はてなキーワード: エキスパートとは
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20111201/224762/
民主主義は、そもそも「豊かさ」の結果であって、原因ではない。つまり、民主主義は豊かさをもたらすわけではないのだ。
若い人たちは、民主主義と市場原理を同じひとつの社会システムだと考えているのかもしれない。
それらは、似ているようでいて、まるで違う。ある場面では正反対だ。
民主主義は、少数意見を排除するシステムではない。むしろ、少数意見を反映する機構をその内部に持っていないと機能しないようにできている。だからこそそれは効率とは縁遠いのだ。
原理的に競争的な職場では、市場原理が、怠慢を駆逐し、より高い労働へのモチベーションを生むことになる。多少の軋轢があるにしても、競争は、全体の発展につながる。
まるで内田樹の文章を読んでいるような。あの人は語りと誇張が激しくて吐き気がするほど嫌いだけれど、この人くらい抑制されていたら納得できる。
しかしそんなことより、この記事についてはてブ欄でなぜか銀英伝トークが盛り上がってることに刺激されたので書いてみる。
銀英伝もいいけどローマ人の物語の話しようぜ。橋本さんは共和政ローマ末期の政治でいうならどこまでいけるだろうかねー。
ポエニ戦争勝利以降の話ね。
とりあえず橋本さんを彷彿とさせるような要素がある人間を並べてみた。
知ってる人は説明読まなくてもわかるだろうから、適当に選んでください。
スルピチウスとかも入れるときりがないから省きましたが「あとこいつが足りない」と思う人がいたら入れてください。
<ホルテンシウス法>
スキピオ・アフリカヌス :ハンニバルに勝ったヒーロー。しかし権力持ちすぎて元老院の保守派、というか大カトーさんに嫌われ
すげーささいなスキャンダルで失脚させられる。哀れな末期。
ティベリウス・グラックス:ええとこの坊ちゃん。格差をなくそうとして護民官としていろいろやろうとするけど時期尚早すぎた。
アンチグラックス派の元老院の戦略で独裁者のレッテルを貼られ、最後民衆にリンチで殺される。
ガイウス・グラックス :ティベリウスの弟。兄ちゃんの失敗を踏まえて、独裁でもいいや、民衆が認めるほどに圧倒的な支持を得た上で改革にとりかかる。
ただし彼も執政官ではなく護民官として改革を実行。元老院とは対立的な構図になってしまう。
「市民権」問題で富裕層の支持を失い、留守にしている間、元老院に買収された仲間に裏切られて失脚。
メンタルの弱い支持者が暴走した結果自分まで反逆者扱いになり、逃亡の果てに自殺。生存中に行った改革はすべて白紙に戻された。
マリウスたん(民衆派) :家門名を持たない二等市民。高等教育を受けず教養がなかったが、問題解決のエキスパート(優秀な軍人)として声明を高める。
軍制改革により常備軍をつくりあげたことが失業対策となり、戦争の勝利もあって貧困層から一般市民まで圧倒的な支持を得てトップに。
しかし政治や外交能力に乏しく、護民官と元老院の紛争を調停する能力がなかったので政局不安を招き、支持率急低下→失脚。
あげくスッラさまのクーデターで国外追放とか、くやしいのうくやしいのう。
スッラさま(元老院派) :敵との戦いに行ったと思ったらそのまま子飼いの軍隊を率いてローマを占拠。マリウスさんを追い出す。スッラさまのクーデターまじぱねぇっす。
ただ、お出かけしてる最中に仲間に裏切られて国外で孤立。スッラさまの運命やいかに。
逆襲のマリウス :スッラさまがお出かけ中に裏切り者の内通で戻ってきて、自分を追い出した元老院のやつらを皆殺し。エゴだよ、それは。
暴れまくってる間に寿命が来て終了。
<ヴァレリウス法>
スッラさまMKⅡ :マリウスが死んだ後復帰。ローマ史上初の任期無期限の独裁官に。 ちなみにジョブズばりの恐怖政治。
後の歴史家が言うには「時代の流れに反する」元老院強化、護民官の弱体化などを推し進める。
反動的なやり方だけどスッラさま在任中はうまくいった。スッラさまのカリスマまじ最高。
任期無期限の独裁官だったのに、途中で退職し悠々自適の生活を送った後病死。
ルクルス :スッラさまの忠実な部下。スッラさまの死後に執政官に。
優秀な軍人だったけどエリート臭が強く金に汚かったためすごく不人気。ものすごく不人気。大事な事だからry
スッラさまの遺志をつぐべき立場だったけどあんまり頑張らずに引退。
ポンペイウス&クラッスス:超金持ち出身&超優秀な軍人。ローマの勢力範囲を過去最大にする。
「俺強くね?イスカンダルより優秀じゃね?」ということで、
スッラさまが修復・強化しようとしたローマ共和制のルールをことごとく破壊しながら若くしてトップに立つ。支持率も多分80%超えるレベル。
このあたりで「もうやめて!ローマ共和制のライフはもうゼロよ!」状態に
ガイウス・ユリウス・カエサル :スッラとポンペイウスを足して2かけたレベル。きたみたかったー。ぶるーたすおまえもかー。
※ちなみに「ローマ人の物語」において、このあたり「ポエニ戦争後からカエサル前」までの記述は、
塩野七生が、大好きなカエサルを絶賛するための前説部分として扱っているようで、
むちゃくちゃ結論ありきで語られています。 特に塩野節がきつくて正直鼻につく人がいるかもしれません。正確性にも疑問が大きいところです。
そんなに偉そうに言うならお前は今回の大阪市選挙で何が正しいのか言えるんかい、と突っ込みたくなるレベル。
ただ、偏ってるということは、一本筋が通されているということでもあり、それがむちゃくちゃ面白いです。個人的にはこの時代の話は、全体通して二番目に好きです。
特に、彼女がポピュリズムや独裁についての考え方を開陳する部分は、昔銀英伝にはまった人間には非常に刺激的な部分だと思うのでおすすめ。
※私自身は橋本さんについては批判的な立場です。こういうときハイエクとかわかってたら格好良く批判とかできるんだろうかね。
私は職場が大阪にあるんで、やっぱり色々気になりますけれど、肯定的なところがほとんど見いだせない。
独裁者は必要かもしれないけれど、個人的には一番独裁者にしたら駄目なタイプだと思っていて、そこの評価をマスコミが全くできないことには恐怖を感じます。
基本的に思い込みです。
僕は社畜生活が2年間だった。
時間に換算すると、8時間×365日×2年で5840時間になる。
5000時間集中して取り組めば何かのエキスパートになれる説があり、
僕も、自分の体験上、この説を支持している。
本人のスキルが足りてないからかもしれないし、原因はいろいろ。
ただ、効率が良いからといって、残業せずに済むほど社会は甘くない。
効率が良くても誰かに足を引っ張られて、残業することも多々ある。
僕も、50代のおっさんが頻繁にタバコ吸ってるせいで残業したことがある。
「いい加減にせい、お前は」とキレそうになった。
それだけ、はい。
社畜になるというのは楽なことだと思う。
線路の上を走っている限り、何も考える必要がない。
意思を捨てれば良い。それだけで楽な人生が待ってる。
ただし、責任感が身に付いたと思ったら、
めんどくさいルールはあるし、話の合わない人とも話さなきゃいけない。
それを差し引いても、決してすべての飲み会が楽しいわけではない。
頭の中は、業後のことでいっぱいである。
ただし、社畜には休日出勤というオプションがあるのでこの限りではない。
干されます。気をつけましょう。
それを考えて、会社を利用することが、社畜にできる数少ない抵抗。
経験則的に、これは正しい。
より条件の良いところを見つけて移る。
一方、僕のように、デキないのに自分の能力を過信して辞める人間もいる。
しかし、これは、あながち間違った選択ではない、たぶん。
デキないのにデキないことを自覚せずに残るよりはマシだと信じてる。
どんなダメ人間でも、外に出ることで、自分のダメさ加減を認識できる。
~検定1級持ってます!
で?
で?
ごく一部の難関資格でない限り、持ってるだけじゃ役に立たない。
資格はセルフブランドするためのツール。ツールは使えてなんぼ。
試しに「その仕事はちょっと…」と言ってみると良い。
その仕事をやってくれる中国人やインド人は世の中に五万といる。
仕事のベースは信用。嫌な仕事でもやらないと信用は得られない。
逆に、信用を得られれば仕事をある程度選択できるようになる。
飲み会中に言っても忘れられることが大半。
好きな部署やプロジェクトに移してやると言われた。
退職するって言って好きに異動できるなら、皆やってるわい。
よほどのことでない限り、自分だけが特別扱いされることはない。
一方で、中途の人は優秀であることが多かった。
もう少し一般化して考えてみる。
経験値というものは、社会に通用するものとその会社固有のものに分けられる。
そして、その経験値というのは、1:2くらいの割合で貯まっていく、たぶん。
中途で入ってきた人は、社会に通用する経験値がそれなりにある。
会社がなくなったら、どうするの?
http://anond.hatelabo.jp/20111027120538
元増田に対しての『自分自身が美人だというアイデンティティに縛られてる・自分自身がそれを一番大事にしてる』という意見が散見されるけど、そういう風になっちゃうのも仕方ないと思う。
私も一応、ミス青年誌のスカウトを受けたり某巨大事務所に所属してたりしたことがある容姿だからわかるんだけど。
『美人だから勉強なんか適当にして女子大でも入学して金持ちと結婚すれば』
就職すれば、
仕事で成果出しても、
ってずっと言われ続ける人生なわけで。
独身だったら、
元増田と同じで無愛想にすれば、
ブスな人やデブな人に面と向かって『あんたはデブスだから』とは言わないけど、
それが金や優れた容姿や出自だと皆軽々と言ってのける。
『あんたは美人なんだから悩むことなんかない。女子大行って医者と結婚すれば一件落着じゃん』ってさ。
そりゃあ誰かが書いていたとおり、
そんでもって、 Microsoft は持っている。僕同様、みんなも知ってると思うけど、なんと驚くべきことに、 Microsoft はそれをよく理解していない。実に。でも彼らは、純粋に、偶然、プラットフォームを提供するビジネスから始まって成長してきたから、プラットフォームを分かっているんだ。彼らはその領域で30数年やってきた。 msdn.com に行って、少しの間ブラウジングしてみればわかる。もし見たことが無ければ、驚く準備をしておいた方が良い。なぜならそれがとてつもなく巨大だからだ。何千の、何千の、何千もの API コールがある。彼らは巨大なプラットフォームを持っている。実際の処大きすぎて、全く統率が取れていないけれど、少なくとも彼らはやっている。
Amazon は自分のものにしている。 Amazon の AWS ( aws.amazon.com )は途方も無くすばらしい。行ってみてご覧よ。クリックして回ってみるんだ。全く恥ずかしくなる。僕らはこれらのひとかけらも持ち合わせていない。
Apple も、明確に、自分のものにしている。彼らは基本的にクローズな選択を、特にモバイルプラットフォーム周りでしているけれど、アクセシビリティを理解しているし、サードパーティ開発者の力もよく分かっていて、自分たちのドッグフードを食べている。それでさ、わかるだろ?。彼らは実に見事なドッグフードを作る。彼らの APIコールは Microsoft のそれに比べて実にクリーンで、ずっと昔からそれを維持している。
Facebookも持ってる。だからこそ心配になるんだ。ぐうたらな僕をここまでして書かせた理由はそれだ。僕は元来ブログするのも、プラスする(って言うのかどうか知らないけど)のも嫌いだ。そもそもGoogle+はぶっちゃけ話をするのにはひどい場所だけど、とにかくやらなきゃならない。Googleに成功して欲しいと思ったらね。で、僕は成功して欲しい!。まあ要は Facebook が僕を呼んでいるし、きっとそっちでやるほうがずっと楽なんだろうけど、Google は僕にとって家だし、だからこういう家族同士のお節介焼きのようなことをやっていこうよと言ってるわけだ。(訳注:この辺の訳怪しい。トラバで指摘いただいたのがすてきだったのでまるっと差し替え!。"アドバイス" thx !)
Microsoft と Amazon 、それに Facebook (たぶん。実際僕はよく見ていないんだ。だってすごく落ち込むからね…)の提供するプラットフォームに驚いた後に、 developers.google.com に行ってちょっとブラウズしてみて欲しい。ね?大きな差だろう?。まるで君の5年生の甥っ子が、巨大で強力なプラットフォーム企業がもしリソース的に独りの小学5年生しか人を割けないって時に作るようなものをデモしてみなさい、なんていう宿題でもでっち上げたみたいな感じだよ。
どうか悪く思わないで欲しい。 Developer relations チームが、これを外部に提供できる形にするためにとんでもない努力をしてきたってことを僕は分かっている。僕が知る限り、彼らはとにかくケツを蹴り上げつつけている。なぜなら彼らはプラットフォームを理解しているからさ。プラットフォームに対して実に冷淡で、しかも時には敵対心さえあらわにされるような環境の中で、彼らは英雄のように努力している。
僕は率直に、 developer.google.com が外部の人にとってどう見えるかを説明しているだけさ。全く幼稚に見えるだろう。 Maps API は一体どこにあるっていうんだ?。いくつかはなんだかよくわからないラボプロジェクトとやらに入っている。で、いざたどり着いてみれば、そこにある API は全くけちな代物だ。まさに本当の意味でドッグフードだ。オーガニックなんかとは無縁だね。僕らの内部 API に比べれば、まるで不格好な別物だよ。
Google+ についても、悪く思わないで欲しい。到底彼らだけが違反者ってわけじゃない。文化的なものが絡んでいるんだ。僕らが内部でやってることっていうのはさ、基本的には、惨めでマイノリティなプラットフォーム部隊が、無敵で予算も自信もたっぷりのプロダクト部隊に多かれ少なかれ負け続けている、そんな戦争なんだよ。
ゼロから構築したプログラマブルなプラットフォームになるべきなんだってうまく気づいたチームってのはみんな弱者さ。 Maps や Docs なんかが思い浮かぶ。 Gmail もなんとなくそっちの方に進みはじめたように見える。でも彼らがそのために予算を獲得するのは実に難しい。なぜなら、それは僕らのカルチャーじゃないんだ。 Maestro の予算なんか、 壮大な Microsoft Office プログラミングプラットフォームの足下にも及ばないちっぽけなものだ。ふわふわ毛皮のうさぎちゃんと、 T-Rex の対決みたいなものさ。 Docs チームだって、このスクリプティング機能が無ければ Office に太刀打ちできないってのはよく分かっているんだ。でも残念なことに、予算が付かない。つまりさ、そうじゃないとは思うんだけど、現状 Apps スクリプトが Spreadsheet だけで動作して、 API の一部としてキーボードショートカットすらない。まさにチームが愛されていないって思うしか無いよね。
皮肉にも、 Wave は偉大なプラットフォームだった。冥福を祈りたい。でもプラットフォーム的な何かを作るっていうことは、そのまますなわち成功を意味するって訳じゃあ無い。プラットフォームにはキラーアプリが必要だ。 Facebook そのもの(つまり、 wall やら friends やらなんやらというデフォルトの機能)が、 Facebook プラットフォームのキラーアプリだ。そして、 Facebook アプリが、 Facebook プラットフォーム無しで成功できると結論づけるのは、深刻な誤りだと僕は思う。
みんなは、外の人たちが Google は傲慢だって言い続けているの、知っているよね?。僕は Googler だ。だから、みんなと同じように、外の人たちがそう言っているといらいらとする。僕らは全般的に見て全く傲慢じゃ無い。僕らは、まあ、99%は傲慢じゃない。僕はこの文章をこう始めた(遠い記憶をさかのぼってよ)、 Google は「正しいことだけをする」って表現した。僕らはよかれと思ったことだけをしている。だから、人々が僕らが傲慢だって言うときは、まあ大抵彼らを雇ってあげなかったときか、僕らのポリシーに不満があるか、まあそんなようなところじゃないかな。彼らはそれで気分が良くなるから、傲慢だ傲慢だと言っているんだろう。
でも、もし僕らが、僕らは全ての人に対して完璧なプロダクトをデザインする方法を知っているだなんて、そんなスタンスを取るんだとしたら、僕を信用してくれて良いと思うけど、結構そういう話を聞くんだけど、僕らは飛んだ間抜けになる。それを傲慢って言ったり、無邪気さって言ったり、なんて言ってもいいけど、結局の処、それは愚かさに他ならない。全ての人にとって完璧なプロダクトなんて、無いんだ。
デフォルトフォントサイズを設定できないブラウザについて話してこの話題を締めくくろうか。アクセシビリティへの侮辱ってやつについて語ろう。つまり、いずれ僕は年を取って、ほとんど目が見えなくなる。事実そうだと思う。僕は人生でずっと近視だったし、40歳にもなれば今度は近いものが見えなくなる。そうなればフォントの選択ってのは生死を分ける重要なポイントだ。それは君を完全にその製品から追い出してしまう。ところがどっこい Chrome チームってのははっきりと傲慢だから、彼らはゼロコンフィギュレーションプロダクトなんて言ってて、まったく厚かましくも、もし目が見えなかったり耳が聞こえないなりなんなりするなら、お前はファックユーだぜってなもんだ。残りの人生、全てのページを表示する度に Ctrl-+ を押せって言うんだよ。
これは彼らの問題じゃ無い。みんなの問題だ。僕らが徹底してプロダクト企業だということが問題だ。僕らは広くアピールするプロダクトを作った。例えば検索がそうだ。そのあまりにもひどい成功が、僕らの目をくらませてしまった。
Amazon もまたプロダクト企業だった。だから。 Bezos にプラットフォームの必要性を理解させるのには、外部の力が必要だった。その力ってのはどんどんと蒸発していく利幅だった。彼は追い詰められて、脱出方法を考えなければならなかった。でも彼の持ちえたものは、エンジニア達とコンピュータの群れだった。そこからどうにかマネタイズするには…?。結果論だけれど、そうして彼は AWS にたどり着いたわけだ。
Microsoft はプラットフォームとして始まった。だから彼らにはたくさんの習慣があった。
でも、 Facebook は…、彼らは僕を不安にさせる。僕はエキスパートではないけれど、でも、彼らは最初プロダクトとしてスタートして、そしてそれをうまく成功につなげていたことは確かだ。だから、彼らがどうやってプラットフォームへと変革を遂げたのか、僕にはわからない。それは比較的昔のことだったろうと思う。 Mafia Wars のようなものが現れる前に、彼らがプラットフォームにならなければならなかった時よりもずっと昔。
たぶん彼らは僕らを見て、こう自問したのかも知れない。「どうやったら Google を倒せる?。 Google に足りないものはなんだ?」
僕らが直面している問題はとても大きい。僕らがキャッチアップを始めるには、めざましい文化的な改革が必要だ。僕らは内部的にもサービス指向なプラットフォームを持っていないし、同じように外部的にもそうだ。この「自分のものにしていない」感じは、まさに会社全体を覆う風土病だ。 PM は分かってない。エンジニアも分かってない。プロダクトチームも分かってない。誰も分かっていない。たとえ一個人で分かっている人間がいたとしても、もしそれが君だとしても、僕らがそれを総力を挙げて緊急事態として扱わなければ、これっぽっちも意味が無いんだ。僕らはプロダクトをローンチして、それを後から魔法のように美しい外部拡張可能なプラットフォームに成長させられる、そんなふりをし続けることを、やめなければならない。何度もやって、だめだったじゃないか。
プラットフォームの黄金律「自分のドッグフードを食べろ」はこう言い換えることができる。「プラットフォームから始めろ。そしてそれをなんにでも使え」(訳注:"アドバイス" thx !)。後からちゃんとやるなんて不可能だ。少なくとも、簡単には無理だ。 MS Office をプラットフォーム化した人たちに尋ねてみればいい。あるいは Amazon をプラットフォーム化する為に努力した人たちに。遅れてしまえば、正しく立て直すのに10倍の苦労が必要になるだろう。ごまかしはできない。内部アプリが特別な優先アクセスを受けられるようなバックドアを秘密に仕込むなんて、どんな理由があっても不可能だ。難しい問題から、まず最初に解決しなければならないんだ。
僕は遅すぎると言いたいわけじゃ無い。けれど、待てば待つほど、致命的な遅れへとどんどん近づいてゆく。
この記事をどう纏めて終えればいいか、正直よくわからない。言うべきことは全て言ったと思う。この記事はできあがるのに6年かかっていると言える。僕が紳士的ではなくて申し訳ないと思う。プロダクトやチーム、個人を僕が誤解していたら申し訳ないと思う。もし僕らがたくさんのプラットフォームを実は作っていて、僕や、僕が話した人たちみんなが偶然知らないだけだったとしたら、申し訳ないと思う。
でも、僕らは今すぐに始めないとならない。
Google エンジニアの Steve Yegge 氏、Google+ への懸念を漏らす
http://japan.internet.com/busnews/20111013/8.html
で記事になってたけど、原文とちょっと要旨が変わっちゃってサービスへの警鐘みたいになってしまってたので、全文訳してみた。くそ長い。お暇な方どうぞ。
(2011/10/19 08:14)ありがたい誤訳の指摘をいただいたので3カ所修正。
Stevey の Google プラットフォームぶっちゃけ話
僕は6年半ばかり Amazon にいて、それから今はそれと同じくらい Google にいる。この二つの会社について強く感じることは(しかもその印象は日々強まるのだけれど)、 Amazon は全てにおいて間違っていて、 Google は全てにおいて正しいということだ。そう、やりすぎな一般化だけど、驚くほど正確だと思う。いやもうとにかくね。百、いや二百のポイントで二つの会社を比較することが出来るだろうけど、僕が正しく覚えていれば、 Google はそのうち三つを除いて優れている。実にある一点に関してはスプレッドシートを書いたんだけど、法務部が外に出すなって言うんだ。リクルーティングは惚れ込んだみたいだけどね。
つまり、まあ簡単に言えば、 Amazon の人事採用プロセスってのは基本的に欠陥品なんだ。だって、チームがチーム毎に、自分達のために人を採用するんだぜ。だから、色々平均化の努力はしてるみたいだけど、採用基準はチームによって信じられないくらいバラバラさ。そんでもって作業工程ってのも腐ってる。ソフトウェア信頼性工学なんてお呼びじゃないし、エンジニアに何でもやらせようとするんだ。コーディングする時間もないくらい。もちろんこれもチーム毎にバラバラで、要するに、運次第ってところ。施しやら困った人を助けるのやら、コミュニティに貢献するのやら、そんなのはもってのほか。ばかにしに行くんじゃなけりゃ、近寄るべきじゃないね。それにまた施設も染みだらけの壁に囲まれた箱みたいな家畜場で、装飾やらミーティングエリアなんてものには一銭も使ってない。給料やら福利厚生なんてのも最悪だ。まして最近じゃあ Google やら Facebook っていうライバルがいるのにね。社員特典なんてものも見たこと無かったな。採用通知の番号を照合して、ハイ終わり。コードベースも悲惨そのもの。エンジニアリング基準ってものがないんだから。チームによっては個別にがんばっていたくらいかな。
公平に言えば、彼らは良いバージョン管理ライブラリシステムを持っていた。これは僕らもまねるべきだし、僕らのところには同様のものが無い、良い pubsub システムもあった。でも多くの部分で彼らが使っていたのは、ステートマシンの情報を RDBMS に突っ込んだり読み出したりするだけのくそみたいなツールの塊だった。僕らならただでも欲しくないようなね。
僕が思うにその pubsub システムとライブラリ管理システムが、まさに Amazon が Google より優れている三つのうちの二つだ。
早期にリリースして、狂ったようにイテレートするってのも彼らのうまいところじゃないかって言うかも知れない。けど逆もまたしかり。彼らは早期にリリースすることを何にもまして優先する。品質保持やらエンジニアリング規則、その他長い目で見たら重要になってきそうなものはみんな後回し。そんなだからたとえ市場で競争相手よりアドバンテージがあったとしても、結局ちょっとしたことをやるのにも問題を起こしちゃうよね。
でも、一つ、そんな政治的な、思想的な、技術的なへまを補うだけの、彼らが本当に本当にうまくやってることがある。
Jeff Bezos は悪名高きマイクロマネージャーだ。彼は Amazon の小売りサイトの1ピクセルまで管理する。彼は以前 Larry Tesler を雇った。 Apple の主任科学者で、たぶん世界で最も有名で尊敬される HCI エキスパートさ。そんでもって、 Jeff は Larry が言ったことを、 Larry が辞めるまで3年間無視し続けた。 Larry は大規模なユーザビリティ研究もやっただろうし、少しの疑いの余地も無く誰もそのひどいサイトを理解できないってことをデモしたに違いない。けれど、 Jeff は1ピクセルたりとも動かさせはしなかった。トップページにぎっちりつまった内容の1ピクセルたりともね。それらはまるで何百万という彼の貴重な子供達なのさ。けれど Larry はそうじゃなかった。
マイクロマネジメントが Amazon が僕らよりうまくやっている三つ目ってわけじゃあない。つまり、まあ、彼らはうまくマイクロマネジメントをやっていたと思うけど、それを強みって言いたいわけじゃ無い。まずは何が起こっているかみんなに理解してもらうための文脈を準備しているだけさ。僕らはこれから、公衆の面前で、 Amazon で働きたけりゃ私に金を払えと言ってのける男について話すわけだからね。誰かが彼に反対したときは、彼は彼の名前入りの小さな黄色いポストイットを手渡して、誰が会社を動かしているかを常に忘れさせまいとする。思うに彼は全くの… Steve Jobs なのさ。ファッションとデザインセンス抜きのね。 Bezos はとんでもなく頭が切れる。誤解しないで欲しい。彼の前じゃ、普通のコントロールフリークなんてヤクが極まったヒッピーみたいなもんだよ。
それである日 Jeff Bezos が指令を出した。まあ彼がいつもやってることなんだけど。その度にみんなはピコピコハンマーで叩かれるありんこみたいに走り回るんだ。でもそのある一度、2002年かそのくらいのことだったと思うけれど、彼は指令を出した。とんでもなく巨大で、目の玉が飛び出るほど重たいやつを。普段の指令が頼んでも無いボーナスに思えるようなやつを。
彼の巨大な指令はこんな感じだった。
1)この時点より、全てのチームはサービスインターフェースを通じて全てのデータと機能を公開すること。
2)各チームは各々そのインターフェースを通じて通信しなければならない。
3)その他の全てのプロセス間通信は許可されない。ダイレクトリンク、他のチームのデータソースから直接データを読むこと、メモリ共有モデル、バックドア、全てを禁じる。ネットワーク越しのサービスインターフェースを経由した通信だけが許可される。
4)使用する技術は問わない。 HTTP 、 Corba 、 Pubsub 、 カスタムプロトコル、何でも良い。 Bezos は気にしない。
5)全てのサービスインターフェースは、例外なく、外部に公開可能なようにゼロから設計されなければならない。すなわち、チームは全世界のデベロッパに向けてインターフェースを公開することができるよう、設計し、計画しなければならない。例外は無い。
6)そうしない者は解雇される。
7)ありがとう!良い一日を!
ハハ!。ここにいる君たち150人ちょっとの元 Amazon 社員ならもちろんすぐにおわかりの通り、7番は僕が付け加えたジョーク。 Bezos は間違いなく君たちの一日なんかに興味ないからね。
それでも、6番は、本当だった。だからみんな一生懸命会社に行った。 Bezos は、さらに上級のチーフ熊ブルドッグであるところの Rick Dalzell に率いられた数人のチーフブルドッグを雇って、成果と進行を監視させた。 Rick は元レンジャーで、陸軍士官学校出身で、元ボクサーで、元 Wal(ごにょごにょ)Mart で拷問のような削減をやってのけた人物で、デカくて愛想の良い、「堅牢なインターフェース」という言葉を連呼する男だった。 Rick は歩き回り、「堅牢なインターフェース」について語り回り、そして言うまでも無く、みんなはいっぱいの進展をし、 Rick にそれを知らせた。
それからの数年間、 Amazon 内部はサービス指向アーキテクチャに姿を変えていった。その変化を形にしている間に、彼らは非常に多くのことを学んだ。 SOA に関する学問や論文は当時もいくつかあったけれど、 Amazon のとんでもない規模からすれば、そんなもの、インディ・ジョーンズに向かって「通りを渡るときは左右をよく見るんだよ」って言うくらいの意味しかない。 Amazon の開発スタッフはその途上でとにかくたくさんの発見をした。そのほんの一部をちょっぴり挙げると、こんな感じだった。
とまあこれらがほんの一例。他にもたくさんの、おそらく何百の、 Amazon が見つけた個別の発見や教訓があった。外部サービスにはおかしなところがいくつもあったけれど、君たちが考えるほどじゃあない。サービスに対して組織するってことは、外部のデベロッパを信用できないのと同じように、お互いを信用することなんてできないんだということを、チームに教えてくれたんだ。
就活戦士となっていたのは、もう5年前のこと。
あの頃は、学生特有の無敵状態で、何でもできると思ってた。
自分は見えているんだけど、悪いところは成長すれば改善するでしょう、という楽観思想。
すでに成熟しきった分野であることと、全く車に興味がなかったこと、目立つことをしたかったこと、
ぐらいの動機で、だけど、マスコミとか広告代理店という華やかでハードルが高い業界へは、
そんなん興味ねえし、ほどよく一目置かれるぐらいで満足だし、
とにかく、若い会社がよかった。
取り繕って捻出した動機では、本気でそこを目指している人には勝てなかった。
面接官は、よく見ている。
結局、受かった会社は、県外のIT系のベンチャーで、社長のカリスマ性に惹かれての選択だった。
こんな風にブログを書くと、
どうせブラックでこき使われたんでしょう?
みたいなオチがありがちだけど、
そんなことはなかった。
そこは私は、石橋を叩いて渡るタチなので、見極めができていたようだ。
会社は、新人研修もしっかりしていて、社員の面倒見もよかった。
怒号や罵声が飛び交うなんてこともなく、ドライの中にも情がある、という感じだった。
そんな中、私は、自分に合ったペースで成長することができた。
ベンチャーと謳ってはいたけど、実に堅実な会社だったように思える。
客先に出始めたのも、1年目を終えるあたりから。
遅すぎず早すぎず。
ただ、次第に、入社当初に抱いていた、
「この会社すげー!」
という感情が薄れていくのがわかった。
中に入ると、色んなものが当然見えてくる。
私は、何のためにこの会社を選んだのか。
学生時代のかけがえのない友人や彼女と別れてまで捧げる会社なのだろうか。
過去の自分を否定しないために、今一度、別の世界へ飛び立ってみたくなった。
有名な会社を受けてみて、駄目だったら地元に帰ろう、という安全牌を選択した。
「賭けている」という熱さも気概もなかったのだろう。
そして、身に付いている技術も未熟だった。
結局、地元に帰ってきた。
新しい会社は、前の会社と同じ職種だけど、前よりももっとベンチャー気質な感じ。
前の会社に比べたら組織化もまだまだで、上下関係をそんなに意識しなくてもいい。
そして、若い。
そんなベンチャーに身を置いてわかったのは、
私は、常にアンテナを張り、流れに置いてけぼりにならないようにしなければいけなかった。
また、一つの技術を掘り下げるより、幅広い技術を身につけないといけない。
いや、どっちでもいいんだろうけど、やるからには、どっちかなのだ。
ある一つの分野のエキスパートになるか、幅広く何でもできますよというスタンスでいくか。
どっちかでないと、今後、食っていけないと思う。
そういう業界に身を置いて、
心がこもっていないというか、上の空というか。
モーションだけは、「やりまっせ!」というのを出しているけど、心がついていってないというか。
ホントはこんなこと、やりたくないと、心が言っているのかもしれない。
だから、振り返ってみて思うことは、私は、実にベンチャーに向かない、ということだ。
ある実績のあることに対して安心をした上で、その道を突き進む。
新規開拓より、メンテナンスが好きなのかな。
評判を先に気にする。
就活で冒険することなく、堅実な会社に入って、気の置けない仲間と遊んだり、慣れ親しんだ街でデートしたり、
そういう生活を想像すると、はかなくて虚しいけど、心安らぐ。
過去の自分を否定したくなくて、こんな風な考えは否定してきたけど、
やはり、これが自分だと思う。
疲れたね。
枝でもなんか馬鹿なこと言ってるやつがいるが。
プログラムなんて、書き方はどうでもいいんだよ。
笑っちゃうよな書き方でもさ、「最終仕様」と「書いた奴の思想」が紙であれば。
あり得ないから、そんなの。
迷惑をかけない書き方ってのは、「しっかりドキュメントを残す」以外にないからな。
でな、良い現場ってのは、メンテナンス性の高い開発ツールを使い、メンテナンス性の良い言語を使ってるところじゃない。
それが出来てないところは50歩100歩で全部一緒。
一番危険なのは、古参のベテランエキスパートが仕様管理してるようなとこ。
はた目には「その人に言えば何でも解決する」だが、その実「その人がやらなきゃ誰にもできない」だからな。
http://tokiy.jugem.jp/?eid=800
長い間平和が続いたせいか、行政は、責任回避のエキスパートばかりになってしまっているようである。専業主婦の年金未加入期間をどうするかという問題で、当時の民主党の長妻大臣の意向に従って通達を出した課長が、予算措置が必要な事を通達で勝手にやったとして詰め腹を切らされたのが、効いたというのもある。民主党の大臣が責任を取ると言っても誰も信じないし、法や規則で決まった事しかやらないし、それも、可能な限りやらずに済まそうとなってしまっている。法や規則で決まっている事でも、好ましくない結果がでれば詰め腹を切らされると、誰もが理解している状態なのである。
災害現場において行政機構が機能していない状態では、誰が要請を出すのか、そして、その要請の書式や届出先はどこで、それをどのように災害現場に伝えるのかという点で、要請が来てからというイベントドリブンでは役に立たないのだが、災害現場の行政機構が崩壊しているのは現地の問題であって、それを受ける側の責任ではないという、事勿れ主義が蔓延しているのである。
要請が来てからというのは、自称被災者代表というのが現れて、物資や援護金の交付を求めても、詐欺と見なして、門前払いするという手法である。
現場に、最低限の物資を持った人間を送り込んで、現地組織の立ち上げ、被災者の名簿作り、必要な物資の量と種類の確認まで行わせた上で、帰参報告させて、以後は現地組織代表からの要請を受けて送出という状態になって、初めて、要請が来てから送出するという事務処理が回るようになるのだが、そのような手続きは、法にも規則にも定義されていないので、誰もやらないのである。
事務処理を回すには、その為の根回しや組織作りが必要であり、この部分を誰も行わないというのが、今回の大震災における政府・行政の行動から、明らかになった。正規の行政ルートが潰れた時には、政治レベルで、すなわち、町会から、区議や市議、県議、政党組織といった、地方政治の人脈で臨時の組織を立ち上げるというのが期待されていたのだが、津波によって集落が丸ごと消滅するという規模の被害だと、そういった人脈自体が消滅してしまうので、被害にあわなかった地域から人を送り込んでオルガニゼーションをやらなければならなくなるのである。
津波によって現地の行政組織・政治人脈が崩壊している時に、要請が来ないから何もしませんと開きなおるような政府・行政は、必要であろうか。平時においては税収に匹敵する人件費を食い潰し、緊急時においては責任回避のエキスパートぶりを発揮して何もしない事を正当化するというのでは、養ってきた意味が無いし、行政に携わる人々をそのような体質に変えてしまった政府・民主党は、それ以上に害悪でしかない。
って回答したつもりだったんだけど…補足。
一般の人達が思ってる以上に、新しい世代の技術者ってのはいない。
個人的な見解で言えば、生きていく上で「よし新エネルギーの研究しよう!」って強い熱意を持つ人が、
自動車とかコンピューターとか生物とか、触れることは多いけど、
半導体とかエネルギーとか材料とか、生きていく上でブラックボックス化されてることが多いから、
熱意ある人が少ないんじゃん?一般的に「分かりやすい」方向に人が集まるわけで…
(オペレーティングシステムがりがり書くよりソフトウェア作りたい人が増えてるみたいに)
そういう「分かりにくい」分野って、
俺よりも少し年下、20代半ばのイケメンの知り合いがいる。かなりのイケメンで、高卒の俺からは眩しい学歴があってリア充で、ブサメンで人望がない俺なんかにはもったいない友人なんだが、割と慕ってくれているので有難い。
付き合ったり話をしているうちに、実はかなり頭が悪いことが分かってきたという話。
ある晩の酒の席でサイドビジネスや不労所得の話になったとき、彼から実は株を始めていることを聞かされた。詳しく聞いてみると、株を教えてくれる教室に通っていて、株をやるためのソフトウェアを購入したのだという。教室の先生は株式売買のエキスパートで、その先生が用意したソフトウェアを用いて臨めば、高確率でうまくいくのだと。
株式売買もFXもぜんぜん分からないし、あまり興味をもてない俺には想像がつかない世界だが、周囲の人間から株をやるための準備金として80万円も使ったという話は聞いたことがなかった。
「騙されている」
そこまでは思わなかったが、それはちょっとおかしいような気がした。こいつ騙されやすいかもしれないなと思った。
ちなみに今日時点で、彼は株から足を洗っている。収益はだせず、教室代とソフトウェアのローンを支払っている最中である。
ある晩、電話があった。
「XXXさん(俺のこと)、アンチエイジングをご存知ですか?」
そう切り出され、健康食品や化粧品を取り扱うマルチ商法的なビジネスに関心があるのだという話を聞かされた。知ってるよ。ねずみ講ではなく、ネットワークビジネスというやつだよね。
「よく知っていますね。俺も最初に聞かされたときには怪しんでいました。でもその人の話を聞いたり、ネットで調べるうちに、これは信用できる。21世紀のビジネスはアンチエイジングだと思っています。XXXさんも今度ぜひセミナーに参加しましょう」
調べてみるよ、また連絡すると結んで電話をおいたあと、彼が始めたというネットワークビジネスを調べてみた。苦情の坩堝だった。特にその最初に参加するセミナーは「マインドコントロールセミナー」と呼ばれるらしい。ネットで調べて信用できると思えたというのは、何を指していたんだろう。
電話から2週間くらい経ってから、メシの誘いがあった。彼以外のマルチ商法関係者が来ていたらイヤだったが、そんなことはなかった。
例のビジネスの話題になり、意見を聞かれたので、「ぶっちゃけ、まったく信用できないと思った」と正直に言った。すると、意外な返事が返ってきた。
「俺もそう思い始めています」
信用できないと思えてきたらしい。彼はそのビジネスをやってみたいと母親に伝えたところ、やめておけと反対されたのだという。まあ、そうだろうな。君のお母さんがそれなりの常識を備えていれば反対すると思うよ。
「占い師というわけではないんですが、説明できる言葉が無いので便宜上それでいいです。このエピソードをなぜ披露したかというと」
要するに、母親はただ反対したわけではない。その占い師さんの意見を仰いだ上で反対しているのだから、彼自身も考え方を改めたのだそうだ。俺には「なるほど」としか言えなかった。
アフィリエイトの話は俺から切り出したということもあるんだけど、彼自身も元々興味があったようだ。俺自身はWebアプリ用のフレームワークをいじったりするのが楽しいので、適当なWebサービスをリリースして、あわよくばアフィで収入を得られればという程度の考えなんだけど、どうやら彼は違ったアプローチをとっている。
「XXXさん、アフィやるにあたって、情報商材は何を買いましたか?」
アフィリエイトを始めるために情報商材を買わないといけないものなのか?そもそも情報商材って。大胆なうたい文句をズラズラ並べた縦長のページで売っているやつですか。
「そうです。怪しいですよね。おれも詐欺に気をつけながらよくよく吟味しましたよ。で、PPC広告でアフィリエイトサイトへ誘導して収入を得るための情報商材を購入しました。3万円で3ヶ月間コンサルタントしてくれるのです。評判を見た限りでは、これでうまくいかなければ何をやってもダメなのだと思っています」
そう意気込んで話してくれた。情報商材でボロ儲けって、いかがわしいダイエット広告やトルマリンパワーくらい現実味がないと思っていた。件の商材のURLを送ってもらい見てみたが、その考えは変えられなかった。
騙されやすいのか、好奇心旺盛なのか、人を疑うことを知らないのか、どう表現すればいいのか分からないが。
彼は生まれ育った環境のおかげでそういう性格になったのだろう。占い師のエピソードでそう思った。実際にこういう人がいるんだなとも思った。
俺が二次災害的に騙されることが心配なので、距離を置いて付き合っていこうとは思う。
昨今の民主党の数々の失政の最大の原因が、官僚の軽視にあることは論を待たないと思う。
そもそも、「ズブのド素人」である政治家の、安易な思いつきで政治をやることが「リーダーシップ」と勘違いされるに至ったのは、いったい何時頃からなのだろう。既得権益を解体し、ゼロベースの「政治家主導」で政策の優先順位を判断する。ここまではいい。しかし、実際に優先順位を判断し、具体的な施策を決めていくには、専門家の協力が不可欠だったはずだ。
そう、少なからぬ数の官僚が自分の権益を守るために行政を捻じ曲げていたとはいえ、それ以前に、官僚は各政策領域の専門家(エキスパート)なのだ。しかし、民主党は、官僚全てを十把一絡げに「既得権益の象徴」として排除しただけでなく、代わって在野の専門家を味方に付けることもしなかった。
現在の迷走ぶりは、その当然の帰結と言える。どんな「リーダーシップ」も、それを背後で支える多数の専門家の協力無しには成り立たないという当然の話に、何故気付かないのか。
しかし、これら全ての責を民主党に帰すのも、また酷な話であるのかもしれない。なぜなら、こうした専門家軽視の態度は、彼らに限った話でも、今に始まった話でもないからだ。
学者、科学者、技術者、医師、弁護士、裁判官、そして官僚、エトセトラエトセトラ。この十年や二十年、我々の社会はひたすら専門家を貶め、その影響力を削ぐことに邁進してきた。曰く、『あいつらは一般人に理解できない理屈を捏ね回してばかりで、社会常識からかけ離れている』。
裁判員制度などは、その典型だ。「社会常識の無い裁判官に任せてはおけない。市民感覚を反映してこそ、正しく罪を裁くことができる」。法を犯した人間を何百人と見てきた裁判官(=専門家)より、初見の一般市民(=ド素人)の方が正しい判断ができるとは、なんという傲慢だろう。
『いや、そのようなことはない。「はやぶさ」の帰還を成し遂げた科学者や技術者達に、人々は惜しみない賛辞を送っているではないか』と反論する人がいるかもしれない。しかし、それは単に「はやぶさ」の感動的な帰還物語が「一般市民」にも分かりやすく、また自分達との利害の接点が見えにくいからに過ぎない。
果たして、宇宙開発に要するコストが、人々の身近な利害とのトレードオフとして明確に突き付けられた時、それでもなお手のひらを返さずにいる人間が何人いるだろうか。
政権が代わったことで露になったのは、「私は何も口出ししないので良きに計らってくれ。ただし、自分の利害に関わる場合は全力で阻止するけどね」という素晴らしい国民性だった。こうして、自分の狭い視野の範囲内での利害にしか興味のない人々による「総論賛成、各論反対」の前に、あらゆる政策は頓挫することになる。
まぁ、優先度の低い事柄の切り捨てを決断することも「リーダーシップ」の一部に入っているわけで、それすらできない「政治主導」とは何なのか、という話ではある。しかし、そこを押し切る決断ができないのも足腰の弱さ、すなわち専門的知見によるバックアップがない「思いつき駆動政策」の当然の帰結と言える。
こうして、事態はいよいよもって袋小路に陥った。
民主党が、そしてこの国が、今すぐ専門家軽視を改めない限り、次のフェーズとしてやってくるのはウルトラ保守によるバックラッシュ、あるいはカリスマの登場による熱狂と、それに伴う民主主義の崩壊だろう。
書籍「失敗の技術」紹介 (勝間和代が読み解く Book Review http://www.ustream.tv/recorded/9628233 より)
行動経済学でも実験が行われているのだが,エキスパート(専門家)であっても,情報を多く得たからと言って予測精度が上がり続けることはない.ある一定以上の情報を与えても予測精度は頭打ちする.しかし,自信だけが上がってしまう.それが対象分析の目を曇らせてしまう.専門家の過剰な自信というによって,かえって失敗を招くことがある.
もともと3人で回る商売を始めたとする。
これは創業者によるエキスパートシステムで、創業者は「自分の考え」で商売しているから、その範囲で賄える商売であるうちは何の問題もない。
問題はそれを拡張するときに発生する。
「他人」が中に組み込まれるとき、どういう風に生まれ変わるか想定できない人は、「管理者・経営者」に向かない。
エキスパートのみを求め、あくまで個人の集団でいくのか、エキスパートが指揮する精鋭部隊を幾つか作るのか、そもそも業務を単なる作業にしてしまうのか。
それはビジネスビジョンと相談の話で、どれが良いとか悪いとかではない。
「やりがい」という物だって、職人的なやりがいも普通に存在しえる。
それを「体のいい道具だww」と笑うのは、なんというか自分の商売を笑っているようなもので、それならそれで良いのではないかとも思えてしまう。
客も従業員も商売さえも、単に記号であり、それを躍らせるのが「やりがい」だと言っている様なものだしね。
そういう価値観も「あり」だとは思う。
アイテムをいくら集めても自信はつかないし楽にもならないよ。
どの道にもエキスパートがいて,頑張っても敵わないと思うことは多いけど
強い人がどこにでもいるわけじゃない。
自分に出来ることと出来ないこと,得意なことと不得意なことを見極めて
力を発揮できる居場所を見つけられれば,
人にどう思われようと気にならなくなる。