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はてなキーワード: フランツ・カフカとは

2016-07-03

[]フランツ・カフカ『変身』

ある日ハエ男になってしまった主人公・タクマは、しかたなくそのまま高校生活を送ることを決意する。

元々不幸体質で苦労人のタクマは、ハエであることからさらに様々なドタバタに巻き込まれるが、いちおーそれなりに楽しい毎日だ。

ただひとつ気になるのが、幼なじみのサチコの態度。

なんかあいつ、俺がハエ男になってからたまーに暗い顔してやがる。

それを見るたびに俺も胸の奥がこう…もやもやするんだ。

ある日、いつものように下校していると空から黒髪ボインきれいなお姉さまが!

魔界から使いとしてやってきたというお姉さまによると、俺がハエ男になったのはベルゼブブとして魔界へ召喚されるためらしい。

さらに俺が魔界に行かないと、魔界の秩序が崩壊するだって!?

俺の生き別れた父親が言っていた「自分気持ちに嘘をつくな」という言葉がふと頭をよぎる。

そうだ。俺は親父のこの言葉を胸に今まで頑張ってきたんだ。

魔界のみんなが困ってるっていうんなら見過ごせねえ。行くしかねえだろ!

…って、ええ!?なんでサチコもついてくんの!?

こうしてなんだかんだ魔界に行くこととなったタクマとサチコ、そして使い魔のお姉さん。

3人を待ち受ける様々な試練とは?

そして魔界の王になるためのもっと重要資質、「ハーレム耐性」ってなんだ!?

クマの苦難はまだまだ続く…。

2016-06-03

http://anond.hatelabo.jp/20160527222559

 学生寮屋上に上って、この街に溢れている幾つもの神話について思いを馳せてみる。ペンキの剥げかけた給水塔の淵に座って、その錆の浮いた表面をゆっくりと歩く蛍の姿に目を遣る。幾つもの神話が生まれ、そして死んでいった。もう二度と蘇ることのない神話もあり、そうでない神話もある。そして、多くの人間自分の抱えている神話が死んでいることにさえ気付くことはないのだ。


 僕にとっての神話が死んでしまったのはいつのことだったのだろう、と蛍の動きを観察しながら考える。それは確か、僕が十五歳だった時のことだ。その歳に、僕は初めてフランツ・カフカ小説を読んだのだった。

 そういう歳だ。

 結局、僕にとっての神話というものは僕をどこかに連れて行くものではなかったのだ、と思う。寧ろ、神話喪失こそが、僕を遠くへと連れて行くための条件だったような気さえする。僕がこれからどこへ行くとしても、その条件は喪失に他ならないのだ。それは海よりも深い確信だった。耳を済ませば夜の羽音が聞こえる。それは今にも飛び立とうとしている。ほんの微かな音であるにせよ、それは僕の耳に届く。それが神話というものだった。そして、その聴覚こそが、神話を喪った人間が引き換えに手に入れることのできるものだった。僕がどこかに行くには、何かを失うしか無いのだ。


     ◇


 やがて、蛍が飛び去っていってからも、僕は長い間その蛍が去っていった方角を眺めていた。

 僕は目を閉じ、自分の中を通り過ぎていった長い時間について考えた。目を閉じた後の暗闇の中を、蛍の灯は長い間彷徨っていた。僕は、その軌跡に手を伸ばしてみた。その指はどこにも触れなかった。僕が捉えようとした光は、僕の指のほんの少し先にあった。

2015-04-15

村上春樹ラノベ少年への回答を職業別にテンプレ化したい

元祖

http://www.welluneednt.com/entry/2015/04/14/113200

私は、アニメやいわゆるライトノベルラノベ)が大好きです。

そのせいか、学校でよくいじめあいますアニメラノベが好きなのはいけないことなんでしょうか? (Vitamin、女性14歳中学生


よくわからないな。アニメラノベが好きだとどうして学校いじめにあうんだろう? 僕にはちょっと想像がつかないことです。べつに誰に迷惑をかけるわけでもないのにね。今度はもう少し詳しく事情を説明してくださいね。僕は最近の若者世界のことにはあまり詳しくないので、何のことだかさっぱり理解できないんです。

僕は14歳の頃、フランツ・カフカに夢中になっていたけど、誰にもいじめられませんでしたよ。きみもためしにカフカを読んでみれば? 



ビジネスコンサルタント

受験が長引いてこれまで女の子に相手にされてこなかっず、また今もきもがられて女の子に恋愛対象として見てもらえない童貞司法修習生が愛する人と出会うヒントを教えて下さい。 | ask.fm/o2441

受験が長引いてこれまで女の子に相手にされてこなかっず、また今もきもがられて女の子恋愛対象として見てもらえない童貞司法修習生愛する人出会うヒントを教えて下さい。

これまで女の子に相手にされてこなかったのは受験が長引いたからではないと思いますよ。原因分析からしっかりやってください。



他のもありそう

2013-12-30

個人的近代文学50選

『超権威主義世界文学百選』http://togetter.com/li/138734というランキングを見て、面白いと思いながらも疑問に思ったことがあって、「20世紀小説ばっかりじゃん!!」ということで19世紀の小説を重視したランキング作成してみました。具体的には近代文学の始まりドン・キホーテ」(1605,1615)からモダニズムの始まりであるユリシーズ」(1922)までです。つまり近代文学モダニズム以前、ということになります小説を選ぶうえで参考になればと。あと、あくまで個人的な基準に過ぎないことを留意してもらえればと。

1.「ドン・キホーテ」(1605,1615) ミゲル・デ・セルバンテス

2.「ガリヴァー旅行記」(1726) ジョナサン・スウィフト

3.「トム・ジョーンズ」(1749) ヘンリー・フィールディング

4.「紅楼夢」(18世紀中頃) 曹雪芹

5.「トリストラム・シャンディ」(1759~1767) ローレンス・スターン

6.「ソドム百二十日」(1785) マルキ・ド・サド

7.「高慢と偏見」(1813) ジェーン・オースティン

8.「黄金の壺」(1814) E.T.A.ホフマン

9.「アドルフ」(1816) バンジャマン・コンスタン

10.「いいなづけ」(1825) アレッサンドロ・マンゾーニ

11.「赤と黒」(1830) スタンダール

12.「ゴリオ爺さん」(1835) オノレ・ド・バルザック

13.「アッシャー家の崩壊」(1839) エドガー・アラン・ポー

14.「嵐が丘」(1847) エミリー・ブロンテ

15.「虚栄の市」(1848) ウィリアムメイクピースサッカレー

16.「緋文字」(1850) ナサニエル・ホーソーン

17.「デイビッド・コパフィールド」(1850) チャールズディケンズ

18.「白鯨」(1851) ハーマン・メルヴィル

19.「死せる魂」(1855) ニコライ・ゴーゴリ

20.「オーレリア」(1855) ジェラール・ド・ネルヴァル

21.「ボヴァリー夫人」(1857) ギュスターブ・フロベール

22.「晩夏」(1857) アーダルベルト・シュティフター

23.「オブローモフ」(1859) イヴァンゴンチャロフ

24.「不思議の国のアリス」(1865) ルイス・キャロル

25.「ミドルマーチ」(1872) ジョージ・エリオット

26.「悪霊」(1872) フョードルドストエフスキー

27.「居酒屋」(1876) エミール・ゾラ

28.「アンナ・カレーニナ」(1877) レフ・トルストイ

29.「ブラス・クーバスの死後の回想」(1881) マシャード・デ・アシス

30.「さかしま」(1884) ジョリス=カルル・ユイスマンス

31.「ハックルベリー・フィンの冒険」(1885) マーク・トウェイン

32.「飢え」(1890) クヌート・ハムスン

33.「クォ・ヴァディス」(1895) ヘンリク・シェンキェヴィッチ

34.「タイムマシン」(1895) H.G.ウェルズ

35.「リリス」(1895) ジョージマクドナルド

36.「シスターキャリー」(1900) セオドラ・ドライサー

37.「ロード・ジム」(1900ジョゼフ・コンラッド

38.「ブッデンブロークス家の人々」(1901) トーマス・マン

39.「超男性」(1901) アルフレッド・ジャリ

40.「チャンドス卿の手紙」(1902) フーゴ・フォン・ホーフマンスター

41.「鳩の翼」(1903) ヘンリー・ジェイムズ

42.「一万一千本の鞭」(1907) ギヨームアポリネーム

43.「アフリカの印象」(1909) レーモン・ルーセル

44.「ハワーズ・エンド」(1910) E.M.フォースター

45.「ペテルブルク」(1913) アンドレイ・ベールイ

46.「変身」(1915) フランツ・カフカ

47.「明暗」(1916) 夏目漱石

48.「ワインズバーグ・オハイオ」(1919) シャーウッド・アンダーソン

49.「われら」(1921) エヴゲーニイ・ザミャーチン

50.「阿Q正伝」(1921) 魯迅

2012-01-04

とりえの無い障害者って守るべきなの?

乙武さんは福祉の手借りなくても自力で稼げて地位を築いているし、

発達障害が疑われている人間レオナルド・ダ・ヴィンチガリレオ・ガリレイ、グラハム・ベルビル・ゲイツアインシュタイントーマス・エジソンなど)も自力で稼げて成功していて、

人格障害が疑われている人間フリードリヒ・ニーチェフランツ・カフカヘルマン・ヘッセ太宰治三島由紀夫尾崎豊中原中也など)も自力で稼げて成功していて、

結局ほかにとりえがあれば障害ってカバーできるということだよね?

社会保障の手を借りなきゃ生きていけない障害者って、障害をカバーできるとりえが無いってことで、そういう奴って守る必要あんの?

とりえがない健常者と一緒にのたれ死なせればいいと思うんだが。

それこそが「障害者差別のない世の中」なんじゃないの?

2011-05-13

http://anond.hatelabo.jp/20110513145900

フランツ・カフカを目指して生きたら少しは甲斐性があるんじゃないかな。

彼の残した作品の事ではなく、人間性としての意味で。

wikipedia日本語でも詳細が書かれているから一度目を通してみるといいよ。

自分はそういう生き方があると知ってから負い目が薄れた。

2010-12-21

教養ウンコ

聡明なるみなさんはこの文章が高名な哲学者p j フランクファートの評論からとられたものだとおわかりだと思う。

だけどこの文章は別にウンコな議論に関する再確認を求めようとは思わないし、その翻訳者たる山形浩生の著作についても、彼の翻訳した1984年について語ろうとするものでもない。

ただ単純に、教養課程がウンコだということを言いたいだけだ。

あらゆる間違った教育は、顧客本位ではない。だからといって、教授本位というわけでもない。ただ、試験に向けて最適化されているのだ。

から難解な思想を扱うことはない。

物理学では相対性理論さえ避けられる。最も興味深い現象である量子力学踏み込むことは避けられる。

僕は常々疑問を持ってきた。学校の授業って本当に効率良いやり方なのか?

ずいぶん不恰好じゃないか。進みは遅いし、何しろ起きているのが難儀だ。

そして教科書がクソなんだ。別に分厚さの問題じゃないよ、教科書先生の助けを得ないと使いものにならないようになっているんだ。

クソ退屈な授業とゴミたい教科書を組み合わせても、優れた教科書参考書には全然及ばないんだ。残念ながら。

から最初から優れた本を教えるべきだと思う。

だけどいろいろな理由をつけてそういう本、教えてくれないんだな。

時々優れた先生がいる。尊敬できる人もいるし、その人の授業を受けてよかったなって思うこともある。

だけどそういうものは、少ない。本当に少ない。少なくとも学校教育であの先生は素晴らしかったといえる人は、5本の指で数えられる。

そしてその先生方が素晴らしい所以は、つまり結局は自分でやるしかないということを教えてくれたからだ。

実験や実践を除けば、講義によって得られるものなど、殆ど存在しない。

文学の授業を受けるならドストエフスキー読んでたほうがいいし教授お手製の教科書を読むくらいなら、もっと読むべきたくさんの本がある。

教養を学ぶインセンティブって何があるんだろうか。

進級できないとか、単位がとれない、以外の理由。

教養を深めたいというモチベーションで学ぶには、教養はあまりにも薄くて、退屈だ。

退屈に耐えて学ぶことが大事だとして、人生がクソの山だということを学ぶとして、もしそうなら、ヴォネガットフランツ・カフカを読めばいい話だ。

僕が習った国語先生は、僕が手にとったフランツ・カフカ審判を見て、こう言った

カフカはいいね、不条理だろう、素晴らしい

から教わるべきことが果たしてあるんだろうか?

これは一つの例だ。ただ、彼らを見ててわかるのは、こうやってると理解出来ないままだ、ということだ。権威を一旦ないものにしてしまうと、世の中はずいぶんおかしなことになっているように思える。噛み合ってないジグソーパズルたいなんだ。全然適正のない人が、不思議な力で無理やり位置取っているような・・・。

2009-12-26

フランツ・カフカの『アメリカ

アメリカに行った事が無い奴がアメリカ幻想を語っている。

という逆パターン

ゲーム批評ばかりを2ヶ月ぐらい書いた時期が有ったけど、

”書いている期間”は実はゲームなど1度もプレイしてない。

過去にやったり、ただ知っているだけのゲーム動画音楽イメージだけ借りて、

脚色バリバリ...。ってか100%ハッタリでゲーム批評を書いたって訳。

だからあんなアナザーワールドだったのよ。

今更だから言うけど(笑)サイプラスって奴は。

Ys7は「書き終えた後」にやりました(笑)

2009-11-05

(New York) Hell Sonic Bullet。

多分幻聴だと思ってはいましたが、「まるで始まりの合図のように、パーンという乾いた音がしました。」

「えーっと。コレは何かの挨拶?」まさかね。などと口走った矢先から『キリンタイム』だったので、

まったく洒落に成っていないシャレ。を菊地殿から初めて聞く日が来るとは...。としばし青ざめ、

(だって『構造と力』も『(フランツ・カフカの)アメリカ』も半ばアカデミズムを気取った品の良い洒落のつもりだったでしょ。

今回下品だと言っている訳では有りません。寧ろ綺麗にボディーに入ったので苦笑いしております・笑)

爆音再生中です。だって元々フルヴォリューム指定じゃないですかこれは。半分でもこんなに耳が痛いのに。

多分幻聴だと思ってはいましたが、『New York Hell Sonic Ballet』が出た模様です。

因にアマゾンでは

ニューヨークの、地獄音響で踊るバレエ菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールの、北米オペラバレエサルサへの第一接触。 前作「記憶喪失学」から一年菊地成孔とペペ・トルメント・アスカラールの最新作がついにリリース菊地成孔は本作でクラブダンスフロアに、オペラ/バレエというクラシックを持ち込み、今まで誰も聴いたことのなかったハイブリッドダンスミュージックアルバムを完成させた。マイケル・ジャクソンピナ・バウシュマース・カニングハム、マサカー、NO NEW YORK等、80年代初頭以降のニューヨークイコンアルバムの随所に散りばめ、ミニマル(現代音楽)やモントゥーノ(ラテン)、またはパンクロック、そしてソプラノ歌手を起用したオペラを用い、菊地成孔とぺぺ・トルメント・アスカラールにしかできない、クラブミュージックマナークラシックマナーの見事な融合を実現。菊地のボーカルトラックも2曲収録の、菊地成孔の超先鋭的なコラージュ感覚がもたらしたペペ史上最高に“踊れるアルバム”ここに完成。 初回プレス限定“ペペ・トルメント・アスカラール ステッカー”付き」

などと盛大に紹介されています。

これを見て飯を噴いたのは言うまでもありません(笑)

                                          〜T.H.

2009-10-29

http://anond.hatelabo.jp/20091029202905

地上的な希望はとことんまで打ちのめされねばならぬ。その時だけ人は本当の希望自分自身を救うことができる。

 - フランツ・カフカ

2009-10-20

吾妻ひでお萌えの始祖ではない。

吾妻ひでおけいおん観た。空虚だ。何もない。作る方も観る方もそんなに現実イヤか?」:アルファルファモザイク

http://alfalfa.livedoor.biz/archives/51518538.html

吾妻ひでおアニメけいおん」に熱中するような人たちとは相容れないところがある。アニメ漫画(あるいは映画音楽文学など)作品に求めるものが違うのだ。いったい吾妻ひでおのような人種漫画などの作品に何を求めるのか?そのあたりの事を作家カフカが実に的確に表現している文章がある。

僕は、およそ自分を咬んだり、刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている。僕たちの読んでいる本が、頭蓋のてっぺんに拳の一撃を加えて僕たちを目覚ませる事がないとしたら、それではなんのために僕たちは本を読むのか?君の書いているように、僕たちを幸福にするためにか?いやはや、本がなかったら、僕たちはかえってそれこそ幸福になるのではないか、そして僕たちを幸福にするような本は、いざとなれば自分で書けるのではないか。しかし僕たちが必要とするのは、僕たちをひどく痛めつける不幸のように、僕たちが自分よりも愛していた人の死のように、すべての人間から引き離されて森のなかに追放されたときのように、そして自殺のように、僕たちに作用するような本である。本は、僕たちの内部の凍結した海を砕く斧でなければならない。そう僕は思う。

フランツ・カフカオスカー・ポラック宛(1904年1月27日)』より※1

吾妻ひでおの作品を読んだことがある方はご存知だと思うが、一見かわいい女の子がたくさん登場し、時には夢うつつのような世界が描かれる彼の作品は、実はあまり登場人物に感情移入をしたり作品の世界に安易に浸って気持ちよく癒されるような種類のものではない。徹底的に情緒を排し、醒めた意識によって構築された作品なのである。そして彼は基本的には、熱心なSF者らしく、今まで見たことのないような世界を作品によって作り出してやるという気概をもって創作に取り組むようなタイプ作家である。

あえて乱暴に言うと萌えアニメに感動しているのは単に(吾妻が指摘するように)フェティシズム情緒に浸っているにすぎない。子犬が死んだら泣く式の条件反射だ。韓流ドラマに興奮するおばちゃんと一緒だ。傷つかない、ゆるふわ世界で気持ちよくなりたいだけだ。作る方にも読む方にも冒険強要する吾妻ひでお(やカフカ)のような人種がやっている試みとは別の世界なのであり、萌えを求める人たちにとって、そのような冒険などは作品に必要ない要素なのだ。

吾妻ひでお「でも俺は描く前にもうひとつ考えるよ。マンガとは何かと。」

とりみき 「と言いますと。」

吾妻ひでおマンガはこれでいいんだろうかということを1時間ぐらい考えて、それで明日締切りだからとりあえず描き始めるわけ。」

とりみき 「自分マンガはこれでいいんだろうかということですか、それとも……。」

吾妻ひでおマンガという表現がこれでいいんだろうか、まだ何かやれることがあるんじゃないか、というのを。」

『失踪するなら家のローンが終わってから』より※2


※1フランツ・カフカ著・吉田仙太郎訳(1981)『決定版カフカ全集第9巻・手紙 1902-1924』新潮社(P.25〜)

※2とりみき他著(1997)『マンガ家秘密 とり・みき&人気作家9人の本音トーク』徳間書店(P.265〜)

2007-11-18

私的書籍10選とか書き晒してみる

文庫が多いのは、財布のせい。順番は、適当

 
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