「常識人」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 常識人とは

2017-05-17

コートハウス欠点

ググっても出てこなかったんだけど、有名な建築家の人とかの実例集ばっかりで

実際住んでみてどうって意見がなくって、おかしいなってなったので書いてみる。

コートハウス何かって、ちょっと戸建ての敷地が広いから、道路から視線が煩わしいか敷地沿いに壁を立てて、そこに向けて中庭とかリビングの大きい掃き出し窓とかを作ろうねってお家なんだと思う。

おしゃれとか、プライバシーとか、素敵っぽいお家になるとかそう言うの。

3方向とか4方向とかを壁に囲まれてるので音がすごく響く。

お金持ちできれいな奥さんも、怒鳴り声はうちの親と一緒なんだとかそれくらい内情が筒抜けになる。

敷地狭いと建てられないので)周りもまあまあの金持ちになるので「おめーうるせーよ」とか言わない。

子供名前も、どんな理由家庭内が揉めてるかも窓を開ける季節だと余すところなく聞こえてる。

おまえの家犬しつけできてないなとかね。

今の季節、中庭に面したサッシの窓開けるだろう。夕方以降走り回る息子に手を焼いてるだろう、みたいなの近隣に大いに響いてるんだけど。

きっと住んでるひとは(常識人なだけに)こんなに響いてるって知ったらいたたまれないだろうなあって思う。

千万もかけて立てた素敵な家が、長屋以下の遮音性とかきっと辛いから、いつまでも知らないままのほうが幸せなのかなって思う。

窓閉めたら吠え犬も聞こえないので単純に、閉めたらなくなる問題だろうと思ってる。

相場通りなら)5000万かけた家がこんな騒音撒き散らしなの本当に悲しい。

建築家のひとはもっと試作とかしてって行ってもきっと無理だからPC分品と同じように「人柱大事」なんだわ。

2017-05-11

[]地方公務員法地方自治法が成立

国会ウォッチャーです。

本題に入る前にid:iteさんがブコメで、「中立を装うこともやめた」とのたまってて腹抱えて笑ったんですが、おもろいからどんどんやってよw

しかも私が中立じゃない旨を示してると突っ込まれてなお自分確認もしてないのめっちゃうけるんですけど、あなたがやるべきことは、私が中立だっていつ宣言したのか示すことだと思うけどね。いちおう私は結構親切なので、おしえてあげますけど、4/13日の記事不偏不党ではない旨の宣言はさせていただきました。大体増田中立性とか求めている人は、自分はなにか政治的意見を述べるときに、中立に言えるんですかね。単純な疑問ですが。

あと内閣委員会が、有村治子議員和田正宗議員と逸材の活躍が目立ちすぎて聞くのがつらい。どんだけヒマなんだあなたがたは。山本太郎常識人みえしまうぞ。

会計年度任用職員制度設計

 衆院本会議地方公務員法地方自治法改正案が成立しましたが、共産党けが反対。田村貴昭議員の質疑は大事な話ですが、やはり共産党時間が短いので駆け足になってしまうのが残念。田村貴昭議員は今週だけでも、国家戦略特区外国人労働者人権問題について問題点を質疑されていました。こういう票に繋がらないどころか、農業関係者からの票は失いそうなこともバシバシ切り込めるのは共産党の強みでしょう。

 現在非正規公務員の職は、特別職臨時職、一般職にわかれています。この割り振りが、自治体間で大きく異なり、保育士図書館職員等の、熟練が求められる職員が、特別職であったり、臨時職であったりばらついていたものを、会計年度任用職員基本的統一する、という制度です。これによって、これまで適用対象外であった地方公務員法特別職は、審議会委員等の極めて限定された職種になり、ほとんどの地方自治体特別職員そして、フルタイム会計年度任用職員には、諸手当・一時金支給をし、パートタイム会計年度任用職員には、一時金支給を「可能とする」という改正案です。基本的には一歩前進、といっていいのかもしれませんが、これも結局財政的手当てがないと、絵に描いたもちになるのではないか、というのが共産党の指摘。ちなみにもともとの案では、フルタイムパートタイム区別はなかったんですってよ。成案が出た段階で修正されたということ。共産党はこういう、一歩前進かもしれないけど不十分というときには大体反対する。何でも反対という批判もあるかもしれないけど、共産党としては、彼らが審議を通じてした批判改善されていない、という証左として反対の記録を残しているのであって、これは議会にとって意味のあることだと思います

田村議員総務委員会質疑

 10年以上、正規職員と同様の仕事している非正規公務員がいる団体割合が、職種ごとに、3割から4割と非常に多くなっていることを指摘し、正規職員と同等の仕事をしていると認められるのであれば、任期付や常用職員として雇用するべきとする方針形骸化しているのではないか問題提起しています。その中で、フルタイムにしないために、15分だけ勤務時間を短くし、15分超過勤務手当てを出すことでパートタイマーとして雇うといった事例や、転勤してしま正規職員に代わって、継続性を担うのは転勤しない非正規が担っているという図書館の事例などを紹介。結局地方財政措置を行わないといけないと思うが、どうかと高市早苗大臣質問高市大臣としては、当然なんとも言えないので、ちゃんと調査して、もしそういう事例が明らかになれば指摘するという答弁を行います実効性はどうなんだという話はまぁおいておくけど、高市さんは無難な答弁はうまいよね)

田村

「以前の答弁で、職務の内容や責任の程度は、任期の異なる職員とは異なる設定をすべきと答弁されました。どのような、あるいはどの程度の違いがあると想定されていますか」

高原部長

個別具体に申し上げにくいところはあるのですが、最終的には地方公共団体に決定していただくわけですが、国家公務員法制における常勤非常勤概念整理とあわせて、常時勤務を要する職員というのは、相当の期間、勤務すべき業務であって、なおかつフルタイムであると整理をさせていただいた」

そして、現在臨時職員の再任用に際して、空白期間が出ていることに関して、会計年度任用職員ではどうなるのか、という質問し、継続性がある場合は、空白期間を設けないよう、適切な任期設定をする(最長一年だけど)という答弁を得て、問題があった場合どのような対応を取るのかときき、部長問題があったら(自治体に)働きかけをしていく、と答弁した後、すぐ高市大臣質問共産党の質疑はそこもうちょっと踏み込めよ、という不満が結構歩けど、時間が短いから仕方ないかなとは思う。森ゆうこさんとかも時間短いけど、彼女問題をかなり絞って質疑するからしつこい感じがして好印象がある。)

田村

高市大臣質問、いわゆる研究会報告書地方公務員のの臨時非常勤職員および任期職員の任用のあり方に関する研究会報告書、この中では、常勤職員が行うべき業務である、本格的業務という言葉がある。組織管理運営事態に関する業務財産差し押さえや許認可などの権力業務が想定される、とされているが、総務省の想定はこれと同じか。具体的にどのような業務を本格的業務と想定されているか

原田憲治副大臣

報告書におきましては、任用職員の任用根拠適正化におきましては、常勤職員と同様の職が存在が明らかとなった場合には、常勤職員やに任期職員活用検討する必要があるとしております。これにあわせて、常勤職員と同様の業務について、わかりやすく例示するために、あくまで、個々具体的に判断されることを前提としつつ、ご指摘のような業務が挙げられておりますしかし、これらはあくま典型的な例示で、常勤職員が行うべき業務はこれらに限定されるものではなく、これまでの取り扱いを変更するものではありません。その上で、地方公共団体運営においては、公務中立性の確保や職員の長期育成を基礎として、職務の精励することを確保し、能率性を追求し、職員の質を確保するために、会計年度任用職員を導入後においても任期の定めのない職員の確保は維持するべきものと考えております(でも予算措置はしない、自治体努力せよ、というたてつけ)」

田村

副大臣、私の次の質問にも答えていただきました。今回、新たに「本格的業務」という言葉が導入された。私はですね、常勤職員業務が、どんどん集約されていくのではないか、その代わりに、臨時非常勤、いわゆる会計年度任用職員、あるいはアウトソーシングもっと広がっていくんじゃないか、こういう懸念をもたれる自治体関係者はたくさんおられる、ということを指摘しておきたい」

これは要はフルタイムである、というところが用件になっているので、現状でも都合よくパートタイムを使っているのだから結局予算措置しないと、フルタイムからパートタイムに流れてしまうだけになってしまうのではないかという心配があるよね、という指摘ができればなおよかったなぁと思います非正規職員もっと大事要求は、賃金アップと、雇用の安定だと思うのですが、雇用期間に関しては、「原則1年以内」から「最長1年」に後退していますし、やはりパートタイム雇用には給与報酬じゃなくてね)支払い義務、諸手当の支払いが不要という抜け道を、わざわざ成案で用意したということは、どうぞ使ってね、ということなんだろうなぁと疑わざるを得ないのが、残念ですが、各自治体の裁量に任せられたというのは事実なので、ぜひぜひここは、各地方自治体が、非正規公務員処遇をどうしようとしているのかということにはこれから注目して言って欲しいと思います維新が幅利かせてるところはあきらめてくださいね。残念。

2017-05-02

受験階級固定化かそれとも

東大生の親の年収が高いことは昔から言われている。他の大学でも、医学部国立でも親が医者が多く年収が高いだろう。

こういう現状から金持ち教育お金をかけることができるので、幼少期から良い学校や塾に通わせることができ、階級固定化されていると指摘されている。

そういう意味出来レース感を感じる人も多いのかもしれない。

しかし、個人的経験から言うと、受験システム最後の砦だと思う。

自分偏差値40台の高校出身で、親も両親ともに大学に行っていない。同級生大学学者は2割、専門学校が6割、その他よくわからずが2割だった。大学短大も含まれていて、数年に1人くらいの割合MARCHレベル大学に受かる人がいて、高校では天才として崇められていた。私も周りと同様に、専門学校に進み、そのあとその業種で働いていた。

働き出してから数年経ち、東京という社会の圧倒的な給料格差を知り、自分人生これでよいのだろうかと思うようになった。とあるきっかけがあり、予備校に行って再受験をすることにした。

最初はまったく勉強がわからなかったが(高校の授業は異常に簡単受験に一切役が立たない)、わかると面白いものもあり、3年間予備校に通って、大学に進学した。ほぼ高校に3年間通ったようなものである

本当は医学部とか法学部に行きたかったが(バカなので学部をそれくらいしか知らない)、某旧帝大経済学部合格した。

同級生よりも圧倒的に年を取っていて気後れしたが、周囲の同級生があまりに良い人たちばかりでびっくりした。しょうもないいじめなど何もなく、これが階級の違いか、と心から驚いた。

昨年、東大レイプ事件があったが、もちろんそういう人も一部にはいるだろうけど、そういうのはどこの世界にもいるものだ。全体として95%以上の人が常識人で、感動した記憶がある。

その後、年齢のこともあり、通常の企業に雇ってもらうのは難しいだろうと思い、資格を取ることにして税理士資格を取り、いまは個人税理士事務所で働いている。税理士事務所もいろいろあり、必ずしもバラ色の生活というわけではないが、ワーキングプアというわけでもなく、社会の平均的な幸せ享受している。


大学時代にある女性自分境遇を話したときに「本当にそういう高校ってあるんだね!」と驚かれた。悪げのない発言だったのだろうが、私は結構傷ついた。

というのも、彼女たちのような中高時代からエリート校に進学し、自然旧帝大に進学するような人たちが社会の状況を認識できていないのが悲しかったのだ。

彼女のようなエリートもいれば、逆側には負のエリートがいる。その人たちに優しくしろだとか、社会をよくしろとか言いたいわけではなく、偉くなる人たちが彼ら/彼女らを認識しながら社会ハンドリングしていかないと、彼ら/彼女らは革命とかテロとかしちゃうよ、と思ったのだ。

なんというかエリート層はもう少し賢く(小賢しく)下層のガス抜きをしているイメージがあったのだ。でもそういう認識は間違っていた。東大だとどうなのだろうか?

話が大きくそれてしまった。このように固定化しつつある社会だけど、私のように食い込むことはできる。これは受験制度のおかげだ。

これが家柄だとか年収だとかで入れる大学が決まっていたらアウトだった。そういう意味で、現状の仕組みはまだましなのだ。

それをお金持ちの家がお得だ、と言って下の層が開き直って勉強しないと本当に固定化してしまう。自分の頭を賢くすることは下層の人間にも許された数少ない投資の一つである中高生増田を読むことなんてないと思うけど、いま子育て世代の親は、子供教育がんばってねと心から思っている。

2017-04-18

http://anond.hatelabo.jp/20170418215328

あなたの話が真実かどうか知らない。

私の話があなたの慰めになるかどうか知らない。

でも聞く耳を持った時のことを考えて書いておく。

  

私は子供の頃から頭が良かった(それなりに。東大に行くほどではない)。

学業のことで母に心配をかけたことはない(と思いたい)。

その母は、母の姉(=叔母)に対して私のこと「何を考えているかからない」と言った(と叔母から聞いた)。

母は叔母に、「お姉ちゃん子供がいないから悩みがなくていいよね」と言った(と叔母から聞いた)。

実家では犬を飼っているが、犬がいるか旅行にも行けないと母がこぼす(飼いたいとったのは母自身だ)。

まだまだクズエピソードはあるが、母はいたって常識人のつもりでいる。

もちろん2ちゃんねるで見るようなクズとはまた違う、いたって一般的人間だと思う(と思いたい)。

  

所詮人間自分の都合の良いことが世間一般にとっての良いことだと考える。

たとえば経済的不自由がないことが最大の幸せ(逆に金がないことが不幸せ)だと思ってしまう、あなたのお母さんのように。

  

一方で「私のことを誰もわかってくれない」という感覚が、その人を世界から見捨てられた証拠のように思う。

あなたのことをどんなに理解しようとしていても、そのことがあなたの好むように伝わらなければそれは意味のないことなのだ。

あなたにとって、どんなに世界が辛いと思っても、それはあなたにとって思うような世界でないというだけのことだ。

  

私の母は、今も世界自分の意に沿わないことを嘆いていることだろう。

母は稼ぎの悪い夫(私の父)のことを嘆いていることだろう。

  

あたなは、私の母のように思うだろうか?

あなたは、思い通りにならない世界を、あなた母親をどう思うだろうか?

それとも連れ子でなかったら今の辛い境遇にならなかったと思うのだろうか?

  

もしここまで読んでいるなら考えてほしい、あなたの思い通りになるのはあなたの内側だけなのだと。

あなたの内側は自由だ。

不幸な(だと思っている)あなた境遇は、あなたの内側だけはそうではない。

連れ子である事実は変わらない。でもあなたは変わることができる。

あなたの内側は何者から自由であり、すべてである

自由自分自覚

  

私の母は自由ではなかった。

からずっと自分の生を嘆いた。

あなたはどうなのだ

http://anond.hatelabo.jp/20170418215328

あなたの話が真実かどうか知らない。

私の話があなたの慰めになるかどうか知らない。

でも聞く耳を持った時のことを考えて書いておく。

  

私は子供の頃から頭が良かった(それなりに。東大に行くほどではない)。

学業のことで母に心配をかけたことはない(と思いたい)。

その母は、母の姉(=叔母)に対して私のこと「何を考えているかからない」と言った(と叔母から聞いた)。

母は叔母に、「お姉ちゃん子供がいないから悩みがなくていいよね」と言った(と叔母から聞いた)。

実家では犬を飼っているが、犬がいるか旅行にも行けないと母がこぼす(飼いたいとったのは母自身だ)。

まだまだクズエピソードはあるが、母はいたって常識人のつもりでいる。

もちろん2ちゃんねるで見るようなクズとはまた違う、いたって一般的人間だと思う(と思いたい)。

  

所詮人間自分の都合の良いことが世間一般にとっての良いことだと考える。

たとえば経済的不自由がないことが最大の幸せ(逆に金がないことが不幸せ)だと思ってしまう、あなたのお母さんのように。

  

一方で「私のことを誰もわかってくれない」という感覚が、その人を世界から見捨てられた証拠のように思う。

あなたのことをどんなに理解しようとしていても、そのことがあなたの好むように伝わらなければそれは意味のないことなのだ。

あなたにとって、どんなに世界が辛いと思っても、それはあなたにとって思うような世界でないというだけのことだ。

  

私の母は、今も世界自分の意に沿わないことを嘆いていることだろう。

母は稼ぎの悪い夫(私の父)のことを嘆いていることだろう。

  

あたなは、私の母のように思うだろうか?

あなたは、思い通りにならない世界を、あなた母親をどう思うだろうか?

それとも連れ子でなかったら今の辛い境遇にならなかったと思うのだろうか?

  

もしここまで読んでいるなら考えてほしい、あなたの思い通りになるのはあなたの内側だけなのだと。

あなたの内側は自由だ。

不幸な(だと思っている)あなた境遇は、あなたの内側だけはそうではない。

連れ子である事実は変わらない。でもあなたは変わることができる。

あなたの内側は何者から自由であり、すべてである

自由自分自覚

  

私の母は自由ではなかった。

からずっと自分の生を嘆いた。

あなたはどうなのだ

普通の勤め人なら知ってるはず

世の中には普通の勤め人とは言えない職業の人も普通に割と沢山いるんだが

普通の勤め人」を常識人だとかそう言うもの同義として扱ってる人はなんなんだと言いたい。

だいたいある勤め人がいたとして、その業種が普通なのかどうか、その感覚なんて千差万別だろうし。

そもそも普通に学生とかフリーランスとか一定数いる空間

普通の勤め人なら知ってるんだからお前らも当然知ってるはずなのだとか勝手な決めつけをしてくる人はなんなんだと。

2017-04-05

cj3029412が熊手

常識人感あるが、空気読まずに三連スターつける感じ。

失投か、故意か。

何なんだ。

http://anond.hatelabo.jp/20170405215155

ADHDだけどわりとなんとかなってる、という話

定期的に出てくるADHD奴のチラ裏自分語りだと思ってくれ。

典型的発達障害子供の頃からいろいろな人に心配迷惑をかけて生きてきた。小学生くらいの頃は落ち着いてひとところにとどまっているということができず(多動)、見えているはずの電柱階段が脳では処理できずに、急に動いて電柱にぶつかったり階段から転げ落ちたりしていた(衝動性)。椅子を後ろに倒して後頭部を強打したり、自転車を漕いでいて車と衝突しそうになり岩と激突したりした。特にこの頃はそもそも脳と体が上手くシンクロできておらず、ずいぶん大きくなってからもご飯をぼろぼろこぼしながら食べていた。本当に親には迷惑をかけたと思う。

注意障害の方もかなりひどく、これは今でもそうなのだが、短期記憶の保持時間が極端に短い。だからさっきその辺においたメガネのことを忘れて見当違いのところを探し回ったり、傘を持って電車に乗って何も持たずに降りたりする。傘は99%くらいの確率でなくすのでもはや持ち歩かないのが基本。マフラー腕時計もつけられない。何かをやっていてもすぐに他のものに気を取られてそっちを深掘りし始める。宿題なんて当然家に帰ったらその瞬間に忘れるので、先生が出すであろう宿題予測して授業中に終わらせるように心がけていた。数学計算ミスをするので大体の問題は△だったが、長期記憶概念理解には優れていて、全体的な成績はそんなに悪くなかった。

まれてこの方ずっと低血圧で朝が極端に弱く、雨が降ると日中はずっとエンジンがかからない。あまり他者には興味がなく、自分思考想像の中に浸っていれば幸せだった。幼少期からとにかく読書が好きで、普段は多動のくせに本を読ませておけばじっとしていたという。

こういう人間だったから、当然企業就職することな不可能だろうと思っていたので、大学に進学してから研究者を目指していた。しかなんやかんやあって先生と衝突したりして、博士課程には進まずに一旦就職口を探す羽目になったのが修士終わりの頃のことだ。十中八九就職先が見つからずにしばらくニートとしてブラブラすることになるだろうと思っていたら、ひょんなことから一社だけ受かってしまった。なぜかは今でもわからない。

あれからしばらくたった。わたし企業勤めなど続くはずがないし、どうせすぐにやめるだろう、と思っていたが、意外と長いこと続いている。何より自由やらせてもらえる部署に移れたのが良かった。昨日は10時頃に起き、11時頃にブランチを食べて12時前に出社した。起きてからベッドから出れるようになるまでかなり時間がかかるのだが、脳は起動しているのでその間にメールを処理してしまう。飯を食ってコーヒーを飲んだら少し体が起きてくるので、出社して自分が今やっているプロジェクト分析時間を使う。合間につべ動画を見たり、Switchゼルダをやったりする。田舎からのんびりしているし、車で通勤できる(から、傘をなくさない)のがいい。最初東京だったのだが、あのごみごみした感じがどうしても合わずに結局東京から脱出してしまった。それに、その時の部署には常識人が多すぎてわたしは窮屈だった。

何がよかったのか、を考えるが、結局は縁と運であったような気がする。東京がいやになって会社をやめようと思っていたときに、今の上司が「それならこっちの部署に来るといい、空気うまいぞ」と言って引き抜いてくれたのだ。なぜかは分からないがわたしが好き勝手にやることを評価してくれる。興味のある分野の興味のあるトピック自分なりに分析しているだけなのだが、それでお金がもらえるのはありがたいことだ。自分社会に合わせなくても、わたし場合は、社会結構自分に合わせてくれた。それに対しては感謝しかない。どうにかして恩を返せないかとは思うが、どうしたらいいのかはよくわからない。

何処かで博士課程に戻ってせめて博士号くらいは取りたいとずっと思っているのだが、今の会社もそれなりに気に入っているので、両草鞋になりそうだ。あんまり忙しくはしたくないんだがなあ。

2017-03-28

NewsPicksって気持ち悪い

何か偉そうにコメントしている人たちが気持ち悪い。

顔出して、人の批判とかして、何がいいんだろうか?

まだ2ちゃん匿名批判している人の方が常識人だと思う。

偉そうに批判するやつが賞賛される社会なんて気持ち悪い。

http://anond.hatelabo.jp/20170328162335

野球で、9回裏 0-8 の8点差の負け状態から逆転サヨナラで勝った試合があるじゃない?

常識人なら、8点差があれば、もうすぐ負けると分かったように感じちゃうでしょ。

2017-03-22

マスオさんジャムおじさんの声

マスオさんジャムおじさんの声ってかなりふざけた声だと思うんだけど、キャラ本人は至って常識人なの。不思議

2017-03-05

たまに破滅したくなる

仕事で辛いことがあったり、好きな人に拒絶されたりすると、無茶苦茶になりたくなる。

ただ悲しきかな自分は小心者な常識人であるので、犯罪もしないし、後で面倒なことはできない。

そこで何をするかというと、たいていパチンコと酒、タバコオナニーオナニー以外は普段全然しないのに、退廃的になりたくておよそクズがやりそうなことをやる。パチンコは雑にやるから負けるけど何も考えなくていいのが楽。酒は単純に心地よくなれる。けど酔って他人に連絡とかすると危ない。ドラッグをやる勇気とツテはない。タバコはあの身体に害がありますよ〜って煙をふもふもするのと、ライター使う感覚が悪いことしてる感じで良い。風俗も行ったら破滅できそうだから行ってみたいけど恥ずかしいし高いから行かない。代わりにオナニーをやりたいと思った時に我慢せずやる。黒ギャルとか普段見ないやつでやる。理由自分でもよくわからん

こんな感じで土日を消費し、マジで人生に何もプラスじゃないなと思うが、たまにはいいだろう、と自分を納得させる。クズみたいな行為をするという緩慢な自殺で、生まれ直して明日を迎える。けど絶対月曜くんなよ頼むぞ。

2017-03-02

認知の歪んだエッセイ漫画を読むのが楽しい

 一昔前まではエッセイ漫画というのはやたらその手の才能に恵まれた人によるものか、あるいは平々凡々な毒にも薬にもならないつまらないものしかなかった。

 が、ここ数年でジャンル地殻変動が起きている。

 ネット発が増えてきたからだ。

 エッセイ漫画は元々わかりやす意味での画力構成力を要求するジャンルではない。出版社のほうで「あ、これ面白い」「あ、これネットでウケてる」となったらポンポンとポン菓子のように出版する。

 一般人の99%が体験したことのないオリジナル体験、それのみが求められるジャンルだ。


 あまり安易出版ハードルのせいで、四コマ以上に魑魅魍魎蔓延っているというか、頭のおかしさ具合でいけば一頃のマイナーホラー漫画誌といい勝負煮詰まり具合になってきている。

 で、目につくようになったのは「どう考えても描き手のキャラクターが歪んでいる」案件

 エッセイ漫画は8割がカルチャーショック漫画であり、「フツーに常識人なワタシが非常識な蛮族と出会ってビックリする」ものが多い。

 まあ多分大方の人は何も考えずにそういうテンプレに則ってるんだろうけど、

 そのせいで「いやいや、おまえが他人非常識人/悪人あつかいしてるけど、おまえのが全然やん」というケースが続発している。


 才能ある漫画家エッセイストはもとから強烈な個性を有している傾向が強い。そのなかには人好きしない性格の方々もいる。

 しか雑誌新聞に乗るようなエッセイ漫画編集者のほうでチェックがかかっている。だからいくらめちゃくちゃやってるように見えてもバランスとしては非常にオトナな範囲収束する。

 ところがネット発のエッセイ漫画はまずそういうブレーキを踏まない。

 ニトロエンジン全開のまま、公道を走ろうとする。


 歪み具合はピンからキリまで存在する。一目見てわかるものから、微細な証拠をつみあげないと判定できないものまで。

 メンタル系の闘病日記みたいなのはわかりやすい。歪んでいることが前提であるぶん、むしろ期待通りというか正常なのかもしれない。初心者はこういう漫画で、「作者の記述する世界客観的に観察されるであろう世界とのズレ」を想像するトレーニングを積もう。作者自身が歪んでいること前提で描かれたものも多いので、チュートリアルみたいなものだ。


 次にわかやすいのは恋愛/結婚生活系だ。結婚生活においては誰もが狂人であるが、なかでも「俺が常に正しくて、相手がいつも悪い」というメンタリティを持っている作者が狙い目。こういう人間無垢自分被害者見立てた失敗談として、あるいは非常識相手怪物見立てホラーまじりのギャグとして、よくエッセイ漫画を書く。他者ネタにして利益享受をしているにもかかわらず、その世界他者はいない。

 インターネットで鍛えたあなたの悪意感知センサーを発揮して、作者の嗜虐心をすみずみまで読み取ろう。


 なんだか目隠しをして像をなでるような文章になってしまったが、作品例を挙げることしない。

 あなたには常にフラット気持ちネットエッセイ漫画狂気に触れて欲しい。

 それが増田の願いである。

2017-02-23

feitaやっぱりうぜえな

>返品無料なことを家で好きなだけ試着可能システムと捉える発想まで私だったら至れないな。

なに常識人ぶってんだか

2017-02-05

ハンチャンの遠回しな嫌味とそれを覆い隠す常識人発言が鼻につく

2017-01-30

ゲーム実況者ってヤンキーが多いな

ヤンキーっていうかチンピラっていうか。

よく通る声でちょっと聞いてると好青年風の喋りかたなんだけどアラシがきたら急にドスを聞かせて「おまえ殺すぞ、ツイッターアカウント調べて追い詰めるぞ」とか言い出すとか。

そういう地を隠そうともしないから、それがカッコイイみたいな感性なんだろうな。

逆にぼそぼそ喋って笑い声とかキモくて、いかにもキモオタって人が常識人で、他の実況者のトラブルを「まー、そういうのは後で話そうよ」って収めてたりしてたりしてな。

2017-01-27

今日売り切れてもらってもかまわない、むしろそうしてほしいからこそ大胆な値引きをしているのであろう店に向かって

「そんな売り方ではすぐ売り切れてしまって困るぞ」などと親切ぶって説教ます自称常識人は本気でウザい。

2016-12-20

ポリコレ おきゃかみ

トランプ大統領誕生の周辺でポリコレに倦んだアメリカ社会が語られたけど、日本でそれの同列にあたるのが「お客様は神様です」だ。

欲求不満の気狂いが入れるクレーム過剰反応することで世の中のそこかしこが歪になっていて、優しい常識人がどんどん生きづらくなってしまっている。

日本社会は5〜15年遅れてアメリカ同調するから、もう少しの辛抱だね。

おたくの駅員が勤務中にスマホを弄ってたぞ!」

「うっせーボケ公園掃除でもしてろ」

これで良いんだよ。

2016-11-02

http://anond.hatelabo.jp/20161102151118

「いえねぇなの恋人同士の接近なエロスを握りしめて、それと照らしつつ、普段見せながらそんな二人で、常識人化の当主

 くそ! 生前茶室、あちらこちらに浸透される魔物な探りは舌鼓を申し訳ないが森に任務が耳を天色のことはぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!なるほど、知った赤いモノを封じる周りに太い声音

どんな武器形成

 胸が、従魔で言うと全力をしよう!

2016-10-01

http://anond.hatelabo.jp/20161001122145

何度かやったことある

目立ちたがり屋ではなく小心者の常識人可能性が高い

2016-09-28

一部はてな民新海誠につらく当たりすぎてて笑う

なんか痛烈に批判してる人が結構いて笑う。

ネット特番とか見てると異様に腰が低くてめちゃくちゃ常識人臭がするけどあっちこちで叩いてる人いるのが面白い


オタク相手だと常識人の方が感情を逆なでされるのかも。

あるいは今時アニメじゃ珍しい、ド直球の恋愛映画を描いたからだろうか。

ここまで明確に恋愛を中心にすえたアニメ映画って珍しいよね。

テレビアニメとかだとラノベ原作とかあるんだけど。それこそ新海誠の好きなとらドラ!とか。

2016-09-25

ラブライブ!サンシャイン!!全話感想

1話 … 75点:導入だしこんなもんか。曜ちゃんがいい子。

2話 … 70点:あんまり盛り上がらないけどまあ無印1期も2話までは準備期間だったし…。

3話 … 60点:時間間違えたはない。ダイヤと千歌の問答はまあまあだが、無印神回だっただけに落差が大きい。

4話 … 85点:花丸と本の世界をうまく絡めた。ただ大きい流れは無印と一緒なので新鮮味はない。

5話 … 75点:ノリノリで中二→でも実は発作なので常識人になりたい→でも実はアイデンティティだし堕天使が好き、と無駄にひねって分かりにくくなった感。

6話 … 55点:面白いところが何一つない。せっかくのPVランタンしか印象に残らないテイタラァク。

7話 … 75点:繋ぎ回だが犬ネタがない、梨子がまともなだけで評価が上がる。

8話 … 90点:曜の「やめる?」の使い方、千歌の細やかな心情描写と終盤の台詞が素晴らしい。

9話 … 75点:果南の独善的お節介しか見えないのがきつい。ダイヤ言うところの鞠莉の立場とやらにもう少し描写があれば。

10話 … 70点:ギャグあんまり面白くないが、曜ちゃんの負けレズネタで盛り上がる。

11話 … 100点:神回百合でなく普通に友情とみてもいい話。千歌が曜の想いを理解してないという批判もあるが、そこまでやると完全にレズアニメからこれくらいでいい。

12話 … 70点:μ'sの後追いをやめること自体は歓迎するが、そこに至るのが千歌のよく分からない自己完結なのがちょっと…。

13話 … 70点:モブ不参加の下りと寸劇が長すぎるのはアレだがそれ以外は無難最終回かなーと思ったらめっちゃ叩かれてて驚いた。

平均 75点

ちなみに無印1期は11話まで90点、12,13話は30点。

2期は85点。映画は90点。

2016-09-19

聲の形」の登場人物共感できない

聴覚障害のある女を物理的/精神イジメの標的にし、主犯格になる主人公

主人公に対し「お前の気持ちも分かる」「外れクジだ」などと言う本音と建前の使い分けもできない担任教師

・一転して主人公男がイジメの標的になった際に、ひっそりと庇い続けるヒロイン

ヒロイン妹が家出しても心配しない、ヒロインが居なくなると心配して探し回る、手話も覚えていないヒロイン

・酷いイジメをした主人公をすぐに許す、さらに好きになるヒロイン

主人公が好きだという理由人間関係を引っ掻き回して暴れまわる黒髪ロングの女

もうどいつもこいつも気に入らない。とにかく共感できない。感情移入できない。登場人物全員クズばっかじゃねえか。

唯一評価できる点は贖罪のため主人公手話を覚えたってところだが、それにしても性格変わりすぎだろう。小学校時代にあれだけド屑だったのに何で常識人風になってんだよ。

ついでに言えば京アニ作画も気に入らない。あそこが作るとけいおん!しか見えねえんだよ。

ほんと胸糞悪いわ。まあ評判もそこそこ悪いようなのでそこは安心したが。

2016-08-15

インテリの俺が全力でシン・ゴジラ批評するゾ

シン・ゴジラを観た。

エンタメとしては面白い

だが同時に庵野および日本映画限界を示すドキュメンタリーのような映画でもあった。

この映画は、

復興ありき、

再建ありき、

日本にはまだ力がある、

立ち直れる、

そういう答えがもう先にある。

出来レースっぽい。

結論はこれ。もっと詳しく読みたい場合は先に進んで欲しい。

日本万歳の大合唱で負の側面を覆い隠す

これは映画に限らず様々な場面で3.11震災後なんども繰り返されていることだ。

力があるって主張をかたくなに、ほとんど反駁不可能イデオロギーのように保持しているのは、

しろ思考停止の弱体化にしか見えない。

俺は出来る!って盲信しているやつは、強いんじゃなくて自分の弱さを直視できないだけだ。

もっとも、3.11以降繰り返されてるそうした自己欺瞞的な合唱に飲み込まれることは、まぁ仕方ない。

この作品を取り巻く精神的な状況からして、ほとんど不可抗力であるし、それだけで作品のすべてを否定するつもりはない。

しかし、せっかくゴジラほどの大怪物召喚しておいて結果やっぱり俺らスゲーの大合唱かよ、と思わざるをえない。

俺らスゲーの出来レースゴジラ以外の他のテーマでやってくれ、と言いたくなる。

ゴジラというキャラもっともっと掘り下げるべきテーマを蓄えた宝庫なのであって、ゴジラをそんな自己欺瞞物語なかに埋もれさせて浪費してはいけないのだ。

新たな危機に直面すればこそそれに見合った国の体制を改めるよう反省を強いられ、

新たにテーマを掘り下げればこそそれに見合った映画手法発明するよう強いられる。

しかしそうした危機テーマである当のゴジラが、ほとんど空虚存在であるがゆえに(たしかわずかだが神として語られ、放射能の脅威を連想させていても、しかしそれが物語構造のものに関わることはない)、

日本万歳のその国の概念のもの反省を迫る映画にはなっていないし、その手法に関して言えば新たな手法発明どころかエヴァンゲリオンとさして変わらない。

(たとえばキャラクターについて言えば、感情を押し殺したようにして淡々と語る綾波市川実日子に、外国語を混ぜたご機嫌なアスカ石原さとみに、真意のわからぬまま無理難題を突きつけてくるゲンドウは〈あの国アメリカに、それぞれ入れ替わっただけである。)

シン・ゴジラエヴァンゲリオン庵野確立した様々な設定を忠実に引き写している。そこには反省発明も見つけられない。

もちろん何の変化もないわけではないが、

そうした変化が結局は日本の閉鎖的で差別的視野に同一化する点、

自分に力があると信じたいがために他国と異性に対する偏見を利用する屈折した日本男性視点に同一化する点は、

この映画保守的ものにしている部分である

石原さとみによって日本を弱小国として見る可能性が排除される

たとえばエヴァンゲリオンにはなくてシン・ゴジラには見られる新しい部分は、政治の前景化であるとともに、(それがつねに〈日本の〉政治である限りで)他国政府との交渉だろう。

ここに石原さとみが登場するわけだが、彼女キャラクターは、自信を回復したがる日本男性の閉鎖的で差別的欲望奉仕している点で、やはりこの映画保守的ものにしている。

石原さとみのチャラけた演技は真剣に事案に対処している他のキャラクターに比べかなり浮いて見えるが、

しかしあれは日本男性の閉鎖的で差別的欲望からすると必然的な役柄になっているといえる。

演技がわざとらしいために良い演技とは言い難い、と思う観客もいるだろうが、しかしそういう演技も含めて必然的キャラのあり方だと思う。

日本米国の間に女性が入るというのは、日本からみて心理的必然性をもっている。

日本米国関係はいわばスネ夫ジャイアンであって、ジャイアンマッチョなところがあまりに出すぎると(たとえばジャイアンの力のみで事件解決したり、その力がスネ夫である日本に向かったりすると)、日本を守る日本人男性たちのプライドや虚栄心が傷ついてしまう。

そこで米国代表としてか弱い女性を置くことで、日本人男性日本人男性の力で国を守ったという体裁が保たれる。

かつ、あの日本語と英語を織り交ぜたヘンテコな日本語は、彼女をか弱い存在だけでなく変な奴として提示する。国際的観点からでなく、あくま日本人の側から見られた変人だ。

ここでは常識人変人の対は、内部(日本人)と外部(外国人)という対と本質的に繋がっている。変人変人であるのは、その者が外部から来た外国人であるからだ。

「〜アルヨー」とか「〜デース」とかい言葉遣いキャラが、日本人の側から見られた変な奴の象徴であるのと同じで、

彼女の奇妙な日本語は、他の日本人男性と観客とに米国でなく日本から観点を持たせ、その外部から来た変人として石原さとみを見させる。

視聴者たちが米国目線から日本を弱小国として見る可能性が排除される。

このようなわけで、この映画日本男性精神性の問題をそのうちに含んでおり、その点ははっきりと批判されるべきであるが、

しかしその限界をはっきりと映画のなかで示しているという点においては、そうした限界の記録として、ドキュメントとして、歴史的価値が大いにあると思われる。

その点では逆にこの映画評価されるべきだろう。

これほどありありと、日本的および日本男性想像力限界を示した作品はなかなか見つからないのではないか

風立ちぬ』にも認められるドキュメンタリー価値

この点ではジブリの『風立ちぬ』も同じだろう。

あの映画は、機械オタクの男が設計室に引きこもってひたすら戦闘機流線型フォルムにうっとりしているだけで、その戦闘機がどれだけ戦争悲劇を生んだか、とか、そうした男の機械オタクたちが生んだ戦争技術によって死んでいった女性への視点が欠如しているだとか、政治的またジェンダー的な観点からさまざまに批判を呼んだが、

しかしそうした戦中日本精神限界性をはっきりと示していたという点においては、ドキュメントとして大いに価値をもっている。

今回のゴジラもまた、同じような価値をもっているといえる。

こうして、批判されるべき部分は評価されるべき部分ともなる。

したがっておそらく、この映画において賭けられているのは、シリアスコミカル関係性ということになろう。これはどういうことか。

正しい反応とは、それを積極的に笑うというもの

さしあたりこれまでの論述で明らかになったことは、この映画限界証言するドキュメントとしては優秀であるが、それはいわば限界にはっきりと居座っているからであって、丁寧になぞっているからであって、限界を越えようとしているからではない、ということであった。

まりエヴァンゲリオン踏襲し、ナショナルものジェンダー領域において日本男性の閉鎖的で差別的欲望奉仕するこの保守的映画は、

限界を自ら反復し、演じている、ということであった。

日本男性政治家米国女性シリアスセリフを交わす場面で、自身の力への欲望は満たされるだろう。

しかしまた、あることを反復し演じることは、つまりそれを真似することであり、その虚構性を示すことである

そう考えれば、シリアスものコミカルものに転じる。

そしてそれに応じて、批判されるべき部分は、評価されるべき部分ともなるのである

したがって、このように問うことができるだろう。

限界を反復することは、限界に居座ることであると同時に、限界茶化すことでもあるのではないか。つまり限界批判することでもあるのではないか

たとえばエヴァンゲリオンの設定を踏襲することは、新たな手法発明努力放棄することであると同時に、反復しているその設定を茶化し、批判することでもあるのではないか

そうであれば、シン・ゴジラへの正しい反応とは、それを積極的に笑うというものではないだろうか。

まりシン・ゴジラが何かを反復している限りでシン・ゴジラを笑い、またその反復によってシン・ゴジラが茶化しているものを笑う、と。

誰か、あの映画を見て笑ったものはいるだろうか。

あの映画は、諸手を挙げて受け入れられているように見える。

私はその反応をこそもっと批判したい。

2016-08-08

メンヘラ恋愛トラウマとかを吐き出す

スペック

28歳 男 鬱 ADHD メンヘラ 無職

メンタルクリニックに初めて通ったのが去年の9月ぐらい。

それまでは「自分メンヘラだな」って思うときはあったけど、特に対処とかはしてなかった。

僕は恋愛トラウマだ。

正確に言えば異性と友達以上の関係になるのが怖い。

AVとかは見るのはいいけど、生身のセックスアピールセックスが怖い。

メンヘラになったきっかけと恋愛トラウマになった理由ははっきりしている。

10年以上前の当時、遠距離恋愛として自分が付き合っていた(と思っていた)彼女が、

同じコミュニティの男たち全員とセックスをしてたことが判明したから。

俗にいうサークルクラッシャーってやつだった。

僕は本当に彼女のことが好きだった。

から本当に信じたくなかったし、彼女を信じていたかった。

彼女は僕だけのものだと信じていたかった。

彼女の心も、体も、全て、自分の物だと信じていたかった。

それなのに、彼女の心も、体も、全て、自分の物ではなく、他人の物でもあったということに、最高に気持ち悪さを覚えた記憶がある。

  

 

彼女と遊びたかたか大学東京大学にしたようなものだったし(彼女が同じ大学を志望していたというのもあったけど)、

実際に大学では単位を取るやる気が無くなって留年して退学した。

当時電話で会話してた時のBGMに掛けていたRADWIMPS(当時の僕はロキノン系にハマっていた)は、今でも聴くだけでも吐き気がする。

Twitter現在彼女アカウントは鍵垢になってるし、ブロックもされてるけど、定期的にアカウント名で検索して、どんなリプライを受けていて、どんな会話をしているのかを想像したりする。

そんな彼女は今では有名企業に就いて、結婚もして、子供も居て、はてな育児ブログも書いて、順調にまともな人間としての人生を歩んでいるようだ。

かたや僕は無職で、メンヘラで、まともな人間としての人生を歩めていない。

正直、そんな彼女が今でも憎いと思ってるし、なんで自分がこんな人間のせいで10年経った今でも苦しんでるんだろうと思うし、

僕以外の関係者彼女とその子供は全員悲惨な目に遭って死んで欲しいと思ってる。

今、面と向かって彼女と会って話をしたら、どんなことを話すだろうか。

今までの話を「思い出」として昇華出来るのだろうか。

直接、相手の首を絞め、頸動脈を絞めて、殺そうとするのだろうか。

そんな気持ちで僕は今アルコールを飲み、睡眠薬舌下投与してこの文章を書いている

  

こんなことは普通ペルソナをかぶっている自分では書けないだろう。

一般人であり、常識人であり、今ではポケモンGOにハマって、合計30kmは歩いている」というペルソナをかぶっている僕がいる。

そのペルソナ剥がした途端、恋愛トラウマに対して向き合った結果、トラウマ起因の吐き気を抑えながら、過去を振り返り、トラウマを吐き出しているのである

以上のことは、「吐き出したいが自分ペルソナ邪魔をして吐き出せない」と「吐き出して楽になりたい」の相反する気持ちがあって、書きたかったが書けないでいた。

吐き出す場所としてのはてな匿名ダイアリーを利用しているだけであるのだが、はてな匿名ダイアリー立案した人物はこういうことを望んでサービスを作ったんだろうか。

アーカイブ ヘルプ
ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん