2024-04-23

愛犬と愛猫が1周忌を迎えるにあたって、私の部屋で私だけで供養したいと思った。

詳細は避けるけど、愛犬が亡くなったのは、母に責任の一端がある。

母は、自分に都合のいいように自分記憶改ざんして、同日の朝亡くなった愛猫が愛犬を連れて行ったと宣っていた。

この人は、いつもそういうことを悪気無くする。

人を傷つけたことも忘れて、自分がいつも悲劇のヒロインだという顔をする。

その母に一周忌法事をさせたくなかった。(母は僧侶

てか、2匹の命日すら覚えてないかもだけど、念のため、遠ざけておきたかった。

別に母を恨んでない。

責任の一端はあるけど、故意ではなかったろうから

愛犬もそれを望んでいないし。

ただ、事実を捻じ曲げたのでなく、本気で自分がやったことを忘れている母の人間性ドン引きしたし、もうこの人と関わって傷つくのが嫌になったのだ。

母のことは好きだ。

いいところも思い出もある。

でも、そういうところが、大嫌いだ。

まるで自分が2匹を一番愛してお世話してきたかのような顔をして、一周忌を取り仕切られるのは我慢ならなかった。

(命日すら覚えていない可能性のほうが高いけど)

そういう、スタンドプレーがイタくて、恥ずかしくて、消えたくなる。

祖母葬式で、私を含めて全員が静かに悲しみを抱えていたのに、自分世界で一番悲しんでいるみたいな顔をして、構ってアピールが激しかった。

極めつけは、葬儀の終盤、出棺の音楽が鳴った瞬間、大声を上げて泣き出す始末。

それを同じスタンドプレー大好き継父が「大丈夫か!」と大げさに泣きじゃくる母の肩を抱いて退席する一幕。

私と弟、泣くのも忘れて白眼。

隣の席のいとこも白け切ってるのが気配でわかったし、親戚にも

「お父さんたち、仲がいいわねぇ(失笑)」

と言われて、穴を掘ってでも入りたかった。

私の中で、あの二人はすごくお似合いな「劇場型」カップルだと思ってる。

全てが大げさで、わざとらしくて、見る人が見たら、失笑するレベルなのに、本人らはいたって真面目で、周りは分かってくれないと思ってる。

父は血がつながってないけど、母と同じ血が流れてるのかと思うと、泣きたくなる。

私も感情がすぐ顔に出ることは子供のころから指摘されてきて、周りから浮きがちだったのは母の影響があったからではないかと思うとほんと辛い。

人のせいにできる年齢ではないし、意識して気をつけてるけど。

劇場型なだけならまだしも、すべてを自分に都合のいいように、悪気なく記憶改ざんするから私はもう関わりたくないんだ。

そんな人間に、私の大事な2匹の供養をさせたくない。

そもそも、命日だって忘れてる可能性があるのに、たまたま思い出したくせに、まるで一番悲しんでるかのような顔で供養に来るのは許せない。

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