俺はクソ映画を見るのが好きなためだ。
なので、クソ映画を見るぞと思いながらお金を払ってクソ映画だなあと思いながら見てクソ映画を観たぞと今に至るため、何も裏切られていないからだ。
さて、これから感想の主題、いい点と悪い点に分けて感想を言っていきたいと思う。
・いい点
「倒された怪獣をどうするか?」という点は「なるほど!面白いところに気がついたなあ」と膝を打つものがあった。既出かもしれないがそれは知らん。
・悪い点
要は他全部。
いやー、酷かったな。
セリフで説明しすぎて不自然になってるし、ギャグは好みはあれど全体的に下ネタで塗れていて、しかも俺は下ネタが嫌いなので聞くたびに不愉快な気持ちになった。画面も凡庸すぎて目が滑る。演出に関しても、「映画を良くするため」のものはほぼないようなもの。
挑戦的なことをしろとまでは言わないが、映画として形を作る最低限のものすぎて、きつい。
「今何をしているのか」が全くわからない。
「今は作戦が始まっているのか?」「今ピンチなのか?ひと段落してるのか?」「あいつ結局どうなったんだ?」「今は結局誰が味方で誰が敵なのか?」が、観ていて全くわからない。
例を挙げる。
【怪獣の死体を水で流して海に捨てる】という作戦が始まり、死体は巨大な水流によって流され始める。
↓
しかし、口へと流れ込んだ水が何かがどうにかなって(不明)、なんと腐敗ガスが怪獣の尻から出てしまった!オナラみたいに!
↓
↓
場面転換、主役たちは別の場所にて沈鬱な顔で別のことを話し出す。ここからさらに数分後、次の作戦の話し合いが始まっているのでどうやらアレは失敗扱いらしいとここでようやくわかる。
……ん?え?は?
作戦はどうなったの?成功したの?失敗したの?失敗したなら、なんで失敗したの?
水流によって死体は「動いた」のであれば成功であり、「死体がオナラした」からって失敗にはつながらない。しかもそれをギャグで茶化しているのでシリアスなシーンなのかもわからない。「少し流れたけどオナラが押し戻しちゃった」とかでもない。なにこれ?
これはこのシーンだけではなく、ずーっとこんな感じなのである。
シナリオの整合性が取れていないため理解できない上に、演出も最低限で目を引くところがない。セリフも説明ばっかりでつまらない。ギャグに関してもクドくて下品で不愉快。うんこチンコゲロチンゲセックス……それが一瞬出てきてクスッと笑わせてとっとと引っ込めてくれるならともかく、つまんないくせに場面が変わってもまだ言ってる。
――この映画に「飽きた」。
脳の処理が虚へ向かい、耳は音を聞き流す。
目の役割は「スクリーンを見る」から「光を見つめる」とタスクがぼんやりし始める。
飽きた。
飽きちゃった。
飽きちゃったでヤンス。
これはとんでもないことである。
信じられない。
今でも衝撃を受けている。
少なくとも楽しいエンタメ作品のテイで作られた映画を観ている俺の心境は、「三回サボった大学の講義に参加している時」と全く同じなのだ。講義ならスマホをいじれるだけまだマシだ。スマホいじるなカス学徒!
同じ映画で例えるならば「2001年宇宙の旅」を観てる時とおんなじなのだ。音も場面も数倍賑やかなのに、おんなじぐらい退屈になっちゃった。
画面を見る気が失せ、後どのくらいで終わるのかを気にし始め、普段なら絶対興味ない窓枠の掃除の手順を思い返していた。
そしてやがて、俺が「捕まえたアルセウス、畑作業させたらギャップで可愛い気もするなあ。農作業に従事してたまに顔を見せるとこっちを観てニコッと一鳴きして挨拶するアルセウス……うーん、可愛いかも」とおおよそ1400円払って映画を観ている最中とは思えない、毒にも薬にもならなければ益体もないことを考えていると、ヒロインが叫んだ。ヒロインが叫んだらクライマックスの合図だ。意識が久しぶりに作品に向かう。
山田涼介が光の巨人になって怪獣の死体を抱えて飛んでいき、エンドロール。
俺の意識は再び虚に沈む。「いや、畑仕事はパルキアもいいかもしれない。水タイプだし」
俺はふと、なんで反響に対する文章を書いて、「三木聡が映画作ったんだぞ!」って言ったんだっけなどと考える。
「あ、そうだ。俺俺だ」
かつて「俺俺」と言う映画があった。星野智幸の同タイトルの小説を原作にしたそれを、俺は原作をいたく気に入り、映画の存在を知って借りたのだ。観た記憶はあるけれど、内容が思い出せない。ただ、ハッキリと思い出せるのは「この映画、何やってるのかわかんないし退屈でつまんない」と言う感想のみ。おんなじじゃねえか、なつかしいな、俺はクスリと笑う。この時映画が始まってから初めて笑った。
劇場が、明るくなった。
いやー、クソつまんなかったな。
ただ、多くの人からの批判を見る、「山田涼介が光の巨人になる」については反感はない。
序盤から「デウスエクスマキナ」と言うワードと「主人公の謎」はちゃんと敷かれていたので違和感はないし、過去の特撮物のヒーローを「デウスエクスマキナ」というものと定義した点はなるほどと思った。「最初からそれをやれ」とも実は思わない。「デウスエクスマキナ」は物語が収集つかなくなって初めて登場する物だから。
だけど、俺がこの映画について興味を惹かれた「この死体、どうする?」というテーマにおいて、やれることをやらずに終わらせた。というのはハッキリマイナスだ。
仮にこの映画がシンゴジラだったなら、「ゴジラを倒したけど、行き場を失ったゴジラの内部のエネルギーが爆発するーっ!」というところでデウスエクスマキナが登場するなら、それは好意的に観れる。
けどこの作品は死体のガス抜きをしただけで発動している。死体の処理の完了まではほど遠い。やれることはまだある、もっと散らかせる。ゴジラの例えを使えば在来線爆弾が当たったくらいのところだ。
これは擁護もできないマイナスだ。作り手側の事情を見せられることほど白けることはない。
総評としては、「映画を構成するすべてが下手くそであり、シナリオのテーマを書き切ることもなければ、そもそも意識や目を引くものが出されることなく、途中で飽きた」となる。
ギャグに関してはかなり個人的なものなので分けるが、「面白くないどころか不愉快だった」となる。
これにて、俺の感想は終わりだ。
俺はネットにおける「叩いていいものだから叩く」みたいな風潮が大嫌いなので、今後この映画についてどうこういうことはないと思う。別に怒りを抱いたわけでもないので。
それに関して、少し思うところがある。
実写版デビルマンが現れてから十数年、この作品のタイトルを出して何かを表現することがとても多くなった。
俺としては、それに強い反感を抱いている。
もし、まだお時間があるとするならば、別に投稿したものも読んでほしい。
では。
バイビ〜。
【余談】
なんて可愛いんだガハハと思っていたら、全く同じことをしている人がバズっていた。
クソが……!