はてなキーワード: 5月とは
サーバ室は携帯の電波が届きにくく、最低限の仕事上の連絡以外は誰とも連絡を取らなかった。
ただただ、作業に集中した。何も考えず。
病院と家との往復。帰宅したら、疲れて眠るだけだった。食べることすら忘れていた。
彼の事を忘れたいわけではもちろんなかった。
でも彼の事を思い出すと、どうしても後悔の底に落ちて這い上がってこれなかった。
そんな生活を2ヶ月続けて、私の心は壊れそうになっていた。
「例の彼とはどうなったの?」」と聞かれるのが怖かったから。
壊れていたのは心だけではなく、体もだった。
1年前に普通に着ていたはずの服が、ぶかぶかで着られなくなっていた。
5年間使っていた金属バンドの腕時計も、コマを詰めなければいけない程になっていた。
会う人会う人に「痩せたね」と言われ、そのうち「大丈夫?」と心配されるようになっていた。
着られる服は全くなく、買いに行ってもサイズが合わないような状態だった。
もう、限界だった。
仕事に没頭する事で彼の事を考えないようにしていたはずなのに、
仕事に集中できず、彼の事ばかり考えるようになっていた。
それまで私は、夏休みを1週間取る以外で長期休暇を取ったことは一度もなかった。
そんなに仕事が好きだったわけではないけれど、
盆・暮れ・GWが書き入れ時の医療SEは、簡単に長期休暇は取れなかった。
それに自分の仕事には責任を持ちたかったので、あえて休暇を願い出ることもしなかった。
そんな私が、初めての長期休暇を上司に申し出た。
激務が数ヶ月続いていたこともあり、休暇はあっさり認められた。
少し心と体を休めようと思った。
私のスケジュールが突然「休暇」になった事を心配した別の部の同期から、電話がかかってきた。
「大丈夫だよー。ちょっと忙しくて疲れたから休んでる。すぐ戻るよ」
そう言ってごまかした。本当の事が言えるわけもなかった。
当時私がいた部は、元々希望していた配属先とは違っていたし
仕事内容自体も、どうしても好きにはなれなかった。
プログラミングができない、サーバの知識もない、そもそも大学は文系の私に
SEなんて務まるわけもなかった。
配属されて初めてのプロジェクトでは、仕事がきつすぎて毎日泣いていた。
何かうまくいかないことがある度に、辞めたい辞めたいばかり言っていた。
実際、その年の頭には、転職活動を始めようとしていた。
そんな私に、彼がこんな事を言ったことがあった。
舞ちゃんがいつも頑張ってるの知ってるよ。
どんなに夜遅くなっても、自分の仕事に責任持って最後まできっちりやってること知ってるから。
そういうのちゃんと見てるから、辛いのは分かるけど、でも簡単に辞めればいいなんて言えないよ。
彼にそう言われてから、私は辞めたいと言わなくなっていた。
彼は仕事ができる人だった。だから彼に少しでも追いつきたくて必死で勉強して、プログラミングアレルギーも克服した。
今の私を彼が見たらどう思うかな…。
そして私は、当初の予定を1週間延ばしたものの、3週間で職場に復帰した。
復帰後は、少しでも負担の少ない仕事を、という上司のはからいで、
同じ部内で別のグループに移って、全く違う仕事をすることになった。
(というか無理矢理食べさせようとしたんだろうが)
でも、彼とよく会っていた福岡にはどうしても行きたくなかった。
福岡だけでなく、彼と一緒に行った場所を私は避けるようになっていた。
ただ、九州支社はその年の5月に別の場所にできた新しいビルに移転していて、
いつもなら、空港内にある有名なクロワッサン屋でクロワッサンを買う。
彼に「美味しいから一度買ってみなよ」と言われて買ってからお気に入りだった。
もう、クロワッサンを買う気ににもならない。
仕方なく、売店でお土産を買って時間を潰して搭乗時間を待った。
羽田で福岡行きの飛行機を待っていたら、偶然同じ便で福岡に向かおうとしていた彼に会ったこともある。
博多駅から九州支社に向かう途中の道、彼と電話しながら歩いたこと。
色んな事を思い出しすぎて潰れそうだった。
結局その日は、ほとんど眠ることもできず朝になった。
翌日は土曜日で、午後から横浜に行く用があったものの、他にする事がなかった。
ふと、ある男友達の事を思い出した。
その人は会社の同期ではあるものの、職種が違うため仕事での関わりが全くなく、勤務地も違っていた。
それでも入社してすぐの研修で同じクラスになって仲良くなってから、
定期的に二人で飲みに行っていた。彼と付き合っていた時も月1程度で会っていた。
私にとっては完全に「友達」で、恋愛対象として見たことは一度もなかったし、
それは相手も同じで、私を女として見ることはなかった。
だから、二人で会っても大丈夫だと思っていたし、彼に対して、悪いことをしている気持ちには当然ならなかった。
その友達に彼のことは話した事は一度もなかったし、
私の色恋沙汰について何か聞いてくることもほとんどなかった。
ちょうどいいや…。
さすがに当日に連絡しても空いてないだろうなー、と思いつつ、メールをした。
いるー!
その日は横浜で待ち合わせをし、東急ハンズで買い物をして、飲みに行った。
それからの週末はしょっちゅう旅行に行き、家にいることはほとんどなかった。
そして、旅行のお土産だとか色々理由をつけて、その男友達と頻繁に飲みに行った。
色々深く聞いてこないその友達が、一番都合がよかった。
そしてその人と一緒にいると、不思議と気持ちが落ちついた。
前年の年末は、彼がリーダーをしていた病院で正月にシステム本稼動があり、彼は当然仕事をしていて、一緒にいられなかった。
来年は一緒にいられたらいいね、と言っていた。だから、日本にいる事すら嫌だった。
そうやって、現実から目を逸らすことで、どうにか自分を保っていた。
F1が好きだった彼と私は、いつも月曜日にF1の話をしていた。
這い上がれなくなるので、私は見るのをやめた。
二人とも読書が好きだったので、会うとよく読んでいる本の話をした。
仕事が早く終わった時はいつも本屋に行って本を買っていたのに、本屋に近づくことすらできなくなっていた。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111119-00000001-jct-bus_all
DeNA「減益」で成長にブレーキ 頼みはグローバル化の進展
ソーシャルゲーム「Mobage(モバゲー)」を運営するDeNAの勢いに陰りが出てきた。ゲームに本格参入以来急成長を遂げてきたが、直近の四半期決算では営業利益が初めて前期比減となったのだ。
プロ野球「横浜ベイスターズ」の買収に動くDeNAだが、足元のゲーム事業で減速。競合するグリーは好決算だっただけに、停滞が気になる。
■自社開発の人気ゲーム投入の遅れが原因
DeNAの2011年第2四半期(7~9月)連結決算は、売上高が346億8900万円で前期比横ばい、営業利益は154億700万円で前期比3%減となった。経常利益も前期比マイナスだ。10月31日の決算発表で冒頭、守安功社長は「この四半期は、数字があまりよくなかった」と率直に話した。
ソーシャルゲームに本格的に参入して丸2年、DeNAは09年第2四半期以降、右肩上がりで急成長してきた。だが11年第1四半期の営業利益は微増にとどまり、今期は減益となってしまった。守安社長は原因として、自社開発の人気ゲームの投入が遅れたことを挙げた。会員数についても、有効会員数の中で月に1回でも「モバゲー」にアクセスした利用者数の比率は、やや減っているという。
これに対してDeNAのライバル、グリーの7~9月期決算は売上高で前期比44%増、営業利益、経常利益とも同70%増と好調を維持。ゲームによる課金収入も前期比約1.5倍増で、今期の「対決」はグリーに軍配が上がった格好だ。
DeNAは状況の打開策として、スマートフォン対応の強化とグローバル化の促進を掲げる。海外市場をにらんで2011年3月28日には、それまで使われていた「モバゲータウン」の名称を「Mobage」とアルファベット表記のブランド名に統一した。5月には米グーグルが開発した基本ソフト「アンドロイド」を搭載したスマートフォン向けにアプリケーションの提供を開始。7月に米国や中国、英国など7か国で英語、中国語版のアプリをリリースした。だが、米アップルの「アイフォーン(iPhone)」向けのアプリはまだ開発されていない。予定では11~12月に完成というが、グリーが既にiPhone版を出していることからも遅れが目立つ。
海外展開では、グリーが11年1月に中国インターネット大手「テンセント(騰訊)」と提携。これに対してDeNAは8月に米通信大手AT&Tと、11月8日には韓国の大手ポータルサイトと業務提携を発表し、態勢を整える。
決算発表の最後に守安社長はプロ野球、横浜ベイスターズの買収について触れた。球界への参入でゲーム事業と相乗効果が生まれると強調したが、株式市場の反応は冷たかった。翌11月1日の東京株式市場ではDeNAの株価が急落し、値幅制限いっぱいの700円安で取引を終えた。その後も株価は低迷したままだ。
本業での回復を図ろうと、DeNAでは10月以降「レイトン教授ロワイヤル」や「ガンダムカードコレクション」といったゲームを投入。しかし、新ゲームがどこまで売り上げに貢献するかがまだ見えておらず、10月の時点でも「自社開発ゲームの伸びはいまひとつ」と守安社長。そのため、次の四半期(10~12月)の業績予想を「売上高でプラス10億円、営業利益はマイナス5億円」と控えめの数字を口にした。営業利益の減少は、「海外展開に伴い、人材をはじめとした先行投資」(守安社長)を理由としたが、予想通りに進めば2期連続の減益は避けられない。
ソーシャルゲーム参入以後、順調に業績を上げてきたDeNAがピークを過ぎてしまったのか、それとも今は次のステップへの「助走期間」なのか。一方で、最大のライバルであるグリーは成長を続けている。7~9月期は広告収入の不振に見舞われたミクシィも課金モデルは順調だったこともあって、今後ゲームでの課金収入の拡大に注力すると「宣言」。11月15日には従来のアプリ配信サービスからゲームだけを切り出して提供を開始した。ソーシャルゲーム業界は、ますます混戦模様だ。
ゆっくりして逝ってね!!
【画像有】他人と差をつけるオシャレな靴紐の結び方 15選
http://yukkuri.livedoor.biz/archives/480631.html
これの大元はここの画像(サイト構造や画像が2007の頃とは一部変わっている)
http://www.sneakerfreaker.com/feature/how-to-lace-your-sneakers/5/
日本語で紹介したブログ 2007年5月に紹介(この時の画像にはsneakerfreakerのロゴはなかった)
http://www.designwalker.com/2007/05/shoelace.html
ゆっくりのほうは引用元の表記もないし、今日2011/11/02に書いたものだから、大元以外から適当に持ってきた画像を貼り付けただけのようだ。他の記事についても画像が羅列してあるだけのものが多く、これらはどこかのブログからまるまる持ってきたものと思われる。一方で、ライフハック系のhogehogeのための10の方法みたいな記事については、どうやらオリジナルの模様(?)。
だが、ほんとうのジョブズは、もっと冷酷な人間だったそうです。
妹はさすが作家だけに、事実を美しく描くことに長けているけれども、たとえば、
というエピソードの実態は、
Macintoshの開発中にもスタッフらのガールフレンドや妻たちを酷評することは日常だったという。
誰だって自分の彼女や女房の悪口など他者から言われたくはないが ジョブズは他人の思いなどに気持ちが向く人間ではなかったようだ。
だったとしたら、笑えませんか?
ぜひ、ジョブズの妹の弔辞を読んだ後に、このブログ記事を読んでください。
(元の文は長いため、所々を中略している)。
スティーブ・ジョブズの陰の部分に光を当てる!
スティーブ・ジョブズ氏はいまや世界でもっとも有名な経営者でありそして大金持ちのひとりである。
アップルの共同経営者でLisa、Macintoshは勿論 iPodやiPhoneといった世界的ヒット商品を生み出したというだけでも歴史に名を残すのに十分だが、瀕死のAppleに復職した後の活躍たるやまさしくスーパーマンである。
しかし彼は常に負の部分を多く持つ人物としても知られている。
(中略)
彼の負の部分、陰の部分とは 誰の人生にもあるであろう例えば青春の一時期…粗野で他人を顧みない言動をする…といったことではない。
私が最も忌み嫌うことは 信頼している人たちを裏切るというその一点にある。
筆者は、ジョブズが人を裏切る例として、まずは、比較的よく知られた、ジョブズの詐欺話を紹介している。
アタリ社からブロック崩しのゲーム機の設計を頼まれたジョブズ。彼は親友のスティーブ・ウォズニアック一人に仕事を丸投げし、ウォズニアックは48時間で設計を完成させた。
ところが1,000ドルという報酬額を隠し、「600ドルをもらったので折半しよう」と言って、400ドルを懐に入れてしまった。
親友を裏切ったジョブズ。後日それを知ったウォズは、泣いたという(多分ほんとうだろう。ウォズは感激屋で、ジョブズが亡くなったときのインタビューでも、泣いている)。
しかしジョブズは、親友を裏切ったことを「覚えていない」で済ましたそうだ。
また、1978年5月にジョブズの娘・リサが生まれたものの、ジョブズは実子であることを決して認めず、その頃は億万長者だったのに、養育費もまともに払わなかった。
1979年の夏、ジョブズはやっと父子鑑定テストを受けることを承諾したが当時はまだDNA鑑定はなかったものの結果はスティーブ・ジョブズがリサの父親である可能性は94.97%と出た。
しかしそれでも彼は自分の子供ではないと主張し続け養育費を払おうとはしなかった。
リサの母親はやむなく生活保護を受け、裁判沙汰となりようやく養育費を支払うことや医療保険を与えることなどに合意したものの、当の子供に会うことを拒絶し続け父親であることを認めなかった。
暴君として振る舞う彼のエピソードもある。
また有名な話のひとつにApple社のストックオプションの話題がある。
すでにジョブズはAppleが株式公開を果たしたことでアメリカ有数の金持ちになっていたが、自身の力を見せつけるためか 創業期から苦楽を共にしてきた社員たちの多くがジョブズのひとことでストックオプションを与えられなかった。
なにしろ従業員第一号だったビル・フェルナンデスにも恩恵はなかったというのだから酷い話だ。
見るに見かねたスティーブ・ウォズニアックは「ウォズプラン」と名付けたプランを実施する。
こういう威圧的な専制君主ぶりのためか、ジョブズはよくハシゴをはずされるが、彼は、はずされたハシゴの代わりに他人を踏み台にして上を目指すのがお得意なようだ。
それは「宇宙をへこましてやる」と豪語までして開発を進めていたLisaプロジェクトから外されたことだ。
この決定は社長のマイク・スコットによるものだが、マイク・マークラらも賛同していたという。
会長というポジションに祭り上げられたジョブズだったが目標を失っていたものの、翌年ジェフ・ラスキンが細々と進めていたMacintoshプロジェクトに目をつける。
そしてCPUをモトローラの68000にするよう圧力をかけるなど大幅な路線変更を命じ、様々な口出しをするようになるが ジェフ・ラスキンはなすすべもなかった。
そのMacintoshプロジェクトでのエピソードが、冒頭に挙げたもの。
Macintoshの開発中にもスタッフらのガールフレンドや妻たちを酷評することは日常だったという。
誰だって自分の彼女や女房の悪口など他者から言われたくはないがジョブズは他人の思いなどに気持ちが向く人間ではなかったようだ。
そして開発スタッフらと外食に行けばスタッフらはジョブズの態度に目を伏せ恥ずかしさに震えなければならなかったという。
なぜならジョブズには出てきた料理を突き返すという癖というか習慣があったからだ。
自分の権力を見せつけようとするかのようになんだかんだと難癖をつけて料理を突き返す。
間違った料理が運ばれてきたわけでもないのに…である。マナーも思いやりも彼にはないようだった。
さらに大金持ちなのに払い汚いことでも知られていたという。
先日ジョブズが通った寿司屋のインタビュー記事を読んだが、TBNというニュースサイトの主は、そういうジョブズを「海原雄山」みたいだと指摘していて、笑った。
記事にはこの後、彼がアップルに返り咲いて、彼を引き上げてくれた恩人たちをどのように追放していったかも書かれている。
この辺り、講談社の最新の伝記には、どう書かれているんでしょうね……。
さらに、彼の恐怖政治の実態について。
とにかくAppleの体制を立て直し業績を上げるという目的のためには恐怖政治さながらの雰囲気を社内に作ったことでも知られている。
よく話題になることだが、この頃Apple社内ではジョブズとエレベータに乗り合わせるのを怖がり階段を利用する社員たちが目立ったという。
エレベーターでいきなり「お前はクビだ」といわれる恐怖。
ヤダヤダヤダ。
考えたくもない。
こんど私が社長と一緒にエレベーターに乗ったら、この話を思い出して、オシッコをちびりそうだ。
さてAppleに復帰しAppleを盤石の体制にした功績は間違いなく彼にあるし最近ではジョブズも丸くなったという説もある。
まあ、こんな憎まれ口をたたいても何の得もないわけだが、世間にはAppleの躍進を追い風にし諸手を挙げてスティーブ・ジョブズを素晴らしい人物と評価する傾向があるのが些か気になるのだ。
確かにビジネスで成功することや金持ちになる…有名になるということが人生の目標であってもそれが悪いわけではない。そしてAppleという企業や魅力的なプロダクトも無くなっては困るわけだがスティーブ・ジョブズという人物は正当な理由も無く、理不尽きわまりないことで立場の弱い人はもとより、信頼すべき周りの多くの人たちを不快にし傷つけてきた男であることも忘れてはならない。
( 引用元 http://www.mactechlab.jp/from-mactech-with-love/11840.html )
なお、こういう文章をはてなに転載すると、「筆者乙」などと書かれそうだけど、違いますよ~。
そして、こんなに立派なジョブズが、リサの母親と別れた理由は何かを「ジョブズ」「離婚」「理由」などの言葉で検索するうちに、一年前以上前のこの記事をみつけたのだ。
妹の弔辞を裏打ちする、面白い記事だと思うけど、どうでしょう?
(もしもブログ主の筆者にとって不愉快ならば、すぐに削除するのでご自身のブログにてそのようにお書きください。すぐに指示に従います。)
そして、それとかけ離れた、彼と仕事をともにした人々から見た、ジョブズの姿。
異なるエピソードならともかく「スタッフの恋愛に関心を持つジョブズ」のように、まったく同じエピソードですら、正反対の評価になるのだから、なにが正しいのか、よくわからなくなる。
日本熊森協会のツキノワグマ・ヒグマ保護活動に対して、その手法・精神性の両面について問題が大きいことは各所で指摘されている。
取り上げられることが多いのは、「ドングリ運び」「ドンプレ」と称される「お腹をすかせたクマに食べ物を届ける」活動である。
2010年秋、協会は大々的に全国からドングリを募集し、一部をヘリコプターで山中に運ぶという活動を行った。
(通常のドングリ運びを含む)本件については、野生動物の研究者によって問題点が指摘されているほか、ブログやtwitter上等で是非について議論が続いている。
2011年4月、「協会の元スタッフ(既に除名措置を受けているとのこと)」である男性が、「熊森活動備忘録」と題するブログを開設し、協会内部の問題点について指摘を始めた。
著者John Smith氏(氏はブログ内で本名を公開している)は、ブログの最初の記事でこう記している。
私は、2008年から2010年まで足かけ3年間、「実践自然保護団体 日本熊森協会」(以下「熊森」と呼ぶ)にてボランティアをした経験を持つ。このブログの目的は、一言で言えば「糾弾」と「懺悔」である。足かけ3年の経験において、私が見聞きし、感じたことを記し置き、熊森という団体の実態を明らかにすることがその手段である。「これから熊森に入会しようかな」とか「ボランティアをしようかな」と考えている人や、一般の熊森会員が、このブログを読んで熊森という団体についてご一考いただければ幸いである。
ブログ上では、氏が熊森協会会長および幹部の数名を実名で糾弾し、会員数のごまかし、協会運営上の不審な点、不透明な金銭、自らが受けた理不尽な扱い、クマや森の保全活動と銘打った活動の問題点等を指摘している。
しかし、5月中旬にブログは削除され、一度別のブログサービスに移転するものの、再度削除された。
John Smith氏はこの件に対し、twitter上で「熊森協会からブログ運営に、プライバシー侵害および名誉折損を理由とする削除申し立てがあった」こと、また「John Smith氏自身の所属組織に対し、協会から電話による嫌がらせがあった」ことを明かした。
この「熊森活動備忘録」が削除されたことで、ブログ内で指摘された協会の様々な問題点についての信憑性が逆に高まることになったのは言うまでもない。
該当ブログは二件とも削除済みであるが、WEB上で読めるものを拾ってみたので、以下にリンクを示す。
はじめに-熊森活動備忘録(4/9日の記事、ウェブ魚拓)
雑記帳3 ドングリ運び、電話攻撃に思うこと-熊森活動備忘録(4/21の記事、ウェブ魚拓)
熊森活動備忘録(4/18から5/19までの記事のテキストデータ、rssリーダ)
John Smith氏の意思である、”「これから熊森に入会しようかな」とか「ボランティアをしようかな」と考えている人や、一般の熊森会員が、このブログを読んで熊森という団体についてご一考いただ”く参考になればと思う。
@TOHRU_HIRANOさんや@yusukeskinjpさんのように心配になる人は結構見かけるし、その気持ちを揶揄する意図はないが、焼却炉の飛灰に放射性セシウムが含まれていたというだけなら、心配する必要はないとおれは思う。だって回収されてるわけだからね。
あるいは、気にしているのは、集塵機で回収しそこなった放射性セシウムが大気中に放出されているのではないか?ということかもしれない。
そこで、目黒区の焼却施設について環境研の資料http://goo.gl/A7sXi に基づいて概算してみよう。
目黒清掃工場環境報告書2010によると、ごみの搬入量は103,883t/年。これを焼却してどのくらい飛灰が出るかは、なぜかこの報告書には記載されていないので、先の資料に記載されている福島県内の焼却施設における「年間処理量に対するばいじんの比率」(ばいじん=飛灰である。為念)から、バグフィルターの最大値である4.9%を採用することにする。このうち0.1%が大気中に放散すると仮定すると、目黒清掃工場の飛灰中放射性セシウム濃度合計4,000Bq/Kgより、年間の放射性セシウム放出量は
103,883 x 1,000 x 0.049 x 0.001 x 4,000 = 203,610,680 (Bq)
つまり204MBqということになる。これが目黒区全体にまんべんなく飛散した場合、年間およそ14MBq/km2の放射性セシウムが降下することになる。
この分量が多いか少ないか、というと、たとえばhttp://goo.gl/AJGTJからたどれるCs134の月間降下量は、新宿で3月8500MBq/km2、4月290MBq/km2、5月74MBq/km2であったから、これらと比較すれば非常に少なく、焼却炉由来の放射性セシウムの健康被害(もし起こるとして)への寄与は無視できると言っていいだろう。
というわけでこの件については、少なくとも現在得られている情報からは心配する必要はないと結論付けられる。安心してください。
カレログやらappLogが人のプライバシー情報を食い物にしようと試みて叩かれてますが、オーネットという老舗結婚相談所のここ最近の動きにもなかなか香ばしいものが。縁のない(この場合は"ある"か?)人にはまったく関係のない話に見えるかもしれないが、楽天グループ全体の意識の問題とも思えるので書いてみる。
こういう非常に個人的なサービスを楽天IDのような共通ID(しかもグループ内での広告に利用するという宣言付き)でしか利用できないような仕様に変更するとか、それこそ配偶者にさえ教えるかどうか分からないプライバシー情報を見ず知らずの人に公開される上に、それを止める方法すら準備されていないとか、ちょっとどうなのと。
大阪駅の一風堂当りで演説してる人からただでもらったので読んでみた。
ひとことで言うと「大人のためのセカイ系中二病のススメ」という感じ。
誤解がないよう、本の内容の前にwikipediaを引用しておく。
設立当初は霊言集の刊行などによる「霊知識」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、信仰に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:日蓮宗系の人は日蓮、浄土真宗系の人は親鸞)を信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、『月刊Asahi』4月号で幸福の科学の紹介記事が掲載されたほか、東京大学での野外講演「黎明の時代」(5月)、東京ドームでの「御生誕祭」(7月)、講談社フライデーへの抗議行動(9月)などで世間の耳目を引いた。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、主宰により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、三宝帰依を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。
現状は、仏教の中でもとくに浄土真宗をベースとした教義を説いている印象を受けた。
他力信仰、来世での救済をベースとした互助組織のようなカタチをとっている。
言ってみれば戦国時代における石山本願寺から、武力的要素を引いたようなものである。ってそれ引いたらもう別物か?
今までの宗教は、仏教しかりイスラムしかり、発祥した地域の束縛を受けているとし、
それゆえに争いが絶えない。特に旧いものを新しいものが倒そうとしてしまう傾向があるとして諫め、
そういったものを、より広い視野から、至高存在「エル・カンターレ」によって調和・調停させる。
これによって未来の最終戦争を防ぎ、地球平和を実現しようというのが最上の目的。
要するにセカイ系。
ただし、普通のラノベと違って、そこそこ現実感覚があるため主人公一人だけというのは無理があると理解している。
また、大人は若者と違って基本的に殺し合いや戦争といったものに憧れよりも嫌悪を抱く。
そのために補足が行われている。
・その一は「一人で戦わない」こと
「大勢の人間が一つに集まって、セカイ系の主人公の役割を一緒に果たそう。みんなでセカイの敵と戦おう」と促す。
・そのニは「武力を持って戦わない」こと。
平和を目的とし、手段にしても「争いの調停者」という形を取る。武力介入しないソレスタル・ビーイング?・・・うーん。
・その三は「支配するのではなく模範となる」ことを目的とする。
世界宗教によって世界を統合し、争いをなくすことが目的なのだが、自らが世界に広がろうとはしない。
あくまで日本に理想の宗教国家をたて、モデルケースとして運営することで、世界がソレに倣うように仕向ける。
なぜ日本にモデル国家を建国するかというと、日本は未熟ながら、最も理想を実現するのに適した下地だから、だそうです。
こうやって中途半端に自分のコトを賢いと思っている大人の心をくすぐるのが上手だな、と感じた。
何事も斜めに構えてケチを付けるけれど、ちょっと合理的な説明を返されるところっと信じてしまうタイプの人ははまっちゃうんだろうな。
成り立ちからして明確な教義を持ってスタートしたわけではないことから、信仰によって他者を排斥するということはあまりない。
唯一のルールは教祖である大川隆法を信仰することであり、ソレ以外を強要されることはない。かなり自由。
(逆に言えば、他の「個人崇拝」型の宗教や論理的に厳密な人間を極端に嫌う)
「幸福の科学」という言葉にあるように科学についても寛容、というより手段や戒律に厳格な要素は少ない
あくまでも幸福を実現することが目的であり、その目的にかなうのであればそれは全てエル・カンターレの意に沿うものである。
それは他者への愛(作中では「慈悲」)と大いなる存在への感謝(作中では「信仰」)によって成し遂げられる。
要するに目的が正しいならなんでもありってこと。
大事なのは「信仰心=大いなる存在を信じ、その愛に感謝すること」をもって生きることだけであり、
その基礎さえできていれば他の宗教についても非常に寛容。
社会全体の幸福を増大させる限りにおいて自由を尊重し、格差社会も肯定する。
彼らは「みんなで不幸になりましょう」という教義を持った異端なんだそうです。詳しい説明はなし。
セカイ系の文脈で見れば、明確に戦うべき敵が存在する。それは「世界の幸福量を減らす存在」である。
非常に漠然としているが、それだけ個人によって想像力を働かせる余地があるということでもある。
幸福実現党の人たちが、実にいろんなバラエティに富む政策提言をしているのはこのあたりのユルさがポイントか。
人間を霊的な存在と捉え、より高次な視点から世界全体を把握する
あくまで天上界から見ての善悪を重視する。一番大事なのは信仰を持つことであるとする。
ちなみに、人間が霊的な存在であるということを認識し、ソレを極めると過去の偉大な霊との交信なども可能になるらしいです。
世間一般では「幸福の科学=大川隆法が○○の霊との対話をしてなんかテキトウなこと言ってる」というイメージがあると思うが
あの対話はこの「人間は霊的な存在」=「霊的な存在には制約がない」=「現世と来世の境界も超えられる」という教義によるらしい。
現代の日本や世界情勢の分析について、中途半端に現実的で、そこからはじまる怒涛のオカルト臭い説明がなんとも言えない。
せっかく書いたので、ここに吐き捨てておくことにする。
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今の悩みは以下が一番近い、むしろそのままの自分を言い表している。
# 回答がまったく助けになっていないのが酷い。
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怠け癖が再発してしまったのでしょうか? | 教えて!goo プラス - 教えて!goo
http://oshiete.goo.ne.jp/plus/q/114966
"去年は問題なく日々を過ごせていたのですが、
今年5月あたりから仕事トラブルで一時的に仕事ができなくなり、6月には仕事も回復したのですが思うように仕事がはかどらなく、現在はいつもの4割程度しか仕事がこなせていません。
デスクワークが大半を占める仕事をしているのですが、気が付けばインターネットに集中し、時間が過ぎて仕事を思うようにこなせない後悔の日々が続いています。
自己管理がしっかりできないようであれば自営業を辞め、収入は少なくなりますが再就職を検討したこともありました。
現在は危機感を感じることが非常に弱く、以前のように仕事を数日間で切りつめてやる日々ができなくなり仕事に集中できない人間になっています。
生活は悩んでいないように振舞っていますが、いざ机の前に座ると仕事を考えたくない自分がいます。"
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うつか怠けか。それが問題。
これまでの自分の症状は明らかに「うつだ」と自分でも認識できていたから、
なんとなくこれまでの対症方法で対処できていたような気がするし、それで納得できていた。
納得できていないのは自分の問題だとしても、分かっていてそれを変える(制御する)ことが「できない」。
しかもなぜ「できない」のか、理由を説明することができない。
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第4回 これってうつ病?それともなまけ? | Think IT
http://thinkit.co.jp/article/108/4
"従来、うつ病になりやすい人は、仕事熱心、秩序を愛し配慮的できちょうめんな人と考えられていました。従来型のうつ病は、まじめで会社に忠実な中高年が発症し、罪悪感が強いのが特徴的です。"
"しかし、最近増加している若い世代のうつ病は、自己愛的で、社会のルールをストレスと感じ、仕事熱心ではない傾向を持つタイプで、現代型うつ病やディスチミア親和型うつ病などといわれています。もともとやる気に乏しく、熱心に何かに取り組んで認められた経験のない人が多いのも特徴です。友人とはうまくいくが、仕事のノルマや上司との関係など厳しい社会生活で簡単に壁にぶつかり、うつ状態に陥ってしまいます。 "
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ここまで言われると腹が立つ。そんな気軽にうつになったりしない。
これまでは"憂鬱""焦り""不安""希死年慮"とそれに伴う"睡眠障害""動悸"などだったが、
最近はそういった症状が鳴りをひそめ、代わりに"怠け"が台頭してきた。
急速に"怠け"が増え始めたのは2011年6月から。7月が現在のピークだが、9月はそのピークを超える見込み。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 (2) 怠け病は本当にないのか?
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/2.html
"まず「欝ではなく怠けだ」という人たちはある典型的なプロフィールを持つことが多い。それは「仕事に関しては意欲がわかず、職場に行こうとしても様々な精神的、身体的症状のためにそれが出来ないが、趣味やそのほかの自分が興味の持てることに関しては積極的である」というものである。これでは確かに「うつ病」という診断を下すことには違和感が生じるのも無理はない。しかしこのプロフィールはすでに「健常人」と異なるところがある。それは「症状」の存在だ。普通私たちは意欲のわかないことは、ただそれをしないだけである。特に「症状」など起きない。たとえば確定申告のための書類を書くのが面倒くさい時、私たちは単純にそれを先送りするだけだ。その書類を書こうといざ机に向かうたびに、頭痛や吐き気やゆううつな気分になるということは普通起きない。しかしそのままにしておくと経済的、社会的な制裁があることを知っている。すると確定申告を我慢して行うか、あるいは制裁を甘んじて受けるかの二者択一となる。(中略)そこでもしA君を「こら、遊んでばかりいずに、働け!」と怒鳴りつけたとする。ここで二つの可能性がある。ひとつは重い腰を上げてハローワークにいくか、仕事を探そうとすると「症状」に襲われてしまい、それが出来ないか、である。後者の場合はA君は病院にいき、その症状に応じて診断を受けることになる。このA君の特徴をひとことで言い表すならば「なすべきことを強いられると、症状が出てしまう人」ということになる。でも、である。これって立派に病気なのだ。少なくともこれまでの精神医としての経験からすれば、そうなるのである。症状はあたかも意図的に作り出されているようだが、「気を取り直せ」とか「しっかりしろ」とか「たるんでる」とか「気のせいだ」とか「怠けだ」といっても、それはどこかに消えてなくなるわけではない。症状がそこにあって、ある程度は目に見えて、以上のような声賭けや恫喝をもってしても決して消えることがないとき、私たちはそれを病気、と呼ぶのである。"
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これを病気とされて薬が増えたり休養を勧められたりしてたら、
いつまで経ってもこれから先に進めやしない。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 その(7) かくしてうつは誤解される
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/7.html
"原因のきっかけへの取り違えは、実は患者の家族にも、そしてここが重要なのだが、患者自身にも起きる。心のうつの原則を一番信じているのは、実は患者自身である。"
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半分合ってる。
"これはうつだと断定してくれる"ことを期待する自分と"うつじゃない"と抵抗する自分がいる。
ここでも矛盾とそれに伴う葛藤が生じている。
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岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist: うつ病再考 その(11)結論
http://kenokano.blogspot.com/2011/02/11.html
"私は「結構昔もこんな人が社会のどこかに隠れていたんだろう。」という議論が好きだ。とにかく昔はいろいろなことがイーカゲンだった。"
"私は「最近の社会人は未熟だ」から「怠け方、甘え型のうつが広がった」と考えるよりは少しすっきりする。というのも「近頃の若い者は・・・」という議論は昔からいつの時代もあったのだ。それほど若い者が難題にもわたって未熟になっていたら、おそらく現代人は江戸時代や奈良時代、縄文時代の人間よりよほど未熟でだらしなく、甘ったれと言うことになるだろう。"
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まったく結論になっていないけれど、この結論が一番救われる気がする。
たぶん昔から私みたいなのはいて、今はただそれがうつとして扱われるようになったということ。
ひきこもってないだけまだマシ。
問題だと思って悩んでいるだけまだマシ。
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【0406】休職して遊びまわっている部下は擬態うつ病でしょうか
http://kokoro.squares.net/psyqa0406.html
"この方はうつ病ではないと思います。ご指摘の通り、擬態うつ病でしょう。そう考える理由が、遊びに関しては十分以上のエネルギーを注いでいるということにあるのも、ご指摘の通りです。"
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そういう意味では、自分は今の生活の全てを仕事に振り向けようとしている。
平日帰宅後はできる限り早めの就寝をして中途覚醒分の睡眠時間を取り戻すようにしている。
土曜日は各病院を回り、日曜日は一日のんびりするようにしている。
と書くと、擬態うつをごまかそうとしている心のあらわれなんだろうか。
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http://kokoro.squares.net/psyqa0200.html
"具体的な対応の仕方は微妙な点も多く、個々のケースによって変わってくるのはもちろんですが、原則としては、その職場での許容範囲を設定し、それを本人に明確に伝え、許容範囲を超えた場合には厳しい態度で接するべきであると私は考えています。
"
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これを自分からお願いする、というのはおかしいか。どれだけマゾなんだ、自分。
でも、叱ってくれる上司を求めているのかもしれない。
父性を求めているのか。立派なメンヘラだなぁ。
たぶん結局答えはない。
大学三年生。
種は20万くらい。
というのがこれまでの成績。
6月半ばでドル円のボラリティがほとんどなくなったからユーロ円に乗り換えた。
そして今月。
一週目は3万のプラス。
二週目の今週、12万円のマイナスとなった。
6月・7月のユーロっていうのは、とにかく大きく下がったらすぐショートして、
そっからストップ巻き込んで1円~2円抜けてくっていうのがザラにあったから、そこでずいぶん儲けることができた。
しかし今週はそれが全く通用しない。
基本的には下がってるから、損切りしないで長期ホールドしてたらこんなに損失ふくらませるこたあなかったんだけど、
日足の動きとしてはレンジ相場が多くって、大きくブレイクすることがない。
だから僕みたいなハイレバ&損切り早めのプレイヤーは、損切りで確実に削られていく。
GFFさんが「自分の手法が通用する時にしこたま稼げ」って言ったのは真理だと思うね。
俺が今回の損失から気づいたことは、
「為替の短期変動は読めない」
ということ。
いや、そら理屈としてはとっくに知ってたけど、RSIとかボリバンとかを駆使すれば「ある程度」読めるとも思ってた。
実際はほとんど読めない。
最近なんかは介入というビッグイベントのせいで、時たま「介入もどき」みたいな急上昇でストップ狩られることも多い。
「円高方向(つまりS)に向けた数ヶ月単位の長期ホールド」が現状では一番のいい戦略だと思っている。
「中期・長期の変動は(ある程度)読める」
というのは未だに信じている。
購買力平価・金利平価式・経常収支・円キャリー取引・海外の経済情勢(特に今ならPIIGS問題)、
この辺りの要素をもとに考えていけば、確実に数年後の為替レートは想像できる。
この手法の問題は、ある程度逆行しても耐えられるように豊富な種、低レバでやること。
そして「読み」が外れたら大損する可能性があること。
アクセル・ワールド8巻がとても面白かったのですが、未解決の伏線が多すぎてよくわからなくなってきたのでまとめてみました。
同じ作者さんのソードアート・オンラインも含めて思い切りネタバレしてますので、未読の方は注意です。また、多分に私の推測を含んでいます。
4巻で「フルダイブを実現したヘッドギア型VRマシンが開発されたのは2022年の5月」という記述があるが、これはソードアート・オンラインの世界でナーブギアが開発された時期と完全に一致する。ということで、作者がこの二作品に何らかの関係性を持たせようとしているのは確かだと言える。
あくまでも別の作品なので、ソードアート・オンラインの方のネタバレになってしまうようなことは書かれないと思うが、今後も分かる人にはわかる、というレベルの繋がりは出てくるかもしれない。
関連してこんな記事もあった。
一方で、斎藤氏の「市民の党」は、かなり“反日的”で過激な一面をも持つ。
2002年5月、当時の中田宏横浜市長が施政方針演説をしようとした横浜市議会定例議会。そこで突然、女性市議2人が議場正面に立てられた国旗を引き下ろそうとした。この暴挙に出た市議が、「市民の党」所属議員だったのだ。
この場では、市職員が女性議員たちを強制退場させた。だが、あくまで国旗掲揚に反対の2人は議長に公開質問状で退場命令の説明を求め、回答がなかったなどとし市議会の議長席を約5時間にわたり占拠した。結果、2人の市議は懲罰委員会で最も重い除名処分。日本では極めて特異な事件として記録されている。
早いもので4ヶ月目になります。月初の恒例にしようとしている増田への投げ売り堂の6月の結果を書き込みます。
| 項目名 | 6月 | 5月 | 増減 |
|---|---|---|---|
| ユニークユーザー | 575 | 576 | -1 |
| ページビュー | 2626 | 2485 | +141 |
| 平均ページビュー | 1.99 | 1.81 | +0.18 |
| 平均滞在時間 | 1.42 | 1.42 | ±0 |
| 直帰率 | 74.05% | 73.98% | +0.07% |
| 新規訪問数 | 33.43% | 33.89% | -0.46% |
詳細はいつものように以下の Analytics の PDF に。
「個別ページに注目されている商品」や「ソーシャルブックマークボタンの設置(Google+1・Facebook・ツイートボタン)」などのマイナー更新を行ったのですが
なかなかそれ以外の新機能を加える事が出来ず、結果なかなか伸び悩んでいるという状況かなと思っています。
若干ですが、検索からの訪問していただいている率が上がっているので(12.68%→15.28%)
RSS 設置を含め、もう少しサイト見直しを行い、もっと検索に引っかかるようにします。
6月の末の昼に一瞬だけ「投げ売り」「投売り」で検索すると、昼に検索結果が1位になっていたのですが、夕方にはすぐに消えるという憂き目にあったのですが
その間にアクセスが上がったので、やはり検索で引っかかることは重要なんだなと再認識しました。
Twitter の投げ売り堂アカウントでは毎日昼と夜の商品紹介や、自動商品紹介を行っており
こちらは変わらず引き続き毎日行っていきます。継続は力ですし、どういう商品があるか確認するのも重要だと思っています。
まぁ当然こうなるのは想定内なんだけど、こんなのを含めて原発関連全てにノーなら新規どころか来年5月には既存の全ての原発が停止することになる。知ってた?
東京電力が消費電力量を水増しして節電を煽り、原発の必要性を強調する工作をしていることが発覚したんだけど、実際の本当の現状を知りたいわけで、不正確な情報の中では判断が難しいと思う。
で、上関の話に戻るが、Wikipediaを読んでいてちょっとだけ驚いた。
原発計画が表面に浮上して以降の町長選挙では、中国電力の社員を含む100名以上が不正転入を行ったとして書類送検されたほか、推進派候補の後援会長で当時現職の町議が現金を渡して票のとりまとめを依頼した買収事件が発覚、10名以上の逮捕者が出たため当選した推進派の町長が辞任するなどの事態も起こっている[
ともかく、電力会社って結構いろんな工作をしているんだなぁと思った。表に出ない工作ってものすごく行われているのが容易に想像できるんだなぁ。
東京電力の総会が近い。
しゃんしゃん総会で終わろうとも、罵声と怒号が飛び交う長時間総会になろうとも、建設的な展開は期待できないというのが、下馬評である。
株主をまとめ上げて、東電の損害賠償は全額、既存株主に対する第三者割り当て増資で賄うという話にならない限り、東電の上場維持は不可能であり、100%減資で政府管理となるしかない。
株主をまとめ上げるには、メルトダウンが明らかになってから、総会に株主提案が可能である総会の8週間前である5月の3日までというのが、とりあえずの期間であったが、5月3日までに、既存株主側から、そういう話は一切出なかったというのが現実である。
株主の量が多すぎて、話の持っていきようが無かったという可能性はあるが、多いならばインターネットを使って世論を誘導するというやり方もあったのに、誰も、それをやらなかったのである。つまり、世論も株主も、東電を見捨てていると判断せざるを得ない。
メルトダウン前から投資していた人々は、値のあるうちに売り逃げしているという事であろう。だとすると、今回の総会には、事故前からの株主はほとんど出て来ず、事故後に株付けした連中が喰い付いてくるという観測になる。
メルトダウン後から、権利落ちまでの間に株を買った人だけが、参加する総会となるのであれば、罵声と怒号が飛び交う長時間総会になるであろうし、売り逃げるのが遅れていた人が多ければ、本当の株主はわずかしか出て来ず、与党総会屋によるシャンシャン総会になる。
いずれにしても、株主から資金を調達し、将来利益の中から株主に返還していくという、株主を使ったファイナンス以外に、民間企業のままの東京電力が頼れる財布は無い。
この日記に対し、後知恵等と批判があるようだが、たとえば、東京電力がこの日記をミラーして公式ミラー認定料を支払っていたといった外形があれば、利益共同体として民間企業としての存続に手を貸さなければならなかっただろうし、短期間とはいえ、東京電力に雇われていたとか、友人が居るといった、一宿一飯の義理・友情といったしがらみがあれば、多少の配慮はしなければならなかったであろう。しかし、そういった関係が無かった以上、協力しないのは当然となる。知恵を貸すのも只ではないし、世論誘導に手を貸すとなれば、相応の外形が整っていなければ、そのリスクを被るいわれはない。
人や組織を評価する時に、何をやったかや、どれだけ資金力があるかといった即物的な評価のほかに、どんな人や組織と利害共同体になっているか、どんな人に義理・人情といったしがらみを作っているかという評価基準がある。できる企業・人は、外に、しかも、技量・能力のある組織や人に、しがらみを広げているモノである。組織の内側にのみしがらみを広げていると、組織内での出世には有利かもしれないが、順調な時だけしか役に立たないし、組織から離れたら、途端に濡れ落ち葉となるしかなくなる。
東京電力がしがらみを広げていた株主も学者も官僚も政治家もマスコミも金融機関も、この非常時においては、揃って、役に立たなかったわけである。
いやそうなんだけどさ。漏れが不安がってる中で「敷地内にとどまって終わりじゃねーのフフン」的な意見で収束しようとしてたわけじゃん、その時点では。
でも、現実には
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011061302000040.html
とあるように、実際に制御の利かない地下にしみ込んでいる上、無茶苦茶な説明されてるわけじゃん。5月末に
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110527ddm003040212000c.html
とか言ってるんだぞ? どーいうことなのよコレ、と。
- 1994年3月、八王子市立石川中学校の卒業式で、掲揚されていた国旗を降ろして、減給処分。
- 1995年3月、八王子市立石川中学校の学級通信で国旗掲揚を非難したため、訓告処分。
- 1999年3月、八王子市立石川中学校の家庭科の授業で、国旗及び国歌に関する法律はオウム真理教のマインドコントロールと同じであるというプリントを配布し、校長の学校運営を批判したことにより、訓告処分。(この処分に対しては、2001年に「教育行政の教育現場への不当介入」として訴訟を起こすが、2004年5月に敗訴)
- 2000年2月、多摩市立多摩中学校の家庭科の授業で従軍慰安婦やジェンダーフリーをテーマに授業を行い、校長の職務命令に従わなかったため、減給処分。(この処分を不服とし、2004年に訴訟を起こすが一審二審共に敗訴している。)
- 2003年3月、調布市立調布中学校に異動。通勤時間が往復で4時間かかる勤務地への配属は不当として、2004年に訴訟を起こす。
- 2005年3月、立川市立立川第二中学校の卒業式で、国歌斉唱の際に起立を拒否したため、減給10%・6ヶ月。
- 2005年4月、立川市立立川第二中学校の入学式で、国歌斉唱の際に起立を拒否したため、停職1ヶ月・ボーナス0。
- 2005年12月、大阪市の『すわって示そう戦争反対!12・23』で講演
- 2006年3月、立川市立立川第二中学校の卒業式で、国歌斉唱の際に起立を拒否したため、停職3か月。(この処分を不服として訴訟を起こすが、2009年3月に棄却される)
- 2006年4月、『4.25改憲と共謀罪に反対する集い』で講演
- 2006年12月、多田謡子反権力人権賞を受賞。
- 2007年3月、町田市立鶴川第二中学校の卒業式で、国歌斉唱の際に起立を拒否したため、停職6ヶ月。
- 2008年3月、東京都立南大沢学園養護学校の卒業式で国歌斉唱を拒否したことにより、停職6ヶ月。
- 2008年4月、東京都立あきる野学園に異動。
- 2009年3月、東京都立あきる野学園の卒業式で、君が代不起立により停職3ヶ月。
キチガイすぎるだろこいつ。
こんなのがクビにならない事が逆に怖いわ。
http://anond.hatelabo.jp/20091123023409
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%B4%A1%B9%CC%DA%B4%F5
-*米・最も美しい顔100
-米国映画専門サイト「インディペンデント・クリティクス」が主催する「2010年最も美しい顔100(MOST BEAUTIFUL FACES 2010)」の33位に選ばれた。日本人として初のランクイン。
--二宮和也(嵐)との熱愛報道(2011年5月)
-2010年4月に収録されたTBS系バラエティー番組「ひみつの嵐ちゃん!」にゲスト出演し、意気投合。昨年冬までに本格交際に発展した。2人は佐々木の自宅でほとんど一緒に暮らしている状態であり、事務所も交際を否定しなかった。
+これまで噂になった人物は、
+-押尾学 - 本人によるコメント無し。事務所も否定しなかった。
+-EXILEのTAKAHIRO - 本人によるコメント無し。事務所も否定しなかった。
+-杉山ハリー - 本人によるコメント無し。事務所も否定しなかった。
+-深田恭子 - 本人によるコメント無し。事務所も否定しなかった。
+-二宮和也(嵐) - 本人によるコメント無し。事務所も否定しなかった。
http://d.hatena.ne.jp/keywordlog?klid=1271485
+-西麻生バー店長Y - 本人によるコメント無し。事務所も否定しなかった。