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2017-05-23

http://anond.hatelabo.jp/20170523104356

東京まれ東京育ちだけど、確かに田舎行くと空気が違うなぁって思う。

奥多摩の方いけば違うけど笑


で・も!

というより、「空気読め」って普段言うくせに、自分普段吸ってる空気には無頓着ってどういうことよって思うよね 笑

これは意味不明だぞ!笑

増田の中では「東京人空気読めってよく言う」という謎イメージなんだな。

2017-05-18

なあマルちゃん日清

西向けの薄味を関東でも買えるようにしてくれるわけにはいかないか

amazonで買えるのは知っているが、そうじゃないんだ。

東京まれ東京育ちだが、味の濃い赤いきつねどん兵衛もこりごりなんだ。

なあマルちゃん日清よ買わしてくれるわけにはいかないか

味を薄くしてくれるわけにはいかないか

2017-05-10

http://anond.hatelabo.jp/20170502202439

東京でも「町田神奈川」って自虐ネタやらないと同じでしょ。

町田のヒトが胸張って「東京まれ東京育ちです」って、文京区あたりに戦中以前からすんでるような人に言ってごらん?京都ほど露骨じゃないかもしれないけど似たような反応だよ。ただ京都東京に比べてそういう「文京区に戦中以前からすんでるような人」に当たる確率は高いな。

2017-05-03

カーストカーストって極端な例をマジョリティにすんな

東京まれ東京育ち

23区内?23区外?

そんなんでぶつくさ言ってる奴なんていねーよ!

35年間生きてきた中で2~3人しかいないし、ちょっと極端な奴だよ!

京都の話もそうだけど、極端な例をさも当たり前かのように取り上げんな!

それを見て本気にして「○○って○○なんだよ」と事実のように伝えるバカもいるんだよ!

今も昔も噂の内容が変わらないどころか、伝達の速度でいったら現代の方が質が悪い。

2017-04-13

http://anond.hatelabo.jp/20170413102943

東京まれ東京育ちなんだが、そーいうどこか治安が悪いとか部落だとか、場所の話を子供の頃からまりしたことがないし意識したことがない。単純に山谷は怖いとか聞いてへーって感じ。

2017-04-08

東京ご当地グルメってなに?

東京まれ東京育ちだけどこれってもんがない。

福岡の人のうどんへの並々ならぬ熱さとかうらやましいんですけど。

2017-03-19

スッピンで出勤する女ってなんなの?

サービス業で勤務して7年になる。年度も終わりかけているが今年度大卒で入った新入社員の女が化粧をしないことに疑問を抱いている。

会社員になり給料をもらうようになったら少し化粧もするだろうと思ったが未だスッピンで出勤。業界業界なだけにさすがにスッピンはありえないと思うのだが。

別に化粧というのは自分盛るとかそういうだけではなくて、お客様に対する最低限の嗜みみたいなものだと思っていた。でもだからと言って新入社員が悪いことをしたかと言えばそうとも言い切れないグレーゾーン彼女東京まれ東京育ち女子校出身だと言っていたが、女子校とか大学就活前とかにメイク講座みたいなのやらない?美人かブスではなくて社会人でそれなりに働いているなら化粧をしたほうがいいと思うのは私だけなのだろうか。

2017-03-17

会社女性新入社員が化粧をしないのがありえない

サービス業で勤務して7年になる。年度も終わりかけているが今年度大卒で入った新入社員の女が化粧をしないことに疑問を抱いている。

会社員になり給料をもらうようになったら少し化粧もするだろうと思ったが未だスッピンで出勤。業界業界なだけにさすがにスッピンはありえないと思うのだが。

別に化粧というのは自分盛るとかそういうだけではなくて、お客様に対する最低限の嗜みみたいなものだと思っていた。でもだからと言って新入社員が悪いことをしたかと言えばそうとも言い切れないグレーゾーン彼女東京まれ東京育ち女子校出身だと言っていたが、女子校とか大学就活前とかにメイク講座みたいなのやらない?美人かブスではなくて社会人でそれなりに働いているなら化粧をしたほうがいいと思うのは私だけなのだろうか。

2017-02-14

こちとら東京まれ東京育ちだけど、長命寺桜餅はずっと食べてたことなかった。関東長命寺って言われても全くピンとこないな。スーパーで売ってるのは道明寺ばっかりだし。

2017-01-28

東京まれ東京育ちだけどネットばかりに青春を捧げてしまった

美術館博物館もこんなに価値があるものだとは思わなかった

近くには無料で沢山の本が閲覧できる図書館があるし

足を伸ばして渋谷ツタヤにいけば膨大な品揃えから安価映像音楽を楽しむことができる

気づいたときには学割も効かず、時間もない社会人になっていた

こんなことな時間自由学生時代もっと文化資本というやつを貯めておくんだった

ニコ動MAD見ながら馬鹿笑いしたり、2ちゃんレスバトルに興じてる場合ではなかった

そんなもの東京でなくても楽しめたのだった

2017-01-27

学歴信仰幸福階級制度田舎高卒の雑感―

http://anond.hatelabo.jp/20170125191935

これを読んだ雑感。少々長いので要点だけという人は「学歴教の信者として」という小見出しから読んでもらいたい。

田舎出身高卒者として

俺は山の上の村落で育った田舎者で、最終学歴高卒。家から徒歩15分のところにある商業高校卒業した。つまりこの増田の言っている田舎高卒に当てはまる人間だ。

率直に言うと、底辺呼ばわりには腹が立った。なんとかしてこの増田反論を書いてやろうと思って昨日は色々調べたりした。しかし、増田の言っていることは大筋では正論で、この調査は徒労に終わった。

そりゃそうだよな。大卒と比べられちゃ高卒なんて屁の突っ張りにもならない存在だよな。底辺であることを受け入れるしかないよな。そんな諦観が胸を占めた。

でも、どこかに引っ掛かりがあった。確かにデータでは高卒経済的弱者社会的弱者だ。大卒には背伸びしたって勝てっこない。増田の言う通りかわいそうな存在なんだろう。しかしどこか納得がいかなかった。このもやもやした感じは、増田を何遍読んでも、自分の状況を何遍顧みても、消えなかった。

ぐるぐる考え続けて俺が行き着いた答えはなんとも陳腐ものだった。自尊心を傷つけられたから呻いていた、ただそれだけだ。高尚な思想なんてものはありゃしない。犬に食わせておけばいいようなプライド大卒者への劣等感で疼いていただけだ。

悲しいかな、俺は底辺なのにそれを心底では受け入れられずに必死で抵抗していたのだ。そんな不名誉称号を貼ってくれるな! 俺をかわいそうがるな! 俺を不幸な人間だと言うのはやめろ! 俺は胸底でそう叫んでいたのだ。

学歴教の信者として

この自己分析を進めるうちに俺は俺の醜い部分を再認識させられた。俺はなんてみみっちい人間なのだろう、事実事実として受け入れられないなんて。自己嫌悪に陥って俺は頭を抱えた。苦しさ、悲しさ、悔しさ、それらで一杯だった。

俺は頭を上げてパソコンの画面を見た。俺を散々悩ませる原因となった増田が目に入った。俺はそれをもう一度読んでみることにした。読み進めていくうちに、前述したもやもやが、自尊心だけでは説明し切れなかった部分が晴れはじめた。読み終わったとき、俺は一つのことに気が付いた。すごく当たり前でつまらないことかもしれないが、俺にとっては重要な気付きだった。それは俺が増田の言うことを丸っきり盲信しているということだ。

増田文章には大きなポイントがあった。それはこの部分である

しろ田舎高卒東京育ち大卒世界を知らないで、ずっとその地元で生きて死ぬのが幸福なのかもしれん。

事実田舎高卒東京大卒に経済力でも社会的立場でも劣る。しかし、確証されていないものが一つある。それはこの引用文で言及されている「幸福さ」である

増田も俺も東京大卒が属している世界幸福であるという無条件の信仰があった。引用から増田学歴幸福さを結び付けて考えているのは明らかだ。たしか東京大卒の給与は多く、社会的身分も高い。しかしそれが幸福につながっているのかは疑わなければならない点だろう。

果たして本当に田舎高卒東京大卒よりも不幸なのだろうか? 田舎高卒幸福東京大卒の幸福よりも程度の低いものなのだろうか? 俺の学歴信仰にひびが入りはじめた。

幸福は数量化できないし、ましてや比較してどちらがより多いとか、より質が高いとか、言うことはできない。そのような方法人類は持っていない。そうであれば田舎高卒が低級な幸福しか味わえず、東京大卒が高級な幸福を味わえるなんて意味の断定はできないし、するべきじゃない。

叔父として

最後に俺の私生活で起きた変化から学歴幸福について書くことで終わりとしたい。

今年、つまり2017年に俺の姉が出産をした。生まれたのは女の子だ。入院から数日して姉が実家帰省してきた。出産して数日は実家に帰るのが常識だそうだ。初耳だ。

俺は求職中だったので、ほとんどの時間を家で過ごしていた。そこで姉と姉の子の様子を長い時間見ることができた。姉は授乳オムツ替え、赤ちゃんの入浴など、甲斐甲斐しく世話をしていた。それは以前の姉を知っている俺からしたらなかなかの驚きであった。

昔の姉は子供が嫌いだった。そんな姉が子を産み、そして育てている。しかも愛おしそうに。夜中に赤ちゃんの泣き声で起こされても嫌な顔一つせずあやしている。俺はその姿を見て、本当に姉は幸福なのだと感じた。

姉も姉の夫も高卒だ。大学には行っていない。それでも幸福そうである。俺は彼女らの幸福階級分けされて、なおかつ下級なものに分類されるとは思わない。大学に行かなかったからといって幸福を得損なっているとも思わない。

もちろん、東京大卒の幸福も見下してはいない。中央省庁大企業で成果を上げる幸福もあれば、田舎で静かに子育てをする幸福もあるだろう。人間幸福はそれぞれであり、等しく価値あるものであろう。人類幸福を数量化し、比較する方法を得たとき増田が当たっているか、間違っているかが分かるが、その方法がない今はそう考えるのが妥当ではないだろうか。

最後増田の追記を読んで

俺が追記について加えて言うことはない。俺の雑感は以上。冗長文章最後まで読んでくれてありがとう

2017-01-26

東京育ち大学に行っていない夫と地方育ちで大学に行った私の話

私の夫は東京で生まれ東京で育った。

彼の両親も、それぞれ23区ど真ん中にある一軒家で育った。

夫の親族ほとんどは都内に家があり、大半は大学出で、半数が東大海外大学卒業している。

母方のひいおじいさんは大学教授、おじいさんは会社経営者で、父親は超大企業に勤めていた。父方の祖父医者だ。

都心にある両親の実家はそれぞれ部屋数が10以上あり、庭は子供鬼ごっこをできる広さがある。

ここまで聞くと、小町によくあるような夫自慢に思えるかもしれない。

しかし、夫自身大学に行ってないし、お金持ちでもない。

夫は都内私立中高一貫校に進学し、専門学校(夫曰く、名前を書いたら入れるそうだ)を卒業してエンジニアになった。

年収は同世代中央値のちょい上くらいで、1千万円を超えることは一生ないだろう。

実家もロクデナシの父親のせいでお金持ちではなくなっている。

一方私は、中堅地方都市にあるアパートで育った。うちはどちらかといえば貧乏寄りで、住んでいるアパート同級生に見られるのが嫌で嫌で仕方なかった。

家は6人で暮らすには明らかに狭く、自分の部屋がある友人がとても羨ましかった覚えがある。

家族の中では私だけが都内大学に進学した。

奨学金親族からお金を借りて学費をやりくりしたのだが、曲がりなりにも大学に娘を通わせられたのだから、そこまで貧乏というわけではなかったと思う。

そんな私にとって、夫は今まで出会った人の中で最も育ちがいい人間だ。

夫は乱暴な言葉を決して使わない。いつも柔和で物腰も柔らかく、大きな声を出しているところも見たことがない。

躾が厳しいお祖母様が、ジェントルマンとしてのマナー所作を教え込んだらしい。

夫は怒らず、驕らず、感情的にもならない。女性を見下すことも絶対にしない。

対して私の言葉遣いは乱暴だ。仕事中は丁寧に話すことを心がけているが、すぐ地金が出てしまう。

ホテル食事をしたことも、きちんとしたフランス料理も食べたこともないかマナーもわからない。少ないお小遣いは本に費やしたため、趣味らしい趣味もない。

夫との育ちの違いを最も感じたのは、箸づかいだ。私は箸づかいがとても悪い。練習してもうまく使えるようにならなかった。

夫は箸づかいがとても綺麗で、いつも果物がある家に育った。

私とは何もかも違う人間だ。

夫に貧困の話をすると、明らかにピンと来ていないのがわかる。

驚いたのは、「うち(私と夫)は、中流の下くらいだよねえ」と言ったことだ。

うちは共働きでそれぞれ正職員として勤めていて、都内マンションにすんでいる。

すくなくとも私の実家よりはるかに余裕がある暮らしをしている。

「じゃあ、君の実家はどのあたりなの?」ときくと、「僕の実家がちょうど真ん中(の生活水準)だと思う」と返され、二の句が継げなかった。

思い出したのは、義母との会話だ。義母の庭は定期的に職人に手入れしてもらっており、色とりどりの季節の花や木が植わっていて、とても見応えがある。

「こんな素晴らしい庭は見たことがない」と伝えると、「そんな立派なものじゃないわ。近所の方や、知り合いの家の方がよっぽどすごいわよ」と家族一同に全力で否定された。

その時は、「謙遜してるんだなあ」と思ったが、今思い返すと、あれは本気で言っていたのだろう。

私にとって一番凄い庭は夫の実家のものだが、夫の家族もっと広くてもっと手入れされている庭をいくつも知っているのだろう。

私にとって一番凄い家は夫の実家だが、夫の家族もっとお金持ちでもっと格式がある家をいくつも知っているのだろう。

しろ、そちらが中道なのだ

夫にとっての「貧困」は、テレビで写し出されるアフリカの現状のようなものなのかもしれない。

存在は知っているが、リアリティを感じないし、遠すぎて自分の家と比較をしたりしない。

夫が大学に行かなかった理由の一つは、「行く必要がなかった」からではないか

私は狭い家を抜け出し、自分の部屋で生きて行くためには絶対大学に行く必要があった。

すくなくとも、18歳の私はそう思っていた。

そのために膨大な時間お金を費やして大学を出た。

しかし、夫にはそう言った飢餓感や、行かなければならない必然性がなかったのではないだろうか。

大学に行くと、様々な人がいた。

その中には都内で育った人もいたし、私のように奨学金学費を賄っている地方出身の子もいた。

だが、私が出会った最も育ちの違いを感じたのは東京でそだって大学いかなかった夫なのだ

http://anond.hatelabo.jp/20170126093251

「のたまう」の元の意味を把握してる人はたくさんいるように思うけど、元記事が知らずに誤用してると決めつけているのは何故だ。元記事記事上で格上と設定している東京育ち発言を「のたまう」と表現していて、恐妻家キャラが奥さんの発言を「のたまう」と表現しているのと構造は同じだろう。

http://anond.hatelabo.jp/20170126013824

お前それは

それこそ視野の狭い発言だわ

まだ学生若い人ならいいけどおっさんおばさんなら反省必要

ワイ東京まれ東京育ちからあれだけど、普通に高校生にもなれば<大学に行くことの意味>と<大学に行かないことのリスク>位は把握するはずだから

それら把握したうえで高卒という選択をしてるならそりゃ自業自得的なやつちゃうのん

こういうの自体環境で発生する感覚に大きく依拠しておるんよ

家族も回りもみんな高卒だったらそもそもお前が言ってるような情報アクセスする機会が減るし

たとえアクセス出来て文字情報として理解できても感覚としては周囲の高卒ワールドノーマルなんよ

お前だって周りもそうならまあ大丈夫かって安心したことなんかではあるだろ

たまに田舎とか貧困層に生まれ自発的に目を啓いて抜け出す奴が居るけど

それはそいつが傑物なのであってそんな奴滅多に居ないわ

俺も東京まれ中流階層エスカレーター有名私大だが

こんなの周囲と親がそういう感じにしてくれたのがまずあるわ

田舎高卒自己責任とか自業自得なんていいきれるほど自分だけでやってないもの

http://anond.hatelabo.jp/20170125191935

ワイ東京まれ東京育ちからあれだけど、普通に高校生にもなれば<大学に行くことの意味>と<大学に行かないことのリスク>位は把握するはずだから、それら把握したうえで高卒という選択をしてるならそりゃ自業自得的なやつちゃうのん

2017-01-25

田舎高卒自分底辺ってことさえ知らない

東京に生まれ中高一貫大卒田舎高卒ってその時点で生きてる世界が違うよな。

東京のやつは「いまどき大学行かない奴とかいるの?」とか、マジで言ってるし。

俺の出身中学田舎)で大学まで進学しているのは10パーセントくらいだし、田舎じゃ高卒デキ婚が当たり前。

企業就職してるやつよりもフリーターが多いし。

でも、東京で生まれ育って就職してる人はそんな底辺世界なんて想像できないし、逆もまたしかりなんだろな。

しろ田舎高卒東京育ち大卒世界を知らないで、ずっとその地元で生きて死ぬのが幸福なのかもしれん。

東京大卒と田舎高卒格差はめちゃくちゃ残酷

で、そのことを一番実感できるのは、田舎底辺から東京大学とか大企業とかに行った奴。

東京でのうのうと育って暮らしてるやつは、底辺を見て「自己責任」とかのたまう権利はないと思う。

東京という場所と、理解経済力のある両親のおかげで、本人の努力はついでぐらいのものにとどめるべきだ。

田舎底辺は単に運が悪かっただけ、生まれ場所が悪かっただけで、かわいそうなもんだとおもう。

そもそも田舎高卒は、自分底辺ってことさえ知らないから、可哀そうというのはお門違いだけど。

そう考えると、進学したくないとごねる俺に「東京大学だけは出ておけ」って叱ってくれた俺の母さんと父さんは偉大だと思う。

母さん父さん、ありがとう、今度何か送ります

追記

反応がたくさんあって嬉しいです。

返事はできないけど、トラバブコメ全部読んでます。いろいろ参考になる、ありがとう

底辺」という言葉が乱暴すぎたなって反省してます

ブクマ見ると、みんなは底辺=「不幸」「見下されるべきもの」って連想するんですね。

文中の底辺っていうのは、さまざまな機会に恵まれてない環境とその環境再生産する人たちを指してます収入はもちろん、大学進学の機会や知識人間関係を手に入れる機会。そもそも選択肢が与えられていない状態

でも、底辺存在している人も、世間で上流・中流といわれる人も、人間本質とかはそんな変わらない。

しろ東京に生まれ中高一貫大卒田舎高卒」ってのは両方とも、それぞれの世界の「普通」の道を選択してるっていうのは同じなんじゃないかと。

どちらも似たような理由選択してんのに、学歴とか、収入とか、接する人とかそこで形成される性格とかそういうのが大きな違いが出る。

それって、なんというか、かわいそうだよな、って。

東京まれ中高一貫の一部は、自分いかに恵まれ環境にいて、運が良かっただけなのかを知らない。努力もしているのかもしれないけど、田舎高卒だって俺が見ている限り、その世界普通であろうと努力をしている。

中高一貫大卒田舎高卒自分の生きる世界では、底辺ではなく「普通」だと信じてる。

田舎高卒自分底辺だって知らないのと同じように、中高一貫大卒も俺も、この世に生きるほとんどの人が、自分がどこにいるかなんて何も知らないんだろうなって、ブコメ見て思いました。

生きるって難しいね

あと、中学校大学進学率について。俺の中学は1学年約100人で、その内隣町の進学校大学進学希望90%超)に行ったのが8人、他は地元高校か、少し離れた定時制

で、地元高校の進路について、さっき見てみたら大学進学が7人いたから、大学進学率は約15%だった。適当に書いて申し訳ない。

両親にはお魚を贈りました。

2016-12-15

安倍プーチン会談山口でやるのって

明らかに選挙区への利益誘導だと思うんだけど、テレビで誰もそこに触れてない(多分)のはどうして?

あと、しれっと安倍が「私の故郷である長門市」とかいってたみたいだけど、あの人東京まれ東京育ちだよね?

嘘はよくない。

2016-08-13

今どきの若者は「超」を使わない

こんにちは。私は2016年も半ばを過ぎたというのに未だに「超」の癖が抜けないです。皆さんは、そうですか?

 故あって少しの間だけ居酒屋バイトをすることになったときに聞いた話なんだけど、東京育ち (江東区) の大学2年生ぐらいの子が「超」は中学生ぐらいだったときには使ってたけど最近は使わないと言う。「じゃあ、超の代わりに何ていうの?とても?かなり?ちかっぱ?」って聞いても「ちかっぱって何ですか?特にないですね〜」とのこと。何てこった!!

 ところで、私は九州出身ではないです。

2016-08-10

東京人はディスって良いという風潮

先に言っておきますが、これは別に地方の方を馬鹿にするような意図などは含まれておりません。

予めご了承のうえ、興味を持たれた方はお読みください。

ちなみに書いている人間東京まれ東京育ち、親戚もみんな東京という生粋江戸っ子です。

「東京」というフレーズを見て、なにを思いますか?

東京の人は冷たいっていうし……

人がたくさんでゴミゴミしてるし……

物価家賃もおしなべて高すぎるし……

水道水はまずいし……

とか、いろいろあると思います

確かに東京はひとがめちゃくちゃ多いです。

朝の山手線特に池袋新宿から渋谷品川方面に向かう電車)や、

地下鉄銀座線なんかは乗っているだけでHPが削られていくし、

そのせいで買ったばかりの鞄の形が思いっきり崩れたり、

乗降客の押し合いへしあいでバッグの取っ手部分が壊れたこともあります

渋谷スクランブル交差点なんかはもはや一種観光名所

同じく新宿靖国通りをまたぐ交差点なんかもひとがたくさんいますよね。

こんなにたくさんの人間がどこから出てきたんだー!! と思ったりもします。

そして物価、というより地価が高い。家賃も高い。

麻布一人暮らしをしている友人は、9畳ワンルームの部屋で家賃12万だと言っていたので驚きです。

だけどひとつだけ物申したいのです。

東京とひと言で言っても、意外と東京って広いんですよ。

いわゆるメディアに出ている「東京」って、23区のなかでも本当に一握りで

渋谷区」「新宿区」「港区」「千代田区」「中央区」辺りだと思うんですね。

そこは本当に人も多くてごみごみしていて、確かに慣れていない方なら歩くだけで疲れるような場所でもあります

だけど他にものどかな場所ってあるんです。

多摩八王子はいわゆるベッドタウンで畑があったりもするし、

杉並区」「練馬区」あたりは住むにはもってこいとも言われるのんびりとした場所です。

どうも、東京に対してネガティブイメージをお持ちの方って、

メディアによって切り取られた一部しか見ていらっしゃらないような気がするんです。

さて、話は変わりますが。

以前私は仕事関係で数か月間A県はB市の某ビジネスホテル暮らしいたことがありました。

一応伏せてはおりますが、このB市とは

宮城県で言うところの仙台市のような、

愛知県で言うところの名古屋市のような、

兵庫県で言うところの神戸市のような、

福岡県で言うところの博多市のような場所です、といえばニュアンスが通じますでしょうか。

もちろん出張ということで、A県支社の方々と触れ合う機会もあり、楽しく過ごしておりました。

そして初めてのB市、有名ないわゆる歓楽街でも楽しい思いをさせていただきました。

A県はごはんお酒もとても美味しいし、B駅周辺はすごく栄えていたので、

このままA県で暮らすのも楽しそうだなあ~なんて思っていました。

そして出張が終わる直前、会社の方々に送別会を開いていただいたのです。

数か月という時間でみなさんと懇親を深め、緊張や遠慮もなくなってきていたため、私を含め周囲の方々みんなが結構酔っぱらっていたときに、ある言葉を言われました。

「俺が東京勤務になったらすぐ会社辞めるわ」、と。

よくよく話を聞いてみると、

東京なんて人が住む場所じゃない」

東京なんかで暮らしている奴は感性がない」

東京人間なんてくだらない」とのこと。

その瞬間、飲んでいたお酒がすーっと身体から抜けていく感覚しました。

冒頭でも述べたとおり私はずっと東京で過ごしてきた人間です。

私は東京が大好きだし、自分が住んでいる都市を誇りに思います

それは他の県にお住いの方も変わらないことでしょう。

だけどどうして東京だけ、面と向かって馬鹿にされることが許されるのでしょうか。

例えば私が東京馬鹿にされたときに「A県も住むとこじゃないですけどねw」なんて言ってしまったら総叩きにされていたことでしょう。

東京の人は冷たい? そうかもしれませんが、優しい人だってます

東京は住む所じゃない? 実際に住んでいる人が1,362万人もいます

東京には緑がない? 新宿御苑浜離宮など、都心の方が緑豊かな場所もあります

他県の方となにも違わないんです。

他県の方がご自身の住んでいる県、あるいは市区町村郷土愛を持っているように、

東京私たち東京への郷土愛を持っているのです。

それを否定されることはとてもさみしく辛いことです。

少し考えていただければわかることかと思いますが、東京なら悪口を言っても良いという風潮、これはいったいどうしてなのでしょうか。

東京を崇めろなんて言いません。

だけどみなさんの故郷と同じように、東京出身者も受け入れてほしいというお願いごとです。

2016-08-04

日本語メリット第二言語の話者が少ないこと

英語を学べば世界中の人とコミュニケーションが取れる。それは紛れもない事実だ。

しかし、例えば英語チャットをしてるはずなのに、実はお互い会話が成立していなかった、

ということが割とよくある。

それはなぜかというと、英語を話しているからといって全員がネイティブというわけではなく、

実はさっきまで英語打ってたのがドイツ人だったり、日本人だったりするからだ。

英語ネイティブスピーカーさんにしてみれば、目の前で英語らしきものを話している人間に、

実はどの程度英語が通じるかわからない、というのは地味にストレスなんじゃないかと思う。

その点、日本語ではそういうことは少ない。第二言語として学んでいる人が少なく、

話せるか話せないかが両極端だからだ。

もちろん、それは日本語の貧しさにも繋がるし、この先日本人口が減ると先細りするわけだけど、

とにかく広めよう、増やせばいいんだ! という考えには首肯しかねる。

第二言語の話者が増えるというのは、つまり程度の低い話者とも触れ合う機会が増えるということだ。

ネットで会話してて、中途半端日本語の通じない奴がいたらイラつかないだろうか。

牛丼屋に行って、外国人店員に、並盛と特盛を間違えて出されたらムカつかないだろうか。

東京まれ東京育ち人間は、田舎から出てきた奴らが、なんだかよくわからない方言を話しつつ、

街を闊歩してたら腹が立つのではないか

仮に、第二言語日本語を学ぶ人が爆発的に増えたらどうなるか。

トータルで考えれば、得することの方が多いだろう。しかし、デメリットも間違いなくある。

Google検索画面には、彼らの発する文法の怪しい日本語が増える。

ネトゲをやれば、日本語話しているようで、実は全然話聞いていない奴がパーティの和を乱す。

そういうもの比較的無縁でいられる幸せ無視しているのではないだろうか。

2016-07-07

楽な仕事がしてぇ

俺、24歳。就活中。

東京まれ東京育ち東京在住。

とにかく楽な仕事がしたい。

勤務時間法律で定められた範囲内で、単純な仕事

東京は人がいっぱいいて仕事も腐るほどあるんだから

家賃心配がない人間ならうってつけの仕事があるんじゃないだろうか。と思う。

やりがいなんていらない。いらないんだ……

2016-07-06

http://anond.hatelabo.jp/20160706193830

東京育ちとしてはその中で福岡出身だけダントツで印象悪い

名古屋とか大阪性格悪いやつでもそれなりに社交性があって人間関係を取り繕う程度のことはしてくれることが多いけど

福岡はそういうのがなくて宇宙人しか思えない

2016-06-24

想像力の欠如っていうけどさ

想像だけで済ませちゃってるのが問題なんじゃないかなぁ。新聞ネット雑誌ちょっと読んだ程度の情報だけで想像してそれを根拠批判する人結構いる。そういう人はその対象になった人や組織自分世界からは切り離された存在だと思ってる。地続きとは考えない。東京まれ東京育ちの人から見た衰退中の地方都市とか、お金持ちから見た貧乏人とか、日本から見たイスラム原理主義人達とか世界最貧国とか。その逆もそう。実際にふれあう機会も話す機会もないか想像だけで語って決め付けて、同情したり批判したりして、どうかすると法律政策制度もそれで決まってしまう。実際に自分の目で見て考えて自分なりの答えを出すのは現実的には難しいのは仕方ないにしても、想像だけ済まさないようにする姿勢必要なんだと思う

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