はてなキーワード: カシオとは
人々は、銀行にお金を預けていれば盗まれる心配が無いので、安心している。
しかし、銀行屋は、人々から預かったお金を勝手に横領し、それを他の人々に
高利で貸し付けて儲けている。
「銀行屋も利益が無ければ生活できないので、仕方が無いんじゃないの?」と
私は思っていた。
当然国家も動かす事は出来ない。
世の中が不景気になり、不良債権が増えても最後は公的資金注入という形で、
結局尻を拭くのは一般の人々である。
国というのはつまり我々一人一人の事であり、どちらに転んでも結局は
回りまわって税金という形で我々のお金が銀行屋に搾取され続けているのである。
別に銀行で働いている人達が悪いというのではなく、「利子」という発想が問題なのである。
「キリスト教」や「イスラム教」では、「利子」を取る事を禁止していた。
「利子」を取ると、必ず椅子取りゲームになって、「勝ち組」・「負け組」が発生し、
効率化を追求し過ぎるあまり、環境破壊、戦争へとつながってしまう。
「ユダヤ人以外の他の民族からは「利子」を取ってよい」とされた。
システムを作る思想が間違っていれば、必ず問題が発生する。
ミヒャエル・エンデ作の「モモ」という物語では、灰色の男達が「時間貯蓄銀行」なるもの
を作り出し、人々から心の余裕を奪い、奪った時間を葉巻にし、それを吸って生きていた。
ここで、灰色の男達は、「我々のおこなっている事は絶対人々に知られてはならない。」と
言っていた。今の資本社会システムを作り出した思想が知られてはまずいという事なの
である。
モモは、灰色の男達に対抗するため、マイスター・ホラとカシオペイヤの力を借り、
少しの間だけ時間を止め、(つまりは銀行券(お金)を無効化して)
いきなりお金を紙くず化すれば、世界は大混乱してしまうので、この本の著者が
提言しているように、地域通貨を流通させ、今出回っている銀行券なるものの価値を
徐々に下げていくというのは、理にかなっていると思う。
また、経済を成長型の陽経済(銀行券)と非成長型の陰経済(地域通貨)に分けて
マスコミは大元のスポンサーである銀行にとって都合の悪い事を公開できないからである。
従って、マスコミが垂れ流す新聞やテレビ、ネットからの情報は的外れな事ばかりで、
(たとえ理解しているとしても)的を射た本質的な問題をズバリ指摘したりはしないで
あろう。
今の金融システムは、一部の人間達が「利子」という名目で多くの人々から
巧妙に富を吸い上げ、その富の力によって世界を支配するための手段になって
しまっている。そのために戦争が起きようが、環境破壊が進もうが、
彼らにとっては関係無いのである。しかし、ほとんどの人達にとってこれは
無視できないことである。
カシオのデータバンクなんて選ばせるアパレルデザイナーなんていねえよww
そもそも、ダイヤルキー付きデータバンクはずっと前に生産停止してるぞ。(秋葉原では店頭で買える場所もまだあるけど)変なところでキモヲタの臭いを出すなwww
追記:キモヲタ調べによると、今でもデータバンクの新しいモデルはあるみたいね。ダイヤルキー付きの奴でも08年のである。意外と人気なのか?
センター試験が終わったからか、なんだか最近はてな界隈がインテリアブームだね。
関係ねぇだとう?服もインテリアも基本は同じなんだよ!
■一点豪華主義を狙え
みんなお金無いよね。毎シーズン何万円もする流行の洋服をぽんぽん買えないよね。
※服の場合:
最初にちょっっと背伸びしてシンプルで長く使えそうなダークカラーの仕立てのいい服をひとつ買おう。
例えば本物のレザーのブルゾンとか、例えばプラダみたいな有名ブランドのジャケットとか、
カジュアルなファッションならアークテリクスのマンパとか、ラベンハムのジャケットでもいい。
そういうの一個持ってればいいよ。
ただモンクレーはやめろあれはもうユニクロきてるのと変わらんあーモンクレーねハイハイってなるから。
それならまだDUVETICAのほうがいい。
そんなお金すら無い!ってヒトは、最低4万円出して定番の形のPコートを買おう。
そういうちょっと背伸びしたアイテムにユニクロやシマムラやライトオンで買えるようなシャツやパーカー、チノパンやデニムを合わせるだけでいいんだよ。その時はジャストサイズでね。
アウターのいらない季節なら、デニムだよね。チノでもいいけど。
ディーゼルでもリーバイスのビンテージでもGスターでもヒステリックでもいいよ5年後も着てられる定番でお気に入りの一点にケチらずお金を使おう。
そしたらやっぱりTシャツはユニクロやライトオンで無地のシンプルなものを買おう。秋ならスウェットパーカーも。
ほんとそれだけでオシャレに見える。絶対バカにされないから。
時計もネックレスもウォレットチェーンもいらない。バンダナ?とんでもない。
ただ身体が細いヒトは腕にアクセサリをつけると少しごまかせるから、そういうヒトはカシオのデータバンクを狙おう。
7000円くらいで買える。
家出るときに鏡の前に立って、バッグも含めて自分の服のブランド数を数えてみて。
ユニクロ、シマムラ、ライトオンみたいな量販店を覗いて3つ以上あったらそれは危険信号。
服で言うとアウターやボトムなんだけど、じゃぁ部屋で言うとなんだろう。
ソファ?テーブル?キャビネット?テレビボード?そういう大物家具だよね。
どれくらいの広さの家に住むのかにもよるけど、それぞれの部屋には適正なTVの大きさがあるから、その範疇で一番おっきな薄型TVを買おう。
きっと10万円くらいだよね。
じゃぁそのTVにすっごいお金つぎ込んだんだから、そのTVをおもいっきり目立たせるようなコーディネートを考えて自慢しちゃえばいいよ。
その時ホントにソファは赤がいいのかな?カーテンの色はそれでいい?そのガラスばりのローテーブルは間違いじゃない?
IKEAなんかがある都会のヒトはいくらでも安くてシンプルな家具があるよ。無印でもいい。
選ぶときのポイントはできるだけシックな色目の木目を狙うこと。所謂ウォルナット調。濃いコーヒーブラウンだよ。
なんで木目調だよオレはホストみたいなクールな部屋にしたいんだよ!っていうヒトもいるかもしらんけど、金属やガラス、プラスチックなんかはその他の調度品とバランスをとるのが非常に難しいんだよ。絶対、キャビネットはシルバーでクールな雰囲気なのにソファの色は暖色で、なのにテーブルはガラスでライトな感じで、でも間接照明で落ち着く雰囲気、とかになるから。
じゃぁガラスだけや、金属だけや、プラだけで家具揃えられるかって言ったら、それは難しいよね?
そんで、さっき服んときも言ったけど余計なアクセサリーはいらないよ。そのスタンドライトもお香たても流木も写真立てもいらない。
何部屋あるのか知らないけど、貧乏ならせいぜい1ルームだよね。その部屋に生活するのに最低限必要なもの以外はおいちゃダメ。
それとあのよく雑誌とかで見かけるダンボール切ったり、板をホームセンターで買ってきてなんか作るやつ。
せっかくTVにお金かけたのに、部屋にお金ないからがんばってます感というか、僕貧乏です感が丸出しになっちゃう。
そんなのかっこ良くできるわけないんだから、あんなの信じちゃダメ。
そんで仕上げに腐るほど言われてるけど、照明を温かいオレンジに変えちゃえばもう最高だね。
家具はウォルナットの木材(調でもOK)でまとめる。ソファーもダークブラウンや黒が好ましい。カーテンも絶対無地にしてね間違っても西友とかでチェックのカーテンを買ってきちゃだめ。いや西友はべつにいいけど。
それじゃぁどこで個性だすんだよ!って思うだろうけど、絶対物は増えるんだから。
色なんて絶対あとからいくらでも入るから、ベースにある家具は無彩色にしとかないとほんとに統一感がなくなっちゃう。
それで、じゃぁその超絶シンプルな部屋でどうやって個性だすか、ていうと答えはラグマットです。
黒い薄型TV(もう床置きでもいいよ)、ダークブラウンもしくは黒のソファ、同じ色のカーテン、ウォルナット調のテーブル、こんだけベースを暗く揃えたら、ラグマットに好きな色をもってきていいよ。芝生みたいなグリーンでも、ショッキングピンクでもいい、ワインレッドでもいい。明るい色のラグを敷こう。
なぜラグかっていうと、ラグだけは基本交換サイクルの早い家具なんだよ。それに値段も手頃。
そのふかふかのラグマットをローテーブルの下に敷けば、もう立派なオシャレルームだよ。
そのうちどうせ部屋なんて物で溢れかえっちゃうんだろうから、とにかく最初のベース作りをシンプルに。
ここさえ間違えなければ絶対成功するよ頑張って!
私は迷うこともなく、それを振ったのだけど、端的に理由をいえば『いい知れない気持ち悪さ』があったからだ。
大学の後輩を便宜上、Fとしよう。私とFはバドミントンのサークルに入っていて、別に中が悪いというわけもない。飲み会に行けば気兼ねなく話が出来るし、Fが元カノの話をしてたって、ふんふん――それで? と私は興味がないから、適当に相槌を返す。彼が話す内容って、彼女の思い出話とかじゃなくて、どういう女だったか! って性格とか、外回りの話でしか無いんだよね。私はそれを訊いていて、Fって女のことを外見でしか判断してないんじゃないかって思った。だって、ちゃんと相手のことを見ていれば、もっと深い話が出来るはずなのに、Fは元カノの話を私と話すときの(切っ掛け)とか材料でしか使ってない。嫌じゃなかったけど、そこに凄い壁を感じてて、私はFという男に対してそういう男なんだ、なんて評価を勝手に下していた。
サークルが終わった後に、Fと飲みに行った。そりゃ誘われたら行くわ。私はお酒が好きだから。
いつもの居酒屋で、サラダを注文して、それが来たら早速食べて、一杯目のカシオレを飲んでいる時に急にFが口を開いた。
「そろそろ付き合って欲しいんだけど」
は? って思った。そろそろも何も、私ら別にそんなムードとかないじゃん。意味が分からなくて、その言葉の真意を訊きたいとも思わなくて、私はFに「うちらが付き合うとかありえないでしょ?」と脊髄反射的に返す。こういう時は言葉のクッションとか必要ないと思う。でも、Fは私の言をはねのけるのだ。
「いや、おれマジで○○(私の名前)のこと好きなんだよね。本当に付き合って欲しい」とか言いやがるわけ。
私はさっき、Fが前に付き合っていた女のことを、外側でしか見てないと書いた。少し足りない部分がある。彼はsexualな話も私と交わすわけだが、前に付き合っていた女との性的な――そう、性生活の話もする。同棲してたらしいし、毎日猿みたいにやってたらしい。そこに気持ち悪さを感じるわけじゃないけど、彼はいつだって臆面もなく、そうした話を繰り返すのだ。
私は、凄く嫌なことがある。
告白って、つまり『君とセックスしたい』っていう言葉を言い換えただけじゃないのか?
私達だって、大学生で、そろそろ良い年齢だ。中高生とは違う。条例でセックスが禁止されているわけでもない。私自身、別にそうした行為が嫌いなわけではない。ごく自然なものだと思っている。
だけど、それを面と向かって、『告白』というカタチで表明されるのが、何故か言い知れぬ怖さを感じさせるのだ。
男って、そういうことに気が付かないのだろうか? 付き合ったら、そりゃセックスなんて当たり前にするだろう。愛してたら身体を重ねたいに決まってる。キスもしたい、抱きしめたい。私も好きだったら、そう思うに違いない。
別に、Fはいい友達かも知れないが、私は彼のことは好きではない。前述した全ての行為をなぞりたいとは思わない。
私が余計なことを考えている間に、つまみがテーブルに並べられる。
ザンギを食べながらFに訊いたのは、ひどく直接的な言葉だった。「あんたさ、ただセックスしたいだけじゃないの?」
言い訳が嫌いなのに、Fは「違うって、マジで好きだから付き合いたいって言ってんだって!」って本当に真剣な顔をしていて、それだけはちょっと笑えた。私は好きとか、嫌いとか、愛情とか、そういうの全部ひっくるめて全然分からないのだ。
私が過去に付き合った男とは、本当に将来を考えていたと思う。ただ、若くて馬鹿だったんだとも思うんだけど、そうした彼らと(いわゆる)お付き合いってやつをして、性的な付き合いもして、でも、それって本当に愛されてたんだろうか? って疑問に思った。私は、ただ、女として見られていただけじゃなかったんだろうか? すぐやれそうだから、付き合ってみたいと思われたんじゃないだろうか?
そうやって空虚な気分に陥ってしまうのも仕方ない。私はいつも、相手から交際を申し込まれるのに、相手から振られる。私がこういう性格だから、それを見抜かれてしまったのかも知れない。
一時期、私はひどく荒れていて、どうでも良い男と寝たりした。別に好きでもないのに、ちょっと優しい言葉を掛けられたら、ラブホに直行だ。ちゃんと避妊はしたけど、そうした数多の男はみんな一度きりだった。みんなただ、ちょっとやりたかっただけじゃないのか?
少し臆病になり過ぎているのかもしれない。もしかしたら、私が気付いていないだけで、Fは私を本当に幸せにしてくれるのかもしれないけど、私は「好き」って言われるのが怖くなってる。その先にあるのが、どうしても性的なものに繋がっているような……そんな感覚が拭い去れない。
その日は、Fには「今はそういう気分になれないから」って、彼氏はいらないからって、断ったんだけど、でも本当にFが私のことを好きでいるのなら、もう一度くらいアプローチされたりするんだろうか? でも、私はひどく怖いのだ。それが。
優しくされたり、甘い言葉を掛けたりしてくる男ってのは、今までのパターンだとみんな同じだった。すぐに寝ようとする。私の自尊心なんてとっくにズタボロで、それに対しては何もいうことはないけど、こんな固定概念は簡単には拭い去れない。
こうやって、考えてたら面倒になってきて、もういっそ1回Fと寝てしまった方がいいのだろうか? とも思ったりする。セックスしたら、相手のことが分かるのだろうか? 分かるわけないのに、分かった振りをしたいだけなのだろうか私は?
Fから着たメールを返さないで放っておいてる。また一緒に呑みに行きましょうだって、その裏側って、一体なにが隠されてるんだろう?
明日からNYに行ってきます。
15日まで行ってきます。
小さいころから、一度見てみたいって思ってた街に、意外と行けるんですね。
なにより、NYって、その気になって金を貯めれば
案外簡単に行けるもんなんですね。
僕は、縁あって上海は行ったことあったんですけど、
NYって手軽にはいけなくて、世界政府的首都っぽい、特別なイメージがあります。
それゆえ、くっそ楽しみなのです。
最近よく思うのは、「自分で自分にブレーキをかけない」ってことかもしれません。
どうせ金とか人脈とか時間とか、いくらでもブレーキになるものが自分の外にあるんだから、
せめて自分の気持ちぐらいはアクセルにならないと、いつまでたっても進めない。
あと、よく見かけるのは「おもしろいからやる」「好きだからやる」っていう人。
それって「おもしろくなくなったらやめる」「好きじゃなくなったらやめる」というのと、
ほぼ同意なので、言葉の前向きな雰囲気だけにだまされちゃいけない。
同じ方向歩いてたとしても、それが好きなことかどうかで、
どれだけのこと達成できるかにすげー差がつくし、
喜んだり悩んだりした日々は、きっと何事にも代え難い宝物のはず。
帰ったら、量産型ビアーと量産型カシオレで量産型飲み会開いて、
旅のすすめ。ポケモンにはこんな格言があるそうな!
「サトシさん、こんにちわ!わからなくなったら、いろんなばしょにいくこと。
とにかくいろんなひととおはなしすること。そうすればみちはひらけるよ。」
byコトブキシティの住民
・・・という感じで、僕にとっては久々の海外でテンション上ってますw
みんなの海外行ったよ報告いいなあー☆
酒が苦手なのと男性陣の酒が入った席での下半身に関する話題が苦手なこと、それから終電の関係と9:1の男女比から、
あまり課の飲み会には出席していなかった。今回の配属で女子が増え、うちの課の男女比が8:2くらいになった。
配属されてきた内の一人の女性は、面倒みのいい姉御肌といった感じですぱっとものを言う・お酒も好き・下ネタへのノリも良い。勿論課に打ち解けるのも、リーダーシップを取り始めるのも早かった。そんな姉御肌な彼女から何故か頻繁に飲みに誘われる。いわゆる女子会から、もう今ではあまり声をかけられなくなった課の飲み会まで、1週間に一度の割合で。そんな付き合いを続けていたら、何度目かの問いをある日彼女から投げられた。
「ねえ、●●さんは前から飲み会にあまり来なかったみたいだけど…ここの人たち、嫌い?」
純粋な疑問なのか、場に溶け込めない私を心配してくれてるのか、場に溶け込まない私を疎んでいるのか。
どれだろうなーって思った。酒が弱いからと告げると大丈夫だよ飲みなよ!といわれるけど、カシオレ二杯目で吐くし
人に迷惑をかけたくないし、第一酔うと酷く絡んでみっともないことになるから嫌なのだ。自宅への終電があるからと告げると大丈夫だよ誰か送ってくれるよ!と彼女は言うけど飲酒運転の車になんて乗りたいと思わない。あとは皆寮だ。
男の人の酒の席での話題が苦手でと告げると大丈夫だよ面白いよ!といわれるけど三股かけてるとか性病移されたとか全然楽しいと思えない。
(ちなみに、私は飲み会自体は嫌いなわけじゃない。セーブして飲んでたって、楽しい時は楽しい)
面倒見のいい人って、ありがたいけど面倒くさい。(別にこちらにははぶられてた意識とか寂しがってた意識とかないから)変に気を使わなくていいのに。…って再三伝えてるけど、多分伝わってない。彼女は初めての飲み会で上半身脱ぎかけた。その日は彼女に迎えに来て貰った自宅組の車で意識ないまま送られていった。楽しい飲み会って私にはハードル高い。
http://anond.hatelabo.jp/20091006210805
ツッコミをモヒモヒして待ってたのに、はてブばかりが伸びてる割にトラバツリーがイマイチ伸びてないように見えるので、増田からも。
基本的に「コンデジ」と「デジイチ」を「使い方」という面から差別化するなら、前者はレンズがカメラに据え付きであり、後者はレンズを替えられる、というのが最大の違いとなる。因みにこの分け方の場合、「一眼レフ」ではないオリのE-P1だのパナのGH1だのは、後者。こいつらは「レフ」と表現されるミラーを持たないからデジイチにしては薄くて軽いが(ミラーってカメラの中で斜めに寝た状態にあるから、場所喰うんよ)、ファインダが光学じゃないから、気をつけろ。ファインダが光学である利点は、↓とかを参照。無論、ファインダがデジタルであることのメリットもまたある。
http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/480
は置いといて、コンデジの場合、レンズが据え付きだから、後で替えが利かない。「画質がいいですよ~」とか店で言われたのをそのまま受け取ってGR3とか買っちゃうと、運動会でガキが豆粒にしか写らなくなるので注意だ。一方、やたらズーム率の高いデジカメ買っても、所詮今の高画素なカメラであればトリミングさえしてしまえば十分だったりするので、用途によってはオーバースペックになることもある。ただ、コンデジの場合多数派は後者で、要するに「誰でも何でも撮る」ことを優先していて、ズーム率も高いしシーンモードも色々ある、ことが多い。
自分も、コンデジを買うなら「汎用性」を重視すべきだと思う。ほぼフルオートで、ズームで構図とる以外はほぼカメラ任せでも、とにかく常時携帯して何か見つけたら撮るくらいの気持ちで付き合えば、かなりお気に入りの存在となるはずだ。その場合、広角端を意識して買うべし。さっきも書いたが、ズームはある程度まではトリミングで誤魔化せるからな。
逆にデジイチはレンズが交換できるのが、逆に、あれ撮りたいこれ撮りたいとかなってレンズを無限に買い出すと、レンズ1本でコンデジ2~3台レベルなんてのは普通にいくらでもあるので、財布に気をつけろ。概ね、こうしたレンズ選びは「何を撮るか」の目的に合わせたものになると思う。被写体がはっきりしている場合には、向いているだろう。最初にキットレンズからはじめて、撮る目的が色々見えてきたら、というのはレンズを選ぶ感じか。
室内とか曇天とか、ちょっとした悪条件でカメラのシャッタースピードはすぐ落ちるので、特にコンデジや携帯だと家で子供とかぬこを撮る場合に大いに苦労する経験をされた方は多いだろう。
シャッタースピードは、当然のことながらカメラが受け取る光の量に比例する。逆に言えば、同じ明るさでもカメラで受け取れる光の量を増やせばシャッタースピード稼げるわけで、受け取る量は「レンズの口径を広げる」か「素子を大きくする」ことで実現し、このいずれについてもデジイチはコンデジを大きく凌駕する。ただ、素子の大きさに制約のあるコンデジにおいても、素子の形状や光の受け取り方を工夫することでこの制約を突破する試みは存在し、全社の代表格として富士のEXRシリーズ、後者の代表としてソニーのExmor-R採用コンデジがある。
無論、それでもデジイチとの性能差は大きいのだが、どうせ室内で子供とかバシャバシャ撮っても、A4にすら引き伸ばさず、せいぜいL版でアルバムに収めるくらいなんだったら、コンデジのこの辺りの性能が高いヤツでシャッタースピード稼げば、十分歩留まりのよい撮影になるだろう。それでも「画質がいい方がいい!」だったら、基本デジイチのレンズキットでそんな明るいのは無いので(例外:パナソニックのGF1→キットレンズが20mm/F1.7)、レンズを別途見積もるのを忘れるべからず。
少なくとも今現在の話として、コンデジは、現下の不況と画素数競争の終焉、携帯撮影文化の定着という逆風の中で絶賛苦戦中である。そうした中で、(特にソフトウェア的な)技術だけは着実に進化を遂げる中で、進化の袋小路的な変態機能が各社から繰り出されている。カシオの超高速連写、ニコンのプロジェクタ内蔵、富士の3Dコンデジなど、言わば「ガジェット的」方向性が見出されるコンデジは多い。こうした機能に「釣られてみる」のも悪くは無いだろう。
一方、デジイチというか伝統的なカメラにおいては、伝統的な遊びとして、テレコンやワイコン、マクロレンズ、フィルタ(クロススクリーンでキラキラな夜景とか、NDフィルタで滝の流れを撮るとか)などによる様々な表現手法が存在する。こうした機材による撮影表現遊びは、ハマると愉しいだろうと思われ。
色々と違いを述べたが、最大の違いはここかも知れない。
コンデジはともかく、結構オート化している。高級なものはある程度マニュアル機能も充実しているが、そういうのはむしろ、デジイチを持ってる人が軽さや機動性を求めて購入するものだろう。
確かに、シーンの操作やズームなど、撮影者の意図は入力されるものだが、大きな方向性としてはプログラムシフトだの絞り優先だのシャッター優先だのよりは、カメラが「勝手に決めた」設定で撮影が行われ、カメラが「勝手に」補正し、時にはカメラが勝手に顔色まで認識してくれた上で、絵として記録される。AFやファインダの敏捷性も高くないので、タイミング的な意味でもある程度カメラに「引っ張られる」部分はあるだろう。というと何かコンデジ駄目じゃん的な印象はあるが、実際「カメラが決めてくれる」気持ちよさ、みたいなのは、確実にある。暗所などの弱点はあるが、記録としての歩留まりは確実に今のコンデジは確保してくれるだろう。
で、デジイチの方はというと、これも一部にはオート機能がオプション的に充実してたりはするものの、総じてはある程度以上「撮影者の意図」を反映する機材である。観光地とかで「シャッター押してください~」と声を掛けてデジイチを渡す人は、普通はいない。
絞りをコントロールしてボケを付けたり付けなかったりとか、わざとシャッター速度を最適からはずして流し撮りとかをしてみたりとか、ピントを被写体の目に合わせてみたりとか、色のバランスを変えてみるとか。こういう機能は、ある程度コンデジにもあることはあるが、制約が付いてるケースが大半である。言わば、コンデジが「メニューから選ぶ」もので、デジイチが「自分で組み合げる」もの。ただ、センスがなければ、機材がいくら良くてもヘボいものしか出来ないという意味で、間違いなく敷居は高く、挫折したら投資が無駄になるリスクもあろう。
そうは言っても、素子とレンズの質の高さでしか実現できない絵はあるので、金と目的があるなら、デジイチに挑んでみるのも良いかな、とは思われ。
http://k-tai.impress.co.jp/docs/news/20090914_315540.html
NECとカシオ計算機、日立製作所の3社は、2010年4月に各社の携帯電話端末事業を統合し、合弁会社「NECカシオ モバイルコミュニケーションズ」を設立すると発表した。
新会社「NECカシオモバイルコミュニケーションズ」は、NECの携帯電話事業部門であるモバイルターミナル事業本部と、カシオと日立の携帯端末を開発しているカシオ日立モバイルコミュニケーションズ(CHモバイル)の全事業を統合し、国内外の携帯事業を強化、競争力を確保していくもの。
再編再編の繰り返し。
んで、親会社の赤字部門の筆頭。
大変だな。
iPhoneが不評な理由を挙げるとき、自分が個人的に一番理解できないのが「メールのプッシュ受信が貧弱」という項目だ。
そもそもメールというかインターネットって「生のままで流されるデーターは情報の正確性と速度は一切保証されない通信方法」なわけで、そのインターネット回線を平分で流れるメールなんて、最初から即時性求めてちゃだめなんじゃない?
実際自分は即時性を求める連絡事項は絶対にメールだけでは済まさないし、相手にもそれを求める。
仕事だとそれはさらに徹底するので、しがない自営業やってると短期的に見てビジネス的に不利になる場面も少なくはないが、
メールという遅延に全く誰も責任が取れないメディアにこちらが即時対応を義務づけられると、それが積もり積もるともしものときにもっと手痛いダメージをこちらが一方的に被ることになるので、こちらに即時対応を求められるときは必ず電話などのリアルタイムで連絡可能なメディアを通じて、その補助としてメールを利用している。
そうするとメールはプッシュである必要は全くない。IMAPであれPOPであれこちらが確認したいときにサーバーに接続して都度必要な対応をすればいい。即時対応が求められるなら、その前に必ず電話なり何なりの連絡が来ているはずだから。
これが携帯電話だけしか持っていない層になるとまた話が違ってくるんだろう。
携帯電話のメールは、古くはポケベル方式で文字のやり取りを可能にしたPHSのデジタルツーカーのカシオのモデルだったり、確かSMS方式っぽい方法で文字データをやりとりしたJSkyメールあたりが発端になってるはずなので、
回線業者に囲い込まれたインターネットしか体験していないユーザーにはメールはプッシュが当たり前なんだろうし、
実際その層で多いのはいつも誰かに存在が確認されていないと自分が消えそうな子供・思春期の年代が大半だろうとは思う。
で、iPhoneなんだけど、これはPCを持ってるのが前提なわけで
携帯電話しか持っていない層よりもはるかに少ない、PCで一通りのことは出来る上に自分なりの使い方を持っていて、さらにそれが多少なりとも外に持ち歩ければ、
という現在まだ非常に少ない層にジャストフィットした商品である以上、そこを理解していないと重大な過ちを犯す。
そこに輪を掛けて、スマートフォンというものに過剰な期待を抱いて勝手に舞い上がってた、PDAやスマートフォン慣れしてなかった層まで加わって、「がっかりした」の大合唱。
iPod touchのときも2chやニュースサイトで舞い上がって鼻息荒く「公衆無線LANと組み合わせてライフハック!」を夢見ていた人たちが居たが、その人達の提供するライフスタイルが常に回線ありきでPDA慣れしてないと感じた。
今回iPhoneも日本の携帯市場を揺るがすとか鼻息荒かった人もいて、それを見るたびいつも「あーこの人PDA・スマートフォン慣れしてねーなー」と苦々しく思ったものだが、
PDAはそもそも職場や自宅のPCと「同期」させて外にデータを持ち出すと便利になる一部の層のためのツールであって、スマートフォンはそこに外でも回線の接続の可能性が増えたに過ぎない。中には外での回線の接続に音声通話も可能な物もあって、電話の機能もつけるけどiPhoneはそのうちのひとつにしかない。
思春期あたりの子供が下すiPhoneへの評価はまだ理解できるが、出発点を見誤って息巻いてるPDA慣れしていない自称ライフハッカー達の見当違いな評価はウンザリだ。
いろいろ言いたいことはあるんだけど、とりあえず「iPhoneのメール機能が貧弱だ」という意見には全く同意できない。
プッシュが貧弱なのは、携帯やPCに限らずメールでの即時性は思春期を過ぎればそんなに対した問題じゃないし、むしろ即時性を求められるほど迷惑になってくるし、
では試しにi-modeでGmailを読もうとしたら何回クリックしないといけないのか、そもそもIMAPやPOPにアクセスしようと思うと自分でサーバー立てたりJAVAでアプリ作ったりしないと何も出来ないのに対して(どこか他人のサーバーを一度介せばいいんであれば携帯電話でもIMAPやPOP読めるサービスやアプリあるけどね)、
それに対してアカウントさえ設定すれば、常にアクセスしたらメールが簡単に読めるこの端末のどこがメール機能が弱いのか、全く分からない。
そろそろ落ち着いてきたので言う。
iphoneが嫌いなのはデザインがダサいからだ、あののっぺりしてるのが嫌だ
まぁ当然反論があると思うけどその前に俺のガジェットの思い出を聞いてほしい。
小学生の頃カシオの多機能の腕時計に憧れた。あのムダにボタンの多い腕時計にワクワクした
当時どうしても欲しかったけどムリだった。。。しかたなく小学館の応募者全員プレゼントの
ライト付ドラえもん腕時計を愛用していた。ライトのオンオフが横レバー方式を採用したのが
大変すばらしかった。
次はラジカセだ。もちろんカセットテープを二つ入れることができる奴が一番のお気に入り
でも家にあった唯一のラジカセを『壊れたから』という理由で捨てられたのは悲しい思い出。
あと昔のFMラジオやBCLラジオも好き!!BCLラジオは持ったことないけど店の前でカッコイイなー
と思いながら眺めていた。FMラジオも昔のモノはスゴクカッコイイ!とあるラジオではロッドアンテナを
出すスイッチがあって、それを押すとビコーンとアンテナが飛び出してくるという機能がある。
スゲーよな!!カッコいいよな!!アンテナなんて親指ぐらいの太さなんだゾ!!
さてここまで読んで???っと思った人はこの先はもっとわからないと思うから読まないでいいよ。
ええと次はガジェットじゃないけどオシロスコープだ。最初は使い方がわからなかったけどすぐに魅了された
もちろんブラウン管式オシロが好き、デジタル式なんてナンセンス。ああカワイイよオシロタン。。。
プローブの先を曲げちゃったり、無駄にスイッチいじって先生に怒られたり、波形でてこねぇーと叫んだのは懐かしい思い出。
ちなみに友人から譲ってもらったオシロ(40MHz 3ch)を1台持ってます。
さて駆け足で回想しましたが要は『俺はスイッチが好きだ!!』てことを言いたいのです。もちろんボタンもね。
配電盤に行くといつもワクワクします、アキバのスイッチ屋を覗くのが好きです、オムロンのリミットスイッチが好きです!
トグルスイッチも好きだ、ディップスイッチも好きだああ(マザボのDIPスイッチが最近減ってきて悲しい。。。)
スイッチやボタンがないガジェットはガジェットじゃない!!最近のガジェットはスイッチを軽くみる傾向が強い
ボタンをシート型にして目立たせないようにするなどトンデもない事です。
そうだiphoneを受信機のDJ-X8みたいにボタンを着せ替えできるようにしたらどうだろう?
うぬこれは絶対人気出るぞ、断言する。
ボタンやスイッチはもっと存在を主張すべきだ。なんで謙遜するのかがわからない。
そう考えるとブラックベリーはいいねーボタンがいっぱいあって、俺にとってあのボッテっとしたボタンが嬉しいよ。
んで俺が一番心配しているのはDSやiphoneのブームによりタッチパネルが今以上に普及することだ。
昔の駅の券売機はボタン式でよかったけど最近はタッチパネルが主流で本当にげんなりする。
話が若干ずれてしまったが俺が言いたいのは
ってことだ
ふざけるな!WindowsMobile機が夢のスマートフォンだと!?
「カスタマイズ出来る」と「カスタマイズしなければ使いものにならない」は全然違う!違うよ!全然違うよ!
モバギの足元にもおよばねえですよ!!!
リナザウが出たのは何年前だよ!!!
ああもぅ、日本でも速くiPhone出してよ!あの操作性は快適すぎるよ!!!
ああもぅ、ケータイWatchは本日の一品だけ連載してろよ!!!
ああもぅ!ああもぅ!なぜ今の携帯電話がどれだけすばらしいかを理解しない!?
自動で時刻同期する目覚まし時計にスケジューラ。VGAの画面で動画再生にゲームにカメラ。
単体でインターネットまで利用出来るのだぞ!?
しかも、なんとこれらに加えて、おまけで通話まで出来る!
過去のPDAユーザーの夢が具現化したものだと何故理解せずに、そんなWindowsMobileなどというウンコを使い続けるのか!?
WindowsCE機で存在が許されるのはカシオ系とモバギ系列とペルソナだけだよ!!!!!
歴代まれにみる少なさだ。
にしても!!!
大掃除が終わらないので諦めた。
物がすてられない性分です。
どうしたらいいでしょうか。。。
もったいないとおもってしまいます。
もうUSBのスキャナも複合機のスキャナもあるのにスカジーのスキャナが捨てられません。
64bitフルカラー。当時はとても高いものでした。
誰か欲しいひとはいませんか・・・。
救うと思ってもらってやってください・・・。
カシオの電子キーボードが捨てられません。小学校の時にかってもらったキーボードです。
まだ音がでるようだったらめいっこにあげようかな・・・。
宇宙皇子が20冊でてきました。
小学校の頃にかった奴です。ライトノベルを読んだ事がないとおもっていましたが、
今考えたらこれがライトノベルの走りなのかもしれませんね。
誰か欲しいひといませんか・・・。
いろいろ捨てられません。
誰かもらってやってください・・・。
でも1台前は残ってます。
なぜか取り外したマザーボードとか、なんにつかうんだかわからないケーブルが山のようにあります。
メモリと筐体だけとって捨てようかな・・・。
携帯電話に漢字が表示できるようになったのは、ドコモで言えば P206 HYPER のころだったと思うが、モノクロ液晶機については割愛する。
i モードサービスが始まってしばらくすると F502i や大ヒットした N502it といったカラー液晶搭載機が登場する。 ただしこのあたりの機種については画面解像度が 120x120 とか 120x160 などの小サイズで、フォントもモノクロ機と同様のものを使用していた。
ソフトバンクの前身のボーダフォンの前身の J-PHONE が写メールサービスを開始するころ、シャープが LC フォントを開発している。 LC フォントは携帯電話などの低解像度液晶で表示するために作成されたビットマップフォントで、文字ごとに部首のバランスを整え、低解像度時につぶれやすい文字のふところ部分を広くとることで視認性を向上させている。 このフォントの見やすさは当時の他機種のフォントとは一線を画しており、後継の LC フォント .C/B を含めてシャープ製端末だけでなく他社製端末にも採用されていた。
LC フォントの登場以外には特筆することはないが、 SO503i のフォントは LC フォントに近い丸ゴシック系フォントで見やすかった。
順位を付けるとすれば SH>SO>N>P>D>それ以外 と言ったところだろう。
ドコモ以外のキャリア用の端末もシャープ以外は似たり寄ったりで、東芝製端末のフォントもこのころは (解像度が低いため) まだ見れるものだった。
ドコモのハイエンドが 5xxi シリーズから 900i シリーズに移行して QVGA 液晶がスタンダードになりそうなころ、市場でもビットマップフォントの見づらさがクローズアップされるようになってきた。
シャープは LC フォントにサブピクセル描画技術を盛り込んだ LC フォント .C を開発。 これも実物をひと目見れば誰にでも美麗さがわかるだろう。 LC フォントを採用しているという理由で端末を選択するという「フォント買い」まであったとかなかったとか。
のちに、 LC フォントは .B に進化している。 中心線のみのアウトラインデータからフォントを生成するというもので、可変フォントサイズ対応によるビットマップ容量増大を抑える一方で、低解像度向けの描線省略技術を盛り込んでいる。
ドコモ端末では SH と N と P が LC フォントを採用。 F と D と SO が相対的にショボく感じられるようになった。
ドコモ以外のキャリアでは、東芝製端末のフォントの汚さが最高潮に達している一方、日立・カシオ・三洋・京セラの端末では独自の丸ゴシックフォントを採用して視認性をかなり向上させている。
そして、携帯電話フォントに第三のイノベーションが発生し、 F と D が逆転ホームランをはなつ。 F901iC にモリサワ製のアウトラインフォントが採用されたのだ。
KeiType と命名されたこのフォントは同社製アウトラインフォントを携帯電話向けに最適化したもので、 F901iC に搭載されたモリサワ新ゴは、もはやビットマップ系フォントは旧世代と言い切って過言ではないと思わせるものだった。
もっとも、 F も D も端末自体がもっさりすぎてフォントの美しさに完全に負けていたが。
QVGA 世代の終盤になって、 P が LC フォントを捨てて丸ゴシックに移行している。 低解像度で見やすくするという思想の LC フォント .B は線を 1 ピクセルで描くことを基本としており、フォントサイズを大きくしたときの描線の細さが指摘されていた。 これから訪れる高解像度時代に対応できないと踏んでの移行であろう。
そして時は現代に移り、 905i シリーズが発表されていよいよ携帯電話の液晶は VGA (WVGA) がスタンダードとなりつつある。
パナソニックが懸念したとおり、ここに至って LC フォントの天命は完全に尽きた。 ソフトバンクの VGA 端末で使用されていた LC フォントはアウトライン展開されていたがやはり描線は細く、ビットマップ表示に最適化された部首のバランスはかえっていびつに感じられた。
引き続きモリサワフォントを使用している F と D は強い。 アウトラインフォントは解像度が上がれば上がるほど有利に働き、フォントそのものの美しさが強調される。
P は丸ゴシックのアウトラインフォントを使用。 N も LC フォントを捨ててアウトラインの丸ゴシックを採用した。 SO はモリサワとは違う角ゴシックのアウトラインフォントを採用している。
シャープも、 LC フォントと名前は付いているが完全に別物の丸ゴシックフォントを使用している。 視認性はかなり改善はされたが、どうも文字間の間隔が開きすぎていて読みにくい感じがする。
他キャリアはまだ VGA 機が少ないためアウトライン化の波は押し寄せていない。
東芝端末は最新の 920T (ソフトバンク) で VGA 液晶を採用しているが、いまだに QVGA 時代のド汚いフォントを四倍拡大して使用している。 どうかしているとしか思えない。
遠くない将来に、携帯電話は全キャリア全端末で VGA 以上の液晶になるだろうと思われる。 おそらくすべてアウトラインフォント搭載となり、フォントの優劣を比較という行為も鼻で笑われるような時代になるだろう。